長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-172.ユウナ姫(第一稿)

ササたちはドゥナンバラのツカサの案内でウラブダギ(宇良部岳)に登っていた。 サンアイ村から坂道を下ってタバル川に出て、丸木橋を渡って密林の中に入った。密林の中にある沼を右に見ながら進んで、沼の先をしばらく行くとアラタドゥと呼ばれる分岐点に出…

目次 第二部

尚巴志伝 第二部 このイラストはは和々様よりお借りしました。 山田のウニウシ(第二稿) 護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。 胸のときめき(第二稿) 護佐丸、島添大里で恋をする。 恋の季節(第二稿) サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。 キラマの休日…

目次 第一部

尚巴志伝 第一部 月代の石 このイラストはは和々様よりお借りしました。 誕生(最終決定稿) 尚巴志、佐敷苗代に生まれる。 馬天浜(最終決定稿) サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。 察度と泰期(最終決定稿) 浦添按司察度、過去を振り返る。 島添大…

第二部 主要登場人物

サハチ 1372-1439 尚巴志。島添大里按司。マチルギ 1373- 尚巴志の妻。伊波按司の娘。サグルー 1390- 尚巴志の長男。妻は護佐丸の妹、マカトゥダル。ジルムイ 1391- 尚巴志の次男。後の尚忠。妻はサムの娘、ユミ。ミチ 1393- 尚巴志の長女。島添大里ヌル、サ…

2-171.ドゥナン島(第一稿)

ササたちは十日間、クン(古見)按司と対抗するために、ユーツン(高那)の若者たちと娘たちを鍛えていた。 若ツカサのリンとユマは思っていたよりも強く、若者たちもその強さに驚いていた。二人はミッチェのもとで修行を積んで、ユーツンに帰って来てからも…

2-170.ユーツンの滝(第一稿)

タキドゥン島(竹富島)から帰ったササたちは、名蔵(のーら)に四日間滞在して、十月十五日、マッサビやブナシルに見送られて、クン島(西表島)を目指して船出した。ミッチェとサユイが一緒に行くと言って付いて来た。熊野山伏のガンジューも付いてきた。 ガ…

2-169.タキドゥン島(第一稿)

スサノオは五日間も目覚める事なく寝込んでいたが、見事に快復して、豊玉姫(とよたまひめ)と一緒に琉球に帰って行った。 ササたちはメートゥリオン(宮鳥御嶽)とクバントゥオン(小波本御嶽)に行きたかったが、マッサビは許さなかった。スサノオがヤキー(…

2-168.ヤキー退治(第一稿)

ササ、安須森(あしむい)ヌル、シンシン、ナナ、クマラパとタマミガ、愛洲次郎(あいすじるー)と山伏のガンジュー、玻名(はな)グスクヌルと若ヌルたち、ミッチェとサユイ、ヤラブダギのツカサと崎枝(さきだ)のツカサ、総勢十八人がぞろぞろとヤラブダギ(屋良…

2-167.化身(第一稿)

神様たちとの饗宴(きょうえん)の翌朝、疲れ切ってウムトゥダギ(於茂登岳)の山頂から下りて来たササたちは、ナルンガーラの屋敷に着くと倒れるように眠りに就いた。 目を覚ましたササが縁側に出ると、すでに夕方になっていた。ササは縁側に座り込んで、静か…

2-166.神々の饗宴(第一稿)

ナルンガーラのウタキからマッサビの屋敷に戻ったササと安須森(あしむい)ヌルは、ツカサたちと一緒にお酒と料理を持ってウムトゥダギ(於茂登岳)の山頂に向かった。 クマラパと愛洲次郎(あいすじるー)たちはマッサビの夫のグラー、長男のマタルーと一緒に屋…

2-165.ウムトゥ姫とマッサビ(第一稿)

名蔵(のーら)の女按司(みどぅんあず)、ブナシルが出してくれた小舟(さぶに)に乗って、ササたちは名蔵に向かった。 名蔵の海岸は干潟(ひがた)と湿地がずっと続いていた。見た事もない鳥がいっぱいいて、まるで、鳥の楽園のようだった。空を見上げるとサシバの…

2-164.平久保按司(第一稿)

雨降りの天気が続いて、三日間、多良間島(たらまじま)に滞在したササたちは島人(しまんちゅ)たちに見送られて、イシャナギ島(石垣島)を目指した。ウムトゥダギ(於茂登岳)のあるイシャナギ島は多良間島から見る事ができ、ミャーク(宮古島)よりも近いよ…

2-163.スタタンのボウ(第一稿)

十日間、滞在したミャーク(宮古島)をあとにして、ササたちを乗せた愛洲次郎(あいすじるー)の船はイシャナギ島(石垣島)を目指していた。 クマラパと娘のタマミガが一緒に来てくれた。さらに、何度もターカウ(台湾の高雄)に行っているムカラーいう船乗り…

2-162.伊良部島のトゥム(第一稿)

夕方になってしまったが、先代の野城按司(ぬすくあず)のマムヤと別れて、ササたちは高腰(たかうす)グスクに向かった。 赤崎のウプンマはアラウスのウタキの事を漲水(ぴゃるみず)のウプンマに知らせなければならないと言って帰って行った。百名(ぴゃんな)のウ…

2-161.保良のマムヤ(第一稿)

上比屋(ういぴやー)のムマニャーズの屋敷に泊まった翌朝、漲水(ぴゃるみず)のウプンマは娘が心配だと帰って行った。赤崎のウプンマは大丈夫と言って残り、ムマニャーズの孫娘、クマラパの孫娘でもあるツキミガが一緒に行くと言った。クマラパの娘のタマミガ…

2-160.上比屋のムマニャーズ(第二稿)

女按司(みどぅんあず)のマズマラーのお世話になって、村(しま)の人たちと一緒に楽しい酒盛りをして、狩俣(かずまた)で一泊したササたちは、翌日、クマラパとタマミガの案内で赤崎のウタキに向かった。 途中、白浜(すすぅばま)に寄ったら浜辺に仮小屋がいくつ…

2-159.池間島のウパルズ様(第二稿)

狩俣(かずまた)から小舟(さぶに)に乗ってササたちは池間島(いきゃま)に向かった。クマラパは池間島の神様は苦手じゃと言って、行くのを渋っていたが、娘のタマミガに説得されて一緒に来てくれた。 神様のお陰か、季節外れの南風を帆に受けて小舟は気持ちよく…

2-158.漲水のウプンマ(第二稿)

昨夜(ゆうべ)、目黒盛豊見親(みぐらむいとぅゆみゃー)が開いてくれた歓迎の宴(うたげ)で遅くまでお酒を飲んでいたのに、ミャーク(宮古島)に来て心が弾んでいるのか、翌朝、ササは早くに目が覚めた。まだ夜が明ける前で、外は薄暗かった。 空を見上げて、ユ…

2-157.ミャーク(第二稿)

ササたちを石垣に囲まれた狩俣(かずまた)の集落に入れてくれた白髪白髭の老人は、女按司(うなじゃら)のマズマラーの夫のクマラパという明国(みんこく)の人だった。正確に言えば、クマラパが明国を出て琉球に行った時、まだ明国は建国されていなかったので、…

2-156.南の島を探しに(第二稿)

十五夜の宴(うたげ)の翌日、台風が来た。それほど大きな台風ではなかったが海は荒れて、大里(うふざとぅ)ヌルとフカマヌルは久高島(くだかじま)に帰れなかった。 大里ヌルは二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)と一緒にどこかに行ってしまい、二日後に島添大…

2-155.大里ヌルの十五夜(第二稿)

ウニタキが山北王(さんほくおう)の軍師、リュウイン(劉瑛)を首里(すい)に連れて来た。 一緒に来たのはリュウインの弟子の伊野波之子(ぬふぁぬしぃ)と東江之子(あがりーぬしぃ)だった。二人とも三十歳前後の年齢で、リュウインが今帰仁(なきじん)に来た時に…

2-154.武装船(第二稿)

三姉妹の船が旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船とジャワの船を連れてやって来た。メイユーは今年も来なかった。娘のロンジェンは健やかに育っていると聞いて、サハチは会いに行きたいと思った。 ソンウェイ(松尾)は約束を守って武装船を持って来てくれた。…

2-153.神懸り(第二稿)

久米島(くみじま)から帰って来たサハチは、クイシヌと出会ったあとの出来事が、夢だったのか現実だったのかわからなかった。ウニタキに連れられてクイシヌの屋敷に行って、クイシヌの顔を見た途端に、頭の中は真っ白になった。どうやって、ニシタキの山頂ま…

2-152.クイシヌ(第二稿)

安須森(あしむい)ヌル、ササ、シンシン、ナナはクイシヌ様と一緒にニシタキ(北岳、後の宇江城岳)に登った。新垣(あらかき)ヌル、堂ヌル、ミカと八重瀬(えーじ)ヌルも一緒に行った。 サハチ、ウニタキ、ファイチの三人は馬を借りて、チヌムイの案内で島内を…

2-151.久米島(第二稿)

六月五日、今年最初の進貢船(しんくんしん)が出帆した。南部の戦騒ぎで半年も遅れた船出だった。 正使はサングルミー(与座大親)、副使は久米村(くみむら)の唐人(とーんちゅ)の韓完義(ハンワンイー)で、クグルーと馬天浜(ばてぃんはま)のシタルーが従者とし…

2-150.慈恩寺(第二稿)

五月四日、梅雨が明けた青空の下、国場川(くくばがー)でハーリーが賑やかに行なわれた。戦(いくさ)の後始末も終わり、二年振りに三人の王様の龍舟(りゅうぶに)も揃う事もあって、観客たちが大勢やって来た。 シタルー(先代山南王)はいなくなったが、新しい…

2-149.シヌクシヌル(第二稿)

佐敷グスクのお祭りの三日後、ササの弟子たちと安須森(あしむい)若ヌル、マユの一か月の修行が終わった。 ヂャンサンフォンは運玉森(うんたまむい)ヌルと二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)を連れて山グスクに移って行った。ヂャンサンフォンのもとで修行を…

2-148.山北王が惚れたヌル(第二稿)

中山王(ちゅうさんおう)が女たちを連れて久高島(くだかじま)参詣をしていた頃、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクでは山北王(さんほくおう)の代理として本部(むとぅぶ)のテーラーが、山南王(さんなんおう)の他魯毎(たるむい)に戦勝を祝福して、援軍を送っ…

2-147.久高ヌル(第二稿)

戦後処理も片付いた四月の三日、一月遅れの久高島参詣(くだかじまさんけい)が行なわれた。 グスク内に閉じ込められている女たちにとって、久高島参詣は年に一度の楽しみだった。それが戦(いくさ)のために中止になってしまったので、思紹(ししょう)の側室たち…

2-146.若按司の死(第二稿)

山南王(さんなんおう)に就任した他魯毎(たるむい)は豊見(とぅゆみ)グスクから島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに引っ越しを始めた。すぐ下の弟、兼(かに)グスク按司が豊見グスクに移って、豊見グスク按司を名乗り、四男のシルムイが阿波根(あーく゜ん)グ…