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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

69.ウニョンの母(最終決定稿)

尚巴志伝 第一部

 ウニタキは浦添の『よろずや』にいるムトゥから信じられない事を聞いていた。
 昨日、ムトゥは浦添グスクの侍女、ナーサに呼ばれた。浮島にいる冊封使(さっぷーし)の事など世間話をした後、今日は娘の命日なのよと言って、娘の事を話してくれた。絶対に秘密よと言って話した内容は、まったく驚くべき事だった。
 ナーサは三十三年前、中山王の武寧(ぶねい)に嫁いだ花嫁の侍女として八重瀬(えーじ)から浦添に来た。八重瀬グスクを落城させた、その美貌は、当時十六歳だった武寧の心を捕らえた。武寧は花嫁よりも侍女のナーサに夢中になって、ナーサは妊娠した。父親に知られたら怒られる事を恐れた武寧は、花嫁の父親の汪英紫(おーえーじ)に相談して、出産するまで里帰りをする事になった。ナーサは八重瀬で密かに娘を産み、その娘は花嫁が産んだという事にした。その娘が武寧の長女のウニョンだった。ウニョンは母親に似て美しい娘に育ち、勝連按司の三男に嫁いだ。子供も生まれて幸せに暮らしていたのに、山賊に襲われて死んでしまったという。
「昨夜(ゆうべ)、夢枕にウニョンが現れて、あなたに真実を話しなさいと言ったのよ。なぜだか、わからないけど、あなたなら信用できるから話したんだけど、どうして、ウニョンがあなたに話すように言ったのかわかる?」とナーサはムトゥに聞いた。
「わかりません」とムトゥは首を振ったが、『よろずや』に帰るとすぐにウニタキを呼んで、ナーサの話を伝えた。
 ウニタキは腰を抜かしてしまうかと思うほど驚いた。ウニョンの実の母親が、ナーサだったなんて思ってもいない事だった。ナーサからもっと詳しい話が聞きたかった。ムトゥに頼んで、ナーサをグスクから外に出してもらうように頼んだ。
「お頭が、ウニョンの夫だった浜川大親(はまかーうふや)だとナーサに知らせるのですか」とムトゥは聞いた。
 ウニタキの配下の者でも、ウニタキが浜川大親だと知っている者は少ない。ウニタキが『三星党(みちぶしとー)』を作った初期に入った者、数人だけが知っていて、その事は仲間にも話すなと口止めしてあった。
「それはまずい。中山王に話されたら困る。俺が生きている事を知れば、必ず、会いたがるだろう。あの時、山賊に襲撃された時の生き残りの者が会いたいと行っていると告げてくれ」
「それで、出て来ますかね」
「出て来る事を願うしかない」
「何か証明する物があればいいのですが」
「証明する物といっても、みんな燃えちまったからな。娘の名はミヨンで、可愛い娘だったと言ってくれ。そして、ウニョンのお腹の中には子供がいたとな」
「わかりました」とムトゥは浦添グスクに行って、ナーサと会い、明日の午後、『よろずや』を訪ねると約束してくれたのだった。
 そして、今日、ムトゥはグスクまで迎えに行って、ナーサを『よろずや』に連れて来た。ウニタキは奥の部屋で待っていた。
 ムトゥと一緒に現れたナーサは、未だに美貌を保っていた。五十を過ぎていると聞いていたが、とてもそんな年齢には見えない。三十の半ばといってもおかしくはなかった。そして、その顔には、確かにウニョンの面影があった。ウニタキはナーサがウニョンの母親に違いないと確信した。
 ナーサは姿勢を正して、ウニタキの正面に座って頭を下げた。
「わざわざ、いらしていただき、申し訳ございません」とウニタキも頭を下げた。
 ムトゥはウニタキにうなづくと下がって行った。
 ナーサはウニタキの顔をじっと見つめていた。そして、急に驚いたような顔になって、「もしや、あなた様は浜川大親様ではございませんか」と聞いた。
「えっ」とウニタキの方が驚いた。
「一度、お会いした事がございましたね」
 そう言われても、ウニタキには会った覚えはなかった。
「あの頃、若按司様(わかあじぬめー)だった王様(うしゅがなしめー)に頼まれて、高麗(こーれー)の美女を連れて行った時、浜川大親様がいらしていました」
 ウニタキは思い出していた。あの時、高麗の美女を連れて来た侍女が、目の前にいるナーサだった。高麗の美女はウニタキなど見ようともしなかったが、隣りにいた侍女がチラチラとウニタキを見ていたのを覚えていた。
「あの時、ウニョンの夫になられた浜川大親様を一目でも見たくて、一緒に行ったのです。髪を剃られても、目はあの時と同じ目です」
 正体を明かすつもりはなかったが、こうなったら仕方がなかった。
「見破られたのなら仕方がありませんね」とウニタキは笑い、「わたしがウニョンの夫だった浜川大親です」と名乗った。
「生きていらしたなんて‥‥‥」
 ナーサは目を見開いたままウニタキを見つめ、信じられないというように首を振っていた。
「いいえ。あの時、浜川大親は死にました。わたしは別人として生きて来たのです」
「そうでしたか‥‥‥わたしがウニョンの実の母親のナーサです。夢に出て来たウニョンは、あなたと会わせるために、ムトゥに本当の事を話すように言ったのですね‥‥‥それにしても、あなたが生きていて、こうして目の前にいらっしゃるなんて‥‥‥」
「もう十二年になりますからね。十二年経っても、あの日の事は忘れられません」
「どうか、ウニョンの最期をお話し下さい」
 ウニタキは山賊に襲われて、妻も娘も助けられず、自分だけが何とか生き残った経緯を話した。ただ、佐敷に逃げた事は話さなかった。自分と島添大里(しましいうふざとぅ)按司(サハチ)のつながりは隠しておかなくてはならなかった。
「ウニョンが亡くなって、半年ほど経った頃、勝連から来た侍女たちが、こそこそと話をしているのを偶然に聞いて、ウニョンが『望月党』という連中に殺されたという事を知りました。そして、わたしは『望月党』の事を調べたのです。娘の敵(かたき)を討つために、十二年も掛けて調べたのです」
「敵を討つつもりなのですか」とウニタキは聞いた。
「討ちます」とナーサは、はっきりと言った。
 ナーサの目は娘を殺された母親の怒りが溢れていた。
「どうして、中山王に望月党の事を話さなかったのですか。話せば中山王も黙ってはいなかったでしょう」
「わたしは亡くなった山南王(汪英紫)に仕えておりました。望月党の事を告げると、中山王には黙っていろ。お前もその事は忘れろと言われたのです」
「どうして、山南王はそんな事を言ったのです」
「当時、山南王は島添大里按司で、明国との交易を始めたばかりでした。浦添と勝連が戦を始めたら、同盟をした手前、黙って見ているわけには行きません。出陣しなければならなくなります。勝連グスクを落とすのは容易な事ではなく、長期戦になれば、交易どころではなくなってしまいます。それで、黙っていろと言ったのです。しかし、わたしは黙ってはいませんでした。奥間(うくま)の者たちを使って、望月党の事を調べました」
「あなたも奥間の者なのですか」
「わたしの母親は奥間の木地屋(きじや)の娘です。父親はヤマトゥンチュだそうですが、会った事はありません。十歳の時、木地屋の親方のお屋敷に移って、側室になるために育てられました。読み書きを教わり、笛やお琴のお稽古もさせられました。身を守るための武芸も身に付けました。本当なら、今頃はどこかの按司の側室として、幸せに暮らしていたかもしれません。わたしの人生を狂わせたのは、木地屋の親方の息子でした。わたしは十五の時、その息子に犯されて妊娠してしまいました。わたしが妊娠した事を知ると、息子は奥間から逃げて行きました。その後、その息子の行方は知れません。わたしは流産してしまいましたが、側室への道は閉ざされ、十七になった時、鍛冶屋(かんじゃー)の叔父に連れられて南部へと行き、当時、与座(ゆざ)按司だった山南王と会ったのです。与座按司は、わたしを八重瀬グスクに側室に入れて、父と息子を争わせて、八重瀬グスクを奪い取ります。八重瀬按司となった山南王は、娘の侍女として、わたしを浦添グスクに入れたのです」
「山南王はいつの日か、浦添グスクを落とすつもりで、あなたを浦添に送ったのですか」
「わかりません。浦添の情報は山南王に流しておりましたが、八重瀬グスクにいた時のような、難しい命令は何もありませんでした。自分でも言うのは何ですが、山南王はわたしの美貌を恐れたのでしょう。近くに置いておくと、男たちがわたしに惑わされると思い、浦添に送ったのです」
「そして、中山王があなたの美貌に惑わされた」
 ナーサは微かに笑って、うなづいた。
「わたしは城下にいた奥間の者を使って、望月党の事を調べました。何人かが犠牲になってしまい、奥間の長老は、『望月党』に近づくなと命じます。でも、わたしは諦めませんでした。浦添の近くの山の中に奥間という集落があります。先代の中山王が奥間から連れて来た者たちを住まわせた村です。中山王のために情報を集めている者たちですが、わたしはその中の一人に目を付けて、望月党の事を調べさせました」
「色仕掛けで近づいたのですか」
「わたしにはそれしかありませんから」とナーサは笑った。
 男を惑わす美しい笑顔だった。
「でも、近づいた後は、それなりの報酬は渡してあります」
「それで、何かわかったのですか」
「あなたを殺そうとした事件がきっかけで、望月党が二つに分裂した事がわかりました。望月党のお頭は望月サンルーといい、グルーという弟がいます。あなたを殺す事に反対したグルーが、数人の者たちを連れて望月党を抜けたのです。その後、グルーの行方はわかりませんでした。殺されてしまったものと誰もが思っていたのですが、二年前に舞い戻って来ました。どこかで、十年掛けて新しい望月党を作っていたようです。そして、二つの望月党の争いが始まります。グルーによって各地にあった、望月党の拠点は潰されています。そして、今、グルーは江洲(いーし)按司と結んで、勝連按司を倒そうと企んでいます」
 望月ヌルを探していた爺さんの話とほとんど同じだった。よくそれだけの事を調べ上げたものだとウニタキは感心していた。
「望月党を倒すために、わたしに近づいて来たのですか」とウニタキはナーサに聞いた。
「『よろずや』が、ただの商人でない事はわかりました。調べてみると、島尻大里(しまじりうふざとぅ)と浮島に同じ店がありました。浦添の『よろずや』が、島添大里から逃げて来た事も確認しました。あなたと亡くなった山南王とのつながりはわかりませんが、山南王が『望月党』の事を知って、あなたに同じような裏の組織を作らせたのだと思いました。違いますか」
 ウニタキは曖昧に笑っただけで、答えなかった。
「山南王は亡くなりました。今は誰のために動いているのですか」
「誰のためでもありませんよ。家族の敵を討つためです」とウニタキは答えた。
 ナーサは満足そうな顔をしてうなづいた。
「わたしもようやく自由の身となりました。先月、叔父の奥間大親(うくまうふや)が亡くなりました。倅が後を継いだようですが、倅はわたしの過去までは知りません。ただの侍女だと思っています。ようやく、娘の敵討ちができるのです」
「わたしが知っている事も大体、そのようなものです。わたしはもう少し様子を見ていようと思っています。兄と弟を戦わせておき、勝った方を倒すつもりです」
「わたしもそれがいいと思います。望月党の隠れ家も突き止めましたが、今はそこにはいません。新しい隠れ家に移ったようです」
「隠れ家を突き止めたのですか」
「突き止めるのに五人の者が殺されましたが、何とか見つける事ができました。でも、弟のグルーが戻って来た時に襲撃されたようです。去年の六月、城下にある『備前屋(びぜんや)』という刀屋が何者かに襲撃されて、皆殺しに遭っています。『備前屋』が、望月党とつながっている事は知っておりましたので、一体、誰が、望月党を相手に戦っているのだろうと不思議に思いました。それで、望月党の隠れ家の様子を探った所、そこも何者かに襲撃されていて、何人もの死体が放置されたままになっておりました。かなり前に襲撃されたとみえて、白骨化している死体もあったそうです。その帰りに勝連の城下に寄って、望月ヌルを調べると、望月ヌルも行方がわかりません。一体、何が起こったのか、まったく、わかりませんでした」
「望月ヌルも調べていたのですか」
「望月党を調べる糸口が、望月ヌルだったのです。望月党を調べるといっても陰の存在なので、誰に聞いてもはっきりした事はわかりませんでした。何か月も望月ヌルを見張っていて、望月党の者と接触する事ができ、何年も掛かって隠れ家を探す事もできたのです。望月党に何が起こったのかを知るため、浦添グスクにいる勝連から来た侍女に聞いてみる事にしました。以前、望月ヌルがその侍女を訪ねた事があるので、望月ヌルが消えたと言えば、何らかの反応を示すと思ったのです。勿論、わたしが直接に聞いたわけではありません。その頃には、わたしの配下と呼べる者たちもいたのです。わたしは配下の者に、中山王に頼まれて、密かに望月党を探っていたという事にして、うまく話を聞き出せと命じました。その侍女は望月ヌルの叔母でした。望月ヌルは兄のサンルーに殺されたに違いない。自分も殺されるに違いないと恐れていました。望月ヌルも、その侍女も弟のグルーを支持しています。自分たちを助けてくれるなら話すと言って、すべてを話してくれたのです。見張ってはいたのですが、望月ヌルの叔母は、今年の三月、殺されてしまいました」
 ナーサはウニタキに横顔を見せて、庭の方をぼんやりと眺めていた。
「叔母は殺されました。でも、望月ヌルは生きています」とウニタキは言った。
「えっ、本当ですか」とナーサは少し驚いた顔をしてウニタキを見た。
 ウニタキはうなづいた。
「去年の二月に何者かに斬られ、この店の主人に助けられました。ずっと、ここに隠れていましたが、傷も癒えて、一年後の今年の二月、どこかに行ってしまいました」
「そうでしたか。ここにいたとは驚きです。多分、望月ヌルは江洲に行ったのだと思います」
「そう思って探したのですが、見つかりませんでした」
「お互いに、敵を殺そうと必死になっています。簡単には隠れ家は見つからないでしょうね」
「中山王には望月党の事は言っていないのですね」
「はい、言ってはおりません。もう、十二年も前の事ですし、浦添と勝連は深く結びついています。今さら言っても、どうにもならないでしょう」
「わたしが生きている事も、中山王には内緒にしておいて下さい。わたしが生きている事がわかると、わたしはまた、望月党に狙われます。二度と家族を失いたくはありませんので」
「わかりました。ウニョンの敵は討っていただけますね」
「必ず、討ちます。一つ、聞きたいのですがよろしいですか」
「何でございましょう」
高麗の美女が、先々代の山南王にさらわれた事件に関わっていたのですか」
 ナーサは軽く笑った。
「あれはわたしが特に何かをしたわけではありません。自然の成り行きでああなったのでしょう。先々代の山南王に、自慢するように高麗の美女を見せたのは中山王でした。一目見て、山南王は高麗の美女の虜(とりこ)になってしまったのです。あの日は、中山王と山北王の婚礼の日でした。大勢のお客様の接待で、侍女たちも大忙しでした。実のところ、わたしも高麗の美女がいついなくなったのか、まったく知らなかったのですよ」
「そうでしたか‥‥‥」
 ウニタキはフカマヌルとの出会いを思い出していた。まさしく一目見ただけで、ウニタキはフカマヌルの虜になっていた。一度、虜になったらもう逃げられない。山南王も高麗の美女に頼まれて、浦添グスクから連れ出し、高麗まで連れて行ったのだろう。
 それから数日後、ウニタキはナーサの配下の者と一緒に、望月党の以前の隠れ家に行った。
 勝連グスクよりも、さらに先へと進んだ山の中に隠れ家はあった。山歩きが好きだったウニタキは、かつて、その山に登った事があったが、隠れ家には気づかなかった。綱を伝わって崖を下り、険しい山道を通り抜けると崖に囲まれた中に、大きな屋敷が建っていた。よくこんな場所に、こんな物が建てられたものだと不思議に思えた。
 屋敷の中は荒れ果てたままで、異臭を放つ半ば白骨化した死体があちこちに転がっていた。ナーサの配下の者の話によると、去年に来た時から、誰かがここに来た気配はないという。新しい隠れ家に移り、ここは完全に見捨てられたに違いないと言った。
 それから一月が経って、ウニタキの配下の者が江洲の城下の外れで、望月ヌルの隠れ家を捜し出した。隠れ家はクンチャー(癩病(らいびょう)患者)たちが隠れて暮らしているガマ(洞窟)の奥だという。たまたま、その近くで夜を明かしたら、早朝にそのガマから出て来て、体を伸ばしている望月ヌルを見つけたらしい。クンチャーたちのガマが隠れ家だったのかと配下の者は驚いていた。
 その配下の者はウニタキに知らせる前に、望月ヌルの事を心配していたイブキに知らせてしまった。イブキはすぐに江洲に向かった。ウニタキはあとを追おうと思ったが、イブキに任せる事にして帰って来るのを待った。イブキは望月ヌルを連れて、日暮れ過ぎに戻って来た。
 望月グルーから望月ヌルを預かってくれと頼まれたという。
「どういう事なんだ」とウニタキはイブキに聞いた。
「江洲にいるとガマの中にずっと隠れていなければならん。望月サンルーは望月ヌルが生きている事を知らないので、浦添にいたほうが安全だと言って、わしに預けたんじゃ」
「そうか」
「あんなガマの中にいたら、せっかく治った傷がまた悪くなってしまう」
「わかった。望月ヌルの事はイブキに任せる」
 そう言ってウニタキはイブキを見てニヤッと笑い、心の中で、「うまくやれよ」と言っていた。