長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

02.馬天浜(最終決定稿)

 サハチルー(佐八郎)は六歳になっていた。
 みんなから『サハチ』と呼ばれて可愛がられ、健やかに育っていた。
 今日、サハチは、去年生まれた弟のマサンルーをおぶった母親に連れられて、馬天浜(ばてぃんはま)にある祖父のサミガー大主(うふぬし)の屋敷に来ていた。四歳になる妹のマシューと一緒だった。
 父のサグルーはサハチが生まれた小屋の隣りに屋敷を建て、サハチはそこで成長した。大きなガジュマルの木の下にあった光る不思議な石は、シチャの大主に言われた通り、サハチの産土神(うぶすながみ)として、小屋の中に大切に祀(まつ)られた。『ツキシル(月代)の石』と名付けられ、あれ以来、光った事はないが、サグルーも母のミチも毎日、その石にサハチの無事を祈っていた。勿論、サハチとマシューも両親の真似をして祈った。
 久高島で剣術の修行を積んだサグルーは、ミチの父の美里之子(んざとぅぬしぃ)に認められた。わずか半年で、信じられないくらい強くなったサグルーに目を見張り、ミチの事を頼んだぞと許してくれた。サグルーはお礼を言い、さらに強くなるために修行に励んだ。今では、美里之子の武術道場で師範代を務めるほどの腕になり、みんなからは『苗代大親(なーしるうふや)』と呼ばれていた。
 苗代大親は今、美里之子と一緒に大(うふ)グスクに詰めている。敵である八重瀬按司(えーじあじ)が、ヤマトゥからの船が出入りする馬天泊(ばてぃんどぅまい)を狙って、攻めて来るかもしれないというので守りを固めていた。
 サハチが生まれた年(一三七二年)の夏、明(みん)(中国)の国から使者がやって来た。浦添按司(うらしいあじ)は明の国と朝貢(ちょうこう)貿易を始め、明の洪武帝(こうぶてい)から『察度(さとぅ)』という名で、琉球中山王(ちゅうざんおう)に任命された。以後、毎年のように明の国から大きな船がやって来て、大量の鉄や陶磁器、織物など、貴重な品々が浦添按司のもとへともたらされた。その貴重な品々を求めて、ヤマトゥからの船も以前より増してやって来ていた。
 その頃の琉球は、大まかに言えば四つに分かれていた。北部は今帰仁(なきじん)按司に従い、中部は浦添按司に従い、南部は二つに分かれ、西部は島尻大里(しまじりうふざとぅ)按司が勢力を持ち、東部は玉グスク按司が勢力を持っていた。
 島尻大里按司は中部の浦添按司と手を結んで、勢力を広げようとしている。対する玉グスク按司は島添大里(しましいうふざとぅ)按司、大(うふ)グスク按司、糸数(いちかじ)按司、垣花(かきぬはな)按司、知念(ちにん)按司と手を結んで対抗している。島尻大里按司の叔父、八重瀬(えーじ)按司は東部を我が物にしようと、八重瀬と糸数の中程に新(あら)グスクを築いて隙を窺っている。今回も、八重瀬按司の兵が新グスクに集結しているとの知らせを、糸数按司から受けた大グスク按司は、守りを固めるために武将たちを招集したのだった。
 八重瀬按司が八重瀬グスクを攻め落として、自ら八重瀬按司を名乗ったのは八年前だった。滅ぼされた八重瀬按司は玉グスク按司と同盟を結び、島尻大里按司に対する最前線を守っていた。八重瀬グスクは八重瀬岳(えーじだき)という険しい山の中腹にある難攻不落のグスクだった。島尻大里按司の東への進出を押さえていたのだったが、八重瀬按司の奸計によって落城してしまった。八重瀬按司はさらに東へと侵攻するため、新グスクを築いた。
 当初、八重瀬按司の目的は宿敵である玉グスク按司を倒す事だったが、時代が変わった。浦添按司が明国との交易を始め、浮島(うきしま)(那覇)にはヤマトゥや南蛮(なんばん)(東南アジア)から船が集まって来ている。これからの世は、良い港を持って海外との交易をしなければ世の中から遅れてしまう。八重瀬グスクには港がない。何としても港が欲しかった。近くで良港と言えば、与那原泊(ゆなばるどぅまい)と馬天泊だった。どちらかを必ず奪い取ってやろうと八重瀬按司はたくらみ、島添大里グスク、あるいは大グスクを狙っていた。
 六歳のサハチはそんな難しい事は知らない。戦支度(いくさじたく)をして父親が馬に乗って出掛けると母親の袖を引っ張り、「お爺のおうちに行こう」と言って、連れて来てもらったのだった。
 お爺の屋敷はいつも賑やかで面白かった。カマンタ(エイ)を解体しているので、ちょっと臭いけど、そんなのは我慢できた。今日はいい天気なので、ウミンチュ(海人)たちは皆、海に出て行っていなかった。それでも離れの屋敷にはいつも、遠くから来たお客さんがいて、面白い話を聞かせてくれた。
 クマヌ(熊野)と呼ばれているヤマトゥの山伏(やまぶし)は、三年前の暮れにヤマトゥからやって来て、島の北から南まで歩き回っていた。ジャランジャランと鳴る錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる杖(つえ)を持ち、腰に頑丈な刀を差し、柿色の衣を着て、頭には兜巾(ときん)と呼ばれる角(つの)のような物を被っている。見るからに異様で、山の中で山伏と初めて出会った、この島の人は山の神ではないかと勘違いするという。この前来た時はいなかったけど、旅から戻って来ていて、サハチの顔を見ると笑いながら、「おう、サハチか。大きくなったのう」と手招きした。
「クマヌさん、今度はどこに行って来たの」とサハチはクマヌのそばに駆け寄ると興味深そうに聞いた。
「浮島に行っていたんじゃよ」とクマヌは目を細めながら言った。
「浮島ってどこ」とサハチは聞いた。
「西の方じゃ。あちこちから来た船がいっぱい泊まっていてな、面白い所じゃよ。ヤマトゥンチュ(日本人)が住んでいる村や唐人(とーんちゅ)が住んでいる村があって、市場では珍しい物が色々と売られている。賑やかな所じゃ。南蛮から来たという者たちもおった。波之上の権現(ごんげん)様でばったり知り合いと出会ってのう。こんな所で会うなんて奇遇じゃと話が弾んでな、奴の所にしばらく厄介(やっかい)になっていたんじゃ。そろそろ帰ろうかと思った時、明(みん)からの船が入って来たんじゃ。まるで祭りのような騒ぎじゃった。偉そうな唐人がぞろぞろと船から降りて来て、輿(こし)に乗って浦添(うらしい)の方に向かって行ったわ」
「ねえ、明のお船って大きいの」
「大きいぞ。わしらが乗って来たヤマトゥの船よりもずっと大きい。わしには船の事はよくわからんが、どうも、ヤマトゥの船とは造りが違うようじゃ」
「見てみたい」とサハチは目を輝かせて言った。
「もう少し大きくなったらな、連れてってやるよ」とクマヌはサハチの肩をたたいた。
 二人の会話はヤマトゥ言葉と島言葉が混じっている。祖父も父も、若い頃にヤマトゥの国に行った事があるので、ヤマトゥ言葉を話す事ができ、ヤマトゥ言葉の字も読む事ができた。サハチはまだ読む事はできないが、自然と話す事はできるようになっていた。
 クマヌの他にはビング(備後)と呼ばれる無口なヤマトゥのサムレー(武士)、ソウゲン(宗玄)と呼ばれる物知りのヤマトゥの禅僧、ヨウケイ(楊渓)と呼ばれる浮島から来た唐人もいた。
 クマヌの話だとビングは槍(やり)の名人で、ヤマトゥにいた頃は戦に出て活躍していたらしい。しかし、負け戦になって家族も失い、琉球に流れて来たという。ビングはここでウミンチュたちに槍を教えていた。槍術はカマンタを採るのにも役立つし、今は戦乱の世で何が起こるかわからない。サミガー大主がヤマトゥとの取り引きで手に入れた財産を狙う悪党がいるかもしれない。身を守る武術はウミンチュにも必要だった。
 ソウゲンは元(げん)の国(明の前の王朝)で修行を積んだ偉い禅僧だとクマヌは教えてくれた。元から明に変わる内乱が続いて、ソウゲンは日本に帰れなくなってしまった。何とか、琉球に行く船に乗り込む事ができ、琉球にやって来た。琉球に来てみると日本から来た船がいくつもあり、いつでも日本に帰れる事がわかって安心した。せっかく来たのだから、琉球の事を知ろうと旅に出て、ここまで来たら、居心地がいいので腰を落ち着けてしまったのだった。
 ヨウケイは島言葉がしゃべれる唐人だった。浮島に長い間、住んでいたのでしゃべれるようになったと本人は言うが、クマヌが思うには、どうも明国から琉球を調べるように遣わされた地位の高い文官ではないかという。ヨウケイは三日前に、ふらりとここにやって来た。半年程前、クマヌは今帰仁(なきじん)の城下でヨウケイを見ている。別に怪しいそぶりがあるわけではない。それでも、旅をしている唐人は珍しいらしい。
 今はこの離れも閑散としているが、ヤマトゥからの船が馬天泊に着くと、乗っていたサムレーや水夫たちが半年近くも滞在しているので賑やかだった。サハチが生まれた時も、彼らはここに滞在していて、みんなから誕生を祝福された。勿論、赤ん坊だったサハチは覚えていない。四歳だった時も、彼らは滞在していて、その時の事はよく覚えている。毎日のように遊びに来て、みんなが帰ってしまう時は寂しくて泣き続けていた。
 仕事場の方にもヤマトゥから来た人たちが何人か働いていて、高麗(こーれー)(朝鮮半島)という国から来たという言葉の通じない人も働いていた。サハチが仕事場の方に行こうとしたら、妹のマシューが呼びに来た。サハチはマシューと一緒に浜辺に向かった。
 白い砂浜がずっと続いている馬天浜は、いつ来ても綺麗だった。
 強い日差しを浴びて、青い海はキラキラと輝いている。その海に浮かんだ小舟(さぶに)に乗って、祖父が笑いながら手を振っていた。
 祖父のサミガー大主はカマンタ捕りの名人で、人喰いフカ(鮫)を倒したとの伝説もあった。ウミンチュたちから尊敬され、恐れられてもいたが、サハチやマシューにとっては優しいお爺だった。
「わーい」と叫びながら、サハチはマシューの手を引いて舟の方に走った。
 三人を乗せた舟は静かな海を気持ちよさそうに沖の方へと進んで行った。