長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-188.サハチの名は尚巴志(第一稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのお祭りの前日の夕方、マグルー夫婦、ウニタル夫婦、シングルー夫婦、サングルー、福寿坊(ふくじゅぼう)、カシマは無事に旅から帰って来た。婚礼の翌日、十六日に旅立って、十二日間の旅だった。 玻名(はな)グスクの残党…

目次 第二部

尚巴志伝 第二部 このイラストはは和々様よりお借りしました。 山田のウニウシ(第二稿) 護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。 胸のときめき(第二稿) 護佐丸、島添大里で恋をする。 恋の季節(第二稿) サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。 キラマの休日…

目次 第一部

尚巴志伝 第一部 月代の石 このイラストはは和々様よりお借りしました。 誕生(最終決定稿) 尚巴志、佐敷苗代に生まれる。 馬天浜(最終決定稿) サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。 察度と泰期(最終決定稿) 浦添按司察度、過去を振り返る。 島添大…

第二部 主要登場人物

サハチ 1372-1439 尚巴志。島添大里按司。マチルギ 1373- 尚巴志の妻。伊波按司の娘。サグルー 1390- 尚巴志の長男。妻は護佐丸の妹、マカトゥダル。ジルムイ 1391- 尚巴志の次男。後の尚忠。妻はサムの娘、ユミ。ミチ 1393- 尚巴志の長女。島添大里ヌル、サ…

2-187.若夫婦たちの旅(第一稿)

マグルーとマウミ、ウニタルとマチルーの婚礼も無事に終わって、サハチとウニタキとンマムイは親戚となり、今まで以上に固い絆(きずな)で結ばれた。 マグルー夫婦は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの東曲輪(あがりくるわ)にある、以前にサグルー夫婦が住…

2-186.二つの婚礼(第一稿)

山北王(さんほくおう)の使者たちを乗せた中山王(ちゅうざんおう)の進貢船(しんくんしん)が船出した翌日、ようやく、ヤマトゥに行った交易船が帰って来た。同じ日にシンゴ、マグサ、ルクルジルー(六郎次郎)の船も馬天浜(ばてぃんはま)に来たので忙しかった…

2-185.山北王の進貢(第一稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルと出会って、どこかに行ってしまったマガーチ(苗代之子)が、首里(すい)の自宅に帰って来たのは三日後の事だった。浮島にはヤマトゥの商人たちが続々とやって来ていて、サハチも何か…

2-184.トンド(第一稿)

十二月七日、ササたちはアンアンの船と一緒にトンド王国(マニラ)に向かっていた。何度もトンドに行っているムカラーも、ターカウ(台湾の高雄)からトンドに行った事はなく、アンアンの船が先導してくれるので助かっていた。 アンアンの船は琉球の進貢船(…

2-183.龍と鳳凰(第一稿)

遊女屋『飛馬楼(フェイマーロウ)』に行って松景寺(しょうけいじ)の慶真和尚(きょうしんおしょう)とお酒を飲んでいたササたちだったが、日が暮れると日本人町も唐人町も門が閉まってしまうとカオルに言われ、和尚とクマラパを遊女屋に残して唐人町に戻った。…

2-182.伝説の女海賊(第一稿)

熊野権現(くまのごんげん)の広場から大通りを真っ直ぐ行くと、高い土塁で囲まれた唐人(とうじん)の町が見えた。大通りの両側にも大きな屋敷があったので、ササがカオルに聞いたら、船乗りたちの宿舎だと言った。キクチ殿の町にも唐人の町にも船乗りの宿舎は…

2-181.ターカウ(第一稿)

黒潮は思っていたよりもずっと恐ろしかった。 船は揺れ続け、壊れてしまうのではないかと思うほど軋(きし)み続けた。若ヌルたちは真っ青な顔をして必死に祈りを捧げていた。 甲板(かんぱん)に出る事はできず、ササたちも船室の中で、じっと無事を祈っていた…

2-180.仕合わせ(第一稿)

ササたちはドゥナン島(与那国島)に一か月近く滞在した。 六日間掛けて各村々に滞在したあと、サンアイ村に戻ったササたちは、ナウンニ村にいるムカラーを呼んで、ジルーの船をクブラの港に移動するように頼んだ。ゲンザとマグジがムカラーと一緒に行った。…

2-179.クブラ村の南遊斎(第一稿)

ヤンバルの旅に出たトゥイ様(前山南王妃)が、三日間滞在した今帰仁(なきじん)をあとにして本部(むとぅぶ)に向かっていた頃、ドゥナン島(与那国島)にいるササたちは、ダンヌ村からクブラ村に向かっていた。 ダンヌ村のツカサの話を聞いて、六歳の時に、マ…

2-178.婿入り川(第一稿)

十二月の初め、島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌル(前豊見グスクヌル)と座波(ざーわ)ヌルが島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにやって来た。 安須森(あしむい)ヌルは留守なのに、何の用だろうとサハチは門番と一緒に大御門(うふうじょー)に向かった。「お…

2-177.アミーの娘(第二稿)

ヂャンサンフォン(張三豊)がいなくなって半月余りが過ぎた。何となく、琉球が静かになってしまったようだとサハチは感じていた。 今、改めて思い出してみると、もし、ヂャンサンフォンが琉球に来なかったら、ハーリーからの帰り道で、サハチはンマムイ(兼…

2-176.今帰仁での再会(第二稿)

五日間、奥間(うくま)でのんびりと過ごしたトゥイ(前山南王妃)たちはサタルーと一緒に今帰仁(なきじん)に向かっていた。 奥間まで来たのだから、山北王(さんほくおう)の城下、今帰仁に行ってみたいとトゥイは思った。今帰仁には山北王の妻になった姪のマア…

2-175.トゥイの旅立ち(第二稿)

三姉妹の船に乗って、ヂャンサンフォン(張三豊)は山グスクヌル(先代サスカサ)と一緒に琉球を去って行った。二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)も一緒だった。 右馬助は馬天浜(ばてぃんはま)のお祭りに大里(うふざとぅ)ヌルと一緒に久高島からやって来て…

2-174.さらばヂャンサンフォン(第二稿)

ヂャンサンフォン(張三豊)の送別の宴(うたげ)はやらなくても、三姉妹たち、旧港(ジゥガン)(パレンバン)のシーハイイェンたち、ジャワのスヒターたちの送別の宴はやらなければならなかった。 サハチは打ち合わせのために首里(すい)に行き、打ち合わせが終…

2-173.苗代大親の肩の荷(第二稿)

ササたちが南の島を探しに船出した二日後、平田グスクのお祭りが行なわれた。サハチもそうだが、お祭りに集まった誰もが、ササと安須森(あしむい)ヌルの噂をしていた。無事にミャーク(宮古島)に着いただろうかとみんなが心配していた。 珍しく、馬天(ばて…

2-172.ユウナ姫(第二稿)

ササたちはドゥナンバラのツカサの案内でウラブダギ(宇良部岳)に登っていた。 サンアイ村から坂道を下ってタバル川に出て、丸木橋を渡って密林の中に入った。密林の中にある沼を右に見ながら進んで、沼の先をしばらく行くとアラタドゥと呼ばれる分岐点に出…

2-171.ドゥナン島(第二稿)

ササたちは十日間、クン(古見)按司と対抗するために、ユーツン(高那)の若者たちと娘たちを鍛えていた。 若ツカサのリンとユマは思っていたよりも強く、若者たちもその強さに驚いていた。二人はミッチェのもとで修行を積んで、ユーツンに帰って来てからも…

2-170.ユーツンの滝(第二稿)

タキドゥン島(竹富島)から帰ったササたちは、名蔵(のーら)に四日間滞在して、十月十五日、マッサビやブナシルに見送られて、クン島(西表島)を目指して船出した。ミッチェとサユイが一緒に行くと言って付いて来た。熊野山伏のガンジューも付いてきた。 ガ…

2-169.タキドゥン島(第二稿)

スサノオは五日間も目覚める事なく寝込んでいたが、見事に快復して、豊玉姫(とよたまひめ)と一緒に琉球に帰って行った。 ササたちはメートゥリオン(宮鳥御嶽)とクバントゥオン(小波本御嶽)に行きたかったが、マッサビは許さなかった。スサノオがヤキー(…

2-168.ヤキー退治(第二稿)

ササ、安須森(あしむい)ヌル、シンシン、ナナ、クマラパとタマミガ、愛洲次郎(あいすじるー)と山伏のガンジュー、玻名(はな)グスクヌルと若ヌルたち、ミッチェとサユイ、ヤラブダギのツカサと崎枝(さきだ)のツカサ、総勢十八人がぞろぞろとヤラブダギ(屋良…

2-167.化身(第二稿)

神様たちとの饗宴(きょうえん)の翌朝、疲れ切ってウムトゥダギ(於茂登岳)の山頂から下りて来たササたちは、ナルンガーラの屋敷に着くと倒れるように眠りに就いた。 目を覚ましたササが縁側に出ると、すでに夕方になっていた。ササは縁側に座り込んで、静か…

2-166.神々の饗宴(第二稿)

ナルンガーラのウタキからマッサビの屋敷に戻ったササと安須森(あしむい)ヌルは、ツカサたちと一緒にお酒と料理を持ってウムトゥダギ(於茂登岳)の山頂に向かった。 クマラパと愛洲次郎(あいすじるー)たちはマッサビの夫のグラー、長男のマタルーと一緒に屋…

2-165.ウムトゥ姫とマッサビ(第二稿)

名蔵(のーら)の女按司(みどぅんあず)、ブナシルが出してくれた小舟(さぶに)に乗って、ササたちは名蔵に向かった。 名蔵の海岸は干潟(ひがた)と湿地がずっと続いていた。見た事もない鳥がいっぱいいて、まるで、鳥の楽園のようだった。空を見上げるとサシバの…

2-164.平久保按司(第二稿)

雨降りの天気が続いて、三日間、多良間島(たらまじま)に滞在したササたちは島人(しまんちゅ)たちに見送られて、イシャナギ島(石垣島)を目指した。ウムトゥダギ(於茂登岳)のあるイシャナギ島は多良間島から見る事ができ、ミャーク(宮古島)よりも近いよ…

2-163.スタタンのボウ(第二稿)

十日間、滞在したミャーク(宮古島)をあとにして、ササたちを乗せた愛洲次郎(あいすじるー)の船はイシャナギ島(石垣島)を目指していた。 クマラパと娘のタマミガが一緒に来てくれた。さらに、何度もターカウ(台湾の高雄)に行っているムカラーいう船乗り…

2-162.伊良部島のトゥム(第二稿)

夕方になってしまったが、先代の野城按司(ぬすくあず)のマムヤと別れて、ササたちは高腰(たかうす)グスクに向かった。 赤崎のウプンマはアラウスのウタキの事を漲水(ぴゃるみず)のウプンマに知らせなければならないと言って帰って行った。百名(ぴゃんな)のウ…