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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

22.ウニタキ(最終決定稿)

 佐敷グスクの拡張工事が始まっていた。
 サハチが嫁を迎えると今の屋敷では狭いので、新たに東側に曲輪(くるわ)を作って、そこにサハチたちの屋敷を建てる事になった。
 佐敷グスクを建てた時、サハチの兄弟は五人だったのが、今では八人になり、もうすぐ、九人になりそうだった。サハチたち夫婦が暮らせる部屋はどこにもなかった。
 村人たちが総出で樹木(きぎ)を切り倒して整地して、堀を掘って土塁を築くという作業が進んでいた。屋敷の前には充分な広さの庭を作り、そこでマチルギが娘たちに剣術を教えるという事に決まった。
 ヤマトゥから帰って、若按司としての毎日がまた始まった。以前のようにヒューガを師として武術の稽古に励み、そして、対馬でやっていた読み書きの稽古も続けた。ヤマトゥに行く前と違っているのは、そばにマチルギがいる事だった。
 午前中は山の中でヒューガの指示のもと、マチルギと一緒に武術の稽古に励んだ。サハチもマチルギも剣術だけでなく、棒術や弓術の稽古にも励んだ。午後になるとサハチは禅僧のソウゲンから読み書きを習うが、そこにマチルギとサムも加わった。二人とも父の伊波(いーふぁ)按司から読み書きは習っていて、ひらがなは読めるが漢字はわからないというので一緒に習う事になった。
 マチルギは弓術に夢中になった。サハチも久し振りに弓を引きながら、博多で見たヤマトゥ兵の行軍を思い出した。先頭にいたのは弓隊だった。佐敷にも弓専門の兵を育てなければ駄目だと思った。サハチは稽古が終わると、すぐにその事を父に告げた。
「うむ」と父はうなづいた。
「弓専門の兵か。確かに必要じゃな。今まで弓矢は主力の武器ではなかった。弓が得意な奴が接近戦の始まる前に矢を射るが、それほど期待しているわけではない。飛び道具である弓はもっと有効に使うべきじゃな。城下に的場を作り、ヤマトゥから弓矢を仕入れて、弓の精鋭部隊を作ろう」
「お願いします」とサハチは頭を下げると父の部屋から出た。
 三月になって、サハチはマチルギと一緒に伊波に向かった。伊波按司にマチルギをお嫁に下さいと告げるためだった。クマヌも付いて来てくれた。
「ヤマトゥに行って来たそうじゃのう」と伊波按司は機嫌よさそうな顔でサハチを迎えた。
 反対されるかもしれないと心配していたサハチは、伊波按司の顔を見て少し気が楽になった。
「はい。無事に帰って参りました」とサハチは答えた。
 伊波按司はサハチの顔を見てうなづき、「何やら、一回り大きくなったようじゃのう」と言った。
「はい。色々と経験して参りました」
「わしもヤマトゥに行くはずだったんじゃよ」と伊波按司は笑った。
「ヤマトゥンチュから博多の賑わいを聞いて、行ってみたいと思っておった。戦が起きなければ行っていたんじゃが‥‥‥」
 伊波按司はしばらく昔の事を思い出しているようだったが、改めてサハチを見ると、「佐敷按司の事はクマヌから何度も聞いていた」と言った。
「しかし、わしは南部の按司には興味はなかった。マチルギがサハチと出会い、腕を上げていったのは事実だが、まさか、佐敷に嫁に行くとは思ってもいなかった。親として、わしも心配になって、家臣の者を送って佐敷の様子を調べさせたんじゃ。島添大里(しましいうふざとぅ)按司の膝元にあるのに、どうして滅ぼされないのか不思議じゃったが、馬天浜で鮫皮を作ってヤマトゥと交易していると聞いて、それも納得できた。特殊な技術を持っていれば滅ぼされる事はあるまいと思った。それに、マチルギが娘たちに剣術を教えていると聞いて、わしは驚いた。今まで自分の事しか考えていなかったマチルギが、人のために何かをやっている。随分と大人になったものじゃ。娘の事をよろしくお願い申す」
 サハチとマチルギは、一緒になる事を許してくれた伊波按司にお礼を言った。
 その後、伊波按司は祝いの宴を開いてくれ、サハチはヤマトゥ旅の事を色々と聞かれた。
 次の日、サハチはマチルギを残して帰ろうとしたが、マチルギは教え子が待っていると言って一緒に帰る事になった。
「一度言い出したら聞かん」と伊波按司は笑ってマチルギを見送った。
 四月の半ば、勝連(かちりん)按司の三男、ウニタキが佐敷グスクにサハチを訪ねて来た。グスクの裏山に新たにできた的場で、弓の稽古をしていたサハチはマチルギにひとこと言って、一人でウニタキに会いに行った。マチルギの事で何か文句でも言いに来たのだろうかと門の所に行くと、ウニタキは普請(ふしん)中の東の曲輪を見上げていた。
 サハチに気づくと、「お前は不思議な男だな」と言った。
「何か用か」とサハチは聞いた。
 それには答えず、「あそこに建つのはお前たちの屋敷か」と聞いた。
「そうだが、それがどうかしたのか」
「勝連でも同じ事をやっていると思ってな」
「勝連グスクも増築しているのか」
「俺たちの屋敷をグスク内に作るそうだ」
「俺たち?」
「ああ」とウニタキはサハチを見ると苦笑した。
「親父が亡くなって、俺の縁談が急速に決まったんだ。今まで俺の事など誰も気に掛けなかったのに、おかしなものさ。俺の嫁は中山王、察度の若按司、フニムイの娘だそうだ。本来なら三男はグスクから出て、どこかに屋敷を建てて住むのだが、嫁が中山王の孫だからグスク内に住む事に決まったらしい」
「中山王の孫娘を嫁にもらうのか」
 サハチは驚いた顔をしてウニタキを見つめた。
「俺の意思とは関係なく、話はどんどん進んでいるんだ。中山王としては親父が亡くなったので、同盟を強化するために孫娘を勝連に送り込むのだろう。だが、上の兄貴二人はすでに嫁をもらっている。それで俺が迎える事になった。俺の母親は側室だ。浦添(うらしい)から話があったあと、重臣たちはその事を気にして伺いを立てたら、その事は承知の上だと言われたらしい。フニムイの母親も側室で高麗人(こーれーんちゅ)だという。俺の母親も高麗人だ。お互いに高麗(こーれー)の血が混じっているから丁度いいというらしい。そういうわけで、マチルギの事は諦めざる得なかった」
「そうだったのか」
 マチルギのために決闘をしに来たのかと思っていたサハチはホッと安心した。
 ウニタキは鮫皮作りをしている所を見せて欲しいと言った。勝連に来るヤマトゥンチュも鮫皮を欲しがるので、勝連でも鮫皮を作りたいと思っているらしい。
 サハチはうなづいて、馬に乗って馬天浜に向かい、祖父に頼んで作業場を見せてもらった。作業場は物凄い臭いが漂っているが、ウニタキは気にもせず、祖父の説明を真剣に聞いていた。勝連の者をここに入れて、修行させても構わんぞと祖父はウニタキに言っていた。
 作業場を離れて浜辺に行くと、海の向こうに勝連半島が見えた。
「こっちから勝連を見るのは初めてだ」とウニタキは言った。
「子供の頃から勝連を見ながら、いつか、行ってみたいと思っていた」とサハチは言った。
「俺もそうさ。向こうからこっちを見ながら、いつか、行ってみたいと思っていた」とウニタキは言った。
 顔を見合わせて二人は笑った。
「ヤマトゥに行って来たんだってな」とウニタキは聞いた。
 サハチはうなづき、「高麗にも行った」と言った。
「なに、高麗に行ったのか」とウニタキは驚いた。
「八日間だけだけどな。富山浦(プサンポ)という所で、そこにはヤマトゥンチュの村があるんだよ。そこにいただけだから高麗の事はよくわからない。言葉も通じないし。お前は高麗の言葉がわかるのか」
「子供の頃、母と話をするのは高麗の言葉だった。でも、母が亡くなってから使っていないから、ほとんど忘れてしまった」
「ヤマトゥ言葉は話せるのか」
「勝連は古くからヤマトゥと交易をしている。子供の頃から教えられた。俺の師匠はヤマトゥの山伏だしな」
「佐敷にもヤマトゥの山伏はいる。俺もその人から色々な事を教わった」
「そうか。お前もヤマトゥ言葉がしゃべれるんだな。ところで、鎌倉には行ったのか」
 サハチは首を振った
「ヤマトゥの国は思っていたよりずっと大きくて、都と呼べる所は博多に行っただけなんだ。ヤマトゥも戦をやっていて、鎌倉は遠すぎて行けないらしい。それに鎌倉の幕府が滅んでしまって、鎌倉はもう都ではないらしい」
「そうなのか。京も遠いのか」
「遠い。博多から船で行けるんだけど、途中の海に海賊が多くいて、下手をすると殺されてしまうらしい」
「『倭寇(わこう)』という奴だな」
 ちょっと違うと思ったが、『倭寇』の説明をすると長くなるので、サハチはうなづいた。
「俺も行ってみたいな」とウニタキはしみじみと言った。
「師匠の山伏に頼んで一緒に行けばいい」
「親父も亡くなったし、行けるかもしれないな」
「勝連に来るヤマトゥンチュは松浦党(まつらとう)なのか」
松浦党と薩摩(さつま)だな」
「薩摩の船も来るのか」
「昔は京や鎌倉からも来たらしい。ヤマトゥの戦が長引いているせいか、今は松浦党と薩摩くらいだ。みんな、明の商品が目当てなんだ。以前は貝殻が中心だったが、今は貝殻をそれほど欲しがらない。鮫皮を求める者も多く、浦添から回してもらっているけど、勝連でも作った方がいいんじゃないかと思って見学に来たんだよ」
「今まで、どうしてやらなかったんだ。勝連からここに来てカマンタを捕っているウミンチュも何人もいる」
「親父が興味を示さなかったんだろう。浦添の真似をしたらうまくないと思ったのかもしれない」
浦添の鮫皮は宇座(うーじゃ)按司が始めたんだ。宇座按司は家臣をここに送り込んで技術を身に付けさせて、キラマ(慶良間)で鮫皮作りを始めたんだよ」
「鮫皮作りを始めたのはあの爺さんだったのか」とウニタキは驚いていた。
「知っているのか」とサハチは聞いた。
「ああ。祖父(じい)さんの弟だからな。俺の母親は側室だけど、親父の正妻は中山王の娘なんだ。それで、一応、中山王は祖父になるんだよ。俺は子供の頃、あそこで馬の稽古をしたんだ。宇座按司は中山王の使者として、何度も明に行っている。凄い爺さんだよ」
「ああ、確かに凄い人だ」
 話し込んでいるうちに、いつの間にか夕方になっていた。離れに顔を出すと、海に出ていた水夫たちも戻っていて、賑やかに酒盛りをやっていた。明日、ここを離れて浮島の方に行くらしい。サイムンタルーとクルシは夕べ、佐敷グスクに別れの挨拶に来て、父は急遽、送別の宴を開いた。今回、イトの父、イスケは来ていなかった。イスケは行くと言ったが、サイムンタルーから、奥さんの具合が悪いので今回はやめておけと言われたらしい。
 サハチとウニタキも酒盛りに参加した。適当に引き上げるつもりだったが、ウニタキはこの場が気に入ったのか、夜遅くまでみんなと騒ぎ、結局、その夜はそこに泊まる事となった。
 翌日、サイムンタルーの船を見送ったあと、ウニタキは勝連に来ないかと言った。お礼にグスクの中を見学させてくれるという。サハチは興味を持った。高い石垣に囲まれている勝連グスクの中がどうなっているのか、この目で見てみたかった。
 サハチは祖父に勝連に行く事を告げて、ウニタキと一緒に馬にまたがった。
 正午頃、勝連に着いた。
 ウニタキが言ったとおり、勝連グスクは拡張工事をしていた。
 以前、木が生い茂っていた門の正面が平にならされて新しい曲輪(くるわ)となり、それを囲むように石垣を積んでいる。そして、ウニタキの屋敷らしい建物も、もう少しで完成しそうだった。
 門番に馬を預けて、二人はグスクの中に入った。門番はサハチを見て、誰かと聞いた。ウニタキが友だと言うと、若様が友を連れて来るなんて珍しいと言って笑った。
 門を入るとそこは少し広くなっていて、正面に広い道があり、両側には屋敷が建ち並んでいた。
「重臣たちの屋敷だ」とウニタキは説明した。
 重臣たちの屋敷を抜けると、大通りは丘の上にある曲輪へと向かっている。上にある曲輪は高い石垣で囲まれていて、サハチは石垣を見上げながら、攻め落とすのは容易な事ではないと思った。
「この上が三の曲輪だ」とウニタキは言った。
「俺が住んでいる屋敷も三の曲輪にある。もうすぐ下に移るようだが」
 石段を登って三の曲輪に入った。ここにも門番がいたが、ウニタキの顔を見て愛想笑いをしただけで何も言わなかった。
 三の曲輪には五つの屋敷が建っていた。サムレーたちの控えの屋敷と、グスクに仕えている侍女たちの屋敷と、若按司の屋敷と、側室の屋敷が二つだという。側室の屋敷の一つがウニタキの屋敷で、もう一つは父親のお気に入りの側室が住んでいたが、子供に恵まれなかったので城下に移され、今は空き家になっている。若按司の屋敷も若按司按司になって上の曲輪に移り、今の若按司はまだ幼く、按司と一緒に暮らしているので、そこも空き家になっていた。
 サムレーたちの屋敷から山伏が出て来て、ウニタキを見ると、「若様、どちらにいらしていたのです」と聞きながら近づいて来た。
イブキ、すまなかった」とウニタキは言った。
 イブキという山伏はサハチを見て、「どなたじゃ」と聞いた。
「佐敷の若按司だ」とウニタキは言った。
「佐敷というとあそこか」と指さした。
 イブキが指さす先を見ると海が見渡せ、その先に佐敷が見えた。いい眺めだった。ここから毎日のように佐敷の方を見ていれば、いつか、向こう側に行ってみたいと思うウニタキの気持ちはよくわかった。
「夕べは向こうで、ヤマトゥンチュの船乗りたちと一緒に騒いでいたんだ」
「そうでしたか。佐敷にはクマヌ殿という山伏がいるはずだが、御存じですかな」とイブキはサハチに聞いた。
「はい。クマヌを知っているのですか」
琉球にいる山伏はそれほど多くはない。大抵の山伏は知っています。最近は会っていないが、お元気ですか」
「はい、元気です」
イブキ、今、兄貴はいるのか」とウニタキは聞いた。
「いや、港に出掛けた。そろそろ、ヤマトゥの船が帰るので、取り引きの事で出掛けたようだ」
「そうか」
「佐敷の若按司を上に連れて行くのか」
「まずいか」
「佐敷按司は敵ではないのか」
「もうすぐ、伊波按司の娘を嫁にもらう。敵ではあるまい」
「伊波按司の娘というと‥‥‥」
「そうだ。マチルギをこいつに取られたんだ」
「ほう、そうだったのか」とイブキは笑うと屋敷の方に戻って行った。
 サハチとウニタキは上へと進んだ。
 二の曲輪は三の曲輪のすぐ上にあって、そこには大きな屋敷が建っていた。儀式用の建物で、お客の接待や軍議にも使われるという。
「すると、お前の婚礼もここでやるのか」
「多分な。中山王の重臣たちが来るとなると大げさな婚礼になりそうだ」
「大変だな」とサハチは言って、一の曲輪を見上げた。一の曲輪は二の曲輪の屋敷の屋根よりも高かった。
「この上に按司の屋敷がある」とウニタキは上を見上げて言った。
 一の曲輪に登る石段は大きな屋敷の裏の方にあった。一の曲輪の門にも門番がいたが何も言わなかった。
 一の曲輪には三つの屋敷が建っていた。手前の二つは按司の屋敷、奥の一つは見張りの屋敷でサムレーが交代で詰めている。門の上にも見張り台があって、そこでもサムレーが見張りをしているという。
 一の曲輪からの眺めは最高だった。四方すべてが見渡せた。佐敷グスクからは四方は見えない。島添大里グスクなら見えるかもしれない。早く、島添大里グスクを奪い取りたいとサハチは思った。
 三の曲輪に戻ってウニタキの屋敷に寄った。母が亡くなってから、ウニタキはここで一人で暮らしているという。身の回りの世話は侍女がやってくれるらしい。両親と大勢の兄弟たちに囲まれて暮らしている自分と比べ、こんな立派なグスクに住んでいても寂しい暮らしだとサハチは思っていた。
「嫁さんになる人に会った事はあるのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「正月に浦添に挨拶に行った時に会った」
「どうだった」
「世間知らずなお姫様だよ」
「断れなかったのか」
「断れば、ここから追い出される。それでもいいんだが、婚約が決まってから家臣たちの態度がガラッと変わってな、今まで俺なんか無視していた奴らまで、わざわざ祝いを言って来るんだ。それもいいかと思ったんだ。親父が亡くなるのが早すぎた。俺も勝連のために、兄貴を助けなくてはならないと思い直したんだよ」
 サハチはウニタキの顔を見ながら、「美人(ちゅらー)だったんだな」と聞いた。
 ウニタキはニヤニヤした。
「多分、母親に似たんだろう。綺麗な人だった。そして、優しそうな目をしていて、うまく行くような気がしたんだ」
「そうか。よかったな」
 勝連グスクから出て、港まで行った。
 ヤマトゥから来た船が三隻、泊まっていた。
 港でウニタキと別れて、サハチは佐敷へと向かった。
 別れる時、「また遊びに行くぞ」とウニタキは言った。
「いつでも来いよ」とサハチは手を振った。