長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-14.富楽院の桃の花(第二稿)

 サハチたちは杭州(ハンジョウ)に来ていた。
 海賊船の鉄炮(てっぽう)を見て驚いた次の日から五日間、サハチとウニタキは三姉妹から明の言葉の特訓を受けた。メイユーとメイリンはサハチとウニタキから琉球の言葉を教わり、必ず琉球に行くと言って張り切っていた。
 サハチたちが応天府(おうてんふ)に向けて旅立つ前夜、三姉妹は送別の宴を開いてくれた。サハチもウニタキも別れが非常に辛かった。また、琉球で会えるというが、このままずっと一緒にいたいと思っていた。しかし、それが無理な事はわかっている。サハチもウニタキも最後の夜を思い残す事がないように大切に過ごした。
 ところが次の日、三姉妹も一緒に杭州まで行くと言い出した。船で杭州に行くには南風が吹くまで待っていなくてはならない。船が着く前に、杭州に拠点を作っておいた方がいいとメイユーが言い出したのだった。確かに、メイユーのいう通りだった。当てもなく海賊船で杭州まで行っても、取り引きかうまくいくとは限らない。まごまごしていたら、官軍に捕まってしまう恐れもある。船を隠しておく場所も決めておかなければならないし、取り引き相手も前もって探しておくべきだった。
 三姉妹たちは見本となる商品を荷馬車に積んで、サハチたちと一緒に杭州に行く事に決まり、その日は荷造りをして、次の日、出発となった。
 荷馬車を運ぶためにスンリー、ファンボ、シュルンの三人が付いて来て、サハチたちと三姉妹は馬にまたがり杭州を目指した。
 杭州は思っていたよりもずっと遠かった。そして、明の国は果てしなく広かった。いつまで経っても山々が連なっていて、何度も山の中で野宿をした。夜になると寒くなるが、三姉妹が用意してくれた毛皮のお陰で助かった。真冬でなくて本当によかったとサハチは思った。宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)もシタルーも厳しい雪山を何日も歩いたと言っていた。想像しただけでも、ぞっとした。
 六日目に温州(ウェンジョウ)に着いて、久し振りに宿屋に泊まった。次の日は温州の街を見物して、のんびりと過ごした。温州も泉州や福州と同じように大きな河口の近くに発達した街だった。広い川には様々な形をした船が泊まっていて、各地へと物資が運ばれて行くようだった。
 温州を出るとまた山の中に入った。それでも、山中で一泊しただけで台州(タイジョウ)に着いた。台州は漁村の隠れ家の屋敷で働いていた女たちの故郷だった。倭寇(わこう)にさらわれ、ヤマトゥに連れて行かれるところを三姉妹の父親に助けられた。そう言えば、サハチが対馬にいた時、サンルーザ(早田三郎左衛門)が船団を率いて明まで行った。この辺りまで来て、村々を襲撃したのだろうかと思った。
 次の日は、また山の中だった。山の中で二泊をして紹興(シャオシン)に着いた。そして次の日、ようやく杭州に到着した。福州の漁村を出てから十四間の長旅だった。長く辛い旅だったが、三姉妹と一緒だったので楽しい旅でもあった。サハチはメイユーとお互いに片言の言葉を交わしては笑い合っていた。
 途中、三度も山賊どもが現れた。一度目と二度目に出た山賊は大した事はなく、簡単に追い払えたが、三度目の山賊は強敵だった。二十人近くはいただろう。手加減する事はできなかった。必死に戦い、ウニタキがお頭を倒すと生き残った者たちは逃げて行った。十二人の山賊が倒れていたが、味方の犠牲はなく、軽い傷だけで済んでいた。サハチも必死に戦っていたので、三姉妹たちを見る余裕はなかったが、皆、大した腕の持ち主だった。あれだけの腕があれば必ず、父親が生きていた頃のような海賊に再興できるだろう。
 杭州の宿屋に落ち着くと、急に旅の疲れが出てきて、その日は早々と休み、次の日、街の見物をした。宋(そう)の時代に首都だった杭州は、元(げん)の時代には貿易港として栄え、人口百万を超えた大都市だった。遠い昔、ヤマトゥから来た遣隋使(けんずいし)や遣唐使はここから上陸していたらしい。そして、驚いた事に、百年ほど前に三姉妹の祖父である張士誠(ヂャンシーチェン)が杭州の城壁を再建したという。
「祖父は明国ができる前の十年余りの間、この辺り一帯を支配していて、王を名乗っていたのよ」とメイファンが誇らしげに言った。
「祖父が首都を置いたのは蘇州(スージョウ)だったけど、ここも重要な拠点だったの。あたしたちは祖父のゆかりのあるこの地から再出発をするわ」
 今度こそ、本当の別れだった。翌朝、サハチたちは後ろ髪を引かれる思いで三姉妹と別れ、応天府(おうてんふ)(南京)を目指した。三人とも急に無口になり、うなだれたまま馬に揺られていた。
「辛い別れだったなあ」とウニタキがぽつりと言った。
「一緒にいる時が長かったからな」とサハチは言った。
「メイファンは琉球にいた時よりもいい女になっていました」とファイチは言った。
 三人は顔を見合わせて、溜め息をついた。
 楽しかった日々を思い出しながら馬に揺られ、四日目に明の都、応天府に着いた。もう三月十七日になっていて、進貢船が泉州に着いてから一月余りが経っていた。
 川の向こう側に高い城壁に囲まれた都が見えた時、ファイチは急に馬を止めて、正面に見える大きな門(聚宝門)をじっと見つめた。
「やっと、帰って来た」とファイチは言って、サハチとウニタキを見て笑った。
 ファイチの言葉を聞いて、サハチはここでファイチの両親が殺された事を思い出した。両親が殺されたあと、ファイチは家族を連れて、ここから逃げ、琉球までやって来た。ファイチにとって帰郷の旅だった事に、サハチは今になって気づいていた。
 広い川に架かった石橋を渡り、馬から下りて門の前に並んだ。皇帝のいる都なので、身分証明書のない者は入れないらしい。サハチたちは来遠駅(らいえんえき)でもらった身分証明書を見せて難なく通る事ができた。刀を腰に差していたが、短い刀なので没収される事もなかった。
 石でできた門の中は広く、武器を持った警備の兵が何人も立っていた。それはただの門ではなかった。門の中は三つに区切られていて、三千人の兵が待機できるという。考える事が大きすぎて、凄いと感心するしかなかった。
 門から出るとまた川があって、石橋が架かっていた。ファイチは橋の上で立ち止まり、右側の方をじっと見つめた。サハチとウニタキも立ち止まって、ファイチが見ている方を眺めた。川を挟んで両側に家々が建ち並び、川の上には川船が何艘か浮かんでいた。
「ここは変わっていないようです」とファイチは言った。
 ファイチは懐かしそうに昔を思い出しているようだった。サハチは周りの景色を眺めながら、ようやく明の都に着いたと実感していた。宇座の御隠居が来て、シタルーも来た明の都に今、自分が立っている。二人の話を聞いた時、明の国なんて、自分とは縁のない夢の話だと思っていた。それが、今、自分は夢の都に立っていた。
 橋を渡るとファイチは右に曲がった。その道の両側にも家々がびっしりと並んでいた。馬には乗らず、街の景色を眺めながら歩いた。
「さっきの川は秦淮河(シンファイフェ)と言うんです」とファイチが言った。
「この道は秦淮河に沿った道で、応天府でも最も賑やかな通りなんです。内乱の時に焼けてしまったのではないかと心配しましたが、どうやら無事だったようです」
 サハチはシタルーの話を思い出していた。応天府には一晩中、昼間のように明るい街がある。そこには遊女屋(じゅりぬやー)が何軒もあって、天女のような美しい遊女(じゅり)が何人もいたと楽しそうに話していた。ここがそれに違いないとサハチは思い、「遊女屋があるんだな」とファイチに聞いた。
 ファイチはニヤッと笑ってうなづいた。
「この先に『富楽院(フーレユェン)』という遊女屋が集まっている一画があります」
「都の遊女屋か」と言って、ウニタキが嬉しそうに笑った。
「おい、メイリンの事はもう忘れたのか」とサハチはウニタキに言った。
「忘れはせんが、都の遊女というのも一度、見てみたいと思っただけだ」
「見るだけでいいのか」
「うるさい。お前だってメイユーの事を忘れたのか」
「忘れられるか」
「言い争わなくても大丈夫です」とファイチが笑った。
「『富楽院』の遊女屋には誰でも入れるわけではないのです。一流の文人や画人でなければ入れません。庶民たちには縁のない場所なのです。噂に上る一流の遊女たちも何人かいますが、そういう遊女たちを拝む事も庶民たちには夢の話なのです」
「見る事もできないのか」とウニタキはがっかりした。
「ファイチも『富楽院』の遊女屋に入った事はないのか」とサハチは聞いた。
「入った事はあります。しかるべき人の紹介があって入る事はできました」
「一流の遊女を見たのか」
「はい。美しい遊女を見ました」
「見ただけなのか」とウニタキは聞いた。
「何度も通って、あともう少しで床入りというところまで行ったのですが、内乱が始まって都を去る事になりました。突然の事で、別れを告げる事もできませんでした」
「そいつは残念だったな」
「八年も前の話です。その遊女も今はもういないでしょう」
 話をしながら歩いていると大通りにぶつかった。右を見ると秦淮河に石の橋が架かっているのが見えた。
「あの橋を渡って左側に富楽院があります」と言って、ファイチは右に曲がって橋を渡った。
 橋の上に佇み、ファイチは川の上流の方を見た。サハチとウニタキも立ち止まって景色を眺めた。
 この先には橋は架かっていなかった。川の右側に塀で囲まれた広い一画があり、そこが富楽院だとファイチは言った。塀の中には二階建ての立派な屋敷がいくつも建っていた。
「宿屋に落ち着いてから出直しましょう」とファイチは言って、また、もとの道に戻って先に進んだ。
 しばらく行くと賑やかな通りに出た。通りの先には大きな門があって、大勢の人がいた。
「ここは『夫子廟(フージーミャオ)』といって、孔子(コンジー)という偉い人を祀った場所です。応天府の名所の一つで、夫子廟の裏には国子監(こくしかん)があります」
「えっ、国子監?」とサハチはファイチに聞き返した。
「サングルミーや山南王(シタルー)が官生(かんしょう)(留学生)として学んだ所です」
「ここにあったのか‥‥‥」とサハチは夫子廟の門を見つめた。
「シタルーもきっと、川向こうで遊んでいたに違いない」とウニタキが笑った。
 賑やかな通りを左に見ながら先に進んだ。少し行くと左側は高い石垣がずっと続いていた。
「この中は『貢院(ゴンユェン)』といって、科挙(かきょ)の試験を行なう場所です。三年に一度、八月に試験があって、その時には二万人もの受験者が集まってきます」
「二万人とは凄いな。その内の何人が合格するんだ」
「百人です」
「そいつは大変な事だ」とウニタキが他人事のように言った。
「ファイチは合格したんだな」とサハチが聞くと、ファイチは照れて、「昔の事です」と言って笑った。
 『貢院』と通りを挟んだ反対側に宿屋があった。ファイチが交渉して、そこに泊まる事に決まった。馬を預け、荷物を部屋に置いて、すぐにまた表に出た。
「宿屋の主人の話によると、この辺りは内乱の時、略奪の被害には遭ったけど、焼ける事はなかったようです」とファイチは言った。
永楽帝(えいらくてい)が大軍を率いて、ここに攻めて来た時、ほとんどの者たちが抵抗もせずに降参したらしい。焼け落ちたのは宮殿だけだったようです。建文帝(けんぶんてい)は宮殿に火を放って自害したそうです。ただ、建文帝の遺体が見つからず、どこかに逃げたのかもしれないとの噂が流れたそうですが、未だに真相はわからないようです」
 日暮れ間近になっていた。宿屋が決まったら、急に腹が空いてきた。ファイチは夫子廟の方に戻って行った。
「富楽院に行くのか」とウニタキが聞いた。
「あの中にはうまい物を食べさせる料理屋もあります。都の雰囲気に浸って、一杯やりましょう」
「ファイチが知っている遊女屋もあるんだろう」
「行ってみなければわかりません。もし、あったとしても、すでに知っている妓女(ジーニュ)はいないでしょう」
「知っている妓女がいないと遊女屋には入れないのか」
「もし、入れたとしても富楽院の遊女屋で遊ぶにはかなりの銭が必要です。今のわたしたちには無理ですよ」
「そうか、そんなにも高いのか」
「サングルミーなら知っている遊女屋があるかもしれんな」とサハチは言った。
「奴はもう来ているんじゃないのか」とウニタキが言った。
琉球の使者たちは会同館(かいどうかん)という所に泊まります。明日、行って調べてみましょう」
 三人は先程の橋まで戻って、橋を渡り、塀に囲まれている富楽院へと入って行った。
 中央に大通りがあって両側に妓楼(ぎろう)(遊女屋)かいくつも並んでいた。妓楼といっても特に派手な建物はなく、花や木がうまい具合に植えられた落ち着きのある建物ばかりが並んでいる。何となくいい匂いが漂っていて、どこからともなく不思議な音楽が聞こえ、別の世界に来たような錯覚を覚えた。
「ここは変わっていません。安心しました」とファイチが感慨深げに言った。
 通りを歩いているのは身分の高そうな男ばかりに見えた。中には女を連れている男もいる。妓女を連れているのだろうか。
「あそこに料理屋があります」とファイチが前方に見える店を指さして、「腹拵えをしましょう」と言った。
 サハチとウニタキはうなづきながらも、どこからか美人の妓女が出てこないかとキョロキョロしていた。
 ファイチが急に立ち止まった。妓楼の門の横にある桃の木をじっと見つめている。桃の花が満開に咲き誇っていた。サハチとウニタキは桃の花を見るのは初めてで、何の花だろうと思っていた。
 ファイチは桃の花から視線を移して、妓楼の門を見た。『桃香楼(タオシャンロウ)』と書かれてある。ファイチは首を傾げながら、少し開かれた門から中を覗いた。
「どうかしたのか」とサハチはファイチに聞いた。
「思い出したんです」とファイチは言った。
「この桃の木はわたしが八年前に植えたものだと思うんです。でも、遊女屋の名前がちょっと違うんです」
「ファイチが通っていた遊女屋なのか」
 ファイチは通りの方を眺め、妓楼を眺めて、「確かにここだと思いますが、よくわかりません」と首を振った。
 ファイチが諦めて、そこを去ろうとした時、妓楼の門から女が現れた。美しい女だった。
 女はファイチの顔をじっと見つめていた。ファイチも女の顔を見つめていた。
 女がファイチに何かを言った。ファイチも女に何かを言った。二人とも驚いているようだった。しばらく、二人は話を続け、ファイチは暗い表情になって、女の話を聞いていた。
 話が終わると、女に誘われて、サハチたちは妓楼に入った。何が何だかわからないが、料金の高い妓楼に入ってしまったようだった。
 二階に上がり、さらに奥の方の部屋に案内された。その部屋は川に面した部屋だった。窓から川に浮かんでいる川舟が見えた。川舟の中では、金持ちそうな男たちが妓女と一緒に酒を飲んでいた。
「ファイチ、上がり込んでも大丈夫なのか」とウニタキが心配した。
「ここは昔、『春香楼(チャンシャンロウ)』といって、わたしがよく来ていた遊女屋でした。わたしと馴染みだったタオファ(桃華)という妓女は、わたしが応天府から逃げ出したあと、ずっとわたしの帰りを待っていたそうです。でも、病に罹って五年前に亡くなってしまったのです。さっきの人はリィェンファ(蓮華)といって、当時、富楽院で一、二を争う有名な妓女でした。偉い文人の妾となって、ここから出て行く予定でしたが、その相手は建文帝によって殺されてしまいました。そして、永楽帝が北から攻めて来た時、都は混乱状態に陥って、ならず者たちがはびこり、ここも危険な状態になって、妓女たちは蘇州に避難したそうです。その時、具合の悪かったタオファは蘇州で亡くなってしまいました。リィェンファは戦が終わったあと、ここに戻って来ました。屋敷は荒らされていましたが無事でした。そして、桃の木も無事でした。リィェンファは亡くなったタオファのためにも妓楼を再開して、わたしが帰って来るのをずっと待っていたと言いました」
「ファイチが帰って来る事をずっと信じていたのか」とサハチは聞いた。
「タオファが死ぬまで信じていたので、リィェンファもそれを生きるための糧(かて)にしていたと言っていました」
「あの人も辛い思いを乗り越えてきたんだな」と壁に飾ってある山の絵を見ながらウニタキが言った。
 サハチもその絵を見た。凄い岩山が描いてあった。琉球では決して見られない風景だ。こんな山が実際にあるのだろうか。あるとしたら見てみたかった。
 その部屋には他にも絵や書が飾られてあった。書は何と書いてあるのか読めないが、有名な人が書いた物だろう。サハチは島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの屋敷に飾ってある絵や書を思い出し、汪英紫(おーえーじ)(シタルーの父)が自分の屋敷に飾りたくなったわけが少しだけわかったような気がした。
 女たちが料理や酒を運んできた。おいしそうな料理を見たら、腹が減っていたのを思い出した。高い料金の事が気になったが、成り行きに任せようと三人は御馳走になる事にした。
 食事が済んだ頃、リィェンファが三人の若い妓女を連れてきた。リィェンファが三人の妓女を紹介して、ファイチが通訳した。そのあとファイチがサハチとウニタキをリィェンファに紹介した。ファイチがリィェンファに何かを説明するとリィェンファは驚いているようだった。その後、二人はしばらく話し込んでいた。
 サハチとウニタキは片言の明の言葉をしゃべりながら、若い妓女たちを相手に酒を飲んでいた。三人とも十六、七の可愛い娘で、何がおかしいのか、よく笑っていた。
 リィェンファが持って来た箱の中から何かを取り出してファイチに渡した。手紙のようだった。ファイチはそれを読んで泣きそうな顔になった。亡くなったタオファの手紙のようだ。
 ファイチはリィェンファに筆と紙を用意させて、考えながら手紙を書き始めた。漢字ばかりで、サハチやウニタキには読めなかった。書き終わると手紙をリィェンファに渡した。リィェンファは声を出してそれを読んだ。読んだあと感動しているようだった。三人の娘たちも素晴らしいというような顔をしていた。
「亡くなったタオファがわたしのために詩を残したのです。素晴らしい詩です。それで、わたしがその返事の詩を書いたのです」とファイチは言って、こぼれ落ちそうな涙を指で拭った。
 ファイチはタオファの思い出をぽつりぽつりとサハチとウニタキに聞かせた。そこに、一人の男が入って来た。高級な着物を着た身分が高そうな男だった。ファイチを見ると驚いた顔をして立ちすくんだ。ファイチも驚いた顔をして男を見て、そして、リィェンファを見た。
 リィェンファはうなづいてから、微かに笑った。
 ファイチと男は同時に何かを言って、再会を喜び合った。
「会いたかった友に会う事ができました。まるで、夢のようです」とファイチはサハチとウニタキに言って、友と積もる話を語り始めた。

 

 

 

中国遊里空間―明清秦淮妓女の世界  妓女と中国文人 (東方選書)  中国美人伝 (中公文庫)