長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

尚巴志伝 第二部

2-122.チヌムイ(第一稿)

馬天浜(ばてぃんはま)のお祭り(うまちー)も終わって、三姉妹たちも、旧港(ジゥガン)(パレンバン)のシーハイイェンたちも、ジャワのスヒターたちも帰って行った。浮島は閑散としていて、ヤマトゥの商人たちが来るまでは、一休みといった所だった。 ササはい…

2-121.盂蘭盆会(第一稿)

湧川大主(わくがーうふぬし)が武装船に乗って鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かっていた七月十五日、首里(すい)の大聖寺(だいしょうじ)で『盂蘭盆会(うらぼんえ)』という法会(ほうえ)が行なわれた。 『盂蘭盆会』というのは、七月十五日に御先祖様の精霊(…

2-120.鬼界島(第一稿)

明国(みんこく)の海賊、リンジョンチェン(林正賢)から手に入れた鉄炮(大砲)を積んだ武装船に乗った湧川大主(わくがーうふぬし)は、意気揚々と鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かっていた。 去年、前与論按司(ゆんぬあじ)の父子を鬼界按司(ききゃあじ)と…

2-119.桜井宮(第一稿)

手登根(てぃりくん)グスクのお祭り(うまちー)で、佐敷ヌルの新作のお芝居『小松の中将様(くまちぬちゅうじょうさま)』が上演された。 手登根の女子(いなぐ)サムレーも旅芸人も『小松の中将様』を上演したが、台本が違っていた。 最初に演じられた女子サムレ…

2-118.マグルーの恋(第一稿)

キラマ(慶良間)の島から帰って来たら梅雨に入ったようだった。 サハチはヤマトゥに行く交易船と朝鮮(チョソン)に行く勝連船(かちりんぶに)の準備で忙しくなっていた。早いもので、今年で五度目だった。最初の年は朝鮮とは交易をしたが、ヤマトゥとはしてい…

2-117.スサノオ(第一稿)

佐敷ヌルたちがヤンバル(北部)の旅から帰って来たのは、島添大里(しましいうふざとぅ)のお祭り(うまちー)の四日前だった。「いい旅だった。琉球は本当にいい所だ」とマツは満足そうな顔をして言った。「こんな所で暮らしているなんて、お前が羨ましいよ」…

2-116.念仏踊り(第一稿)

二月四日、今年最初の進貢船(しんくんしん)が二隻の旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船を連れて出帆して行った。 正使はサングルミー(与座大親)で、従者としてクグルーと馬天浜(ばてぃんはま)のシタルー、イハチも行き、垣花(かきぬはな)からはシタルーの義…

2-115.マツとトラ(第一稿)

サイムンタルー(早田左衛門太郎)は倭寇(わこう)働きをするために、去年の末、明国に行った。戦(いくさ)の経験のない跡継ぎの六郎次郎も連れて行き、浅海湾(あそうわん)内の浦々で暮らしている者たち一千人近くを率いて行ったという。「六郎次郎も行ったの…

2-114.報恩寺(第一稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの刺客(しかく)襲撃事件から二十日が過ぎた。 女子(いなぐ)サムレーたちはユーナが山南王(さんなんおう)の間者(かんじゃ)だったと知って驚いたが、自分たちを裏切らなかったので、いつの日か、また会える事を願っていた。…

2-113.親父の悪夢(第一稿)

山南王(さんなんおう)のシタルーは夢を見ていた。 子供の頃、八重瀬(えーじ)グスクの庭で、兄弟が揃って遊んでいる夢だった。その年、上の姉が中山王の若按司(武寧)に嫁いで行った。下の姉はヌルになるための修行を始めた。あの頃、親父(汪英紫)は八重瀬…

2-112.十五夜(第二稿)

与那原(ゆなばる)が台風にやられてから半月後、与那原グスクのお祭り(うまちー)が行なわれた。 家や舟を失った者たちも多いので、今年のお祭りは中止しようと与那原大親(ゆなばるうふや)(マタルー)の妻、マカミーは考えたが、グスクに避難している者たちは…

2-111.寝返った海賊(第二稿)

中山王(ちゅうさんおう)の使者たちが京都に着いて、ササたちが京都の街を行列していた頃、琉球では二月に行った進貢船(しんくんしん)が無事に帰国した。 正使の具志頭大親(ぐしかみうふや)、従者のクグルーと馬天のシタルー、サムレー大将の苗代之子(なーし…

2-110.鳥居禅尼(第二稿)

八月の一日、ササたちは熊野新宮(しんぐう)の神倉山(かみくらやま)に来ていた。 ササたちが大原から京都に戻ると、南蛮(なんばん)から使者が来たとの噂で持ち切りだった。四年前に若狭(わかさ)(福井県)に来て、台風にやられた南蛮人だと言っていたので、旧…

2-109.ヌルたちのお祈り(第二稿)

六月の半ば、山南王(さんなんおう)のシタルーの娘が真壁(まかび)の若按司に嫁いで行った。先代の真壁按司が隠居して山グスク大主(うふぬし)となり、中山王(ちゅうさんおう)の船に乗って明国に行ったのを牽制(けんせい)するつもりだろう。 サハチは招待されな…

2-108.舜天(第二稿)

奥間(うくま)ヌルが首里(すい)に来た。 サハチは驚いて、焦った。一昨年(おととし)の冬、ウニタキと一緒に伊平屋島(いひゃじま)に行く途中、奥間に寄って会った時、奥間ヌルは、いつか首里に行きたいと言っていた。しかし、娘のミワがまだ幼いので、五年後く…

2-107.屋嘉比のお婆(第二稿)

今帰仁(なきじん)をあとにした馬天(ばてぃん)ヌルの一行は運天泊(うんてぃんどぅまい)に行って、勢理客(じっちゃく)ヌルに歓迎された。 勢理客ヌルは、馬天ヌルがヤンバルのウタキ巡りをしている事を知っていて、首を長くして来るのを待っていた。「名護(な…

2-106.ヤンバルのウタキ巡り(第二稿)

ウタキ巡りの旅に出た馬天(ばてぃん)ヌルの一行は、山田グスクに行く途中、読谷山(ゆんたんじゃ)の喜名(きなー)で東松田(あがりまちだ)ヌルと会っていた。 馬天ヌルが東松田ヌルと会うのは十四年振りだった。三年前に、ササたちと一緒に近くまで来たが、宇座…

2-105.小松の中将(第二稿)

琉球の交易船の警護をしなければならないと言って、あやは上関(かみのせき)に帰って行った。 ササたちはあやにお礼を言って別れ、京都へと向かった。 六月三十日、ササたちは京都に着き、いつものように高橋殿の屋敷に入った。男はだめよと言って、サタルー…

2-104.アキシノ(第二稿)

無事に坊津(ぼうのつ)に着いた交易船から降りた佐敷ヌルとササたちは、一文字屋の船に乗り換えて博多に向かった。サイムンタルーの船から降りたサタルー、ウニタル、シングルーも一文字屋の船に移った。 六月の七日、博多に着くと、『一文字屋』で奈美が待っ…

2-103.送別の宴(第二稿)

佐敷ヌルとササが安須森(あしむい)の山頂で、神様の声を聞いていた頃、馬天(ばてぃん)ヌルは首里(すい)グスクのキーヌウチで、麦屋(いんじゃ)ヌルとカミーと一緒にお祈りを捧げていた。突然、カミーが悲鳴のような大声を出したので、馬天ヌルも麦屋ヌルも腰…

2-102.安須森(第二稿)

去年の十一月、ヤンバル(北部)に旅だったウニタキの旅芸人たちは、浦添(うらしい)、中グスク、北谷(ちゃたん)、越来(ぐいく)、勝連(かちりん)、安慶名(あぎなー)、伊波(いーふぁ)、山田と各城下でお芝居を演じ、周辺の村々(しまじま)でも演じて人々に喜ば…

2-101.悲しみの連鎖(第二稿)

中山王(ちゅうさんおう)の孫、チューマチと山北王(さんほくおう)の娘、マナビーの婚礼は大成功に終わった。 サハチたちが会同館(かいどうかん)でお祝いの宴をやっていた時、開放された首里(すい)グスクの西曲輪(いりくるわ)と北曲輪(にしくるわ)では、城下の…

2-100.華麗なる御婚礼(第二稿)

二月九日、首里(すい)のお祭り(うまちー)が行なわれた。 首里に滞在していたイトたちは勿論の事、与那原(ゆなばる)で武術修行をしていたスヒターたちも戻って来て、お祭りを楽しんだ。 お芝居は『鎮西八郎為朝(ちんじーはちるーたみとぅむ)』だった。ササと…

2-99.ミナミの海(第二稿)

慈恩禅師(じおんぜんじ)と別れて、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに帰るとサスカサが待っていた。 ナツと話をしていたサスカサは、サハチを見ると急に目をつり上げて、「あたしよりも年下の娘を側室に迎えるなんて許せない」と鬼のような顔をして騒いだ…

2-98.ジャワの船(第二稿)

十二月の末、ヤマトゥに行った交易船が無事に帰国した。交易船はジャワの船を連れて来た。 突然のジャワの船の来訪で、浮島も首里(すい)も大忙しとなった。 サハチを始め、首里の者たちは『ジャワ』という国を知らなかった。久米村(くみむら)に行って、ファ…

2-97.大聖寺(第二稿)

与那原(ゆなばる)のお祭りが終わった。 サハチは忙しくて行けなかったが、慈恩禅師(じおんぜんじ)が越来(ぐいく)ヌルと一緒に来たらしい。佐敷ヌルの話だと、二人は夫婦のように仲がよかったという。意外な展開に驚いたが、慈恩禅師と越来ヌルが一緒になって…

2-96.奄美大島のクユー一族(第二稿)

中山王(ちゅうさんおう)と山北王(さんほくおう)の同盟を決めるために、今帰仁(なきじん)に来たンマムイ(兼グスク按司)を見送った本部(むとぅぶ)のテーラーは、その三日後、奄美大島(あまみうふしま)攻めの大将として二百人の兵を引き連れて、進貢船(しんく…

2-95.新宮の十郎(第二稿)

本宮(ほんぐう)から新宮(しんぐう)までは船だった。淀川下りのようにお酒を飲みながら、のんびりできるとササたちは思っていたが、山の中の川はそんな甘くはなかった。 淀川のような大きな船ではなく、四、五人乗りの小さな舟で、曲がりくねった川を下った。…

2-94.熊野へ(第二稿)

三姉妹の船が浮島に着いた頃、ヤマトゥに行ったササたちは、京都から熊野に向かっていた。 五月十四日に与論島(ゆんぬじま)から交易船に乗り込んだササたちが、薩摩の坊津(ぼうのつ)に着いたのは五月三十日だった。坊津で交易船を降りたササたちは、『一文字…

2-93.鉄炮(第二稿)

側室のハルはほとんど佐敷ヌルの屋敷に入り浸りで、二人の侍女も佐敷ヌルを尊敬したようで、真剣に武当拳(ウーダンけん)を習っていた。 石屋のクムンは職人たちと一緒に、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの石垣を見て回って修繕していた。職人の中に腕の…