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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

04.島添大里グスク(最終決定稿)

 九歳になったサハチは、遊び仲間と一緒に海に潜っていた。
 佐敷の海は干潟がずっと続いていて、その先が急に深くなっている。サハチたちは深くなるちょっと手前に小舟(さぶに)を浮かべて、海に潜って貝を採って遊んでいた。
 海の中には色々な貝がいた。綺麗なシビグァー(タカラガイ)、螺鈿(らでん)細工に使うヤクゲー(ヤコウガイ)、戦(いくさ)で使うブラ(法螺貝)などはヤマトゥとの交易の商品として大人たちが採っていたが、サハチたちは綺麗な貝や珍しい貝なら何でも採っていた。ただ、猛毒を持つハブガイ(イモガイ)だけは絶対に触ってはいけないと幼い頃から教えられていた。
 遊び仲間はウミンチュ(海人)の倅のサンラーと鮫皮職人の倅のヤタルー、三人とも日に焼けて顔も体も真黒。家が近くて同い年なので、いつも三人で遊んでいた。
 小舟に上がって採った貝を比べながら騒いでいるとヤタルーが、「マシューが呼んでるぞ」とサハチに言って、浜辺の方を指さした。
 サハチが見ると妹が何かを叫びながら手を振っている。そして、浜辺で働いていた人々が何やら慌てて行き来している。
「何かあったのかな」とサンラーが言った。
 サハチたちは着物を身に付けると舟を漕いで浜辺に戻った。
 マシューが駆け寄って来て、「お兄、大変なのよ。戦(いくさ)が始まったのよ」と目を丸くして言った。
「戦だって?」とサハチはサンラーとヤタルーの顔を見た。
「島添大里(しましいうふざとぅ)だ」とヤタルーが言った。
 島添大里按司が先月に亡くなって、その後、長男と次男が家督争いを始めたという噂をサハチも聞いていた。いつか、戦になるかもしれないと父が心配そうに母に話していた。
 父は三日前から大(うふ)グスクに詰めていて、家には帰って来なかった。父が大グスクに詰めるのはいつもの事で、今回も何事もなく帰って来るだろうと思っていた。
 父も戦に参加するのだろうか‥‥‥
 島添大里グスクは馬天浜(ばてぃんはま)の西側の山の上にあり、佐敷から半里(約二キロ)も離れていない。そして、大グスクは島添大里グスクの南、半里ほどの距離にあり、大グスクと佐敷も半里ほどの距離だった。そんな所で戦が始まれば、佐敷にも武器を持った兵が攻めて来るかもしれなかった。
 三人は島添大里グスクの方を見てから、慌てて小舟から降りた。
「みんな、馬天浜(ばてぃんはま)のお爺のおうちに行けって、お母さんが言ってたよ」とマシューが言った。
「俺たちもか」とサンラーが聞いた。
 マシューはうなづいた。
「おうちにいると危険だから、みんな、お爺のおうちに集まるんだって」
 一旦、おうちに帰ると言って、ヤタルーとサンラーは帰って行った。サハチもマシューと一緒に家に帰った。
 相変わらず、家の中は賑やかだった。マシューの下に五歳になる次男のマサンルー、三歳の三男のヤグルー、二歳の次女のマナミーとサハチは五人兄弟の長男になっていた。
 サハチとマシューは弟たちの手を引いて、母親と一緒に馬天浜にある祖父のサミガー大主(うふぬし)の屋敷へと向かった。
 祖父の屋敷には大勢の人たちが集まっていた。年寄りや女、子供たちばかりで、皆、心配顔で庭のあちこちに固まっている。サハチたちは屋敷に上がった。屋敷の中も年寄りや女、子供ばかりで、祖父や叔父たちの姿はなかった。
「お爺やウミンター叔父さんはどこに行ったの」とサハチは叔母のマカマドゥに聞いた。
「みんなを守るために見張りに出掛けたのよ」とマカマドゥは大丈夫というようにうなづいた。
 マカマドゥは父親の妹で、みんなから『馬天(ばてぃん)ヌル』と呼ばれていた。下の妹のマナビーやマチルーはお嫁に行ったのに、マカマドゥがお嫁に行かないのが、サハチには不思議だった。村(しま)でも評判の美人なのにお嫁に行かないで、お祭りの時にはマカマドゥが中心になって執り行なっていた。そんな時のマカマドゥは近寄りがたいほど神々(こうごう)しくて、まるで神様のように見えた。
 母親の言う通りに屋敷の中でじっとしていたサハチだったが、やがて退屈して、こっそりと屋敷から抜け出した。
 庭に出ると、村の人が全員集まって来たかのような人混みだった。サハチはヤタルーとサンラーを捜したけど見つからなかった。離れの屋敷に行ってみると、そこも村人たちが溢れていて、いつもいる旅の人たちは誰もいなかった。作業場も人でいっぱいだった。サハチは裏門に向かった。裏門の所に高い櫓(やぐら)があって、そこに登れば、戦の様子が見られるかもしれないと思った。
 櫓を見上げると弓を持った男が二人いて、島添大里グスクの方を見ていた。一人はカマンタ(エイ)捕りの名人のキラマ、もう一人はヤシルーと呼ばれているヤマトゥから来たサムレー(侍)だった。ヤシルーは弓の名人で、揺れている船の上からでも狙った獲物は必ず射落とすと祖父が言っていたのをサハチは思い出した。
「キラマさん、戦が見えるの」とサハチは櫓の上に声を掛けた。
「おう、サハチか」とキラマの声が返ってきた。
「残念ながら、戦までは見えんよ。だが、何が起こるかわからんからな。こっちに逃げて来る兵がいたら危ないから見張ってるんだよ」
「逃げて来る兵がこっちに来るの」とサハチは聞いた。
「それはわからん。負け戦になれば悲惨だからな。皆、生き延びるために必死になって、どこでも構わず逃げて来る。逃げて来る兵を追って、勝った方の兵もやって来る。そうなったらこの辺りで戦が始まってしまう。そうならないように見張っているんだよ」
「ここは大丈夫なんだね」
「ああ、わしらに任せておけ。必ず、守ってやるからな」
 サハチはうなづいて、その場から離れると家族の待つ屋敷に戻った。
 その夜、祖父の屋敷は篝火(かがりび)を焚いて守りを固めた。男たちは皆、ヤマトゥから仕入れた武器や鎧(よろい)を身に付けて、夜も寝ないで見張りを続けた。山の方を見ると島添大里グスクも篝火に照らされて、一晩中、明るかった。
 次の日もサハチたちは屋敷から出る事を許されなかった。弟たちと遊んでいるのも退屈で、サハチはヤタルーとサンラーを捜し回った。ヤタルーは作業場にいた。サンラーは離れの庭の片隅で、同じウミンチュの倅と竹の棒を持って遊んでいた。サハチとヤタルーも仲間に入って、竹の棒でカマンタを捕る真似をして遊んだ。それに飽きると作業場の屋根に登って、キラマに怒られた。それでも次々に遊びを考えて、日が暮れるまで飽きることなく遊んだ。
 避難している人たちの噂では、島添大里グスクが八重瀬(えーじ)按司に奪われたらしいと言って、首を振りながら嘆いていたが、サハチには何がどうなったのか、よくわからなかった。
 四日目になって、ようやく解放されて、避難していた人たちも皆、家に帰って行った。
 サハチはヤタルーとサンラーを誘って浜辺に向かった。青い海を見たら、今までじっとしていた反動もあって、「わーい」と叫びながら三人は走り出した。
「おい、何だ、あれは」とサンラーが言って指さした。
 遠い波打ち際に何か黒い物が見えた。
「カーミー(亀)だろ」とヤタルーが言った。
 三人はカーミーに向かって走った。
 それは海亀ではなかった。鎧(よろい)を着たサムレーの死体だった。二人のサムレーが無残な姿で転がっていた。潮に洗われて血は流れていないが、首の所を斬られて大きな傷口が開き、顔はふやけて醜く膨らんでいた。
 三人は言葉も出ず、呆然としてサムレーの死体を見つめていた。
「よく見ておけ」と誰かが言った。
 振り返るとサハチの父親が武装したままの姿で馬に乗っていた。その鎧は汚れていて、戦に参加していた事を物語っていた。
「お父‥‥‥」とサハチは呟いた。
「よく見ておけ」と父親はもう一度言った。
「これが負けた者の末路だ。これからもっと戦が増えるだろう。サハチよ、強くなれ。強くならないと島添大里按司のように滅ぼされてしまうぞ」
 父親はそう言って島添大里グスクを見上げ、悔しそうな顔をした。サハチを見て微かに笑い、首を振ると祖父の屋敷の方へと向かって行った。

 

 島添大里按司は古くからこの辺り一帯を支配していた領主だった。島添とは島々を治めるという意味である。山の上にあるグスクの麓(ふもと)には与那原泊(ゆなばるどぅまい)と馬天泊(ばてぃんどぅまい)の二つの良港があり、ヤマトゥとの交易を行なって城下は栄えていた。初代の浦添(うらしい)按司、舜天(しゅんてぃん)の母親は島添大里按司の娘だったと伝えられている。
 百年ほど前、島添大里按司と対抗していた玉グスク按司は大(うふ)グスクと糸数(いちかじ)グスクを築き、次男を大グスク按司に、三男を糸数按司に任命して、島添大里グスクを攻め取ろうとした。玉グスクには良港がなく、交易で栄えている島添大里グスクを狙ったのだった。しかし、難攻不落と言われる島添大里グスクを落とす事は難しかった。ところが、浦添按司が亡くなり、家督争いに勝利した玉グスクの若按司浦添按司になった。牧港(まちなとぅ)と泊(とぅまい)を持つ浦添グスクが手に入ったからには、無理して島添大里グスクを奪う必要はなくなった。玉グスク按司は島添大里按司と同盟を結んだ。七十年ほど前の事である。
 そして三十年前、浦添グスクは察度(さとぅ)に奪われ、島添大里グスクも玉グスクも察度の兵に攻められた。共にグスクを奪われる事はなかったが、島添大里按司は戦死してしまう。島添大里按司には跡継ぎがいなかったので、玉グスク按司は弟を婿(むこ)に送り込んで跡を継がせた。その島添大里按司が亡くなったのが、先月の事だった。跡継ぎは正妻である先代の娘が産んだ次男と決まっていたが、側室の子供とはいえ、長男が継ぐべきだと主張する者が現れ、家督争いが始まった。長男を産んだ側室は糸数按司の妹だった。
 玉グスク按司も正妻の子を支持したため、これでうまく行くかと思われたが、正妻派は側室と長男を捕えて軟禁し、側室派の者たちをグスクから追い出してしまった。それを知った糸数按司は、側室派の者たちと共に島添大里グスクに攻め寄せた。
 糸数按司の兵に囲まれた正妻派は以前から密かによしみを通じていた八重瀬(えーじ)按司に助けを求めた。待ってましたと八重瀬按司は新(あら)グスクの兵を先発隊として島添大里グスクに向かわせた。それを見ていた大グスク按司は、島添大里の家督争いに八重瀬按司を介入させてはならないと出撃した。大グスクの兵と新グスクの兵が目取真(みどぅるま)辺りで対峙している頃、八重瀬からの本隊が島添大里グスクに向かい、包囲している糸数の兵を蹴散らした。
 正妻派の手引きでグスクに入った八重瀬の兵は急に態度を変えて、島添大里の兵を斬りまくり、グスクを奪い取ってしまったのだった。跡継ぎの長男も次男も、その母親たちも殺された。
 グスク内の異変を知った糸数按司はグスクを取り戻そうと奮戦するが敵の武将、内原之子(うちばるぬしぃ)に斬られて戦死してしまう。玉グスク按司も出撃して来たが、すでに手遅れになっていた。
 家に帰ったサハチは父親から戦の状況を聞いた。目取真で睨み合っていた大グスクと新グスクの戦は、小競り合いがあっただけなので戦死者は出なかったが、島添大里ではグスク内にいた者たちは皆殺しにされ、その中には、父と共に武術の修行を積んだ者もいたという。
 古くからの名門だった島添大里按司が、こうも簡単に滅ぼされてしまうなんて信じられんと父は厳しい顔をして何度も言っていた。
 サハチには難しい事はよくわからないが、敵がすぐそばの島添大里グスクにやって来たという事はわかった。浜辺で父が言ったように、強くならなければ、この村も敵に奪い取られてしまう。強くなって、みんなを守らなければならないとサハチは強く心に決めていた。

 

 次男の正妻派と長男の側室派の家督争いの裏には、地元の武将と玉グスクから来た武将の対立があった。
 先代が察度に攻められて戦死した後、まだ十五歳だった婿と一緒に玉グスクから武将も入って来て、何かと命令をし、地元の武将たちは肩身の狭い思いをしていた。先代が健在の頃、島添大里按司が玉グスク按司の下に付くような事はなかった。対等の同盟を結んだはずだった。玉グスク按司浦添按司になった時も対等な立場で接して来た。それが今では玉グスクの配下のような立場になっている。
 玉グスク按司の言いなりになるのは地元の武将たちには我慢がならなかった。かといって、あの時、玉グスクから婿が来なければ島添大里が滅んでいたかもしれないのもわかっている。仕方ないとじっと我慢していたのだったが、地元の武将たちの気持ちを知った八重瀬按司が、うまい事を言って近づいて来たのだった。勿論、本人が直接来たわけではなく、城下にいる鍛冶屋(かんじゃー)を通して連絡して来た。
「いつまでも玉グスク按司の言いなりになっている事はない。按司を追い出して、娘婿を新しい按司にすればいい」と鍛冶屋は八重瀬按司の言葉を伝えた。
 娘婿というのは正妻が産んだ次女の婿で、生え抜きの重臣、与那覇大親(ゆなはうふや)の長男だった。すでに二十五歳になり戦でも活躍していて、軍議にも加わり、後々は若按司の右腕になるだろうと言われている。器としては問題なかった。玉グスクの勢力を排除するにはそれしかないと納得はできるが、実行に移すのは難しかった。
 ちなみに長女は一族を守るためにヌル(ノロ)になっている。島添大里のヌルは『サスカサ』と呼ばれ、古くから有名なヌルだった。戦の後、『サスカサ』は姿を消し、戦死してしまったのではないかと噂されていた。
 地元の武将たちは鍛冶屋の案内で浮島まで出かけ、若狭町の遊女屋(じゅりぬやー)で八重瀬按司と密会して話し合った。そして、その時は、及ばずながら力を貸そうと約束してくれた。二年程前の事であった。
 八重瀬按司の娘は浦添按司の若按司(フニムイ)に嫁いでいるし、次男(シタルー)は浦添按司(察度)の娘を嫁に迎えている。八重瀬按司と手を結べば浦添按司ともつながり、玉グスク按司と糸数按司を敵に回しても勝つ事ができると自信を持った地元の武将たちは、密かに集まっては玉グスクの武将たちを追い出す作戦を練っていた。
 うまい考えも浮かばずに二年が過ぎ、突然、島添大里按司が病死してしまったのだった。そして、家督争いが始まった。地元派の者たちは正妻派に付いた。争いに乗じて玉グスク派の者たちを追い出そうとたくらんだが、玉グスク按司の命令によって、正妻が産んだ次男が家督を継ぐ事に決まってしまった。
 このままでは以前と変わらないと焦った地元派は、思い切った行動に出た。側室と長男を軟禁し、出て行かないと二人を殺すと脅して、側室派の者たちを追い出した。次に正妻と次男を軟禁して、正妻派の者たちも追い出したのだった。見事、作戦は成功して、よそ者はすべて追い出す事ができた。すぐに、八重瀬按司の配下の鍛冶屋を八重瀬按司のもとへ送った。
 八重瀬按司はすでに近くまで来ていたのか、思ったより速くやって来た。ところが、グスク内に入った八重瀬按司の兵は、ほっとしていた地元派の者たちを皆殺しにし、跡継ぎの二人も殺した。地元派が跡継ぎにしようとしていた与那覇大親の長男も殺し、島添大里グスクを奪い取ってしまったのだった。
 正妻派の武将たちが追い出された時、糸数按司の兵によって島添大里グスクは包囲されていた。そこを正妻派の武将たちは武器を振り回しながら突破して行った。糸数按司は敵が攻めて来たと攻撃態勢を固めたが、グスクから出て来た敵は陣を突破すると、そのまま山を下りて行ってしまった。
 さては、玉グスクの兵を呼びに行ったなと察した糸数按司は、挟み撃ちにされる事を恐れて、グスクを包囲している兵を集め、ひとまずは糸数グスクに退却しようとした。糸数グスクの兵が包囲を解いた後、八重瀬按司の兵が攻めて来た。噂では八重瀬按司の兵が糸数按司の兵を蹴散らしてグスクに入ったとなっているが、実際は難なく、グスクに入る事ができたのだった。しかも、搦(から)め手から登って行き、東門から入ったため、糸数按司に気づかれる事もなかった。
 糸数按司が引き上げている時、グスク内で異変が起こった。グスク内の悲鳴は城下まで聞こえて来た。何が起こったのかわからなかったが、グスクのあちこちに旗がひるがえり、その旗が八重瀬按司の旗だとわかると、糸数按司はグスクを取り戻すために総攻撃を掛けた。しかし、敵の反撃は物凄く、石垣に近づく事さえできなかった。
 戦が膠着状態に入った頃、正門が開いて、大男の内原之子が出て来た。糸数按司は内原之子の申し出を受けて、一騎打ちをするが敗れてしまう。大将を失った糸数の兵は、腹いせに城下に火を付けて撤収して行った。