長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

61.同盟(最終決定稿)

 山南王のシタルーとの同盟は重臣たちの会議では、文句なく賛成だった。家臣の数が三倍にもなったため、交易を盛んにしなければ、やって行けなくなる。こちらからお願いしたい所だったと大喜びだった。問題は東方(あがりかた)の按司たちの反応だった。
 玉グスク按司に知らせると至急、玉グスクに来てくれとの事だった。
 サハチはすぐに出掛けた。途中、大(うふ)グスクに寄って、大グスク按司も連れて行った。垣花(かきぬはな)按司と知念(ちにん)按司は来ていたが、糸数(いちかじ)按司は来なかった。
 東方は八重瀬(えーじ)按司と同盟している。敵である山南王と同盟したら、八重瀬按司が糸数按司と組んで攻めて来るかもしれないと恐れた。もし、八重瀬と糸数が玉グスクを攻めた場合は、島添大里(しましいうふざとぅ)と大グスクで糸数を攻めると約束した。すでに、東方は中山王と同盟しているので、山南王と同盟すれば、八重瀬按司も手が出せないだろうと同盟を受ける事に決まった。
 翌日、サハチはクマヌを使者として島尻大里(しまじりうふざとぅ)に送り、佐敷グスクに行って、妹のマチルーと会った。
「お前が嫁ぐ若按司が見つかったぞ」とサハチが言うと、「もう見つかったのですか」とマチルーは驚いた。
 マチルーも東方の若按司が皆、お嫁をもらっている事は知っていた。兄には若按司がいいと言ってしまったが、実際は次男でも三男でも構わなかった。あまり遠い所にお嫁に行くよりも、姉たちがいる東方がいいと思っていた。マチルーは見栄を張って、若按司がいいなんて言わなければよかったと後悔した。
「どこですか」とマチルーは覚悟を決めて、兄に聞いた。
「山南王の若按司だよ」と言って、サハチは笑った。
 島尻大里なら同じ南部だし、マチルーも満足だろうと思っていた。
「山南王‥‥‥」とマチルーは言ったまま、大きな目をしてサハチを見つめた。
「お前の婿は山南王になったシタルーの長男のタルムイだよ」と兄は言っていたが、マチルーの頭の中は真っ白になって、何も考えられなかった。王様の息子に嫁ぐなんて、考えてもいない事だった。
「山南王の若按司‥‥‥」
 かろうじて、そう言って、マチルーは部屋から飛び出して行った。
「おい、どこに行くんだ」とサハチがマチルーのあとを追うと、佐敷ヌルの屋敷に駈け込んで行った。
 今、佐敷ヌルの屋敷には、馬天ヌルが娘のササといるはずだった。娘たちに剣術を教えているので、ここの方が都合がいいと言って、仲尾の屋敷から移って来ていた。ササをヌルにするための指導もそこでやっていた。
 サハチが佐敷ヌルの屋敷に行くと三人が並んで縁側に座っていた。馬天ヌルとササは稽古着を着て、頭に鉢巻を巻いている。どうやら、ヌルの指導ではなく、剣術の指導をしていたようだ。ヒューガの娘なので、武術の方に興味があるのかもしれない。
「山南王といってもね、お兄さんのお友達でシタルーという人なの。何度も、ここに遊びに来ているのよ。安心してお嫁に行きなさい」と馬天ヌルがマチルーに言っていた。
 シタルーが友達だと聞いて、そうかもしれないとサハチは思っていた。年齢は十歳も違うが、何となく、気が合う事は確かだった。
 サハチも縁側に腰を下ろし、「叔母さん、シタルーの長男のタルムイって知っていますか」と馬天ヌルに聞いた。
 馬天ヌルは首を振った。
「多分、豊見(とぅゆみ)グスクヌルの弟でしょうね。豊見グスクヌルは知っているけど、弟は知らないわ。豊見グスクヌルと出会ったのは島尻大里なの。あたしは豊見グスクには行っていないのよ。あそこは新しいグスクだから、古いウタキもないだろうと思って行かなかったの」
「そうですか。シタルーから聞きましたが、豊見グスクヌルは叔母さんの事を尊敬しているようです」
「あの娘(こ)は素直でいい娘よ。タルムイもシタルーの息子だから、頭のいい子に違いないわよ」
「叔母さんはシタルーに会った事はあるのですか」
「あなたを訪ねて、ここに来たのをチラッと見ただけよ。話をした事はないわね」
「マチルーが嫁いでも大丈夫ですね」
「勿論、大丈夫よ」と馬天ヌルは力強くうなづいた。
 マチルーを見ると、マチルーも決心を固めたように、力強くうなづいた。
 サハチはササを見た。
 ササは目を閉じていた。しばらくして目を開けると、「その人、王様になるわ」と言った。
 王様の長男だから王様になるのは当然だが、今の世の中、先の事はわからなかった。
「ええっ!」とマチルーが驚いた顔をして、ササを見ていた。
「大丈夫よ」と馬天ヌルがマチルーの膝をたたいた。
「あなたなら王様の奥方様も立派に務まるわ」
 マチルーは馬天ヌルの顔を見つめながら、自分に言い聞かせるように何度もうなづいていた。
 ウニタキは家族を島添大里の城下の屋敷に入れて、本拠地を運玉森(うんたまむい)に移していた。家族が一緒ではないので、屋敷を建てるのはやめて、『マジムン屋敷』を拠点として使っていた。以前のように近くにいないので、配下の娘を侍女としてグスク内に入れ、用がある時は、その侍女に言ってくれと言われていた。
 島添大里グスクに戻ると、サハチはナツという侍女にウニタキを呼んでくれと頼んだ。ナツはうなづくと、どこかに消えた。それから一時(いっとき)ほどして、ナツが現れ、お頭が以前の『よろずや』で待っていると知らせた。
 サハチは城下の大通りに面して建つ『よろずや』に向かった。ウニタキから聞いてはいないが、『よろずや』を再開したようだった。二、三日前から店を開いているのをサハチは気づいていた。
 店の中は古着だらけだった。売り子の娘に案内されて、店を抜けて裏に行くと小さな屋敷があり、そこにウニタキはいた。相変わらず、坊主頭に鉢巻をして、猟師の格好だった。
「ここの『よろずや』は古着屋なのか」とサハチは聞いた。
「看板をよく見ろ。『よろずや』ではない。『まるずや』だ」
「まるずや?」
「『よろずや』がここに店を出したら怪しまれる。『まるずや』は佐敷から来た古着屋だ」
「成程。お前と会う時はここを使うのだな」
「そういう事だ。旅をしているはずの三星大親(みちぶしうふや)が、ちょくちょくグスクに顔を出すわけにも行くまい。浦添に移った『よろずや』だが、うまく行っているようだ。ところで、何かあったのか」
「昨日、シタルーが来たんだ。同盟する事に決まった」
「シタルーが直々に来たのか」とウニタキは驚いた顔をした。
「俺も驚いたよ。相変わらず、三人の供を連れただけで、気楽にやって来た」
「そうか‥‥‥山南王と同盟か。シタルーもヤマトゥの刀が欲しいのだろう」
「こっちも明の陶器が欲しいから丁度いい」
「それで、シタルーの周辺を調べろというのか」
「いや、特に調べなくても、シタルーの情報は入るだろう。お前を呼んだのは勝連(かちりん)の事なんだ」
「勝連?」
「シタルーから聞いたんだが、勝連の兄弟が争いを始めたらしいぞ。知っていたか」
「いや。望月党がいるので、勝連には近づくなと言ってある。勝連の情報は入って来ない」
「シタルーは中山王から聞いたようだ」
「そうか‥‥‥あの二人が争いを始めたのか」
 ウニタキの家族が、望月党に殺されたのは、もう十年も前の事だった。あの時、仲がよかった二人もウニタキが消えると、色々な欲がからんで対立するようになったのだろう。勝連按司と江洲(いーし)按司では格が違いすぎる。何かにつけて得をする兄を、弟が羨(うらや)み始めたのかもしれない。望月党を動かせるのも兄だけで、弟に勝ち目はなかった。近いうちに、弟の江洲按司は殺されるかもしれないとウニタキは思った。
「お前がここに逃げて来た時、弟を殺すような奴らは、そのうち、自滅するだろうとクマヌが言っていた。どうやら、自滅の道を歩み始めたようだな」
 ウニタキは黙って、何かを考えていた。
「危険な真似はするなよ」とサハチは言った。
「まだ、時期が早いぞ」
 ウニタキはうなづいたが、嫌な予感がしていた。話さなければよかったとサハチは後悔した。
 マチルーの輿(こし)入れは四月の半ばと決まった。あと一月もないので忙しかった。五月に入ると『ハーリー』があり、進貢船(しんくんしん)も帰って来るので何かと忙しい。密貿易船がやって来る前に、同盟を結びたいので、四月という事になった。シタルーの娘のウミトゥクが、サハチの弟のクルーに嫁ぐのは、来年の正月に決まった。ウミトゥクもクルーも共に十五歳なので、年が明けて十六になってからの婚礼となった。
 四月の初め、シンゴの船が馬天浜を去って、キラマの島へと向かって行った。その船に、ファイチ(懐機)が乗っていた。ヒューガに会って来るという。サハチは羨ましそうにファイチを見送った。
 着飾ってお輿に乗ったマチルーは、佐敷グスクから城下の者たちに見送られて島添大里グスクに入り、そこで休憩してから、改めて護衛の兵に囲まれて、島尻大里へと嫁いで行った。佐敷から見送りの村人たちが、ぞろぞろと花嫁のお輿の後ろに従って島添大里グスクまで付いて来た。大勢の人たちに見送られ、マチルーは嬉し泣きをしながら、島添大里グスクを巣立って行った。
 父もキラマの島からやって来て、マチルーの花嫁姿を目に涙を溜めながら見送っていた。マチルーは末の娘で、父が東行法師になって旅立った時、まだ七歳だった。その後は年末年始に会うだけで、父親らしい事が何もできないまま、嫁いでしまうのが寂しいようだった。
 花嫁を迎える方も凄い人出だった。新しい山南王と新しい島添大里按司との婚礼は、新しい世の中が来るような期待を抱(いだ)かせ、城下の者たちは大歓迎で花嫁を迎えた。
 お輿の中から、自分を迎えてくれる大勢の人たちを眺め、マチルーは山南王のもとへお嫁入りして来た事を実感していた。不安で胸がいっぱいだったが、叔母の馬天ヌルが言った『大丈夫』という言葉と、姉の佐敷ヌルが言った『あなたならできる』という言葉を思い出し、義姉のマチルギと最後に試合した時の呼吸を思い出して、あたしならできると自分に言い聞かせていた。
 婚礼のあと、若按司のタルムイは豊見グスク按司に任命されて、マチルーと一緒に豊見グスクへと移って行った。山南王と一緒に島尻大里グスクにいるよりも、豊見グスクの方がマチルーにとっても気が楽だった。
 婚礼の二日後、さっそく、島尻大里から取り引きの話がやって来た。サハチは与那嶺大親(ゆなんみうふや)を交易担当の奉行に任命して、向こうの者と相談して、うまくやってくれと頼んだ。
 五月四日に恒例の『ハーリー』が行なわれた。豊見グスク按司の主催ではなく、山南王の主催で行なわれ、例年よりも盛大だったという。シタルーも本当はお祭り好きなのかもしれなかった。
 梅雨が明けて、今年は島添大里に移ったばかりなので、恒例の旅は中止にしようと思っていたら、クマヌに行って来いと言われた。
「グスクが変わったからと言って、妙に大人(おとな)振らなくていい。佐敷にいた時よりも世間の目が注目している。気楽に旅をする所も見せた方がいい。ただし、以前より危険があるという事は忘れるな」
 そう父から言われていたという。
「誰かが俺を狙っているという事ですか」とサハチはクマヌに聞いた。
「糸数、あるいは八重瀬辺りが、按司様(あじぬめー)の命を狙っているかもしれんな」
「以前と違って、危険が伴うという事か。わかった。充分に気を付けながら旅を楽しもう」
 一緒に行ったのはヤグルー夫婦とマタルー夫婦だった。今回もマサンルー夫婦はキクの妊娠で旅に出られなかった。佐敷ヌルも今回は遠慮した。マチルギと佐敷ヌルがいなくなったら、娘たちの剣術の指導ができなかった。以前は馬天ヌルに任せていたが、馬天ヌルは佐敷で教えている。人数が多いので、他の者に任せるわけにはいかなかった。
 佐敷ヌルは今、女子(いなぐ)サムレーたちと一緒に暮らしていた。広い屋敷に一人だけで暮らすのは寂しいとマチルギと相談して、佐敷ヌルの屋敷を女子サムレーの宿舎にしたのだった。女子サムレーたちの師範である佐敷ヌルは何かと頼りにされて、自然と女子サムレーのお頭的存在になっていた。お師匠の留守は、あたしに任せてと責任を持って引き受けた。
「あたしはもう大丈夫よ。三度も旅に連れて行ってもらったから、もう気が済んだわ。それに、旅に行きたくなったら、ユミーとクルーを連れて行って来るわ」
 佐敷ヌルはそう言って、笑いながら見送った。
 サハチとマチルギはいつもの旅支度をして、佐敷グスクに向かった。佐敷グスクでマタルー夫婦と落ち合い、平田グスクでヤグルー夫婦と落ち合った。
 平田ではウミチルが娘たちに剣術を教えていたが、ここで稽古している娘たちは、二十人もいなかったので休みにしたらしい。どうしても、稽古をしたい者は佐敷に行くようにと言ったという。
 成り行きから東に向かって歩き出したが、しばらくして、「ねえ、どこに行くの」とマチルギがサハチに聞いた。
 サハチは首を傾げて、皆の顔を見た。
「このまま、東に行きましょう」とウミチルが言った。
「東に行ったら海に出ちゃうわ」とマチルギが言って、ウミチルの顔を見てから、「その向こうね」と言って笑った。
 ウミチルも笑いながらうなづいた。
「久高島だな」とヤグルーが楽しそうに言った。
「何年振りかしら」とマチルギが嬉しそうに言った。
「あれは『ハーリー』を見た年だ」とサハチは思い出していた。
「マシュー(佐敷ヌル)がフボーヌムイに籠もった時よ」
 マチルギが指折り数えて、「もう、五年も前だわ」と驚いた。
「島に行って、海で思い切り遊ぶか」
 サハチがそう言うとウミチルとマチルギが踊るように喜んだ。マカミーも一緒になって喜んでいた。
 久高島にはフカマヌルしかいなかった。
 フカマヌルはサハチたちを見ると涙を流しながら喜んだ。サハチたちは大歓迎された。
「たった一人で取り残されて、留守番をしているのよ」とフカマヌルは寂しそうに言った。
 マニウシの奥さんは末娘を玉グスクに嫁がせるとキラマの島に行ったという。末娘が嫁いだのは前回、サハチたちが来た五年前の冬だった。年が明けるとマニウシと一緒にキラマに行ってしまい、それからずっと、独りぼっちで寂しい思いをしていたのだった。
 フカマヌルは今まで溜まっていた鬱憤(うっぷん)をマチルギを相手に話していた。自分と母親を比べて、自分にはマレビト神(がみ)が現れないのよ。もう、あたし、三十を過ぎちゃったわ。このまま、跡継ぎは産めないのかしらと嘆いていた。馬天ヌルは三十を過ぎてから、娘を産んでいるから大丈夫よとマチルギは慰めていた。それにしたって、みんながこの島を出て行ってから、誰もこの島に来なくなったわ。大勢の修行者がいた時、誰かを見つければよかったわとフカマヌルは言っていた。
 サハチたちは三日間、海に入って、のんびりと過ごした。
 海に入ってはしゃいでいるマチルギとウミチルを見て驚いていたマカミーも、二人に引っ張られて海に入ってしまうと、楽しそうに一緒にはしゃぎ始めた。二人から泳ぎも教わって、海に潜る楽しさも知り、マカミーもすっかり海の虜(とりこ)になって行った。
 サハチたちはフカマヌルを連れて帰って来た。母親もマニウシ夫婦も年末にならないと帰って来ない。少しくらい羽根を伸ばした方がいいとサハチたちが誘い出して来たのだった。
 フカマヌルが島から出たのは二度目だった。一度目は、玉グスク按司に嫁いだ叔母に会いに玉グスクに行った時だった。もう十年以上も前の事だった。
 フカマヌルは馬天ヌルに歓迎された。サハチはフカマヌルを馬天ヌルに預けた。フカマヌルは佐敷グスク内の佐敷ヌルの屋敷に滞在した。あとで考えたら、佐敷グスクの東曲輪(あがりくるわ)には母がいた。馬天ヌルが母に本当の事を言ってしまうのか心配になったが、馬天ヌルならうまくやるだろうと任せる事にした。