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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

60.お祭り騒ぎ(最終決定稿)

尚巴志伝 第一部

 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの落城から一月が経った二月二十八日、島添大里グスクにおいて盛大な戦勝祝いが行なわれた。
 家臣たちは勿論の事、城下の者たちも加わり、昼過ぎから夜遅くまで、お祭り騒ぎを楽しんだ。佐敷の城下の者たちも、平田の城下の者たちも、大(うふ)グスクの城下の者たちも加わって、炊き出しの雑炊(じゅーしー)や餅(むち)を食べ、酒(さき)を飲んで楽しい一時を過ごした。
 東曲輪(あがりくるわ)を開放して、佐敷ヌルの屋敷の前に舞台が作られ、踊り子たちの踊りや、各村々の娘たちの踊りや唄が披露された。笛や太鼓が鳴り響き、見ている村人たちも一緒になって踊って楽しんだ。
 催し物の担当は佐敷ヌルが引き受けてくれた。女子(いなぐ)サムレーや村娘たちを指図して、舞台作りから小道具集めまで、張り切って準備を整えてくれた。サハチは佐敷ヌルの意外な面を見たような気がした。人を使うのがうまく、和気藹々(わきあいあい)と楽しそうに準備を進めていた。
 祖父は祖母と一緒に来てくれた。屋敷の二階から広いグスク内を見回して、「まるで、夢のようじゃ」と喜んでいた。
「まさか、お前が、このグスクの主(あるじ)になるなんて、思ってもいなかったぞ」
「お爺が長い旅を続けて、若者たちを大勢、集めてくれたお陰です」
「確かに兵を集めれば、ここを攻め取る事はできるじゃろうとは思っていたが、それが現実になって、こうして、屋敷の中からグスクを見下ろしているなんて、やはり、夢のようじゃ。佐敷に来て本当によかった、と今さらながら、しみじみと思うわ」
「お爺、あの旗を見て下さい」
 サハチは石垣の上に何本も立って、風にはためいている旗を示した。
「三つ巴(どもえ)じゃな」
「うちの家紋です。サンルーザ殿からいただきました。三つの巴はお爺と親父と俺です。親、子、孫、三代を現しているのですよ。お爺が馬天浜(ばてぃんはま)に来てから、すべてが始まったのです」
「そうじゃのう。わしはあの時、夢のお告げを聞いて、馬天浜に来た。馬天浜は、わしが夢に見ていた場所だったんじゃよ。馬天浜からいつも、このグスクを見上げていた。まさか、わしの孫が島添大里按司になるなんて、あの時、想像すらできなかった」
「お爺、改めてお礼を言います。ありがとうございました」
「何を言っておる。お前が大それた事を言わなければ、こうはなっておらん。そして、サグルーがお前の言葉を信じて動かなかったら、こうはなっておらん」
「みんなのお陰ですよ。ウニタキもよくやってくれたし、馬天ヌルの叔母さんもよくやってくれた」
「そうじゃな。みんながお前のために頑張ったんじゃ。その事は決して忘れてはならんぞ」
「はい。肝に銘じておきます」
 母も妹のマチルーと弟のクルーと一緒に、侍女たちを引き連れてやって来た。妹のマチルーは十七歳になっていた。去年の戦(いくさ)騒ぎで、いい相手を見つける事ができなかった。
「お前の嫁入り先を早く見つけなくてはならんな」とサハチはマチルーに言った。
 マチルーは笑って、「いいお婿さんを見つけてね」と言った。
「お前もどこかの按司の所にお嫁に行くか」
「お姉さんたちが玉グスクと知念(ちにん)の若按司のお嫁さんになったから、あたしも若按司がいいわ」
「そうか、若按司がいいか。早いうちに見つけるよ」
「お願いね」とマチルーは可愛く笑った。
 そうは言ったものの、うまい具合に年の合う若按司がいるとは思えなかった。東方(あがりかた)の若按司は皆、すでに嫁をもらっている。遠くの按司を捜さなくてはならない。それでも、佐敷按司の頃と違って、島添大里按司の妹ならもらってくれるかもしれなかった。
 叔父のウミンターもウミンチュたちの家族を連れて、ぞろぞろとやって来た。
「凄いのう。島添大里グスクが、こんなにも広いとは知らなかった。さすが、歴史あるグスクじゃ。そこの按司にお前が納まるとは、今もって信じられん。兄貴が隠居して、親父と一緒に兵を集めていたとは知らなかった。水臭いぞ。どうして、わしに教えてくれなかったんじゃ」
「叔父さんを信じないわけじゃなかったんです。でも、秘密に事を運ばなくてはならなかったので、最小限の者しか知らなかったのです」
「わかっておるわ。ウミンチュたちは口が軽いからのう。何でも、すぐに自慢したがる。わしが黙っていても、どこから漏れるかわからんからのう。それにしても、どえらい事をやったもんじゃ」
「今日は充分に楽しんでいって下さい」
 シンゴとクルシも船乗りたちを引き連れてやって来た。
「凄い賑わいだな」とシンゴはその人出に驚いていた。
「去年、大きな台風が来て、そして、戦があった。みんな、騒ぎたくて、うずうずしているんだよ」
「大したもんじゃ」とクルシが嬉しそうに言った。
「サンルーザ殿がこの光景を見たら、どんなに喜ぶじゃろうのう。敵に奪われた島添大里グスクと大グスクを奪い返したんじゃからのう。お祭りをするのは当然じゃ」
「ありがとうございます。酒もたっぷりと用意してありますから、琉球のお祭り(うまちー)を楽しんで下さい」
 マサンルー夫婦も、ヤグルー夫婦も、マタルー夫婦も子供たちを連れてやって来た。
 大グスク按司となった若按司も大グスクヌルと一緒にやって来た。
「大グスクで会った時、島添大里グスクを落とすと言っていたけど、本当に落としてしまうなんて、凄いですね」と大グスクヌルは言って、笑った。
 大グスクで再会した時より、すっかり元気になっていた。笑顔も昔の頃を思い出させる明るい笑顔に戻っていた。
「大グスクに戻れただけでなく、敵であった島添大里按司も倒してくれたなんて、何と感謝していいか、言葉もありません」
 大グスク按司は恐縮して頭を下げた。
「感謝なんて、生き延びてくれただけで充分です。以前のように、大グスクを栄えさせて下さい。まずは、嫁さんを迎えて、跡継ぎを作らなければなりませんね」
「実はその事なんですけど、按司様(あじぬめー)のお爺様とお婆様がお見えになって、美里之子(んざとぅぬしぃ)殿の娘さんはいかがかと伺いました」
「マチですね」とサハチは言った。
 マチはサハチの従妹(いとこ)で、マチルギから剣術を習っている。美里之子の娘だけあって、筋も良く、かなりの腕だという。妹のマチルーよりも一つ年上で、マチルギからもいい相手を探してやってくれと言われていた。妹ではないので、遠くに嫁がせるのは気の毒に思って、重臣たちの息子を捜した。残念ながら年齢が合う相手はいなかった。マチルーを大グスクに嫁がせようかと考えていたが、マチルーよりマチの方が先だった。
「マチならいいかもしれません。さっそく、話を進めましょう」
 大グスク按司は、お願いしますとまた頭を下げた。
 サハチは大グスクヌルを見て、「あなたもお嫁に行きますか」と聞いた。
 大グスクヌルはサハチを見つめた。驚いていた目が、いたずらっぽく睨んでいる目に変わった。
「からかっていらっしゃるのですね」
 サハチは楽しそうに笑った。
「昔、あなたにはやられっぱなしでしたからね」
「この、サハチめ!」と言ってから、「失礼いたしました」と大グスクヌルは謝った。
「あなたが元気になってくれて、本当に嬉しいです。昔のようにサハチと呼んで下さい。それと、馬天ヌルには会いましたか」
「いえ、会っておりませんが」
「是非、会ってみて下さい。あなたなら必ず、何かを感じるはずです」
「そうですか‥‥‥色々とありがとうございました」
 サハチを見つめていた大グスクヌルの目が潤んできていた。
 クマヌの夫婦はファイチの家族、サムの家族と一緒にやって来た。クマヌが寂しそうだったので、クマヌの屋敷の両隣りをファイチとサムの屋敷にしたのだった。
「毎日、賑やかで楽しいわ」とクマヌはすっかり、お爺ちゃんになっていた。
 玉グスクから若按司夫婦も、知念から若按司夫婦もやって来て、久し振りに兄弟たちが全員揃った。その夜は遅くまで、みんなでわいわい言いながら楽しんだ。キラマの島にいる父にも連絡したのだが、ついに現れる事はなかった。
 島添大里グスクの戦勝祝いはすぐに噂になって、各地へと伝えられた。
 島添大里グスクを落とした佐敷按司は、長年苦しめられていた島添大里按司を倒したのが、余程、嬉しかったようだ。大盤振る舞いをして、城下の者たちと一緒に大喜びしていた。今までの威張っていただけの按司と違って、新しい島添大里按司は親しみやすい按司のようだ。大体がそのような噂だった。
 ウニタキが調べた所によると、山南王のシタルーは、あいつらしいと言って笑ったという。八重瀬(えーじ)のタブチは、馬鹿か、あいつはと言って、島添大里グスクを落とせたのは、まぐれだったのかもしれんと言ったという。中山王は家臣たちに調べさせて、サハチが島添大里グスクを落城させた時の状況を知っていた。グスク内にはすでに兵糧はなく、安心して眠っていた所を、早朝に不意打ちを掛けて攻め落とした。あの状況なら、誰でも落とす事ができる。ただ、運がよかっただけだ。その事を自分でも知っているから大喜びしているのだろう。警戒するほどの男ではないと言ったという。
 中山王の警戒を解いたのは、まずは成功したと言えた。今後も、警戒されないように注意しなければならなかった。
 三月半ばの吉日、大グスク按司に美里之子の娘、マチが嫁いだ。今度は大グスクがお祭り騒ぎに浮かれた。十七年間、堪え忍んできた城下の者たちは、ようやく解放された喜びを花嫁を迎えながら、じっと噛みしめていた。婚礼の儀式は馬天ヌルと大グスクヌルによって行なわれた。
 サハチに言われて、馬天ヌルに会いに行った大グスクヌルは、その存在の大きさに圧倒された。大グスクヌルが知っているヌルという概念から大きくかけ離れていながら、そのヌルとしての凄さを感じないわけにはいかなかった。大グスクヌルは自分の未熟さを悟り、馬天ヌルに指導をお願いした。馬天ヌルは喜んで引き受けた。幼なじみの佐敷ヌルとも再会した。佐敷ヌルは昔のように接してきたが、佐敷ヌルも凄いと感じていた。大グスクヌルは素直に負けを認めて、佐敷ヌルにも指導をお願いした。佐敷ヌルは驚いて、あたしなんか、人様の指導なんて、とてもできませんと慌てて首を振った。馬天ヌルはそんな佐敷ヌルを笑って見ていた。佐敷ヌルのヌルとしての凄さを知らないのは、佐敷ヌル本人かもしれなかった。
 大グスクの婚礼には、島添大里按司のサハチ、玉グスク按司、垣花(かきぬはな)按司、知念按司が参列したが、糸数(いちかじ)按司は来なかった。玉グスク按司は先代の大グスク按司と従兄弟(いとこ)同士で、垣花按司は大グスク按司の叔父、知念按司も叔父だった。糸数按司は直接のつながりはないが、妻は玉グスク按司の娘で、若按司の妻は垣花按司の娘だった。東方(あがりかた)の按司の祝い事なのだから、当然、来るべきだった。未だに、サハチの事を恨んでいるようだ。
 大グスクの婚礼も無事に済んで、マチルーの嫁ぎ先をクマヌと相談していたら、驚くべき人が訪ねて来た。
 門番が、島尻大里(しまじりうふざとぅ)からシタルーというサムレーが訪ねて来たと伝えられた時、サハチは驚いて、クマヌと顔を見合わせた。山南王が自ら訪ねて来るなんて考えられない事だった。
 サハチは門番と一緒に正門に向かった。
 いつもと変わらないシタルーが、いつものように手を上げて、「やあ」と言った。連れて来た供のサムレーは一人増えて三人になっていた。一人増えたとはいえ、山南王がたったの四人だけで来るなんて無謀とも言えた。
 サハチはシタルーたちを連れて、屋敷のある一の曲輪に向かった。
 シタルーはグスク内を見回して、「懐かしいなあ」と言った。
「前回、ここに来たのは一年ほど前だったが、かなり前だったような気がする。まさか、弟が死んで、お前がここにいるなんて思ってもいなかった」
「恨んでいますか」とサハチは聞いた。
「いや」とシタルーは首を振った。
「これだけのグスクにいて、それを守れない方が武将として失格だ。ヤフスは十六の時に具志頭(ぐしちゃん)按司の婿になって、親父のもとから離れて行った。そのまま、具志頭の若按司のままでいたら死ぬ事もなかっただろう。俺が豊見グスクに移る事になって、ヤフスは具志頭から大グスクにやって来た。ヤフスは親父の近くにいなかったので、戦の駆け引きを学ぶ事ができなかった。このグスクはヤフスには大き過ぎたんだよ。具志頭グスクが奴の器に合っていたんだ」
 そう言ってから、シタルーは、「東曲輪の物見櫓(ものみやぐら)に行こう」と言った。
「あそこからの眺めは最高だ。戦の時は一番に狙われるがな」
 サハチはうなづいて、東曲輪に向かった。
 従者たちを下に置いて、サハチとシタルーは物見櫓に登った。
 海が見えた。遠くに勝連(かちりん)も見えた。
「大胆ですね」とサハチは言った。
「たったの四人だけで、やって来るなんて」
「お前だって、嫁さんを連れて毎年、旅に出ているだろう。供も連れずに」
「知っていたのですか」
「親父が調べていたようだ。気楽な奴だと笑っていた。だが、奴には気を付けろとも言っていた」
「そうでしたか‥‥‥」
「どうだ、俺と手を結ばんか」
「同盟ですか」
浦添と勝連のつながりは知っているだろう。中山王が毎年、明に進貢船(しんくんしん)を送れるのも勝連のお陰ともいえる。古くからヤマトゥと交易しているからな。浦添と勝連の関係を南部にも作りたいんだ。島尻大里と島添大里、二つの大里が結べば、中山王に負けない交易ができるかもしれん」
 その事はサハチも考えていた。シンゴに毎年、来てくれと頼んだが、明国の商品を仕入れるのが大変だった。シンゴは浮島に寄って中山王と取り引きをしている。シタルーと手を結べば明の商品が手に入って、交易の規模を拡大する事ができた。
「わたしとしては大いに賛成ですが、わたしの一存では決められません」
「わかっている。同盟の条件はお前の妹を俺の若按司の嫁に迎えたい。そして、俺の娘をお前の弟の妻に迎えてもらう」
「若按司ですか」
「十八だ。タルムイ(太郎思)という。」
「わかりました。なるべく早く、御返事いたします」
 シタルーは満足そうにうなづいた。
「勝連だが、兄弟で争っているようだな」とシタルーは勝連の方を見ながら言った。
「今月の初めに、中山王の娘が勝連の若按司に嫁いだばかりだというのに、兄弟で争いを始めるとは情けないと中山王がぼやいていた。勝連は三人兄弟だった。三番目の倅に、中山王は愛娘(まなむすめ)のウニョンを嫁がせた。しかし、高麗の山賊に殺されてしまった。中山王はウニョンの婿の浜川大親(はまかーうふや)を気に入っていたんだ。朝鮮(チョソン)との交易を始められたのも、その婿殿のお陰だった。頭が切れる男だったらしい。惜しい男を亡くしてしまったと今でも、時々、思い出しているようだ。それに比べて、上の二人の兄はどうしようもないらしい。二人でようやく一人前なのに、争いを始めるとはけしからんと怒っていた」
 ウニタキの事をそんな風に中山王が思っていたなんて知らなかった。確かに、ウニタキなら勝連按司になったとしても立派にやり遂げるだろう。上の兄が争いを始めた事をウニタキは知っているのだろうか。
「そういえば、ウミカナを助けてくれて、ありがとう。死んだと思っていたので、無事に戻って来たのを見て、幽霊かと驚いたよ」
「馬天ヌルが、やるべき事をやりなさいと言って帰したようです」
 シタルーはうなづいた。
「馬天ヌルに感謝していたよ。俺の長女が豊見グスクヌルになるために、島尻大里ヌルの所で修行していたんだが、馬天ヌルと出会って、すっかり尊敬してしまったようだ。あんなヌルになりたいと、いつも、言っている。俺は会った事がないが、凄い人らしいな」
「自分の叔母ながら、大した人だと思っています。話は変わりますが、唐人(とーんちゅ)のファイチを御存じですか」
「ファイチ‥‥‥ああ、豊見グスクにフラッと来た奴だな。通事(つうじ)と仲よくなって、しばらくいたが、いつの間にか旅に出たようだ。ファイチを知っているのか」
「客将として、ここにいます」
「そうだったのか。お前と大して年が変わらないから、気が合うのかもしれんな」
「面白い奴です」
「そうか。明国の状況が知りたくて、呼び止めたんだが、その事以外は、これと言った話はしていない。唐人を家臣に加えるのもいいんじゃないのか。お前らしいよ。娘たちに剣術を教えたり、笛の調べが聞こえて来たり、唐人がいたりと、こんな面白いグスクはここしかないだろう」
 褒められているのか、馬鹿にされているのかわからないが、自分らしさが出ているのはいい事なんだろう。サハチはそう思う事にした。