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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

06.大グスク炎上(最終決定稿)

尚巴志伝 第一部

 大戦(うふいくさ)が始まろうとしていた。
 サハチが十四歳になった年の二月の事だった。事の始まりは、大(うふ)グスクに新年の挨拶に訪れた島添大里(しましいうふざとぅ)グスクからの使者だった。
 使者は恒例の挨拶の後、以前のように、島添大里按司(八重瀬(えーじ)按司)にも馬天泊(ばてぃんどぅまい)を使用させてくれと言って来た。以前は島添大里按司も味方だったので、馬天泊は島添大里按司と大グスク按司が共用していた。今は大グスク按司と佐敷按司が共用している。敵である島添大里按司に使用させるわけにはいかないと大グスク按司はきっぱりと断わった。それだけではなく、島添大里按司は佐敷グスクにも使者を送り、馬天泊は勿論の事、領地の保障もするから、同盟を結ぼうと言って来た。佐敷按司は勿論、断わった。その後、島添大里グスクは戦の準備を始めた。
 二年前の夏、島添大里按司の娘、ウミカナが側室として大グスクに入って来た時、従者として付いて来た武将が裏で何かをやっていた。このままでは内情が敵に筒抜けになってしまう。こちらも何か手を打たなければならない。大グスク按司は考えた末に、信頼している部下を付けて、十六歳になる妹を側室として島添大里グスクに送り込んだ。
 島添大里按司は喜んで受け取ったが、妹は島添大里按司の長男のタブチの側室となって、従者と共に八重瀬グスクに行ってしまった。その後も敵の内情を探るべく、あらゆる手段を講じたが、ことごとく失敗に終わった。そして、去年の暮れ、先代の頃から最も頼りにしていた武将、當山大親(とうやまうふや)が亡くなってしまった。葬儀もせずに隠していたのだが、敵に知られ、好機到来とばかりに、正月に無理難題を言って来たのに違いなかった。
 大グスク按司も覚悟を決めた。當山大親の葬儀を執り行なって、家臣たちの気持ちを一つにまとめると、敵に遅れじと戦の準備を始めた。當山大親はサハチの祖父の美里之子(んざとぅぬしぃ)の妻の父親だった。美里之子は亡くなった義父のためにも、島添大里按司を必ず倒すと誓っていた。
 サハチは佐敷グスク内の庭の片隅で、叔父の苗代之子(なーしるぬしぃ)を師匠として剣術の稽古をしていた。まもなく訪れるであろう初陣(ういじん)を飾るために、弓術だけでなく、剣術や棒術の稽古にも励んでいた。叔父の剣は目にも止まらない速さで、さらに身が軽くて、サハチが打ち込んだ剣は簡単にかわされてしまう。まるで、神業のようだった。
 叔父は父と同じく美里之子の弟子だったが、父の弟子でもあり、美里之子の技と父の技を組み合わせ、さらに自ら工夫して新しい技を編み出していた。島添大里グスクにいる強敵、内原之子(うちばるぬしぃ)を倒すため、毎日、山の中に籠もって厳しい修行に励み、その合間にサハチの指導をしていた。
 叔父と木剣で打ち合っている時、突然、叔父が呼ばれて一の曲輪に向かった。やがて、一人で素振りをしていたサハチも呼ばれた。
 石段を登って一の曲輪の大広間に行くと、主だった家臣たちが顔を揃えていた。
「いいか。それでは各自、準備を始めるように」
 父がそう言うと、皆、真剣な顔つきで返事をして立ち上がった。
 出て行く家臣たちと入れ違いに、サハチは大広間に入った。
「おう、来たか」とサハチを見ると父は言った。
 その顔は覚悟を決めた顔つきだった。
「とうとう始まるのですね」とサハチは父の前に座ると聞いた。
 父は厳しい表情のまま、うなづいた。
「とうとう、大戦(うふいくさ)が始まる」
 サハチは身を引き締めて、父の次の言葉を待った。いよいよ初陣の時が来たとサハチは思った。今までの修行の成果を発揮して、戦で活躍できる時が来て嬉しいと思う反面、真剣を持って敵と斬り合うのが恐ろしくもあった。
「お前にはこのグスクを守ってもらう」と父は言った。
「えっ」と思わず言って、サハチは父の顔を見た。
「お前の初陣を楽しみにしていたが、今回は屋比久大親(やびくうふや)と一緒にここを守ってくれ。そんな事は決してないとは思うが、もし、大グスクが負ければ、ここにも敵が攻めて来る。厳重に守りを固めて領内の者たちを守れ」
 少し不満だったが、父の厳しい顔つきを見ると、いやだとは言えなかった。
「かしこまりました」とサハチはうなづいた。
 大広間から出るとクマヌが待っていた。どこかに行っていたのか、最近、姿を見ていなかった。
「ちょっと話があるんだが、いいか」とクマヌは言った。
 サハチはうなづいて、海が見える縁側に誘った。縁側に座って海を眺めながら、「どこに行っていたんです」と聞いた。
按司様(あじぬめー)に命じられてのう、島添大里按司の事を調べていたんじゃよ」
「父上が命じたのですか」
「そうじゃ。敵に勝つにはまず敵をよく知らなければならんからのう。奴がどうやって八重瀬按司になったのかを調べてくれと言われたんじゃ。奴が八重瀬按司になったのは十六年も前の事じゃ。わしが琉球に来る前じゃ。調べるのは難しいと思ったんじゃが、奴を倒すためには必要な事じゃと思って引き受けたんじゃよ」
「十六年前と言えば、俺もまだ生まれていないな」とサハチは笑った。
「それで、何かわかったのですか」
「あの辺りの年寄りに聞いてみても何もわからなかった。わかった事といえば、普通の戦ではなかったという事じゃ」
「どういう事です」
「敵の軍勢が攻めて来て、八重瀬グスクを攻め落としたのではなく、まったく知らないうちに、按司が入れ替わっていたと言うんじゃよ」
「そんな馬鹿な。信じられん」
「わしも信じられなかった。しかし、どうやってそんな事ができたのか知るのは難しかった。その時の戦で、グスクにいた者たちは皆殺しにされて、生きている者はいなかったんじゃ。八重瀬グスクにいる重臣なら知っているとは思うが、近づく手立てはなかった。諦めて帰ろうとした時、グスクから出て来た怪しい奴と出会った。後をつけると奴は村はずれにある鍛冶屋(かんじゃーやー)に入って行った。わしは迷わず、その鍛冶屋を訪ねた。親方らしい男と若い男が三人、何やら話し込んでいた。わしが顔を出しても驚くわけでもなく、歓迎してくれたよ」
「えっ、歓迎してくれたのですか」とサハチは首を傾げながらクマヌを見た。
「驚いた事に、鍛冶屋(かんじゃー)の連中はわしの事を知っておった。考えてみれば、ヤマトゥの山伏の格好は目立ち過ぎたわ。わしがあの辺りで何かをかぎ回っている事は村の連中は皆、知っておった。しかし、わしは一々名乗ってはおらんのに、クマヌという名前まで知っていた。どうして知っているのかと聞いたら、北部にある村の名前を言って、そこの長老から聞いているという。わしは北部に行くと必ず、その村に寄っていたんじゃ。しかし、驚いた。鍛冶屋というのが、皆、つながっていて情報を流し合っていたとはのう。そこの鍛冶屋たちは島添大里按司に雇われて、情報集めをしていたんじゃ。多分、奴らの仲間が大グスクの城下や糸数(いちかじ)の城下、もしかしたら、佐敷にも潜入して、情報を集めているのかもしれん。その事を若按司にも言っておきたかったんじゃよ」
「佐敷にも最近、やって来た鍛冶屋がいます。俺はその鍛冶屋に刀を作ってくれと頼んだんだ」
 クマヌはうなづいた。
「気をつけるがいい。奴が佐敷の情報を島添大里按司に伝えているのかもしれん。明日はわしも出陣する。敵は手ごわい。絶対に勝てるとは限らんからな」
「クマヌも戦に行くのですか」
「これでもヤマトゥにいた頃は、南朝のために戦で暴れ回っていたんじゃよ」
「へえ、そうなんだ‥‥‥俺は今回は留守を守れって言われました」
「親父さんも命懸けなんじゃよ。今回の大戦はどっちが勝つか予想もつかん。もし、負け戦になった時のために、若按司を残す事にしたんじゃ。お前に佐敷を守るように託したんじゃよ」
 サハチはクマヌが言った事を噛みしめていた。今まで勝利を確信していたが、敵は島添大里按司、簡単に勝てる相手ではない事を改めて知らされた。
「それで、父上の頼んだ事はわかったのですか」とサハチは聞いた。
「鍛冶屋の親方が知っていた。もう昔の事じゃし、別に口止めされているわけではないから話してもかまわんじゃろうと言ってな。八重瀬グスクは一人の女子(いなぐ)によって落とされたんじゃった」
「女子?」とサハチは聞いた。
 女子一人でグスクが落ちるなんて信じられなかった。
「絶世の美女だったらしい。島添大里按司はその美女を八重瀬按司の側室にする事に成功した。どんな手を使ったのかは知らんが、八重瀬按司とその美女を会わせる事ができれば、あとは簡単じゃ。絶世の美女を目の前にして手を出さん男はおらんじゃろう。側室としてグスクに入った美女は頃合いを見て、若按司を誘惑する。按司は四十前後、若按司は二十前後だったらしい。父と倅が一人の女を巡って争い始め、そこに島添大里按司が甘い言葉を掛けて若按司を丸め込み、若按司の手引きで、島添大里按司の兵はグスクに潜入して、その後はグスク内の者たちを皆殺しにして奪い取ったというわけじゃ」
「島添大里グスクを奪い取った手と似ている」とサハチは言った。
 クマヌはうなづいた。
「どちらも敵を内部分裂させて、どちらかの手引きでグスクに入っている。この作戦を成功させるには、グスク内で起こっている事を常に知らなくてはならない。その連絡をやっていたのが鍛冶屋の連中たちだ」
「鍛冶屋がグスクに忍び込んだりしているのですか」
「それもあるかもしれんな。ヤマトゥではそういう事をするのはわしら山伏たちじゃが、琉球にはおらんからのう」
「山伏というのはそんな事もしているのか」
「人の入らない険しい山の中で修行を積むのが山伏じゃ。グスクに忍び込むなどわけない事じゃ」
「すると、クマヌは八重瀬グスクにも忍び込んだのですか」
 クマヌは笑った。
「まあ、忍び込んでみたが何もわからなかったというところじゃな。ただ、今の八重瀬按司は親父と違って、美女を使えば簡単に落とせるという事はわかったがのう。まあ、そういうわけじゃ。鍛冶屋には充分に注意してくれ。そして、鍛冶屋を敵にしないで味方にする事ができれば、佐敷のためになるという事も覚えておいてくれ」
「わかりました」とサハチはうなづいた。
「ところで、絶世の美女は殺されたのですか」
 クマヌはサハチの顔を見て、「気になるか」と言って笑った。
「美女は殺されなかったそうじゃ。無事に助け出されて、今は浦添グスクにいるらしい」
「えっ、浦添グスクに」
「島添大里按司の長女は中山王の長男に嫁いだんじゃが、その時、長女の侍女(じじょ)になって、浦添グスクに入ったそうじゃ」
「もしかして、島添大里按司浦添グスクも狙っているのですか」
「そうかもしれんのう」
 戦の準備があると言って、クマヌは帰って行った。
 サハチは日暮れの海を眺めながら、大グスクの勝利を祈っていた。
 翌朝、馬天(ばてぃん)ヌル(叔母)によって出陣の儀式が厳粛に行なわれた。妹のマシューも真剣な顔をして手伝っていた。サハチは父から贈られた新しい鎧(よろい)を身に付け、太刀(たち)を佩(は)き、弓を持って父の隣りに並んで出陣式を見守った。戦勝祈願が終わると法螺貝(ぶら)が鳴り響き、太鼓(てーく)が打ち鳴らされた。
 鎧に身を固めた父は馬にまたがり、家臣たちを引き連れて出陣して行った。叔父の苗代之子も勇ましく出陣して行った。弓の師匠のヤシルーも、山伏のクマヌも鎧を身に付けて出陣して行った。
 残されたのは屋比久大親とサハチ、それと数人の家臣だけだった。サハチは残された者たちを見回して、「これだけでここを守るのか」と屋比久大親に聞いた。
「若按司様(わかあじぬめー)、心配ございません」と屋比久大親は笑った。
「馬天浜から助っ人が参ります」
「お爺の所のウミンチュか」
「さようでございます。トゥジャ(モリ)打ちの名人が多いからのう、下手なサムレーより頼りになる奴らじゃ」
 確かにそうだとサハチも思った。カマンタ捕りの名人、キラマなら立派な武将も勤まるだろう。サハチは安心してうなづいた。
 屋敷に戻って慣れない鎧を脱ぐと、父が置いて行った絵地図を眺めながら、どんな戦になるのか、大将になったつもりで作戦を練った。ヤシルーから教わった兵法(ひょうほう)を思い出しながら、どうやったら勝てるのか、サハチは色々と考えていた。
 昼過ぎから領内の女や子供、年寄りたちが続々と避難して来て、グスクの庭はまるで祭りのような賑わいとなった。祖父も祖母も叔父のウミンターも、ウミンチュの家族たちと一緒に避難して来ていた。ウミンチュたちは武器を持ってグスクの警固にあたり、女たちは母の指示で炊き出しを始めた。
 夜になると篝火(かがりび)を焚いて、ウミンチュたちは交替で警固に当たった。五年前に見た時と同じように、島添大里グスクは篝火に照らされて明るく浮かび上がっていた。ここから大グスクは見えないが、大グスクも篝火に照らされているに違いない。父も叔父の苗代之子も今頃、明日の出撃に備えて大グスクに詰めているのだろうと、弓張月を見上げながらサハチは思っていた。
 その頃、苗代之子は美里之子が率いる隊と共に大グスクにいたが、父は大グスクにはいなかった。月明かりを頼りに兵を率いて大グスクを出ると、島添大里グスクの近くまで進んで森の中に隠れていた。垣花(かきぬはな)按司が率いている援軍の兵も一緒だった。垣花按司は玉グスク按司の弟で、大グスク按司の妻は垣花按司の娘だった。
 島添大里グスクは守りが厳重で、力攻めをしても落とす事は不可能だと悟った大グスク按司は、島添大里按司をグスクの外におびき出して野戦で倒すしかないと判断した。敵を挟み撃ちにするために、佐敷按司と垣花按司の兵を先発させて待機させたのだった。
 次の日、大グスク按司が敵をおびき出すための攻撃を仕掛ける前に、島添大里按司の兵はグスクを出て大グスクに向かって出撃して来た。敵が思う壺(つぼ)にはまったと大グスク按司は勝利を確信して、武将たちに出撃を命じた。
 日は出ているが風の強い日だった。両軍は真境名(まじきな)の原でぶつかった。お互いの兵力は互角と言えた。戦は一騎打ちで始まった。
 島添大里軍からは百戦錬磨の武将、内原之子(うちばるぬしぃ)が得意の大薙刀(なぎなた)を振り回して登場した。怪力の大男で、ギョロッとした目で睨まれただけでも普通の者なら縮み上がってしまう。天下に怖いものなしといった、ふてぶてしい態度だった。
 大グスク軍からはサハチの叔父、苗代之子が三尺余りの太刀を抜いて内原之子の前に現れた。苗代之子はそれほど大柄ではない。二人を見比べれば、まるで大人と子供のように見える。それでも、苗代之子は恐れる事なく堂々としていた。
 内原之子は五年前、糸数(いちかじ)按司を倒した武将だった。苗代之子は内原之子を倒すために、五年間、厳しい修行を積んで来た。すべて、この日のためだった。
 苗代之子を見た内原之子は不敵な笑いを浮かべて、「誰だか知らぬが、いい度胸だ。血祭りにしてやるわ」と低いがよく響く声で言った。
「苗代之子と申す。自分を倒した相手の名を肝に銘じておくがいい」と苗代之子は落ち着いた声で言った。
「何を小癪(こしゃく)な」と内原之子は薙刀を振り回しながら苗代之子に近づいて行った。
 大薙刀が風を切る音が恐ろしく鳴り響いた。
 見ている者たちは、一瞬にして苗代之子の首は飛んでしまうだろうと思った。しかし、その予想ははずれて、苗代之子は以外にも手ごわかった。
 内原之子の薙刀は、苗代之子の素早い動きによって簡単にかわされ、苗代之子の鋭い太刀が反撃している。
 二人の目にも止まらぬ素早い動きを、敵も味方も固唾(かたず)を呑んで見守っていた。
 内原之子の薙刀が横に払われ、苗代之子は体をかわして、それをうまくよけた。
 内原之子の薙刀は、すぐに苗代之子の足を払って来た。
 苗代之子はそれもよけて、上空に飛び上がった。
 上を見上げた内原之子の喉元を、飛び上がったまま苗代之子の太刀が横に払った。
 内原之子の喉が二つに割れて、凄まじい血しぶきが飛び散った。
 血しぶきを飛ばしながら内原之子は大きな地響きを立てて真後ろに倒れ込んだ。
 しばらく、両軍とも呆然として、血しぶきを上げている内原之子を見つめていた。
 やがて、大グスク軍から歓声が上がり、法螺貝が鳴り響き、苗代之子の勝利に乗じて総攻撃が始まった。
 島添大里軍で最強と言われていた内原之子がやられた事によって、島添大里軍は浮足立ち、大グスク軍は攻めまくって有利に戦を展開して行った。そのなかでも、苗代之子の活躍は凄(すさ)まじかった。近寄る敵は皆、急所を斬られて屍(しかばね)を野にさらした。
 ついに、島添大里軍は退却し始めた。
 戦は大グスク按司の作戦通りに行なわれ、あとは敵を挟み撃ちにして壊滅させるだけだった。勝利はほぼ確定していた。
 ところが、その時、「大グスクから煙が上っている」と知らせる者があった。
「何じゃと!」と大グスク按司は振り返って大グスクを見つめた。
 確かに黒い煙が立ち昇り、強い風にあおられて、煙は益々大きくなっていくように見えた。何がどうなっているのかわからないが、大グスクで異変が起きているのは確実だった。
 大グスク按司は側近の外間之子(ふかまぬしぃ)を、様子を探らせるために大グスクに向かわせた。もし、妻と若按司が無事だったら、何とか脱出させるようにと頼んだ。そして、逃げて行く敵を睨み、追撃できない悔しさを噛み締めながら、全軍の撤退を命じた。
 大グスク軍が撤退を始めると、逃げ散ったはずの島添大里軍が勢いよく攻めて来た。動揺している大グスク軍は敵の猛攻に耐えられず、陣を立て直す事が不可能になり、混乱状態に陥ってしまった。さらに、どこに隠れていたのか敵の伏兵(ふくへい)が現れて、大グスク軍は挟み撃ちにされてしまう。
 大グスク軍の完敗だった。もう逃げる事はできなかった。
 大グスク按司は憤怒の形相で、死を覚悟して敵陣に攻め込み、討ち死にして果てた。
 敵を挟み撃ちにするために、待機していた佐敷按司と垣花按司は、いつまで経っても敵が逃げて来ないのでおかしいと思い、偵察隊を送って様子を探らせた。信じられなかったが負け戦になっている事を知り、撤退する事に決めた。しかし、敵の膝元まで来てしまっているため、撤退するのも難しかった。隠れながら撤退していたが、敵に見つかって攻められ、バラバラになって逃げる事になってしまった。幸い、夕方になって大雨が降り出して、敵が引き上げたので、それぞれ、本拠地に帰る事ができた。
 勝利を収めた島添大里按司は雨降る中、大グスクに登った。焼け落ちた建物を眺め、泥だらけの顔をした次男のシタルーを見ると、「うまく行ったな」と満足そうにうなづいた。
 初めての大戦に緊張していたシタルーは、父の言葉でようやく緊張も解け、大きく溜息をつくと力強くうなづいた。
「奴の始末はしたのか」と島添大里按司は聞いた。
「抜かりはありません」とシタルーは答えた。
「ただ、若按司の姿が見当たりません。逃げられたものと思われます」
「若按司か。確か十歳位だったな。生かしておくと後が面倒だ。見つけ出して殺せ」
「はい」とシタルーはうなづいた。
 シタルーは兄のタブチ(八重瀬按司)と一緒に兵を率いて、昨夜のうちから大グスクの近くまで来ていた。内原之子と苗代之子が戦っていた頃、欲に目がくらんで寝返った重臣、小谷大親(うくくうふや)の手引きでグスク内に潜入し、側室のウミカナを保護してから、機を見て放火したのだった。タブチの兵は伏兵として隠れていて、撤退して来た大グスク軍を挟み撃ちにした。
 大グスク按司も島添大里按司も同じような作戦を立てたが、島添大里按司の方が準備周到で、手抜かりがなかったため勝利したといえた。
 大グスク軍と島添大里軍の決戦とは別に、糸数(いちかじ)グスクと新(あら)グスクとの間でも大軍の睨み合いが続いていた。共に敵の援軍を押さえるための出陣だった。糸数グスク軍には糸数按司の兵に加え、玉グスク按司、知念(ちにん)按司の兵が合流し、新グスク軍には島尻大里(しまじりうふざとぅ)按司の援軍と玻名(はな)グスク按司、具志頭(ぐしちゃん)按司の兵が加わり、新グスクの守将であるシタルーは夜のうちに出陣していた。
 共に敵を押さえるのが目的であるため、法螺貝や太鼓は賑やかに吹き鳴らされていたが、激しい戦にはならなかった。大グスクが落城した事を知ると糸数軍は敵を警戒しながら撤退した。新グスク軍も糸数軍を追う事なく撤退して行った。
 佐敷グスクを守っていたサハチは、裏門の所にある見張り櫓(やぐら)に登っては戦の状況を知ろうとしたが、山の向こう側で行なわれている戦を見る事はできなかった。ただ昼近くになって、大グスクの辺りから立ち昇る黒い煙は見る事が出来た。嫌な予感に襲われ、足が速い事で知られるウミンチュのチャンに様子を見て来るように頼んだ。
 半時(はんとき)(一時間)ほどして戻って来たチャンは、大グスクが炎上している事をサハチに告げた。
 サハチは愕然(がくぜん)となった。信じられなかった。
 はっきり言って、今まで負けるなんて考えてもいなかった。凱旋(がいせん)して来る父や叔父を迎える時、グスクを守っていた武将として、何と言って迎えたらいいのかをずっと考えていたのだった。
 呆然(ぼうぜん)としているチャンを見ながら、サハチは我に返って、「この事はしばらく誰にも言うな」と命じた。
「えっ」と驚くチャンに、「負け戦の事はいつかわかってしまうだろうが、今、知らせたら、避難している者たちに余計な心配をさせてしまう。父上から正式な使者が来るまで黙っていてくれ」とサハチは言った。
「わかりました」と言ってチャンは下がって行った。
 サハチは大グスクの炎上を屋比久大親に告げ、グスクの守りを厳重にした。
 戦の状況を知らせる使者は、いつになってもやって来なかった。
 夕方になって大雨が降って来て、庭に避難していた者たちは慌てて仮小屋の下に集まった。雨は暗くなる前にはやみ、グスクのあちこちに篝火が焚かれた。
 サハチは櫓門の上から庭の篝火を眺めながら、最悪の事態を考えていた。父が戦死して、叔父の苗代之子も戦死して、明日には敵の大軍がここに攻め寄せ、ここも落城してしまうのだろうか。皆、敵に殺されてしまうのだろうか‥‥‥
「心配するな」と誰かが言った。
 振り返ると祖父のサミガー大主(うふぬし)が立っていた。
「お爺」とサハチは言った。
「お前の父親は無事に戻って来るじゃろう」
 祖父の姿を見たら、張りつめていた糸が切れたかのように、涙が自然と流れて来た。
 サハチは涙をぬぐうと、「きっと大丈夫だよね」と自分に言い聞かせるように言った。
 その時、急に庭の方が騒がしくなった。
 振り返って庭を見下ろすと、門が開いて泥だらけの兵が何人か入って来た。サハチはそれを見ると櫓門から降り、庭の方に駆け降りた。
 入って来たのは二十人ほどの兵で、その中には父の姿もあった。クマヌもいた。ヤシルーも無事だった。
 サハチは父のもとに駆け寄った。父の顔を見て、グスクの守将として何かを言おうとしたのに、言葉にならなかった。
 父はサハチを見てうなづいたが、何も言わなかった。
 父は屋比久大親に怪我人の治療を命じると、サハチを伴って一の曲輪に向かった。
 着替えた父から戦の様子を聞いた。父にも何が起こったのかわからなかった。やがて、苗代之子が数人の兵と一緒に帰って来た。
 苗代之子の姿を見ると無事でよかったと父は大喜びした。負け戦の原因は、苗代之子が内原之子に一騎打ちで負けてしまったからだと思っていた父は、苗代之子が無事だった事が信じられないと言って喜んでいた。
 苗代之子は内原之子と一騎打ちをするため、父と別れて美里之子の隊に加わっていた。敵の挟み撃ちに遭ったあと、美里之子とはぐれてしまい、近寄る敵を倒しながら何とか逃げる事ができた。美里之子がどうなったのかわからないが、「師匠がやられるはずはない。きっと、戻って来ます」と苗代之子は言った。
「師匠は大丈夫じゃ。必ず、帰って来る」と父もきっぱりと言った。
 サハチは祖父の美里之子の本当の強さを知らなかった。父と叔父の師匠なのだから相当強いに違いない。父や叔父が言うように、絶対に戻って来るだろうと思った。
 苗代之子から戦の様子を聞いて、大体の事はわかった。しかし、どうして大グスクが燃えたのかはわからなかった。
 次の日、グスクの守りを厳重にして敵の攻撃を待ち構えたが、敵が攻めて来る事はなかった。こんな小さなグスクなんか、いつでも落とせると思っているのか、大グスクの残党狩りは続いていても、佐敷の領内に攻めて来る事はなかった。
 戦の全貌がわかったのは三日後になってからだった。サハチの叔母で、大グスクの武将の妻になったマナビーの侍女として大グスクにいたカナが、傷だらけになって佐敷グスクに帰って来たのだった。
 カナは傷だらけにも関わらず、必死になってグスク内の様子を父に告げた。サハチも一緒に聞いていたが、それはあまりにも悲惨なものだった。
 カナの話によると、誰かが「火事だ!」と叫んだかと思うと、強い風にあおられて、火はあっという間に屋敷中に回り、慌てて逃げる者たちを塞ぐように、どこから現れたのか敵兵が大勢いて、皆、斬られてしまったという。マナビーも二人の子供も斬られ、自分も斬られそうになった時、風にあおられた火の粉が敵を襲ったので、何とか助かった。その後はどうやって逃げたのか覚えていない。マナビーの死を知らせなければならないと必死になって逃げて来たと言う。
 マナビーは馬天ヌルのすぐ下の妹だった。サハチが三歳の時に嫁に行ってしまったので、佐敷にいた頃の事は知らないが、祖父のサミガー大主と一緒に、大グスクの城下にある屋敷を何回か訪ねた事があった。すっかり、サムレーの奥さんになっていて、何となく、近寄りがたいような感じがしたのをサハチは覚えといるだけだった。それでも、身内が突然、亡くなってしまったというのは大きな衝撃だった。
 叔母の死を聞いて、サハチは叔母と同じ名前の大グスク按司の娘のマナビーを思い出した。サハチよりも一つ年上で、大グスクに行った時、よく一緒に遊んでいた。サハチとマシュー、マナビーと若按司の四人で、棒きれを振り回して遊んだものだった。マシューと同じように、ヌルになるための修行をしていた。マナビーも若按司も死んでしまったに違いない。十代で死んでしまうなんて可哀想すぎた。
 カナは任務を果たすと気を失った。手厚い看護の末、カナは全快に向かったが、主人を死なせてしまい自分だけが生き延びた事で、後悔の念にさいなまれていた。
 その後、カナのように傷だらけになって戻って来た者が何人かいた。母方の祖父、美里之子とヤマトゥのサムレーのビング、それと十数人の兵が帰って来る事はなかった。