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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

80.快進撃(最終決定稿)

尚巴志伝 第一部

 中グスクの城下は朝早くから騒然としていた。信じられない噂が飛び交っていたのだった。
 中山王が戦死した‥‥‥
 中グスク按司も戦死した‥‥‥
 できたばかりの首里(すい)グスクは奪われ、浦添グスクは焼け落ちた‥‥‥
 首里を落とした大軍が今、中グスクを目指している‥‥‥
 どれもこれも、信じられない事ばかりだった。しかも、誰が中山王と中グスク按司を討ったのか、首里グスクを落としたのは誰なのか、大軍とはどこの兵なのか、それらがまったく、わからなかった。
 噂は、中グスクの留守を守っている中グスク按司の叔父、久場大親(くばうふや)の耳にも入ってきた。久場大親は噂の真相を確かめるために、家臣の伊集之子(んじゅぬしぃ)を浦添に送った。
 中グスク按司が兵を率いて浦添に向かったのは、三日前の午後だった。その日は浦添に泊まって、翌日、南部に出陣すると言っていた。出陣してから、まだ二日しか経っていないのに、中山王が戦死して、中グスク按司まで戦死したとは、一体、どういう事なのだ。まったく信じられん。
 敵がでまかせの噂を流しているのか‥‥‥
 それとも噂は真実で、山南王が待ち伏せをして、中山王を倒したのか‥‥‥
 山南王は頭が切れるという。中山王の動きを察して、先手を取ったのかもしれん。首里グスクを奪ったのも山南王に違いない。首里グスクの普請の総奉行は山南王が務めていた。自分が築いたグスクを中山王に渡すものかと中山王を倒したのだろう。山南王は中山王を討ち取り、中部の按司たちも倒して、首里グスクを奪い、浦添グスクを焼いたのに違いない。
 納得できる結論に達したので、久場大親は一安心した。大軍を率いているのが山南王なら、同盟を結んだ中グスクは安全だった。同盟したいと言ってきたのは山南王だった。山南王は中グスクではなく、勝連(かちりん)を目指しているのに違いなかった。
 一時(いっとき)(二時間)ほどして、伊集之子が血相を変えて戻って来た。
「大変でございます。大軍がこちらに向かって攻めて参ります」と伊集之子は青ざめた顔で、久場大親に報告した。
「大軍じゃと? どこの大軍なんじゃ」
「わかりません。ただ、三つのガーラダマ(勾玉(まがたま))を丸く並べた絵を描いた旗を掲げています」
「三つのガーラダマ?」と久場大親はわけがわからんといった顔付きで伊集之子を見た。
「兵たちも皆、鎧の胸にその絵が描いてあります」
「兵力は?」
「およそ、七、八百はいるかと‥‥‥」
「七、八百? そんなに兵を持った者が、中山王の他にもいるのか」
「わかりませんが、あと半時(はんとき)(一時間)もすれば、ここに来るかと思われます」
「それで、按司様(あじぬめー)の事はわかったのか」
 伊集之子は首を振った。
「大軍の事を知らせなければと戻って参りましたので、その事を確認する事はできませんでした」
「もう一度、行って来い。按司様の生死がわからん事には、今後の対策が取れん」
「しかし、ここが大軍に包囲されてしまえば、戻る事ができなくなります」
「それなら、奥間(うくま)の鍛冶屋(かんじゃー)に行かせろ」
「奥間の者でも戻れないかもしれません」
「その大軍がここを攻めるとは限らんじゃろう。もし、山南王の軍だったら、ここは素通りして勝連に向かうはずじゃ」
「山南王ですか‥‥‥そうかもしれませんね。あれ程の大軍を動かせるのは山南王しかおりません」
 伊集之子はホッと安心したようだった。急に緊張が解け、口からよだれが流れ落ちたのを慌てて手で拭った。
「中山王の命令で、山南王を倒すために、山南王と同盟したんじゃが、もし、中山王が討たれたのが本当なら、同盟を結んでいる中グスクを山南王が攻める事はあるまい」
 伊集之子はうなづくと、安堵の表情で一の曲輪(くるわ)の屋敷から出て行った。
 大軍が山南王なら攻めて来ないとは思うが、城下の者たちが騒いでいるので、久場大親は門を開けて、城下の者たちを避難させた。
 中グスクは一番高い所に一の曲輪があり、その北東に二の曲輪があり、一の曲輪と二の曲輪の北西に細長い三の曲輪(後の西の曲輪)があった。正門は三の曲輪の南西側にあり、裏門は三の曲輪の北東側にあった。一の曲輪と二の曲輪の南東側と三の曲輪の北西側は険しい絶壁になっていた。正門から裏門へ行くには三の曲輪内を通るしかなく、このグスクを攻める場合、表と裏の二手に兵を分けなければならなかった。
 城下の者たちは正門から入って、三の曲輪内に避難した。門番は、敵の間者(かんじゃ)が紛れ込まないように、一人一人確認してから入れなくてはならないのだが、今回はそれができなかった。門が開くのと同時に、城下の者たちはどっと押し寄せて来て中に入ってしまった。大軍がすぐ近くまで迫って来ているので、城下の者たちも必死になって逃げ込んで来たのだった。およそ、二百人近くの者たちが避難した。
 それから一時も経たないうちに、中グスクは表門側も裏門側も大軍に囲まれた。

 

 風もない、いい天気だった。
 サハチは八百人の兵を率いて、朝早く、首里グスクから出陣した。狙うのは中グスクだった。
 奥間のサタルーからの報告で、留守兵は五十人と聞いていた。中グスクに入っている奥間の側室と侍女によって描かれた、詳しいグスク内の見取り図も手に入れていた。大筋の作戦は父が立てた。あとはその場の状況によって、臨機応変にやって行けばよかった。
 父も出陣すると言ったが、首里を守って下さいと頼んで置いて来た。父と弟のマサンルー、従弟(いとこ)のマガーチ、兼久大親(かにくうふや)が、三百の兵と共に首里を守っていた。
 豊見(とぅゆみ)グスクに出陣したマサンルーも、まだ戦らしい事は何もしていないので出陣したいと言ったが、もしも、俺に何かがあった場合は、お前が跡を継がなければならないと言って、何とか納得させた。マガーチも出陣したいようだったが、マガーチが率いている兵は、キラマの島での修行が一年を満たない若者ばかりなので、戦をするのは無理だった。兼久大親は首里グスクを奪い取った、すぐあとからグスクを守っているので、任せてくれと言って守備を引き受けた。
 問題は、マチルギと三人のヌルたちだった。何となく、嫌な予感がしていたので、サハチはなるべく顔を合わせないようにしていた。おとなしく首里にいてくれと願ったが、やはり、馬天ヌルは言ってきた。
「新しく手に入れたグスクは、お清めをしなければならないわ」
「グスクを奪い取ってからでも大丈夫ですよ」とサハチは言ったが、馬天ヌルは首を振った。
「どんな戦になるかわからないけど、殺された敵がマジムンになって暴れる場合もあり得るわ。そうなったら大変よ。雷が落ちてきて、みんな、やられちゃうわ。それに、中グスクヌルも、越来(ぐいく)ヌルも、勝連ヌルも、よく知っているから、必ず役に立つと思うわ」
 駄目ですと言おうと思ったが、言っても無駄な事はわかっていた。
「戦には参加しないで下さいよ」と言って、サハチは四人が一緒に来る事を許した。
 サハチたちが進軍する前に、サタルーとヤキチが奥間の者たちを使って、中グスクの城下に噂を流していた。そして、城下の者たちを煽(あお)ってグスクの中に避難した。奥間の者たち二十人が中グスク内に潜入していた。その中には、伊集之子から浦添の様子を探って来いと命じられた鍛冶屋(かんじゃー)もいた。中グスク按司の命令よりも奥間の命令の方が優先されたのだった。
 山の上にある中グスクの近くまで来て、サハチは兵を二手に分けた。正門に向かうのは、サハチ、クマヌ、ヒューガ、ヤグルーの四人が率いる四百人で、裏門に向かうのは、苗代大親(なーしるうふや)、美里之子(んざとぅぬしぃ)、當山之子(とうやまぬしぃ)、サムの四人が率いる四百人だった。マチルギと三人のヌルは馬に乗って、サハチと一緒にいた。
 中グスクの正門前に到着すると、サハチは兵を配置につけた。しばらくして、グスクの向こう側から法螺貝の合図が聞こえてきた。裏門も配置についたようだった。こちらからも合図の法螺貝を吹いた。
 クマヌが馬に乗ったまま少し進み出た。
 中グスクの正門は櫓門(やぐらもん)になっていて、櫓の上から敵兵が弓矢で狙っていた。さらに、正門は少し奥まった所にあるので、両側の石垣の上からも弓矢で狙っていた。
「すでに知っていると思うが、中グスク按司首里で戦死した」とクマヌはよく通る声で言った。
「中山王も戦死している。無駄な抵抗はやめて降参した方がいい」
 グスクからは何の返事もなかった。
 しばらくして正門が開き、馬に乗った武将が一人出て来た。久場大親だった。
 一騎打ちでもするつもりかとサハチは様子を見守った。
 久場大親が近づいて来るのに合わせて、クマヌも近づいて行った。馬の頭がぶつかりそうな距離まで近づくとお互いに止まった。
 久場大親が刀を抜くかと思われたが、抜く事はなく、「わしらには今の状況が、まったくわからん。そなたたちは何者なんじゃ」とクマヌに聞いた。
「わしらは島添大里(しましいうふざとぅ)按司の兵じゃ。中山王は首里グスクにおいて、島添大里按司によって討たれた。首里グスクを取り戻しに来た中山王の若按司も戦死した。若按司と共にいた中グスク按司も戦死して、中グスクの兵は全滅した。そなたたちの兵は今、ここにいる者たちだけじゃ。無駄な抵抗はやめて、グスクを明け渡す事じゃ」
 久場大親は整然と並んでいる兵たちの前で、馬に乗っている大将らしき武将を見た。顔に見覚えはなかった。大将の鎧の胸には、伊集之子が言っていた、三つのガーラダマが描かれてあった。そして、大将の両脇には、長い黒髪に鉢巻をした女武者らしいのが四人、馬に乗っていた。その光景が不思議に思え、夢でも見ているような気分だった。
「島添大里按司と言えば、島添大里グスクを奪い取ったという佐敷按司の事か」と久場大親はクマヌに聞いた。
「そうじゃ」
「佐敷按司が、これ程の兵力を持っているのか」
「信じられんじゃろうが、一千の兵力を持っている」
「一千か‥‥‥」
 そう言って、久場大親は苦笑した。
「わしの一存では決められん。しばし、猶予をいただきたい」
 クマヌはうなづいた。
 久場大親もうなづき、馬の首を返して戻ろうとした時、「ちょっと待って」と馬天ヌルが声を掛けた。
 馬天ヌルは馬に乗ったまま久場大親に近づくと、「佐敷の馬天ヌルです」と言って、「中グスクヌルと話がしたい」と言った。
 久場大親はあっけに取られたような顔をして、武装した馬天ヌルを見ていたが、「伝えよう」と言って去って行った。
 馬天ヌルとクマヌも陣地に引き上げた。
 しばらく待つと門が開いて、中グスクヌルが一人で出て来た。年の頃は三十前後の清らかな美しさを持ったヌルだった。中グスクヌルの登場で、一瞬、その場がシーンと静まりかえったような気がした。
 馬天ヌルは馬から下りると、歩いて中グスクヌルに近寄り、懐かしそうに手を取り合って再会を喜んだ。二人のヌルの様子は、ここが戦場だという事を忘れさせた。敵も味方の兵も二人の様子を穏やかな目で見守っていた。話が終わると二人は手を振って別れ、中グスクヌルはグスクに戻り、馬天ヌルはサハチの側に来た。
「説得してみるとは言ったけど、難しいみたい」と馬天ヌルは言った。
「中グスクヌルは中グスク按司の妹で、二人の弟がいるらしいわ。下の弟はまだ十八なので言う事を聞くけど、上の弟は無理だろうと言っていた。それと、戦死した中グスク按司の跡継ぎの若按司は、まだ十六歳なんだけど、父親が戦死した事を信じていないようね。父親が帰って来るまではグスクを守り通すと言っているみたい。可哀想に、あの娘(こ)、死ぬ覚悟をしているわ」
「そうか‥‥‥」と言って、サハチは高い石垣で囲まれたグスクを見上げた。
 それから半時ほどして、久場大親は現れた。ヌルと一緒に説得したが、うまく行かなかったと言った。
「いくら、大軍に囲まれていようとも、簡単に落ちるグスクではない。守り通せば、きっと、山南王が助けに来てくれると言って聞かんのじゃ。わしも覚悟を決め申した。一戦、つかまつろう」
 久場大親が門の中に消えると、サハチは法螺貝を吹くように命じた。こちらが吹くと裏門から返事が来て、お互いに戦闘態勢に入った。
 サハチはもう一度、法螺貝を吹くように命じた。
 それが合図だった。
 やがて、奥間の者たちによって内側から門が開けられた。
 クマヌが百人の兵を率いて突入した。サハチたちは正門の両側の石垣の上にいる敵兵を弓矢で攻撃して、クマヌを援護した。
 裏門からは美里之子が百人を率いて突入した。
 三の曲輪内にいた敵兵を倒すと、避難していた城下の者たちをグスクの外に出して保護した。
 二の曲輪と一の曲輪では、クマヌと美里之子の兵が、中グスクの兵たちを片っ端から倒し、留守将の久場大親、中グスク按司の若按司と二人の弟は討ち死にした。久場大親の命令に従って、浦添に向かっていれば助かったのに、伊集之子も討ち死にした。
 戦が終わると、サハチは兵たちに命じて、敵兵の死体を片付けさせ、馬天ヌルにグスクの清めを頼んだ。
 馬天ヌルは佐敷ヌル、フカマヌル、マチルギを連れて、ウタキのある曲輪に登って行った。
 サハチも一の曲輪に登った。一の曲輪には按司の屋敷が建っていた。思っていたよりも立派な二階建ての屋敷だった。ヤキチの調べによると、中グスク按司は屋宜港(やーじんなとぅ)で、ヤマトゥとの交易に励んでいたという。密貿易船が押し寄せて来た時に、うまく稼いだのかもしれなかった。
 立派な屋敷以上に、そこからの眺めは最高だった。青い海が見渡せ、右を見れば遠くの方に知念の須久名森(すくなむい)が見えた。左を見れば勝連半島が見えた。毎日、こんな眺めを見ていたなんて、贅沢な暮らしをしていたものだとサハチは思った。
 屋敷の中に入ると、中グスクヌルが部屋の隅で、うなだれているのが見えた。その部屋には、奥間の者たちに助けられた二人の側室と四人の侍女もいた。
 中グスクヌルは自害するつもりでいたが、母親に止められて生きながらえていた。中グスクヌルの母親は奥間から贈られた側室だった。
「お前の父親は中グスク按司だけど、お前は奥間の女なのよ。これからは奥間のために生きなさい」と言われたようだった。
 もう一人の側室は、先代の中グスク按司が去年、望月党に殺されたあと、新しい按司のために贈られたという。まだ十八歳の娘で、その娘は、サタルーの婚礼の時、宴に出ていたと言った。
「覚えていないのですね」と娘は恨めしそうな顔をしてサハチを見た。
「いや、覚えているよ」とサハチは言ったが、あの時、宴に出て来た娘は皆、美人だったので、目移りして覚えていなかった。
 娘は笑って、「無理しなくてもいいですよ」と言った。
「これからどうするのですか」とサハチはどうでもいい事を聞いた。
按司様(あじぬめー)の側室にして下さい」と娘は明るい声で言った。
 サハチは慌てて周りを見た。兵たちがクスクス笑っていた。マチルギの姿が見えなかったのでホッとした。
「冗談ですよ」と娘は無邪気に笑った。
「そんな事をしたら、あたし、村に帰れなくなってしまいます」
「どうして」と聞こうとしてやめた。奥間ヌルが怖いのだろう。
 サハチは意味もなく笑って、その場から離れた。

 

 奪い取った中グスクをクマヌと百人の兵に任せ、次の日、サハチは七百の兵を率いて越来(ぐいく)グスクに向かった。
 サハチはクマヌに中グスク按司になってもらおうと思っていた。クマヌもすでに六十歳を過ぎている。長年、尽くしてくれた感謝の気持ちを込めて、中グスクに腰を落ち着けてもらおうと思っていた。
 昨日と同じように、奥間の者たちに噂を流させ、越来グスクの城下は騒然となった。昨日の噂に、中グスクも全滅して、グスクは奪われたというおまけが付いていた。
 越来グスクは小高い丘の上にある石垣で囲まれたグスクだった。サハチは兵を展開させてグスクを包囲した。
 ここは祖父の美里之子(んざとぅぬしぃ)が仕えていたグスクだった。祖父が十八歳の時、察度は勝連按司と協力して越来グスクを攻め落とした。祖父の家族は皆、殺された。祖父は何とか逃げ出して、浜辺にあった小舟(さぶに)に乗って海に出た。小舟の中で気を失った祖父は、潮の流れに乗って馬天浜に着いたのだった。
 すでに城下の者たちはグスクの中に避難していて誰もいなかった。正門の前に陣を敷いたサハチは、馬上からグスクの石垣を見上げたが、弓を構えている敵兵の姿は見えなかった。
「おかしいのう」とヒューガが馬でやって来て言った。
「敵の姿がどこにも見えんぞ」
「逃げたのですかね」とサハチは聞いた。
「この大軍に恐れをなして逃げたのかもしれんが、逆に、何か罠(わな)を仕掛けて待ち構えているのかもしれんぞ」
「とにかく法螺貝(ぶら)を鳴らしてみましょう。何か反応があるかもしれない」
「そうじゃな」とヒューガはうなづいた。
 サハチは法螺貝を吹くように命じた。
 法螺貝が鳴り響き、裏の方からも返事が返って来た。
 しばらくすると正門が開いた。二人の武将が徒歩で出て来た。一人は若く、もう一人は五十年配だった。
按司様(あじぬめー)、グスクを奪い取りましたぞ」と年配の武将が叫んだ。
 武装した姿を見た事がなかったのでわからなかったが、その武将はヤキチだった。そして、一緒にいるのはサタルーだった。
 サハチは馬に乗ったまま二人に近づいた。
「親父、うまくやったぜ」とサタルーが嬉しそうな顔をして右手を振り上げた。そして、サハチの後ろを見ながら、「母さん(あんまー)、やりました」と言った。
 サハチが振り返るとマチルギがいて、嬉しそうに笑っていた。
 サハチは唖然としながら、サタルーとマチルギを見ていた。

 

 サタルーとヤキチは噂を流したあと、配下の者をグスク内に潜入させるために城下で待機していた。城下の者たちが門の前で大騒ぎしているのに、門は閉ざされたまま、いつになっても開かなかった。
 様子を探ると、グスクを守ってる兵の姿が見当たらない。グスク内で何かが起こっているに違いないと察したサタルーは、配下の者たちを連れてグスク内に潜入した。石垣の周囲に守備兵は誰もいなかったので、簡単に潜入する事ができた。
 グスク内では争いが始まっていた。斬られた兵が、あちこちに転がっている。何があったのかはわからないが、内輪もめをしている事は間違いなかった。サタルーは配下の者たちを全員、グスク内に潜入させて総攻撃に出た。生き残っていた敵は三十人足らずで、簡単に始末する事ができたという。
 事の成り行きをすべて見ていた越来ヌルから話を聞くと、反乱を起こしたのは、留守を任されていた仲宗根大親(なかずにうふや)だという。
 仲宗根大親は先々代の越来按司の長男だった。父親が亡くなった時、十五歳だったが、父親の跡を継ぐ事ができなかった。察度の三男が新しい越来按司として入って来たのだった。仲宗根大親の父親は察度の武将で、越来攻めの活躍によって越来按司に任命されていた。按司の嫡男だといっても、察度の命令に逆らう事はできず、新しい按司になった察度の三男の重臣となって仕えてきた。
 去年、察度の三男は何者かに殺され、その倅が跡を継いで按司となった。心の中ではいつも、按司になるのは自分だと思っていた。そして、中山王が戦死し、越来按司も戦死したという噂を聞いて、もう我慢ができなくなったのだった。
 仲宗根大親は自分のたくらみを兵たちに打ち明け、反対する武将とそれに従う兵を殺した。賛同する兵を引き連れて一の曲輪の屋敷を襲撃し、若按司と三人の弟を殺した。
 ようやく、これで、念願の按司になれると思ったのもつかの間、奥間の者たちに襲撃されて、夢も一瞬のうちに消え果てた。
 奥間から贈られた側室は二人とも無事だった。若い側室のお腹は大きくなっていた。
 サタルーたちは騒ぎを起こさせないために、敵兵の遺体を隠し、越来の兵になりすまして、騒いでいる城下の者たちをグスク内に避難させ、サハチたちが来るのを待っていたのだった。
 越来グスクの屋敷も立派だった。屋敷の中には、明国の絵や書がいくつも飾ってあった。先代の越来按司は進貢船(しんくんしん)の使者として、何度も明に行っていたと聞いている。汪英紫(おーえーじ)と同じように明国の文化に興味を持っていたようだった。
 越来グスクは仲宗根大親の反乱とサタルーの活躍によって、あっけなく落城した。

 

 サハチが驚いたサタルーとマチルギの関係を取り持ったのは、やはり、馬天ヌルだった。
 サタルーは島添大里の城下でサハチと会ったあと、佐敷に行って馬天ヌルと会っていた。
 馬天ヌルが奥間に行った時、サタルーは十四歳だった。その時、サタルーは馬天ヌルから、まだ見ぬ父親、サハチの事を色々と聞いていた。父親の妻であるマチルギの事も聞いていた。サタルーは母親の事を知らなかった。サタルーが生まれるとすぐに亡くなったと聞かされている。マチルギが本当の母親ではないと知りながらも、剣術の達人であるマチルギが本当の母親のような気がして、サタルーの心の中の母親像として成長して行ったのだった。
 サタルーは馬天ヌルに、一目でいいからマチルギに会いたいと告げた。馬天ヌルは困った。サタルーの話を聞いて、会わせてやりたいとは思うが、この事は、マチルギには内緒の事だった。マチルギに話せば、サハチが怒るに決まっている。マチルギもサハチを責めるだろう。二人の仲を裂く事にもなりかねなかった。
 馬天ヌルはお祈りをして、神様のお告げを待った。神様は何も言ってくれなかった。サタルーの寂しそうな顔を見て、馬天ヌルは決心を固め、会わせる事に決めた。
 次の日、馬天ヌルはサタルーを連れて島添大里グスクに行き、佐敷ヌルの屋敷にマチルギを呼んだ。
 マチルギはすぐに来た。
「叔母さん、どうしたの」とマチルギは言って、隣りにいる若者を見た。
 マチルギはドキッとした。その若者は若い頃のサハチにそっくりだった。若者はマチルギをじっと見つめながら、目に涙を溜めていた。そして、「母さん(あんまー)‥‥‥」と呟いた。
 マチルギは表情も変えずに馬天ヌルを見た。
「お師匠、怒らないでね」と馬天ヌルは言った。
「もしかして、奥間の‥‥‥」
「えっ、知っていたの」と馬天ヌルの方が驚いた。
「あの人が奥間に行く前、奥間の話をしたんだけど、何か隠しているなって感じたのよ。それで、あの人が奥間に行った留守に、マサンルーを捕まえて、白状させたの。それで、奥間に息子がいる事を知ったのです。あたしに隠しているなんてと思って、カッとなったけど、マサンルーから奥間村の風習だから、兄貴も断れなかったんだろうって言われて、仕方なかったのねと思ったわ」
「それじゃあ、サハチを許してくれるのね」
「許すも許さないも、あの時、あたしとあの人はただの剣術の好敵手でしかなかったもの。あの時のあたしは、まだ、あの人の事を好きだったなんて気づいてもいなかったわ。あの人と一緒になるなんて、これっぽっちも思っていなかった。そんな頃の事ですもの。あの人を責める事なんてできないわ」
「ありがとう」と馬天ヌルはお礼を言った。
「あたしはあなたがサハチを殺してしまうかもしれないと思って、ひやひやしていたのよ」
「叔母さん、何を言っているんですか。そんな事はしませんよ。あの人はあたしにとって、一番大切な人ですもの」
「ありがとう」と馬天ヌルはもう一度、言って、サタルーの事を話した。
 母親を知らないサタルーは、自分がずっと心の中で思い描いたいた母親とマチルギの姿が重なり、感動して涙が溢れてきたと言った。
 マチルギはサタルーを見つめ、「あたしでよかったら、あなたの母親になるわ」と言った。
 サタルーは涙を流しながら、「母さん!」とマチルギを呼んで、その手を握りしめた。
 馬天ヌルから、サタルーとマチルギの出会いを聞いたサハチは、マチルギに両手をついて謝った。
「十一人の子供が十二人になっただけよ」とマチルギは笑った。
「十一人?」
 サハチとマチルギの子は十人のはずだった。
「十一人て、もしかして、対馬のユキも入っているのか」
「会った事はないけど、あたしは娘だと思っているわ」
「そうか‥‥‥ありがとう」
「でも、これ以上はもう駄目よ」とマチルギはサハチを睨んだ。
 奥間ヌルとの間にできた娘は、絶対に秘密にしておかなければならないとサハチは思った。サタルーにも、きつく口止めしなくてはならないと思っていた。