長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

59.島添大里按司(改訂決定稿)

 念願だった島添大里(しましいうふざとぅ)グスクを手に入れたサハチは、佐敷按司から島添大里按司になった。
 マチルギと一緒に豪勢な屋敷の二階から、高い石垣に囲まれたグスク内を見下ろして、その事を充分に実感していた。
 島添大里グスクを攻め落としてから半月余りが経ち、大変だった引っ越しも無事に済んで、ようやく、腰を落ち着かせる事ができた。
「ここにいるのが夢みたい」とマチルギは広いグスクの庭を見下ろしながら嬉しそうに笑った。
「島添大里グスクに、二階建てのお屋敷があったなんて知らなかったわ。眺めがよくて気持ちいいわね」
 大御門(うふうじょう)(正門)の向こうには馬天浜(ばてぃんはま)が見えた。途中の山が邪魔していて佐敷グスクまでは見えないが、いい眺めだった。
 馬天浜からいつも見上げていたグスクに、今、自分がいる事が、何だか不思議に思えた。これも皆、父(先代佐敷按司)と祖父(サミガー大主)の苦労のお陰だった。いや、ウニタキやヒューガ(三好日向)、馬天ヌル、サイムンタルー(早田左衛門太郎)、そして、ファイチ(懐機)、みんなのお陰だった。
 サハチは父を按司に復帰させようとしたが、まだやる事があると言って、父ははっきりと断った。父にとって島添大里グスクは、まだ夢の途中に過ぎなかった。
「次は、五年の計じゃ」と父は言った。
浦添(うらしい)ですね」とサハチは言った。
 父はうなづいて、「五年もあれば落とせるじゃろう」とサハチを見た。
「充分です」とサハチは答えた。
 島添大里を本拠地にして、一千の兵がいれば、中山王(ちゅうざんおう)(武寧)の隙を狙って、浦添グスクは落とせるだろう。
「五年あれば、あと五百の兵が増やせる」と父は意気込んで言った。
「まだ増やすつもりなのですか」
「当然じゃ。浦添はここより強敵じゃぞ。充分な計画を立てて立ち向かわなければ、一千五百の兵でも落とせんかもしれん」
 父は二百人の兵を連れて、ヒューガと共にキラマ(慶良間)の島に帰って行った。六百人の兵をここに置いても、食糧と住む場所の確保が難しかった。三百人の兵を島添大里グスクに残し、佐敷グスクと平田グスクに五十人づつ配置して、残りの兵は島に戻したのだった。代わりに、島から娘たち五十人がやって来て、侍女や女子(いなぐ)サムレー、城女(ぐすくんちゅ)になった。
 『サスカサ』も島添大里ヌルとして迎えるつもりだったが来なかった。本人は来るつもりだったようだが、島の者たちに引き留められて、それを振り切る事はできなかった。共に苦労して村造りをした者たちを見捨てて、島を出る事はできず、あと五年間、頑張ると言ったという。
 サスカサが来ないので、佐敷ヌルを呼ぶ事になった。ただし、サスカサが戻って来るまでの代理なので、島添大里ヌルには就任しないで、佐敷ヌルのまま、東曲輪(あがりくるわ)にある屋敷を使ってもらう事にした。
「こんな広いお屋敷を一人で使うの?」と佐敷ヌルは驚いていたが、「すぐに、娘たちのたまり場になるだろう」とサハチが言ったら笑っていた。
 サハチの守り神である『ツキシルの石』もお輿(こし)に乗って佐敷グスクから運ばれた。馬天ヌルと佐敷ヌルの指示のもと、サハチたちが暮らす一の曲輪の屋敷の隣りに作られた祠(ほこら)の中に安置された。このグスクを奪い取る前に光るだろうと思っていたのだが、『ツキシルの石』は光らなかった。五年前に、佐敷ヌルが見てから光っていない。次はいつ光るのだろうか。光る姿を見てみたかった。
 佐敷グスクには、弟のマサンルー(真三郎)が平田グスクから移って来て入り、『佐敷大親(さしきうふや)』となった。その下の弟のヤグルー(弥五郎)が平田グスクに入って、『平田大親』を名乗った。マタルー(真太郎)夫婦と母と幼い兄弟たちは、そのまま佐敷グスクの東曲輪にいた。
 美里之子(んざとぅぬしぃ)は武術道場があるので佐敷に残って、マサンルーを補佐し、屋比久大親(やびくうふや)は平田に移って、ヤグルーを補佐させた。その他の重臣たちは皆、佐敷から島添大里の城下に移った。サムレーたちの武術指導のために、島添大里にも武術道場を造る事になり、叔父の苗代大親(なーしるうふや)を武術師範に任命した。
 馬天浜に来ているシンゴ(早田新五郎)には、できれば毎年来てほしいと頼んだ。今まで以上に交易を盛んにしなくては、大所帯となった家臣たちを食べさせては行けない。与那原(ゆなばる)の港と馬天浜を有効に使って、密貿易船と取り引きをしなければならなかった。
 島添大里グスクが落城して四日後、すでに噂になっているのか、知念按司(ちにんあじ)が血相を変えてやって来た。サハチは妹の義父として丁寧に迎えた。
 屋敷の中に入ると回りを見回して、「凄いのう」と知念按司は感心していた。大広間の前に、龍と虎を書いた大きな絵が飾ってあって、訪れた者はそれを見て、まず驚いた。
 屋敷の中を守るのは『女子(いなぐ)サムレー』たちで、袴(はかま)を着けて刀を腰に差し、要所に立って見張っていた。
「ほう、これが噂に聞く、女子サムレーか」
 知念按司は女子サムレーを珍しそうに眺めていた。
「佐敷では娘たちに剣術を教えていると聞いてはいたが、屋敷の警固まで、娘たちにやらせるとは、まったく変わっておるのう」
 サハチは知念按司を一階にある会所(かいしょ)に案内した。
 向かい合って座ると、「そなた、わしらを騙(だま)しておったのか」と鬼のような顔をして詰め寄った。
「噂では佐敷按司は三百の兵で島添大里グスクを囲んで、一晩の内に落としたと言うではないか。その三百の兵とは一体、どういう事なのじゃ?」
 サハチは三百の兵と聞いて、ホッとしていた。六百の兵と噂されていたら言い訳に困る所だった。
「三百というのは大げさですよ」とサハチは言った。
「二百といった所でしょうか。平田のグスクで密かに兵を育てていたのです」
「なに、平田グスクで兵を育てたじゃと?」
 サハチはうなづいた。
「百五十の兵を平田に隠していたと申すのか」
「このグスクを奪うために、隠しておいたのです」
 知念按司は急に笑い出した。
「大したものよのう。わしらを騙して、島添大里グスクと大(うふ)グスクを自分のものにしたとはのう」
「大グスクを落とした時は、平田の兵は使ってはいません。今だから話しますが、実は大グスクには『抜け穴』があったのです」
「抜け穴じゃと?」
「山南王(さんなんおう)になった豊見(とぅゆみ)グスク按司(シタルー)が大グスクにいた時に、抜け穴を作ったようです」
「そなたがどうして、そんな事を知っているんじゃ?」
今帰仁合戦(なきじんかっせん)のあと、山南王はたったの一日で、大グスクを攻め落としています。どうやって攻め落としたのかを考えて、抜け穴があるのではないかと探してみたのです。なかなか見つかりませんでしたが、何とか探し出して、そこから潜入して落とす事ができたのです。その抜け穴も、もう塞ぎましたし、大グスクは大グスクの若按司に返すつもりです」
「大グスクの若按司?」
「ずっと隠れて、生き延びていたのです」
「若按司が生きていたのか」
「母親と一緒に生きています。それと、若按司の姉の大グスクヌルも生きています」
「それは本当なのか」と知念按司は目を丸くして、サハチを見ていた。
 サハチがうなづくと、知念按司は、「生きておったのか」と急に泣き顔になった。
「若按司と大グスクヌルはわしの甥と姪じゃ。その母親は垣花按司(かきぬはなあじ)の姉じゃ。垣花按司もさぞや喜ぶ事じゃろう」
 知念按司は涙を拭って、サハチを見ると、「大グスクは若按司に返すと言ったが、それも本当なのか」と聞いた。
「はい。お返しします」
「そうか‥‥‥」と知念按司はうなづくと、「よくやってくれた」と怖い顔のまま、目を潤ませながら言った。
 知念按司はその後、屋敷の中を一回り見て、機嫌を直して帰って行った。
 亡くなった山南王(汪英紫(おーえーじ))が建てた屋敷はうまい具合にできていた。一階に大広間とお客と会う会所、重臣たちが詰めている部屋があり、二階は按司の家族が暮らす部屋になっていた。一階も二階も広い廊下に囲まれていて、廊下の所々に、明国(みんこく)(中国)から持って来たと思われる飾り物が置いてある。大きな壺(つぼ)や、水墨画や、達筆すぎて読む事のできない書などが飾ってあった。サハチにはその価値はわからないが、山南王は明国の文化にも興味があったようだ。
 高い石垣に囲まれたグスクの中は、石垣によって四つに区画されていた。按司の屋敷が建っている所が一の曲輪で、他の曲輪よりも一段高くなっている。サハチたちの住む屋敷の東側に、広い台所を備えた屋敷があり、井戸もあり、侍女たちの屋敷もあった。屋敷の西側には岩山があって、その中に古いウタキ(御嶽)があり、『ツキシルの石』を安置した祠もそこにあった。
 一の曲輪の正面が二の曲輪で、広い庭になっている。この前、六百人の兵が並んだが、まだ余裕があって、楽に一千人は入れるだろう。
 二の曲輪の東側に東曲輪があり、ここもかなり広い。ここにも一千人は入れそうだった。その北側に、佐敷ヌルが入る屋敷があった。引っ越しは終わったようだが、まだ、佐敷ヌルはその屋敷に入ってはいなかった。佐敷ヌルの屋敷の東側の石垣の近くには物見櫓(ものみやぐら)があった。三丈(じょう)(約九メートル)近くもある物見櫓は、その上に登ると四方が見渡せ、素晴らしい眺めだった。
 二の曲輪の西側にある西曲輪(いりくるわ)もかなり広いのだが、一の曲輪から続いている岩山がせり出しているので、平地は半分程だった。そこには兵糧蔵(ひょうろうぐら)や武器庫があり、サムレーたちの屋敷と厩(うまや)があった。
 知念按司が来た翌日、大グスクの若按司と大グスクヌルのマナビーが母親と一緒にやって来た。若按司の顔を見て、昔の記憶がよみがえってきた。幼い頃、一緒に遊んだ時の事が鮮明に思い出された。三人は泣きながらお礼を言って、大グスクに帰って行った。若按司を見送りながら、嫁さんを探さなくてはならないなとサハチは思った。
 引っ越しが終わった翌日、馬天ヌルと佐敷ヌルが揃ってやって来た。嫌な予感がした。
「最初が肝心よ」と馬天ヌルが言って、家臣たち全員が集められ、二の曲輪の庭において就任の儀式が執り行なわれた。三百人の家臣たちの見守る中、正装したサハチは正式に島添大里按司に就任し、全員が同時に酒を飲んで団結を誓った。
 その日の夕方、東曲輪の庭で娘たちの剣術の稽古も始まった。キラマの島から来た娘たちも加わり、総勢五十人余りが稽古に励んだ。佐敷に残っている娘たちは以前の如く、佐敷グスクの東曲輪で馬天ヌルが指導し、平田グスクでもウミチルの指導で始める事になった。
 サハチが屋敷の二階から娘たちの稽古を見ていたら、ウニタキがやって来た。相変わらず、坊主頭に鉢巻きを巻いて、猟師(やまんちゅ)の格好だった。ウニタキはサハチの隣りに立つと外を眺め、「いい眺めだ」と言った。
「勝連(かちりん)にいた頃を思い出す。あそこで生まれた俺は、眺めのいいグスクに住んでいて、それが当然の事だと思っていた」
 そう言うとウニタキは苦笑した。
「五年後には戻れるさ」とサハチは言った。
「五年後は浦添だろう」
浦添と勝連は一緒だ。浦添を落としても、勝連が敵対していたら、明国との交易がうまく行かないからな。同時に倒すつもりだよ。同時が無理でも、間を置かずに攻め落とす」
「中グスクと越来(ぐいく)も同時にやるという事だな」
「そういう事になるな」
「随分と大それた作戦だな。浦添、中グスク、越来に勝連か。いや、江洲(いーし)グスクもある」
「そのくらいの事をしないと、親父がキラマの島から出て来ないからな」
「あそこが気に入ったのだろう。いい所だからな」
「五年経ったら、俺は三十六になる。いつまでもじっとしてはいられない。浦添を落としたら、親父に中山王になってもらって、今度は俺が外に出る」
「島に行くのか」と言って、ウニタキは笑った。
「島にも行くが、ヤマトゥ、朝鮮(チョソン)、明国、南蛮(なんばん)(東南アジア)とあらゆる所に行って来る。今度は俺が旅をする番だ」
「お前の血筋は旅が好きだな」
「年に一度のささやかな旅で我慢しているんだ。早く、気ままな旅がしたいよ」
 サハチはウニタキを部屋の中に誘うと、「周りの状況はどんな具合だ?」と聞いた。
「誰もが驚いている。佐敷按司が島添大里グスクを落としたなんて信じられないとな」
「山南王になったシタルーは攻めて来そうか」
「向こうも引っ越しで大忙しだからな。今の所はそんな気配はない。島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクが手に入ったのだから、島添大里グスクには未練はないだろう。弟の敵(かたき)を討つために攻めて来る事もあるまい」
 敵と聞いてサハチは改めて、シタルーの弟のヤフスを殺した事を実感していた。実際に手を下したわけではないが、世間ではサハチがヤフスを殺して、島添大里グスクを奪い取った事になっている。ウニタキが言うように、シタルーが攻めて来る事はないと思うが油断は禁物だった。
「シタルーを裏切った重臣たちはどうなったんだ?」とサハチは聞いた。
「新垣大親(あらかきうふや)という重臣がすべての責任を取って斬首(ざんしゅ)されて、他の者たちは許されたようだ。全員、斬ってしまったら、あのグスクは機能しなくなるからな。ただ、奥間大親(うくまうふや)だけは八重瀬(えーじ)に行ったようだ」
「どうしてだ?」
「シタルーとは気が合わんようだな。それに、シタルーは奥間の者よりも、『石屋』を信頼しているようだ」
「石屋というと、石を切ったりして石垣を作ったりする者たちか」
「そうだ。豊見グスクを築いた時に、腕のいい石屋と知り合ったようだ。石屋というのも各地のグスクにいて、情報を共有しているらしい。シタルーは石屋を使って情報を集めているようだ」
「そうか。石屋というのは奥間とはつながってはいないんだな?」
「奥間はヤマトゥ系で、石屋は高麗(こーれー)系だな。高麗(朝鮮半島)から来た職人集団だ」
「成程。そんな集団があったのか」
「このグスクの石垣も、多分、そいつらが作ったものだろう」
「奥間大親が八重瀬に行ったとなると、浦添にいる侍女はタブチ(八重瀬按司)の指示で動くという事になるな」
「侍女というのは、八重瀬グスクを落とした時の絶世の美女の事か」
「そうだ。今回、タブチが負けたのは中山王が介入したためだ。その事を恨んで、何かをたくらむかもしれんぞ」
「その美女を使って、中山王を暗殺するのか」
「それも考えられる」
「美女といっても、もういい年だろう」
「しかし、浦添グスクに入って、随分と年が経っている。かなり信頼されているのかもしれん。信頼されていれば、中山王に近づく事もでき、殺す事もできるだろう」
「そこまではするまい。中山王を殺しても、山南王にはなれんからな」
「タブチは今、どうしているんだ?」
「やけ酒でも食らっているかと思ったんだが、違った。城下の人たちと一緒になって、焼けた城下の再建を頑張っていたよ。確かに、山南王になる事は諦めてはいない。次の策を練っているようだった」
「次の策か‥‥‥俺の事はどう思っているんだ?」
「娘を嫁にやってよかったと思っているようだな」
「という事は、俺の事を味方だと思っているのだな」
「シタルーを倒すには必要だと思っているのだろう」
「そうか‥‥‥こっちとしても、タブチは必要だな。浦添を攻める時に、シタルーの足止めをしてもらわなければならない」
「また、二人を争わせて、その隙を狙うのか」
「中山王と山南王を共に敵に回したら挟み撃ちにされるからな」
「中山王はお前の事を知らなかったらしいぞ。佐敷按司とは何者じゃと家臣たちに調べさせているようだ」
「そうか‥‥‥怪しまれんように馬鹿になっていなくてはならんな」
「このグスクを奪い取ったので、浮かれて、毎晩、宴(うたげ)を催せばいい」
「宴か‥‥‥そういえば、まだ戦勝祝いをしていなかったな」
「佐敷の人たちも呼んで、派手にやった方がいい」
「そうだな、派手にやって馬鹿さ加減をさらけ出すか。大勢、呼ぶとなると、それなりの準備がいる。炊き出しもしなくてはならんしな。その事はあとで重臣たちと相談しよう。さっきの続きだが、中山王は奥間の者を使っているのか」
「亡くなった先代の長老の弟が、察度(さとぅ)のために働いていた奥間大親だ」
「長老の弟が奥間大親だったのか。それで、察度とのつながりが強かったんだな」
「その奥間大親は二十年前に亡くなり、跡を継いだ倅もその三年後に亡くなってしまい、孫が跡を継いだんだ。跡を継いだ時、まだ十六歳で、父親が急死したため、奥間とのつながりはないようだ。初代が奥間から連れて来た者たちが、浦添の近くの『奥間』という村に住んでいて、そいつらを使っている。そいつらも代が代わって、今ではもう職人ではない」
「そいつらを使って情報を集めているのか」
「『望月党(もちづきとう)』ほどでもないが、似たようなものだろう」
「成程な。浦添を倒すには、そいつらも倒さなくてはならんな」
「そいつらは俺たちで片付ける」
「頼むぞ‥‥‥東方(あがりかた)の按司たちの様子はどうなんだ?」
「糸数按司(いちかじあじ)はお前を恨んでいるようだな。ここが欲しかったようだ。懲りずに攻めて来るかもしれんが、他の三人はお前を認めたようだ。玉グスクと知念の若按司は、お前の義弟だからな、兄貴が凄い事をやったと喜んでいる。垣花按司は死んだと思っていた姉と若按司が生きていて、大グスクに復帰した事を感謝している」
「糸数だけでは攻めて来ないだろう」
「多分な。話は変わるが、俺も引っ越す事に決めたよ」
「ここに来るか」
「いや、運玉森(うんたまむい)に屋敷を建てて、そこを本拠地にする。そこの方が浦添に近いからな」
「あそこは浦添攻めの拠点になる。今のうちに確保しておいた方がいい」
「ああ、そういう事だ。いよいよ、『望月党』が出て来そうだな」
浦添にいるのか」
「勝連の者が出入りしているからな。浦添にも奴らの拠点はあるはずだ」
「そうか。充分に気を付けろよ」
「わかっている」とウニタキは神妙な顔でうなづいた。
 ウニタキの妻と娘が望月党に殺されて、もうすぐ十年になる。ウニタキは早く敵(かたき)を討ちたいと思っているのだろうが危険すぎた。その事はウニタキも充分に心得ていて、勝連には近づいていないという。五年後に勝連を倒す時には『望月党』も倒さなくてはならない。かなりの犠牲が出るだろうがやらなければならなかった。
「ところで、ファイチはこっちに移ったのか」とウニタキは聞いた。
「佐敷でもいいと言ったんだが、広い屋敷に移ってもらった。亡くなった山南王には、かなり重臣がいたとみえて、重臣たちの屋敷がまだいくつも空いているんだ。お前も、表の顔を持って重臣にならないか。望月党と戦うとなると、家族も危険な目に遭うぞ。山の中の屋敷にいるより、城下に住まわせた方がいいんじゃないのか」
「そうだな。考えておくよ」
「屋敷は取っておく。『三星大親(みちぶしうふや)』の名前でな」
三星大親か」と言ってウニタキは笑った。
「それもいいかもしれん。年中、留守にしている重臣の仕事は何だ?」
「そうだな。領内の地図を作る仕事だ」
「成程。それなら、みんなも納得しそうだな。二度と家族を失いたくはない。かみさんを説得して移ってもらう事にするよ」
 サハチは喜んで、うなづいた。
「城下の者たちで残っている者はいるのか」とウニタキは聞いた。
「ほとんどが出て行ったよ。残っているのは奥間の者たちだけだ。鍛冶屋(かんじゃー)に研ぎ師に木地屋(きじやー)だな」
「そうか。奥間の者たちか」
「そう言えば、『よろずや』の者たちはどこに行ったんだ? 戻って来ていないようだが」
 ウニタキは笑って、「逃げたのさ」と言った。
「どこに?」
浦添だ」
浦添に逃げた?」
「奴らはヤフスと親しく取り引きをしていた。殺されるのが当然だ。だから浦添に逃げて、向こうで『よろずや』を再開したんだよ」
「もう浦添に店を出したのか」
「ここから逃げて来たと言えば怪しまれんだろう」
「成程。二か月間もここに閉じ込められていて、休む間もなく、新しい任務に就いているとは、何か褒美(ほうび)でも出さんとならんな」
「お前から褒美をもらえば励みになる。そうしてやってくれ」
「褒美で思い出したが、トゥミとカマはどうしているんだ?」
「佐敷のカマの家で一緒に暮らしているよ。赤ん坊がいるから、当分の間はトゥミには休んでもらう」
「そうか‥‥‥トゥミはヤフスを恨んでいたのかな」
「優しくしてくれたと言っていた」
「それなのに、殺したのか」
「どうせ殺されるのなら、自分の手で殺してやりたかったと‥‥‥かなり辛そうだよ。何も知らない赤ん坊がまた可愛いから、余計に辛いだろう」
「二人で何の話だ?」と誰かが言った。
 振り向くとファイチがいた。相変わらず、道士の格好だった。
「褒美の話だ。ファイチにも褒美をあげなければならんな」とサハチは言って、手招きした。
 ファイチは部屋に入ってきて座ると、「褒美をくれるなら、ヤマトゥの刀が欲しい」と言った。
「ファイチは刀が欲しいのか」
 ファイチは嬉しそうな顔をしてうなづいた。
「よし、わかった。ファイチにふさわしい名刀を見つけ出してやる」
「トゥミもヤマトゥの刀が欲しいって前に言っていたぞ」とウニタキが言った。
「そうか。それじゃあ、『よろずや』の者たちにも刀を褒美にするか」
「俺も忘れるなよ」とウニタキが横目で見た。
「お前もいたか」とサハチは笑った。
 マチルギが佐敷ヌルと一緒に帰って来た。
「三人で何を楽しそうに話しているの?」とマチルギは笑いながら部屋を覗いた。
「面白い組み合わせね」と佐敷ヌルは三人を見て、「でも、何だか、古くからのお友達みたいね」と笑った。
「前世からの付き合いさ」と言って、サハチは楽しそうに笑った。