長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

尚巴志伝 第二部

2-203.大物主(第一稿)

大粟(おおあわ)神社から八倉比売(やくらひめ)神社に戻って、アイラ姫から父親のサルヒコの事を聞こうと思ったのに、アイラ姫はユンヌ姫と一緒に琉球に行ってしまっていた。幸いにトヨウケ姫がアキシノと一緒に残っていたので、ササはトヨウケ姫からサルヒコ…

2-202.八倉姫と大冝津姫(第一稿)

高橋殿と御台所(みだいどころ)様(将軍義持の妻、日野栄子)のお陰で、浜の南宮の秘宝である宝珠をササたちは拝むことができた。「神功皇后(じんぐうこうごう)様が豊浦(とゆら)の津(下関市長府)で海中より得られた如意宝珠(にょいほうじゅ)でございます。…

2-201.真名井御前(第一稿)

京都に着いたササたちは、三日後の夕方、箕面(みのお)の大滝に来ていた。大滝の下に役行者(えんのぎょうじゃ)が創建した瀧安寺(りゅうあんじ)があった。弁才天堂(べんざいてんどう)を中心に多くの僧坊が建ち並び、大勢の山伏がいた。 ササの連れの人数が多す…

2-200.瀬織津姫(第一稿)

精進湖(しょうじこ)のほとりで焚き火を囲んで、ササたちは瀬織津姫(せおりつひめ)様に出会えた感謝の気持ちを込めて酒盛りを始めた。 酒盛りの前に、ササは富士山の大噴火で犠牲になった人たち、森の中で暮らしていた生き物たちのために鎮魂の曲を吹いた。 …

2-199.満月(第一稿)

八月十五日、首里(すい)グスクで冊封使(さっぷーし)を迎えて中秋の宴(うたげ)が催され、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクでは十五夜の宴が催された。中秋の宴は馬天(ばてぃん)ヌルと安須森(あしむい)ヌルが中心になって行ない、十五夜の宴はサスカサと久…

2-198.他魯毎の冊封(第一稿)

慈恩寺(じおんじ)が変わっていた。 前回、サハチが慈恩寺に来たのは六月の初めで、クマラパたちを連れて来た時だった。二か月足らずのうちに、慈恩寺の隣りに、『南島庵』というお寺ができていて、南の島から来たヌルたちと首里(すい)の女子(いなぐ)サムレー…

2-197.リーポー姫(第一稿)

安須森参詣(あしむいさんけい)から帰って来た安須森ヌルは、「ヤンバル(北部)のヌルたちもみんな参加してくれたのよ」と嬉しそうにサハチに言った。「金武(きん)ヌルも来てくれたわ」「金武ヌル?」「馬天(ばてぃん)ヌルの叔母さんも心配していたの。腰が…

2-196.奥間のミワ(第一稿)

六月十二日、ササは愛洲(あいす)ジルーの船に乗ってヤマトゥに行った。 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで安須森(あしむい)ヌルの帰国祝いとタキドゥン按司たちの歓迎の宴(うたげ)を開いた次の日の夕方、ササたちがアンアンたちを連れて島添大里グスクに…

2-195.サミガー大主の小刀(第一稿)

知念(ちにん)グスクに泊まったササたちは翌日、ヒューガに会うために浮島(那覇)に向かった。うまい具合にヒューガは水軍のサムレー屋敷にいた。与那覇勢頭(ゆなぱしず)とフシマ按司が来ていて、ヒューガは絵図を広げて南の島の事を聞いていた。「お前、ど…

2-194.玉グスク(第一稿)

那覇館(なーふぁかん)での歓迎の宴(うたげ)の翌日、南の島(ふぇーぬしま)の人たちとトンド王国(マニラ)のアンアンたちは安須森(あしむい)ヌルとササたちの先導で、隊列を組んで首里(すい)グスクへと行進した。沿道には小旗を振る人たちが大勢集まって、遠…

2-193.ササの帰国(第二稿)

進貢船(しんくんしん)を送り出した二日後、首里(すい)の武術道場で武科挙(ぶかきょ)が行なわれた。 明国の制度を真似して、サムレーになりたい若者は誰でも受ける事ができた。大勢の若者たちが集まって来て、武術の試合を行ない、勝ち残った五十人がサムレー…

2-192.尚巴志の進貢(第二稿)

土砂降りだった雨もやんで、佐敷グスクではお祭りが始まっていた。 馬天浜(ばてぃんはま)からシンゴたちも来ていて、山グスクに行っていたルクルジルー(早田六郎次郎)たちもマウシ(山田之子)と一緒に来ていた。 大きなお腹をしたナツも子供たちを連れて…

2-191.キキャ姫の遊戯(ゆけ)(第二稿)

奄美大島(あまみうふしま)の万屋(まにや)に着いた湧川大主(わくがーうふぬし)は機嫌がよかった。 琉球に来ていた鬼界島(ききゃじま)(喜界島)の船を永良部島(いらぶじま)沖で沈める事に成功していた。これで敵の兵力は五十人は減っただろう。大将だった青鬼…

2-190.パティローマ(第二稿)

トンド王国に滞在した四か月はあっという間に過ぎて行った。 都見物を楽しんだあと、ササたちはアンアンたちと一緒に川の上流にある大きな湖に行った。湖には王様の離宮があって、そこに滞在して舟遊びをして楽しんだ。 トンド湾(マニラ湾)の沖にあるルバ…

2-189.トンドの新春(第二稿)

琉球から遙か離れたトンド王国(マニラ)では、ササたちが新年を迎えていた。お正月といっても、トンドは琉球よりもずっと暖かかった。 宮殿の敷地内にある客殿に滞在しているササたちは、『宮古館』で出会ったツキミガとインミガを宮殿に連れて行って、アン…

2-188.サハチの名は尚巴志(第二稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのお祭りの前日の夕方、マグルー夫婦、ウニタル夫婦、シングルー夫婦、サングルー、福寿坊(ふくじゅぼう)、カシマは無事に旅から帰って来た。婚礼の翌日、十六日に旅立って、十二日間の旅だった。 玻名(はな)グスクの残党…

2-187.若夫婦たちの旅(第二稿)

マグルーとマウミ、ウニタルとマチルーの婚礼も無事に終わって、サハチとウニタキとンマムイは親戚となり、今まで以上に固い絆(きずな)で結ばれた。 マグルー夫婦は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの東曲輪(あがりくるわ)にある、以前にサグルー夫婦が住…

2-186.二つの婚礼(第二稿)

山北王(さんほくおう)の使者たちを乗せた中山王(ちゅうざんおう)の進貢船(しんくんしん)が船出した翌日、ようやく、ヤマトゥに行った交易船が帰って来た。同じ日にシンゴ、マグサ、ルクルジルー(早田六郎次郎)の船も馬天浜(ばてぃんはま)に来たので忙しか…

2-185.山北王の進貢(第二稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルと出会って、どこかに行ってしまったマガーチ(苗代之子)が、首里(すい)の自宅に帰って来たのは三日後の事だった。浮島にはヤマトゥの商人たちが続々とやって来ていて、サハチも何か…

2-184.トンド(第二稿)

十二月七日、ササたちはアンアンの船と一緒にトンド王国(マニラ)に向かっていた。何度もトンドに行っているムカラーも、ターカウ(台湾の高雄)からトンドに行った事はなく、アンアンの船が先導してくれるので助かっていた。 アンアンの船は琉球の進貢船(…

2-183.龍と鳳凰(第二稿)

遊女屋『飛馬楼(フェイマーロウ)』に行って松景寺(しょうけいじ)の慶真和尚(きょうしんおしょう)とお酒を飲んでいたササたちだったが、日が暮れると日本人町も唐人町も門が閉まってしまうとカオルに言われ、和尚とクマラパを遊女屋に残して唐人町に戻った。…

2-182.伝説の女海賊(第二稿)

熊野権現(くまのごんげん)の広場から大通りを真っ直ぐ行くと、高い土塁で囲まれた唐人(とうじん)の町が見えた。 大通りの両側にも大きな屋敷があったので、ササがカオルに聞いたら、船乗りたちの宿舎だと言った。キクチ殿の町にも唐人の町にも船乗りの宿舎は…

2-181.ターカウ(第二稿)

黒潮は思っていたよりもずっと恐ろしかった。 船は揺れ続け、壊れてしまうのではないかと思うほど軋(きし)み続けた。若ヌルたちは真っ青な顔をして必死に祈りを捧げていた。 甲板(かんぱん)に出る事はできず、ササたちも船室の中で、じっと無事を祈っていた…

2-180.仕合わせ(第二稿)

ササたちはドゥナン島(与那国島)に一か月近く滞在した。 六日間掛けて各村々に滞在したあと、サンアイ村に戻ったササたちは、ナウンニ村にいるムカラーを呼んで、ジルーの船をクブラの港に移動するように頼んだ。ゲンザとマグジがムカラーと一緒に行った。…

2-179.クブラ村の南遊斎(第二稿)

ヤンバルの旅に出たトゥイ様(前山南王妃)が、三日間滞在した今帰仁(なきじん)をあとにして本部(むとぅぶ)に向かっていた頃、ドゥナン島(与那国島)にいるササたちは、ダンヌ村からクブラ村に向かっていた。 ダンヌ村のツカサの話を聞いて、六歳の時に、マ…

2-178.婿入り川(第二稿)

十二月の初め、島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌル(前豊見グスクヌル)と座波(ざーわ)ヌルが島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにやって来た。 安須森(あしむい)ヌルは留守なのに、何の用だろうとサハチは門番と一緒に大御門(うふうじょー)に向かった。「お…

2-177.アミーの娘(第二稿)

ヂャンサンフォン(張三豊)がいなくなって半月余りが過ぎた。何となく、琉球が静かになってしまったようだとサハチは感じていた。 今、改めて思い出してみると、もし、ヂャンサンフォンが琉球に来なかったら、ハーリーからの帰り道で、サハチはンマムイ(兼…

2-176.今帰仁での再会(第二稿)

五日間、奥間(うくま)でのんびりと過ごしたトゥイ(前山南王妃)たちはサタルーと一緒に今帰仁(なきじん)に向かっていた。 奥間まで来たのだから、山北王(さんほくおう)の城下、今帰仁に行ってみたいとトゥイは思った。今帰仁には山北王の妻になった姪のマア…

2-175.トゥイの旅立ち(第二稿)

三姉妹の船に乗って、ヂャンサンフォン(張三豊)は山グスクヌル(先代サスカサ)と一緒に琉球を去って行った。二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)も一緒だった。 右馬助は馬天浜(ばてぃんはま)のお祭りに大里(うふざとぅ)ヌルと一緒に久高島からやって来て…

2-174.さらばヂャンサンフォン(第二稿)

ヂャンサンフォン(張三豊)の送別の宴(うたげ)はやらなくても、三姉妹たち、旧港(ジゥガン)(パレンバン)のシーハイイェンたち、ジャワのスヒターたちの送別の宴はやらなければならなかった。 サハチは打ち合わせのために首里(すい)に行き、打ち合わせが終…