長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-236.クーイの若ヌル(第三稿)

 お祭りをクーイの若ヌルのマナビダルと楽しんだ山北王(さんほくおう)の攀安知(はんあんち)は、武芸試合もうまく行って、強い若者たちを集められた事に満足した。さらに鍛えて、中山王(ちゅうざんおう)を攻めるために瀬長島(しながじま)に送ろうと考えていた。
 翌日もマナビダルと一緒に城下の屋敷で、のんびりと過ごしていた攀安知は、中山王が攻めて来るとの噂を聞いた。しかも、羽地(はにじ)、名護(なぐ)、国頭(くんじゃん)の按司たちが裏切って、中山王と一緒に攻めて来るという。
 そんな事があるはずはない。
 でまかせを流しているのは誰だ?
 もしかしたら、奥間(うくま)の奴らか‥‥‥
 直ちに真相を確かめなければならないと、攀安知はマナビダルを連れてグスクに戻った。
 中山王の今帰仁(なきじん)攻めが真実だと知った攀安知は慌てた。中山王が攻めて来る前に、裏切った按司たちを征伐(せいばつ)しなければならないと思った。重臣たちを集めて意見を聞くが、まともに答えられる者はいなかった。
 テーラーが三人の按司なんか放っておいて、戦(いくさ)の準備をするべきだと言った。中山王が攻めて来ても今帰仁グスクが攻め落とされるはずはない。梅雨になれば引き上げて行くだろう。裏切り者を懲らしめるのは、そのあとでいいとテーラーは言った。
 テーラーの言葉によって冷静さを取り戻した攀安知は、中山王を痛い目に遭わせるために、あちこちに罠(わな)を仕掛けて待ち構えようと考えた。
 その夜、城下が大火事となって全焼した。奥間の者たちの仕業だと噂が流れて、奥間の奴らを皆殺しにしてやると頭に来たが、それも中山王を追い返したあとだと考え直した。どうせ、中山王の大軍が来れば、戦に邪魔な屋敷は壊される。そして、重臣たちの屋敷は兵たちの宿舎として使われるだろう。何もなくなってしまえば、兵たちは野営をするしかない。梅雨になったら間違いなく引き上げて行くに違いない。戦のためには城下が全焼してよかったのだと前向きに考える事にした。
 謹慎していた湧川大主(わくがーうふぬし)が久し振りに顔を出した。弟の顔を見て、そろそろ許してやってもいいだろうと思った。奇抜な作戦を考える弟がいれば、中山王に一泡も二泡も吹かせてやれるだろう。攀安知武装船の鉄炮(てっぽう)(大砲)をはずして、グスクに運び入れるように弟に命じた。
 奥間にいた諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)も帰って来た。湧川大主とテーラーと諸喜田大主の三人がいれば、今回の苦難も必ず乗り越えられると自信も湧いてきた。
 戦が始まるから沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)に帰れとマナビダルに言ったが、マナビダルは帰らなかった。島から連れて来た侍女のカフィとイリーを連れて、グスク内をうろうろしていた。誰もが戦の準備で忙しかったが、攀安知に寵愛(ちょうあい)されているマナビダルに文句を言う者はいなかった。
 御内原(うーちばる)の侍女から側室のクンが国頭(くんじゃん)に帰ったと聞いたマナビダルは、クンは国頭按司が裏切った事を知っていたのだろうかと疑った。中山王から贈られた側室のフミは仲間はずれにされていた。フミはマナビダルと同い年で、攀安知がマナビダルと出会う前、寵愛を受けていたとみえて、二人の息子がいた。フミはクンと仲がよく、クンと一緒にマナビダルはいじめられた事があった。クンがいないので、仲間はずれにされて、いい気味だと思った。
 奥間から贈られた側室のウクとミサは、奥間が焼かれてから御内原に戻って来ないで、外曲輪(ふかくるわ)にいると聞いたので行ってみた。
 外曲輪の西側にある屋敷の周りには、焼け出された避難民たちがいっぱいいて、ウクとミサは城女(ぐすくんちゅ)たちと一緒に炊き出しをしていた。ウクとミサの二人は以前からマナビダルを毛嫌いしていなかったので、マナビダルも炊き出しを手伝った。
 炊き出しをやっている広場の脇では、避難民たちの仮小屋を建てていて、広場の南側には今帰仁ヌルの屋敷があった。今帰仁ヌルの屋敷には焼け出された勢理客(じっちゃく)ヌルと二人の若ヌル、愛宕之子(あたぐぬしぃ)の妻と子供、シチルーの妻と子供がいるという。
「物置には志慶真(しじま)ヌル様が閉じ込められているわ」とウクの娘のママキが言った。
「どうして、志慶真ヌルが閉じ込められているの?」とマナビダルは聞いた。
「中山王の回し者の疑いがあるって、勢理客ヌル様と今帰仁ヌル様が捕まえたのよ。でも、志慶真ヌル様はウトゥタル様の子孫なのよ。若ヌルの命を救ったし、わたしは凄いヌル様だと思うわ」
 志慶真ヌルが南部にいた時は女子(いなぐ)サムレーだったとママキから聞いて、マナビダルは会いたくなった。『志慶真のウトゥタル』のお芝居を観てから、マナビダルは強いウトゥタルに憧れて、武芸を身に付けたいと思っていた。
 マナビダル今帰仁ヌルに会いに行って、志慶真ヌルに会わせてくれと頼んだが、会わせてもらえなかった。攀安知に頼んでも、ヌルの事はヌルに任せてあるから、俺は口を出さないと言われた。
 次の日も外曲輪の炊き出しに行ったら、志慶真ヌルが抜け出したと聞いて驚いた。今帰仁ヌルが再び捕まえに行ったが、志慶真ヌルが神様になったと言って、捕まえる事はできなかったという。
「神様になったって、どういう事?」とマナビダルは聞いた。
「わからないわ。それで、炊き出しが終わったら、志慶真ヌル様に会いに行こうと思っていたのよ」とミサが言った。
 マナビダルは炊き出しを手伝って、終わったあとにウクとママキ、ミサと一緒に志慶真村に行った。
 志慶真村でも戦の準備をしていた。兵たちは大きな石や太い丸太を志慶真曲輪に運び入れていた。
 村の人たちは志慶真曲輪に避難できるが、敵の弓矢は飛んで来るし、敵の夜襲を恐れて夜も眠れない。戦が長引けば疲労は溜まるし、精神的にも参ってしまう。頼れる者がいる人たちは荷物をまとめて村から出て行こうとしていた。
 志慶真ヌルは女子サムレーの格好で、村から出て行く人たちの荷物をまとめる手伝いをしていた。マナビダルたちはそんな志慶真ヌルを見て、どこが神様なんだろうと首を傾げた。
 神様でなくてもいい。志慶真ヌルから武芸を習おうと思って、マナビダルは志慶真ヌルに声を掛けた。
 志慶真ヌルはマナビダルたちを見たが誰だかわからなかった。一緒にいたタキが教えてくれた。山北王の側室たちが訪ねて来たので、志慶真ヌルは驚いた。ヌルたちに捕まえられないので、今度は側室を送って来たのかと思った。
「わたしに何か御用ですか」
「武芸が習いたいのです」とマナビダルは言った。
「えっ?」意外な事を言われて志慶真ヌルは戸惑った。
 マナビダルは強いヌルになりたいと言った。
 捕まえに来たのではなさそうだと志慶真ヌルは安心した。
「あなたがクーイの若ヌルなのね。噂は聞いているわ」
「どんな噂ですか」とマナビダルは聞いた。
「南部にいた頃、山北王が若いヌルに惚れたっていう噂が流れたのよ。あなたがそうだったのね。今は忙しいから、朝のお祈りのあとでよかったら教えるわよ。明日、夜が明ける頃にまた来て」
「えっ、夜が明ける頃ですか」とマナビダルは驚いた。
「あなたはグスクの中にいるんでしょ。志慶真曲輪に下りてくればいいのよ」
「わかりました」とマナビダルはうなづいた。
 翌日から朝のお祈りと剣術の稽古が始まった。マナビダルが朝早くから剣術の稽古を始めると言ったので攀安知は驚いた。
 攀安知は毎朝、弓矢の稽古をするのが日課で、弓矢の稽古を終えて帰って来ても、まだ眠っていたマナビダルが、攀安知よりも早く起きて、娘のマナビーが着ていた袴(はかま)を着けて、木剣を持って志慶真曲輪に下りて行った。侍女のカフィとイリーも木剣を持ってマナビダルに従った。
 その日、湧川大主が武装船に乗って逃げたという噂が流れて、攀安知はカッとなった。その後、湧川大主の配下が今帰仁に来て、武装船からはずした六つの鉄炮今帰仁に運ぶ途中に何者かに奪われたと知らされた。
「敵に鉄炮を奪われたというのか」
鉄炮を奪われて、王様(うしゅがなしめー)に顔向けができないと言って、湧川大主殿は逃げて行きました」
 攀安知は怒りを抑える事ができず、湧川大主の配下を斬り捨てた。
 湧川大主が逃げたという噂を聞いて、逃亡兵が相次いだ。攀安知は水軍の兵たちも全員、グスクを守るように命じた。勢理客ヌルの進言を聞いて、志慶真大主の兵を外曲輪の守備に回して、諸喜田大主と謝名大主(じゃなうふぬし)の兵に志慶真曲輪を守らせる事にした。
 志慶真ヌルに師事して二日目の朝、マナビダルたちが志慶真ヌルの屋敷に行くと志慶真ヌルはいなかった。タキに聞くと、諸喜田大主が捕まえに来たので、クボーヌムイに籠もっているという。マナビダルたちはクボーヌムイに行って、志慶真ヌルと一緒にお祈りをして、剣術を習った。
 三日目の朝、諸喜田大主から、志慶真ヌルをウタキから出してくれと頼まれたが、マナビダルは断った。
 四日目の朝、剣術の稽古を終えて志慶真曲輪に戻ると山北王が待っていた。
「どうしたのですか」とマナビダルは聞いた。
「今朝はいい気分だ。お前と散歩がしたくなったんだよ」
 マナビダルは嬉しそうに笑った。
 いやな事ばかりが起こって、ずっと機嫌が悪かった攀安知も、今朝は機嫌がいいようだった。
「志慶真ヌルは本当に強いのか」と攀安知は二の曲輪に向かう坂道を歩きながら、マナビダルに聞いた。
「強いだけではないわ。ヌルとしても凄い人です」とマナビダルは真面目な顔をして言った。
「わたしはヌルの娘として、ヌルになるのは当然だと思っていたの。島にいた頃のわたしはヌルというのは母しか知らなかったわ。今帰仁に来て、勢理客ヌル様と今帰仁ヌル様と会ったけど、母と大して違わないと思ったわ。でも、志慶真ヌル様はまったく違うのよ。本物のヌルだわ。神様とお話ができるのよ。クボーヌムイでお祈りをしている時の姿は本当に神様のようだわ。わたしは初めて、お師匠と呼べる人と出会ったのよ」
「なに、お前は志慶真ヌルの弟子になったのか」
「志慶真ヌル様は弟子は取らないって言ったけど、わたしはお師匠と呼んでいるわ」
「そうか。お前のお師匠なら、一度、会わなければならんな」
「お師匠はウタキから出て来ないわ」
 攀安知は笑った。
「戦が終われば出て来るだろう」
「戦は勝てるの?」
「勝てるとは言えんが、敵を追い返す事はできるだろう」
「敵はいつ攻めて来るの?」
「今日、首里(すい)を出発するそうだ。早ければ明後日(あさって)には敵が現れるだろう。だが、すぐには攻めて来られない。城下は焼け跡のままだからな。焼け落ちた残骸を片付けなければ陣地を作る事もできない。戦が始まるのは五日頃だろう。そして、十五日頃には梅雨に入る。十日間の辛抱(しんぼう)だ。十日間で敵を痛い目に遭わせて追い返す」
「十日、我慢すればいいのね」
「そうだ。早く、梅雨になるように神様に祈ってくれ」
「明日からお祈りするわ」
 二の曲輪に入ったマナビダル攀安知は、御内原の向こうにある眺めのいい場所に行って海を眺めた。伊是名島(いぢぃなじま)と伊平屋島(いひゃじま)が見えた。カフィとイリーと攀安知の従者のサムレーが少し離れて、二人を見守った。
 御内原を守っているのはテーラーだった。テーラーの兵は南部にいるので、攀安知の直属の兵五十人を率いていた。攀安知の直属の兵は百人いて、残りの五十人は一の曲輪を守っていた。
 石垣の近くには大きな石がいくつも積んであった。石垣を登って来た敵に、その石を落とすという。
 マナビダルは石垣から下を覗いてみた。凄い絶壁で、こんな所を登って来られるのだろうかと信じられなかった。
「二十五年前の戦の時、敵はここから侵入して、屋敷に火を放って、祖父を倒したんだ。あの時よりも守りを強化しているが、油断は禁物だ」
 三の曲輪もよく見えた。大勢の兵たちが戦の準備をしていた。
「敵は鉄炮を持っている。島に帰るなら今のうちだぞ」と攀安知は言った。
鉄炮って何?」とマナビダルは聞いた。
「雷のような大きな音がして、鉄の玉が飛んで来るんだ。人に当たれば勿論死ぬし、屋敷に当たれば屋根に大きな穴が開くだろう」
「敵はどうして、そんな恐ろしい武器を持っているの?」
「明国の海賊から手に入れた武装船に積んであったんだ。湧川大主が鉄炮をはずして今帰仁に運ばせたんだが、敵に奪われたんだよ」
「えっ、敵に奪われたの? 敵はもう今帰仁にいるの?」
「城下に『まるずや』があっただろう。あそこにいたのは、みんな敵だよ」
 マナビダルは『まるずや』のお得意様だった。今帰仁に来た時には必ず『まるずや』に行って買い物をしていた。沖の郡島の御殿(うどぅん)にある調度品も、ほとんどが『まるずや』から仕入れた物だった。『まるずや』が敵だったなんて知らなかった。
「どうして、敵が商売をしているのを放っておいたの?」
「同盟を結んでいたからさ。首里にも『油屋』と『材木屋』がある。お互い様だよ。そう言えば、志慶真ヌルは島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにいたと聞いているが、島添大里按司の事を何か聞いていないか」
「島添大里按司の事は何も聞いていないけど、按司の妹の安須森(あしむい)ヌルは武芸の名人だって聞いたわ。娘のサスカサも強いらしいわ」
 サスカサが強いのは娘のカリン(今帰仁若ヌル)から聞いて攀安知も知っていた。
「カリンはサスカサから武当拳(ウーダンけん)を習ったが、お前も志慶真ヌルから武当拳を習っているのか」
「まだよ。今は剣術の基本を習っているの。でも、武当拳も教えてくれるって言っていたわ」
 翌朝もマナビダルはクボーヌムイに行って、お祈りをしてから剣術の稽古に励んだ。
 剣術の稽古を始めて七日目の正午(ひる)頃、いよいよ、中山王の兵が今帰仁に来た。
 攀安知は外曲輪にいるウクとママキとミサに御内原に戻れと言ったが、三人は聞かなかった。今帰仁ヌルの屋敷は外曲輪の本陣として使用するので、ヌルたちは御内原に移って、愛宕之子の妻と子供、シチルーの妻と子供は中曲輪の上の客殿に移った。
 中山王の先発隊は焼け跡の残骸を片付けて、陣地作りに励んでいて攻めては来なかった。
 四月六日、九日目の稽古が最後となった。
「中山王が攻めて来たから、明日の朝は来なくていい」と志慶真ヌルは言って、マナビダル武当拳の呼吸法と套路(タオルー)(形の稽古)を教えてくれた。呼吸法は覚えられたが、套路は覚えられなかった。
「グスク内にテーラーがいるでしょ。テーラーが知っているわ。テーラーから教わりなさい」
「えっ、テーラーがどうして武当拳を身に付けているのですか」
武当拳はヂャンサンフォン(張三豊)様という明国の道士が編み出した武芸なの。今はもう琉球にいないけど、テーラーもヂャンサンフォン様から武当拳を習っているのよ」
「そうだったのですか」
 稽古が終わったあと、当分、会えなくなるからと言って、志慶真ヌルはマナビダルの祖母の話をしてくれた。祖母が今帰仁の若ヌルだったと聞いてマナビダルは驚いた。
「どうして、お師匠はわたしの祖母の事を知っているのですか」
「神様から聞いたのよ。あなたのお祖母(ばあ)さんは千代松(ちゅーまち)様の孫娘なの。千代松様が亡くなると、お祖母さんのお父さんが今帰仁按司を継ぐんだけど、帕尼芝(はにじ)に滅ぼされてしまったの。若ヌルだったお祖母さんは沖の郡島に流されてしまったのよ。島の長老の息子と結ばれて、お母さんが生まれて、お母さんはクーイヌルを継いだのよ」
「帕尼芝というのは今の山北王の祖父ですよね?」
「そうよ。あなたは知らないうちに、敵(かたき)の孫を好きになってしまったのよ。山北王もこの事は知らないわ」
「そんなの嘘です。母からそんな話は聞いた事がありません」
「あなたのお母さんも知らない事なのよ。お祖母さんはお母さんに何も語らずに亡くなってしまったの。お母さんやあなたに敵討ちをさせたくなかったのでしょう」
「そんな‥‥‥」
 マナビダルは呆然となっていた。
「わたしもあなたに敵討ちをさせるために真実を告げたわけではないのよ。あなたがこの先、ヌルとして生きて行くには真実を知らなければならないと思ったから教えたの。真実を受け入れて、あなたはあなたらしく生きれば、それでいいのよ」
 グスクに帰っても、マナビダル攀安知の顔をまともに見る事はできなかった。敵だと知っていたら、決して近づいたりしなかったのにと思った。でも、出会った時の胸の高鳴りは本物だったし、今でも攀安知が好きだった。
「戦が始まるので、気分が悪くなったのか」と攀安知は心配した。
 マナビダルは首を振った。
 攀安知の祖父とマナビダルの祖母は敵同士(かたきどうし)でも、攀安知とマナビダルには関係ない。祖母の敵の帕尼芝は二十五年前の戦で戦死している。先代の中山王が祖母の敵を討ってくれたんだとマナビダルは思い込もうとしていた。しかし、心の奥で、祖母の敵を討ちなさいという声も聞いていた。
 四月七日の夜明け頃、戦が始まった。雷が落ちたかという大きな音でマナビダルは目を覚ました。隣りにいるはずの攀安知はいなかった。
 また大きな音が鳴り響いて、鉄炮に違いないと思った。カフィとイリーが怯えた顔をしてマナビダルのそばに来た。
「こんな時こそ、落ち着くのよ」とマナビダルは言って、三人で武当拳の呼吸法をした。
 鉄炮の音は続けて鳴っていた。
 外を見ると明るくなりかかっていた。薄暗い空に火の玉のような物が飛んで来て、二の曲輪に落ちた。女たちの悲鳴が響き渡った。
 鉄炮の音がやんで静かになった。
 すっかり明るくなった頃、攀安知が戻って来た。
「この前の大雨で油が流れちまって、作戦は失敗だった」と言ったが、大して気にはしていないようだった。
 クボーヌムイに行けないので、マナビダルは庭に出てカフィとイリーを相手に剣術の稽古に励んだ。
 その日の正午前、鉄炮の音がまた鳴り響いた。鉄炮の音はやむ事がなく、続けざまに鳴り響いた。
 一の曲輪の御殿にも鉄炮の玉が落ちてきた。鉄炮の玉は瓦(かわら)屋根を破って、天井に穴を開け、床にも穴を開けて一階へと落ちて行った。破壊された木の破片があちこちに飛び散った。どこに落ちて来るのかわからないので、逃げる事もできない。運を天に任せるしかなかった。マナビダルはカフィとイリーと一緒に神様に無事を祈った。
 鉄炮の音が鳴り響いて、鉄炮の玉が屋敷を破壊する音が聞こえ、あちこちから悲鳴も聞こえてきた。生きた心地がしない恐ろしい時が永遠に続くと思われた。恐ろしさのあまり、いつしか、マナビダルは気を失った。
 目を覚ましたマナビダルは記憶を失っていた。目の前にいる攀安知が誰だかわからず、破壊された部屋の中を見ても、ここがどこなのかわからなかった。
「恐怖のあまり、おかしくなってしまったのか」と攀安知はマナビダルを見ながら目を潤ませていた。
 攀安知はマナビダルを抱きしめて、「すまなかった」と謝った。
「戦が始まる前に、お前を島に帰すべきだった」
 島というのが沖の郡島の事だとわかったが、自分が今、どこで何をしているのかわからなかった。
 その頃、クボーヌムイの山頂近くで、志慶真ヌルがシンシン、ナナ、タマと一緒にマジムン(悪霊)退治をしていた。大きな力を持ったマジムンではないので、すぐに退治ができた。
 マジムンはマナビダルの祖母だった。祖母は帕尼芝に対する恨みを娘に伝える事なく、一人で抱えたまま亡くなった。亡くなったあとも、その怨念が消える事はなく、マジムンになってしまい、孫のマナビダルに取り憑いた。
 志慶真ヌルはマナビダルにマジムンが取り憑いている事を知り、素直で可愛い娘なので、マジムンを取り払ってやろうと思っていた。ササと一緒にスムチナムイのマジムンを退治したシンシン、ナナ、タマの三人が来たので、一緒にマジムン退治をしたのだった。
 マナビダルはカフィとイリーから話を聞いて、自分が山北王の側室として今帰仁グスクにいると聞いて驚いた。カフィとイリーは島の娘なので記憶にあったが、山北王と出会った記憶はなかった。
 自分らしく生きなさいという声が心の奥で聞こえたが、誰の声なのかわからなかった。毎朝、クボーヌムイに通って、剣術の稽古をしていたというが覚えていない。ただ、木剣を握ると体は剣術の稽古をしていた事を覚えていた。


 マナビダルが気を失った時の総攻撃で、中山王は百発以上の鉄炮の玉を今帰仁グスクに撃ち込んだ。
 一の曲輪の御殿に当たった玉は九発で、屋根には穴が開き、部屋の中は砕けた瓦や木の破片が飛び散っていてメチャメチャになっていた。二人の侍女が亡くなって、六人の兵が戦死した。
 二の曲輪でも三人の役人、二人の侍女、三人の城女が亡くなり、御内原では侍女一人が亡くなって、側室のパクが大怪我を負った。鉄炮の玉が落ちる中、ウタキでお祈りを続けていた今帰仁ヌルが、鉄炮の玉で砕けた岩の破片が刺さって亡くなった。
 二つの客殿がある中曲輪では、上の客殿に避難していた重臣の家族が二人亡くなって、負傷兵の治療をするために下の客殿で待機していた侍女が一人亡くなった。守備兵も二人戦死した。
 三の曲輪と外曲輪では十人の兵が戦死して、二十人以上が負傷していた。
 三の曲輪で指揮を執っていた攀安知は、今帰仁ヌルの死を聞いて、慌てて御内原に行った。大きな岩の破片が腹に刺さっていて、無残な死だった。
「お姉(ねえ)!」と叫びながら攀安知は岩の破片を拭き取った。暖かい血が噴き出してきて攀安知の鎧(よろい)を真っ赤に染めた。
 攀安知はぐったりしている姉を抱きしめながら大声で泣いた。
 本部(むとぅぶ)の海辺で遊んでいた幼い頃が思い出された。しっかり者の姉はいつも、弟や妹の面倒を見ていた。ヌルにならなければ、どこかに嫁いで、子供を育てて幸せに暮らしていただろう。何年か前に、わたしも子供が欲しかったわと言った時の寂しそうな顔が思い出されて、余計に切なくなっていた。
 姉の死に茫然自失となった攀安知が一の曲輪の御殿に行くと、マナビダルが気を失っていて、気がついたマナビダル攀安知の事を忘れていた。


 午後になって、また鉄炮の音が鳴り響いて、恐怖の時が流れた。
 どうして自分が戦の真っただ中にいるのか理解できず、夢なら早く覚めてくれとマナビダルは祈った。
 祈りのお陰か、鉄炮の音がやんだ。一の曲輪の御殿に落ちたのは二発だけだった。それでも、一人の侍女が亡くなっていた。
 鉄炮がやんだのは、下間大主(しちゃまうふぬし)と具志堅大主(ぐしきんうふぬし)が馬に乗って外曲輪から外に攻めて行ったからだった。その後、二十人の騎馬武者が外に出て暴れ回った。勝連按司(かちりんあじ)と越来按司(ぐいくあじ)が罠(わな)にはまって、外曲輪に入って来た。勝連按司と越来按司は倒したが、敵兵の侵入を許してしまい、乱戦の末に外曲輪を奪われてしまう。
 外曲輪が落ちるのは想定済み、外曲輪が奪われたとしても、今帰仁グスクが攻め落とされる事はないと攀安知は強気で兵たちを鼓舞したが、たった一日で攻め落とされるなんて思ってもいなかった。やはり、敵に奪われた鉄炮の威力は大きかった。戦が終わったら湧川大主を捕まえて、戦死した者たちのためにも、みんなが見ている前で殺して、さらし首にしてやると心に誓った。
 外曲輪を奪い取った敵は、戦死した兵たちを片付けて陣地作りをしているので、当分は攻めて来ないだろうと攀安知は一の曲輪に戻った。
 マナビダルは侍女たちと一緒に部屋の中を片付けていた。天井には穴が開き、床にも穴が開いて惨めなものだった。攀安知に気づいたマナビダルはニコッと笑った。
「マナビダル、俺の事を思い出したんだな」と言って、攀安知はマナビダルに近づいた。
 マナビダルは首を振った。
「思い出せませんが、わたしが王様(うしゅがなしめー)に大切にされている事はわかりました」
「そうか。焦る事はない。少しづつ思い出していけばいい」
 攀安知は翌朝までマナビダルと一緒にいた。亡くなった姉との思い出話やマナビダルと出会ってからの事も順を追って話してくれた。思い出す事はできなかったが、二年前に攀安知と出会ってから、その後の自分が幸せだった事は充分にわかった。沖の郡島にあるという立派な御殿を早く見て見たいと思った。
 戦の指揮で疲れていたのか、攀安知は熟睡した。攀安知の寝顔を見ながら、マナビダルは今のこの状況を受け入れようと思っていた。
 夜明け前に目を覚ますと攀安知はいなかった。鉄炮の音は聞こえないが、外は騒がしく、どこかで戦が始まっているようだった。
 夜が明けた頃、攀安知が来て、志慶真曲輪を敵に奪われたと悔しそうに言って、また、どこかに行った。
 しばらくして、鉄炮の音が鳴り響いた。一の曲輪の御殿にも鉄炮の玉がいくつも落ちてきた。マナビダルはカフィとイリーと抱き合って、鉄炮がやむのをじっと待っているしかなかった。三人のすぐ近くに鉄炮の玉が落ちてきて、天井から瓦も落ちてきた。
「ギャー!」とイリーが悲鳴を上げた。
 飾ってあった綺麗な壺に鉄炮の玉が当たって、壺が壊れて、その破片がイリーの背中に刺さっていた。
「イリー!」とマナビダルは叫んだ。
 イリーは何かを言おうとしたが、言葉にはならず、口から血を流して、ガクッとなった。
 マナビダルとカフィは、イリーの名を呼びながら泣いていた。
 いつの間にか鉄炮の音は聞こえなくなっていた。鉄炮によって屋敷が破壊されて、亡くなる人もいるが、自分だけは大丈夫だと思っていたマナビダルも、イリーの死によって、自分の死を自覚しないわけにはいかなくなった。この状況が続けば、自分が死ぬのも時間の問題だと思った。
 自分らしく生きなさいという声がまた聞こえた。その声が志慶真ヌルの声だとカフィとイリーから知らされたが、志慶真ヌルも思い出せなかった。ところが、志慶真ヌルから聞いた祖母の話が急に思い出された。
 正午頃、攀安知がやって来て、亡くなったイリーの遺体を兵たちが運んでいった。
「壺なんか置いておくんじゃなかった」と攀安知がポツリと言った。
 部屋の中は破壊された残骸が散らばっていたが片付ける気力もなかった。
「敵の鉄炮の玉はなくなったはずだ。もう大丈夫だよ」
鉄炮の玉はもう飛んで来ないのですね」とマナビダルは言って、天井を見上げた。
 大きな穴が開いていて、雨が降ってきたら大変だろうと思った。
 マナビダルは志慶真ヌルから聞いた祖母の話を攀安知に話した。
「なに、お前の祖母は今帰仁若ヌルだったのか」と攀安知は驚いた。
「志慶真ヌル様からその話を聞いたのは最後のお稽古の日で、わたしも初めて知って驚きました」
「俺の祖父はお前の祖母にとって敵(かたき)だったんだな」と攀安知は苦笑した。
「敵同士の俺とお前は結ばれた。皮肉なもんだな」
「わたしが嫌いになりましたか」
 攀安知は笑った。
「お前が誰だろうと関係ないよ。俺はお前に惚れたんだ。悔いはない」
「まだ記憶は戻らないけど、わたしも王様が好きです」
 攀安知はマナビダルを抱きしめた。
 次の日、四月九日は鉄炮の音はしなかった。戦は続いているが、一の曲輪まで及ぶ事はなく、マナビダルはカフィと一緒に部屋の片付けをしていた。
「志慶真の兵たちが裏切った」と攀安知は悔しそうにマナビダルに言った。
リュウインの弟子たちが活躍してくれたから大丈夫だ」とも言って、マナビダルを安心させた。
 翌日の朝、また鉄炮の音が鳴り響いた。鉄炮の玉がまだあった事に驚き、また恐怖に包まれたが、一の曲輪に飛んで来る事はなかった。
 その日、三の曲輪が敵に奪われた。激戦の末、多くの兵が戦死した。敵は抜け穴から侵入して来たという。どうして、中山王が抜け穴の事を知っているのか攀安知には理解できなかった。
 攀安知が抜け穴の事を志慶真の長老から聞いて、それを調べたのは十年近くも前だった。内密に探させたが見つからず、祖父が埋めてしまったのだろうと思って、その後、抜け穴の事など口に出した事もない。抜け穴の事を知っているのは湧川大主だけだった。
 湧川大主も中山王に寝返ったのか‥‥‥
 いや、長老から抜け穴の事を聞いた時、クンも一緒にいた。もしかしたら、クンが裏切って国頭按司に抜け穴の事を教えたのか‥‥‥今となってはあとの祭りだった。
 攀安知は無理に強がって、あと五日の我慢だとマナビダルに言った。あと五日持ち堪えれば、梅雨が来て、敵は逃げて行く。
 四月十一日、辰(たつ)の刻(午前八時)頃から鉄炮の音が鳴り響いた。一の曲輪にも飛んで来た。マナビダルはカフィと抱き合って、恐怖の時が過ぎるのを待った。
 何かが崩れる大きな音がして、天井から太い柱が落ちてきた。太い柱はマナビダルとカフィを押しつぶした。
 マナビダルは血だらけになった顔で微笑みながら、「王様、ありがとう」と言って息を引き取った。

 

 

 

九桜 剣道 赤樫上製 中刀 木刀のみ(鍔別) WO30R

2-235.三の曲輪の激戦(第三稿)

 外曲輪(ふかくるわ)を奪い取った翌日の朝、サハチはサグルーたちが志慶真曲輪(しじまくるわ)を攻め落としたとの知らせを受け、順調に行っていると満足そうにうなづいた。
 しかし、サハチにとってサム(勝連按司)の死は大きな衝撃だった。昨夜はサムの枕元に座ったまま一睡もしていなかった。伊波按司(いーふぁあじ)、山田按司、安慶名按司(あぎなーあじ)の兄たちは、必ず、サムの敵(かたき)を討つと誓っていた。
 サハチは志慶真曲輪を奪い取った事を兵たちに知らせて士気を上げた。中山王(ちゅうざんおう)の孫の活躍に、按司たちも大したものだと喜んだ。
 朝食を済ませると総攻撃が始まった。外曲輪の中程に楯(たて)が並べられ、外曲輪攻めの時と同じように二段構えの陣だった。戦死者が多く出て半数以下になってしまった勝連(かちりん)の兵は伊波按司の指揮下に入り、越来(ぐいく)の兵は浦添按司(うらしいあじ)の指揮下に入った。
 鉄炮(てっぽう)(大砲)の音が響き渡って、鉄炮の玉が外曲輪を越えて飛んで行った。三の曲輪から石が飛んで来た。三の曲輪にも投石機があるようだ。敵から奪った投石機で、こちらからも三の曲輪に石を撃ち込んだ。
 丸太車が中御門(なかうじょう)に突入したが、また大石が落ちてきて潰れた。屋根は補強してあるが、何人かがやられて丸太車は動かなくなった。
 楯を持った兵に隠れて、梯子(はしご)を持った兵が三の曲輪の石垣の下に向かった。三の曲輪の石垣は三丈(約九メートル)近くもあるので、外曲輪攻めで使った梯子を二つつないでいた。弓矢と石つぶての攻撃が激しく、なかなか石垣の下まで行けなかった。何とか石垣の下まで行っても、上から石を落とされて、兵たちは倒れ込んだ。
 物見櫓(ものみやぐら)の上から戦況を見ていたサハチとファイチは、三の曲輪を攻め落とす難しさを改めて実感していた。
「まともな攻撃をしていたら負傷兵が増えるばかりです」とファイチが言った。
「そうだな」とサハチはうなづいて、「ウニタキが抜け穴の出口を見つけてくれればいいが」と言って、飛んで行く鉄炮の玉を追った。
 一の曲輪の御殿(うどぅん)に当たったようだが、御殿はまだ壊れてはいないし、火の手が上がる事もなかった。
「夜襲でも仕掛けるか」とサハチは言った。
「火矢を撃って敵を眠らせないようにしましょう」とファイチが言って、サハチの顔を見た。
「サハチさん、眠っていないのでしょう。先はまだ長そうです。休んだ方がいいですよ」
 サハチはうなづいて、兵の指揮をファイチに任せて物見櫓から下りた。
 外曲輪から外に出たら、ヒューガの配下のウーマが来て、鉄炮の玉が終わったと知らせた。
「なに、もう二百発を撃ったのか」
「七つの鉄炮で撃っていますから、一つの鉄炮につき三十発足らずしかありません」
「そうか。終わったか。二百発も撃てば、かなりの被害が出ているだろう。御苦労だった」
 ウーマと別れたサハチは焼け跡の中にある本陣の仮小屋に向かった。仮小屋の中で、安須森(あしむい)ヌルが横になっていた。安須森ヌルは昨夜、叔父の越来按司(ぐいくあじ)の所にいた。
 サハチに気づいて安須森ヌルは上体を起こした。
「お前も疲れただろう。眠った方がいい」
「一眠りしようとここに来たんだけど、戦場(いくさば)じゃ眠れないわ」
鉄炮の音に起こされたか」とサハチは笑った。
「もう鉄炮の玉は終わったよ」
「勝連按司(かちりんあじ)が亡くなってしまって、お姉さんが悲しむわね」
「サムはマチルギと一番仲がいい兄弟だったからな。昨夜(ゆうべ)、サムの顔を見ながら、色々と思い出していたよ。マチルギが嫁ぐ前、サムとマチルギと一緒に、ここに来た事があるんだ。サムもマチルギも祖父の敵討(かたきう)ちを誓っていたけど、今帰仁(なきじん)グスクを見た事はなかった。それで、ヒューガ殿に頼んで、一緒に来たんだよ。サムはグスクの石垣を見上げて、目を丸くして『すげえなあ』と言っていた。まさか、サムがここで戦死してしまうなんて、夢にも思わなかった」
「勝連は未だに呪われているのかもしれないわ」
 安須森ヌルはそう言うが、サムの戦死は呪いとは関係ないだろうとサハチは思った。越来按司も戦死しているし、越来按司の次男の美里之子(んざとぅぬしぃ)も戦死した。勝連の兵が三十四人戦死して、越来の兵は四十七人も戦死している。勝連よりも越来の方が被害が大きかった。
 眠気がさしてきてサハチは横になった。
 話し声で目を覚ましたサハチが声のする方を見ると、タマ(東松田の若ヌル)とシンシンとナナが来ていて、安須森ヌルと話をしていた。
 目を覚ましたサハチに気づいたタマが、
按司様(あじぬめー)、ササ姉(ねえ)に相談してきます」と言った。
「なに、島添大里(しましいうふざとぅ)に帰るのか」とサハチは驚いて起き上がった。
 安須森ヌルの説明を聞いたあと、サハチはタマが見た場面を詳しく聞いた。
「山北王(さんほくおう)がウタキにある霊石(れいせき)を刀で斬ったのか」
「そうなんです。あたしは山北王に会った事はありませんが、そのウタキは御内原(うーちばる)の中にあるそうです。御内原に入れる男は山北王だけだと思います。それに大将らしい鎧(よろい)を着ていたし、振り上げた太刀も立派でした」
「ほかに何か見なかったか」
「雨が降っているようでした」
「雨か‥‥‥」とサハチはうなづいた。
 山北王がウタキにある霊石を斬ったという事は、山北王は負けを認めたという事だな‥‥‥今回の戦は勝てるとサハチは確信を持った。
「神様の事はお前たちに任せるが、お腹に子がいるササをここに連れて来るのは危険だぞ」とサハチは言った。
「わかっています。ササ姉ならアキシノ様を助ける方法を知っているはずです」
 タマはシンシンとナナを連れて、馬を走らせて島添大里に向かった。
「タマは重要な役目を担(にな)っているって、ササが言っていたけど、アキシノ様を助ける事だったのね」と安須森ヌルがサハチに言った。
「タマはシネリキヨなのに、アキシノ様の声が聞こえるのよ。不思議に思ってアキシノ様に聞いたら、アキシノ様の息子さんが旅をした時、タマの御先祖様の娘と出会って、結ばれたって言っていたわ」
「なに、タマもアキシノ様の子孫だったのか」
「お姉さんや志慶真ヌルと違って、母親が代々、アキシノ様の子孫じゃないけど、タマにもアキシノ様の血が流れていたのよ」
「タマのマレビト神が俺なのも何か理由があるのか」
「タマはシネリキヨの子孫を守りなさいって神様から言われたらしいわ。タマとお兄さんが結ばれて、生まれた娘がシネリキヨのヌルとして、シネリキヨの子孫たちを守るような気がするわ」
 サハチにはよくわからなかった。
 安須森ヌルは志慶真(しじま)村に帰って、サハチは外曲輪内の本陣に向かった。
 戦は中断していた。芝居小屋の本陣に行くと、サグルーが来ていて、ファイチと話をしていた。
「親父、サム伯父さんが戦死したなんて‥‥‥」
「会って来たか」
「ええ、ジルムイが泣いていましたよ」
「そうか‥‥‥サムの敵を討ったら思い切り泣けと伝えてくれ」
「サグルーから志慶真曲輪攻めで使った松明(たいまつ)のおとり作戦を聞きました」とファイチがサハチに言った。
「マウシが考えて、うまく敵の目を欺いたようです。今晩、それを使いましょう」
 サハチとファイチは作戦を考えて、そのための準備を兵たちに命じた。
 その夜、篝火(かがりび)が炊かれた外曲輪では、松明を持った兵が交代で石垣を目指していた。幸いに月が雲に隠れていたので、竹の棒に付けた松明は敵に気づかれる事なく、敵は松明を目掛けて弓矢を射続けた。松明のおとり作戦は夜が明けるまで続いて、敵を眠らせなかった。
 松明のおとり作戦は二の曲輪の石垣の下でも、シラーとタクの兵によって行なわれ、御内原(うーちばる)の石垣の下でも、サタルーとマウシの兵によって行なわれていた。
 三日目の夜が明けた。
 サハチが物見櫓に登って朝日を眺めているとウニタキがやって来た。
「サムが戦死したそうだな」とウニタキは言った。
「勝連按司を継ぐ者がいなくなってしまった。いよいよ、お前の出番だ」とサハチは言った。
「いや、まだ早い。お前と南蛮(なんばん)(東南アジア)の旅に出なくてはならんからな」
「勝連按司はどうするんだ?」
「サムの娘婿がいるだろう」
「ジルムイか」
「お前の倅だ。勝連の者たちも喜んで迎え入れるだろう」
「ジルムイはサグルーが中山王になった時、苗代大親(なーしるうふや)のようなサムレーたちの総大将になるのが夢だった」
「義父が戦死したんだ。考えを変えるだろう。ユミのためにも勝連按司になった方がいい」
 サハチは朝日を見ているウニタキの横顔を見ながら、勝連按司は朝鮮(チョソン)との交易船を出さなくてはならないが、ジルムイに任せてみるかと考えていた。
「抜け穴は見つかりそうか」とサハチは聞いた。
「ずっと探し回っているんだが見つからん。もしかしたら、出口は志慶真川ではないのかもしれん」
 ウニタキは右側の山を見て、「クボーヌムイの中にあるのかもしれんな」と言った。
「クボーヌムイなら安須森ヌルに頼めばいい。ヌルたちが探してくれるだろう」
 ウニタキはうなづくと物見櫓から下りて行った。
 負傷者が多く出るので、その日の攻撃は石垣を目指して突撃はしなかった。投石機での石の撃ち合いと、石垣の上の敵を弓矢で狙うために、時々、楯を持った兵がおとりとして進み出るだけにした。
 正午(ひる)頃、突然、中御門が開いて敵が攻めて来た。二騎の騎馬武者に率いられた兵たちは、並べられた楯を突破して、伊波按司と山田按司の兵の間に攻め込んで、喚声(かんせい)を上げながら、そのまま、開かれたままの外曲輪の大御門(うふうじょう)を抜けて城下へと飛び出した。後陣にいた浦添按司があとを追おうとしたら、馬から下りた二人の武将は武器を捨てて跪(ひざまづ)いた。兵たちも武器を捨てて跪いた。苗代大親が味方の兵たちを止めた。
 本陣から出て来たサハチとファイチは跪いている敵兵を見た。
「志慶真曲輪のサムレー大将の前原之子(めーばるぬしぃ)と上原之子(ういばるぬしぃ)でございます。志慶真曲輪が陥落したので、投降いたします」
 投降した兵は七十六人いた。浦添按司に見張りを頼んで、サハチは前原之子と上原之子を本陣に呼んで話を聞いた。
 二人は外曲輪を守っていて、一昨日(おととい)の戦で二十人余りの戦死者を出して、その後、三の曲輪を守っていた。戦が膠着(こうちゃく)状態になったので、戦死した者たちの敵を討ちたいと言って、三の曲輪の総大将の具志堅大主(ぐしきんうふぬし)の許しを得て、外曲輪に攻めて来た。志慶真曲輪が落ちてしまったので、これ以上戦う意味はないので投降したと言った。
「志慶真大主(しじまうふぬし)様と志慶真ヌル様は御無事でしょうか」と前原之子が聞いた。
 サハチが無事だと言うと二人は安心したようにうなづき合った。
 ファイチが三の曲輪の様子を聞いた。
 三の曲輪内には岩場が多く、鉄炮の玉が当たって岩が砕け、その破片に当たって怪我をした兵がかなりいる。戦死者も多く、守っている兵は二百人前後だと言った。
「三の曲輪にある屋敷は鉄炮でやられたのか」とサハチは聞いた。
「その屋敷は本陣になっていたのですが、鉄炮の玉にやられて屋根は穴だらけです。負傷兵を収容していましたが、鉄炮の玉が負傷兵の上に落ちてきて、悲惨な状況となって、今はもう使用していません」と前原之子は言った。
「ほかの曲輪の屋敷はどうだ?」
「三の曲輪から出ていないので、二の曲輪と一の曲輪の様子はわかりませんが、屋敷はかなり破壊されていると思います。中御門から二の曲輪に行く途中に客殿があるのですが、そこで負傷兵の治療をしています。その客殿もかなり破壊されていました」
「山北王は三の曲輪にいるのですか」とファイチが聞いた。
「外曲輪が奪われる前は三の曲輪にある物見櫓の上から指揮を執っていましたが、今は御内原にいるようです。毎朝、弓矢の稽古はしていますが」
「戦の最中なのに、毎朝、かかさずに稽古をしているのか」とサハチが聞いた。
「はい。今朝もしていました」
 前原之子と上原之子を下がらせたあと、サハチは投降兵の処置をファイチと苗代大親と相談した。志慶真曲輪から送られてきた十四人の投降兵は見張らせているが、八十人もの兵を見張るには百人の兵を割かなくてはならなかった。
 ファイチは奥間大親(うくまうふや)に渡して、負傷兵の治療を手伝ってもらえばいいと言った。苗代大親は負傷兵の補充に使えばいいと言った。投降したと言っても本心はわからなかった。投降した振りをして、陣地の撹乱(かくらん)をたくらんでいるのかもしれなかった。
 どうしようか考えている時、陣地が騒がしくなった。本陣の小屋から外に出てみると、敵の騎馬武者が中御門から次々に出て来た。十騎の騎馬武者が横に並んで兵たちを睨み、武器を振り上げると一斉に攻めて来た。皆、かなりの使い手で馬に近づく兵は次々に倒されていった。
「総大将は動くな」と言って苗代大親が敵の一人に立ち向かって行った。
 強敵と見たのか、敵は馬から下りて苗代大親と戦った。
「総大将は動かないで下さい」とファイチが言って敵に向かって行った。
 兵たちがやられるのを見てはいられないと、サハチも行こうとしたら国頭按司(くんじゃんあじ)に止められた。
「総大将が動いたら負け戦になります」
 苗代大親が見事に敵を倒した。ファイチも倒していた。
「引け!」と誰かが叫んで、敵は撤収していった。
 敵が中御門に逃げ込んだあと、開いている門の中に安慶名按司(あぎなーあじ)が突っ込もうとしたが、
「罠(わな)だ、行くな!」と苗代大親が叫んで、安慶名按司は突撃をやめた。
 中御門は閉じられた。
 与那原大親(ゆなばるうふや)とンマムイも敵を倒していた。
 十人の敵を相手に、十三人が戦死して、三十人余りの負傷者が出ていた。
 サハチは投降した志慶真の兵たちに負傷兵の看護を命じた。前原之子に聞いた所、あの十人はリュウインの弟子たちで、武術道場の師範だという。リュウインが明国に行ったあと、弟子たちを山北王から切り離しておくべきだったとサハチは後悔した。
 陣を立て直して、石垣の上の敵兵を倒すために、焼け跡の中に立てた三つの物見櫓を外曲輪内に移動していた時、ウニタキが本陣にやって来た。その顔付きを見て、サハチは抜け穴の出口を見つけた事がわかった。
「使えそうか」とサハチは聞いた。
 ウニタキは笑って、「その前に苦労話を聞け」と言った。
 ファイチは物見櫓の位置を指定するために、兵たちに指示をしているのでいなかった。サハチはウニタキから話を聞いた。
「石垣の下にある急斜面の密林の中をくまなく探したんだが見つからなかった。もしかしたら、川の下をくぐって向こう側にあるのかと思って、反対側も探させたが見つからなかった。一体、どこにあるんだと対岸を歩きながら川の流れを見ていたら、川の中にガマ(洞窟)らしいものが見えたんだ。この前の大雨で川が増水していた時は隠れていたようだ。入り口の半分近くが川の中にあって、そこを抜けると中は広いガマになっていた。ガマの中に細い川が流れていて、大雨のあとはガマの中に貯まった水が志慶真川に流れ込むようだ。松明を持って進んで行くと、上からかすかな光がこぼれている所に出た。そこに登れるように石段もできていたので、そこに間違いないと思った」
「上に出たのか」
「いや、石段を登って上まで行ったら兵たちの声が聞こえた。今、出たら敵に見つかると思ったのでやめたよ。出口は石の板で塞がれてあったようだが、鉄炮の玉が当たって割れたようだ。太い木の根がいくつもあるので、木の根を切って、割れた石の板をどけないと外には出られない。その時の音が敵に気づかれる恐れがある」
鉄炮を撃とう」とサハチは言った。
 ウニタキはうなづいた。
鉄炮の音を合図に、入り口を開けて飛び出せばいい」
「だが、味方の兵が抜け穴から出た事がわからないと鉄炮を止められないぞ。物見櫓から三の曲輪の中まで見えない」
「そうだな。何かうまい方法はないか」
 二人が考えているとファイチが戻って来た。
 サハチは抜け穴の事をファイチに話した。
「抜け穴の出口がどこにあるのかわかりませんが、三の曲輪の前に立てた物見櫓から三の曲輪内の半分が見えます。三の曲輪の半分より向こうに三つ巴の旗を立てればわかると思います」
「よし、それで行こう」
 サハチは側近の兵に運天泊(うんてぃんどぅまい)に行って、鉄炮の玉を五十発運ぶように命じて、ウニタキと一緒に抜け穴の確認に行った。
 その夜、苗代之子(なーしるぬしぃ)と安慶名按司が兵を率いて城下の外れの志慶真川の近くまで移動して野営をした。夜が明けると共に志慶真川に下りて、ウニタキの案内で抜け穴へと入って行った。
 夜明けから半時(はんとき)(一時間)ほど過ぎた頃、鉄炮の音が響き渡った。鉄炮の玉は運天泊から昨日のうちに運び込まれていた。
 サハチとファイチは三の曲輪の正面に立てられた物見櫓に登って、三の曲輪内を見ていた。敵の弓矢が物見櫓を目掛けて飛んで来たが、楯に囲まれている櫓の上は安全だった。石も飛んで来たが、物見櫓には当たらなかった。鉄炮の玉が続けざまに三の曲輪に落ちて、敵兵たちが逃げ回っていた。
 鉄炮の音が聞こえると抜け穴の中にいたウニタキは、兵たちに命じて邪魔な木の根を切らせて、出口を塞いでいる石の板を割って下に落とした。
 出口が開くと安慶名按司が穴から顔を出して周りを見た。鉄炮の玉が近くに落ちて来て土煙を上げた。兵の姿は見当たらなかった。抜け穴の出口は三の曲輪の中程にあって、すぐ上にはガジュマルの大きな木があった。
 安慶名按司は穴から出ると身を伏せた。石垣の近くに敵兵が集まっているのが見えた。安慶名按司が合図をすると、兵たちが次々に出て来た。旗を持った兵は鉄炮が落ちて来る中を走って後方まで行き、三つ巴の旗を振った。
 鉄炮の攻撃が止まった。抜け穴から出て来た兵が石垣の陰に隠れている敵兵に向かって行った。
 鉄炮がやんでホッとしていた所に、突然、敵兵が現れたので、三の曲輪の兵たちの頭は混乱した。石垣を守っていた兵たちも、目の前に現れた敵を倒すために石垣から離れた。
 外曲輪では総攻撃が開始されて、梯子を持った兵たちが三の曲輪の石垣に取り付いて、次々に登って行った。石垣を乗り越えた兵たちは敵兵に突撃して、三の曲輪内は乱戦となった。
 先陣にいた伊波按司、山田按司浦添按司、ンマムイの兵が三の曲輪に突入した。敵の三倍の兵力なので、あっという間に三の曲輪を占領した。
 サハチとファイチと苗代大親が梯子を登って三の曲輪に入ると敵兵の死骸があちこちに転がっていた。倒れている味方の兵もかなりいた。味方の兵たちは疲れ切った顔で思い思いの所で休んでいた。三の曲輪の奥の急斜面の上に二の曲輪の高い石垣があった。石垣の上に敵兵の姿が見えたが、三の曲輪を奪われて気落ちしたのか、攻撃はしてこなかった。
 ウニタキがサハチに近づいて来た。
「お前も戦ったのか」とサハチが聞くと、ウニタキは笑って首を振った。
「俺は穴の中に隠れていたよ。三つ巴の鎧を着ていないからな。乱戦になったら敵と間違えられて味方に斬られてしまう」
 サハチたちはウニタキの案内で抜け穴の入り口に行った。大きなガジュマルの根元に穴が開いていた。
「山北王はこの穴が見つからなかったのか」とサハチが聞いた。
「穴の上に石の板があって、その上にガジュマルの根が張っていたんだ。鉄炮の玉が石の板を割ってくれたので、開ける事ができた。石が割れなければ、開けられなかっただろう」
「そうか。鉄炮の玉のお陰か」
 急斜面の下にあるサムレー屋敷は鉄炮にやられて、ぼろぼろになっていた。屋敷の中を覗くと負傷兵が寝かされていたが、動けない負傷兵の上に鉄炮の玉が落ちて、内臓(はらわた)が飛び散って血だらけになっていた。
 サハチたちは西側にある三の曲輪の御門(うじょう)に向かった。途中で浦添按司と出会った。浦添按司は血だらけの若按司を抱いていた。
「クサンルーじゃないか。大丈夫か」とサハチが聞くと浦添按司は首を振った。
 クサンルーはサハチたちと一緒にヤマトゥに行っていた。ウニタキもファイチもクサンルーの死を悲しんでいた。
 越来の兵たちに囲まれて、若按司のサンルーがいた。サンルーも戦死していた。外曲輪の戦で、越来按司と次男の美里之子が戦死して、今、若按司までが戦死した。越来按司は跡継ぎを失ってしまった。越来ヌルのハマの悲しむ顔がサハチの脳裏に浮かんだ。

 

 

 

モモト別冊 今帰仁城跡

2-234.志慶真曲輪(第三稿)

 外曲輪(ふかくるわ)を攻め落とした日の朝、サグルー、ジルムイ、マウシ、シラー、タクが率いる兵たちは、搦(から)め手の志慶真御門(しじまうじょう)に向かった。
 総大将はサグルーだった。サグルーは島添大里(しましいうふざとぅ)の若按司だが、三年前の十一月に与那原大親(ゆなばるうふや)に任命され、翌年の四月に山グスク大親に任命された。ジルムイ、マウシ、シラーの三人はサムレー大将としてサグルーに従った。
 山グスクには険しい崖があり、大岩もあって、今帰仁(なきじん)グスクを攻めるための岩登りの訓練をするのに最適な場所だった。キラマ(慶良間)の島から来た若者たちで編成された山グスクの兵は、二年余りも岩登りの訓練を続けて、様々な工夫もしていた。
 サグルーは山グスク大親として、山グスクの百人の兵を引き連れて今帰仁攻めに参加するつもりだったが、ジルムイ、マウシ、シラーも大将としてキラマの若者たちを率いる事になった。搦め手攻めの総大将になったサグルーは全隊を見なければならないので、山グスクの兵たちはマウシに任せる事にした。誰よりも岩登りが得意なマウシが、山グスクの兵を率いる最適任者だった。
 城下から志慶真(しじま)村に向かう道を通るとグスクから狙い撃ちにされるので、サグルーたちは森の中に入って志慶真村を目指した。山刀(やまなじ)で草木を刈りながら苦労して志慶真村に着くと、サタルーが『赤丸党』の者たちを率いて待っていた。
「兄貴、派手な敵討(かたきう)ちをしましたね」とサグルーがサタルーに言った。
「前もって、戦(いくさ)の邪魔になりそうな家々を焼いてしまおうと思って火を付けたら、強風が出て来て、みんな燃えちまったんだよ」とサタルーは笑った。
「サタルー兄貴、ひでえよ」とマウシが言った。
今帰仁の遊女屋(じゅりぬやー)を楽しみにしていたんですよ」
「お前、馬鹿か」とジルムイがマウシを小突いた。
「戦が始まれば、遊女屋だって逃げて行く」
「遊女(じゅり)たちが炊き出しを手伝ってくれると思ったんだけどな」
 マウシのがっかりした顔を見て、皆が笑った。
 志慶真村の人たちは避難していて、村には誰もいなかった。
 兵たちに陣地作りを命じて、大将たちは志慶真大主(しじまうふぬし)の屋敷で、作戦の再確認を行なった。
 志慶真曲輪の絵図を見ながら、
「守備兵は諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)の兵と謝名大主(じゃなうふぬし)の兵の百人だけですね?」とサグルーがサタルーに聞いた。
「そうだ。変更はない」
「百人だけなら落とすのはわけない」とマウシがニヤッと笑った。
 志慶真曲輪内には四つの屋敷があって、攀安知(はんあんち)の母親のサキ、先代山北王(さんほくおう)の側室だったアリ、謝名大主の父親の謝名の御隠居(ぐいんちゅ)、平敷大主(ぴしーちうふぬし)の妹のフミが暮らしていた。
 アリは攀安知の妹のマナチーと弟のシチルーの母で、奥間(うくま)から贈られた側室だった。マナチーとシチルーも子供の頃は志慶真曲輪で暮らしていたが、二人とも独立して城下で暮らしていた。城下が焼けたあと、マナチーと子供、シチルーの妻と子供は、外曲輪内の今帰仁ヌルの屋敷で暮らし、マナチーの夫の愛宕之子(あたぐぬしぃ)とシチルーは戦の準備に追われていた。
 攀安知が山北王になった時、先代の重臣だった謝名大主と平敷大主の父親は無理やり隠居させられたが、グスク内に住む事を許されて、志慶真曲輪内の屋敷を与えられた。七十を過ぎた謝名の御隠居は若い後妻と気ままに暮らしていた。平敷大主の両親はすでに亡くなって、許嫁(いいなずけ)が今帰仁合戦で戦死したあと、嫁がなかった妹のフミが一人で暮らし、志慶真村の娘たちに読み書きを教えていた。
 志慶真村の避難民たちが入って来るとサキは御内原(うーちばる)に移って、避難民たちに屋敷を譲った。
 志慶真曲輪には『まるずや』の者たちが出入りしていたので、中の様子は詳しくわかっていた。
「志慶真村から避難した人たちは何人いますか」とジルムイがサタルーに聞いた。
「三十数人だろう」
「志慶真大主もいるのですか」とサグルーが聞いた。
「志慶真の兵たちが外曲輪の守備に回されたんで、志慶真大主としても逃げるわけにはいかんのだろう。妹は諸喜田大主の妻だしな」
「諸喜田大主の妻は兼(かに)グスク按司(ンマムイ)の妻と仲がよかったそうです。できれば助けてやりたいと親父から言われました」
 そう言ってから、サグルーはサタルーに作戦を伝えた。
 正面から志慶真御門(しじまうじょう)を攻撃するのはサグルーとジルムイ、左側の石垣を攻めるのはシラーとタク、志慶真川の崖を登って攻めるのはマウシとサタルーだった。敵は百人しかいないので、一人づつ片付けていけば、今日のうちに攻め取れるだろうと祝杯を挙げて、それぞれの持ち場に散って行った。
 サグルーとジルムイは大通りを通って、志慶真御門の正面まで行った。兵たちが楯(たて)を並べていた。
 志慶真御門は石垣が少しくぼんでいる位置にあって、御門の上にある櫓(やぐら)の中に弓矢を構えた兵が五人いた。大将らしい鎧武者(よろいむしゃ)の姿もあった。
「あいつが諸喜田大主ですかね?」とジルムイがサグルーに言った。
「そうかもしれんな。奥間を攻めた奴だから、サタルー兄貴が敵を討つだろう」
 御門の下に石段があったが、丸太車(まるたぐるま)の丸太の長さを調節すれば使えるだろう。御門の左右の石垣の上には、上半身を出して弓矢を構えている兵がずらりと並んでいた。
 志慶真曲輪の先には急斜面があって、その上に一の曲輪の高い石垣がある。石垣の上に攀安知がいる御殿(うどぅん)の屋根が見えた。志慶真曲輪から二の曲輪に行く坂道も左側に見えた。坂道の先には櫓門があった。
 村のはずれから御門までの間は上り坂で、広場になっているが、弓矢の射程距離内なので進めなかった。
 陣を敷くのに邪魔な家が五軒あったので、サグルーはジルムイに破壊しろと命じて、大通りで物見櫓(ものみやぐら)を作っている兵たちを手伝った。
 左側の石垣を攻めるシラーとタクは、森の中から石垣を見上げていた。城下と志慶真村をつなぐ道の向こう側に、三丈(じょう)余り(約十メートル)の高さがある急斜面があり、その上に、三丈近くの石垣がある。石垣の上に敵兵の頭がいくつか見えた。急斜面には樹木はなく、取り付いた時点で上から狙い撃ちにされる。石垣の下まで行くのも大変な事だった。シラーとタクは森の中にねぐらとなる陣地を作った。
 志慶真川から攻めるマウシとサタルーは、村はずれにある坂道を下って船着き場に下りた。小屋があったので、そこを本陣にして、その周りに陣地を作るように兵たちに命じると、小舟(さぶに)に乗って志慶真川の偵察に出た。
 川の周辺は密林に覆われていて、グスクを見上げる事はできなかった。流れが急な所と緩やかな所があって、しばらく下って行くと船着き場があった。二艘の小舟が岸に乗り上げてあり、細い道が上の方に続いていた。
「どこに行くんですか」とマウシがサタルーに聞いた。
「外曲輪だ」とサタルーは答えた。
「外曲輪ですか。本隊が外曲輪攻めにてこずったら、ここから攻め上りましょう」
「上から狙い撃ちにされるぞ」
「そうか。ここはおとり作戦に使いますか」
「そうだな」とサタルーがうなづいた時、ウニタキが現れた。
 サタルーもマウシも驚いた顔でウニタキを見た。
「ウニタキさん、こんな所で何をしているのですか」とサタルーが聞いた。
「俺の出番はまだ先だから、こっち側から外曲輪を攻められないかと調べていたんだ」とウニタキは笑った。
「攻められそうですか」とマウシが聞いた。
「難しいな」とウニタキは首を振った。
「密林を抜けると何もない急斜面に出る。上から丸見えで、石垣には近づけない。志慶真曲輪の方もそうなっている。お前たちの腕の見せ所だな。期待しているぞ」
「任せておいて下さい」とマウシは自信たっぷりに言った。
 ウニタキは笑いながら手を振ると密林の中に入って行った。サタルーとマウシは引き返す事にしたが、川を遡(さかのぼ)って行くのは一苦労だった。漕ぎ手を二人連れて来たので、四人で必死に漕いで戻る事ができた。
 志慶真川がグスクから見えないというのは好都合だった。サタルーとマウシは外曲輪の船着き場まで、川に沿って道を作る事から始めた。
 午前中には各部署の陣地作りも終わった。サグルーとジルムイは大通りから右に入った所に立てられた物見櫓に登って、志慶真曲輪内を見た。
 正面の石垣はかなり幅があって、手前で弓を構えている兵の後ろにも弓を持った兵が何人もいた。所々に石が山積みされていて、上から落とすつもりなのだろう。丸太らしき物も見えた。
 御門の上にある櫓の中は屋根に隠れて中まで見えなかった。左側の石垣は二の曲輪の石垣とつながっているが、途中に段差があるので、そのまま進む事はできなかった。段差の所で、一の曲輪の石垣から狙い撃ちにされるだろう。右側の石垣は一の曲輪の下にある急斜面の所で行き止まりになっていた。
 曲輪内にある四つの屋敷は石垣に隠れて屋根しか見えなかった。曲輪内は平らではなく傾斜しているようだ。
「志慶真曲輪を奪い取ったとしても、その先が大変だな」とジルムイがサグルーに言った。
「あの急斜面を登って、石垣を乗り越えるのは山グスクで修行を積んだ者たちにはわけない事だが、上から攻撃されたら、それも難しい」
 突然、鉄炮(てっぽう)(大砲)の音が響き渡った。鉄炮の玉が一の曲輪に落ちるのが見えた。
「本隊の総攻撃が始まったようだ。俺たちも負けられんぞ」と言って、サグルーとジルムイは物見櫓から下りた。
 鉄炮の音が鳴り響く中、早めの昼食を取ったサグルーたちは、外曲輪を攻めていた本隊が攻撃を中断した頃、最初の攻撃を開始した。
 外曲輪を攻めている本隊から、丸太車に大石を落とされて潰されたと知らせが入ったので、丸太車の屋根が潰れないように、丸太の柱を何本も入れて屋根を強化した。
 法螺貝(ほらがい)が鳴り響いて、志慶真御門を目掛けて丸太車が突撃した。同時に楯を構えた先陣の兵たちが梯子(はしご)を持って進み出た。弓矢の撃ち合いが始まった。
 丸太車の上に大石が落ちてきて、屋根の半分が潰れて動かなくなった。丸太車を助けようと楯に身を隠した兵が進もうとしたが、敵の攻撃が激しくて丸太車まで行けなかった。梯子を持って進んだ兵たちは、石垣の上から丸太を落とされ、坂道を転がり落ちる丸太に弾き飛ばされた。
 左側の石垣を攻めていたシラーとタクは、森の中にある高い木に弓矢を持った兵を登らせた。楯を持った兵が森から出て道に行くと、上から大石がいくつも転がり落ちてきた。大石は道を塞ぎ、大石に潰された兵もいた。
 石垣の上の敵兵は無防備で大石を落としていたので、木の上から弓矢で狙われて数人が倒れた。敵も反撃してきたが、森の中の兵は見えず、ほとんどが木に刺さるだけだった。
 大石を乗り越えて急斜面に取り付いた兵たちは、上から落ちて来た丸太に弾き飛ばされた。
 志慶真川側から攻めたサタルーとマウシの兵たちは密林の急斜面を登っていた。密林が途切れた石垣の近くは木がなく、上から丸見えだった。丸見えの急斜面をよじ登らなければ石垣の下には行けない。急斜面なので楯を持って登る事はできず、皆、鉄の兜(かぶと)をかぶっていた。岩登り専用に工夫して鍛冶屋(かんじゃー)に作らせた兜で、上からの弓矢を避けられるようにできていた。
 密林の中から出て、丸見えの急斜面に取り付くと石垣の上から石が落ちてきた。人の頭くらいの大きさの石が次々に落とされて、石に当たった兵たちは密林の中に落ちていった。
 むやみに登っても負傷者が増えるだけなので、サタルーは密林の中に隠れたまま、石垣から顔を出した敵兵を弓矢で狙わせた。一人づつ倒して、敵の兵力を弱めてから登って行くしかなかった。
 一時(いっとき)(二時間)の総攻撃で、どの部署も石垣に取り付く事はできなかった。丸太車は何とか回収する事ができたが、二人の兵が圧死していた。他にも丸太や石にやられて七人が戦死して、二十二人が負傷した。しかし、敵兵も同じくらいの被害が出ているはずだった。
 本陣の志慶真大主の屋敷に大将たちが集まって、今後の対策を練った。
「昼間は無理だな」とサタルーが言った。
「おとり作戦を使って、夜襲を掛けるか」とサグルーが言って、皆の顔を見た。
「山グスクの兵たちの出番だな」とマウシが笑った。
 山グスクの兵は真っ暗闇のガマ(洞窟)の中で五感を鍛え、真っ暗な夜に岩登りの訓練もしていて、夜目が利くようになっていた。
 山グスクの兵を二つに分けて、志慶真川側の五十人をマウシが指揮を取り、左側の石垣を攻める五十人をウハが指揮を取り、サタルーの兵とシラーとタクの兵はおとりとなって敵の目を引く事に決まった。
 午後になって、鉄炮の音が響き渡って、本隊の攻撃が始まったが、搦め手で総攻撃は仕掛けず、おとりの兵を出して、それを狙う敵兵を倒していた。
 夕方、本隊が外曲輪を攻め取ったとの知らせが入って、兵たちに知らせて士気を上げた。勝連按司(かちりんあじ)と越来按司(ぐいくあじ)の戦死は、大将たちの胸に秘めて兵たちには知らせなかった。
 勝連按司はジルムイの義父だった。戦死したなんて信じられなかった。山グスクにいる妻のユミが悲しむ顔が浮かんだ。妻のためにも、義父の敵を討たなければならないと誓ったジルムイは、兵たちに悟られないように涙を拭った。
 日が暮れて、南の空に上弦の月が顔を出した。
 各陣地は篝火(かがりび)をいくつも炊いて、敵の夜襲に備えた。
 シラーとタクは志慶真曲輪よりも北にある二の曲輪の下辺りの森の中に本陣を移して、篝火を炊いた。長い竹の棒に松明(たいまつ)を縛り付けて、二の曲輪の石垣の下の斜面を登る振りをした。石垣の上から弓矢が松明を目掛けて降って来た。夜の間、何度も何度もそれを繰り返した。
 サタルーは同じやり方で『赤丸党』の者たちを使って、御内原(うーちばる)の石垣の下を松明を持った兵が登って行く振りをした。石垣の上にいる夜番(よばん)の敵兵たちは松明の動きに釘付けになっていた。
 月が沈んで星明かりだけになった寅(とら)の刻(午前四時)頃、マウシに率いられた山グスクの兵が、松明を持たずに志慶真曲輪の急斜面をよじ登って石垣に取り付いた。石と石の間に鉄の杭を差し込んで足場を作りながら石垣を登って行った。この時も御内原の下では松明が動いていて、石垣の上から弓矢が撃たれていた。
 石垣の上に登ったマウシたちは、敵兵を倒して志慶真曲輪に潜入した。山グスクの兵が次々に曲輪内に潜入して、敵兵を倒していった。
 左側の石垣からも、ウハに率いられた山グスクの兵が石垣を登って曲輪内に潜入し、敵兵を倒して御門を開けた。待機していたサグルーとジルムイの兵が突入して、曲輪内で乱戦となった。激戦の末に、ジルムイが諸喜田大主を倒し、マウシが謝名大主を倒すと、生き残っていた十数人の兵は武器を捨てて投降した。諸喜田大主の家臣でナコータルーの弟の仲尾之子(なこーぬしぃ)は、山グスクの兵に倒された。
 屋敷内と仮小屋にいた避難民たちを志慶真村に移して、サグルーは志慶真曲輪を占領した。
 諸喜田大主の妻のマカーミは、子供たちと一緒に戦死した諸喜田大主を抱いて泣いていた。大将なので丁寧に扱えとサグルーは命じて、志慶真村の空き家に移した。
 夜が明けると戦死した敵兵の遺体を志慶真村の広場に集めて、武器や鎧を回収した。時々、一の曲輪から弓矢が飛んで来るので、気を付けながら行なった。
 捕虜となった敵兵は十四人で、負傷兵は十二人、それ以外の者は戦死していた。味方の戦死者は四人で、負傷兵は九人だった。
 志慶真曲輪のお清めをしてもらうために、クボーヌムイにいたヌルたちを呼んだ。十六人のヌルたちがぞろぞろと来たので、サグルーたちは驚いた。しかも、皆がお揃いの白い鎧を身に着けていて、その姿がよく似合っていた。
「おめでとうございます」と志慶真ヌルがサスカサと一緒に挨拶に来た。
「シジマが神人(かみんちゅ)になるなんて思ってもいなかったよ」とサグルーが言った。
 シジマはサグルーより一つ年上で、サグルーが若按司として島添大里グスクに入った時、女子(いなぐ)サムレーとしてキラマの島からやって来た。サグルーの屋敷は東曲輪(あがりくるわ)にあったので、与那原に移るまで、一緒に暮らしてきた身内のような者だった。
「鎧姿がよく似合っているよ」とサグルーは志慶真ヌルに言って笑うと、妹のサスカサを見た。
「こんなにもヌルがいたなんて知らなかった」
「みんな、按司たちを守るために一緒に来たのよ。あと七人いたけど、本隊の方に行ったわ」
「勝連ヌルと越来ヌル、それに叔母さん(安須森ヌル)も行ったようだな」
「伊波(いーふぁ)ヌル、山田ヌル、安慶名(あぎなー)ヌル、浦添(うらしい)ヌルも一緒に行ったわ」
按司が二人も亡くなるなんて信じられないよ」
「島添大里にいるマカトゥダル(勝連若ヌル)が可哀想だわ。山グスクの戦でお兄さんを亡くして、今回はお父さんが戦死したのよ。きっと、ササ姉(ねえ)が教えて、今頃、泣いているに違いないわ」
「勝連按司は誰が継ぐんだ?」とサグルーは聞いたが、サスカサは首を振った。
 ヌルたちによるお清めが済んだあと、兵たちは一睡もしていなかったので、志慶真曲輪を守るサグルーの兵を除いて、皆を休息させた。
 ヌルたちは志慶真ヌルの屋敷に入って休んだ。
 本隊の攻撃が始まって鉄炮の音が響き渡った。サグルーは一の曲輪を攻撃するための陣地作りに専念した。志慶真曲輪の石垣の上は一の曲輪の石垣の上から狙われた。楯を並べて、弓矢を防いだ。曲輪内にも楯を並べて、敵からの攻撃を防いだ。一の曲輪に投石機を運び入れたのか、石も落ちて来た。
 午後になって、ジルムイの兵たちと交代して、サグルーの兵たちは一眠りした。
 サグルーが志慶真大主の屋敷で休んでいた頃、志慶真ヌルの屋敷では、タマ(東松田の若ヌル)が予見した事について、ヌルたちが話し込んでいた。
 タマが見たのは、攀安知が御内原内にあるアマチヂウタキの霊石を真っ二つに斬ってしまうという場面だった。
 タマは今帰仁グスクに入った事がないので、御内原にそんな霊石がある事は知らない。今帰仁グスクに入った事のある屋嘉比(やはび)ヌルが、確かに霊石はあると言った。
「その霊石はシネリキヨの神様を祀っているのですか」とタマは聞いた。
今帰仁グスクはシネリキヨのウタキだった所に造られたんだけど、その霊石は違うのよ。その霊石はアキシノ様をお祀りしているの。アキシノ様がお亡くなりになったあと、娘たちが母親の御神体としてお祀りして、今帰仁グスクの守護神となったのです」
「霊石が真っ二つになるとどうなるのですか」
「アキシノ様が危険な事になります」
「そんな事になったら大変だわ。何とか止める事はできないの?」とシンシンが言った。
「アキシノ様に聞いてみるのがいいんじゃないの」とナナが言って、志慶真ヌルがうなづいた。
 みんなでぞろぞろとクボーヌムイに戻って、アキシノ様に聞いた。
「あの石はわたしの孫がヤマトゥから持って来たのよ。厳島(いつくしま)の弥山(みせん)から持って来たらしいわ。わたしの御神体になっているから、傷つけば、わたしも傷つくと思うけど、刀で真っ二つになるなんてあり得ないわ。心配しなくても大丈夫よ」
 アキシノ様はそう言ったが心配だった。シネリキヨの神様が攀安知に力を貸したら、霊石が真っ二つになってしまうかもしれないと思った。
「ササ姉に知らせるわ」とタマが言った。
「それがいいかもね」とシンシンとナナが同意して、三人は安須森ヌルに相談するために外曲輪に向かった。

 

 

 

泡盛 今帰仁城 10年古酒43度 720ml (有)今帰仁酒造

2-233.戦闘開始(第三稿)

 四月六日の正午(ひる)頃、一千五百人の兵を率いて今帰仁(なきじん)に着いたサハチは城下を見て驚いた。焼け跡に驚いたのではない。焼け跡に造られた陣地を見て驚いていた。
 焼け跡の中に高い物見櫓(ものみやぐら)が三つも建っていて、グスクの前には楯(たて)がずらりと並んでいた。本陣となる仮小屋もできていた。
 兵たちを待機させて、サハチはファイチが造った道を馬で進んで本陣に向かった。朝鮮(チョソン)の綿布を使って造られた仮小屋の周りは綺麗に片付けられていて、その周りには焼け跡の残骸が、まるで石垣のように積み上げられてあった。仮小屋の隣りに物見櫓があって、上を見上げるとウニタキがいた。ウニタキが手招きしたので、サハチは上に上がった。
 高さ三丈(じょう)(約九メートル)はありそうな櫓の上から今帰仁グスクの中の様子がよく見えた。大御門(うふうじょう)(正門)の櫓の上と外曲輪(ふかくるわ)の石垣の上に弓矢を構えている兵がずらりと並んでいた。外曲輪内にも数百人の兵がいるようだ。避難民たちの姿は見えない。右の方に屋敷が何軒か建っているので、その中にいるのかもしれない。
 外曲輪内の右側と左側に物見櫓があって、見張りの兵がいた。外曲輪の物見櫓と向かい合う形で、焼け跡の中に物見櫓が建っていた。左側の物見櫓には誰もいないが、右側の物見櫓には人影が見えた。残骸を片付けている兵たちに指示を与えているのは、ファイチ(懐機)のようだった。
 広々とした外曲輪の向こうに、かつての大御門だった中御門(なかうじょう)があり、中御門の向こう側の中曲輪に、二の曲輪へと向かう坂道が見えた。坂道の途中に大きな屋敷があって、ンマムイが来た時に滞在した客殿に違いない。坂道を登った所に御門があって、その先が二の曲輪になるが、高い石垣に遮られて屋敷の屋根が見えるだけで、中の様子はわからなかった。その上にある一の曲輪の御殿(うどぅん)はよく見えた。首里(すい)グスクの百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)(正殿)によく似た瓦葺きの御殿だった。山北王(さんほくおう)がいるあの御殿まで行くには容易な事ではなかった。
 中曲輪の左側には高い石垣に囲まれた三の曲輪がある。ンマムイから聞いた話だと、山北王は毎朝、三の曲輪で弓矢の稽古に励んでいたという。三の曲輪の右側に物見櫓があって人影が見えた。グスク内が見渡せる位置にあるので、山北王かもしれない。山北王には会った事はないが、武芸の達人だと聞いている。機会があれば戦ってみたいとも思った。石垣に隠れて三の曲輪の中は奥の方にある屋敷しか見えなかった。中御門の右側はカーザフと呼ばれる水源になっている岩場があった。
 外曲輪を奪い取ったとしても、中御門を破って、さらに坂道の上にある二の曲輪の御門を破らなければならない。現場に来て、今帰仁グスクの強固さを、サハチは改めて実感していた。
「敵の兵力は?」とサハチはウニタキに聞いた。
「およそ八百といった所だな。湧川大主(わくがーうふぬし)が逃げたあと逃亡兵がかなり出て、兵力が足らなくなったようだ。水軍の奴らも皆、グスク内に入っている」
「八百か‥‥‥」と言って、サハチは外曲輪にいる兵は半分の四百前後だろうと計算した。
「志慶真曲輪(しじまくるわ)で問題が起こった」とウニタキが言った。
 サハチはウニタキを見た。
「志慶真曲輪を守っていた志慶真の兵が外曲輪に回されて、諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)と謝名大主(じゃなうふぬし)の兵が志慶真曲輪を守っている」
「山北王にやられたか。そう簡単にはうまくいかんな」とサハチは苦笑した。
「志慶真ヌルは無事なんだな?」
「無事だ。志慶真村の人たちは志慶真ヌルを尊敬して、信頼もしているんだが、守備兵を変えられたので寝返る事はできなくなった」
「村人たちは志慶真曲輪に避難しているのか」
「ほとんどの者たちは志慶真ヌルの指示に従って逃げて行った。山北王と縁が深い者だけが志慶真曲輪に入った。志慶真大主と諸喜田大主の妻が入っている。具足師(ぐすくし)のシルーは家族を連れて奥間(うくま)に行った。諸喜田大主は志慶真ヌルを捕まえようとしたんだが、クボーヌムイ(クボー御嶽)に入ってしまったので捕まえられなかったんだ。今もクボーヌムイに籠もっている」
「そうか。無事でよかった」
 外曲輪の石垣に沿って、ずらりと並べられてある楯を見ながら、「見事な物だな」とサハチは言った。
「石垣の端から端までの距離を測って、それに会わせてファイチが用意したんだ。高さは六尺余り(約二メートル)、幅は三尺だ。ああやって立てて置く事もできるし、あれを持って進む事もできる。三百枚を使ったが、あと五百枚ある」
「八百枚も作ったのか。凄いな」
「敵には鉄炮(てっぽう)(大砲)がない。弓矢だけなら充分にあれで防げる。石垣を登る梯子(はしご)も三百本用意してある。それと、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの大御門を攻めた時に、山北王の兵たちが使った丸太車(まるたぐるま)も六台ある。敵から奪った六つの鉄炮とヒューガ殿の船からはずした一つの鉄炮も移動できるように台の上に乗せてある。鉄炮を撃った時の反動を抑えるために、ファイチが色々と考えたらしい。ヒューガ殿の船からはずした鉄炮で、キラマ(慶良間)の無人島で何度も試し撃ちをしたようだ」
「そうか。この物見櫓も材木をあらかじめ切っておいて、ここで組み立てたんだな」
「そうだ。親泊(うやどぅまい)から運ぶのは大変だったようだが、キラマの若者たちが競争して運んでいたよ」
 サハチは十五年前の大(うふ)グスク攻めを思い出していた。ファイチが考えて物見櫓を造ったが、あの時は木を伐り出す事から始まった。今回はあらかじめ用意した材料を船で運んで、それを組み立てるだけだった。八百枚の楯といい、三百本の梯子といい、六台の丸太車といい、戦をするにも中山王の力というのは凄いものだった。
「邪魔な物があるな」とサハチは言った。
 ずらりと並んでいる楯と石垣の間に、逆茂木(さかもぎ)のように、焼け跡の残骸が積んであった。
「あれを片付けなければ外曲輪は攻められない。弓矢の射程距離にあるので、片付けるのは容易な事ではない」
「あの楯があれば何とかなるだろう」とサハチは言って、楯より手前の焼け跡を見た。
 先に来ていた兵たちが陣地を造るために残骸を片付けているが、まだまだ片付けきれてはいなかった。サハチが率いて来た兵たちにも手伝わせて片付けないと野営する場所もなかった。サハチは物見櫓から下りると、本陣に大将たちを集めた。
 三千人余りの兵が総出で残骸の片付けをしたので、日が暮れる前には、それぞれの陣地が確保できた。今帰仁グスクから攻撃してくる事はなかった。
 城下にあった井戸の近くに炊き出しをする場所も確保され、竈(かまど)も作られて、小荷駄隊を率いている外間親方(ふかまうやかた)の兵たちによって、いくつもの大鍋で米が炊かれた。
 陣地は二段構えで、先陣は左から慶良間之子(きらまぬしぃ)、与那原大親(ゆなばるうふや)、久高親方、苗代之子(なーしるぬしぃ)、伊波按司(いーふぁあじ)、山田按司、安慶名按司(あぎなーあじ)、勝連按司(かちりんあじ)、越来按司(ぐいくあじ)、ンマムイ、百名大親(ひゃくなうふや)で、大御門の正面には伊波按司と山田按司がいた。大御門を壊すための丸太車は伊波按司と山田按司に配備され、久高親方とンマムイの陣地には物見櫓があるので、敵の見張り役を担当した。他の大将たちには鉄炮が配備されて、鉄炮を撃つのは、慣れているヒューガの配下の者たちだった。
 第二陣は先陣の後ろに陣を敷いて、左から波平大主(はんじゃうふぬし)、名護按司(なぐあじ)、羽地按司(はにじあじ)、中グスク按司、北谷按司(ちゃたんあじ)、苗代大親(なーしるうふや)、浦添按司(うらしいあじ)、国頭按司(くんじゃんあじ)、恩納按司(うんなあじ)、金武按司(きんあじ)、古我知大主(ふがちうふぬし)で、サハチのいる本陣の前に苗代大親がいて、本陣を守っていた。
 篝火(かがりび)をいくつも炊いて、交代で夜番をしながら夜を明かした。
 夜明け前のまだ薄暗い頃、敵が初めて攻撃を仕掛けてきた。火矢を構えた兵たちが石垣の上に現れて、一斉に撃ってきた。楯を狙って撃ったのかと思ったら、楯と石垣の間にある積み上げられた残骸を目掛けて撃っていた。いくつもの火矢が残骸に刺さったが、残骸に火が付く事はなく、火は消えて行った。
 夜番の知らせで目を覚ましたサハチは、ファイチと一緒に物見櫓に登った。
「敵は何をやっているんだ?」とサハチはファイチに聞いた。
「多分、あの残骸には油が撒いてあったのでしょう。あれに火が付いて燃えれば煙が上がって前が見えなくなります。それを利用して攻撃を仕掛けるつもりだったのでしょうが、大雨で油は流れてしまったようです」
「成程」とサハチはうなづいて、タマ(東松田の若ヌル)が言った事を思い出していた。
「グスクの石垣の前で何かが燃えています。大雨が降ったあとに、今帰仁に行った方がいいと思います」とタマは言った。その時、何の事を言っているのかわからなかったが、あの残骸が燃えるという事だったのかと納得した。
 残骸が燃えないので、敵の火矢はそれぞれの陣地にある仮小屋を狙って撃って来た。反撃命令を出してくれと大将たちが集まって来た。
鉄炮の試し撃ちをしましょう」とファイチが言った。
 サハチはうなづいて、弓矢で敵を倒す事と鉄炮の試し撃ちを命じた。
 すでに明るくなってきていた。先陣から飛んで行った弓矢が、火矢を撃っている敵兵を次々に倒していった。
 ファイチが扇子(せんす)を広げて、それを振り下ろすのを合図に、一番左側の鉄炮から爆音が響いて、鉄炮の玉が飛んで行った。玉は外曲輪を越え、三の曲輪も越えて、二の曲輪内に落ちたようだった。
 左から二番目の鉄炮から爆音が響いた。二発目は飛びすぎて、一の曲輪を越えて志慶真曲輪に落ちた。三発目は三の曲輪、四発目は二の曲輪の屋敷に当たり、五発目は一の曲輪まで飛んだが御殿には当たらず、六発目は三の曲輪の屋敷に当たった。一番右端の鉄炮から撃った七発目は二の曲輪の御内原(うーちばる)に当たったようだった。
 先陣にある物見櫓から落下地点を見ていた兵の報告を受けて、それぞれの鉄炮が一の曲輪の御殿に当たるように発射角度を調節した。
 鉄炮に驚いたのか、敵の攻撃がやんだ。
 朝食を食べたあと、本陣の後ろで控えていたサグルー、ジルムイ、マウシ、シラー、タクの五人の大将が、兵を率いて搦(から)め手の志慶真曲輪を攻めるために移動して行った。奥間のサタルーと『赤丸党』も志慶真曲輪攻めに参加する事になっていた。
 ヌルたちもサグルーたちと一緒に行き、クボーヌムイにいる志慶真ヌルと一緒に戦勝祈願を行なった。
 法螺貝(ほらがい)が鳴り響いて、楯と石垣の間にある残骸の片付け作戦が始まった。第二陣の前にも楯が並べられて、先陣の兵たちが楯を持って前進した。一つの楯に三人が隠れて前進し、第二陣の兵たちは先陣がいた所まで前進した。
 外曲輪の石垣から雨のように撃たれる弓矢を楯で受けながら前進して、残骸の向こう側で一人が楯を構え、二人が残骸を片付けた。
 第二陣の兵たちは石垣の上から弓矢を撃っている敵兵を狙って弓矢を撃った。
 残骸を片付けている兵の何人かが敵の矢に当たって倒れたが、総勢一千人余りで片付けているので、四半時(しはんとき)(三十分)も掛からずに片付け終わって、隊と隊の間に残骸の山がいくつもできた。法螺貝の合図で、第二陣も先陣も後退して、もとの位置に戻った。負傷者は十八人出たが、戦死者は出なかった。
 奥間大親(うくまうふや)(キンタ)が、負傷兵の手当を担当していて、無精庵(ぶしょうあん)と一緒に後方で待機していた。負傷した兵はそこに運ばれて治療された。
 邪魔な障害物が撤去されたので、いよいよ、戦闘開始だった。大将たちが本陣に集められて、作戦の確認が行なわれた。大将たちは総大将のサハチと戦勝を祈願して祝杯を挙げると散って行った。
 勝連按司のサムが、「マチルギが来ないとは驚いた」とサハチに言った。
「幼い頃から敵討ちの事しか頭になかったマチルギが、今回の今帰仁攻めを一番喜んでいるだろうと思っていたんだ」
「チューマチが山北王の娘のマナビーを嫁に迎えたからマチルギも悩んだようだ。マナビーはいい娘だからな。マナビーのために出陣を諦めたんだよ」
「そうか。マチルギのためにも俺たち兄弟が頑張らなくてはならんな」
「期待しているよ」とサハチは笑った。
 先陣と第二陣が入れ替わって、先陣の楯に刺さっている矢が回収された。
 法螺貝が鳴り響いて、弓矢の撃ち合いが始まった。鉄炮の音も響き渡った。二台の丸太車が大御門を目指して突進した。梯子を持った先陣の兵が楯に隠れながら前進した。第二陣の兵が弓矢を撃ちながら、先陣が前進するのを援護した。
 サハチとファイチは物見櫓の上から戦況を見ていた。二台の丸太車は同時に大御門にぶち当たったが、大御門が壊れる事はなかった。
「あの御門は鉄板で補強してあります。簡単には壊れないでしょう」とファイチが言った。
 サハチはうなづきながら、鉄炮の玉を見ていた。一の曲輪と二の曲輪に集中して玉が落ち、何発かは屋敷に命中していた。
「石が飛んで来ました」とファイチが言った。
 外曲輪内に奇妙な物がいくつかあって、そこから石が飛んで来ていた。第二陣の陣中に落ちて、兵たちが逃げ回った。人の頭くらいの大きさの石で、当たれば即死だろう。
「襄陽砲(シャンヤンパオ)という投石機です」
「明国の武器なのか」
「そうです。リュウイン殿が造ったのでしょう」
「まいったな」と言って、サハチは物見櫓の下で待機している兵を呼んで、投石機を鉄炮で狙うように命じた。
 先陣の兵たちが石垣の下まで行って、梯子を立て掛けたが、石垣の上から攻撃されて、梯子を登る事はできなかった。
「丸太車がやられたようです」とファイチが言った。
 大御門を見ると二台の丸太車の上に大きな石が乗っていて、潰れているようだった。
「一旦、退却させて、丸太車を調べた方がいいでしょう」とファイチが言ったので、サハチは退却命令を出した。
 太鼓の音が鳴り響いて、石垣に取り付いていた兵たちが退却した。負傷兵がかなり出たようだった。鉄炮の音もやんで、石も飛んで来なくなった。丸太車は大御門の前から戻っては来なかった。
 丸太車を担当している北谷按司浦添按司の兵が楯に隠れながら丸太車に近づいた。大御門の櫓の上から弓を構えた兵がいたが、投げ槍にやられて倒れた。誰が投げたのか、投げ槍は鎧を貫通していた。それに驚いて、敵も弓矢を撃っては来なかった。
 丸太車は回収された。直径三尺近くもある大石によって屋根は潰され、中にいた兵は圧死していた。生きている兵も重傷を負っていた。
 戦死した兵と負傷兵を奥間大親のもとに送って、兵たちを休息させた。最初の総攻撃で戦死者が十三名、負傷者が四十二名も出ていた。奥間大親の配下の者たちでは手に負えないので、運天泊(うんてぃんどぅまい)にいる勝連の水軍兵を呼ぶ事にした。
 昼食を取って、先陣と第二陣を入れ替えて、二度目の総攻撃が始まった。大御門の上の櫓の中にまだ大石があるかもしれないので、丸太車は使えなかった。鉄板の屋根で覆われているので、上は見えず、逃げる事もできない。恐怖心に襲われて、誰も丸太車を押したがらなかった。
 鉄炮の音が鳴り響いて、弓矢の撃ち合いが始まり、石が飛んで来た。先陣の兵たちが石垣に梯子を掛けて登ろうとするが、うまくいかない。皆、石垣の上に届く前に梯子から落とされていた。敵は弓矢だけでなく、石つぶても投げていた。
 突然、大御門が開いて、馬に乗った武将が二人現れた。サムレー大将の下間大主(しちゃまうふぬし)と具志堅大主(ぐしきんうふぬし)だった。鉄炮の音がやんで、弓矢の撃ち合いも止まった。二人は名前を名乗って一騎打ちを所望(しょもう)した。
 サハチは石垣に取り付いていた兵を撤収させた。苗代之子と安慶名按司が馬に乗って、一騎打ちに応じた。大御門の右側で安慶名按司と下間大主、左側で苗代之子と具志堅大主の一騎打ちが始まった。四人とも得物(えもの)は太刀だった。馬がすれ違うと太刀と太刀がぶつかる音が響き渡った。お互いの場所が入れ替わって、二度目の攻撃の時、下間大主も具志堅大主も相手の馬の首を斬った。馬は悲鳴を上げて立ち上がり、苗代之子も安慶名按司も馬から落ちた。それが合図だったかのように、大御門から騎馬武者が次々に飛び出して来た。二十騎はいるようだった。
 騎馬武者たちは中山王の陣地に突入して、武器を振り回した。あちこちで乱戦が始まった。突然の敵の攻撃に驚いた中山王の兵たちも、大将の冷静な指示によって陣を立て直して騎馬武者と戦った。馬上の敵は次々に倒されていった。
 大御門の櫓の上から撤収の合図の法螺貝が鳴って、騎馬武者は引き上げて行ったが、その数は半数を満たなかった。引き上げる騎馬武者を追って、馬上の勝連按司と越来按司が兵を率いて外曲輪に突入した。ンマムイも兵を率いてあとを追ったが、大御門は閉じられ、弓矢の攻撃が始まって引き下がった。
 物見櫓から戦況を見ていたサハチは、外曲輪に突入した勝連按司と越来按司の兵が、待ち構えている敵にやられているのを見た。
「敵の罠(わな)にはまった」とファイチに言うと、サハチは物見櫓から下りて先陣に行き、「勝連按司と越来按司を助けろ!」と叫んだ。
 梯子を持った兵たちが楯を持って進み、石垣に取り付いた。敵に倒されても、兵たちは次から次へと梯子を登った。最左翼の慶良間之子の兵が石垣の上まで達して、石垣の上にいる兵たちを倒していった。右翼でもンマムイの兵が石垣の上に達した。伊波按司の兵も石垣を攻略して大御門の上にある櫓に突入した。
 サハチも大御門のそばの梯子を登って櫓に上がり、外曲輪内を見た。敵味方入り乱れての乱戦が始まっていた。味方の兵によって、大御門が開かれて、中山王の兵たちが外曲輪内になだれ込んだ。
 馬に乗った敵の大将たちは中御門の中に逃げて行った。取り残された敵兵は皆、討ち死にした。
 大御門の櫓から降りたサハチは勝連按司と越来按司を探した。二人とも壮絶な戦死を遂げていた。弓矢が何本も刺さり、あちこちに刀傷があった。勝連按司の近くには戦死した敵将が血だらけになって転がっていた。
「サム‥‥‥」とサハチはつぶやいて、無念な目つきで目を見開いている勝連按司の目を閉じた。サハチの目から涙がこぼれ落ちた。
 サムが戦死するなんて考えてもいない事だった。マチルギと一緒に佐敷グスクに来て、クマヌの娘のマチルーと仲良くなって、一旦、伊波に帰ったがまた戻って来て、サハチの家臣になってくれた。義兄というより、信頼していた友だった。こんなにもあっけなく亡くなってしまうなんて信じられなかった。
 越来按司は叔父だった。祖父の美里之子(んざとぅぬしぃ)を、大グスク按司と島添大里按司汪英紫)との決戦で失い、今回の今帰仁攻めで叔父を失ってしまった。サハチは母の顔を思い浮かべて、すまない事をしてしまったと詫びた。
 戦死した者と負傷兵を大御門の脇にある芝居小屋に集めるようにサハチは命じて、右奥にある屋敷に向かった。
 四つの屋敷と仮小屋もあって避難民たちがいた。ウニタキの姿を見つけたサハチはそばに行った。
「山北王の側室のウクとミサだ」とウニタキは二人の女を紹介した。
 ウクは娘のママキと一緒にいた。ウクは三十代の半ばで、優しそうな美人だった。テーラーが惚れたのもわかるような気がした。ママキは瀬長按司(しながあじ)の息子と婚約をした娘だろう。ウクによく似ていた。ミサは二十代半ばの勝ち気そうな美人だった。思紹(ししょう)の娘で、サハチの妹になるわけだが、本人はまだその事は知らないようだった。
「俺の配下のフミは御内原にいる。これをウクに渡したそうだ」
 そう言って、ウニタキはサハチに紙切れを渡した。紙切れを受け取って開いてみると、敵の大将の守備位置が書いてあった。
「お手柄だ」とサハチはウクに言った。
「奥間の人たちは奥間に戻れたのですね?」とウクは聞いた。
 サハチはうなづいた。
「奥間ヌルが来ている。奥間ヌルから詳しい話を聞いたらいい」
 ウクとミサはサハチにお礼を言った。
 『よろずや』のイブキたちもいて、「今回は役に立てなかったようじゃな」と苦笑した。
 二百人近くの避難民を親泊に送るように命じて、サハチはウニタキと一緒に芝居小屋に向かった。
「サムが戦死した」とサハチが言うと、驚いた顔をして、ウニタキが立ち止まった。
「サムが‥‥‥」
「越来按司もだ」
「なに、越来按司も戦死したのか‥‥‥」
 越来按司はウニタキの義兄だった。
「戦に戦死は付き物だとわかってはいても、まさか、サムと叔父が亡くなるなんて考えてもいなかった」
「戦死した二人のためにも、絶対に山北王を倒さなくてはならんな」
 サハチは拳(こぶし)をきつく握りしめて、一の曲輪の御殿を見上げた。


 二度目の総攻撃で外曲輪を攻め取る事に成功したが、損害は想像以上に大きかった。勝連按司と越来按司が戦死して、越来按司の次男の美里之子も戦死していた。
 美里之子は父と兄が越来に移ったあとも、武術道場を守るために佐敷に残っていた。祖父の名を継いで、佐敷の若い者たちを鍛えていたのに戦死してしまった。
 その他の戦死者が八十六人も出て、今日一日で戦死者は百人を超えて、負傷者も百人を越えていた。
 戦死者と負傷兵を奥間大親のもとに送って、芝居小屋に本陣を移し、それぞれの陣地も外曲輪内に移動した。鉄炮だけはそのままの位置に置いた。外曲輪内に入ると近すぎて、返って狙いが定まらなかった。
 サハチはウニタキと一緒に外曲輪内にある物見櫓に登って、陣地移動している兵たちを眺めた。ここからも、高い石垣で囲まれている三の曲輪内は見えなかった。
「敵は投石機を忘れて行ったようだ」とサハチは笑った。
 三台の投石機が起きっぱなしで、ファイチが調べていた。
鉄炮を奪われたんで、慌てて用意したのかもしれんな」とウニタキが言って、下に見える屋敷を見ながら、
「あの屋敷で暮らしていたトゥイ様の姉のマティルマ様と久高ヌルの母親のマアミ様は屋我大主(やがうふぬし)と一緒に名護に逃げたそうだ」と言った。
「そうか。無事でよかった。久高ヌルも母親を心配して一緒に来ている」
「さっきの紙を持っているか」とウニタキが言った。
「持っているよ」
「三の曲輪の所をよく見たか」
 ざっと見ただけで、よく見ていなかった。サハチは鉢巻きに挟んでいた紙を取って開いて見た。三の曲輪の所に下間大主、具志堅大主、謝花大主(じゃふぁなうふぬし)、伊江按司(いーあじ)と大将たちの名前が並んでいるが、その中に『抜け穴』と書いてあった。
「三の曲輪に抜け穴があるのか」とサハチは驚いてウニタキに聞いた。
「あるらしい。ただ、攀安知(はんあんち)も知らないようだ。千代松(ちゅーまち)が作った抜け穴で、千代松の娘婿だった帕尼芝(はにじ)は知っていたようだ。抜け穴を利用してグスクを落としたらしい。帕尼芝が前回の今帰仁攻めで急に戦死したため、跡を継いだ珉(みん)も攀安知も抜け穴の事は知らなかった。攀安知は志慶真の長老から三の曲輪に抜け穴があるらしいと聞いて、探してみたが見つからなかったようだ」
「三の曲輪を奪い取る事ができれば、あとは力攻めで、何とかなりそうだな」
「グスクが落ちるまで、俺の仕事はないから、抜け穴を探してみようと思う。出口は志慶真川の崖のどこかにあるはずだ」
「そうか。気を付けろよ」
「サタルーたちと協力してやってみるよ」
「大グスク攻めを思い出すな。あの時、抜け穴を見つけたのはファイチだった」
「大グスクの抜け穴はウタキの中にあったが、三の曲輪にはウタキはないようだ」
「そうか。攀安知に見つけられなかったという事は帕尼芝によって埋められたのかもしれんぞ」
「それもありえるが、もし、グスクの下に大きなガマ(洞窟)があったとしたら、他にも出口があるかもしれん」
「二十五年前、山田按司は志慶真川の崖をよじ登って、御内原に侵入したんだったな」
「そうだが、守りは強化されているだろう。御内原に侵入できれば、そこを守っているのはテーラーだ。ウクは助け出したし、テーラーが寝返れば勝てるだろう」
「山グスクで鍛錬した者たちが御内原に侵入する事を祈ろう」
 志慶真川の様子を見てくると言ってウニタキは物見櫓を降りて行った。

 

 

 

ほら貝(大)35cm

2-232.出陣(第三稿)

 首里(すい)グスクの石垣の上に『三つ巴』の旗がいくつも風になびいていた。
 法螺貝(ほらがい)の音が鳴り響いて、西曲輪(いりくるわ)に武装した一千二百人の兵が整列した。胸に『三つ巴』が描かれた揃いの鎧(よろい)を着て、頭にも『三つ巴』が描かれた白い鉢巻きをしていた。全員がヤマトゥの刀を腰に差して、弓矢を背負った者、投げ槍を持った者、棒を持った者たちが晴れ晴れしい顔付きで、正面に立つ中山王(ちゅうざんおう)の思紹(ししょう)と世子(せいし)のサハチを見ていた。
 中山王は明国の帝王、永楽帝(えいらくてい)から贈られた赤い皮弁服(ひべんふく)を着て王冠をかぶり、サハチは総大将らしい華麗な鎧を身に着けて、豪華な太刀を佩いていた。
 思紹とサハチの後ろには、軍師のファイチ(懐機)と大将たちが並んでいた。兵たちの黒い鎧に対して、大将たちは赤い鎧を身に着けていた。総副大将の苗代大親(なーしるうふや)を初めとして皆、緊張した面持ちで整列している兵たちを見ていた。二十代のサグルー、ジルムイ、マウシ、シラーの四人も山グスクで厳しい修行を積んだと見えて、大将らしい面構えになっていた。
首里に移って十年の時が流れた」と思紹が挨拶を始めた。
「当時、グスクしかなかった首里は立派な都となった。今から三十年余り前、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)が後に山南王(さんなんおう)となった汪英紫(おーえーじ)に滅ぼされた。大(うふ)グスク按司に頼まれて、わしは佐敷にグスクを築いて佐敷按司になった。それから数年が経って、十六歳になったサハチは琉球を巡る旅に出た。各地を見て帰って来たサハチは、戦(いくさ)のない平和な世の中にするには、琉球を統一しなければならないと言った。小さな佐敷グスクの若按司が、何を馬鹿な事を言っているのだと当時のわしは思った。二十五年前の今帰仁合戦(なきじんかっせん)のあと、わしはサハチに佐敷按司を譲って隠居した。サハチが言った『琉球の統一』を、わしは信じる事に決めたんじゃ。それを実行するために、キラマ(慶良間)の島で若い者たちを鍛えた。そして、十年後、島添大里グスクを攻め落とす事に成功した。その四年後には、中山王の武寧(ぶねい)を倒して首里グスクを奪い取った。あれから十年が経った今、いよいよ、念願だった『琉球の統一』を果たすべき時が来た。そなたたちが今まで武芸の修行に励んできたのも、すべて、今回のためじゃ。そなたたちなら必ずできる。思う存分、戦ってきてくれ」
 兵たちが右手を突き上げて歓声を上げた。
 サハチは十年前の運玉森(うんたまむい)を思い出していた。あの時も一千人の兵たちを前に思紹が演説をして、兵たちの歓声が沸き上がった。兵たちの鎧は様々で、武器も様々だった。当時は山の中からの出陣だったが、今回は首里グスクから堂々の出陣だった。
 思い返せば、あれから十年、色々な事があった。進貢船(しんくんしん)に乗って明国に行き、メイユーと出会い、永楽帝と出会い、ヂャンサンフォン(張三豊)と出会った。ここにいる一千二百の兵は皆、武当拳(ウーダンけん)を身に付けたヂャンサンフォンの弟子だった。ヤマトゥに行って、高橋殿と出会い、将軍様とも会った。ヤマトゥと朝鮮(チョソン)との交易も始まり、旧港(ジゥガン)(パレンバン)とジャワとの交易も始まった。ササは南の島を探しに行って、南の島の人たちを琉球に連れて来た。山南王のシタルーが突然亡くなって戦になったが、義弟の他魯毎(たるむい)が山南王になった。そして今、琉球を統一する、その時が来たのだった。
 思紹に促されて、サハチは一歩前に出ると兵たちを眺めた。
「親父が言った通り、俺は十六の時に旅をした。今は亡き中グスク按司だったクマヌに連れられて、琉球に来たばかりだったヒューガ殿と一緒に旅をした。旅を通して色々な事を学んで、琉球を統一しなければならないと思った。若い頃の俺が言った言葉を信じて、親父は按司を隠居してキラマの島に行き、叔母の馬天(ばてぃん)ヌルはヌルたちをまとめるためにウタキ巡りの旅に出た。親父が考えた作戦は予定通りに運んで、俺は佐敷按司から島添大里按司になった。首里グスクも奪い取って、親父は中山王になった。いよいよ、総仕上げの時が来た。高い石垣に囲まれた今帰仁グスクを攻め落とすのは難しい。しかし、みんなで力を合わせれば不可能な事はない。見事に山北王(さんほくおう)を倒して、華々しく凱旋(がいせん)しようではないか」
 サハチが右拳(みぎこぶし)を突き上げると兵たちの歓声が轟き渡った。
 馬天ヌルに率いられたヌルたちが登場して、出陣の儀式が行なわれた。馬天ヌルと麦屋(いんじゃ)ヌルはヌルの格好だが、安須森(あしむい)ヌル、サスカサ、シンシン、ナナ、久高島から来たフカマヌルと久高ヌルは鎧姿だった。馬天ヌルが今日のために、ヤマトゥから仕入れたお揃いの白い鎧だった。馬天ヌルは自分の分も用意したが、思紹が首里グスクに残るので、馬天ヌルも一緒に残る事になった。
 マチルギは女子(いなぐ)サムレーたちを引き連れて出陣するつもりでいたが、マナビーやマハニの事を思って出陣を取りやめていた。各地のグスクを守っている女子サムレーたちの指揮を執らなければならないと言って首里に残る事にした。
 出陣の儀式が終わると、海路で行く四百人の兵を率いて苗代大親がヒューガと一緒に浮島に向かって行った。城下の大通りには大勢の人たちが集まって、小旗を振りながら出陣して行く兵たちを見送った。
 苗代大親の兵たちが出て行ったあと、ンマムイ(兼グスク按司)が兵を率いてやって来た。サハチも思紹も驚いた顔でンマムイを迎えた。
「有志隊です」とンマムイは馬から下りると言った。
「勇士隊?」とサハチは怪訝(けげん)な顔をした。
「東方(あがりかた)の按司たちも皆、戦に参加したいのです。それで、各按司から二十名づつを集めて、二百二十人を二つの隊に分けて連れて来ました。一番隊の隊長は俺で、二番隊の隊長は玉グスク按司の弟の百名大親(ひゃくなうふや)です。俺たちの気持ちを察して出陣させて下さい」
 サハチは思紹を見た。
「来てしまったものは仕方ないのう」と思紹は苦笑した。
 ンマムイは思紹にお礼を言った。
「奥さんは許したのか」とサハチはンマムイに聞いた。
「ヤンバルの按司たちに見限られた兄は、山北王の資格はないとわかってくれました。そして、今までお世話になった師兄(シージォン)に恩返しをしろと言われて、東方の按司たちを集めたのです」
「そうか。わかってくれたか」
 よかったというようにサハチはうなづいた。
 東方の兵たちと一緒に、玉グスクヌルと知念(ちにん)ヌルが一緒にいた。兼(かに)グスクで出陣の儀式をして、そのまま一緒に来たという。今帰仁まで行きたいと言うので、安須森ヌルに預けた。
 半時(はんとき)(一時間)ほどして、波平大主(はんじゃうふぬし)が率いる山南王の兵と、伊敷(いしき)グスクにいた羽地(はにじ)と名護(なぐ)の兵を率いる古我知大主(ふがちうふぬし)が来て合流した。
 一千二百二十人の兵たちに炊き込みご飯(じゅーしー)のおにぎりと味噌汁が配られて、早めの昼食を取った。
 食後の休憩後、法螺貝が鳴り響くと兵たちは整列をして、太鼓の音が鳴り響く中、北曲輪(にしくるわ)に下り、大御門(うふうじょう)(正門)から大通りへと出た。
 先頭を行くのはサグルーが率いるキラマの兵だった。大御門が開くのと同時に外に出たサグルーは、大通りの両脇にいる大勢の人たちを見て驚いた。深呼吸して気持ちを落ち着かせると、堂々と胸を張って馬を歩ませた。サグルーの後ろには大きな『三つ巴』の旗が翻(ひるがえ)っていた。サグルーに続いて、キラマの兵を率いたジルムイ、山グスクの兵を率いたマウシ、キラマの兵を率いたシラーとタクが続いて、総大将のサハチが軍師のファイチと馬を並べて登場した。
 ファイチもヤマトゥの鎧を身に着けて、ヤマトゥの太刀を佩いていた。二人の両脇に鎧姿の安須森ヌルとサスカサがいて、後ろにシンシン、ナナ、フカマヌル、久高ヌル、玉グスクヌル、知念ヌルがいた。玉グスクヌルと知念ヌルもお揃いの鎧を身に着けていた。
 サハチが率いる兵たちの後ろに、ンマムイ、百名大親、波平大主、古我知大主、慶良間之子(きらまぬしぃ)と続いて、殿軍(しんがり)は与那原大親(ゆなばるうふや)だった。
 首里から浦添(うらしい)までの道中、ずっと見物人たちがいて、小旗を振って兵たちを励ました。
 浦添グスクで一休みして、山南王と伊敷の兵は中グスクに向かった。山南王と伊敷の兵は中グスク按司の兵と合流して越来(ぐいく)グスクに行き、その日は越来泊まりだった。越来ヌルのハマが兵たちを迎える準備をしているはずだった。
 サハチが率いている大将たちは、浦添按司の兵と合流して北谷(ちゃたん)に向かい、北谷按司の兵と合流して読谷山(ゆんたんじゃ)の喜名(きなー)まで行って、喜名で泊まった。
 一千二百人余りの兵が喜名に来たが、東松田(あがりまちだ)ヌルによって、夕食と宿泊の準備は整っていた。大将たちには屋敷が用意されて、兵たちは広場に造られた仮小屋に納まった。サハチは東松田ヌルの屋敷に入った。
 東松田ヌルの屋敷に入ったのはサハチだけで、ファイチも安須森ヌルたちも別の屋敷が用意してあると若ヌルのタマが言った。東松田ヌルも姿を見せず、サハチはタマが用意してくれた御馳走をつまみながら、タマと一緒に酒も飲んだ。
「わたしと初めて会った時の事を覚えていますか」とタマはサハチに聞いた。
「馬天ヌルと一緒にウタキ巡りの旅をして、首里グスクに来た時だろう。あれから四年が経って、美人(ちゅらー)になったな」
「やだぁ、美人だなんて」とタマは照れた。
「ササから聞いたが、先に起こる事が見えるらしいな」
 タマはサハチに酒を注ぎながら、うなづいた。
「突然、ある景色が見えるのです。そこがどこなのか、誰が何をしようとしているのかわからない事がよくありました。ヂャン師匠のもとで一か月の修行をしたあと、そこがどこなのか、誰が何をしようとしているのかがわかるようになりました。でも、自分で念じても先の事はわからないのです。すべて、神様の思し召しで、突然、ある場所で起こる事が見えるのです」
 タマは笑って、酒を口に運んだ。
「いい飲みっぷりだな」とサハチが笑うと、
「この前、ササ姉(ねえ)と一緒にヤンバルまで行った時に、お酒が好きになりました。ササ姉たちは毎晩、楽しそうに飲んでいました」
「ササのお酒好きにも困ったものだ。若ヌルたちがみんな、呑兵衛(のんべえ)になってしまう。最近は何か見えたのか」
「きらびやかな鎧を着た按司様(あじぬめー)が駿馬(しゅんま)に乗って、あたしに会いに来る所が見えました」とタマは嬉しそうに言った。
「別にお前に会いに来たわけじゃない」と言おうとしたが、なぜか、「会いたかったぞ」という言葉が口から飛び出した。
「嬉しい」と言って、サハチを見つめているタマを見ていたら、急にタマが愛おしく思えてきた。
首里グスクで初めて按司様とお会いした時、あたし、胸が熱くなって具合が悪くなりました。そんな事は初めてだったので驚きました。旅の疲れが出たのかもしれないと思って、早く休みました。翌日、目が覚めたら治っていたので、やっぱり疲れていたんだと思ったんです。首里から南部を旅して島添大里グスクに行きましたが、按司様は留守でした。次の日、首里グスクで按司様と再会して、あたしの胸はまた熱くなりました。そのあと、与那原に行って、ヂャン師匠のもとで一か月の修行を積みました。修行が終わって、島添大里グスクに行って按司様と会いました。その時も胸が熱くなって、やっと、その理由がわかりました。按司様はあたしのマレビト神だったのです」
「何だって!」とサハチは驚いて、持っていた酒杯(さかずき)を落としそうになった。
「馬鹿な事を言うんじゃない」と言おうとしたのに、別の言葉が口から出た。
「あの時、台風が来て与那原が被害に遭った。お前たちをマチルギに預けた時、何年かあとに必ず、お前と会うような気がしていたんだ」
「先月の島添大里グスクでの再会ですね。あの時もあたしの胸は熱くなりました」
 澄んだ綺麗な目で、タマはサハチを見つめていた。サハチはその目に吸い込まれるような気がした。
 それからあとの記憶は曖昧だった。タマと一緒に山の中のウタキに行って、川のほとりにある小屋で、タマと二人きりで過ごしていたような記憶があるが、兵たちに警護されている東松田ヌルの屋敷を抜け出すなんて不可能だった。
 大雨の音で目を覚ました時、タマと一緒に寝ていて、そこは東松田ヌルの屋敷だった。サハチは喜名に着いた翌日だと思っていたが、知らないうちに二日が過ぎて、四日の朝になっていた。
 二日間、何をしていたのかまったくわからない。タマに聞いても、夢を見ていたようだと言って、何も覚えていなかった。
 サハチは安須森ヌルを呼んで、何が起こったのか聞いた。
「ササから聞いていたけど、やっぱり、お兄さんがタマのマレビト神だったのね」
 サハチはタマを見た。信じられない事だが、認めないわけにはいかなかった。奥間ヌルの時と同じだった。奥間ヌルと一緒にウタキの中の浜辺に行ったのは覚えている。翌日、ヤキチと一緒に帰って来たと思っていたのだが、実際は三日後で、二日間の記憶は飛んでいた。二日間、何をしていたのか未だに思い出せなかった。
 タマは嬉しそうな顔をしてサハチを見つめていた。
「二日間、俺はずっと、ここにいたのか」とサハチは安須森ヌルに聞いた。
「いたわよ。本当に何も覚えていないの?」
 サハチは情けない顔をして、うなづいた。
「ここに着いたのが四月の一日よ。それは覚えているわね?」
「ここに着いて、タマと一緒に夕食を食べたのは覚えている。その後の事がわからない」
「その日は何もなかったわ。次の日、南部で騒ぎが起こるってタマが言い出して、様子を見るために出陣を延期したの。ファイチさんも敵が待ち構えているだろうから一日くらい遅らせた方がいいだろうって言ったわ。浦添と北谷、首里の半分の兵は先に行かせて、仲尾泊(なこーどぅまい)で待機しているように命じたのよ」
「俺が命じたのか」
「そうよ。サグルーたちを先に行かせたのよ。ファイチさんも陣地造りのために先に行ったわ」
「なに、ファイチも先に行ったのか」
「焼け跡を片付けなければ陣地も作れないって言っていたわ」
「それで、南部で何かが起こったのか」
「起こったわ。伊敷(いしき)ヌルが保栄茂(ぶいむ)グスクの小浜大主(くばまうふぬし)に捕まってしまったのよ。『三星党(みちぶしとう)』のアカーの配下が知らせてくれたわ」
「伊敷ヌルがどうして保栄茂グスクで捕まるんだ? 伊敷ヌルがいるナーグスク(名城)と保栄茂グスクはかなり離れているだろう」
「保栄茂ヌルが絶えてしまって、伊敷ヌルが保栄茂ヌルを兼任していたみたい。伊敷ヌルの曾祖母が保栄茂ヌルだったらしいわ。詳しい事はよくわからないけど、月に何度か、保栄茂グスクにあるウタキにお祈りをしに行っていたみたい。保栄茂グスクが山南王の兵に包囲された日に、運悪く、保栄茂グスクにいて捕まってしまったのよ」
「という事は捕まったのは先月の二十五日だな。今まで、他魯毎は何をやっていたんだ?」
「小浜大主は伊敷ヌルと他魯毎の関係を知らないから、突然、グスクを包囲されて、癪(しゃく)に障って伊敷ヌルを捕まえたんだと思うわ。保栄茂の城下には保栄茂按司の家臣の前原之子(めーばるぬしぃ)の妻になっている伊敷ヌルの妹がいるの。ナーグスクでも伊敷ヌルは妹の所に泊まったのだろうと思って、その日は心配しなかったの。翌日の午後になって、帰りが遅いって心配して、家臣の者が保栄茂グスクに迎えに行ったの。保栄茂グスクが包囲されているのに驚いて、他魯毎に知らせたのよ。他魯毎は驚いて、李仲按司(りーぢょんあじ)を交渉に行かせたわ。李仲按司が出て来たので、伊敷ヌルは他魯毎にとって重要なヌルに違いないって小浜大主は思って、保栄茂按司の奥方(山北王の長女)と交換するって言い出したみたい」
他魯毎はどうして黙っていたんだ?」
「伊敷ヌルの事は個人的な事だから、中山王の出陣を遅らせるわけにはいかないって思ったんだと思うわ。小浜大主は伊敷ヌルを人質にして、包囲を解けとも言ったらしいけど、李仲按司がなだめすかしたりして、出陣の日を迎えたわ。山南王の兵が出陣して行くのを見て、小浜大主も中山王が山北王を攻めるに違いないってわかったみたい。予定通りに山北王攻めの兵が出陣して行ったので、他魯毎は力尽くで保栄茂グスクを攻めて、伊敷ヌルを助け出そうと考えたようだわ。島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの侍女から伊敷ヌルの事を聞いたアカーが、配下をここに送ったのよ」
「アカーの配下と俺は会ったのか」
「会ったわ。そして、指示を出したのよ。保栄茂グスクはシタルーが造ったグスクだから、必ず抜け穴があるはずだ。保栄茂按司に聞いてみろってね」
「俺がそんな事を言ったのか」
 サハチは頭を振って、「全然、覚えていない」と言った。
 タマを見たら、タマも知らないというように首を振った。
「お兄さんの作戦がうまくいって、アカーが抜け穴を利用して伊敷ヌルを無事に救出したのよ。食べ物も与えられていなかったみたいで、かなり衰弱していたらしいわ。それを助けたのがササなのよ」
「何だって? どうして、ササがそこに出て来るんだ?」
「よくわからないけど、ササは保栄茂の城下にいて、伊敷ヌルを治療したらしいわ。武当拳の気の力と瀬織津姫(せおりつひめ)様のガーラダマ(勾玉)の力によって、伊敷ヌルは意識を取り戻して元気になったみたい」
「ユンヌ姫様が知らせたのかな?」
「多分、そうでしょう。伊敷ヌルの無事救出の知らせが届いたのは昨日の午後だったわ。お兄さんは出陣命令を出そうとしたんだけど、タマが大雨が降ってくるからやめた方がいいって言って、出陣命令は出さなかったわ。そしたら、タマが言った通りに大雨になって、明け方までずっと降り続いていたのよ」
 記憶はないが、やるべき事はちゃんとやっていたようなのでサハチは安心して、出陣命令を出した。朝食を済ますと七百二十人の兵を率いて、三泊もした喜名をあとにした。タマは鎧を着て従った。サスカサはサハチとタマを見て、不機嫌そうな顔をしていたが何も言わなかった。
 大雨が降り続いたので、道がぬかるんでいて最悪の行軍だった。名護まで行くつもりだったが、泥だらけになって足取りも重いので、無理をせずに恩納(うんな)泊まりにした。恩納按司は七百人もの兵が泊まると聞いて驚いたが、崖の上に広い平地(万座毛)があると言って案内してくれた。朝鮮の綿布(めんぷ)を使って仮小屋を建てて、兵たちはそこで休んだ。炊き出しも『まるずや』が提供した食糧を使って、村人たちによって行なわれた。大将たちには屋敷が用意されて、サハチ、与那原大親、慶良間之子、ンマムイ、百名大親浦添按司、北谷按司が一緒に入った。ヌルたちは恩納ヌルの屋敷に入った。


 その日、仲尾泊にいたファイチは苗代大親と一緒に首里の兵九百人を率いて、先発隊として今帰仁に向かっていた。
 親泊(うやどぅまい)まで敵の攻撃はなかった。親泊は山南王と小禄按司(うるくあじ)の水軍の兵が占領していた。親泊からハンタ道を進軍すると、途中にあるミームングスクで敵の反撃を受けた。ちょっとした小競り合いのあと、敵は逃げて行った。久高親方(くだかうやかた)が敵を追おうとしたが、ファイチが止めた。気を付けながら敵のあとを追うと、大きな落とし穴があった。久高親方は敵の罠(わな)にはまる所だったとファイチにお礼を言った。あとから来る本隊が落ちないように、落とし穴を隠している草をどけて、落とし穴が丸見えになるようにした。
 その後、今帰仁の城下に着くまで、敵兵は現れなかった。今帰仁の城下は思っていた以上に悲惨だった。一面の焼け野原の向こうに今帰仁グスクの石垣が見えた。
「こいつはひどいのう」と苗代大親が顔をしかめた。
「思っていた通りだ」とファイチが言った。
「焼け跡の残骸を片付けなければ、陣を敷く事もできません」
 確かにそうだと言うように苗代大親はうなづいた。このままでは、本隊が来ても陣を敷く場所がなかった。
 グスクの大御門(うふうじょう)へと続く大通りは残骸が片付けられているが、そこを進むのは危険だった。大通りの両側に見つけた小道を残骸を片付けながら進んで行った。今朝まで降っていた雨で残骸は濡れていて、皆、煤(すす)で真っ黒になりながらも日が暮れるまで働き続けた。


 道普請奉行(みちぶしんぶぎょう)になった和泊大親(わどぅまいうふや)(真喜屋之子)の活躍で、翌日はぬかるみに悩まされる事もなく、サハチが率いる兵たちは名護に着き、さらに仲尾泊まで行った。
 仲尾泊は『三つ巴』の旗がいくつも風になびいていて、兵たちで溢れていた。ナコータルーが建てた屋敷が按司たちの宿舎になっていて、サハチが顔を出すと、按司たちが集まって来た。越来按司浦添按司、中グスク按司、北谷按司、波平大主しかいなかった。
「南部で何かあったのですか」と越来按司が聞いた。
 越来按司はサハチの叔父だったが、総大将に対する礼儀として敬語を使っていた。
「保栄茂グスクでちょっとした騒ぎがありましたが、無事に治まりました」とサハチは答えた。
 越来按司は、そうかと言うようにうなづいた。
「昨日、苗代大親殿とファイチ殿が首里の兵を率いて今帰仁に向かいました。そして、今日、伊波按司(いーふぁあじ)、山田按司、安慶名按司(あぎなーあじ)、勝連按司(かちりんあじ)の兄弟が陣地造りのために今帰仁に向かいました」
「そうですか」とサハチはうなづいた。
 先に行って焼け跡を片付けて陣地を造っているとファイチから言われたのを、サハチは思い出していた。罠があるから気を付けろと言って、サハチは許可していた。
「ようやく、総大将のお出ましか」と言いながらヒューガが現れた。
 サハチが海戦の事を聞くと、大した海戦はなかったとヒューガは言った。
「本部(むとぅぶ)と伊江島(いーじま)の間を通る時、渡久地(とぅぐち)の水軍が攻めて来たが、鉄炮(てっぽう)(大砲)で脅したら驚いて逃げて行った。その後は敵が攻めて来る事もなく、親泊には一隻の船もなかった。伊江島にはヤマトゥの船がいくつも泊まっていたがのう。港に入って行っても敵の攻撃はなく、兵の姿もなかったんじゃ。敵の罠かと警戒しながら上陸したが、結局、敵兵はいなかったんじゃよ。山南王と小禄按司の水軍に親泊を任せて、運天泊(うんてぃんどぅまい)に行ったんじゃが、運天泊にも敵の船はなかった。湧川大主(わくがーうふぬし)が逃げたので、山北王の水軍は壊滅したようじゃ」
「進貢船もなかったのですか」
「進貢船の船乗りたちは唐人(とーんちゅ)たちだから、どこかに逃げたのかもしれん。運天泊に上陸しても敵の攻撃はなかった。空き家になっていた湧川大主の屋敷を本陣にして、運天泊を守っている。兵力が足らなくて、水軍の兵たちも皆、今帰仁グスクに入ったのかもしれんな」
 総大将の島添大里按司が来たと聞いて、羽地グスクにいたヤンバルの按司たちがやって来た。ヤンバルの按司たちがサハチを見るのは初めてだった。
 鎧姿のサハチは堂々としていて総大将という貫禄があった。目に見えない凄い力に守られているように見え、この総大将の下でなら、今回の戦は必ず勝てると思わせた。中山王ではなく世子のサハチが来た事に不満を持っていたヤンバルの按司たちは、サハチの姿を見たら何も言えなくなっていた。風格のあるサハチの姿に、自然と頭が下がる思いがした。
 以前、中山王は飾り物にすぎない。本当の中山王は世子の島添大里按司だという噂を聞いた事があった。あれは本当だったのかもしれないとヤンバルの按司たちは思い、サハチの前に跪(ひざまず)いて、それぞれが自己紹介をした。
 サハチもヤンバルの按司たちを見るのは初めてだった。国頭按司は五十代半ばで、羽地按司が三十代半ば、名護按司、恩納按司、金武按司は三十前後と若かった。五人の按司たちは中山王に忠誠を誓うと宣言した。
 サハチはヤンバルの按司たちを見ながら、
琉球の統一のために従ってくれて、中山王に代わってお礼を申します」と感謝した。

 

 

 

模造刀剣 NEU-149 三日月宗近 太刀