長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

34.東行法師(最終決定稿)

 年が明けて洪武(こうぶ)二十五年(一三九二年)正月、佐敷按司は家臣たちを前に隠居する事を宣言した。
 家臣たちは突然の事に驚き、しばし、言葉が出なかった。やがて、まだ隠居する年齢(とし)ではないと言って家臣全員が猛反対した。佐敷按司は年が明けて三十九歳になっていた。三十九歳といえば働き盛りの年齢だった。隠居するなどもってのほかだった。
 佐敷按司は前回の戦で、世の中の無常を感じたので、出家して旅に出る。今後は若いサハチを助けて、佐敷が益々発展する事を願うと言った。重臣たちが考え直してくれと懇願したが、「もう決めた事じゃ」と厳しい顔付きで言って、大広間から出て行った。
 大広間で控えていた侍女から話を聞いて、何も知らなかった母も、サハチの兄弟たちも呆然となった。それでも、母はうろたえなかった。母の部屋に顔を出した父を見ても、問い詰めることはなかった。
「勝手な事をしてすまない」と父は母に謝った。
「あなたが決めた事ですから」と母は何のためらいもない顔をして笑った。
 十七歳になったサハチの弟、マサンルーが何かを言おうとしたが、母の言葉を聞いて口をつぐんだ。十五歳のヤグルー、十四歳のマナミー、十二歳のマカマドゥ、十歳のマタルー、七歳のマチルー、五歳のクルーが、じっと父の顔を見守っていた。
「お前たちがみんな、一人前になるまで、按司として頑張るつもりだったが、すまんのう。父の我がままを許してくれ。これからは兄のサハチを助けて、みんなで仲良くやってくれ」
「お父様はここからいなくなっちゃうの」とマチルーが聞いた。
「みんなに会えなくなるのは寂しいが、しばらくは旅に出る」
「いつ、帰って来るの」と半分泣きながらマチルーが聞いた。
 父は笑って、「大丈夫じゃ。時々は帰って来るよ」と言った。
「マサンルーに頼みがあるんじゃが、わしと一緒に旅に出てくれ。お前は将来、兄の補佐をしなければならん。各地を旅して、回りの状況を知らなければならんからな」
「はい、わかりました」とマサンルーは顔を引き締めてうなづいた。
「俺も行きたい」とヤグルーが言った。
「ヤグルーは次回じゃ。それまで、武術の修行に励んで強くなる事じゃ」
「わかりました」とヤグルーは真剣な顔つきでうなづいた。
 父は子供たちの顔を一人づつ見回して、一人づつにうなづき、最後に母を見つめて、「頼む」と言うようにうなづくと、部屋から出て行った。
 この時、クマヌも知らなかったらしく、驚いた顔をして、サハチにわけを聞きに来た。クマヌには本当の事を言ってもいいのではないかとサハチは思ったが、機会を見て、父が話すだろうと思い、本当の事は言わなかった。それでも、クマヌには父が何を考えているのか、わかっているようだった。
 グスクを去った父は、村はずれに前もって用意していたのか、粗末な小屋で頭を丸め、墨染めの衣をまとって、東行法師(とうぎょうほうし)と名乗った。東行法師はその小屋に重臣たちを一人づつ呼んで、今後の事を頼んだ。クマヌと弟の苗代大親(なーしるうふや)にだけは本当の事を打ち明け、サハチを頼むと言った。その日の午後には、サハチの弟、マサンルーを供に連れて旅立って行った。
 佐敷按司が隠居宣言をした翌日、サハチの佐敷按司就任の儀式が行なわれた。わざわざ儀式なんか必要ないだろうと思っていたのに、馬天ヌルは、最初が肝心なのよと言って強引だった。大広間で家臣たちの見守る中、馬天ヌルと佐敷ヌルによって大げさな儀式が行なわれた。噂を聞いて集まって来た村人たちも大勢、見物していた。
 サハチは二十一歳の若さで佐敷按司に就任した。
 サハチの就任の儀式が行なわれている最中も、屋敷では引っ越しのために大忙しだった。サハチたちが一の曲輪の屋敷に移り、母やサハチの兄弟たちが東曲輪(あがりくるわ)に移らなければならなかった。
 佐敷按司が隠居して旅に出たという噂は島添大里(しましいうふざとぅ)按司の耳にも入った。まだ四十前だというのに隠居すると聞いて、何か裏にありそうだと疑った。奥間大親(うくまうふや)を呼び、隠居した佐敷按司の行動を見張れと命じた。
 引っ越しも無事に終わって、サハチは以前、父が使っていた部屋に落ち着いた。刀掛けには、サンルーザからもらった長い太刀と父からもらった太刀を飾った。どちらも備前物(びぜんもの)の名刀だった。部屋の片付けが終わると侍女に頼んでマチルギを呼んだ。
 マチルギは部屋に来るなり、「正月そうそうから、もう疲れたわ」とサハチを見て笑った。
「俺も疲れたよ」とサハチは背中を伸ばした。
「簡単な気持ちで按司になる事を引き受けたけど、若按司の時と違って、色々と面倒くさい仕事があるらしい」
「あたしもよ。お母様から色々と教わったけど、按司の奥方としてやらなければならない事が結構あるのよ。前みたいに、気楽に旅もできなくなるわね」
「いや、旅はしてもいいと言われているから大丈夫だよ」
「ほんと」とマチルギは嬉しそうに笑い、「それじゃあ、今年はどこに行こうかしら」と考えた。
「また、梅雨が明けたら、どこかに行こう」
「お父様は今頃、どこを旅しているのかしら」
 マチルギには本当の事を話してあった。
「まだ二日目だからな、玉グスクの辺りにいるんじゃないのか」
「久高島には行くんでしょ」
「勿論、行くだろうな。もしかしたら、もう久高島に渡って、娘のウミチルと会っているかもしれない」
「でも、あのお父様に隠し子がいたなんて驚きだったわ。ねえ、あなたもどこかにいるんじゃないでしょうね」
「何を言ってるんだよ。そんなのいるわけない」
「ほんとかしら? ヤマトゥ辺りにいたりして」
 マチルギは疑いの目をしてサハチを見た。
「馬鹿言うな」とは言ってみたものの、イトとの間に子供が出来ても不思議ではないと思っていた。
「俺が按司になったという事は、サグルーは若按司になったんだな」とサハチは話題をそらせた。
「そうね。まだ三歳だけど若按司なのよね。十年後は島添大里按司の若按司ね」
「そうだな。そうなれるように頑張らなければな」
「でも、十年は長いわね」
「いや、長いとも言えるし、短いとも言える。お前が娘たちに剣術を教え始めてから、もう五年目になるだろう」
「そうか、もう五年目になるのか。そう考えると月日の経つのは速いわね」
「そうさ。明日からまた始まるけど、今年の新人は十六人だそうだ」
「去年より少ないわ」
「でも、去年も修行した者たちで残るのが二十二人いるから、全部で三十八人だ」
「だいたい去年と同じね。去年の修行者で、トゥラっていう娘(こ)がいるんだけど残るかしら」
 サハチは文机(ふづくえ)の上に重ねてある何枚かの紙の中から一枚を取り出して見た。トゥラの名は書いてあった。
「残るようだ」と言って、その紙をマチルギに渡した。
「その娘、見込みがあるわ。鍛えればものになるわよ」
「そうか」
「美人だからお嫁に行っちゃうかもしれないけどね」
「そうだな。美人で使い手なら、使い道は色々あるけど、本人次第だから難しい」
「叔母さん(馬天ヌル)もまだやる気なのね」とマチルギは紙を見て笑った。
「もう立派な師範代よ」
「マシュー(佐敷ヌル)はどうだ」
「マシューも師範代が勤まる腕ね」
「そうか。マシューももう十九になったんだな。普通ならお嫁に行って、子供がいてもおかしくない年齢(とし)だ」
「そうね。マシューも美人なのに可愛そうね。美人と言えば、チルー叔母さんも師範代が勤まるわよ」
「チルー叔母さんも頑張ってるな。チルー叔母さんも嫁入りの話はいくつもあるのに、どうしてお嫁に行かないんだろう」
「まだ、戦死した人の事を思っているんじゃないの」
「だって、もう七年も前の事だぞ」
「それだけ好きだったのよ。きっと、素敵な人だったのよ。その人よりも素敵な人が現れない限り難しいと思うわ」
「そうか‥‥‥チルー叔母さんが頑張っているから、侍女たちはみんな頑張っているな。そのうち、みんな、男どもより強くなるんじゃないのか」
「グスクの守りは女子(いなぐ)に任せて」
「女子用の鎧を揃えた方がよさそうだな」
「それは是非ともお願いよ」
「サンルーザ殿が来たらお願いしよう。今年の娘にキクっていうのがいるんだけど、ヤキチの娘なんだ。よろしく頼むってヤキチに言われたよ」
「へえ、ヤキチさんにそんな大きな娘さんがいたんだ。楽しみね」
 翌日の夕方、東曲輪(あがりくるわ)の庭で娘たちの剣術の稽古が始まった。サハチも新年の挨拶をするために顔を出して、それが済むと本曲輪に戻った。
 戻る途中、門番に声を掛けられて話を聞くと、伊波(いーふぁ)のサムが夫婦揃って訪ねて来ているという。わざわざ挨拶に来たのかと思い、一の曲輪の屋敷に通すように命じた。
 屋敷内には会所(かいしょ)と呼ばれる部屋があって、お客の接待に使われた。庭に面した角部屋で、サハチはそこで待っていた。
「途中で噂を聞いて、びっくりしたけど、お前、按司になったんだって」とサムはサハチの顔を見るなり目を丸くして言った。
「驚いているのはこっちの方さ。突然、親父が出家して旅に出ちまったんだからな」
 そう言って、サハチは二人を部屋に上げた。
 向かい合って座ると、「どうして、こんな事になったんだ」とサムが聞いた。
「わからんよ。ヤマトゥの坊さんの真似がしたくなったらしい」
「ヤマトゥの坊さん?」
「西行(さいぎょう)法師という坊さんらしい。旅をしながら歌を詠んでいたようだ。親父が歌なんて詠んでいたかどうかは知らんけど、その坊さんのように風流に生きるって決めたらしい」
「なんだか、のんきな話だな。去年、大戦(うふいくさ)があったばかりで、世の中も物騒だというのに。ここだって島添大里按司に狙われているんだろう」
「ああ。隙を見せたらやられるだろうな」
「お前、大丈夫なのかよ」
「こうなったらやるしかないさ」
「お前が佐敷按司か‥‥‥」と言いながら、サムはしみじみとサハチの顔を見ていた。
 その後、サムは伊波の様子などを話してから、「実は伊波を飛び出して来たんだ」と言った。
「何だって!」とサハチは驚いて、サムとマチルーの顔を改めて見た。
 マチルーは元気なく、うなだれていた。
「向こうに俺たちの居場所なんてないんだ」とサムは悔しそうな顔をして言った。
「何があったんだ」
「一年間、いや、マチルギが修行中もこっちにいたから、一年半くらいになるのかな。向こうに帰っても、何となく家臣たちがよそよそしくなってな。それでも、武術道場を作って頑張っていたんだ。それなのに、武術道場はマイチ兄さんに取られちまうし、この前の戦の時だって、俺は今帰仁(なきじん)に行けなかった。留守を守るのも大事なのはわかるが、あの時、誰かが伊波を攻めるなんて考えられなかった。留守は家臣に任せればよかったんだ」
「そうかもしれんが、お前の親父さんだって命懸けで戦に行ったはずだ。もしかしたら全滅するかもしれないと考えて、お前を残して行ったんだろう。山田のトゥク兄さんだって留守を守っていただろう」
「そうかもしれないけど、俺なんかあそこにいなくたっていい存在なんだよ。それにマチルーの事もあるんだ」
 サムが妻のマチルーを見るとマチルーは首を振って、「あたしは大丈夫よ」と言った。
「嫁さん同士の嫌がらせがあるんだ」とサムは言って溜息をついた。
「チューマチ兄さんの嫁さんは、ミヌキチの娘だけど、母親は今帰仁按司の娘なんだ。誇りある今帰仁の血なんだよ。マイチ兄さんの嫁さんは勝連(かちりん)按司の娘だ。共に誇りを持っていて、マチルーは佐敷按司の家臣の娘に過ぎないって馬鹿にしているんだよ。侍女たちまで、そんな風な目でマチルーを見るんだ。俺にはとても見ていられない」
「あたしは大丈夫だから」とマチルーは言った。
「お前が按司になったんなら、俺をお前の家臣にしてくれ。頼むよ」
 サハチはマチルーを見た。マチルーがそんな目に遭っていたなんて信じられなかった。今帰仁にしろ、勝連にしろ、古い家柄というのは、つまらない事にこだわるものだと思った。
「俺としては、お前が家臣になってくれれば助かるのは確かだが、ちゃんと親父さんの許可を得た方がいいんじゃないのか」
「大丈夫さ」とサムはためらいもなく言った。
「とにかく、クマヌに相談してみるか。どっちにしても、しばらくは、クマヌの屋敷にお世話になる事になるだろうからな」
 クマヌを呼ぶとすぐに来た。クマヌは山伏ではなく、琉球のサムレーの格好をしていた。サハチが按司となってからは警固兵の隊長を務めているので、グスク内ではサムレーの格好だった。
 話を聞くとクマヌは苦笑して、「佐敷では按司が飛び出し、伊波では倅が飛び出して来たか」と言った。
「伊波按司はここに来た事は知っているのか」とクマヌは聞いた。
「親父と喧嘩して出て来ましたからね。行き先は言ってないけど、マチルーも一緒ですから察しはつくでしょう」
 クマヌはサハチを見て、「按司様(あじぬめー)が一応、預かっているという事を伊波按司に伝えた方がいいでしょう」と言った。
 サハチはうなづいた。
「家臣にするのは無理だから、客将(かくしょう)という形で預かるという事にしよう」
 サムとマチルーをクマヌの屋敷に帰したあと、サハチはクマヌに、「東行法師が今、どこにいるのか知っていますか」と聞いた。
「東行法師とはよく考えたもんじゃ」とクマヌは笑った。
「ヤマトゥでは極楽は西(いり)にあるけど、琉球ではニライカナイは東(あがり)にある。だから東行だと言っていました」
 クマヌはうなづいた。
「西行法師はヤマトゥでは有名な歌人でな、わしが修行した熊野の近くにある吉野という所に、西行法師が暮らしていたという庵(いおり)が残っているんじゃ。西行法師を慕う者は多く、いつも花が供えられておった。ひとかどの武将でも西行法師の生き方に憧れる者は多いんじゃよ。東行法師の方じゃが、今、どこにいるのかわからん。多分、島添大里按司の配下の者があとを付けている事じゃろう。怪しまれる動きはしない方がいいという事で、しばらくは連絡がつかん。今頃は知念(ちにん)方面をのんびりと旅しているじゃろう」
「親父も元々、旅好きだったのかもしれませんねえ」
按司になってからは、気ままに旅などできなかったからな。思う存分、羽根を伸ばしているんじゃろう」
 クマヌが出て行くと、叔父のウミンターが顔を出した。
「兄貴は一体、どうなっちまったんだ」と叔父はサハチに聞いた。
 父はウミンター叔父には真相を話していなかった。やがてはウミンターにも力を借りなければならなくなるが、今の所は黙っていろと父は言っていた。ウミンターを信用しないわけではないが、あそこはウミンチュの出入りが激しい。まだ始まってもいないのに、変な噂でも立ったらまずいので、時期を見て話すと言っていた。
「旅がしたくなったようです」とサハチは答えた。
「旅だと‥‥‥按司をお前に押しつけて、旅に出るとは情けない。お前、村人たちの噂を知っているか。戦が怖くて逃げたに違いないと言っているぞ。剣術は強いかもしれないが、実戦では役立たずの臆病者だったとな」
「そんなひどい噂が立っているんですか」とサハチは首を振った。
「まったく、情けないよ。それに、隠居した親父も情けない。どうして兄貴を止めなかったんだと聞いたら、琉球を一回りしたら気が済んで戻って来るじゃろうと、のんきな事を言っておったわ」
「そうかもしれませんね」とサハチは笑った。
「お前はどうして止めなかったんじゃ」
「止めましたよ。按司になるなんて早すぎる。あと十年、待ってくれって頼んだんです。それでも駄目でしたよ。明日の事もわからんのに、十年先の事などわかるか。わしはもう我慢ができんのじゃとね」
 ウミンター叔父はさんざん愚痴をこぼして帰って行った。

 

 その頃、東行法師とマサンルーは志喜屋(しちゃ)に来ていた。サハチが生まれた時に祝福してくれた志喜屋の大主を訪ねたのだが、当然の如く、すでに亡くなっていた。娘の志喜屋ヌルもすでに六十歳を過ぎているようだった。
 東行法師は志喜屋ヌルに、「二十年前に、縁があってお世話になりましたので、近くに来たついでに、ちょっと挨拶に寄ってみました」と言った。
 志喜屋ヌルはどこから来られたかと聞いた。
「佐敷」と答えると、目の色を変えて、東行法師の顔をまじまじと見た。
「父は亡くなる時、十年後に佐敷から誰かが訪ねて来るじゃろうと言っておりました。今年が丁度、十年後に当たります」と志喜屋ヌルは言った。
「そなたの父は、わしが来る事を予言していたと言うのか」
 志喜屋ヌルはうなづいた。
 東行法師は首を傾げた。
 初めからここを訪ねる気などなかった。佐敷から足の向くままに玉グスクの城下に来て、そこからまた足の向くままに東へと向かった。志喜屋まで来て、志喜屋の大主の事を思い出して、急ぐ旅でもないので訪ねてみるかと思っただけだった。何か目に見えない力で、ここに呼び寄せられたのだろうかと不思議に思った。
 志喜屋ヌルは少し待っていてくれと二人を縁側に残したまま、どこかに行き、しばらくすると布に包まれた小さな箱を持って来た。
「これをそのお人に差し上げるようにと頼まれました」
「一体、これは何なのですか」
「ガーラダマ(勾玉(まがたま))です」
「ガーラダマ? ガーラダマをわしにくれるというのですか」
「そのように言われました。訪ねて来られるのはヌルだと思っておりましたが、違ったようです。しかし、十年後に佐敷から訪ねて来られたのはあなたですから、あなたに差し上げます」
「中を拝見してもよろしいですか」
 志喜屋ヌルはうなづいた。
 東行法師が布を開いて、木箱のふたを開けると三寸(約九センチ)近くもある大きなガーラダマが入っていた。色は薄い碧色(みどりいろ)で玉(ぎょく)(翡翠(ひすい))のようだった。
「代々、浦添のヌルに伝えられたガーラダマです」
「えっ」と東行法師は驚いた。
「どうして、それがここにあるのですか」
「今の浦添按司の前の浦添按司は西威(せいい)といって、その母親は玉グスク按司の娘でした。西威の姉が浦添ヌルの聞得大君(ちふぃうふじん)で、これの持ち主でしたが、これを首に掛けると体の具合が悪くなるというので、父に預けました。父のシジ(霊力)が高い事は有名だったので、ガーラダマに取り憑いているヤナムン(悪霊)を祓(はら)ってくれと頼んだのです。ところが、しばらくして西威は滅ぼされてしまい、聞得大君も亡くなり、返す事ができなくなったのです。父はお前が使えばいいとわたしにくれましたが、わたしもそれを掛けると体の具合が悪くなって、しばらく寝込んでしまいました。わたしはやはりヤナムンが取り憑いているに違いないと父に言いましたが、父はヤナムンなど憑いてはおらんと言います。きっと、ガーラダマが人を選ぶのじゃろう。そのうち、これを掛けるべき人が現れるはずじゃと言って、しまってしまったのです。三十年余りもしまったままで、亡くなる時に、急に思い出したかのように、十年後、佐敷から訪ねて来る人がいるから、その人に差し上げろと言ったのです」
「成程。わけありのガーラダマというわけじゃな」
 志喜屋ヌルはうなづいて、「どうぞ、お持ち下さい」と言った。
 東行法師はありがたくいただいて、志喜屋ヌルと別れた。
「不思議ですねえ」と歩きながらマサンルーが言った。
「親父が隠居して、旅に出る事が前もってわかっていたなんて、どう考えても理解できない」
「そうじゃのう。しかも、十年も前から、わしがあそこに行く事が決まっていたような感じじゃのう」
 東行法師は、何か目に見えない力によって、自分が動かされているような奇妙な気分を味わっていた。