長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-43.表舞台に出たサグルー(改訂決定稿)

 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのお祭り(うまちー)の五日後、中山王(ちゅうさんおう)の久高島参詣(くだかじまさんけい)が行なわれた。去年の襲撃で懲りたので、徹底的に首里(すい)から与那原(ゆなばる)への道の周辺の山や森を調べて、万全の警護のもと行列は進んだ。
 前回と同じように中山王のお輿(こし)にはヂャンサンフォン(張三豊)が乗って、思紹(ししょう)(中山王)は武将姿で最後尾を進んだ。マチルギも女子(いなぐ)サムレーたちに弓矢を持たせて張り切っていたが、幸いに敵が攻めて来る事もなく、無事に終わった。
 久高島参詣のあと、山南王(さんなんおう)(シタルー)から使者が来て、そろそろ『ハーリー』の準備を始めると言って来た。サハチ(島添大里按司)は島添大里のサムレー大将、慶良間之子(きらまぬしぃ)(サンダー)をハーリー奉行(ぶぎょう)に任命して、配下の百人のサムレーと共にハーリーの準備をするように命じた。中山王の龍舟(りゅうぶに)も作らなければならないので大変だが、見事にやり遂げてくれと送り出した。
 今年は三月が閏月(うるうづき)で二回あるので、ハーリーまでは三か月ある。三か月あれば、立派な龍舟も完成するだろう。その龍舟を漕ぐのもお前たちに任せる。参加するからには優勝しろとサハチは慶良間之子に言った。慶良間之子は任せて下さいと頼もしくうなづいて出掛けて行った。
 久し振りに島添大里グスクの東曲輪(あがりくるわ)の物見櫓(ものみやぐら)に登って眺めを楽しんでいると、御門番(うじょうばん)が来て、兼(かに)グスク按司(ンマムイ)が訪ねて来たと告げた。サハチはここに通すように命じた。しばらくして、ンマムイはやって来た。サハチは手招きしてンマムイを呼んだ。ンマムイは登って来た。
「いい眺めだろう」とサハチは言った。
浦添(うらしい)グスクの物見櫓からの眺めも、いい眺めでした。子供の頃、登ったのはいいのですが、怖くて降りられなくなってしまって、怒られました」
「お前は年中、怒られていたようだな」
 ンマムイは黙った。サハチが見ると何かを考えているようだった。
「そう言われてみればそうですね。怒られても、すぐに忘れてしまうので、気がつきませんでした」
 サハチはンマムイを見ながら笑った。確かに変わっている男だった。
「ナーサと会って来ました」とンマムイは言った。
「喜んでいただろう」
「どうしてわかるのです?」
「世話の焼ける奴ほど可愛いというからな」
 ンマムイは苦笑して、「五年振りでした」と言った。
「遊女屋(じゅりぬやー)の女将(おかみ)として着飾っているせいか、五年前より若返ったように見えました。しかし、あのナーサが遊女屋の女将になったなんて、今もって信じられません。昨夜(ゆうべ)は遊女(じゅり)たちに囲まれて、楽しい思いをしてきました」
「あんな綺麗なかみさんがいるのに、遊女屋に泊まったのか」
「俺の妻を知っているのですか」
 ンマムイは驚いた顔をしてサハチを見た。
「知っているわけではない。去年のハーリーの時、見かけただけだ。山北王(さんほくおう)の妹があんなにも美人だったなんて知らなかったよ」
「初めて会った時、俺も驚きました。妹が山北王に嫁いで、俺が山北王の妹を嫁に迎えると言われた時、俺はいやだと断ったんですよ。好きな娘がいたわけじゃないけど、同盟のための道具にされたくはなかった。祖父(じい)さん(察度)に説得されて、仕方なく嫁に迎えたんです。ヤンバル(琉球北部)から来るので、不細工(ぶさいく)な娘だろうと思っていたら、腰を抜かしてしまうくらいに美しい娘でした。俺はもうマハニ(真羽)に夢中になりましたよ。嫁いで来てから、もう十五年になります。知人もいない遠い地に嫁いで来て、よく頑張っていると思います。いつの日か、里帰りさせてやりたいと思っているのですが、未だに実現しませんよ」
 ンマムイは軽く笑うと、海を眺めた。
 ンマムイの妹二人が今帰仁(なきじん)にいるのだから里帰りはできるだろう。ただ、帰って来られるかどうかは疑問だった。もしかしたら、シタルーはンマムイを今帰仁に送って、山北王と同盟を結ぶかもしれないとサハチはふと思った。山南王と山北王が同盟を結べば挟み撃ちにされる。同盟を阻止するためにも、ンマムイを味方に引き入れた方がいいかもしれない。ただ、ンマムイの本心がつかめなかった。
「お前は何のために生まれて来たんだ、ってナーサに言われました」とンマムイは急にしゃべり始めた。
「子供の頃、兄貴(カニムイ)は中山王を継いで、弟の俺たちは兄貴を助けて、王国を守るんだと言われました。兄貴が羨ましかった。兄貴を助けるのも悪くはないけど、子供ながらも、違った生き方もあるんじゃないかと探していました。宇座(うーじゃ)の牧場に行った時、大叔父(泰期)から若い頃の話を聞いて感激しました。祖父さんと一緒にヤマトゥ(日本)に行って、倭寇(わこう)になって暴れ回っていたと聞いた時は驚きましたよ。俺もそんな生き方をしたいと思いました。二人はヤマトゥから帰って来て、キラマ(慶良間)の島で密かに兵を育てて、浦添(うらしい)グスクを攻め落とします。そして、祖父さんが浦添按司になったあと、大叔父は祖父さんのために、使者として何度も明国(みんこく)に行きます。宇座で馬を育てたのも、祖父さんのためだったのです。大叔父の話を聞いて、兄貴を助けるというのは、こういう事なのかと理解しました。俺も大叔父のようになって、兄貴を助けようとその時は本気で思ったものでした。でも、浦添グスクに戻ると、また、違う生き方もあるんじゃないかと思い始めます。浦添グスクには重苦しい空気が漂っています。その時はどうしてなのかわかりませんでしたが、最近になって、ようやくわかりました。重苦しい空気の原因は祖父さんだったのです。祖父さんは偉大すぎました。誰かが何か失敗すると、必ず、祖父さんならこうしただろうと言います。それは、祖父さんが亡くなったあとでもそうでした。親父は偉大な祖父さんを越えようと必死にもがいていました。兄貴もそうだったのかもしれません。俺は浦添グスクから離れたくて、明国や朝鮮(チョソン)に行っていたのです。祖父さんの影から逃げていたのです。兼グスク按司になって阿波根(あーぐん)グスクに移ってからも、祖父さんの影は付きまとっていました。親父や兄貴のために山南王の様子を探るのが俺の役目だったのです。フラフラしていて落ち着きがないという評判通り、俺はフラフラとあっちこっちに行って、南部の様子を探りました。そして、前回の戦(いくさ)で親父は亡くなり、兄貴も亡くなりました。俺が守るべき人はいなくなったのです。ようやく、自由の身になれたと思ったのに、親兄弟の敵(かたき)を討てと周りの者たちから言われました。祖父さんがそう言う声も聞こえて、敵討ちに縛られるようになりました。去年のハーリーの時、さっさと敵を討って、祖父さんから解放されようと思いました。しかし、敵討ちをやめて、ヂャンサンフォン殿を選びました。その時、何かが変わったのです。考えてみたら、俺は今まで、自分の意志で動いてはいませんでした。明国や朝鮮に行ったのも、ただ、浦添グスクから離れたいと思っただけで、別にどこでもよかったのです。ハーリーの時、俺は無意識のうちに、ヂャンサンフォン殿を選んでいました。その後、祖父さんの声は聞こえなくなりました。俺はやっと、祖父さんから解放されたのです。これから、どんな生き方をしたらいいのか、じっくりと考えてみます」
 ンマムイは話し終わると照れ臭そうに笑った。
「不思議ですね。俺は今まで誰にも本心を語った事はありません。師兄(シージォン)には安心して話せる。何だか、気が楽になりました。それでは失礼します」
 ンマムイは物見櫓の上から飛び降りた。体を丸めて回転すると見事に着地して、手を振ると去って行った。
 サスカサの屋敷から刀を手にしたままサスカサ(島添大里ヌル)が現れ、サグルーの屋敷から刀を持ったマカトゥダルが現れ、佐敷ヌルの屋敷から佐敷ヌルと弓矢を持った女子(いなぐ)サムレーたちが現れた。
「大丈夫ですか」と佐敷ヌルが言った。
 サハチは手を振ると物見櫓から降りた。ンマムイの真似をして飛び降りるのもできない事はないが、怪我でもしたら馬鹿げだった。
「皆、俺の心配をしてくれたのか」とサハチが聞くと、皆はサハチを見つめてうなづいた。
「すまんな。余計な心配をさせて」
「あの人、変わったわ」とサスカサが言った。
「前に見た時は微かだけど殺気があったの。今日、帰る時の姿には殺気が消えていたわ」
「あいつは信じられるのか」とサハチは聞いた。
 サスカサは首を傾げて、「もう少し様子を見た方がいいみたい」と言った。
 サハチはサスカサにうなづいた。
 三月の半ば過ぎ、山南王から婚礼の招待状が届いた。山南王の娘が具志頭(ぐしちゃん)の若按司に嫁ぐという。東方(あがりかた)の按司たちにも招待状が届いたか確認したら、誰にも届いていなかった。タブチ(八重瀬按司)を刺激しないように、同盟を結んでいるサハチだけを招待したようだ。
 サハチは首里(すい)に行って、父の思紹(ししょう)とウニタキ(三星大親)に相談した。
「危険だな」と二人とも言った。
「断りますか」とサハチが言うと、
「断る理由もないからな、代理を出したらどうだ」と思紹が言った。
「代理ですか‥‥‥誰を出しても危険ですよ」
「婚礼には按司たちも招待されているはずじゃ。シタルーとしても下手(へた)な真似はするまい」
「しかし、周り中が全員、敵ですからね。余程、度胸のある者でないと務まらないでしょう」
「サグルーはどうじゃ?」と思紹は言った。
「そろそろ、表舞台に出してもいい頃じゃないのか」
 サグルーは二十歳になっていた。確かに表に出してもいい年頃だった。危険だが、この先、中山王を継ぐ者として、乗り越えなければならない試練かもしれなかった。
 サハチはうなづいて、「サグルーに行ってもらいましょう」と言った。
 その後、絵地図を広げて、サグルーを守るためにウニタキと綿密な計画を立てた。
「ところで、具志頭の若按司とは誰だ?」とサハチはウニタキに聞いた。
 確か、シタルーの弟のヤフス(屋富祖)が具志頭の若按司だったはずだ。ヤフスが島添大里按司になったあと、誰が具志頭の若按司になったのか、サハチは知らなかった。
「具志頭按司の息子が若按司だよ」とウニタキは言った。
「息子がいなくて、ヤフスを娘婿に迎えたんじゃなかったのか」
「先代の山南王(汪英紫(おーえーじ))を恐れて、娘婿を跡継ぎにしたんだよ。先代の山南王もヤフスも亡くなったんで、息子が若按司になったんだ。今はその息子が按司になって、按司の息子が若按司だ」
「去年のハーリーの時、爺さんの具志頭按司がいたが、あの爺さんは亡くなったのか」
「いや、まだ生きている。去年、若按司が明国に行ったんだが、帰って来たら隠居して、若按司按司の座を譲ったんだ」
「確か、あの爺さんは弓矢の名人だったな。倅も名人なのか」
「親父ほどではないが、まあ、できる方だろう」
「それで、ヤフスの奥さんはどうなったんだ?」
「ヤフスが亡くなったあともヤフスが住んでいた屋敷で暮らして二人の子供を育てた。娘は玻名(はな)グスクに嫁いで、息子は武将として按司に仕えている」
「本当なら、その息子が若按司になるはずだったんだろう」
「ヤフスが具志頭按司になっていたら若按司になれたが、ヤフスは島添大里按司として亡くなった。仕方あるまい」
「シタルーとしては具志頭按司を味方に引き入れて、タブチを孤立させるつもりだな」
「タブチは孤立せんだろう。タブチは東方(あがりかた)の一員だ」
「そうだったな。タブチは山南王になる夢は諦めたのかな」
「八重瀬(えーじ)の城下は活気に溢れている。城下の者たちは皆、タブチに感謝している。先の事はわからんが、今は今の状況に満足しているんじゃないのか」
「タブチは今、いくつになったんじゃ?」と思紹が聞いた。
「五十くらいじゃないですか」とウニタキが答えた。
「五十で明国に行ったか‥‥‥わしも行きたくなって来たのう」
 サハチは横目で思紹を見た。マチルギがヤマトゥまで行って来たので、今度は俺の番だと思っているのだろうか。サハチは聞かなかった事にしようと思った。
 ウニタキが去ったあと、思紹は彫刻を彫りながら、「来年、明国に行けんかのう」と言った。
「無理ですよ」とサハチはそっけなく答えた。
「中山王が半年も留守にできるわけがないでしょう」
「ヤマトゥの船が帰ったあとは少し暇になるぞ。五月、いや、四月頃行って、九月頃帰って来れば問題はなかろう」
「その頃に行ったら泉州まで行けませんよ。杭州(ハンジョウ)辺りに行ってしまいます」
杭州に行った方が応天府(おうてんふ)には近いと聞いたぞ」
「それはそうですが、明国が許しませんよ」
「お前、明国の皇帝に会ったんだろう。そのくらいの事は許してくれるに違いない」
「そんなの無理です」
「ヂャンサンフォン殿と一緒に行けば何とかなるじゃろう。どうじゃ、考えてみてくれんか。一度でいいんじゃ。一度、明の国というのを見てみたい」
 朝鮮旅の前に、父親と言い争いをしたくなかったので、サハチはファイチ(懐機)と相談してみますと言って思紹と別れ、島添大里に帰った。
 サハチから山南王の婚礼に代理として行って来いと言われたサグルーは目を丸くして驚いた。
「俺が親父の代理として、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに行くのですか」
「そうだ。お前も二十歳になった。そろそろ、表に出た方がいいと思ってな。山南王とは同盟を結んでいるとはいえ、危険がないとは言い切れない。はっきり言えば、敵地に乗り込むようなものだ。一つの試練だと思って、やってみてくれ」
 サグルーは父親の顔をじっとみつめて、「かしこまりました」とうなづいた。
 サグルーは一度だけ、山南王を見た事があった。あれは佐敷グスクから島添大里グスクに移ったばかりの頃だった。弟のジルムイと一緒に剣術の稽古をしていた時、山南王が父を訪ねて来たのだった。山南王は東曲輪の物見櫓に登って、父と話をして帰って行った。
 サグルーは帰ったあとに山南王だと知らされ、驚いたのを覚えていた。当時、父は山南王を敵として戦をしていて、山南王の弟が守っていた島添大里グスクを奪い取ったのだった。敵である島添大里グスクに、数人の供を連れただけでやって来た山南王は、堂々とグスク内に入って来たのだった。
「敵なのになぜ捕まえなかったの?」とその時、サグルーは父に聞いた。
「山南王とは古い付き合いだからな」と言って、父は笑っただけだった。
 サグルーはあの時の山南王の真似ができるかと自分に問うてみた。今の自分にはとても真似はできなかった。敵地に行くのは恐ろしく、捕まって殺される事も考えられた。
「どうして、親父が行かないのです?」とサグルーは聞いた。
「親父に止められたんだよ。危険だとな」
「その危険な所に俺を行かせるのですか」
「そういう事だ。親父は中山王になって首里グスクから自由に出られなくなった。俺も親父ほどではないが、以前のように自由に動けなくなってしまったんだ。今のお前はまだ自由に動ける。自由に動けるうちに様々な経験をしておく事だ。やがて、俺が中山王になって、お前が世子(せいし)になれば勝手な動きはできなくなるからな。山南王としてもお前をどうこうしようとは考えまい。一応、お前の陰の警護はウニタキに頼んである。立派に代理を務めて来い」
「山南王から、どうして親父が来ないで代理なんだと聞かれたら、どう答えればいいのです」
「朝鮮(チョソン)に使者を送るので忙しいと言っておけ」
「わかりました」
 サグルーは頭を下げると一階にある重臣たちの詰め所に戻った。今のサグルーは按司になるために重臣たちから様々な事を教わっている最中だった。夕方、仕事を切り上げたサグルーは侍女のマーミにヤールーを呼んでくれと頼んだ。
 ヤールーはウニタキの配下だった。サグルーが若按司になった時、ウニタキから命じられて、サグルーの護衛を務めていた。
 サグルーはその時、初めて『三星党(みちぶしとー)』の存在を知った。父がそんな裏の組織を作っていたなんて、まったく知らなかった。そして、三星党のお頭が、旅をしながら地図を作っているという三星大親だったなんて信じられない事だった。三星大親は父と一緒に明国に行った。明国の地図でも作るつもりなのかと思っていたが、父を守るために一緒に行ったのだった。 
 サグルーが十三歳の時、父は島添大里グスクを攻め落として島添大里按司になった。十七歳の時、中山王を倒して首里グスクを奪い取った。子供だったサグルーは凄いなと思っていたが、裏で三星党の活躍があったからこその成功に違いなかった。
 東曲輪に入ったサグルーは屋敷には帰らず、物見櫓に登った。空は一面、どんよりとした雲に覆われて、海の色も暗かった。一雨来そうな空模様だった。
「お祝いの場で騒ぎは起こすまい」とサグルーは一人つぶやいた。
 ヤールーはなかなか現れなかった。今、首里に新しい拠点を作っているので、そこに行っているのかもしれなかった。ヤールーとはヤモリの事である。石垣に登るのが得意なので、そう呼ばれているかと思ったら、親に付けられた名前だと聞いて驚いた。ヤンバルの小さな漁村で生まれ、十三歳の時、先代のサミガー大主(うふぬし)と出会い、キラマの島に行って修行を積んだらしい。
 サグルーが物見櫓から降りようとした時、ヤールーは現れた。
「若按司様(わかあじぬめー)、何か御用でしょうか」とヤールーが下から声を掛けた。
 サグルーは上がって来るように手招きした。
 ヤールーは素早く登って来た。まるで、ヤモリのようだとサグルーは笑った。
「どうかしましたか」とヤールーは聞いた。
 サグルーも背が高い方だが、ヤールーはサグルーよりも高く、体格もよかった。そんな大きな体のくせに驚くほど身が軽かった。
「来月、山南王の娘の婚礼があるのを聞いているか」とサグルーは聞いた。
「聞いております。具志頭の若按司に嫁ぐとか」
「その婚礼に親父の代理として行けと言われたんだ」
「若按司様が行かれるのですか」
 サグルーはうなづいた。
「うーん」とヤールーは唸った。
「危険か」とサグルーは聞いた。
「何とも言えませんなあ。もし、山南王が若按司様のお命を奪った場合、按司様(あじぬめー)はどう出ると思いますか」
「それは当然、山南王を攻めるだろう」
 ヤールーはうなづいた。
「今の兵力では山南王は中山王にはかないません。中山王が総攻撃を掛ければ、山南王は滅びるでしょう。山南王は頭がいい。そんな馬鹿な真似はしないでしょう」
「という事は行っても危険はないのだな?」
 ヤールーは首を振った。
「以前、山南王は兄の八重瀬按司(えーじあじ)と戦った時、八重瀬按司の家族を人質に取って、人質の命と引き替えに島尻大里グスクを奪い取りました」
「俺を人質にとって、首里グスクを奪い取ると言うのか」
「その可能性がないとは言えません。グスク内では手は出しませんが、帰りが危険です」
「人質か‥‥‥もし、俺が人質になったら、親父は首里グスクを山南王に明け渡すだろうか」
 ヤールーは何も言わなかった。
「多分、明け渡さないだろう」とサグルーは言った。
「多分、その時は先手を取って山南王を攻め、若按司様を救い出す事になるでしょう。三星党の出番です」
 サグルーはうなづいて、婚礼に出席するであろう山南の按司たちの事を詳しく聞いた。
 ヤールーと別れ、屋敷に帰って妻のマカトゥダルにも相談した。マカトゥダルは驚き、そんな危険な場所に行かないでくれと言った。どうしても行くというのなら、わたしも一緒に行くと言い出して、サグルーを困らせた。妻に言わなければよかったとサグルーは後悔した。
 閏三月十日、サグルーは婚礼に出席するために島尻大里グスクへ向かった。妻のマカトゥダルと妹のサスカサを連れ、供はヤールーと八人の女子サムレーだけだった。
 島添大里グスクには二十四人の女子サムレーがいて、八人づつ三組に分かれて、交替でグスク内の警護に当たっていた。その日は二番組が非番だったので、隊長のリナーに頼んで、付いて来てもらったのだった。グスクから出る事の少ない女子サムレーたちは喜んで付いて来てくれた。
 サグルーとヤールーはヤマトゥのサムレーが着る直垂(ひたたれ)に烏帽子(えぼし)をかぶり、サスカサは白い鉢巻きを頭に巻いて、白い着物に白い袴を着け、ガーラダマ(勾玉)を首から下げている。マカトゥダルと女子サムレーたちも白い鉢巻きを巻いて、赤い着物に白い袴を着け、全員がお揃いの白柄白鞘(しろつかしろさや)の刀を腰に差して、馬に跨がっていた。先頭を行くヤールーは『三つ巴』の家紋が描かれた旗を誇らしげに持ち、大きな扇子を持ったサスカサが続いて、サグルー夫婦が並んで続き、そのあとを女子サムレーたちが従っていた。一行の姿は目立ち、何だ何だと、人々が見物に現れた。見物人たちに見送られて、サグルーたちは悠々とした態度で島尻大里グスクに向かった。
 死を覚悟したサグルーが考えに考え抜いた奇抜な策だった。女たちを引き連れて、目立つ格好をして行けば、民衆たちの間に噂が広まり、見物人が大勢現れて、山南王としても手出しができないだろうと考えたのだった。
 マカトゥダルから相談されたサスカサは、一緒に行くと言い出してサグルーを困らせた。女を二人も連れて行けるかと思ったが、いっその事、女だけを引き連れて行こうと思い付いたのだった。
 集まって来た見物人の中には三星党の者がいて、知ったかぶって、島添大里の若按司様が奥方様を連れて、山南王の御婚礼にお出かけになるのだ。従うのは若按司様の妹、サスカサヌルと島添大里名物の女子サムレーたちだと教える。それは噂となって、あっという間に各地に広まっていった。
 首里の女子サムレーは久高島参詣に従っているので、庶民たちも知っているが、島添大里の女子サムレーを知っている者は少ない。サスカサは去年、丸太引きのお祭りに島添大里の守護神を務めたが、まだそれほど有名になってはいなかった。一目見ようと興味をそそり、さらに、美人揃いだという尾ひれまで付いて、人々の話題にのぼった。
 サグルーたちが島尻大里グスクに着く頃には、島尻大里の城下の人たちまでが、中山王の孫である若按司夫婦とサスカサヌル、女子サムレーたちを一目見ようと集まって来て、山南王が慌てて警護の兵を増やす有様となっていた。
 サグルー夫婦は山南王に歓迎された。
「そなたたち親子はまったく変わっておるのう。女子のサムレーを引き連れて来るとは恐れいったわ」
 山南王は苦笑しながらそう言った。
 島尻大里グスク内では何事も起こる事なく、花嫁を送り出し、その後の祝宴も無事に終わった。帰る時には、グスクから出て来るサグルーたちを待っていた見物人たちに見送られ、途中の道中も見物人で溢れていた。大勢の見物人に囲まれて、女子サムレーたちは王様になったような気分を味わい、サグルーとマカトゥダルの夫婦とサスカサは一躍、有名人となって島添大里グスクに無事に帰って来た。
 挨拶に来たサグルー夫婦とサスカサを迎えたサハチは、「上出来だ。よくやったぞ」と満足そうに笑った。
「あんたたちの噂は首里にまで届いたのよ」とマチルギは言った。
「あたしは驚いて、すぐに帰って来たわ。まったく、代理にあんたを送り出すなんて、あたしに一言も相談しないんだから。散々、お父さんに文句を言ってやったわ」
「お母さんに言ったら心配すると思って内緒にしていたんだ」
「それにしたって、ミチ(サスカサ)まで一緒に行くなんて、あたしはもう心配で仕方なかったわよ」
「お前たち三人の名は南部に知れ渡った。よくやった。本当に見事だったぞ」とサハチが褒めると、マチルギは目に涙を溜めて三人を見ながら、何度もうなづいていた。
 サハチはサグルーに島尻大里までの道順を指示して、供の兵は二十人以下にしろと命じただけだった。まさか、妻と妹を同伴して、女子サムレー八人だけを連れて行くとは思ってもいなかった。ウニタキから道中の様子を聞いて、「民衆を味方に付けるなんて大したもんだ」と感心していたのだった。
 なお、サグルーたちが腰に差していた白柄白鞘の刀は、マチルギが女子サムレーたちに贈ったヤマトゥのお土産だった。マチルギは博多の一文字屋に百五十振りの白柄白鞘の刀を注文して、帰る時にそれを受け取って琉球まで持って来たのだった。女子サムレー全員がその刀を持っていて、サグルー夫婦とサスカサは女子サムレーから借りていったのだった。

 

 

 

摸造刀(美術刀)白金雲【はくきんうん】 大刀   美術刀剣-模造刀 忍者刀『風魔小太郎』拵え