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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

43.玉グスクのお姫様(最終決定稿)

尚巴志伝 第一部

 十一月に生まれた、サハチの四番目の子供は男の子だった。祖父、サミガー大主の名前をもらって、イハチと名付けられた。
「この子はお爺様のように海の男になるわ。きっと、船乗りになって、ヤマトゥや明の国に行くのよ」
 マチルギはイハチを抱きながら、そう言って喜んでいた。
 年末には祖父とヤグルーが旅から帰って来た。
 一年見ないうちに、ヤグルーは随分と背が伸び、体格も一回り大きくなっていた。
「いい話がある」とサハチはニヤニヤしながらヤグルーに言った。
「何ですか」とヤグルーは気のない返事をした。
「何だ。疲れているのか」とサハチは聞いた。
「そうでもないけど」とヤグルーは力なく笑った。
「お前の婚礼が決まった。来年の二月だ」
 ヤグルーはポカンとした顔でサハチを見ていた。
「俺の婚礼?」
「そうだ」
「何を言ってるんですか。俺が嫁さんにしようと思っていた娘は嫁に行ってしまったんだ」
「なに? 何の話をしているんだ」
「さっき、そこで会ったんだ。旅から帰って偶然に出会うなんて縁があるなと喜んだら、嫁に行ったと言われたんだ」
「お前、そんな娘がいたのか」
「モーアシビ(若者たちの集まり)で出会って、うまく行ってたんだけど、二年も旅をしていたからな、他の男に取られちまった」
「そうか。そいつはすまなかった。どんな娘だか知らないが、お前の嫁さんになる娘も、かなり評判はいいらしいぞ」
「誰なんです」
「玉グスクのお姫様だ」
「えっ」とヤグルーは驚き、「今、何と言ったのです」と聞き返した。
「玉グスクのお姫様だと言ったのだ」
俺の嫁が玉グスクのお姫様‥‥‥あの天女のような美しいお姫様が俺の嫁に‥‥‥」
「お前、玉グスクのお姫様を知っているのか」
「見た」とヤグルーは言って、「兄貴、本当なのか」と詰め寄った。
「本当の話だ」
「夢じゃないだろうな」とヤグルーは自分の頬を何度も平手で打ち、嬉しそうに笑うと、「信じられない」と言った。
「玉グスクで姫様を見たのか」とサハチは聞いた。
「あれは、うりずん(初夏)の頃かな。玉グスクから出て来るお姫様を見たんだ。綺麗なお輿(こし)に乗って、大勢の城女(ぐすくんちゅ)に囲まれて、どこかにお出掛けになられた。お輿にはすだれが掛かっていて、お姫様の姿は見えなかったけど、なぜか、俺の前を通った時、すだれが上がって、お姫様の顔が見えたんだ。一瞬の事だったけど、天女のような美しさだった。城下の者たちが、近いうちにお嫁に行くだろうが、婿になる男は果報者(くゎふーむん)だと言っていたけど、その果報者が‥‥‥」
「お前だよ」と言ってサハチは笑った。
 ヤグルーは夢でも見ているような顔をして、「まさか、まさか」と言いながら首を振っていた。
「来年は旅に出なくてもいいからな。嫁さんを大事にしろ」
 サハチはヤグルーの肩をたたくと、祖父の待つ東行庵(とうぎょうあん)に向かった。
 祖父は三体ある御本尊の観音様を見ながら泣いていた。
 サハチに気づくと涙を拭いて、「年取ったせいか、最近、涙もろくてのう」と言って笑った。
「こいつはサグルーが彫ったのか」と祖父は聞いた。
「はい」とサハチは答えて、庵(いおり)の中に入った。
「よく似ておる」
 祖父には三人の顔がよくわかるようだった。我喜屋(がんじゃ)ヌルの観音様を見て、サハチは思い出し、「親父は、お爺の親父の事を聞きましたか」と聞いた。
 祖父はうなづいた。
「話してやったよ。昔の事をな」
「何か言ってましたか」
「わしにも山南王の血が流れていたのか」と一言言って、唸っておった。
「そうでしたか‥‥‥」
 山南王の血と聞いて、サハチはシタルーが前に言っていた言葉を思い出していた。サハチとマチルギが一緒になったので、親戚になったと言っていたが、それ以前から遠い親戚だったのかもしれない。与座(ゆざ)按司だった曽祖父の父を殺した島尻大里(しまじりうふざとぅ)按司は、今の山南王の祖父かもしれなかった。
「旅の収穫はどうでした」とサハチは祖父に聞いた。
「まあまあじゃな。中南部の村々はほぼ巡ったから、来年は北部に行こうと思うが、北部から久高島に行くのは遠すぎる。何かうまい方法でもないかと考えているんじゃよ」
「そうですね。遠すぎますね。どこかに集めて船で運びますか」
「船じゃと?」
「師匠が今、船を持っているんですよ。今、どこにいるのかはわかりませんが」
「どうしたんじゃ、その船は」
「山南王の戦のどさくさに紛れて、いただいたようです」
「そう言えば、島添大里(しましいうふざとぅ)按司が山南王になったという噂だが、本当じゃったのか」
「本当です。今、島添大里グスクには、大グスク按司だったヤフスが入っています」
「そうか。島添大里按司は島尻大里に行ったか‥‥‥そうなると十年を待たずとも、島添大里グスクを落とせるのではないのか」
「いえ」とサハチは首を振った。
「島添大里按司は山南王の兵を吸収して、以前よりも勢力を持っています。島添大里グスクを落とす事ができたとしても、城を大軍に包囲されれば身動きができずに滅びてしまいます。中山王も援軍を送るでしょうし、佐敷は焼き払われてしまうでしょう」
「グスクを奪い取っても、それを維持できなければどうしようもないというわけじゃな」
「はい。山南王と中山王が争いでも始めれば、その隙を狙う事はできますが、今の所、争いは起こりそうもないですね」
「今、大グスクには誰がいるんじゃ」
「島添大里の武将が守っています。大グスク按司は置かずに、出城の一つになったようです」
「あれだけのグスクが、ただの出城に格下げとはな。そう言えば、大グスク按司の若按司に出会ったぞ」
「ええっ」とサハチは驚いて祖父の顔を見つめた。
小禄(うるく)の先の国場(くくば)川の河口近くて、母親と二人でひっそりと暮らしておった。」
「生きていたんですか‥‥‥若按司といえば、俺より一つ年下だったはずです」
「覚えておるか」
「ええ。お爺に連れられて大グスクに行った時、一緒に遊びました。確か、ヌルになった姉さんがいたはずです」
「姉も妹も弟もいた。みんな、殺されてしまったんじゃ」
「可哀想に‥‥‥」
「ヌルになった姉はまだ、十五、六だったはずじゃ。子供の頃は真っ黒な顔をして、男だか女だかもわからんお転婆じゃったが、亡くなる前は綺麗な娘になっておったのう」
「マナビーです」とサハチは言った。
 大グスクの若ヌルになったマナビーとは子供の頃、よく遊んでいた。マナビーと若按司、サハチとマシュー(佐敷ヌル)の四人で大グスクの中を走り回っていた。
「まったく、可哀想な事じゃ。若按司は嫁ももらわず、いつの日か敵(かたき)を討って、大グスクに復帰したいと願っているようじゃ」
「そうでしたか‥‥‥島添大里按司は若按司が生きている事を知っているのですかね」
「さあな。奴のことだから知っているのかもしれん。昔の家臣だった者たちが、何人か近くで暮らしている。浮島に渡る渡し舟の船頭(しんどぅー)をやりながら、何とか食いつないでいるようじゃ」
「呼んでやりたいができませんね」
「下手(へた)な動きは禁物じゃ。島添大里グスクを手に入れたら呼んでやればいい」
 大グスクが落城してから、もうすぐ十年になる。十年もの間、隠れて暮らしていたなんて可哀想な事だった。大グスクの若按司はサハチの又従弟(またいとこ)だった。生き延びていて、本当によかったとサハチは思った。
 父が帰って来たのは、それから五日後だった。今回は仏像を持っては来なかった。忙しくて、そんな暇はなかったという。
「七月にヒューガが来たんじゃ。びっくりしたぞ。突然、ヤマトゥ船(ぶに)が来たもんじゃから、本物の倭寇が来たかと思って、警戒していたらヒューガじゃった。山賊から海賊になったと言っておった。山南王から奪い取ったらしいな。こんなにも早く、船が手に入るとは思ってもいなかった。礼を言うぞ」
「俺は何もしてませんよ。師匠とウニタキの活躍です」
 父はうなづき、「久高島に二百人近く集まったが、それ以上は無理じゃ」と言った。
「えっ、どうしてです」
「一年目は皆、真面目に稽古に励んでいたんじゃが、二年目になると抜け出す者が現れて来たんじゃ。また、島の娘に手を出して問題を起こす者も出て来た。狭い島じゃからのう。そこで、別の場所に移動する事に決めた。一年目の者は久高島で修行させるが、二年目からはキラマの無人島で鍛える事にしたんじゃ。ヒューガの船に乗って実際に見て来た。まだ、七年もある。七年もあれば住みやすい島にする事もできるじゃろう」
「キラマの無人島ですか‥‥‥」
 キラマは綺麗な所だと聞いていた。そして、中山王が浦添を攻める前に兵を隠していた場所だった。
「いい所じゃよ。キラマにはいくつも島があってな、一番西の方にある島じゃ」
「無人島なら島の者たちとの問題も起こりませんね。ただ、七年間も女なしの生活に耐えられますかね」
 父は意味ありげに笑った。
「女も入れる事にしたんじゃ」
「えっ、女も鍛えるのですか」
「考えてもみろ。島添大里グスクを手に入れたら、侍女やグスク内で働く女たちも増やさなければなるまい。佐敷グスクはそのまま残るんじゃからな。無人島で鍛えた女たちを、そのまま島添大里グスクに入れればいいんじゃよ」
「成程、確かにそうですね。かなりの女たちを増やさなければなりません」
「それに、集まって来た者たちの中に、サムレーに向いていない者も何人かおる。そういう奴らには職人とか、商人とかになってもらう。そして、島添大里の城下に移って、そのまま、その仕事を続ければいいんじゃ。そうやって、無人島に新しい村を作って行くんじゃよ。逃げ出したいと思わないような素晴らしい村をな」
「何だか楽しそうですね」
「うむ。忙しくなるが、やり甲斐はある」
 サハチはマナミーとヤグルーの婚礼の事を話した。
「ほう。玉グスクの方から動いて来たか‥‥‥予想外な事が起こるもんじゃのう」
「山南王が警戒しなければいいのですが」
「佐敷と玉グスクが同盟したとて、今の山南王にとって、痛くもかゆくもないじゃろう。返って何もしないでいる方が怪しまれる場合もある、お前は玉グスクからの嫁さんを迎えて、浮かれている振りでもしていたらいい」
「浮かれているのはヤグルーですよ。天にでも昇ったような気でいます」
「あのヤグルーが嫁をもらうとはのう。そして、マナミーが嫁に行く年頃になったとは‥‥‥月日が経つのは速いもんじゃな」
 年が明けて二月、マナミーとヤグルーの婚礼が華やかに行なわれた。
 婚礼の前、マナミーが父にお別れの挨拶をした時、父は素直に泣いていた。サハチはその姿を見て、驚いた。佐敷按司の頃の父だったら、決して泣かなかっただろう。按司としての威厳を保って、偉そうな事を言ったに違いない。東行法師となって、各地を旅して、今は久高島で若い者たちを鍛えている。自然と共に生きて、見栄や外聞など気にせず、自分に素直に生きているような気がした。そして、そんな父が嬉しくもあった。
 めいっぱい着飾って、お輿(こし)に乗ったマナミーは、クマヌの先導で、村人たちに見送られて玉グスクへと向かって行った。マナミーと共に剣術の稽古に励んだ仲良しの二人が侍女となって従った。
 佐敷と玉グスクの中間地点で、護衛の兵たちは花嫁を交換して、それぞれ引き返した。マナミーはクマヌと数人の従者を連れて、玉グスクの兵に守られながら玉グスクへと向かった。そして、玉グスクからの花嫁は、佐敷の兵に守られて佐敷へと向かった。
 玉グスクからの輿入れとあって、佐敷だけでなく、回りの村々からも見物人が押し寄せて来た。サハチは急遽、警固の兵を道々に配置して見物人たちを押さえた。
 佐敷グスクに到着した花嫁は、緊張して固くなっているサグルーに迎えられ、馬天ヌルと佐敷ヌルによって厳かな儀式が執り行なわれた。儀式が無事に済むと、村人たちにも祝いの酒が配られ、夜遅くまでお祭り騒ぎだった。
 婚礼が無事に終わると、父は久高島に戻り、祖父は苗代大親(なーしるうふや)の長男、マガーチを連れて旅に出て行った。
 マガーチは十六歳で、父親に鍛えられているので剣術の腕はかなりのものだった。今年は可愛い娘も久高島に送ってやるぞと祖父は張り切っていた。
 ヤグルーと花嫁のウミチルは、拡張した東曲輪(あがりくるわ)内にできた新居に入り、マサンルー夫婦はすでに、ヒューガの屋敷から東曲輪の屋敷に移っていた。
 ヤグルーの妻が玉グスクの姫だと知った時から、マサンルーの妻、キクは何となく肩身の狭い思いをしていた。その事に気付いた馬天ヌルはマサンルーとキクを呼んで、人の価値は生まれで決まるんじゃないのよ。どんな生き方をしたかで決まるの。回りの者たちが何を言おうとも、自分に自信を持って生きなさいと言ったらしい。その後、二人は弟夫婦たちと何のわだかまりもなく接する事ができるようになった。
 嫁に来た当初、戸惑ったような感じて、おどおどしていたウミチルも二か月が過ぎると、ようやく佐敷での暮らしに慣れてきたようだった。
 玉グスクにいた時は、どこに行くにも従者が付いて来たので、一人で何かをする事はなかった。しかし、ここでは侍女はいるが、いつも付いて来るわけではなく、一人で出掛ける事もできた。というより何か用がある時は、一人で動かなければならなかった。初めのうちはその事に戸惑いがあったが、慣れると、どこにでも一人で行く事ができるというのは楽しい事だった。従者も連れずに、ヤグルーと一緒に村の中を歩いたりするだけで、楽しくてウキウキした。
 そして、毎日、夕方になると娘たちが集まって来て、剣術の稽古をしているのを見て、不思議な光景だといつも思っていた。ヤグルーから世の中が物騒だから、娘たちも身を守る術(すべ)を習っていると聞いた。そうなのと納得して、自分には関係ない事だと思っていた。しかし、剣術を教えているのが長兄の妻で、次兄の妻も稽古に励んでいると知った時、自分もあの仲間に入ってもいいのかしらと思い、ヤグルーに聞いてみた。ヤグルーは驚いたが、やってみるかと勧めてくれた。
 ウミチルは初めて木剣を手にして、マチルギから丁寧に教わった。楽しかった。自分でも不思議なくらいウミチルは剣術に夢中になった。勇ましく鉢巻きを巻いて木剣を振っているなんて、玉グスクにいた頃、想像すらしなかった事を今、やっている。同じ年頃の娘たちに囲まれて、ウミチルは佐敷にお嫁に来て、本当によかったと感じていた。
 婚礼から一月が過ぎた頃、サハチはクマヌと一緒に玉グスクに行き、玉グスク按司と初めて会った。歴史のある按司なので尊大な男だろうと思っていたが、そんな事はなく思慮深そうな人だった。同盟を結んだからには共に戦い、山南王から東方(あがりかた)を守り抜こうと静かな口調で言った。サハチも静かに同意した。
 マナミーと若按司にも会った。似合いの夫婦で、仲良くやっているようだった。佐敷にいた時と違って苦労も多いと思うが、元気そうだったので安心した。
 その後、宴が開かれ、踊り子たちが舞を披露した。サハチが初めて見る舞だった。ヤマトゥの博多で見た舞を思い出したが少し違う。ヤマトゥから伝わった舞が、琉球で独特の変化を遂げたのかもしれない。それに、笛の調べにも心ときめくものがあった。
 今まで、佐敷グスクに他所(よそ)の按司を招待した事がないので、佐敷にはこのような芸はない。今後、按司を招待する事になれば、このような芸を披露しなければならなかった。島添大里グスクを手に入れるまでに、サハチは踊り子を育てようと決心した。
 梅雨が上がると恒例の旅に出た。サハチ夫婦の旅はもう年中行事の一つになっていた。村人たちも梅雨が明けると、そろそろ仲良くお出かけの頃よと噂していた。今年の連れはヤグルーとウミチルの新婚夫婦だった。
 従者も連れずに四人だけで旅に出ると聞いて、ウミチルは驚いたが、これが佐敷なんだわと納得した。さらに驚いたのは庶民の格好で旅をするという。ウミチルは生まれて初めて継ぎだらけの着物を着て、クバ笠をかぶって、棒を杖代わりにして旅に出た。
 ヤグルーからウミチルのお姫様振りは聞いてはいたが、一緒に旅をしてみてサハチもマチルギも驚かされた。旅をするのも初めてだし、まして歩いて行くのも初めて、そして、自分が行きたい所に行くのも初めてだという。どこかに出掛けても、決められた道を通って、決められた場所に行って帰って来るだけで、途中で目にした所に行ってみたいと言っても許されなかった。
 サハチから旅の始めに、どこに行きたいと聞かれた時は驚いたという。どこにでも行けるなんて思ってもいなかったらしい。いつも、行き先なんて決まっていないんだとサハチが言うと、そういう旅もあるんだと不思議な顔をした。浮島か首里天閣(すいてぃんかく)が見たいと言うだろうと思い、去年と同じかと覚悟を決めたが、ウミチルが行きたいと言ったのは久高島だった。
「久高島‥‥‥」とサハチは意外な行き先に驚いた。
「母の故郷なのです。子供の頃に行ったけど、また行ってみたい」とウミチルは言ってサハチの顔を見て、「無理ですよね」と言った。
「いや、行けるよ。久高島に行こう」とサハチは言った。
「もう六年も前ね、久高島に行ったのは」とマチルギが言った。
「もう、そんなにも経つのか」
「サスカサ神(がみ)はまだ籠もっているのかしら。そう言えば、フカマヌルの娘さんもウミチルって名前だったわね」
「久高島のウミチル姉さんは、わたしの従姉なんです」とウミチルは言った。
「わたしもウミチル姉さんもお婆様の名前をもらったので同じ名前なんです」
「会うのが楽しみだわ」とマチルギは嬉しそうに笑った。
 サハチたちは海に沿って東へと向かった。
 よく考えてみれば、ウミチルは浮島とか首里天閣とか知らないのかもしれなかった。玉グスクから見れば、どちらも敵地で、行った事がある者も少ないに違いない。ウミチルの驚く顔が見たかったが、次回にしようと久高島を目指した。
 久高島が見える所まで行き、ウミンチュに頼んで久高島に渡った。
「こんな小さいお舟で行くの」とウミチルは不安そうだったが、海に出ると海の中を覗き込んでは、「わぁ、綺麗」と言っては喜んでいた。世話は焼けるが、まったく無邪気な娘だった。
 久高島は静かだった。二百人もの若者が武芸の修行に励んでいるとは思えなかった。
 舟から下りると、ウミチルは楽しそうに浜辺を走り回った。そして、海の中に入ってもいいかと聞いて、いいよと言うと海の中に入って行って、キャーキャー言いながら波と戯れた。海の中に入るのが、子供の頃からの夢だったという。
 サハチたちも子供の頃に戻ったかのように、ウミチルと一緒に海の中に入って遊んだ。思い切り遊んで、ようやく気が済んだウミチルを連れて、フカマヌルの家に向かった。
 フカマヌルはびっしょり濡れたウミチルを見て驚いた。
「伯母様、お久し振りです」とウミチルは楽しそうに笑った。
「まあまあ、その格好はどうしたのです」
「今日、念願がかなったのです」
「そう。それはよかったわね」
 フカマヌルはサハチたちを見て笑うと、「いらっしゃい」と迎え入れた。
 フカマヌルは父から聞いて、ヤグルーとウミチルが一緒になった事は知っていた。フカマヌルから見れば、ヤグルーは義理の息子で、ウミチルは姪となり、二人は従兄妹(いとこ)同士という間柄だった。
 サハチはヤグルーにフカマヌルの娘の若ヌル、ウミチルを紹介した。
「お前の姉さんだ」と言うとヤグルーは腰を抜かす程、驚いた。
 ウミチルも若ヌルの父親の事は知らなかった。まさか、ヤグルーと若ヌルが姉弟だったなんて信じられなかった。そうなると若ヌルは従姉妹であり、義姉でもあった。よくわからないけど、縁があったのねとウミチルは納得した。
 フカマヌルから、父が二百人の修行者を連れて島から出て行った事を知らされた。先月、ヒューガの船に乗ってキラマに移動したという。
「そうでしたか。島が静か過ぎるのでおかしいと思っていました」
「サスカサの神様はまだフボーヌムイに籠もっていらっしゃるのですか」とマチルギがフカマヌルに聞いた。
 フカマヌルは首を振った。
「それがね、不思議なんだけど、修行者たちが移動する時、フボーヌムイから出ていらしたのよ。そして、一緒に船に乗って行っちゃったのよ」
「ええっ」とサハチとマチルギは顔を見合わせて驚いた。
「どうして、一緒に行ったのです」
「神様のお告げで、新しい村作りを助けなさいって言われたらしいのよ」
「信じられない」とマチルギは首を振った。
「男ばかりの中に女一人で行って大丈夫なの」
「女一人じゃないのよ。賄(まかな)いのおばちゃんたちが何人か行ったし、ウミンチュが行かなけりゃ魚も食えないだろうって、家族で向こうに移った人たちもいるの。それに、修行者と仲よくなった娘も六人付いて行ったのよ」
「そうだったのか」
「楽しそうね」とマチルギがサハチを見て言った。
 サハチはうなづいた。若い者たちと一緒に無人島で村作りをしている父の姿を想像して羨ましいと思っていた。
「あたしも娘にフカマヌルを継がせたら行くつもりなのよ」とフカマヌルが言った。
「えっ、母さん、本気なの」と若ヌルが驚いた。
 フカマヌルは笑いながらうなづいた。
「サスカサさんを助けなくちゃね」
 フカマヌルの弟のマニウシは、今年になって島に来た若い者、二十数人を森の中で鍛えているらしい。その中には女の子も八人いるという。祖父はしっかりと仕事をしているようだった。
 ウミチルは久高島にいる間、毎日、海に入っていた。ヤグルーから泳ぎも教わり、海に潜って綺麗な貝を捕っては喜んでいた。マチルギも泳げなかったけど、サハチから習って泳げるようになり、海の魅力に取り憑かれて飽きる事なく海で遊んだ。
 海に潜っているマチルギを見ながら、ふとサハチはイトの事を思い出した。イトがこの綺麗な海を見たら大喜びするだろう。マチルギには怒られるが、いつの日か、イトと娘のユキに琉球の海を見せてあげたいと思った。