長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-21.西湖のほとりの幽霊屋敷(第二稿)

 龍虎山(ロンフーシャン)から七日を掛けて、やっと杭州(ハンジョウ)に到着した。梅雨に入ったのか毎日、雨が降っていて参ったが、早く三姉妹に会いたいという気持ちがはやって、雨に濡れるのも気にならなかった。
 以前、三姉妹が泊まっていた宿屋に行くと、三姉妹は待っていてくれた。
 早いもので、三月の半ばに別れてから、二か月半が過ぎていた。お互いに相手の顔を見ると、言葉を交わす前に抱き合って再会を喜んだ。一緒にいたヂャンサンフォンとシンシンはあっけにとられた顔で成り行きを見守っていた。
 ファイチがヂャンサンフォンとシンシンを三姉妹に紹介した。三姉妹は驚いた顔をして、ヂャンサンフォンを見つめた。
「あの、ヂャンサンフォンなの」とメイユーが琉球の言葉でサハチに聞いた。
武当山(ウーダンシャン)のヂャンサンフォンだよ。百六十年も生きている仙人です」とサハチは答えた。
 三姉妹は明の言葉で大騒ぎをしたあと、ヂャンサンフォンに色々と聞いていた。ヂャンサンフォンに会って、感激しているようだった。
 三人の興奮が治まったあと、お互いに何をしていたのかを話し合った。メイユーとメイリン琉球に行くために琉球言葉を猛特訓したという。かなり上達していた。
 新しい拠点となる屋敷も手に入れ、海賊船が隠れる島も見つけ、すでに琉球の商品を満載した船はその島に隠れているとメイファンは言った。あとは取り引きをする商人を見つけるだけだという。取り引きをする相手は慎重に選ばなければならない。焦らずにじっくりと調べて探すと言った。
 その晩は再会を祝って夜遅くまで騒ぎ、翌日、宿屋を払って、拠点となる屋敷に向かった。今にも雨が降りそうな空模様だが、まだ降ってはいなかった。
 その屋敷は城壁の外の西湖(シーフー)のほとりにあった。両親が城壁内の屋敷で殺されたので、警戒して城壁外の屋敷を探したらしい。思っていたよりも大きくて立派な屋敷で、眺めのいい場所に建っていた。天気が悪いので湖も暗い色をしているが、晴れれば湖は輝き、最高の眺めだろう。
「凄い屋敷だな」とサハチが言うと、
「わけありの屋敷なのよ」とメイユーが言って笑った。
「マジムン(魔物)が出るのよ」
「何だって!」とサハチは驚き、メイファンから詳しい話を聞いた。
 この屋敷は二十数年前に有名な詩人が建てたという。中国四大美人の一人、西施(シーシー)が入水(じゅすい)したとの伝説のある西湖は文人たちに好まれ、数々の詩に詠まれている。この屋敷にも各地から文人たちが訪れ、大勢の弟子たちも出入りして賑やかだったらしい。しかし、三年後、官軍の兵が押し寄せて来て、その詩人は捕まり、家族共々処刑されてしまった。
 詩人には何の罪もなく、宮廷で罪を犯した役人に、詩の指導をしたというだけの理由で殺された。詩人と同じように無実の罪で殺された者が数万人にも及ぶという洪武帝(こうぶてい)の大粛清(しゅくせい)に巻き込まれてしまったのだった。
 その後、引退した将軍が屋敷を買い取った。若い奥さんと幸せに暮らしていたが、二年後、幼い娘が病死して出て行った。その後も金持ちがこの屋敷を手に入れて暮らしたが、また子供が病死して、二年も経たないうちに出て行った。そんな事が何度かあって、いつしか、恐ろしい幽霊が出るとの噂が広まり、誰も住まなくなってしまったという。お陰で、安く手に入れられたのよと三姉妹は笑った。
「本当にマジムンが出るのか」とウニタキがメイファンに聞いた。
 メイファンは首を振った。
「あたしたちはまだここに住んでいないからわからないわ。ラオファンとリェンリーに聞いてみて」
「こいつは琉球でマジムン屋敷で暮らしていたんだ」とサハチが言って、ウニタキの肩をたたいた。
「ああ、マジムン屋敷なら慣れているぞ」とウニタキは笑った。
 屋敷の中は広かった。部屋がいくつもあって、海賊の拠点にするには最高の屋敷と言えた。城壁の外にあるだけでなく、突然の襲撃を受けても湖を舟で逃げる事もできた。何よりも景色がいいので、命懸けの仕事のあとの休養には最適な環境だった。
 すでに屋敷で暮らしていたラオファンと娘のリェンリーにヂャンサンフォンを紹介すると、ラオファンは驚いた顔をして立ち尽くした。そして、深く頭を下げると何事かを真剣な顔をして話し始めた。メイファンがわけを話してくれた。
 ラオファンは若い頃、武当山で六年間、武術の修行を積んだ。ヂャンサンフォンの噂を聞いて、是非とも会いたいと思っていたが会う事はできなかった。武当山から帰ったラオファンは三姉妹の祖父、ヂャンシーチォン(張士誠)に仕えて活躍した。祖父が洪武帝に敗れた時、三姉妹の父、ヂャンルーチェン(張汝謙)を助けて逃げたのがラオファンだった。敵(かたき)を討つためにヂャンルーチェンに武術を教え、ヂャンルーチェンは海賊になって洪武帝に反抗した。三姉妹に武術を教えたのもラオファンで、ヂャンサンフォンの事を三姉妹に教えたのもラオファンだった。
「ずっと尊敬していたヂャンサンフォンが目の前に急に現れたものだから、感激して、夢でも見ているのかと思っているのよ」とメイファンは二人を見ながら言った。
 七十歳のラオファンから見れば百六十歳のヂャンサンフォンは大先輩なのだが、五十代にしか見えないヂャンサンフォンに恐縮しているラオファンの姿は、何かちょっと滑稽な情景だった。
 西湖を眺め、うまいお茶を飲みながら、のんびりとくつろいだ。明国に来てから知らないうちに、お茶を飲む習慣が身についてしまっていた。多分、琉球に帰ってからもお茶が飲みたくなるだろう。お土産に大量のお茶と茶碗を買って帰ろうと思った。
 突然、シンシンが慌てて飛び込んできて、「マジムン!」と叫んで二階を指さした。
「マジムンが出たのか」とみんなで二階に上がった。
 ラオファンが一番奥にある部屋の前に立って、部屋の中を見つめていた。部屋を覗くとヂャンサンフォンが両手を広げて何かを唱えていた。
「師匠はマジムン退治をしています」とファイチが言った。
「師匠はそんな事もできるのか」とサハチは聞いた。
「師匠は道士としても一流なんですよ」
 サハチは首里(すい)と勝連(かちりん)のマジムン退治をした馬天(ばてぃん)ヌルを思い出した。道士というのはそんな事もできるのかと改めて、凄い人だと感心していた。
 よくわからないが儀式のような事をして、ヂャンサンフォンは部屋から出て来ると、大丈夫だというようにうなづいた。
「悪霊(あくりょう)を退治したのですか」とサハチが聞くと、「悪霊ではない」と師匠は言った。
「わけもわからないまま殺された子供の霊がさまよっていたんじゃよ。寂しくて、子共に取り憑いて殺してしまったが、悪気(わるぎ)があったわけではない。子供の霊は両親のもとへと返してやった」
 ヂャンサンフォンはヤマトゥ言葉でサハチにそう言ったあと、メイユーから質問されて明の言葉で説明した。
「この屋敷を建てた詩人の子供の霊がさまよっていたようです」とファイチが琉球の言葉でサハチとウニタキに言った。
「その日、何かの催しがあって大勢の文人たちがこの屋敷に集まっていたようです。突然、大勢の兵が攻めて来て、抵抗した者は殺され、他の者は皆、捕まりました。その子は姉と一緒にこの部屋にいて、姉が捕まるのを見て、騒いで殺されたようです」
 わけもわからないまま殺された者の霊は誰を恨んでいいのかわからず、その場にとどまるのだろうか。もしかしたら、運玉森(うんたまむい)のマジムン屋敷にも、そんな子供の霊がいるのかもしれないとサハチは思っていた。
 その日の午後、サハチたちは城壁内の街に戻って、ある宿屋を訪ねた。サハチたちが杭州に来た一日前に、応天府から琉球の使者たちが杭州に来て、まだ滞在しているとメイファンから聞いていた。雨雲が流れて、雨は降りそうもないので出掛ける事にした。
 琉球の使者たちのいる宿屋はすぐにわかった。大通りに面した大きな宿屋だった。宿屋の周りには警固の兵たちが厳重に守っていた。ファイチは警固の兵に身分証を見せ、泉州から迎えに来たと告げた。警固の兵は疑うことなく、中に入れてくれた。
 宿屋の女の案内で、サングルミーの部屋に行くと、何かを書いていたサングルミーは顔を上げてサハチたちを見て、驚いた顔のまま近づいて来た。
「御無事でしたか」と三人の顔を見回し、「心配しましたよ」と言って、安心したように溜め息をついた。
「すまなかった」とサハチたちは謝った。
 その部屋は広くて豪華だった。
「凄い部屋だな」とウニタキが言うと、「行きと帰りでは待遇が違うので驚いております。按司様(あじぬめー)のお陰だとみんな喜んでおりますよ」とサングルミーは言った。
「どうして、俺のお陰なんだ」とサハチは聞いた。
「あなた方がお忍びの永楽帝と会った事は礼部侍郎(れいぶじろう)殿(ヂュヤンジン)から聞きました。まったく驚きましたよ。ファイチ殿が永楽帝と知り合いだったなんて‥‥‥積もる話もありますので、どうぞ」
 サングルミーは窓際にある円卓を示した。四人は円卓を囲んで、泉州で別れてからの事を話し合った。
 サングルミーたちが泉州を立ったのは二月の十八日で、サハチたちが福州で三姉妹と会っていた頃だった。皇帝に捧げる品々を積んだ荷車と硫黄を積んだ馬と一緒に進むので時間が掛かり、応天府に着いたのは四月の二日だった。サハチたちが南陽(ナンヤン)でヂャンサンフォンと出会って、武当山に向かっている頃だった。
 宮殿の近くにある会同館に入ったサングルミーたちは、鴻臚寺(ホンルースー)で皇帝に謁見する儀式のための稽古をして、翌朝、永楽帝に拝謁する予定だったが急遽取りやめになった。永楽帝の妃(きさき)が病に伏してしまったためだった。都中が心配して、各地の寺院で妃の病気平癒の祈祷(きとう)が行なわれた。七日ほどして妃の具合もよくなり、十二日に謁見の儀式も無事に終わった。それから三日後、サングルミーは礼部に呼ばれて、ヂュヤンジンと会った。
 ヂュヤンジンからサハチたちの消息を聞いて、無事だった事を喜んだ。サハチたちがお忍びの永楽帝と会った事も聞いて驚き、思紹(ししょう)王の冊封(さっぷー)の詔書(しょうしょ)を拝領したのだった
「事情があって、今回は冊封使を送れないと言われましたが、それでよかったのですか」とサングルミーはサハチに聞いた。
「ファイチが永楽帝に頼んだのです。首里(すい)の都もまだ完成したばかりだし、天使館の改築にも間に合わない。冊封使たちが半年も滞在したら、大忙しになりますからね」
 サハチがそう言うとサングルミーはファイチにお礼を言った。
「わたしもその事は心配していました。今回は遠慮しておきましょう」
「前回、冊封使琉球に来た時、サングルミーさんは首里グスクで行なわれた儀式に参加したのですか」とファイチが聞いた。
「わたしが明から帰国した時、すでに冊封使琉球に来ていました。帰って来て、休む間もなく、儀式の準備に追われて大忙しでした。何しろ、初めての事でしたので、まったく大変でした。アランポーが毎日、怒鳴り散らしていましたよ。何とか儀式も無事に終わりましたが、そのあとも冊封使たちの接待やらで何かと忙しくて、十一月に冊封使たちが帰った時はもうぐったりして、しばらく寝込んでしまいました。できれば、あんな辛い思いは遠慮したいと思っていたのです」
 サングルミーはそう言って笑った。
 四月の十七日には永楽帝の生誕祝いの儀式が行なわれ、琉球の使者たちは特別に招待されたという。そして、五月の十日の洪武帝の命日の儀式にも参加して、二十五日に応天府を出発した。土産物(みやげもの)を買い揃えるため、杭州を立つのは三日後の六月七日の予定だとサングルミーは言った。
 サハチたちが今まで何をしていたのかサングルミーに話している時、サングルミーを訪ねて来た者があった。
 なんと八重瀬(えーじ)按司のタブチだった。どうしてタブチがここにいるのか、わけがわからなかった。タブチの方もサハチたちがいるので驚いていた。
「おう、島添大里(しましいうふざとぅ)殿、御無事じゃったか」と叫びながらタブチはやって来た。
「来遠駅(らいえんえき)で八重瀬殿と山南の者たちが騒ぎを起こしそうな気配がありましたので連れて参りました」とサングルミーが言った。
「そうだったのか」とサハチは納得した。
 山南の使者の従者として誰が来ているのかは知らないが、タブチに恨みを持っている者がいるかもしれなかった。明国に来たのが嬉しくて、そんな事まで気が回らなかった。もし、来遠駅で騒ぎが起こっていたら、今後の進貢にも差し障りがあったかもしれない。サハチはサングルミーの機転に感謝した。
「ファイチ殿、そなた、凄いのう。永楽帝の知り合いじゃったとはのう。そなたのお陰でわしらは贅沢三昧(ぜいたくざんまい)じゃ。この宿屋は杭州一の宿屋で、偉い役人様しか利用できんという。酒も上等な物しか置いてない。応天府に向かう時の宿とは大違いじゃ。お礼を言うぞ」
 タブチは今まで見た事もないような笑顔で、ファイチに頭を下げると今度はサハチを見て笑った。
「島添大里殿、そなたも凄いのう。永楽帝と直接に会うなんて大したもんじゃ。わしらは遠くに座っておられる永楽帝を拝んだだけじゃった。お忍びじゃったというが、一体、どこで会ったんじゃ」
「応天府一の遊女屋(じゅりぬやー)だ」とウニタキが言った。
「なに、遊女屋? もしかして、富楽院(フーレユェン)か」
 ウニタキがうなづくと、「わしも行ったぞ」とタブチは嬉しそうな顔をして言った。
「与座殿(サングルミー)に連れて行ってもらったんじゃ。与座殿も隅に置けん。馴染みの遊女(じゅり)がおったぞ。しとやかな美人(ちゅらー)じゃった」
 タブチも加わり、サハチたちは永楽帝と会った時の事を話した。タブチもサングルミーも興味深そうに話を聞いていた。話が一段落するとサングルミーがタブチに聞いた。
「八重瀬殿、何か用があったのでは?」
「は?」とタブチはサングルミーを見て、思い出したように笑った。
「なに、うまい酒があると聞いて、一緒に一杯やろうと誘いに来たんじゃよ」
 宿屋の中に酒を飲ませる店があるというので、みんなで出掛ける事になった。上等な酒を飲みながら、旅の話は続いた。
 ほろ酔い気分で、日暮れ間近に西湖のほとりの屋敷に帰ると、ジォンダオウェンとリュウジャジンか来ていて、ヂャンサンフォンと一緒に酒を飲んでいた。そこでまた再会を祝って酒を飲み始めた。
 杭州の街で琉球へのお土産を買って、二日間のんびりと西湖の屋敷で過ごした。
 六月七日の朝、お世話になった三姉妹とヂャンサンフォンとシンシンと別れ、サハチたちはサングルミーたちと合流して泉州に向かった。
 長旅を共にした馬は三姉妹に返して、のんびりとした徒歩の旅だった。雨降りの日が続いたあと、今度は暑い日が続き、こんな事なら、もう少し、あの屋敷に滞在して、馬に乗ってあとを追えばよかったと後悔した。それでも、タブチが言っていたように、泊まる所はすべて高級な宿屋が手配されていて、毎日の食事も充分過ぎるほど満足できた。さすがに永楽帝の御威光は大したものだった。
 泉州に戻ったのは六月の末で、山南の者たちはすでに帰っていた。大量の荷物を荷造りして船に積み込み、泉州を出帆したのは七月十日だった。
 進貢船(しんくんしん)に乗り込んで、半年近く滞在した明の国を振り返ると様々な事が思い出された。
「長かったようで、短かった半年だったな」とウニタキが言った。
「ここに着いた時、こんな旅になるなんて思ってもいなかった」とサハチは言った。
「上出来過ぎる旅でした」とファイチは満足そうにうなづいた。
「ここに着いた時、確実だったのはメイファンに会う事だけでした。できれば永楽帝と会いたいとは思いましたが、会える手立てはありませんでした。応天府に行って、昔の知人を探して、何とかして会おうとは思いましたが、難しい事だとわかっていました。それが、昔の友人と会う事ができ、友人のお陰で、永楽帝と会う事もできました。永楽帝の話から師匠が生きている事を知り、師匠とも会え、妹とも会えました。道士たちのお陰で、両親のお墓もちゃんとあって、お参りもできました。本当に来てよかった。帰ったら天妃(てんび)様に感謝しなければなりません」
「いい旅だった」とウニタキも感慨深げに言った。
「何が一番よかったんだ」とサハチは聞いた。
武当山の頂上から見た天界の眺めだよ」とウニタキは言って笑った。
 確かにあの風景は二度と見られない景色かもしれなかった。
「お前は何だ」とウニタキはサハチに聞いた。
「俺か‥‥‥俺は『胎内くぐり』だ」
 ウニタキはサハチを見て笑った。
「確かにな、あれは貴重な体験だった」
「今だから言いますけど、あの洞穴(ほらあな)の中にはマジムンがいたんですよ」とファイチが言った。
「やはり、いたのか」とウニタキが苦笑した。
「なんだ? 俺はそんな事は知らんぞ」とサハチは二人の顔を見つめた。
「師匠が言うには龍のマジムンが棲み着いているそうです。人間に害を及ぼすことはないので、そのままにしていると言っていました」
「あれは龍だったのか」とウニタキが納得したようにうなづいた。
「お前、龍を見たのか」とサハチは聞いた。
「真っ暗闇で見えるわけないだろう。でも、感じたんだ。何か大きな物がいるってな。心の迷いだろうと思っていたんだが、やはりいたんだな」
「ファイチも感じたのか」とサハチが聞くと、
「龍とは知りませんでしたが、何かがいるのは感じました」
「畜生!」とサハチは悔しがった。「俺はまだまだ修行が足りないらしいな。気味の悪い虫がいるのはわかったけど、龍には気づかなかった」
「お前は同類だから、向こうも遠慮したんだろう」とウニタキが言って笑った。
 ファイチもサハチを見て笑っていた。
 河口から海に出た進貢船は帆に南風を受けて、遙か遠い琉球を目指した。

 

 

 

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