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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-06.宇座の古酒(第二稿)

 遊女屋(じゅりぬやー)の懇親(こんしん)の宴がうまく行って、重臣たちの心も一つにまとまった。
 中山王(ちゅうさんおう)思紹(ししょう)はサハチ、ソウゲン(宗玄)、ファイチ(懐機)、安謝大親(あじゃうふや)と相談して、新しい王府の組織を作った。ヤマトゥ僧のソウゲンは足利幕府の組織に詳しく、ファイチは明国(みんこく)の宮廷の組織に詳しく、安謝大親は以前の王府の組織に詳しかった。ヤマトゥと明国、以前の組織を参考にして、琉球にふさわしい組織を作ったのだった。
 重臣たちの中から三人を大役(うふやく)に任命して、その下に各奉行職に就いた重臣たちを配置した。大役に選ばれたのは、佐敷から与那嶺大親(ゆなんみうふや)、浦添(うらしい)から安謝大親と嘉数大親(かかじうふや)だった。三人が選ばれた事に不服はないが、佐敷からも二人を選んでほしいと佐敷の重臣たちから要望があった。思紹は即座に却下した。四人だと意見が二つに分かれたまま進行しなくなる。それに、中山王の家紋は『三つ巴』である。この家紋に即して、三つという数を基本にする事に決めたと思紹は言い、皆も納得した。
 政務をつかさどる文官だけでなく、軍務をつかさどる武官の組織も変更した。サムレー大将は九人いて、各百人の兵を率いている。総大将は苗代大親(なーしるうふや)で、九人を三人づつ三つに分け、一つはグスクの警固、一つは浮島(那覇)の警固、一つは進貢船(しんくんしん)に乗って船の警固に当たる。これを交替で勤務する事にした。今、進貢船は二隻しかないが、明国に頼んで、もう一隻、手に入れるつもりだった。
 ヒューガが率いる水軍は六隻のヤマトゥ船を持ち、与那原(ゆなばる)の運玉森(うんたまむい)からヒューガに従って活躍した者たちが大将になって、ヒューガの命令のもとに船を操っていた。これも二隻づつ三つに分けて、一つは浮島周辺の警固、一つは牧港(まちなとぅ)の警固、一つは鳥島硫黄鳥島)の警固に当たらせた。
 数百人の兵が戦死した大戦(うふいくさ)のあと、何が起きても不思議ではないほど世の中は不安に満ちていた。しかし、ようやく、落ち着きを取り戻してきたようだった。城下作りの人足となって働いていた兵たちも、多くの者たちが首里(すい)に仕える事となって、浦添にいた家族を呼んで新しい暮らしを始めていた。殺された武将たちの家族は浦添から出て行き、残された屋敷は壊されて、建築資材として首里に運ばれた。浦添グスクへと向かう大通りに面して建っていた屋敷はほとんどがなくなり、かつての都だった面影はすっかり消えた。浦添が寂れるのと反比例して、首里は益々、都らしくなっていった。
 首里グスクを本拠地にした中山王の直接の支配地は、佐敷、島添大里(しましいうふざとぅ)、与那原(ゆなばる)、首里、浮島、浦添だった。南部の東方(あがりかた)と呼ばれる玉グスク、知念(ちにん)、垣花(かきぬはな)、糸数(いちかじ)、大(うふ)グスクの各按司とは同盟を結んでいる。八重瀬(えーじ)按司のタブチとも同盟を結んでいるが、タブチは油断がならない。何を考えているのかわからなかった。
 島尻大里(しまじりうふざとぅ)の山南王(さんなんおう)に従っているのは、豊見(とぅゆみ)グスク、小禄(うるく)、瀬長(しなが)、兼(かに)グスクの各按司で、前回の戦の時、タブチの味方をした米須(くみし)、与座(ゆざ)、具志頭(ぐしちゃん)、伊敷(いしき)、真壁(まかび)、玻名(はな)グスクの各按司は周りを窺いながら、山南王に付くか、八重瀬按司に付くか悩んでいた。
 中部に目をやると中グスク、越来(ぐいく)、勝連(かちりん)は中山王の支配下にあった。中グスクはクマヌが按司となり、越来は美里之子(んざとぅぬしぃ)が按司となり、勝連は八歳の若按司が成人するまで、サムが後見役になっている。勝連の若按司とサハチの娘のマシューとの婚約も決まっていた。クマヌはたった一人の婿、サムが勝連に行ってしまったので、サムの弟のムタを養子に迎えて跡継ぎに決めていた。クマヌは六十歳を過ぎ、サムが戻って来るまで待っていられなかった。サムも了解して、後見役を無事に務めたら、首里に戻って船乗りになると言ったのだった。
 勝連の北にある安慶名(あぎなー)、伊波(いーふぁ)、山田の按司たちはマチルギの兄弟なので心配なかった。勝連の戦のあと、サハチは兵を率いて、安慶名、伊波、山田、宇座(うーじゃ)、北谷(ちゃたん)と回って、各按司に状況を説明した。宇座按司と北谷按司も新しい中山王に従うと言ったが本心はわからなかった。
 北谷按司はまだ十七歳で、妻は戦死した越来按司の妹だった。妻は新しい中山王を恨みに思っているかもしれないが、北谷按司の姉は山田の若按司に嫁ぎ、叔父の桑江大親(くぇーうふや)の妻はマチルギの妹のウトゥだった。ウニタキから様子を聞いても謀反をたくらむ気配はないというので、サハチも安心した。
 宇座按司は宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)の次男で、サハチは前回、挨拶に行くまで面識はなかった。サハチがマチルギと一緒に宇座に行っていた頃は、浦添にいたようだ。父親の跡を継いで、使者として何回か明国に渡ったらしい。今は使者も隠居して、馬の飼育に専念していた。サハチは改めて、宇座按司と会ってみようと思った。馬の世話をしていた宇座按司の姿が父親によく似ていた。兄の小禄(うるく)按司とは違って、何となく親しみが湧いたのだった。
 一緒に行こうとマチルギに声を掛けようと思ったが、忙しそうだったのでやめて、叔父の苗代大親が馬が欲しいと言っていたのを思い出し、苗代大親を誘って行く事にした。苗代大親の武術道場も完成して、今は家族を連れて、首里グスクの側に建つ立派な屋敷で暮らしていた。勿論、娘のマカマドゥも首里に移っている。マカマドゥだけでなく、首里に引っ越して来た娘たちも多く、首里グスクの西曲輪(いりくるわ)で娘たちの剣術の稽古も始まっていた。教えるのはマチルギか馬天ヌル、あるいは女子(いなぐ)サムレーだった。
 朝早く出て来たので、苗代大親は屋敷にいた。
「わしも宇座の牧場には行きたいと思っていたんじゃ」と苗代大親は言った。
「兄貴も明国に贈る馬の事で、宇座按司とは会わなければならんと言っていた。兄貴が会う前に、わしらで挨拶に行ってくるか」
「これから大丈夫ですか」とサハチが聞くと、「今日なら大丈夫じゃ」と言って、さっそく出掛ける事にした。
「以前、親父から聞いたんじゃが、宇座の御隠居は家臣を親父の所で修行させて、キラマの島で鮫皮(さみがー)作りを始めたそうじゃのう」と苗代大親が馬に揺られながら言った。
「馬天浜に負けない鮫皮を作っているようです」
「そいつらをちゃんと押さえたのか」
「ヒューガ殿がちゃんと話を付けました。以前のごとく、すべて買い上げる事になっています」
「そうか」と苗代大親は満足そうにうなづいた。
「ヒューガ殿が調べたところによるとヤンバルの瀬底島(しーくじま)でも鮫皮を作っているそうです」
「シークジマ? ヤンバルの事はよくわからんが、その島の者も親父の所で修行したのか」
「多分、そうでしょう。山北王(さんほくおう)も鮫皮は欲しいでしょうからね」
「山北王と言えば、ヒューガ殿は鳥島に攻めて来た山北王の兵たちを見事に追い返したそうじゃな」
「はい。やはり、鳥島を奪い取ろうとやって来ました。守りを強化していたので、何とか守れましたが、山北王もそう簡単には諦めないでしょう。硫黄がなければ明国との交易ができなくなりますからね」
「もう一度、攻めても駄目だったら、向こうから頭を下げて来るだろう」
「そうなってくれればいいのですが、山南王と手を結ぶかもしれません」
「山南王を通して、硫黄を手に入れようとするのか」
「その手も考えられます。山南王が買い取った硫黄を山北王に売ったとしても文句は言えませんからね」
「とにかく、あの島は絶対に守らなくてはならんな」
「ヒューガ殿が火薬が欲しいと言っていました。火薬があれば、敵の船をもっと痛い目に遭わせられると」
「明国から手に入れられんのか」
「火薬は明国から持ち出し禁止なのです。密貿易船と取り引きするしか手に入りません」
「もう密貿易船が来る事はあるまい」
「浮島には来られませんが、キラマの島なら取り引きができるかもしれません」
「密貿易をしようと考えているのか」
「ファイチが考えているようです」
「中山王が密貿易をしている事が明国にばれたらまずんじゃないのか」
「キラマのあの島は倭寇(わこう)の島です。密貿易船は倭寇と取り引きをするのです」
「そうか。ファイチも凄い事を考えるもんじゃのう」
「強い味方ですよ」とサハチは笑い、「マカマドゥの様子はどうです」と苗代大親に聞いた。
「お前からマウシの事を聞いたあと、娘の様子を見ているとやはり、マウシの事が好きなようだ。ササとは前から仲よしだったんだが、最近は年中、一緒にいて、二人してマウシとシラーの無事を祈っているようだ」
「ササも首里にいるんですか」とサハチは首を傾げた。
 ササは佐敷グスク内の佐敷ヌルの屋敷に住んで、島添大里のソウゲン寺(でぃら)にも通っているはずだった。
「ササが首里に来る事もあるし、マカマドゥが佐敷に行く事もある。まったく、お互いに馬に乗ってどこにでも行く」
 剣術の稽古をしている娘たちの中でも馬に乗れる娘は少ない。ササに馬術を教えたのは祖父のサミガー大主(うふぬし)だった。馬術だけでなく、ササは小舟(さぶに)の操り方も祖父から教わっている。泳ぎは誰にも教わらなくても自然に覚え、子供の頃は夏になれば海に潜って遊んでいた。マカマドゥに馬術を教えたのは勿論、苗代大親である。マカマドゥにせがまれて教えたのだった。
「マウシならお嫁にやってもいいと思いますが」とサハチが言うと、「しかし、次男だからな、按司は継げまい」と苗代大親は言った。
「マウシならどこかの按司になれますよ」
「そうか‥‥‥何も、山田にこだわる事はないな。それでも、奴がヤマトゥから帰って来てからの話じゃ」
 苗代大親はそれ以上、マカマドゥの話はしなかった。マカマドゥは三女で、苗代大親が一番、可愛がっていた娘だった。娘が希望したとはいえ、男の子のように育てたのは手放したくなかったのかもしれなかった。
 一時(いっとき)(二時間)余りで、宇座の牧場に着いた。
 野良着を着て、柵を直していた宇座按司はサハチたちを見ると、「よく来てくれたのう」と歓迎してくれた。
「そなたが来るのを待っていたんじゃよ。前回のように兵を引き連れてではなく来てくれるのをな」と言って笑った。
「親父はそなたが来るのを楽しみにしていた。亡くなる前も、そなたの事を懐かしそうに話していた。親父がそれほどまで会いたがっていたそなたと一度、会いたいと思っていた。しかし、何かと忙しくてな、その機会もなかった。そして、そなたの事もすっかり忘れていたんじゃ。前回、やって来て、中山王を倒したと言うまではな。親父はそなたが武寧(ぶねい)を倒す事を予測していたのじゃろうかとわしは思ったよ。わしはもう隠居した身じゃ。そなたの話をゆっくりと聞かせてくれ」
 サハチは苗代大親を宇座按司に紹介した。
「そなたの事も噂は聞いておる。剣術の達人だそうじゃのう」
 宇座按司の案内で屋敷に入った。屋敷の中は、サハチたちが出入りしていた頃とあまり変わっていなかった。今にでも、御隠居が姿を現しそうな錯覚を覚えた。
「忘れておった。末の弟が世話になっているんじゃったのう。今さら遅いが、お礼を言わなければな。ありがとう」
「立派に育っております。苗代大親の娘を嫁にもらいましたから、嫁には負けられないと、クグルーも武術の腕を上げました」
「そうか。そなたの娘を嫁にのう。ありがとう」と宇座按司は苗代大親にもお礼を言って頭を下げた。
「さて、親父の遺言を守らなくてはならんのう」と宇座按司は笑った。
「遺言ですか」とサハチは聞いた。
「親父はそなたと飲もうと思って極上の酒を用意していたんじゃが、それを飲む前に亡くなってしまった。そなたが来たら一緒に飲んでくれと遺言したんじゃ」
「そうだったのですか‥‥‥」
 御隠居が亡くなった年の正月、伊波まで来たのに、ここに寄らなかった事をサハチはずっと悔やんでいた。
 宇座按司は高価そうな白磁の甁子(へいし)に入った酒を三つの酒盃(さかずき)に注いだ。
「明国の酒は古くなれば古くなるほどうまくなるそうじゃ。親父が亡くなってから八年が経っている。さぞや、うまくなっている事じゃろう」
「親父のために」と宇座按司が言って、乾杯をした。
 トロッとした強い酒だったが、香りがよくて、うまい酒だった。酒の味見をした三人は思わず、顔を見合わせて笑っていた。
「確かに、こいつはうまいのう」と苗代大親が嬉しそうに言った。
「親父も喜んでくれるじゃろう」と宇座按司は嬉しそうに笑った。微かに目が潤んでいるような気がした。
 宇座按司は二杯めを三つの酒盃に注ぐと、昔を思い出したように話し始めた。
「わしは親父に二度、裏切られたんじゃよ」と言って、宇座按司は酒を飲んだ。
 サハチは酒を注いでやった。宇座按司はありがとうと言うようにうなづいて話を続けた。
「わしは小禄(うるく)グスクで生まれた。次男だったので若按司ではなかったが、若様として育てられた。サムレー大将になるために、わしも武術の修行に励んだんじゃよ。しかし、二十三の時、親父に無理矢理、ここに連れて来られた。朝から晩まで馬の世話に追われて、毎日、くたくたじゃった。それでも、親父はわしを明国に連れて行ってくれた。初めて進貢船(しんくんしん)に乗って、限りなく広い海を渡った。明国は思っていたよりもずっと遠かった。明国に着いたら、何もかもが驚く事ばかりじゃった。明国から帰って来て、わしは変わった。親父の跡を継いで、使者になろうと決心したんじゃよ。親父に負けない立派な使者になろうとな。親父は二度、明国に連れて行ってくれた。親父が使者を引退したあともアランポーの従者として行き、六度めの時、ようやく夢がかなって正使になる事ができたんじゃ。中山王の察度(さとぅ)が亡くなったあと、親父は武寧と大喧嘩をした。そして、俺が行くはずだった明国への使者を勝手に断ってしまったんじゃ。二度目の正使としての役目を親父は勝手に取り消してしまった。わしは腹を立てたよ。わしの人生を台無しにしたと思ってな。親父とは口も聞かず、毎日、ここで酒を飲んでいた。わしの使者としての人生はもう終わりじゃと思っていた。ところが、山南王が迎えに来たんじゃ。山南の使者として明国に行ってくれとな」
「その時の山南王は、八重瀬(えーじ)按司ですか」とサハチは聞いた。
「そうじゃ。八重瀬按司から島添大里按司になって、山南王になった男じゃ。武寧の義理の親父で、浦添にも出入りしていて、何度か話をした事はあった。山南王も使者として明国に行っていたので、話が弾んだ事もあった。しかし、わざわざ、ここまで迎えに来るとは思わなかった。わしは山南王の頼みを聞いて、山南王の使者として明国に行ったんじゃ。その時、倅のタキを初めて明国に連れて行った。そのあと、親父は亡くなった。親父が亡くなった年に明国では洪武帝(こうぶてい)が亡くなり、進貢もできなくなった。わしは明国の内乱の時も使者として明国に行ったが、応天府(おうてんふ)(南京)に行く事はできず、泉州(せんしゅう)で取り引きをして帰って来たんじゃ。そんなのが二度ばかりあった。山南王が亡くなって、倅の豊見(とぅゆみ)グスク按司が山南王になり、明国でも内乱が納まった。その年の暮れ、山南王の正使として明国に渡った。あの時は山南の船は修理中で、中山の船に便乗して行ったんじゃ。中山の使者と顔を合わせたくなかったが、その時の中山の正使は久米村(くみむら)のワンマオ(王茂)だったので、少し気が楽になった。それを最後に、わしは使者を引退した。親父は五十六まで使者を務めたが、わしは五十で引退したんじゃ。今は倅のタキが山南の正使を務めている」
 サハチは宇座按司の話を聞いて驚いていた。まさか、宇座按司が山南の使者を務めていたなんて、まったく知らなかった。シタルーも官生(かんしょう)(留学生)として明国に行っているので、宇座按司の事をよく理解したのかもしれないと思った。
「今思えば、親父のお陰でこうして生きていられるのかもしれんと思える。あのまま、武寧に仕えていたら死んでいたかもしれんのう‥‥‥わしの長女は浦添の重臣の倅に嫁いだが、その重臣が寝返ったので無事じゃった。次女は浦添の武将に嫁ぎ、夫は戦死し、子供を連れて戻って来ている。三女はお嫁に行くはずだったが、相手は戦死してしまった。長男は山南の正使になり、次男も三男も山南王に仕えている。みんなが無事に生きているのも、親父のお陰かもしれんと、最近、しみじみと思えるんじゃよ」
 うまい酒を飲みながら話が弾み、いつの間にか夕方になっていた。子供を連れて長女が帰ってきて、宇座按司の奥方も帰ってきた。按司の奥方には見えない気さくなおかみさんだった。この辺りの娘を嫁に迎えたのかと思ったら、安謝大親の妹だと聞いて驚いた。三女のマジニも帰って来た。許婚(いいなづけ)が亡くなって悲しい思いをさせて申しわけなかったと謝ると、「これでよかったのよ」と笑った。
「お父さんに勧められて婚約したけど、本当は好きじゃなかったの」と父親を見て舌を出した。
「お嫁に行かなくてもいいわ。あたし、ここでお馬を育てるのがとても楽しいの」
 馬に囲まれて暮らし、おおらかで明るい娘に育ったようだ。余計なお世話かもしれないが、誰かいい相手を探してやりたいとサハチは思った。
 その晩、宇座按司の家族たちに囲まれて、楽しい一時を過ごし、翌日の朝、首里へと帰った。帰る時、「また来てくれよ」と宇座按司は言った。
「今度来る時は妻も連れてきます」とサハチは答えた
「奥方様(うなじゃら)の噂も聞いている。剣術の名人らしいのう。美人だというし、是非、会ってみたいものじゃ」
 宇座按司と会ってみて、味方になってくれる事はわかったが、息子たちが山南王に仕えているというのが気になった。サハチとしては今のところ、山南王のシタルーと争うつもりはないし、シタルーの跡継ぎのタルムイは妹の婿だった。タルムイが山南王になれば南部も一つにまとまると思うが、先の事はわからない。八重瀬按司のタブチ、あるいは武寧の弟の米須按司、それに、宇座按司の兄の小禄按司が騒ぎを起こすかもしれなかった。その時、宇座按司の息子たちを助けられるだろうか。それは難しい事だった。
 宇座から帰って一月が過ぎ、北風(にしかじ)が吹き始めるとヤマトゥからの船が続々と浮島にやって来た。サハチたちが武寧を倒した二月には、取り引きを終えて風待ちのヤマトゥ船が何隻も沖に泊まっていたが、その数の二倍近くの船が押し寄せて来ていた。以前から中山王と取り引きしていた者は勿論の事、王が変わったので、新たに参入しようとする者も多かった。
 古くから中山王と取り引きをしているのは松浦党(まつらとう)の者が多く、倭寇(わこう)として暴れていた者たちだった。そこに新たに博多の商人と薩摩(さつま)の商人も加わってきている。商人といっても乗ってくる船を操っているのは倭寇の者たちで、商人に雇われて琉球まで来るのだった。
 御見世(うみし)と呼ばれる取引所は大役の安謝大親と与那嶺大親を中心に、配下の役人たちが大忙しに働いていた。荒くれ者たちが多いので、騒ぎが起きないように、サハチは苗代大親に頼んで浮島の警固を厳重にした。
 久し振りにハリマの宿屋に顔を出すと、お客が一杯でハリマは忙しそうだった。前回に来た時、クマヌが中グスク按司になった事を告げると腰を抜かすほどに驚き、隠居したらクマヌの世話になるかと笑っていた。ハリマに声を掛けずに去ろうとしたら、「もしかしたら、サハチではないのか」と声を掛けられた。
 振り返ると見知らぬ老人がいた。老人とはいえ貫禄があった。一体、誰なのかわからないが、相手はサハチの名を知っていた。
「何年振りじゃろうのう。博多での初陣(ういじん)、見事じゃったぞ」
 博多の初陣と言われ、サハチは老人の顔をじっと見つめて、ようやく思い出した。壱岐島(いきのしま)から博多に行く時にお世話になった志佐壱岐守(しさいきのかみ)だった。
壱岐守殿ですね」とサハチは聞いた。
 老人は嬉しそうにうなづき、「思い出したか」と笑った。
 サハチと志佐壱岐守は庭にあった縁台に腰掛けて、昔話に花を咲かせた。
「毎年、琉球に来ていたのですか」とサハチが聞くと、「いや」と首を振った。
「倅は何回か来ているが、わしが琉球に来たのは今回で二度めじゃ。そなたと出会う前に一度、来ただけじゃよ。そなたが中山王になったと噂で聞いてのう。死ぬ前にもう一度、琉球に行きたくなって来てみたんじゃ。王様になったそなたと会える事はないと思っていたが、こうして会えるなんて不思議なもんじゃ。そなたと再会できただけでも来てよかったと思っておる」
「王様のなったのは親父です」とサハチは言った。
「ああ、ハリマから聞いた。しかし、大したもんじゃ」
 サハチは壱岐守を首里に連れて行く事にした。自由にグスクから出る事ができず、王様になんかなるんじゃなかったとブツブツ文句を言っている親父の話し相手に丁度いいと思ったからだった。
 壱岐守は二人の従者と一緒に首里グスクに滞在した。従者の一人は中途半端に髪が伸びた坊主頭で、僧侶のようだった。

 

 

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