長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

70.久米村(改訂決定稿)

 十一月に『冊封使(さっぷーし)』は帰って行った。
 島添大里(しましいうふざとぅ)では冊封使の影響はあまりなかったはずなのに、冊封使が帰ったら、何だか急に静かになったように感じられた。
 サハチ(島添大里按司)が火鉢にあたって丸くなっていると、侍女のナツが来て、お頭が例の場所で待っていると伝えた。
 二か月前に浦添(うらしい)グスクの侍女の『ナーサ』が、ウニタキの亡くなった妻の本当の母親だった事を知らされてから会ってはいなかった。八重瀬(えーじ)グスクを落としたという絶世の美女が、ウニタキの亡くなった妻の母親だったなんて、まったく意外な話だった。ウニタキがナーサと組んで、『望月党(もちづきとう)』を相手に戦っていなければいいがと心配していた所だった。
 サハチはすぐに、城下の『まるずや』に向かった。
 ウニタキ(三星大親)は裏の屋敷の中で、火鉢を抱いて丸くなっていた。怪我をしている様子もないし、望月党と戦ってはいないようだった。
「寒いな」とウニタキは言った。
「ああ、急に寒くなってきた」と言って、サハチも火鉢の側に座り込んだ。
「望月党はどうした?」とサハチは聞いた。
「これといった動きはない。お互いに相手の隠れ家を探しているようだが、見つからないようだ」
「『望月ヌル』はどうしているんだ?」
「店を手伝っているよ。イブキ(伊吹)とうまくやっているようだ。親子ほども年が離れているのに、仲のいい夫婦といった感じだ。店の者たちも自然と、おかみさんと呼んでいる」
「そうか。それはよかったな。イブキが望月ヌルの『マレビト神(がみ)』だったのだろう」
「『マレビト神』か‥‥‥」とウニタキは言って、火鉢の中の火を見つめていた。
「お前、久高島(くだかじま)の娘に会ったのか」とサハチは聞いた。
「いや、会っていない。春になったら会いに行くよ」
「そうか」
 ウニタキは火鉢の火をじっと見つめたままだった。殺された妻と娘の敵(かたき)を討つまでは、フカマヌルには会うまいと誓ったのだろうか。
 ウニタキは顔を上げてサハチを見ると、「中山王(ちゅうざんおう)(武寧)と山南王(さんなんおう)(シタルー)だが、すきま風が吹き始めたようだ」と言った。
「まさか。あれほど仲のいい二人がか‥‥‥」
冊封使が原因だ。シタルーは明国(みんこく)(中国)の言葉がしゃべれるし、明国にも行っている。冊封使と仲よくしているシタルーを見て、武寧(ぶねい)が焼き餅を焼いたのだろう。冊封使たちを呼んで、何度も宴(うたげ)を開いたんだが、いつも主役はシタルーが取ってしまう。武寧としては面白くないだろう」
「そうか。シタルーが出過ぎたんだな。武寧はシタルーとタブチ(八重瀬按司)のすげ替えをたくらむかな」
「いや、まだ早い。首里(すい)のグスクを完成させるには、シタルーの力が必要だ。グスクが完成したら、シタルーの命も危険にさらされるかもしれん。タブチは糸数(いちかじ)の上間按司(うぃーまあじ)と仲よくしているようだからな」
「東方(あがりかた)と中山王を味方に付ければ、今度こそ、タブチはシタルーを倒せるな。二人が争っている隙に、浦添を攻めるか」
浦添を攻める前に、首里のグスクをいただかなくてはならんぞ」
「そうだったな。首里のグスクを無傷で攻め取れば、ファイチ(懐機)が言っていたように、無理して浦添グスクを攻め取る必要はない。浦添グスクを焼き払っても構わないわけだ」
「グスクだけを焼き払うのなら、それ程の兵力は必要ない。非常事態に備えた警固だと、グスク内に潜入するのは不可能だが、通常の警固なら潜入できる。俺の配下の者だけで焼き払えるだろう」
「焼き払うのはいいが、グスクを包囲して置かないと、皆、逃げてしまうぞ」
「武寧と若按司、それと、跡継ぎになりそうな息子たちを殺せばいい。本拠地を失えば再起するのは難しいだろう」
「すると、俺たちの兵は首里を守っていればいいわけか」
「いや、中グスク、越来(ぐいく)、勝連(かちりん)を攻め落とすのだろう」
「まあ、そうなんだが‥‥‥とにかく、首里のグスクが完成して、中山王が移って来る前に奪わなくてはならんな。あと、どれくらいで完成しそうなんだ?」
「宮殿の前に広い庭があって、その庭を囲むように、北側と南側に大きな屋敷を作っている。さらに、宮殿の裏側に『御内原(うーちばる)』の屋敷を建てるというから、まだ、一年近くは掛かるんじゃないのか。石垣もまだ完成していなかったからな」
「一年か‥‥‥来年の今頃には完成しているんだな」
「多分な。話は変わるが、俺はこのまま佐敷の屋敷に戻るよ。『マジムン屋敷』は寒すぎる。やはり、冬は囲炉裏がいい」
「冬の間は『マジムン屋敷』は誰もいないのか」
「いや、留守番はいるよ。寒さなんか屁とも思わない男が、そこを拠点にして浦添の奥間(うくま)を調べている」
「ナーサの配下の者を調べているのか」
「それだけじゃなく奥間大親(うくまうふや)の動きもな。武寧が何かをたくらめば、そこの者たちが動くだろう」
「成程。今の所、動きはないんだな」
「特にないようだ」
 二日後、サハチはヤキチ(奥間大親)から、奥間ヌルが娘を産んだ事を知らされた。娘でよかったとサハチはホッとした。もし、男の子だったら、もう一度、奥間に呼ばれるような気がしていた。呼ばれるのはいいのだが、あとが怖い。時々、夢のような奥間の日々が思い出されて、夢よもう一度と思う事もあった。奥間ヌルに会いに行きたいとも思うが、マチルギにばれた時の方が恐ろしかった。奥間ヌルに二人も子供を産ませたら、間違いなく、サハチの首は飛んでいるに違いなかった。
 十二月の初め、サハチはウニタキと一緒に浮島(那覇)に行った。ファイチ(懐機)が会わせたい人がいると言ってきたのだった。サハチは旅に出る時の格好に、ウニタキからもらった毛皮の袖無しを着て、ウニタキはいつもの猟師(やまんちゅ)の格好だった。
 冊封使たちが帰って、浮島も閑散としていた。久米村(くみむら)も以前のような喧噪はなく、妙に静かだった。密貿易船が出入りしていた頃が異常だったのだろう。
「去年、明国からの使者が来た時、久米村に隠れていた悪人どもが捕まって、大物は明国に連れて行かれ、小物は殺されたようだ」とウニタキが歩きながら言った。
「そんな事があったのか」
「一掃されたわけではないが、大分、住みよくなってきている。ファイチも小悪党を追い出しているよ」
「ファイチもやっているのか」
「子供たちを使って悪い奴を探し出して、そいつを懲らしめているようだ」
「例の術を使ってか」
「いや、そんな術を使うほどでもない奴らばかりさ」
 ファイチの拠点は大通りから細い道に入って、迷路のように入り組んだ道の中にある茅葺(かやぶ)きの小さな家だった。造りは琉球の民家と同じで、入り口の所に奇妙な絵と字が書かれた旗が立っていた。ウニタキに聞くと『風水師(ふんしーし)』の印(しるし)で、風水だけでなく、困った事なら何でも相談に乗ると書いてあるという。
 ウニタキが声を掛けると、ファイチが出て来た。
「いらっしゃい」とファイチは嬉しそうな顔で迎えた。
「久し振りに来たが、久米村も随分と変わったな」とサハチは言った。
「まだ、大掃除の途中です」
 部屋の中には長卓といくつかの椅子が置いてあり、若い女が椅子に座って、二人を見ながら笑っていた。明国の女らしいが、かなりの美人だった。明国の美人を見たのが初めてのサハチは、しばし見とれていた。
「悪い女です」とファイチが女を見て言った。
「昔の事は言わないで」と女は琉球の言葉をしゃべった。
「もしかして、この間の女じゃないのか」とウニタキは言って、「どうして、ここにいるんだ?」とファイチに聞いた。
「あいつとは別れたの」と女が答えた。
「ほう。ファイチに乗り換えたのか」
 女は笑いながら、ファイチを見た。
 ファイチが慌てて手を振った。
「ウニタキさん、何を言っている。わたしの女じゃありません」
 ウニタキはニヤニヤしながらファイチを見て、「いい女じゃないか」と言った。
「そう。あたし、いい女です」と女は楽しそうに笑った。
「この女、悪い女」とファイチが言うと、女はファイチを睨んだが、すぐに魅力的に笑うと、「あたし、『メイファン(美帆)』っていうの。よろしくね」と軽く頭を下げた。
「今、『ワンマオ(王茂)』さんを呼びに行っています。もう少し待って下さい」とファイチが言った。
 サハチとウニタキは椅子に座って、ワンマオが来るのを待った。メイファンはファイチと明国の言葉で何かを話したあと、「ごゆっくり」と言って出て行った。
「確か、あの女、盗賊の女だろう?」とウニタキがファイチに聞いた。
「盗賊の一味は捕まって、お頭は明国に連れて行かれました。他の者はみんな殺されました。あの女は逃げて来たので助けました」
「明国から来た兵に殺されたのか」
「そうです。皇帝の財宝を盗んだ盗賊です。ここにいた時は『アランポー(亜蘭匏)』と組んで、密貿易でかなり稼いだようです。稼いだ物も没収されました」
「アランポーは捕まらなかったのか」とサハチは聞いた。
「アランポーは『国相(こくしょう)』です。捕まりません」
「国相?」
「明国の皇帝から任命された久米村で一番偉い人です。明国から来た使者よりも位が高いので、罰する事はできません。アランポーは密貿易が終わったので、盗賊のお頭も、もう用はないと言って見捨てたのです」
「女を助けても大丈夫だったのか」
「あの女はお頭の隠れ家を教えたので助かったのです」
「裏切ったのか」
「それで、どうして、あの女がここにいたんだ?」とウニタキが聞いた。
「あの女は大通りに面した豪華な屋敷で暮らしています。盗賊のお頭が暮らしていた屋敷です。最近、体調が悪いので、その屋敷の風水を見てくれと頼みに来たのです」
「それだけか」とウニタキがファイチの顔を覗いた。
「それだけです」とファイチは言ったが、何かを隠しているような感じだった。
「まあ、いい。それで、あの女はお頭の稼ぎを隠していたのか」
「自分の取り分はしっかりと守ったようです。したたかな悪い女です。でも、あの女は使えます」
「確かにな」とウニタキはうなづいた。
 ファイチは久米村の状況をサハチとウニタキに説明した。
 頂点に君臨するアランポーは、先代の中山王、察度(さとぅ)が初めて明国と進貢を始めた三十二年前、使者の泰期(たち)の通事(つうじ)(通訳)として明国に行った。その十年後、泰期に代わって使者となって明国に行き、以後、毎年のように使者を務めた。今の久米村を作ったのはアランポーだといえる。使者を務めて稼いだ財力を、久米村のために惜しみなく使ったのだった。以前の久米村は一応、土塁で囲まれていたが、お粗末なものだった。高い土塁を築いて、立派な門も造り、村の規模を拡大したのはアランポーだった。十年前に明国の皇帝から『国相』という地位を与えられて、久米村の頂点に上り詰めた。久米村の支配者にふさわしい大通りに面した一等地に、瓦葺(かわらぶ)きの豪華な屋敷を建てて、まるで、王様のように豪勢に暮らしていた。
 国相という地位ができるまでは、『長史(ちょうし)』というのが村長的な存在だった。長年、長史を勤めて来たのは『チォンフー(程復)』だった。チォンフーはすでに七十歳を過ぎ、今、長史を勤めているのが『ワンマオ』だった。ワンマオは通事として、アランポーと一緒に何度も明国に行っていた。ワンマオが長史になれたのはアランポーのお陰でもあったが、ワンマオは密かに、アランポーの独裁振りに反感を持っていた。
「ワンマオを味方にする事ができれば、ワンマオに付いて行く者は多いはずです」とファイチは言った。
「味方になりそうなのか」とサハチは聞いた。
「それはもうすぐわかります」
 ワンマオは娘のルイリー(瑞麗)と一緒に現れた。怪しまれないように娘を連れて来たらしい。年の頃は五十歳前後で、背は高くないが、がっしりとした体付きで、丸顔の目の小さな男だった。ルイリーは十五歳くらいだろう、父親に似なくてよかったと思える小柄な可愛い娘だった。
 ファイチがサハチを島添大里按司、ウニタキをその重臣三星大親(みちぶしうふや)だと紹介すると、ワンマオはサハチの顔をじっと見つめて、静かにうなづいた。
 ワンマオはファイチに明国の言葉で何かを言い、ファイチがそれに笑顔で応えていた。
按司様(あじぬめー)、よろしくお願いします」と言ってワンマオは手を差し出した。
 サハチはファイチから明国の人は手を握り合うのが挨拶だと聞いていたのを思い出し、右手を出して握り合った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」とサハチは言った。
 ワンマオは満足そうに笑って、ウニタキとも握手をして、ファイチに何かを言うと娘を連れて帰って行った。
「これで終わりなのか」とサハチはファイチに聞いた。
「うまく行きました」とファイチは嬉しそうに笑った。
 サハチはウニタキと顔を見合わせて、首を傾げた。
「ろくに話もしないのに、本当にうまく行ったのか」とサハチはファイチに聞いた。
「サハチの事もウニタキの事もすでに詳しく話してあります。あとは実際に会ってみるだけでした。人と人の出会いは最初に決まります。最初の出会いで相手に嫌悪感を抱けば、それで終わりです。何をやっても、うまくは行きません。ワンマオは二人に何かを感じたのでしょう。彼は動き始めます」
「ワンマオはアランポーに見張られているのか」とウニタキは聞いた。
「アランポーは疑り深い男です。自分に反感を持っている者はすぐに地位を奪って、ここから追い出します。ワンマオを特に見張っているというわけではなく、村の者たち、すべてを見張っています。怪しい動きをすれば、すぐにアランポーに伝わります。わたしは今、『風水師』という事で、ここにいます。この前、首里に呼ばれたのは、アランポーから行ってくれと言われたのです。多分、わたしが本物かどうかを確かめるためだったのかもしれません。あのあと、何も言って来ませんから、一応、風水師だという事は認められたようです」
「アランポーの配下の者たちはどれくらいいるんだ?」
「五十人はいると思います」
「五十か‥‥‥」
「大丈夫です」とファイチがウニタキに言った。
「その五十人はわたしが片付けます。いざとなったら、キラマ(慶良間)の島の若者たちを使います」
「そうだな。島から五十人を連れて来れば充分だな」
 ファイチはうなづいて、「お腹が減りました。何か、食べに行きましょう」と言って立ち上がった。
 サハチとウニタキも腹が減っていた。明国の料理でも御馳走になるかと家を出た。
 大通りに出て、しばらく行くと、「ここが、アランポーの屋敷です」とファイチは教えてくれた。
 その屋敷は久米村の中で一番立派な屋敷なので、サハチはここに来る度に見ていたが、アランポーの屋敷だとは知らなかった。
 石垣に囲まれた広い敷地の中に、二階建ての豪華な屋敷が建っていた。島添大里グスクのサハチの屋敷よりも大きいように思えた。凄いと思いながら、サハチは屋敷を見ていたが、ウニタキは、どうやったら潜入できるかを考えながら見ているようだった。門の近くに小さな小屋があって、二人の門番が話をしながら笑っていた。
 アランポーの屋敷を離れて、少し行った所にある屋敷にファイチは入って行った。その屋敷も二階建てで、大きさはアランポーの屋敷の半分程だが、立派な屋敷だった。門番はいなかった。
「誰の屋敷なんだ?」とサハチはファイチに聞いた。
「メイファンの屋敷です。用が済んだら、ご飯を食べに来いと言われました」
 ウニタキはファイチの肩をたたいて、「そういう仲だったのか」とニヤニヤした。
「メイファンがどうしても二人を連れて来いと言ったのです。二人とも気に入られたようです。気を付けて下さい」
 ウニタキはまだニヤニヤしながらファイチを見ていた。
「メイファンは南蛮(なんばん)(東南アジア)から来た商人という事になっています。使用人も大勢います」
「確かに、悪い女だな」とウニタキは笑った。
 屋敷の中には南蛮渡来と思われる珍しい物が色々と飾ってあった。二階の一室に通されると、メイファンが待っていた。
「うまく行ったようね」とメイファンは笑った。
「上出来だよ」とファイチは言った。
 食卓を囲んで、椅子に座ると女たちが料理を運んで来た。女たちは唐人(とーんちゅ)の格好をしているが、琉球の娘のようだった。
 明国の料理は油っこい物が多く、力が湧いて来るような気がして、うまかった。
 食事が終わった頃、メイファンの使用人らしい男がやって来て、メイファンに何事かを耳打ちして去って行った。
「『シャム(タイ)』の船が入って来たそうです」とメイファンが言った。
 シャムとは何の事か、サハチにはわからなかった。
「シャムは南蛮にある王国です」とファイチが説明してくれた。
「シャムも明国に進貢しています。明国で琉球の噂を聞いて、やって来たのかもしれません」
 サハチたちは屋敷を出て港に向かった。噂を聞いた人たちが集まっていて、凄い人出だった。シャムの船も明国の船と似ていて、船首に黒い目が描いてあった。
 サハチは思い出していた。サハチとマチルギの婚礼のあった年に、シャムからヤマトゥ(日本)へと向かう船が、浮島に寄って行った事があって、その噂は佐敷にも流れてきた。シャムからの船が琉球に来たのは二度目だった。
 久米村の役人が小舟(さぶに)に乗って、シャムの船に近づいて行ったようだった。
 いつまで見ていても仕方ないので、サハチとウニタキはファイチと別れて、島添大里に向かった。
「ファイチとメイファンの関係はどうなってんだ?」とウニタキが歩きながら聞いた。
「ファイチは悪い女だと言っていたが、案外、いい仲なのかもしれんな」とサハチは答えた。
「俺もそう思う」と言って、ウニタキは笑った。
「面白い奴だ。盗賊の女を横取りするとはな」
「お前、その盗賊に会った事があるのか」
「去年、まだ明国からの使者が来る前だ。ファイチと一緒にあの屋敷の前を通ったら、男が急に飛び出して来て、女が何かを叫んでいた。ファイチが素早く、その男を追って行って捕まえたんだ。その男が盗賊のお頭で、叫んだ女がメイファンだった。明国の言葉でしゃべっていたんで、俺には何の事かわからなかった。ファイチに聞いたら、男の浮気がばれて、女が怒っていたそうだ。その時は二人の正体はわからなかったが、あとでリンジョンルン(林正輪)という盗賊だって知ったんだ。リンジョンルンが捕まって明国に連れて行かれたのは知っていたが、メイファンが捕まらなかったのは知らなかった。冊封使がいた間は、どこかに隠れていたのかもしれないな」
「そうだったのか。しかし、気の強そうな女だな」
 ウニタキはサハチの顔を見て笑った。
「お前のかみさんだって、気が強いだろう」
「確かにな」とサハチは苦笑した。
「うちのかみさんもだ」とウニタキは言った。
 確かに、チルーも気が強かった。
 サハチとウニタキは渡し舟に乗って安里(あさとぅ)に渡ると、預けておいた馬に乗って島添大里へと向かった。