長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

17.対馬島(改訂決定稿)

 対馬(つしま)は山ばかりの島だった。
 南北に細長い大きな島で、サンルーザ(早田三郎左衛門)の村は島の西側、中程にある大きな湾の入り口辺りにあった。
 『浅海湾(あそうわん)』と呼ばれるその湾は、奥が深くて複雑な地形で、山々が湾内に細長くせり出して、小さな島がいくつもあった。まさしく、『倭寇(わこう)の巣窟(そうくつ)』と呼ばれるのにふさわしい場所だった。船が隠れる場所がいくらでもあり、もし、敵が攻めて来たとしても、迷っているうちにやられてしまうだろう。琉球にはない不思議な地形を、サハチ(佐敷若按司)は凄い所だと思いながら眺めていた。
 サンルーザが住む村の前の港には船がいくつも泊まっていた。琉球に行った二隻の他にも、大きな船が二隻と一回り小さい船が五隻あって、小舟は数え切れない程あった。
 博多に二十日余り滞在したサハチたちは、『一文字屋』の船で壱岐島(いきのしま)に戻り、藤五郎(サンルーザの娘婿)の船に乗って対馬に着いた。
 藤五郎の船には、博多で手に入れた米を初めとした食糧がたっぷりと積まれてあった。船が近づくと小舟に乗った村人たちが大勢集まって来て、船に積んである荷物を小舟に下ろして陸揚げした。皆、食糧の到着を待っていたらしく、嬉しそうな顔をして荷物を運んでいた。勿論、サハチとヒューガ(三好日向)も手伝った。
 『土寄浦(つちよりうら)』というその村は、海と山に挟まれた狭い土地に、びっしりと家々が建て込んでいた。サンルーザの屋敷は山に面した奥の方にあり、石垣に囲まれた大きな屋敷だった。その夜はサンルーザが歓迎の宴(うたげ)を開いてくれて、家族たちを紹介してくれた。
 サンルーザには子供が十人もいて、長男は次郎左衛門といい、今、高麗(こうらい)の国(朝鮮半島)に住んでいる。長男だと思っていたサイムンタルー(左衛門太郎)は次男で、妻の実家の跡を継ぐ事になって、早田(そうだ)ではなく中尾という姓を名乗っているという。義父の中尾弾正(だんじょう)は四年前に、嫡男と共に高麗で戦死していた。
 次郎左衛門とサイムンタルーの間に長女がいて、藤五郎の妻になっている。サイムンタルーの下に次女がいて、この村より少し奥に入った黒瀬浦という村に嫁いでいる。嫁ぎ先はサンルーザと同じ水軍の大将らしい。その下に三男の左衛門次郎がいて、浅海湾の奥の方にある和田浦にいる。和田浦はサンルーザのもう一つの拠点で、弟の兵衛左衛門(ひょうえざえもん)もいる。その下が四男の左衛門三郎で、左衛門三郎はサンルーザの屋敷に住んでいた。三女はサンルーザの重臣のクルシ(黒瀬)の息子に去年嫁いで、その下は五男の新五郎、四女のサキ、六男の新六郎で、皆、サンルーザの屋敷に住んでいた。
 五島列島福江島にいた備前守(びぜんのかみ)の上に、隣り村に住んでいる丹後守(たんごのかみ)というサンルーザの弟がいて、サハチの来島を歓迎してくれた。丹後守はサハチの父をよく知っていて、父は元気でやっているかと色々と聞かれた。そして、父がこの島で何をしていたのか教えてくれた。父は備前守の下の弟の五郎左衛門と仲がよくて、いつも一緒にいたらしい。剣術の稽古をしたり、書物を読んだり、時には村の娘たちとも遊んでいた。五郎左衛門は今、サイムンタルーの兄と一緒に高麗にいるという。
 その夜はサンルーザの屋敷に泊めてもらった。次の日は、ヒューガが琉球に行く前に滞在していた家が空き家のままだったので、ヒューガと一緒にそちらに移った。ヒューガは前回と同じように、若い者たちに武術の指導をしてくれと頼まれて、サハチも自分の修行をしながら手伝う事になった。その家は小さな家だったが、二人で暮らすには充分だった。狭い庭にはアジサイの花が綺麗に咲いていた。
 ヒューガが会いたいと言っていた女の人は、サワという名前のおとなしそうな綺麗な人だった。おとなしそうな女だと思ったのは初対面の時だけで、実際はまるで違った。男のような性格で、小舟に乗ってどこにでも行くし、怠けている者がいれば、ずけずけと文句を言う、たくましい女だった。サワにはスズという九歳の娘と三太郎という七歳の息子がいた。スズが三太郎の面倒をよく見てくれるので、サワは助かっているという。サワは当然の事のように、ヒューガとサハチの食事の世話をしてくれた。
 対馬でのサハチの生活は、ヒューガの助手として若い者たちの武術指導だった。村はずれにある広場で、毎日、汗を流していた。対馬に来た頃から梅雨が上がって、暑い夏になっていたが、琉球の夏と比べたら、ずっと過ごしやすかった。日が暮れれば涼しくなって、暑くて眠れないというような事はなかった。
 武術の修行している若い者の中に、サンルーザの五男のシンゴ(新五郎)がいた。サハチと同い年で、武術の腕は大した事はないが、稽古が終わったあと、遊び相手になってくれた。シンゴの仲間にはトラ(大石寅次郎)、マツ(中島松太郎)、ヤス(西山安次郎)の三人がいて、皆、サンルーザの重臣たちの倅らしい。他の若い者たちは稽古が終われば、皆、仕事に戻るのに、その四人は仕事もせずに毎日、遊んで暮らしているようだ。サハチもヤマトゥ(日本)の事を学ぶのに丁度いいと思って一緒に遊んだ。
 小舟に乗って遠出をしたり、海に潜って魚や貝を捕ったり、弓矢を持って山の中に入って、鹿を追った事もあった。
 ある日、いいものを見せてやるとシンゴが言って、小舟に乗って小さな島に行った。砂浜に小舟を上げて、山を越えて反対側に行くと岩場に出た。そこでは、女たちが海に潜って貝を採っていた。女たちは腰に布を巻いただけの裸で、長い髪は頭の上でまとめていた。女たちは潜っては、捕ってきた貝を小舟の中に入れて、また潜っていた。サハチたちが見ているのを知ると陽気に手を振ったりしていた。
「おい、イトがいるぞ」と驚いたようにマツが言った。
「あれ、ほんとだ。信じられねえ」とトラも言った。
 女は五人いて、みな若かった。琉球では、女たちが裸になって海に潜っているのを見た事はなかった。潮が引いた時に貝拾いはするが、海に潜るのは男の仕事だった。
 青空の下、裸で海に潜っている女たちの姿は、サハチには眩しすぎる眺めだった。サハチは五人の中の一人に目を奪われていた。何となく、マチルギ(伊波按司の次女)に似ていると思った。
「イトが気に入ったようだな」とシンゴが言った。
「イトというのか」とサハチは聞いた。
「娘たちの姉御(あねご)のような女だ」
「姉御というのは、お頭(かしら)のようなものか」
 シンゴはサハチを見て笑った。
「まあ、そんなようなものだ。それにしても、イトがこの島に来るのは珍しい」
「という事は一番年上なんだな?」
「一番年上と言っても俺たちと同じ十六だ。十七になると大抵、お嫁に行ってしまうからな」
 イトが海面に上がって来て、ヒューという磯笛を鳴らして、こちらの方を向くと捕ってきた大きなアワビを見せた。
「イトを落とすのは難しいぞ」とシンゴは言った。
「俺たちはみんなイトに振られたんだ」
「なあ、俺たちも海に入ろうぜ」とヤスが言った。
「そうだな。汗をかきながら見物してたってしょうがねえ」
 シンゴがそう言うと皆がうなづいて、着物を脱ぎ捨てて海に飛び込んだ。この島に入るには武器は厳禁だというので刀は置いて来たが、代わりにアワビを捕るためのアワビガネを持って来ていた。サハチもアワビガネを持って飛び込んだ。
 皆、ウミンチュ(海人)の倅なので、潜りは達者だった。琉球のウミンチュだって負けるものかと、サハチもアワビ捕りに精を出した。
 大きなアワビを見つけて捕ろうとしたら、横から女が出て来て横取りされた。見るとイトだった。イトは笑って、逃げ出した。サハチは追いかけた。イトは素早くて、捕まえられなかった。息が続かず、水面に上がると隣りにイトが顔を出した。イトはヒューと磯笛を吹いてから、サハチを見て笑った。可愛い笑顔だった。
「サハチさんでしょ」とイトはサハチの名を知っていた。
「噂はよく聞いているわ」
 サハチは首を傾げた。俺の噂が流れているのだろうか、サハチはそんな事は知らなかった。
 イトは小舟まで泳いで行って、アワビを船の中に入れると、サハチの方を見てから、また海に潜った。サハチも潜って、イトを追いかけた。
 半時(はんとき)(一時間)程、娘たちと一緒にアワビ捕りをやって、陸に上がって着物を着ると小舟のある砂浜に戻った。やがて、小舟に乗って娘たちも砂浜にやって来た。皆、着物を身に付けていたが、先程の光景が目に浮かんで、間近で顔を見るのが何となく照れくさかった。
 娘たちは捕れたてのアワビを持って来て、皆で御馳走になった。やはり、捕れたてのアワビはうまかった。
 サハチの隣りにはイトが座っていた。シンゴもトラたちも決まった相手がいるような感じで、隣りにいる娘と仲よく話をしていた。
「毎日、ここに来るのですか」とサハチはイトに聞いた。
 イトは首を振った。
「十日に一遍くらいよ」
「それじゃあ、シンゴはあなたたちが今日、ここに来る事を知っていたのですね」
「いつも、誰かが教えるの。すると、シンゴたちが来るの。そして、ここで逢い引きするのよ。ここは無人島なの」
無人島で逢い引きですか。面白いですね。顔ぶれはいつも一緒なのですか」
「いつもはもっと大勢いるわ。会いたい男の人がいる娘たちがここに来るの。娘たちは会いたい男の人の名を告げて、その人をこの島に呼ぶのよ。もし男の人が来なければ、振られたって事になるわ。寂しい思いをするけど、きっぱりと諦めて次の人を探すのよ」
「男には選ぶ事はできないのですか」
「男の人も会いたい人がいたら、あたしたちに告げればいいのよ。でも、女の人が会いたくなければ、ここには来ないわ。寂しい思いをする事になるわね。今回は特別なのよ。あなたのためにシンゴが計画したの。あなたに会いたいという娘を誰か連れて来てくれってね」
 サハチは娘たちを見回してから、イトを見つめて、「俺に会いたい娘ってあなたの事ですか」と聞いた。
 イトは恥ずかしそうにうなづいた。
「俺の噂を聞いたって言いましたよね。一体、どんな噂が流れているのですか」
琉球の若様で、ヒューガさんのお弟子さんで、お頭(サンルーザ)の大事なお客様。お頭が先に帰って来て、その事を村の人たちに告げたから、娘たちはみんなで噂して、あなたが来るのを楽しみにしていたのよ。昨日、シンゴから話を聞いて、誰を選んだらいいか迷ったわ。みんなが会いたいと言うと思ったの。みんなを連れて行くのもいいけど、それだと目立ちすぎちゃうし、あなたも迷惑するだろうと思って、みんなには黙って、あたしが代表として来たのよ」
 そう言ってイトは舌を出して笑った。
「それとね、あたし、あなたの事はもっと前から知っているの。あたしの父さんは何度も琉球に行っているのよ。父さんからあなたの事はよく聞いているわ」
「そうだったのですか」
「父さんの名前は伊助よ。あなた、知ってる?」
 サハチはうなづいた。
 イスケはキラマも認めるカマンタ(エイ)捕りの名人だった。カマンタを捕るのが楽しみで、サンルーザが琉球に行く時は必ず、付いて行くんだとサハチに言っていた。サンルーザの船の船乗りはほとんどがウミンチュで、琉球に滞在している半年間は祖父のサミガー大主(うふぬし)のもとで、カマンタ捕りをしている者が多かった。
「イスケの娘だったのか。イスケと一緒に潜った事もあるよ」
「父さんもそう言っていたわ。今はまだ小さいお城の若様だけど、今に大きなお城のお殿様になるだろうって言っていた」
「大きなお城のお殿様か」と言って、サハチは今帰仁(なきじん)グスクを思い出し、そして、マチルギを思い出した。
 最初見た時、マチルギに似ていると思ったけど、よく見ると全然違っていた。ただ、気が強そうな所はマチルギと似ているかもしれない。
 話に熱中していて気がつかなかったが、いつの間にか、誰もいなくなっていた。
「みんな、どこに行ったの?」とサハチはイトに聞いた。
「逢い引きよ。みんな、二人だけになりたいのよ」
「みんな、この島で出会って、仲よくなったのてすか」
 イトはうなづいた。
「そのまま一緒になる人たちもいるけど、シンゴは無理でしょうね」
「どうしてです?」
「お頭の息子だからよ。勢力を拡大するために、どこかの水軍の大将の娘をお嫁に迎える事になるでしょうね」
対馬にはお頭のような大将が何人もいるのですか」
「この浅海湾内にも何人もいるわ。でも、うちのお頭が一番勢力を持っているわ。琉球との交易のお陰でね。それと、この湾の北の方に仁位(にい)っていう所があるんだけど、そこに守護代(しゅごだい)の宗伊賀守(そういがのかみ)っていう人がいるのよ」
守護代って?」
「守護の代理ね。守護というのは幕府が決めた対馬のお殿様なの。今の対馬のお殿様は『今川了俊(りょうしゅん)』という人で、その人は博多にいて戦(いくさ)をしているの。対馬には来られないので、代理として宗伊賀守が対馬にいるんだけど、お頭はそんなお殿様なんて認めていないわ」
 サハチはイトからこの島について色々な事を聞いた。イトも琉球の事を色々と聞いてきた。時の経つのも忘れて、二人は話し込んでいた。
 その日の晩、サハチはイトの家に招待された。サハチと会うのなら、是非、家に連れて来てくれと父親に頼まれたという。
 イトの家は家々が密集した中にあって、迷子になってしまいそうな所だった。同じような家が所狭しと並んでいる。当然、家も小さく、狭い家に家族七人が暮らしていた。長男はサムレーになって、お頭の屋敷の警固をしていて、長女は隣り村にお嫁に行き、次男は子供の頃に病死してしまい、今、家にいるのは両親とイト、三人の妹と一人の弟だった。
「こんなむさ苦しい所へよくいらしてくれました。何もありませんが、今晩はのんびりしていって下さい」
 イトの父親、イスケは嬉しそうな顔をしてサハチを迎えた。サハチのために新鮮な魚料理と酒も用意してくれた。イスケと酒を飲みながら、キャーキャー言って、はしゃぎ回っているイトの妹たちを見ていると、琉球にいる妹や弟が思い出された。
 イスケが初めて琉球に行ったのは、二十一歳の時だったという。
琉球は思っていたよりもずっと遠かった。慣れない船の仕事も辛くてなあ、乗らなければよかったと後悔したもんじゃ。それでも、琉球に着いてみると、あの綺麗な海には驚いた。真っ白な砂浜に青い空、こんな綺麗な所が、この世にあったのかと龍宮城(りゅうぐうじょう)にでも来たような気分じゃった。あの頃はサミガー大主殿も若かった。先頭に立って海に潜っていた。わしはキラマさんからカマンタ捕りを教わった。海の中には見た事もない綺麗な魚が泳いでいた。わしはもう琉球の海の虜(とりこ)になってしまったんじゃ。あれからもう八回も琉球に行っている。若殿が生まれた時も馬天浜(ばてぃんはま)にいたんじゃよ」
「そうだったのですか。俺が初めてイスケさんを知ったのは前回に来た時でしたね。祖父と妹のマシューと一緒に津堅島(ちきんじま)に行った時、イスケさんとチキンジラーが漕いでくれたんですよね」
「あの時は突然、サミガー大主殿に声を掛けられて、一緒に来てくれと言われたんじゃ。楽しかったのう。チキンジラーのうちに行ったら大歓迎されて御馳走責めじゃった。琉球の人たちは優しい人たちばかりじゃ」
「そういえばあの時、俺と同い年の娘がいるって言っていましたね」
「イトじゃよ。わしが琉球から帰ると若殿の話ばかりするので、イトは若殿の事は色々と知っておるぞ」
 サハチはイトを見た。イトはサハチを見て笑っていた。
「サハチさんが毎日、海に潜って遊んでいたのも知っています」とイトは言った。
「弓矢のお稽古を始めたのも、剣術のお稽古を始めたのも聞きました。お父様が佐敷のお城のお殿様になって、サハチさんが若殿になった事も知っています。そして、ここに来る前、ヒューガさんと一緒に琉球を旅して歩いた事も聞きました」
「参りましたね」とサハチは照れ笑いをした。
 その夜、サハチはイトの家に泊まった。狭いながらもイトは自分の部屋を持っていた。
「どこの家にもこんな部屋があるんです」とイトは言った。
「年頃になると娘はこの部屋で暮らして、男の人が来るのを待つのです」
「ええっ?」とサハチは驚いた。
琉球には夜這(よば)いはないのですか」とイトは不思議そうに聞いた。
「あります。でも、俺は丁度、その年頃の頃、佐敷のお城に移ってしまったので、夜這いをした事はないのです」
「そうだったのですか」
「ここに男が夜這いに来るのですね?」
「来ます。でも、あたしは今まで誰も入れていません」
「でも、無理やり入って来る男もいるんじゃないですか」
「そんな事をしたら、大騒ぎになって村八分(むらはちぶ)にされてしまいます。夜這いにも掟があるんです。女が許さなければ入れません」
「俺は許されたのですね」
 イトは恥ずかしそうにうなづいた。
 サハチはイトを抱いた。今まで抱いた事のある遊女や奥間のフジと違って、イトの体は引き締まっていた。それでも柔らかい所は柔らかく、サハチはイトに夢中になった。
 サハチが対馬に来て半月が過ぎた頃、サンルーザはあちこちから集まって来た大小様々な船、五十隻余りを率いて明(みん)の国(中国)へと出掛けて行った。港は船で埋まり、法螺貝や太鼓が鳴り響いて、祭りさながらの賑やかさだった。
 サイムンタルーは明国には行かずに残っていた。サンルーザから、冬になったらサハチを琉球まで送ってくれと頼まれたという。
 自分のために申しわけないとサハチが謝ると、「気にするな」とサイムンタルーは手を振った。
「明の国はどこにも行きはしない。琉球から帰って来てから行けばいい。それより、琉球までの船路をちゃんと覚えなくちゃならないからな」
「いつ帰って来るのですか」とサハチは出て行く船を見送りながらサイムンタルーに聞いた。
「明の国は遠いからな。早くて年末、多分、年が明けてからだろうな」
「危険はないのですか」
「あるよ。だけど、行かなければならないんだ」
琉球との取り引きだけでは駄目なのですか」
「この浦は琉球のお陰で大分潤ってはいる。しかし、この浅海湾内にはいくつもの浦があって、ほとんどの浦が食うのもやっとの状況なんだ。親父は琉球から得た富を使って勢力を広げて、この湾を代表する大将になった。大将になったからには、みんなの面倒を見なければならない。みんなの面倒を見るには、琉球の富だけでは足らない。みんなを率いて高麗や明国まで行かなければならないんだよ」
 サハチはみんなの無事を祈りながら、次々と出て行く船を見送った。