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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

11.奥間(最終決定稿)

尚巴志伝 第一部

 今帰仁(なきじん)グスクから羽地(はにじ)まで戻って、郡島(こおりじま)(屋我地島)を左に見ながら海岸沿いを進んだ。
 小高い丘の上に羽地グスクがあり、近くには仲尾泊(なこーどぅまい)(寒汀那港)があって、ヤマトゥから来たらしい船が二隻と地元の船が数隻浮かんでいた。
「今の今帰仁按司の本拠地がここじゃった」とクマヌが説明した。
「どうやって今帰仁グスクを攻め取ったのかは知らんが、今帰仁按司がここにいた頃は、この港も栄えていたのかもしれんのう。今は今帰仁按司の弟が羽地按司になっているらしい。ここは羽地内海(ないかい)と言って、台風が来た時、親泊(うやどぅまい)にいる船は皆、ここに避難して来るようじゃ」
 サハチは羽地内海を見渡しながら、ここなら何隻もの大型の船が避難できるだろうと思った。そして、羽地グスクの方を見て、あまり大きいとは思えないグスクを持った羽地按司が、あの今帰仁グスクを攻め落としたなんて信じられなかった。察度のように奇策を使ったのだろうか。サハチは視線を海の方に戻して、港の先にある郡島を見た。
「クマヌはあの島に行った事があるの」とサハチは聞いた。
「いや」とクマヌは首を振った。
「羽地按司が察度のように、あの島に兵を隠していたと思ったのか」とヒューガが聞いた。
 サハチはうなづいた。
今帰仁グスクを落とすには、かなりの兵が必要です」
「うーむ」とクマヌは郡島を眺めながら、「それは充分に考えられるな」と言った。
「しかし、兵を養うとなるとかなりの軍資金がいる。羽地按司にそれだけの力があったのですか」とサイムンタルーがクマヌに聞いた。
「ミヌキチから聞いた話じゃが、今帰仁グスクを奪った羽地按司というのは、先々代の娘婿で、先々代が最も信頼していた武将だったらしい。それなりの軍資金は持っていたじゃろう。それに、ここは北部一の米所(こめどころ)じゃからのう」
今帰仁按司は信頼していた部下に裏切られたのか」
 そう言ってサイムンタルーは険しい表情で首を振った。
「先々代が亡くなった後、跡を継いだ若按司がその器ではなかったようじゃな。うるさい事を言う父親の側近たちを遠ざけて、自分の言う事を聞く者たちを身近に置いたようじゃ。羽地按司も遠ざけられて、今帰仁グスクからここに引き上げて来た。ミヌキチもその時、嫌な予感がしたらしいが、羽地按司の行動は素早かった。その夜のうちに、今帰仁グスクを攻めて、奪い取ってしまったようじゃ」
「という事はあらかじめ準備をしておいたという事だな」と言って、ヒューガが郡島の方を見た。
「多分な」とクマヌはうなづいた。
「遠ざけられた者たちの兵をあの島に隠しておいて、一斉に攻めたのかもしれん」
 サハチも郡島を見つめていた。あの島から運天泊(うんてぃんどぅまい)に上陸して、今帰仁グスクを攻めたのに違いないと思った。
「ただ、あのグスクは大軍で攻めたとしても簡単に落ちるグスクではない。グスク内に内通した者がいたに違いない」とクマヌは言った。
 仲尾泊を後にして、しばらくは海岸の砂浜をのんびりと進んだ。やがて、岩が海にせり出して来て進めなくなり、山の中へと迂回した。山の中の細い道を通ったり、海辺を通ったりの繰り返しだった。塩屋湾に出ると、その道もなくなった。
「ここは泳いで渡らなければならん」とクマヌが対岸を見ながら言った。
 湾の入り口に島があるので、泳いで渡れない事もないが、今の時期、水温は低いし、潮の流れもわからなかった。皆が心配そうな顔で対岸を見ていると、「冗談じゃよ」とクマヌは笑った。
 近くの集落まで行き、ウミンチュに頼んで小舟(さぶに)で湾を渡った。
 クマヌはお礼に、山で採った薬草を渡していた。サハチたちにはわからないが、山の中には薬草がかなりあって、クマヌは見つけると、これは何に効くと言っては採っていた。
 塩屋湾を渡った後、海岸沿いを北へと進んだが、また山の中に入った。山の中には、今まで見た事もない太くて大きな木が何本もあった。こういう木をくりぬいて、小舟を造るのかと巨大な木を見上げながら思った。
 山の中に集落があり、その集落を見下ろす山の上に国頭(くんじゃん)グスクがあった。石垣のない山城だった。国頭按司今帰仁按司の一族で、ヤマトゥや明との取り引きに使われる赤木や黒木(くるち)(黒檀(こくたん))が、ここから親泊に運ばれて行くという。
 さらに山の中の細い道を上り下りして、何本かの川を越えて、日が暮れる頃に着いた所は、奥間(うくま)という集落だった。山に囲まれた村だが平地もあり、そこは田んぼになっているようだった。
「ここは古い村じゃ」とクマヌは言った。
「言い伝えでは今帰仁にグスクができる前から、ヤマトゥから来た人々が暮らしていたらしい」
「どうしてこんな辺鄙(へんぴ)な所に、ヤマトゥンチュが住み着いたのですか」とサハチは不思議に思ってクマヌに聞いた。
「豊富な木があるからじゃよ」とクマヌは山々を眺めながら言った。
「もしかしたら、ここは木地屋(きじや)の村か」とヒューガが聞いた。
 木地屋というのは木を使ってお椀や農具の柄、小舟を漕ぐためのエーク(櫂)などを作る職人で、大木をくり抜いて小舟を作る舟大工もいた。
「そうとも言えるが、ちょっと違うな」とクマヌは言った。
「ここは鍛冶屋(かんじゃー)の村なんじゃよ。各地にいる鍛冶屋の先祖をたどれば皆、ここにつながるというわけじゃ。こことは関係なく、ヤマトゥから来た鍛冶屋もいるが、この村に挨拶をしなければ仕事はできん」
「どうしてです」
「そういう決まりになっているようじゃ」
 鍛冶屋と聞いて、サハチは以前、クマヌが話した事を思い出していた。大グスクが落城した合戦の前、島添大里(しましいうふざとぅ)按司が鍛冶屋を使って敵の情報を集めているから気を付けろと言われた。八重瀬(えーじ)グスクの城下にも島添大里按司の配下らしい鍛冶屋がいる。島添大里按司とこの村が関係あるのだろうかとサハチは警戒した。
 鍛冶屋の長老、奥間大主(うくまうふぬし)は村の奥まった所に建つ立派な屋敷に住んでいた。すでに、サハチたちが来る事を知っていて、村人たちが長老の屋敷に集まり、サハチたちを歓迎してくれた。
 何が何だかわからないうちに、サハチたちは座敷に案内されて歓迎の宴(うたげ)が始まった。
「久し振りじゃのう。しばらく顔を見せんからヤマトゥに帰ったのかと思ったぞ」と長老がしわがれた声でクマヌに言った。
 長老は白い髭を伸ばした仙人のような人だった。目を細めて笑っているが、時々、鋭い目付きをする事があり、何となく、近寄りがたい感じがした。
「わしも色々とあって、なかなか、ここまでは来られなかったんじゃ。今日は客人を連れて参った。よろしくお頼み申す」
今帰仁から知らせをもらった。そなたたちが来るのを楽しみに待っておったんじゃ。姉上の許しも得たし、皆、大歓迎じゃ。ゆっくりしていってくれ」
 姉上というのは、この席に顔を見せていないが、先ほど庭にいた白髪の老婆のようだった。その老婆がサハチたちを一人づつ、じっと見つめてから、大丈夫というようにうなづいたのをサハチは気づいていた。その老婆はヌル(ノロ)で、彼女の許しがないと歓迎されないようだった。
 クマヌがサハチたちを皆に紹介した。サハチは佐敷の若按司と紹介された。本当の事を告げた所をみると、ここは敵ではないらしいとサハチは安心した。
 長老もこの場にいる八人を紹介した。鍛冶屋の親方のヤザイム、炭焼きの親方のマグザ、研ぎ師の親方のキチョー、杣人(そまびと)の親方のシケジ、木地屋の親方のユルク、皮多(かわた)の親方のグンタ、猟師の親方のイスケ、ウミンチュの親方のシチルーと皆、一癖ありそうな面構えだった。
 鍛冶屋は鉄を鍛錬して刀や包丁、農具などを作る職人で、炭焼きは鍛冶に使う炭を作る職人、研ぎ師は鍛冶屋が作った刃物を研ぎ、杣人は山の木を切って炭焼きや木地屋に渡し、皮多は猟師が獲った動物の皮をはいで、なめし革を作る職人だった。猟師は弓矢や罠(わな)を仕掛けて山の獲物を捕り、ウミンチュは魚を捕ったり、職人たちが作った物を船で輸送するのも仕事だった。
 挨拶が済むと若い女たちが料理を運んで来た。山の幸や海の幸の御馳走が次々と運ばれ、村で造ったという濁り酒も出された。料理が運び終わると女たちはそのまま残って宴に加わった。
 サハチの前には、フジという名の可愛い娘がちょこんと座って、お酌をしながら、しきりに話しかけてきた。南部とは言葉が違って、時々、意味のわからない言葉があったが、手振りや身振りで何とか理解する事ができた。サハチも手振りや身振りを使って、故郷の佐敷の話や旅の話をフジに聞かせた。フジは興味深そうに話を聞きながら、あたしも行ってみたいと言った。当然の事だが、フジはこの村から出た事はなかった。
 ヒューガとサイムンタルーを見ると、二人も身振り手振りで楽しそうに話をしていた。クマヌは身振り手振りはしていない。三十歳くらいの色白の美人を相手に、まるで、仲のいい夫婦のように話をしながら時々、笑い合っていた
 親方たちは用があるのか一人、二人と消え、やがて、長老もいなくなった。それぞれの相手をしている女たちだけが残り、妙な雰囲気になって来たとサハチは感じていた。次には女たちも消え、武器を持った親方たちに囲まれて、捕まってしまうのではないかと不安になって来た。
「みんな、どこに行ったのです」とヒューガがクマヌに聞いた。
 ヒューガも異様な雰囲気に気づいたらしい。
「気にするな」とクマヌは手を振った。
「気を利かせただけじゃ。心配はいらん」
「気を利かす?」とヒューガはわけがわからないという顔をして、部屋の中を見回した。
 クマヌは笑った。
「大丈夫じゃ。わしも初めてここに来て歓迎された後、皆がいなくなり、アサと二人だけになって不安になったが、何も起こらなかった。目の前にいる娘が一夜妻(いちやづま)じゃよ」
「なんと」とヒューガは目の前にいるシホという娘を見つめた。
 シホは笑ってうなづいた。
「新しい血が欲しいんじゃよ。古くから村の者同士で縁組を続けて来た。時々、新しい血を入れなければならんのじゃ。わしらは選ばれたんじゃ。そして、娘たちも選ばれたんじゃよ。アサはわしが初めてここに来てから、ずっとわしの一夜妻じゃ。出会った時は十八じゃった。今では夫もいるが、わしがここに来るとわしの妻となるんじゃよ。子供が五人いて、その中にわしの子も二人おるんじゃ」
 アサは恥ずかしそうな顔をして、クマヌの話を聞いていた。
「ここは敵ではないのですね」とサハチは聞いた。
「この村はどこの支配下でもない。誰の支配も受けず、職人集団として独立している。三百年も前からじゃ。しかし、山北王(さんほくおう)となった今帰仁按司が、ヤンバル一帯を支配下にしようとたくらんでいる。村を守るためには、その支配下に入らざるを得なくなるかもしれん。ただ、中山王の察度の祖父(じい)さんはここの出身なんじゃよ。察度のお蔭で、ここに大量の鉄が送り込まれて来て仕事が増え、村は豊かになった。山北王の支配下に入ってしまうと察度とのつながりが切れてしまう。難しい所じゃな」
「中山王とこの村がつながりがあるのですか」とサイムンタルーが驚いた顔をして聞いた。
「わしも初めてここに来た時に、その話を聞いて驚いたんじゃが、長老の祖父(じい)さんの弟が村を出て、浦添(うらしぃ)按司に仕えたそうじゃ。鍛冶屋ではなく武将として仕えたらしい。奥間之子(うくまぬしぃ)と呼ばれ、その子が察度の父親の奥間大親(うくまうふや)じゃ。察度が浦添按司を倒した時には、村の者たちも察度のために活躍したらしい」
「この村の者たちも戦に参加したのですか」とサハチは聞いた。
「戦に参加したと言っても、兵として戦ったわけではない。村の者たちは鍛冶屋や木地屋、研ぎ師として各地にいるんじゃ。その者たちが敵の動きを探って、察度に知らせていたんじゃよ。戦に勝つには敵の動きをよく知らなければならんからな」
「島添大里按司が使っている鍛冶屋も、こことつながりがあるのですか」
「勿論、つながっている。島添大里按司は八重瀬グスクを落とした時、重要な情報を持って来た鍛冶屋を家臣に取り立てている。そいつの配下の者たちが各地に散って、情報を集めているようじゃ。お前も将来のために、この村の者たちと親しくなっておいた方がいい。まずはフジと親しくなる事じゃな」
 サハチはフジを見た。フジはサハチを見ながら可愛く笑って頭を下げた。サハチは照れ隠しに酒を口に運んだ。
 クマヌの話を聞いて皆、安心して酒を飲み始め、目の前にいる女との会話を再開した。夜が更けると、それぞれ女の家へと連れて行かれた。
 フジの家は村の中程にあり、父親は研ぎ師で、今、浦添にいるという。サハチは離れの部屋に案内されて、滞在中はここが自分の家だと思ってくれと言われた。
 父親が研ぎ師だと聞いて、サハチは今帰仁のミヌキチの事を聞いてみた。フジは知っていた。
 ミヌキチは腕のいい研ぎ師で、父親もミヌキチから技術を教わったという。今帰仁で戦があった時、ミヌキチの屋敷は焼かれ、殺されそうになった所をこの村の者に助けられた。この村に連れて来られ、妻と二人の子供と一緒にここで暮らした。ここで次男が生まれ、三年後に今帰仁に戻って行った。その頃、フジは生まれていなかったが、ミヌキチの話は父から何度も聞いているという。
「サハチさんたちがここに来る事を知らせてくれたのもミヌキチさんなんです。それで、村の者たちは歓迎の準備をして待っていたのです」
 その夜、サハチはクマヌに言われたように、フジと親しくなった。マチルギの事が思い出されたが、こうなったら、成り行きに任せるしかないと自分に言い聞かせた。
 次の日、フジに連れられて、サハチは山の中にある広場に連れて行かれた。クマヌもヒューガもサイムンタルーも女と一緒に来ていて、十数人の村の若者たちも集まっていた。長老もいて、ヒューガは若者たちに武術を指導してくれと頼まれた。ヒューガは喜んで引き受けた。
 腕自慢の若者が六尺棒を持って、ヒューガの相手をしたが簡単にあしらわれた。ヒューガの実力を知った若者たちは素直にヒューガの指導に従った。サハチとサイムンタルーもヒューガを手伝って、若者たちの稽古に付き合った。クマヌはどこに行ったのか、いつの間にかいなくなっていた。
 サハチは今度会う時、マチルギに負けないように自分の稽古にも励んだ。
 サイムンタルーはヒューガに言われて、サハチと模範試合をした時、サハチの実力を知って唖然(あぜん)となった。
 今まで、サハチの腕なんて大した事ないと思っていた。伊波(いーふぁ)にいた時、娘相手に必死になっているサハチの姿を笑いながら見ていた。しかし、サハチの強さは並大抵ではなかった。自分と互角の腕を持っていた。という事はあの娘とも互角という事になる。サハチの強さを知ったと同時に、あの娘がそれ程の腕を持っていたなんて信じられなかった。サイムンタルーはサハチに負けてはいられないと改めて剣術の修行に励んだ。
 次の日には前日の倍近くの若者たちが集まって来た。ヒューガの強さが予想以上だったため、日を追ってその数は増えて行った。近いうちに今帰仁の兵が攻めて来るかもしれないと言って、若者たちは村を守るために必死になって稽古に励んだ。
 サハチとサイムンタルーは師範代としてヒューガを助けて、毎日、大忙しだった。