長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

42.予想外の使者(改訂決定稿)

 山南王(さんなんおう)となった島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)(汪英紫)は、家臣たちを引き連れて島添大里グスクから島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに移って行った。
 島添大里グスクには、大(うふ)グスク按司のヤフス(屋富祖)が入って島添大里按司となった。大グスクは島添大里按司の出城の一つとなり、ヤフスの武将が守る事となって、大グスク按司はいなくなった。
 サハチ(佐敷按司)から見れば、島添大里按司が遠くに行って、ヤフスが島添大里按司になったのは都合のいい状況となったと言える。ただ、本家と分家に分かれて対立していた、島添大里と島尻大里が一つにまとまったため、山南王の勢力は以前よりずっと強くなった。山南王の考え次第では、敵対している玉グスク、垣花(かきぬはな)、糸数(いちかじ)、知念(ちにん)を攻め落とす事も可能と言えた。
 島尻大里の混乱も治まった六月の半ば、サハチはマチルギを連れて二年振りの旅に出た。一緒に旅をしたのは、弟夫婦のマサンルーとキクだった。
 今回の旅の主役はキクだった。キクが行きたいと言った所を見て歩き、結局、玉グスクの城下、島尻大里の城下、浮島、首里天閣(すいてぃんかく)といつものお決まりの順路となった。
 玉グスクの城下も島尻大里の城下も、あまり変わってはいなかった。島尻大里グスクの城主が変わったと言っても、同じ一族の者が入れ替わっただけなので、戦(いくさ)があったとはいえ、グスクが燃えることもなく、城下の一部がヒューガ(三好日向)とウニタキの配下の者たちによって焼かれただけだった。グスク内ではかなりの人事異動があって、殺された重臣たちもいたようだが、城下の眺めに変化はあまりなかった。
 奥間(うくま)と佐敷しか知らないキクは何を見ても驚き、父と各地を旅をしたマサンルーは自慢げに色々と説明していた。
 糸満(いちまん)の港から船が一隻なくなった事は、山南王(島添大里按司)に知らされたが、先代山南王(二代目承察度)がその船に乗って逃げたのだろうという事になって、問題にはならなかった。山南王は浦添按司(うらしいあじ)(フニムイ)が押さえていた明国(みんこく)(中国)からの荷物を受け取り、それを元にして、ヤマトゥ(日本)の船が帰る前に、次回の進貢船(しんくんしん)に乗せて行く物資を集めなければならず、なくなった船の捜索などやっている暇などなかったようだ。
 浮島はヤマトゥの船はほとんど帰ってしまって閑散としていた。ハリマ(播磨)の宿屋で一泊して、翌日は首里天閣に向かった。
 首里天閣もできてから二年が経ち、二年前に来た時のような賑やかさはなかった。それでも、ここからの見晴らしがいいので、見物人が絶える事はなく、田舎から出て来た老夫婦が何組かいて、たまげた顔をして首里天閣を見上げていた。
「凄いわね」とキクも目を大きく見開いて驚いていた。
「そう言えば、お前、この中に入ったんだろう?」とサハチがマサンルーに聞いた。
「入ったけど、一階にある従者が待っている部屋にいただけだ。上には行っていない。親父は上まで行って、お茶という珍しい飲み物を御馳走になったらしい」
「えっ、ほんとなの?」とマチルギも驚いていた。
「親父から詳しい事は聞いていないが、親父は中山王(ちゅうざんおう)(察度)と知り合いだったのか」とサハチは聞いた。
「まさか?」とマサンルーは首を振った。
「ここに来る前に、宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)様と呼ばれる爺さんの所に世話になっていて、その爺さんに連れられて来たんだよ。あの爺さん、中山王の弟だったらしい」
「何だ。そういう事だったのか」とサハチは笑った。
「ねえ」とマチルギがサハチの袖を引いた。
 サハチは嫌な予感がした。
「行きましょう」とマチルギは楽しそうに笑った。
「久し振りの旅なんだし、ちょっと足を伸ばしましょうよ。御隠居様に会いたいわ」
 一度言い出したら止めても無理だった。このまま東に向かって帰るつもりだったのに、暑い炎天下の中、一行は北へと進路を変えて宇座を目指した。浦添の城下を見て、北谷(ちゃたん)の城下を見て、宇座に着いたのは日暮れ間近になっていた。
 よく来てくれたと宇座の御隠居(泰期(たち))は歓迎してくれた。
 前回来たのは、今帰仁合戦のあとだったので三年前だった。御隠居の息子のクグルー(小五郎)はもう九歳になっていて、月日の経つのは速いと改めて感じていた。
「昔の仲間がみんな亡くなってしまい、訪ねて来る者も減ってきて、取り残されたような心境じゃよ」と御隠居は寂しそうに言った。
「そう言えば、この前、お前の爺さんが訪ねて来たぞ。鮫皮(さみがー)作りを隠居して旅をしているそうじゃな。親父も隠居して旅をしている。一体、お前んとこはどうなっておるんじゃ?」
「どうやら、旅好きな血筋のようです」とサハチは言った。
「何かを始めたようじゃな」と御隠居は笑ったが、それ以上は聞かなかった。
 キクはたくさんの馬がいる牧場が気に入ったようだった。次の日はキクに乗馬を教えて、馬に乗って近くを散策して過ごした。夜は明国の酒を御馳走になって、御隠居の昔話を聞いた。御隠居の若い頃の話をマサンルーは目を丸くして驚いていた。
 今の御隠居の姿からは、とても想像もできないが、危険な事を何度も乗り越えてきた凄い人だという事をサハチも改めて感じていた。宇座按司を継いだ次男が、中山王の使者として明国に行ったと御隠居は嬉しそうに言った。家族の事はあまり話さなかったので知らなかったが、御隠居の次男は御隠居が引退する前から、御隠居の従者として明国に渡り、その後も何度も行っていたらしい。二年前に正式な使者となって明国に行って来たようだった。次男が使者としての自分の跡を継いでくれた事がよほど嬉しいらしく、御隠居は目を細めて次男の話をしてくれた。マチルギのお陰で、御隠居と再会できて本当によかったとサハチは思っていた。
 マサンルーの婚礼のお祝いだと言って、御隠居は気前よく馬四頭をくれた。サハチたちはお礼を言って、帰りは馬に乗って帰った。
 ここまで来たのだからと、山田グスクと伊波(いーふぁ)グスクに寄って、途中、雨に降られて雨宿りをしても、余裕で、日暮れ前には佐敷に帰る事ができた。
 八月に台風が続けざまに二つも来た。村人たちの避難騒ぎがあったが、思っていた程の被害も出ずに助かった。与那原(ゆなばる)の港に泊まっていた山南王の進貢船は、台風の前に糸満に移動し、台風の時は国場川(くくばがー)に避難して無事だったらしい。海賊になったヒューガたちは大丈夫だろうかと心配だったが、どこにいるのか、まったくわからなかった。
 九月になって意外な所から使者が来た。
 玉グスクからだった。島添大里グスクを攻めるので協力しろ、とでも言いに来たのかと思いながらサハチは使者と会った。
 使者は白髪頭の老人だった。『百名大親(ひゃくなうふや)』と名乗って、他愛もない世間話を長々としていて、なかなか本題に入ろうとはしなかった。
 サハチの方が焦れて、「ところで、御用件は?」と聞いた。
 百名大親は急に真面目な顔になって、「うーむ」と唸ってから、「実は」と話し出した。百名大親が言った事は信じられない事だった。勿論、戦の事ではなく、サハチの妹を若按司の嫁に迎えたいというのだった。
「こちらとしては、そのようなめでたいお話をお受けするのは喜ばしい事ですが、どうして急に、そのようなお考えになったのか、わたしには理解しがたい事でございます」とサハチは思った通りの事を言った。
 歴史ある玉グスク按司の方から、勢力もない佐敷按司と手を結ぼうとしている事が、どう考えてもわからなかった。
「ごもっともな事でございましょう。わたしとしても、そのお話を我が按司様(あじぬめー)より伺った時、はて?と思いました。理由を聞いた所、ヌル様のお告げがあったそうでございます。玉グスクのヌル様は按司様の妹でございます。幼い頃よりシジ(霊力)が強く、ヌル様のお告げとあらば、従わないわけには参りません。どうか、よろしくお頼み申します」
「佐敷に取ってこれは重大事でございます。わたしの一存では決めかねます。重臣たちとも相談した上、改めて御返事を差し上げますがよろしいでしょうか」
「結構でございます。よき御返事をお待ちしております」
 百名大親が帰ったあと、サハチはすぐに重臣たちを集めた。
 玉グスクから妹を嫁に欲しいと言って来たと告げると皆、驚いた顔をしてサハチの顔を見つめた。
「何か裏があるのではないのか」とクマヌ(熊野大親)が言った。
「玉グスクのヌルのお告げがあったらしい」
「ヌルのお告げか‥‥‥」と与那嶺大親(ゆなんみうふや)が薄笑いを浮かべながら言った。
「まったく、都合のいい言葉じゃな」
「しかし、玉グスクと結ぶのは悪くないとは思いますが」と屋比久大親(やびくうふや)が言った。
「悪くない話だが、佐敷と玉グスクが結んだ事を知ったら、島添大里按司、いや、山南王がどう思うかだな」と兼久大親(かにくうふや)が心配顔で言った。
「警戒は強めるじゃろうが、すぐに攻めて来るという事もあるまいと思うが」とクマヌが言って、皆の顔を見た。
「それより、断れば玉グスクも敵に回してしまう事になる」
「島添大里按司が山南王となって、南部の勢力図が大分変わった。佐敷が山南王と手を結ぶと、玉グスク、垣花、知念、糸数は潰される危険にさらされると見て、今回の話を持って来たのではないでしょうか」と叔父の苗代大親(なーしるうふや)が言った。
「佐敷の腹の内を探る魂胆かもしれんな。断れば佐敷を攻めるかもしれんぞ」とクマヌが言った。
「玉グスク、垣花、知念、糸数の連合軍に攻められたら佐敷は完全に潰される」と兼久大親が青ざめた顔をして言った。
 美里之子(んざとぅぬしぃ)が絵地図を持って来て広げた。美里之子も今年から重臣の一人となっていた。重臣になる時、美里大親を名乗るように勧めたが、美里之子は断った。父の敵を討つまでは父の名を継いでいたいと言った。武芸者として、『美里之子』の名は名高い。武術道場の師範として、美里之子のままの方がいいかもしれないとサハチも思い直した。
 絵地図を見ると、佐敷グスクは東から知念グスク、垣花グスク、玉グスク、糸数グスク、大グスク、島添大里グスクに囲まれた中にあった。
「敵に回せば、確実に潰されますね」と美里之子も言った。
 今まで島添大里按司が攻めて来る事は考えても、玉グスク按司が攻めて来るなんて考えてもいなかった。生き残るためには、玉グスク按司を敵に回すわけにはいかなかった。
「玉グスクの話に乗るしかないようじゃ」とクマヌは言った。
 サハチもうなづいた。
「マナミーには悪いが、犠牲になってもらうしかないな」
 サハチの妹、マナミーは十六歳で、今年の正月から剣術の稽古に励んでいた。知る人もいない異郷の地に嫁入りするのは可哀想だが、納得してもらうしかなかった。
「こちらからお姫様をお嫁入りさせるだけでなく、向こうからもお嫁をもらったらいかがでしょうか」と与那嶺大親が言った。
「ヤグルーの嫁ですか」とサハチは聞いた。
「さようでございます。玉グスク按司には美しいお姫様がいると噂を聞いた事がございます」
 サハチも前回の旅でその噂は聞いていた。玉グスクの城下で簪(かんざし)屋に寄った時、その美しいお姫様の簪も、そこの職人が作ったと自慢げに話していた。今年、十五歳で、まもなくお嫁に行かれるだろうが、お姫様をお嫁に迎えたお方は果報者(くゎふーむん)だと言っていた。
「駄目で元々だ。その事を提案してみよう」とサハチは言って、皆の顔を見回した。
 皆、同意してうなづいた。
 サハチは東曲輪(あがりくるわ)に行って、マナミーと母を呼んだ。突然の話で二人とも驚いた。母はマナミーが可哀想だと反対した。玉グスクの若按司の嫁になれば、会いたくても会えない。家臣の倅でもウミンチュ(漁師)の倅でもいいから、遠くにやらないでほしいと言った。
 うなだれたまま、母の話を黙って聞いていたマナミーは顔を上げてサハチを見ると、「あたし、お嫁に行きます」とはっきりと言った。
「えっ?」とサハチの方が驚いた、
「何を言っているんです」と母がたしなめた。
「言っている意味がわかっているのですか。玉グスクの按司といえば古い家柄で、しきたりとかもうるさいのに違いありません。そんな堅苦しい家に嫁ぐのですよ。苦労するに決まっています」
「どこに嫁いでも苦労はするでしょう。でも、乗り越えてみせます。あたし、お母様の娘ですもの。それに、馬天(ばてぃん)ヌルの叔母様から言われていました。遠くにお嫁に行く事になるかもしれないけど、お兄様のためだと思って喜んで行くのよと言われました。そんな事を言われても、あたしは嫌だと思っていました。でも、マチルギのお姉様から剣術を習って、あたしにも勇気が出て来ました。お姉様は遠くからお嫁にいらして、佐敷の人たちみんなから慕われています。あたしもお姉様のように生きたいと思いました」
 サハチはマナミーを見ながら、知らないうちに大人になったなと思っていた。サハチはマナミーにお礼を言って、馬天ヌルに会いに行った。
 馬天ヌルは祖父の隠居屋敷にいた。娘のササは四歳になり、何をしたのか、キャーキャー言いながら祖母から逃げ回っていた。馬天ヌルは縁側に座って、笑いながらそんな二人を見ていた。
 縁側には木彫りのおもちゃが転がっていて、その一つを馬天ヌルが手に持っていた。よく見るとそれは馬だった。縁側に転がっているのも動物で、どうやら十二支のようだった。
「師匠が彫ったものですね?」とサハチは聞いた。
「ええ、そうよ」と馬天ヌルは軽く笑った。
「この間、島尻大里にある『よろずや』っていうお店の人が持って来てくれたの」
「そうですか。あれから師匠には会ってないのですね」
「ええ、一度も。どこで何をやってるのかしら?」
「ササには何と言ってあるんです?」
お船に乗って遠くに行っているってね」
「そうですか‥‥‥師匠と叔母さんの血を引いているから強い娘になりそうですね」
「そうね。武芸者に育てようかしら」
「跡継ぎにするんじゃないんですか」
「それはササ次第よ」
 ササが祖母に捕まって、縁側にやって来た。サハチを見ると笑って、木彫りの『龍(りゅう)』をつかんでサハチに渡した。
「ありがとう」と言ってサハチは受け取った。
 うまくできた龍だった。龍なんて見た事もないが、本当にいるのだろうかと思った。ササは木彫りのねずみを祖母に渡すと、キャッキャッ言いながら部屋の方に戻って行き、祖母が追って行った。
 ササを見ながら、「マナミーに縁談が来ました」とサハチは馬天ヌルに言った。
「どこから?」と馬天ヌルもササを見ながら聞いた。
「玉グスク」とサハチが言うと、馬天ヌルはサハチの顔を見て、「そう」と言った。
「マナミーは行くと言ってくれました」
「大丈夫よ」と馬天ヌルは言って、うなづいた。
「マナミーは大事にされるはずよ」
「叔母さんにそう言ってもらえると助かります」
「相手は若按司かしら?」
「そうです」
「若按司の母親は久高島(くだかじま)にいるフカマヌルの妹さんなの。もしかしたら、『サスカサ』の神様にお告げがあって、それをフカマヌルから玉グスクヌルに伝えられたのかもしれないわね」
「使者は玉グスクヌルのお告げがあったと言っていました。玉グスクヌルと言えば、叔母さんと一緒に会ったあの老婆でしょう」
「いいえ。あの人は二年前に亡くなったわ。今のヌルは按司の妹さんのはずよ」
「若按司には美しい妹がいるらしいけど知っていますか」
「あたしが久高島の修行を終えて帰ろうとした時、若按司たちが久高島に遊びに来たわ。その時、妹が二人いたけど二人とも可愛い娘だったわよ。もう五年も前の事だけどね」
「妹が二人いたとは知らなかった。多分、上の妹だと思うんだけど、ヤグルーの嫁にもらおうと思っているんです。まだ、向こうには伝えていないけど」
「そう」と言って馬天ヌルは少し考えてから、「それはいいかもしれないわね」と言った。
 馬天ヌルと別れて佐敷グスクに戻ると、サハチはクマヌを呼んで、玉グスクへの使者を頼んだ。さらに綿密な打ち合わせをして、翌日、クマヌは玉グスクへ向かった。
 良い知らせを持って正午(ひる)頃には戻って来るだろうと待っていたのに、クマヌはなかなか帰らず、夕方近くになって、ようやく帰って来た。
「百名大親に捕まってしまって、なかなか帰してもらえなかったんじゃ」とクマヌは言いわけをした。
「うまく行ったのですか」とサハチは聞いた。
 クマヌはうなづいた。
「ヤグルーの嫁の話も承諾してくれた。玉グスクヌルのお告げがあって、わしらがそう言ってくるだろうという事はわかっていたそうじゃ。あとの事は百名大親と相談してくれというので、百名大親と会ったんじゃが、これがまた話し好きの爺さんでな、話し出したら切りがない。ヤマトゥの事など色々と聞かれたわ」
「うまく行きましたね。ヤグルーは年末にならないと帰って来ないだろうから、来年という事で話を進めて下さい」
「わかった。しかし、玉グスクのお姫様を迎えるとなると屋敷も新築しなければならんぞ」
「そうか。そこまでは考えていなかった」
「グスク内のどこかに建てなければなるまい」
「マサンルーが外にいるのに、ヤグルーの屋敷をグスク内に建てるのですか」
「グスクの外だとぞんざいに扱っていると思われるぞ」
「そうだな。そう考えるとお姫様を迎えると言うのも面倒な事ですね」
「それと、ヤグルーだが嫁をもらったら旅に出られなくなる。誰か代わりの者を見つけなくてはならんな」
「そうか。その問題もあるか」
「とにかく、屋敷の件は早く決めて建て始めないと間に合わなくなる」
「そうですね。明日、みんなを集めて相談しよう」
 クマヌが帰ったあと、サハチはマチルギにヤグルーの屋敷の件を話した。マチルギのお腹はまた大きくなっていた。四人目の子供だった。
「本曲輪に建てるのは難しいけど、東曲輪ならもう少し東に伸ばせるんじゃないかしら」とマチルギは言った。
「東曲輪か」とサハチは考えた。
「次男のマサンルーが城下にいるのに、ヤグルーを東曲輪に入れるのはちょっと気が引けるな」
「そうね」
「つまらん事で根に持たれたらかなわんからな」
「マサンルーにもちゃんと相談した方がいいわよ」
「そうだな」
「ねえ。マサンルーを東曲輪のお屋敷に入れて、ヤグルーの屋敷をその隣りに新築したらいいんじゃないの。今、東曲輪にはお父様はいないし、マナミーはお嫁に行くし、ヤグルーも出て行けば、マサンルー夫婦は入れるわよ」
「そうか、その手があったか。明日、マサンルーと相談してみよう」
「ヤグルーは今頃、どこにいるのかしら? 自分の知らないうちにお嫁さんが決まってしまって、帰って来て驚く顔が目に見えるわ」
「そうだな。玉グスクのお姫様をお嫁にもらうなんて考えてもいまい」
 サハチとマチルギは、ヤグルーのたまげた顔を思い浮かべて笑い合った。

 

 その年の十月、中山王の察度(さとぅ)と同盟した山北王(さんほくおう)のミンは、使者を中山王の船に便乗させて、明国との進貢を再開した。
 山南王となった汪英紫(おーえーじ)(先代島添大里按司)は、『山南王叔(さんなんおうしゅく)』という肩書きのまま進貢船を明国に送った。
 正式に山南王を継ぐには、明国の皇帝から任命されなければならなかった。それには先代の死を告げなければならないが、高麗(こーれー)に逃げたという噂のある先代の生死が確認できない今、それを告げる事はできなかった。高麗も明国に朝貢している。高麗から明国に、琉球の山南王が高麗に亡命していると伝えられる可能性もある。それに、娘婿の浦添按司から、中山王が高麗に使者を送って、孫である先代山南王の帰還を要請したと聞いている。もし、戻って来たとしても、山南王に復帰するのは不可能だが、今、先代の死を明国に告げる事はできなかった。