長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-135.忘れ去られた聖地(第一稿)

具志頭(ぐしちゃん)グスクを出て、仕事に戻れとサタルーを追い返したあと、ササたちを八重瀬(えーじ)グスクに連れて行こうかとサハチが思っていたら、耳元でユンヌ姫の声が聞こえた。「面白い所に連れて行くわ」と言ってから、「ササには聞こえないから大丈…

目次 第二部

尚巴志伝 第二部 このイラストはは和々様よりお借りしました。 山田のウニウシ(第二稿) 護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。 胸のときめき(第二稿) 護佐丸、島添大里で恋をする。 恋の季節(第二稿) サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。 キラマの休日…

目次 第一部

尚巴志伝 第一部 月代の石 このイラストはは和々様よりお借りしました。 誕生(最終決定稿) 尚巴志、佐敷苗代に生まれる。 馬天浜(最終決定稿) サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。 察度と泰期(最終決定稿) 浦添按司察度、過去を振り返る。 島添大…

第二部 主要登場人物

サハチ 1372-1439 尚巴志。島添大里按司。マチルギ 1373- 尚巴志の妻。伊波按司の娘。サグルー 1390- 尚巴志の長男。妻は護佐丸の妹、マカトゥダル。ジルムイ 1391- 尚巴志の次男。後の尚忠。妻はサムの娘、ユミ。ミチ 1393- 尚巴志の長女。島添大里ヌル、サ…

2-134.玻名グスク(第一稿)

島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの包囲陣が壊滅したあと、戦(いくさ)は膠着(こうちゃく)状態に入っていた。他魯毎(たるむい)は島尻大里グスクを攻める事をやめて、糸満(いちまん)の港を守るために、照屋(てぃら)グスクと国吉(くにし)グスクの間に杭を打…

2-133.裏の裏(第一稿)

島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクが他魯毎(たるむい)の兵に包囲された日の翌朝、信じられない事が起きていた。 グスク内に閉じ込められているはずの按司たちが兵を率いて、昨日の早朝と同じように攻めて来たのだった。他魯毎の兵たちは見張りの者を除いて…

2-132.二人の山南王(第一稿)

八重瀬(えーじ)グスクが炎上している頃、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクでは山南王(さんなんおう)の就任の儀式が盛大に行なわれていた。 山南王になった摩文仁大主(まぶいうふぬし)は、シタルーが冊封使(さっぷーし)から賜(たま)わった王様の着物を着て…

2-131.エータルーの決断(第一稿)

サハチはウニタキと一緒に喜屋武(きゃん)グスク(後の具志川グスク)に行って、琉球を去るタブチたちを見送った。 喜屋武グスクは海に飛び出た岬の上にあり、思っていたよりも小さなグスクだった。石垣に囲まれた二つの曲輪(くるわ)があって、二の曲輪には海…

2-130.喜屋武グスク(第一稿)

タブチの豊見(とぅゆみ)グスク攻めの二日後、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにンマムイ(兼グスク按司)が訪ねて来た。一緒に連れて来たのはチヌムイと八重瀬(えーじ)若ヌルのミカだった。チヌムイもミカもウミンチュの格好だった。 山南王(さんなんお…

2-129.タブチの反撃(第一稿)

照屋大親(てぃらうふや)と糸満大親(いちまんうふや)の裏切りで、進貢船(しんくんしん)をタルムイに奪われた事を知ったタブチは物凄い剣幕で腹を立てた。「なぜじゃ。なぜ、あの二人が寝返ったのじゃ?」「照屋大親も糸満大親も初代の山南王(さんなんおう)か…

2-128.照屋大親(第一稿)

長嶺按司(ながんみあじ)は長嶺グスクに閉じ込められた。 兵の半数近くが下痢に悩まされ、長嶺按司自身も悩まされていた。水のような下痢で我慢する事はできず、本陣となった屋敷に籠もって厠(かわや)通いが続いていた。こんな状態では戦(いくさ)はできん。出…

2-127.王妃の思惑(第一稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに集まった東方(あがりかた)の按司たちは、今度こそ、タブチ(八重瀬按司)に山南王(さんなんおう)になってもらおうと声を揃えて言った。その中にンマムイ(兼グスク按司)もいた。「お前が何で、ここにいるんだ?」とサ…

2-126.タブチとタルムイ(第一稿)

長い一日が終わった翌日、戦(いくさ)が始まった。 ウニタキの報告によると、タブチ(前八重瀬按司)はシタルー(山南王)の側室や子供たちを島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクから出し、タルムイ(豊見グスク按司)に味方したい重臣たちや豊見(とぅゆみ)グ…

2-125.五人の御隠居(第一稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)から豊見(とぅゆみ)グスクに帰ったタルムイは母親(王妃)が来ていたので驚いた。「母上、どうしたのです。父上が見つかったのですか」「あなたが戻るのを待っていたのですよ。島添大里に何をしに行ったのですか」「島添大里按…

2-124.察度の御神刀(第一稿)

夜が明ける前の早朝、華麗なお輿(こし)が島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに向かっていた。四人の男が担いでいるお輿に従っているのは、頭を丸めた貫禄のあるサムレーとヌルだけで、サムレーもヌルも白い喪服を着て馬に乗っていた。「姉のために作ったお…

2-123.タブチの決意(第一稿)

日が暮れてからブラゲー大主(うふぬし)を連れて、八重瀬(えーじ)グスクに来たミカとチヌムイを見て、タブチ(八重瀬按司)は首を傾げた。 ブラゲー大主が訪ねて来るのは久し振りだった。ブラゲー大主は中山王(ちゅうさんおう)のために貝殻を扱っているので、…

2-122.チヌムイ(第一稿)

馬天浜(ばてぃんはま)のお祭り(うまちー)も終わって、三姉妹たちも、旧港(ジゥガン)(パレンバン)のシーハイイェンたちも、ジャワのスヒターたちも帰って行った。浮島は閑散としていて、ヤマトゥの商人たちが来るまでは、一休みといった所だった。 ササはい…

2-121.盂蘭盆会(第二稿)

湧川大主(わくがーうふぬし)が武装船に乗って鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かっていた七月十五日、首里(すい)の大聖寺(だいしょうじ)で『盂蘭盆会(うらぼんえ)』という法会(ほうえ)が行なわれた。 『盂蘭盆会』というのは、七月十五日に御先祖様の精霊(…

2-120.鬼界島(第二稿)

明国(みんこく)の海賊、リンジョンチェン(林正賢)から手に入れた鉄炮(大砲)を積んだ武装船に乗った湧川大主(わくがーうふぬし)は、意気揚々と鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かっていた。 去年、前与論按司(ゆんぬあじ)の父子を鬼界按司(ききゃあじ)と…

2-119.桜井宮(第二稿)

手登根(てぃりくん)グスクのお祭り(うまちー)で、佐敷ヌルの新作のお芝居『小松の中将様(くまちぬちゅうじょうさま)』が上演された。 手登根の女子(いなぐ)サムレーも旅芸人も『小松の中将様』を上演したが、台本が違っていた。 最初に演じられた女子サムレ…

2-118.マグルーの恋(第二稿)

キラマ(慶良間)の島から帰って来たら梅雨に入ったようだった。 サハチはヤマトゥに行く交易船と朝鮮(チョソン)に行く勝連船(かちりんぶに)の準備で忙しくなっていた。早いもので、今年で五度目だった。最初の年は朝鮮とは交易をしたが、ヤマトゥとはしてい…

2-117.スサノオ(第二稿)

佐敷ヌルたちがヤンバル(北部)の旅から帰って来たのは、島添大里(しましいうふざとぅ)のお祭り(うまちー)の四日前だった。「いい旅だった。琉球は本当にいい所だ」とマツは満足そうな顔をして言った。「こんな所で暮らしているなんて、お前が羨ましいよ」…

2-116.念仏踊り(第二稿)

二月四日、今年最初の進貢船(しんくんしん)が二隻の旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船を連れて出帆して行った。 正使はサングルミー(与座大親)で、従者としてクグルーと馬天浜(ばてぃんはま)のシタルー、イハチも行き、垣花(かきぬはな)からはシタルーの義…

2-115.マツとトラ(第二稿)

サイムンタルー(早田左衛門太郎)は倭寇(わこう)働きをするために、去年の末、明国に行った。戦(いくさ)の経験のない跡継ぎの六郎次郎も連れて行き、浅海湾(あそうわん)内の浦々で暮らしている者たち一千人近くを率いて行ったという。「六郎次郎も行ったの…

2-114.報恩寺(第二稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの刺客(しかく)襲撃事件から二十日が過ぎた。 女子(いなぐ)サムレーたちはユーナが山南王(さんなんおう)の間者(かんじゃ)だったと知って驚いたが、自分たちを裏切らなかったので、いつの日か、また会える事を願っていた。…

2-113.親父の悪夢(第二稿)

山南王(さんなんおう)のシタルーは夢を見ていた。 子供の頃、八重瀬(えーじ)グスクの庭で、兄弟が揃って遊んでいる夢だった。その年、上の姉が中山王の若按司(武寧)に嫁いで行った。下の姉はヌルになるための修行を始めた。あの頃、親父(汪英紫)は八重瀬…

2-112.十五夜(第二稿)

与那原(ゆなばる)が台風にやられてから半月後、与那原グスクのお祭り(うまちー)が行なわれた。 家や舟を失った者たちも多いので、今年のお祭りは中止しようと与那原大親(ゆなばるうふや)(マタルー)の妻、マカミーは考えたが、グスクに避難している者たちは…

2-111.寝返った海賊(第二稿)

中山王(ちゅうさんおう)の使者たちが京都に着いて、ササたちが京都の街を行列していた頃、琉球では二月に行った進貢船(しんくんしん)が無事に帰国した。 正使の具志頭大親(ぐしかみうふや)、従者のクグルーと馬天のシタルー、サムレー大将の苗代之子(なーし…

2-110.鳥居禅尼(第二稿)

八月の一日、ササたちは熊野新宮(しんぐう)の神倉山(かみくらやま)に来ていた。 ササたちが大原から京都に戻ると、南蛮(なんばん)から使者が来たとの噂で持ち切りだった。四年前に若狭(わかさ)(福井県)に来て、台風にやられた南蛮人だと言っていたので、旧…

2-109.ヌルたちのお祈り(第二稿)

六月の半ば、山南王(さんなんおう)のシタルーの娘が真壁(まかび)の若按司に嫁いで行った。先代の真壁按司が隠居して山グスク大主(うふぬし)となり、中山王(ちゅうさんおう)の船に乗って明国に行ったのを牽制(けんせい)するつもりだろう。 サハチは招待されな…