長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

35.首里天閣(最終決定稿)

 二月になってもサンルーザは来なかった。
 サハチを送ってサイムンタルーが来てから四年が過ぎている。今年は来るだろうと思っていたのに来なかった。高麗(こーれー)の国に政変が起こって混乱しているらしいという噂が浮島に流れていた。混乱に乗じて高麗を攻めているのかもしれなかった。叔父のウミンターも鮫皮がかなり貯まってきたので、来年は必ず来てもらわないと困るとぼやいていた。
 サンルーザは来なかったが、早くも父の東行(とうぎょう)法師が帰って来た。父は佐敷グスクに来る事はなく、弟のマサンルーが来て、村はずれの小屋で父が待っていると知らせた。
「もう琉球を一回りして来たのか」とサハチが聞くと、マサンルーは笑って、「久高島にずっといたんだよ」と言った。
「兄貴は知っていたのか。久高島に親父の隠し子がいたんだ。まったく驚いたよ」
 サハチは笑ってうなづいた。
「母さんには言うなよ」
「ああ、わかっているよ」
 サハチはすぐに父のいる小屋に向かった。
 村人たちはすでに父が帰って来た事を知っていて、「チョーローメー(お坊様)はお寺(うてぃら)にいる」とサハチに教えてくれた。いつの間にか、あの小屋はお寺になっていた。
 小さなお寺の中で、父は文机(ふづくえ)に向かって何かを書いていた。
「もう旅は終わりですか」とサハチは父に声を掛けた。
 父は振り返ってサハチを見ると、「旅というのはいいもんじゃのう」と嬉しそうな顔をして言った。
「思ってもいなかった不思議な事に出会える」
「何か不思議な事でもあったのですか」
 父はうなづき、「この小屋なんだが、お前、誰かに命じて掃除をさせたのか」と聞いた。
「いいえ。何もしていませんが」
「そうか、帰って来たら綺麗に掃除がしてあって、花まで飾ってあったぞ」
 そう言って、父は文机の隣りに置いてある竹で作った花入れに差された花を示した。
「村人たちでしょう。ここをお寺と言っていましたから、親父の無事を祈って花を供えたのでしょう」
「そうだったのか。お寺と呼ぶ程、立派ではないが、『東行庵(とうぎょうあん)』とでも名付けるか」
「それはいいですね」と言いながらサハチは小屋の中に入ると父の前に座った。
「島添大里(しましいうふざとぅ)按司の手の者はやはり、付いて行きましたか」
 父はうなづいた。
「行商人(ぎょうしょうにん)のなりをして付いて来た。わしらが久高島に渡るとやはり付いて来て、島の中で商売をしていたようじゃ。今頃、島添大里按司に報告でもしているじゃろう。それより、今回、戻って来たのは、ガーラダマ(勾玉(まがたま))を馬天ヌルに渡すためだったんじゃ」
「ガーラダマですか」とサハチは首を傾げた。
「志喜屋(しちゃ)の村を通った時、ふと志喜屋の大主の事を思い出して訪ねたんじゃ。志喜屋の大主はすでに亡くなっていたが、娘の志喜屋ヌルがいて、ガーラダマを渡されたんじゃよ。いわく付きの大きなガーラダマじゃ」
「志喜屋の大主って、俺が生まれた時に来たという人ですよね」
「そうじゃ。あの石が光るのを見たお人じゃ」
「その人、会った事ありますよ。最近、思い出したんだけど、十歳くらいの時、馬天ヌルの叔母さんと一緒に浜辺にいたら声を掛けて来たんです。名前を聞かれただけだったんで忘れていたんだけど、親父が旅立ったあと、叔母さんが俺を励ましに来て、志喜屋の大主の話をして、それで思い出したんです」
「ほう。馬天ヌルは志喜屋の大主を知っていたのか」
「先代の馬天ヌルに連れられて志喜屋まで行って会ったそうです。何でも凄いシジ(霊力)を持っていて、先の事が見えるとか言っていました」
「それは本当じゃ」と父は言った。
「志喜屋の大主は十年前に亡くなっていたんじゃが、十年後にわしが訪ねる事を知っていて、娘にガーラダマを預けたという」
「ええっ」とサハチは驚いて父の顔を見つめた。
「そのガーラダマなんじゃが、どうして、わしにくれるのか意味がわからなかった。海辺に出て久高島を見た時、ガーラダマを久高島に持って行けと言われたような気がして、わしらは久高島に渡ったんじゃ。フカマヌルと二十年振りの再会じゃった。懐かしかったのう。フカマヌルは二十年前とほとんど変わっていなかったわ。そして、娘と会った。母親によく似た美人じゃった。会いたかったと言って娘は泣いたよ。わしも涙が止まらなかったわい」
「感動の対面ですか。マサンルーはそれを見ていて何か言いましたか」
「ぽかんと口を開けておった。姉さんが二人になって、二人ともヌルなんですねえと言っていたのう。それで、ガーラダマなんじゃが、フカマヌルに見せたら、年季の入った凄い物だと言ったんじゃ。わしにはガーラダマの事などわからんが、かなりの値打ち物らしい。わしが志喜屋ヌルの言った事を話すとフカマヌルは、きっと、これはサスカサ神(がみ)が持つべきガーラダマよと言って、フボーヌムイに籠もっているサスカサ神のもとへ持って行ったんじゃ。そんな凄いヌルがここにいたのか。それに間違いないとわしも肩の荷を下ろしたんじゃよ。ところが、フカマヌルはガーラダマを持って戻って来た。サスカサ神は、そのガーラダマは馬天ヌルに渡すべき物だと言ったらしい。そうじゃったのか。それでわしに預けたのかとわしはようやく納得した。ちょっと早いが、馬天ヌルにガーラダマを渡すために佐敷に帰るかと思っていたら、娘のウミチルの具合が悪くなってしまったんじゃ。内緒で例のガーラダマを首に掛けたという。フカマヌルが必死になって祈りを続けて、ようやく良くなったが、志喜屋ヌルが言っていた事は本当じゃったとわかった。恐ろしいガーラダマじゃ。馬天ヌルがこれを身に付けて大丈夫なのかと不安じゃったが、フカマヌルはサスカサ神が言ったのだから絶対に大丈夫だと言った。ウミチルが元気になってから、わしらは久高島を離れて帰って来たんじゃ」
「そんな事があったのですか。それでガーラダマは叔母さんに渡したのですか」
 父はうなづいた。
「馬天ヌルも不思議じゃった。わしの顔を見るなり、「ガーラダマね」と言いおった」
「えっ、知っていたのですか」
「知っていたわけではないらしい。わしの顔を見たら、なぜか、ガーラダマが頭に浮かんできて、言葉に出たと言う」
「叔母さんは大丈夫だったのですね」
「わしはガーラダマの事を説明したが、あいつは何も恐れずに首に掛けた。しばらく見守っていたが、具合が悪くなる様子はなかった。ウミチルはそれを首に掛けた途端に胸が苦しくなって、すぐに外したという。馬天ヌルには何事も起こらなかったんじゃ」
「不思議ですねえ」
「気のせいかもしれんが、しかるべき持ち主と出会えて、あのガーラダマが嬉しそうな顔をしているように思えたよ」
「ガーラダマにも魂(まぶい)が宿っているんですかね」
「そのようじゃな」
 父はその後、東曲輪(あがりくるわ)に顔を出して家族と再会し、一晩泊まると改めて旅立って行った。
 三月に中山王が、三人の官生(かんしょう)(留学生)を明に送ったという噂が流れてきた。官生は応天府(おうてんふ)(南京)にある国子監(こくしかん)という最高学府で三年から九年間、教育を受けるという。話を聞いて、サハチも明の国に行って、明の言葉を習い、明の書物を読んでみたいと思った。いつの日か必ず、明の国に行こうと心に決めた。
 五月の梅雨のさなかに、島添大里按司が明に送った進貢船(しんくんしん)が与那原(ゆなばる)の港に帰って来た。雨降る中にもかかわらず、港はお祭り騒ぎで、法螺貝や太鼓の音が佐敷まで聞こえてきた。その船は山南王の船で、島添大里按司が強引に借りたものだった。弟のヤグルーがヒューガと一緒に見に行って、間近に見た進貢船の大きさに驚いていた。
「あんな大きな船なら相当なお宝を積んで来たに違いない。それに、進貢船のあとを慕うように、ヤマトゥから来た船が続々と港に入って来た。島添大里の城下は益々栄えて行きそうです」とヤグルーはサハチに言った。
 それからしばらくして、島添大里按司の使者が荷車と一緒に佐敷グスクにやって来た。約束を破らなかったらしい。ヤマトゥの刀のお礼だと言って、予想以上の品物を返してくれた。高価な明の陶器や織物などが荷車に山のように積んであった。使者は、次回もよろしくお願いいたしますと言って帰って行った。
 サハチの脳裏に、自慢そうな顔をした島添大里按司の顔が浮かんだ。次回のためとは言え、約束を守り、これだけの物を贈ってよこすとは、島添大里按司という男は、思っていた以上に器の大きい男なのかもしれない。やはり、油断のならない恐るべき強敵に違いなかった。
 サハチは祖父を呼んで贈られた品々の目利(めき)きをしてもらった。ヤマトゥの刀を五十振(ふり)と比べてどうかと聞くと、妥当なところじゃろうと言った。
「これだけの品があれば、ヤマトゥとの取り引きでヤマトゥの刀を百振り近くと交換できるじゃろう。ただ、明ではヤマトゥの刀は十倍近い値で売れると聞いた事がある。それが事実だとすれば、この五倍はもらってもいいという事になるな」
「成程。この五倍ですか」と言ってサハチは苦笑した。
 島添大里按司はヤマトゥの刀を受け取る時に、倍にして返すと言ったが、その言葉通りに、倍にして返してくれたようだった。サハチは祖父に、必要な物は出して使用し、残りはヤマトゥとの交易に使うように蔵にしまってくれと頼んだ。
 そんな頃、中山王の察度が浦添按司を隠居して、浮島を見下ろす高台に豪勢な屋敷を建てて、そこに移ったとの噂が流れて来た。クマヌに調べさせると噂は本当の事だった。
 明国から任じられた王という地位は死ぬまで辞められないが、按司という地位は生前でも息子に譲れるので、浦添按司を若按司のフニムイに譲って、新しく建てた隠居屋敷に移ったのだという。隠居屋敷は首里(すい)と呼ばれる高台の上に立ち、三層建ての楼閣で『首里天閣(すいてぃんかく)』と名付けられていた。毎日、見物人が大勢やって来て、その建物を見上げているらしい。
「まさに、天に届くかと思われるような素晴らしい建物じゃ。明国にある楼閣を真似して作ったらしいのう」
「中山王は見ましたか」とサハチはクマヌに聞いた。
「時々、上から見下ろして手を振る事もあるらしいが、わしが行った時は現れなかった。大きな赤木が何本もある森の中にあるんじゃが、楼閣の周りは綺麗に整地してあり、高い石垣に囲まれている。中山王の屋敷だけあって警固はそれなりに厳重じゃ。楼閣に登らなくても海側に立てば、そこから浮島がよく見えて眺めがいい。見物人たちは楼閣を見上げ、浮島を見下ろして、気分よく帰って行くようじゃ」
「すでに、新しい名所になっているようですね」
「そうじゃな」とクマヌはうなづいた。
「もしかしたら、中山王はあそこにグスクを築いて、浦添から移るつもりじゃったのかもしれんな。しかし、本拠地を移すというのは大変な事じゃ。グスクだけでなく、家臣たちの屋敷も作らなければならんからのう。あとの事は倅に任せる事にして、自分だけ先に移って来たのかもしれん」
 マチルギに『首里天閣』の話をすると、目の色を変えて、「梅雨が明けたら是非とも行きましょう」と嬉しそうに言った。
 サハチとマチルギより一足早く、梅雨が明けるのを待って首里天閣を訪ねる客人がいた。宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)と呼ばれている泰期(たち)だった。御隠居には連れがあった。東行法師とマサンルーだった。
 東行法師とマサンルーは南部をのんびりと旅をしてから浮島に行き、そこからキラマ(慶良間)の島々に渡った。キラマから戻ると北上して、梅雨の始まる前に読谷山(ゆんたんじゃ)まで来ていた。突然の大雨に降られて飛び込んだ所が、宇座の御隠居の牧場だった。以前、サハチたちがお世話になった離れで雨宿りをしていて、御隠居に話しかけられた。世間話をしているうちに、東行法師がサハチの父親だとわかって、御隠居に歓迎されたのだった。
 東行法師は御隠居が中山王の弟だと知って驚き、さらに、倅のサハチが御隠居と知り合いだった事に驚いた。思い出してみるとサイムンタルーと行った旅のあと、サハチから宇座按司に会ったと聞いたような気もするが、はっきりと覚えていない。宇座按司の事はクマヌからも聞いていたが、まさか、野良着姿の爺さんが宇座按司だったとは思いもしなかった。
 東行法師とマサンルーは梅雨が明けるまで、御隠居の離れに滞在していた。居心地がいいのと、何も雨が降る中、急いで旅をする理由もなかった。そこに中山王から使者が来て、首里天閣に遊びに来いと言って来た。梅雨が上がると御隠居は東行法師とマサンルーを連れて、久し振りに中山王に会うため、首里に向かったのだった。
 宇座の御隠居と東行法師とマサンルーの三人が首里天閣を訪ねた次の日、サハチとマチルギ、サムとマチルー、ヒューガの五人が見物人たちに混ざって首里天閣に来ていた。
 サムは父親の伊波按司の許しを得ていた。サハチが伊波まで行って何とか話をつけ、預かる事になっていた。サムは以前のように美里之子(んざとぅぬしぃ)の道場に通い、マチルーはマチルギから剣術を習っていた。
「凄ーい」とマチルーが首里天閣を見上げて叫んだ。見物人たち誰もが三層の楼閣を見上げてそう思っていた。
 赤い柱に黒い瓦屋根、二階と三階には欄干(らんかん)が付いていた。黒い瓦は日の光を浴びて輝き、三階の屋根の上には天まで届けというように棒のような物が突き出ていた。三階の屋根の下に額(がく)が掲げられてあり『首里天閣』と書いてある。高い石垣で囲まれているので、開いた門の所からしか中の様子は見られないが、楼閣の前は広い庭になっていて、形のいい木が何本か植えられてあった。門の左右には槍を持った門番が見物人たちを睨んでいた。
「凄い物を建てたものじゃ」とヒューガもしきりに感心していた。
「ヤマトゥで言えば極楽にある建物のようじゃ」
琉球で言えばニライカナイにある建物ですかね」とサハチが言うと、「それとも伝説の龍宮(りゅうぐう)か」とサムが言った。
「中がどうなっているのか見たいわね」とマチルギは言った。
「中も凄ーく豪華なのよ」とマチルーがうっとりした顔をして言った。
 サハチたちは見物人たちと一緒に、石垣に沿って楼閣の周りを一回りして、海の見える所から浮島を眺めた。
 確かにいい眺めだった。浮島の向こうのキラマの島々もよく見えた。浮島の回りに泊まっている船はあまり多くなかった。皆、明からの品を求めて与那原に行ったようだ。ハリマの宿屋も空いていそうだった。
 サハチたちはもう一度、首里天閣を見上げ、浮島を目指して歩き始めた。
 その頃、首里天閣の三階では東行法師と宇座の御隠居、中山王の三人が、明から渡ったお茶というものを飲みながら、昔話に花を咲かせていた。マサンルーは一階にある従者の待つ部屋で退屈な時を過ごしていた。
 東行法師が首里天閣で、中山王と宇座の御隠居と会っている事は、すぐに島添大里按司に知らされた。話を聞いた島添大里按司は信じられんという顔をして、「本当なのか」と聞き返した。
 奥間大親(うくまうふや)が、「確かな事です」と言うと、「一体、どうなっておるんじゃ」と独り言のように呟いた。
「わしはまだ招待を受けておらん。このわしより先に首里天閣に上るとは、東行法師は中山王とそれ程の仲じゃったのか。玉グスク按司、知念按司と密かに会うに違いないと睨んでおったが、そんなそぶりは見せず、久高島に行ったり、キラマに行ったり、何をしているのかと思えば、今度は中山王と会っているじゃと。まったく、あいつは何者なんじゃ」
「まだ、あとを追わせますか」と奥間大親が聞くと、「当たり前じゃ」と怒鳴ったが、「もし、読谷山より北に行くようなら、あとはもう放っておけ」と島添大里按司は苦虫をかみ殺したような顔をして言った。