長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-50.天空の邂逅(改訂決定稿)

 夜が明ける頃まで飲んでいた。最初にウメが酔い潰れて、次にファイチ(懐機)、タケ、ウニタキ(三星大親)と酔い潰れた。サハチ(琉球中山王世子)は何とか頑張っていたが、次第に呂律(ろれつ)が回らなくなり、いつ酔い潰れたのか覚えていない。
 目が覚めたら別の部屋に寝ていて、隣りには高橋殿が眠っていた。お互いに下着姿だった。しかも、その下着はサハチが着ていた下着ではなく、上等な薄い絹でできていた。
 いつ、着替えたのだろうか‥‥‥
 そんな事よりも、高橋殿を抱いたのだろうか‥‥‥
 サハチは何も覚えていなかった。
 枕元に水の入った瓶子(へいし)があったので、茶碗に注いで飲み干した。
「お目覚めですか」と高橋殿が言った。
 振り返ると、恥ずかしそうな顔をした高橋殿が下着の襟を合わせるようにして、サハチを見ていた。
「ここはどこですか」とサハチは聞いた。
「わたしのお部屋です」
「何も覚えていません。わたしは自分でここに来たのでしょうか」
「わたしを送って来てくれたのです。昨夜(ゆうべ)は楽しかったわ。ありがとう。わたしの本当の名前は龍(りゅう)と申します。子供の頃、遙か南の海に龍が棲んでいるという龍宮(りゅうきゅう)という国があると聞いて憧れた事がございます。でも、いつしか忘れておりました。何年か前に博多に琉球の船が来たと聞きましたが、その時は別に興味もわきませんでした。でも、北山殿(きたやまどの)(足利義満)がお亡くなりになって、状況が変わってしまったのです」
 高橋殿はそこで笑うと、「今日は『北山第(きたやまてい)』を御案内いたします。琉球の都造りにお役立て下さい」と言って、部屋から出て行った。
 サハチは高橋殿が言った事を考えていた。
 琉球リュウは龍だったのか‥‥‥
 琉球には龍が棲んでいるのか‥‥‥
 北山殿が亡くなって状況が変わったとは、どういう事なのか‥‥‥
 しばらくして、お女中が顔を出して、行水(ぎょうずい)をする部屋に連れて行かれ、水を浴びてさっぱりした。着替えも用意してあった。新しい下着とヤマトゥ(日本)のサムレー(侍)が着ている直垂(ひたたれ)と烏帽子(えぼし)だった。
 サハチが着替えて出て行くと、お女中が待っていて、最初に案内された客殿に連れて行かれた。廊下はまるで迷路のようになっていて、高橋殿の部屋がどこにあったのか、さっぱりわからなかった。
 客殿ではウニタキとファイチが碁を打っていた。二人とも着替えたとみえて、サハチと同じ格好をしていた。
「いつまで寝ているんだ? もう正午(ひる)に近いぞ」とウニタキがサハチを見て言った。
「何を言っている。先に寝ちまったくせに。俺は明け方まで高橋殿に付き合っていたんだぞ」
「まったく、酒が強いな。ああいうのを『ウワバミ』と言うそうだ」
「ウワバミ?」
「大きな蛇の事らしい。何でも飲み込んでしまうので、大酒飲みの事をウワバミと言うんだそうだ。『対御方(たいのおんかた)』が教えてくれた」
「タイノオンカタ?」
「タケ殿の事だ。タケと言うのは嘘の名前で、本当の名前は典子(のりこ)なんだが、対御方と呼ばれているようだ。高橋殿と同じように北山殿の側室だったらしい」
「お前、タケ殿と一緒だったのか」
「目が覚めたら一緒に寝ていた。何も覚えていないんだ。ファイチもそうだ。目が覚めたら隣りにウメ殿がいたという。ウメというのも嘘の名前で、本当の名前は『平方蓉(ひらかたよう)』と言うんだそうだ」
「俺も何も覚えていないんだ」とサハチは言った。
「本当は偽名のまま一緒に酒を飲んで、それで終わりのはずだったらしい。お前が宴(うたげ)の前に高橋殿に会ったお陰で、予定がすっかり変わったようだ。お前は高橋殿に気に入られたようだな」
「一節切(ひとよぎり)のお陰だ」とサハチは言って、マチルギを思い出した。
 高橋殿が琉球に興味を持ったのはマチルギのお陰だった。そして、一節切をくれたのもマチルギだった。このまま話がうまく行けば、何もかもマチルギのお陰と言ってよかった。
 お女中が用意してくれた食事を食べて、高橋殿、対御方、平方蓉の三人と一緒に、サハチたちは北山第に向かった。特に護衛の者はいなかった。いつも、こんなにも気楽に外に出て行くのだろうかと不思議に思った。
 桜の馬場に沿って北に進むと、立派な門があった。武装した門番に高橋殿が何事かを言うと門が開いた。
 高橋殿の御威光は大したものだと感心しながら、サハチたちは北山第の中に入った。手入れの行き届いた広い庭園の中を進むと、右側に大きな御殿が見えてきた。
「ミカドがいらした時は、あの御殿に御滞在なされました」と高橋殿は言った。
「ミカドとは?」とサハチは聞いた。
天皇の事でございます」
天皇がここにいらしたのですか」
「北山殿がお亡くなりになるすぐ前の事でございました。ミカド(後小松天皇)は大層ここがお気に入りになられて二十日間も御滞在なされました。会所(かいしょ)では道阿弥(どうあみ)の猿楽(さるがく)を御覧になられております」
 高橋殿は笑って、「道阿弥はわたしの父親なのでございますよ」と言った。
「あの舞は親譲りの芸だったのですね?」とサハチが聞くと、
「『天女の舞』と申します」と高橋殿は言った。
 まさしく、天女の舞だとサハチは思った。高橋殿の舞に比べたら、博多で見た天女の舞は、天に昇れない天女たちの舞のように見えた。
「わたしも舞台で舞いたかったのですけれど、父は許してくれませんでした。女には猿楽はできないって言いました。わたしは女だけの猿楽座を作ってやるって言って、父と喧嘩して飛び出したのです。とりあえずは叔母がやっていた傾城屋(けいせいや)(遊女屋)に行って、舞を披露していたんですけど、そこで運命の出会いがあったのです。北山殿と出会って、側室になりました。北山殿も女の猿楽座を作るのは面白いって同意してくれたのですけれど、忙しいお人ですから、結局、未だに実現していません。でも、いつかは作るつもりです。わたしの夢なのですよ」
「きっと、その夢は実現しますよ」とサハチは言った。
 高橋殿はサハチを見つめて笑うとうなづいた。
 それは綺麗な池の中に建っていた。まるで、この世のものとは思えない素晴らしい建物だった。三階建てで、二階と三階が黄金色に輝き、それが池に映っていて、美しさを倍増していた。
「あれが噂の金閣か!」とウニタキが呆然とした顔で金閣を見ながら叫んだ。
 ファイチは言葉も出ないようだった。口を半ば開けてポカンとした顔で金閣を見つめていた。
「あの御殿は北山殿、そのものを現しているのですよ」と高橋殿が言った。
「一階の寝殿(しんでん)造りはお公家さんを現しております。二階の武家造りは武士です。そして、三階は禅宗の寺院造りで、御出家なされた北山殿です。北山殿が公家や武士の上にいるという意味なのでございます。屋根の上にいるのは『鳳凰(ほうおう)』と呼ばれる霊鳥で、天下を治める者のもとに現れると伝えられております」
「まさしく、ヤマトゥの王様ですね」
「ヤマトゥ?」と言って高橋殿は笑った。
「どうして、琉球の人は日本をヤマトゥと呼ぶのでしょう。ヤマトゥと呼ばれていたのは遠い昔の事ですわ」
「さあ?」とサハチは首を傾げてから、「日本だけではありません」と言った。
「明国(みんこく)の人たちを唐人(とーんちゅ)と呼んでいますし、朝鮮(チョソン)の人たちも未だに高麗人(こーれーんちゅ)と呼んでいます」
「人の事をンチュと言うのね。あなたは琉球ンチュね」
 高橋殿は楽しそうに笑った。
「そう言えば、日本でも明国の人たちを唐人(とうじん)と呼んでいるわ。他人(ひと)の事は言えませんね」
 金閣の中には入れないと高橋殿は言った。
「あそこからの眺めは最高なんだけど、入ったら駄目だって言われましたわ。でも、七重の塔は登ってもいいって言われましたの」
「えっ、七重の塔に登れるのですか」とサハチは高橋殿に聞いた。
 高橋殿はうなづき、「でも、疲れるわよ」と笑った。
 サハチはウニタキとファイチを見て、よかったなというようにうなづいた。
 来た道を門の近くまで戻って、石だけでできた奇妙な庭園の中を通って行くと、大きな門があって、そこを抜けると目の前に七重の塔が現れた。塔の左側には大きな寺院が建っていた。
 近くで見上げる七重の塔は圧倒されるほど大きかった。
「凄えなあ」とウニタキが言った。
「凄えとしか言いようがないな」とサハチは言った。
「これを見たら永楽帝(えいらくてい)もたまげるかもしれませんね」とファイチは言った。
「ああ、永楽帝も腰を抜かすかもしれん」とウニタキが言って笑った。
永楽帝って、明国の皇帝の事ですか」と高橋殿が聞いた。
「そうです。明国に行った時、お忍びの永楽帝と会ったのです」
 そう言うと高橋殿は驚いた顔をして、サハチを見て、ファイチを見た。
「もしかして、ファイチ殿は明国の偉いお人なのですか」
「ファイチの父親は有名な道士で、若い頃の永楽帝の師匠だったのです。しかし、政変で殺されてしまいました。ファイチも命を狙われて琉球に逃げて来たのです。二年前に明国に行った時、永楽帝と会う事ができ、ファイチは永楽帝のもとで働く事もできたのですが、琉球を選んでくれました。あなたがわたしたち三人を選んだのは正解でした。ウニタキとファイチはわたしにとって重要な二人なのです」
「そうだったのですか。一緒にいらしたヂャンサンフォン(張三豊)殿というお方は道士のようですが、ファイチ殿と関係があるのですか」
「ヂャンサンフォン殿は有名な道士でもあり、有名な武芸者でもあります。ファイチの師匠で、わたしとウニタキの師匠でもあります」
「そうでしたか。お蓉から父親も知っている有名な道士で、仙人のような人だと聞きましたが、そんなにも有名なお方だったのですね」
「信じられないかもしれませんが、ヂャンサンフォン殿は百六十年も生きている仙人なのです」
「百六十年?」
「生まれたのは明国の前の元(げん)の国ができる前だそうです。百年ほど前に博多に来ていて、十年ほど住んでいたようです。ヤマトゥの言葉もまだ覚えています」
「そんな凄いお方だったのですか」
 高橋殿は驚いた顔をして、対御方と平方蓉を見た。二人も驚いているようだった。
永楽帝はヂャンサンフォン殿に会いたいと言って探しています。その前の洪武帝(こうぶてい)も探していましたが、偉い人に会うのは面倒くさいと言って、わたしたちと一緒に琉球に来たというわけです」
「そうだったのですか」と高橋殿はうなづき、七重の塔を見上げて、「登りましょう」と言った。
 七重の塔の入り口の扉は開いていた。門番の僧侶が愛想笑いをしながら高橋殿を迎えた。高橋殿は、「ご苦労様」と門番に言って、サハチたちを中に入れた。
 中に入って驚いた。中心に驚くべき太さの柱があった。直径が六尺はありそうだ。天井に隙間が空いていて、その柱がずっと上まで続いているように見える。サハチが天井を見上げていると、
「北山殿よ」と高橋殿が言った。
 見ると僧侶を描いた絵が飾ってあった。ヤマトゥの王様はこんな人だったのかとサハチは思いながら、高橋殿を見ならって両手を合わせた。絵の両脇には綺麗な大きな壺が飾ってあった。
 高橋殿のあとに従って階段を登った。一階の天井の上は屋根を支えている柱が複雑に入り組んでいた。二階や三階に部屋はなく、屋根の修理のために回廊には出られるようになっていた。中央の太い柱と複雑な木組みを眺めながら、外壁に沿って作られた階段を登った。五階まで来て、下を覗くとかなりの高さがあった。下を見ると足がすくむので、上を見上げながら階段を登った。
 小太刀(こだち)をやっているという高橋殿と平方蓉が息切れもせずに登って行くのはわかるが、対御方も平気な顔をして登っているのが不思議だった。対御方も武芸の心得があるのだろうか。
 最上階の七階には部屋があった。その部屋は思っていたよりも広かった。中央に太い柱があり、一階と同じような僧侶の絵が飾ってあった。
相国寺(しょうこくじ)の開山の夢窓国師(むそうこくし)殿です」と高橋殿は言った。
 サハチは絵を眺めながら、琉球にもこんな肖像画が必要だなと思った。イーカチに思紹(ししょう)(中山王)の絵を描いてもらって楼閣に飾ろうか。
 夢窓国師の絵の脇に、明国の椅子がいくつか並んでいた。北山殿がお客さんを招待した時に使ったようだ。
 部屋から回廊に出ると、まるで、空の中に立っているようだった。下にいた時は風を感じなかったが、かなりの風があり、塔が揺れているように感じられた。
 京都の街が眼下に広がり、遠くに連なる山々が見えた。金閣の方を見ると、豪華な屋敷がいくつも並んでいる向こう側の広い池の中で、金閣は燦然(さんぜん)と輝いていた。
「もう言葉が出て来ないよ」とウニタキが言った。
 ファイチも感動しているのか、無言のまま下界を見下ろしていた。
「こんなにも高い物を作る事ができるなんて、ヤマトゥの大工は凄い腕を持っているな」
 確かにウニタキの言う通りだった。こんな腕のある大工を琉球に連れて行きたいとサハチは思った。
 高橋殿から、花の御所や天皇の御所などの位置を教わったあと、
「ねえ、あなたの一節切(ひとよぎり)を聞かせて」と高橋殿が言った。
 サハチは刀の代わりに一節切を腰に差していた。刀は北山第に入る時に預けなければならないというので、三人とも持って来てはいなかった。武当拳(ウーダンけん)を習ったお陰で、刀がなくても気にならなかった。
「こんな所で吹く機会は一生に一度だぞ」とウニタキが言った。
 サハチは高橋殿にうなづいて、一節切を吹き始めた。
 流れる調べは、天空にいるためか、昨日の曲よりも神秘的になっていた。サハチは目を閉じて、高橋殿の舞を思い出しながら吹いていた。天女となった高橋殿は空を駆け巡りながら華麗に舞っている。薄い絹の衣は太陽の光を浴びて輝き、しなやかな裸体が透けて見えていた。高橋殿は長い衣をひるがえして空中で何度も旋回した。その姿が龍に変身した。龍になった高橋殿は体をくねらせて京都の上空を飛び回り、やがて、空の彼方へと飛んで行って見えなくなった。
 サハチは一節切を口から離して、目を開けた。高橋殿がサハチをじっと見つめていた。高橋殿が何かを言おうとして口を開きかけた時、「見事じゃ」と誰かが言った。
 高橋殿がびくっとして、部屋の中を覗いた。高橋殿は驚いた顔をして、「坊門(ぼうもん)殿!」と言った。
 サハチも部屋の中を見ると三人のサムレーがいた。二十代の若者と五十代と見える貫禄のあるサムレーが二人だった。階段を登るのに刀が邪魔になったのか、三人とも刀を左手で持っていた。
将軍様と勘解由小路(かでのこうじ)殿(斯波道将)と中条兵庫助(ちゅうじょうひょうごのすけ)殿です」と高橋殿はサハチたちに説明した。
将軍様?」と言って、サハチは改めて若者(足利義持)を見た。あまりにも突然の事で、どう接していいのかわからなかった。
「お忍びじゃ。堅くならずともよい」と将軍様は言った。
「見事な一節切じゃ」と将軍様はサハチを見つめた。
 さわやかな感じの将軍様は、一階に飾ってあった北山殿の風貌とあまり似ていなかった。
「ありがとうございます」とサハチは頭を下げた。
「幽玄なる調べじゃったのう」と勘解由小路殿が言った。
「幽玄なる調べに合わせて舞う高橋殿の舞が見たいものじゃ」と中条兵庫助が笑った。
「それはいい考えじゃ」と将軍様も笑った。
「ところで、わしらを探していたそうじゃのう」と勘解由小路殿がサハチに聞いた。
琉球の話を聞かせてくれんか」と将軍様が言った。
 高橋殿が対御方と平方蓉に指示して、椅子を用意させた。
 将軍様を中央に、勘解由小路殿と中条兵庫助が左右に座り、それに向かい合う形で、サハチを中央にウニタキとファイチが左右に座った。高橋殿たちは脇に控えた。
琉球は明国と交易しているというが、毎年、やっておるのか」と将軍様が興味深そうな目をしてサハチに聞いた。
「毎年、交易をしております。今は一年に一回ですが、やがては、二回、三回と行くつもりでおります」
「進貢船(しんこうせん)というのは年に何回と決められておるのではないのか」
琉球は特別です。制限はございません」
「なぜじゃ?」
永楽帝の許しを得て、琉球が明国の御用商人の務めを果たしております」
「この三人は永楽帝に会っております」と高橋殿が言った。
「わたしもついさっきお聞きして驚きました」
「なに、永楽帝に会っているのか」と勘解由小路殿が驚いた顔をして高橋殿を見ていた。
 高橋殿はうなづいて、ファイチと永楽帝の関係を説明した。
「今回と同じようにお忍びでした」とサハチは言った。
「そうか、永楽帝と直接に話し合ったのなら確かな事じゃな」
 勘解由小路殿がそう言って、将軍様にうなづいた。
琉球は南蛮(なんばん)(東南アジア)とも取り引きをしていると聞いたが、それも誠か」と将軍様が聞いた。
「毎年、旧港(ジゥガン)の船がやって参ります」
「ジゥガン?」
「ジゥガンとは旧港(きゅうこう)の事でございます」と平方蓉が言った。
「旧港と言えば、去年の夏、若狭(わかさ)(福井県)に来た船じゃな」と勘解由小路殿が言った。
「珍しい鳥や獣を献上しておる。十一月に来た台風にやられて、今、船を造っているはずじゃ」
 旧港(パレンバン)の船がヤマトゥに向かったと聞いてはいたが、やはり、本当に来ていたのだった。しかし、若狭とは一体どこだろう。浮島(那覇)の若狭町と関係あるのだろうかとサハチは思っていた。
「ところで、そなたたちがわしらに会いたがっていた理由はなんじゃ?」と勘解由小路殿が言った。
 サハチはウニタキとファイチの顔を見てから、単刀直入に言った。
琉球と日本で、国と国の交易がしたいのです。将軍様琉球中山王(ちゅうざんおう)との交易です」
 勘解由小路殿が将軍様を見た。微かだがニヤッと笑ったような気がした。
「毎年、来られるか」と将軍様が言った。
「来るつもりです」
「よし、その話に乗ろう」と勘解由小路殿が言った。
「ただし、一つ条件がある」
「条件とは?」
「国と国との対等な立場での交易として認めよう。ただし、琉球からの使者たちが将軍様に謁見(えっけん)する時は、上座に座るのは将軍様となるが、それでもよろしいかな」
 サハチはファイチに琉球言葉で相談した。ファイチは朝鮮に行っても同じ扱いを受けるだろうから、それは仕方がないだろうと言った。
「かしこまりました」とサハチは答えた。
 勘解由小路殿はホッとしたような顔で、満足そうにうなづいた。
「今年は下見のつもりで参りましたので、来年からは正式な使者を送る事にいたします」
「頼むぞ」と言って、将軍様は嬉しそうに笑った。
「これは内密な事なんじゃが」と勘解由小路殿が小声で言った。
「見ての通り、この豪華な北山第の普請(ふしん)には莫大な費用が掛かっておるんじゃ。北山殿は明国との交易で取り戻すつもりでいたんじゃが、途中で亡くなられてしまった。明国との交易は続けたいのじゃが、将軍様が北山殿のように、日本国王になるわけにはいかんのじゃ。北山殿が明国の皇帝から日本国王に任命されてからというもの、日本が明国の家臣になってしまったと批判する者たちが大勢いるんじゃよ。我が国は元(げん)の大軍が攻めて来た時も、元の国を見事に追い返している。我が国は神に守られている神国じゃ。神国である我が国が、明国の臣下になるとは情けないと思っている者たちが大勢おるんじゃよ。今、明国の使者が兵庫に来ている。冊封(さくほう)のための使者だったら追い返そうと思っていたんじゃが、弔問(ちょうもん)の使者のようじゃ。あの使者のあとに付いて行って、もう一度、交易をしたら明国との交易はやめるつもりじゃ。将軍家の再建も琉球に掛かっておる。よろしくお願い申すぞ。それと、財政困難のため、返礼の使者はこちらからは送れないが、よろしいかな」
「かしこまりました」とサハチは頭を下げた。
琉球の話を色々と聞きたいが、何かと忙しくてな」と将軍様は笑うと、「頼むぞ」と言って立ち上がった。
 サハチたちも慌てて立ち上がった。
 三人は静かに階段を下りて行った。
 中条兵庫助が振り返って、「あとでそなたの屋敷に顔を出す」と高橋殿に言った。
「お待ち申しております」と高橋殿は将軍様たちを見送って溜め息をつくと、「驚いたわ」と言った。
 その顔はまるで娘のように可愛い顔だった。
「高橋殿が仕組んだんじゃなかったのですか」とウニタキが聞いた。
「あなたたちの事は昨夜のうちに勘解由小路殿には知らせたんだけど、こんなにも早く、将軍様が現れるなんて思ってもいなかったわ。あなたたちは丁度、いい時期に来たのよ。将軍様にとって、まさに天の助けだったのかもしれないわね」
 サハチたちはまた外に出て、景色を眺めた。
将軍様は三人だけで来たのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「いや、十人はいただろう。下で待機している者たちと、上にもいたようだ」
「天井に仕掛けがあるのか」
「そうらしいな。これだけの物を建てた北山殿は、自分の身を守る事に関しても抜かりはないだろう」
「確かにな」
 七重の塔を下りると、偉そうな僧が待っていて、お寺の中に案内され、精進(しょうじん)料理という禅僧の食事を御馳走になった。将軍様の指図だという。
「若いのに気が利くな」とウニタキが言った。
「北山殿に翻弄(ほんろう)されて、苦労してきた御方ですからね」と高橋殿はしみじみと言った。
 サハチたちは心の中で将軍様にお礼を言った。

 

 

 

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