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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-27.廃墟と化した二百年の都(第二稿)

 北風(にしかじ)に乗って、ヤマトゥから続々と船が浮島にやって来た。毎年の事だが、浮島はお祭り騒ぎで、久米村(くみむら)も首里(すい)も大忙しだった。今年は進貢船(しんくんしん)が持って来た商品だけでなく、三姉妹が持って来た南蛮(なんばん)(東南アジア)の商品もあるので、去年以上の取り引きができるはずだった。浮島を囲むヤマトゥ船を眺めながら、来年はもっと盛んにしなければならないとサハチは思った。
 年が明けて、永楽六年(一四〇八年)となった。
 去年と同じように、正月の儀式は無事に終わった。去年と変わった事と言えば、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクでの新年の儀式に、側室となったナツと、若按司の妻、マカトゥダルが加わった事だった。そして、サハチの長女のミチがサスカサヌルを継ぐ事になった。
 ミチはまだ早すぎるし修行も足らないと断ったが、サスカサは、あなたなら大丈夫よと言って、知念(ちにん)のセーファウタキ(斎場御嶽)で就任の儀式を済ませると、さっさと引退してしまった。ミチは十六歳で、代々続いていた島添大里ヌルを継いで、栄誉あるサスカサの神名(かみなー)も継いだ。
 ミチは十二歳の時に佐敷ヌルのもとでヌルになるための修行を始めた。島添大里グスクの東曲輪(あがりくるわ)の佐敷ヌルの屋敷で、佐敷ヌル、女子(いなぐ)サムレーたちと共に暮らして、ヌルの修行と同時に剣術の修行も積んでいた。佐敷ヌルの屋敷にはササも出入りしていて、二つ年上のササは、ミチにとって姉のような存在だった。
 二年前、サスカサヌルがキラマの島から島添大里に戻って来ると、ミチはサスカサの指導を受ける事になり、佐敷ヌルの屋敷から城下にあるサスカサの屋敷に移った。サスカサと一緒に久高島のフボーヌムイに籠もったり、知念のセーファウタキに籠もったりと厳しい修行を積んだらしい。旅から帰って来たミチを見る度に、シジ(霊力)を高めているのが感じられた。まだ子供だと思っていたミチは、サスカサの指導によって立派なヌルになっていった。
 サスカサという名は今のミチにとって重すぎるだろうが、素晴らしい手本となる馬天ヌルと佐敷ヌル、そして、ちょっと変わっているが鋭いシジを持っているササが近くにいれば、きっと立派なヌルになるだろう。
 ミチが島添大里ヌルを継いだので、佐敷ヌルは佐敷に戻ろうかしらとサハチに相談した。佐敷ヌルはサハチのウナイ神(がみ)で、ミチはサグルーのウナイ神だった。サハチもサグルーも島添大里にいるのだから、二人ともいるべきだとサハチは言って、ミチのために東曲輪にサスカサ屋敷を建てる事に決めた。
 引退したサスカサは、今は絶えてしまっている運玉森(うんたまむい)ヌルを継いで、ウリカサという神名を名乗った。サスカサの名を譲って気が楽になったのか、ヂャンサンフォンの屋敷に頻繁に出入りしているらしい。二人とも神人(かみんちゅ)といえるので、気が合うのかもしれない。サハチには何とも言えなかった。
 次男のジルムイは島添大里之子(しましいうふざとぅぬしぃ)を名乗り、マウシは山田之子(やまだぬしぃ)を名乗り、シラーは久良波之子(くらはぬしぃ)を名乗って、苗代大親(なーしるうふや)配下の一番組のサムレーになった。出仕も決まって、今までのようにササと遊んではいられない。サムレー大将への道がようやく始まったのだった。
 正月九日、浮島で進貢船の出帆の儀式が行なわれた。サスカサヌルになったミチも馬天ヌルと佐敷ヌルと一緒に儀式を執り行なった。
 今年、明に行く船は去年はずっと浮島の港に泊まっていた船で、『セダカトゥミ』という神名が授けられた。今年の正使はサングルミーではなく、大(うふ)グスク大親(うふや)だった。サングルミーはファイチから書類の整理を頼まれたらしい。アランポーの一族が仕切っていた頃の書類の整理が大変で、六年間、アランポーのもとで働いていたサングルミーに助けを求めたようだった。
 大グスク大親は今の大グスク按司の遠い親戚で、祖父は大グスク按司の弟だったという。その弟は浦添按司(うらしいあじ)(西威)に仕えたが、察度(さとぅ)に攻められた時に戦死した。両親を亡くして戦場をさまよっていた幼なかった父親は、小禄按司(うるくあじ)(泰期(たち))の武将に助けられて育てられた。成長した父親は泰期の従者として何度も明国に行ったらしい。大グスク大親も父親の跡を継いで、従者として何度も明国に行き、今回、ようやく正使になったのだった。
 前回と同じように領内の按司たちを従者として連れて行くが、島添大里按司の従者には弟のマサンルー(佐敷大親)とマタルーを選んだ。実際に明国を見て、たっぷりと驚いて来てもらおうと思っていた。
 各按司たちも前回のように若按司を送る事はなく、家臣を送る者が多かったが、八重瀬按司(えーじあじ)のタブチだけは再び、本人が出掛けるようだった。
 米須按司(くみしあじ)、具志頭按司(ぐしちゃんあじ)、与座按司(ゆざあじ)、伊敷按司(いしきあじ)、真壁按司(まかびあじ)、玻名(はな)グスク按司がタブチの留守中に、シタルー(山南王)に寝返ってしまったが、タブチは平気な顔をして何も手を出さなかった。交易に熱中して、しばらくはおとなしくしてくれた方が、サハチにとってもありがたい事だった。
 正月の十二日、中山(ちゅうざん)よりも先に山南(さんなん)の進貢船が出帆した。ウニタキが調べた所によると、シタルーも中山王を真似して、領内の按司たちを従者として明国に連れて行ったという。今までは連れて行かなかったのかと聞くと、前回もその前も連れて行ってはいないという。
 アランポーが久米村を仕切っていた頃は、使者を決めるのも従者を決めるのもアランポーだった。従者のほとんどはアランポーの配下の者たちが占め、時々、察度から頼まれると察度の身内の者を連れて行ったらしい。それが慣例となり、武寧(ぶねい)はすべてをアランポーに任せていた。シタルーはアランポーに文句を言ったが、アランポーに逆らえば、進貢船を出せないので従わざるを得なかった。
 サハチはそんな事は知らず、ファイチが言った事を鵜呑みにして按司たちを連れて行ったのだった。ファイチがそれを望んでいたのだろうとウニタキは笑った。ファイチに騙されたにしろ、結果的にはそれでよかったと思っている。按司たちを連れて行ったお陰で、領内の結束は固くなったと言えるし、領内が豊かになってくれれば、それでいいと思っていた。
 山南王に遅れて三日後、中山王の進貢船が船出して行った。今回、船を守るサムレー大将は又吉親方(またゆしうやかた)で、副将は久高親方(くだかうやかた)だった。久高親方率いる五十名は又吉親方率いる五十名から、様々な事を学ばなければならない。久高親方は、キラマの島で若い者を鍛えているマニウシの弟子で、クダカジラーと呼ばれていた。キラマの島では師範代として若い者たちを鍛え、戦でも活躍し、今は首里の四番組のサムレー大将になっていた。
 進貢船を見送ってから八日後、シンゴの船が馬天浜に着いた。苗代大親の次男のサンダーとサハチの弟のクルーが無事に帰って来た。クルーは二度目のヤマトゥ旅で、いつか必ず船頭(しんどぅー)(船長)になるんだと張り切っていた。
 サハチはシンゴと会い、二人が無事だった事へのお礼を言い、ヤマトゥに帰る時、マチルギたちをヤマトゥに連れて行ってくれと頼んだ。
 シンゴは驚いた顔をして、「女を乗せて行くのか」と聞いた。
「マチルギだけじゃない。馬天ヌルに佐敷ヌル、女子(いなぐ)サムレーも数人連れて行く」
「えっ、佐敷ヌルも行くのか。マユはどうするんだ」
「俺が預かる。俺の娘のマチルーとマシューもいるし、侍女や女子サムレーも面倒を見てくれるだろう」
「そうか」とシンゴはうなづき、「それで、何人行くんだ」と聞いた。
「まだ決まってはいないが、二十人くらいになると思う」
「二十人となると、その分、降ろさなくてはならんな」
「そういう事になる。マチルギたちはお前の船でなく、マグサの船に乗せるつもりだ。水夫(かこ)たちを降ろすわけにはいかないので、護衛の兵を降ろすつもりだ」
「どうして、マチルギたちがヤマトゥに行くんだ」
「去年、俺が明国に行っただろう。留守番をしていたマチルギは今度はあたしの番だと言って、ヤマトゥに行くと言い出したんだ。一度、言い出したら聞かないからな。どうしようもないんだよ」
「そうか‥‥‥倭寇(わこう)も大分減ってきているから大丈夫だと思うが、水夫たちが騒ぐかもしれんな。女が乗ったら海が荒れるってな」
「それは大丈夫だ。ヌルが乗っているからな。それに、マチルギも神人(かみんちゅ)だ」
「マチルギが神人?」
「ヌルではないが、サスカサヌルから神名を授かっているんだ」
「ほう、あの凄いヌルからか。佐敷ヌルの神名は『ツキシル(月代)』だって聞いたけど、マチルギは何て言うんだ」
「マチルギは『ムムトゥフミアガイ(百度踏揚)』って言うんだ。久高島のフボーヌムイで裸踊りをしたらしい」
「なに、裸踊り?」
「マチルギはただ踊ったって言ってたけど、あとで、フカマヌルに聞いたら、急に着物を脱ぎ捨てて、裸になって踊ったそうだ」
「神様の前で裸踊りか‥‥‥そう言えば、佐敷ヌルもフボーヌムイに籠もった時、踊りを踊ったような気がするって言っていた。佐敷ヌルも裸踊りをしたのだろうか」
「マシュー(佐敷ヌルの童名)もか‥‥‥」
 二人は顔を見合わせて、ニヤニヤと笑った。
「マグサの船なら大丈夫だろう」とシンゴは言った。
「水夫は皆、島人(しまんちゅ)にすればいい」
 サハチはうなづき、「よろしく頼む」と頭を下げた。
「ところで、ヤマトゥの様子はどうなんだ。無事に博多までは行けるんだろうな」
「ああ、大丈夫だ」
「京都までは大丈夫か」
「大丈夫とは言えんな。海賊が出るよ」
「やはりな。マチルギに京都には行くなと言ってあるが、博多まで行ったら、京都に行きたくなるかもしれん。絶対に京都に行かせないで、対馬に連れて行ってくれ」
「わかった」
「あとで詳しい事は説明する。それと、ヤマトゥも明との交易を始めたとこの前、聞いたが毎年、明と交易をしているのか」
「ヤマトゥからは五回、明国に使者を送った。明国の船に便乗して行く事もあるし、ヤマトゥから遣明船(けんみんせん)を出す事もある。明からも毎年のように使者がやって来ている。今も京都に滞在しているはずだ」
「そうか。永楽帝がヤマトゥに使者を送っているんだな」
倭寇対策のためらしい。遣明船は捕まえた倭寇を明国に送っている」
対馬(つしま)の者も捕まったのか」
「いや、対馬は大丈夫だ。日本国王となった北山殿(きたやまどの)(足利義満)は朝鮮(チョソン)との交易にも乗り出している。朝鮮と交易するには対馬を味方に付けなければならないから対馬の反感を買う事はしない。捕まっているのは未だに幕府に反抗している菊池党の奴らか、瀬戸内海に出没する海賊だろう」
「明国に送っているのは、やはり、硫黄(いおう)か」
「硫黄と馬と日本刀、それに銅も送っているようだ。明からは銅銭に陶器、絹織物や書物も入って来る」
「取り引きの内容は琉球と変わらんな‥‥‥今夜はいつもの通り、歓迎の宴だ。充分に楽しんでくれ」
 サハチはシンゴとマグサを連れて、島添大里に帰った。サンダーとクルーは家族が迎えに来ていて、一緒に帰っていた。
 二月九日、去年と同じく、首里でお祭り(うまちー)が行なわれた。ササが去年と同じように、マウシ夫婦とジルムイ夫婦を引き連れて、グスクの警固に当たった。シラーとシンシンもいた。シラーはササを諦めて、シンシンと付き合い始めたようだ。サグルー夫婦も島添大里からやって来たが、二人はお客としてお祭りを楽しんでいた。
 去年と同じように西曲輪(いりくるわ)は開放されて、屋台が出て酒や餅を配り、舞台では出し物が催された。今年の佐敷ヌルは明国の美しい着物を来て、きらびやかな髪飾りを付けていた。サハチがお土産に買ってきた衣装と髪飾りだった。一般庶民ではなく妓女(ジーニュ)が着ている着物だったが、佐敷ヌルは喜んで着ていた。それがまたよく似合っていて、佐敷ヌルなら富楽院(フーレユェン)に行っても、一、二を争うんじゃないかと密かに思った。
 思紹王(ししょうおう)も今年はおとなしくしていた。ジクー禅師を相手に囲碁を楽しんでいる。サハチもマチルギと一緒にグスクの警固に加わったが、何事も起こらず、無事にお祭りは終わった。
 お祭りの次の日、サハチはウニタキと一緒に浦添(うらしい)に行った。浦添グスクを放っておくと危険だぞとウニタキから言われたのだった。
「グスク内の屋敷は焼け落ちているが石垣は残っている。山北王(さんほくおう)が牧港(まちなとぅ)から上陸して、浦添グスクを占領したら、山南王と挟み撃ちにされるぞ」とウニタキは言った。
 浦添の事はすっかり忘れていた。ほとんどの者たちが首里に移り、すっかり寂れたと聞いて安心していたが、ウニタキが言う通り、グスクの石垣は残ったままだった。あれを壊すとなると大変だが、放っておくわけにはいかない。一度、様子を見に行こうと思った。
 浦添に来るのは二年振りだった。グスクが焼け落ちた時に様子を見に来てから、一度も来ていなかった。二年振りに見る浦添は、かつての都とは思えないほど荒れ果てていた。大通りに面して、所狭しと建ち並んでいた家々はなくなり、所々に朽ち果てた家が何軒か残り、あとは一面に草が茫々(ぼうぼう)と生えていた。
「哀れなもんだな」とサハチは荒涼とした眺めを見ながら言った。
「二百年余り栄えていた都が、たったの二年でこの有様だ」
 そう言って、ウニタキは首を振った。
 サハチは浦添にはそれほど来てはいないが、ウニタキは『よろずや』を拠点として、浦添を探っていた。様々な思い出もあるのだろう。感慨深そうに周りの景色を眺めていた。
 草茫々の中に残っている石垣は不思議な光景だった。それは山賊どもの棲家(すみか)を思わせた。馬を下りて石垣の中に入ってみた。石垣の中も草茫々で、焼け落ちた当時のままに残骸が残っていた。
「こいつは凄いな」とサハチは思わず言った。
 これを片付けるのは容易な事ではなかった。
「ここで戦死した奴らの死体もそのままだ。すでに白骨になっているだろう」
「恨みを持ってマジムン(悪霊)になった者もいそうだな」
「馬天ヌルの出番だな。それで、どうするつもりなんだ」
 それには答えず、「石垣に登ってみよう」とサハチは言った。
 浦添グスクの正門は櫓門(やぐらもん)になっていたので、石垣に登る石段があった。二人は石段を登って石垣の上に出た。
 いい眺めだった。首里グスクも見えた。やはり、遠くからもわかるように高楼が欲しいと思った。サハチは視線を下に降ろしてグスク内を見た。石垣は三重になっていた。これを壊すのは大変な労力がいるし、壊すのは勿体ないような気がした。
 サハチは反対側に目を移した。大通りがずっと続いている。牧港へと続く道だった。寂れたとはいえ、かつての都だったので、浦添には各地に通じる道が通っている。交通の要衝と言えた。たとえ、グスクを壊したとしても、この地を敵に奪われるとまずい事になる。このままグスクとして使用した方がいいだろう。
「ここは重要な拠点だ」とサハチは言った。
「グスク内の屋敷を再建して、誰かを浦添按司に任命じて、ここを守らせよう」
 ウニタキは満足そうな顔をしてうなづいた。
「俺もそれがいいと思う。誰に任せるんだ」
「そうだな。順番から言えば、苗代大親だろうな」
首里から苗代大親がいなくなったら大変だろう」
「大変だが、本人が按司になりたいと言えば、それに従うしかあるまい」
「そうだな。苗代大親がここにいれば首里は安泰といえる。クマヌが中グスク按司、美里之子(んざとぅぬしぃ)が越来按司(ぐいくあじ)はわかるが、どうして、サムを勝連(かちりん)の後見役にしたんだ」
按司でなくて後見役だからな。十年経ったら出なくてはならん。それで、サムに頼んだんだよ。勝連の北にある安慶名(あぎなー)、伊波(いーふぁ)、山田は皆、サムの兄弟だからな。うまくやってくれると思ったんだ」
「成程な、俺の妹が安慶名按司に嫁いでいる。よそ者が勝連に入って来たら、安慶名按司が後見役をやると言って来たかもしれんな。弟のサムなら文句あるまい」
 石垣から下りると馬に乗って、石垣の周りを回ってみた。石垣の下にあった堀はほとんどが埋まっていた。グスクの左側にある池の側に来て、サハチは立ち止まった。
首里にも池が必要だな」とサハチは言った。
「そう言えば、明国の都にも池があったな」
「高楼を建てて、寺院を建てて、池も掘らなくてはならん。まだまだ、やる事がいっぱいあるな」
今帰仁(なきじん)攻めまで、まだ八年ある。時間はたっぷりあるさ」
「ところで、例の大工(でーく)は見つかったのか」
 ウニタキは首を振った。
浦添がこんな有様だからな、どこに行ったのか見当もつかん。もしかしたら、首里グスクの普請(ふしん)にも加わっていて、仕事が終わったあと、シタルーの所に行ったのかもしれん。それとも、そいつはヤマトゥンチュで、稼いだ銭を持ってヤマトゥに帰ったのかもしれんな」
「ヤマトゥの大工か‥‥‥奥間大親(うくまうふや)(ヤキチ)が知っているかもしれんな。聞いてみるか」
「『天使館』を作っている大工に聞いてみたがわからなかった。奴らも首里グスクの普請に関わっていて、百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)を建てた大工は唐人(とーんちゅ)だったと言っていた」
「あの御殿を建てたのは唐人だったのか」
「シタルーが明から連れて来たのだろう」
「そうか。そうなると『首里天閣(すいてぃんかく)』の大工も察度が明から呼んだのかもしれんな。大グスク大親に頼めばよかった」
「大グスク大親では難しいだろう。サングルミーなら官生(かんしょう)だった頃のつてで何とかなるだろうが、大グスク大親が頼んだ所でどうにもなるまい」
「そうだな。サングルミーならヂュヤンジンに頼む事もできるしな」
「明国の大工に頼む事もあるまい。琉球の大工に頼んで、琉球らしい楼閣を建てればいい」
琉球らしい楼閣か‥‥‥」
 グスクの北側の石垣を見ていた時、サハチは正面に見える丘を眺めながら、ふと思い付いた事があった。
「あそこが奥間か」とサハチは丘を示して、ウニタキに聞いた。
「そうだ」とウニタキは言った。
「今、奥間の連中は何をしているんだ」
「田畑を耕して普通に暮らしているよ」
浦添の奥間大親の配下の者たちは全滅したのか」
「残党はいるかもしれんが、あそこにはいない。どこかに潜んでいるのだろう。今はもう、普通の村と一緒だよ」
 浦添の奥間村は察度が西威(せいい)を倒して浦添按司になった時、活躍した奥間の者たちをあの山中に住まわせてできた村だった。すでに六十年も経って、代も代わり、ヤンバルの奥間村とのつながりも切れているとヤキチは言っていた。浦添の奥間大親の配下として情報集めに働いていたが、三代目の奥間大親は南風原(ふぇーばる)決戦で戦死した。密かに武寧を守っていた配下の者たちも首里で戦死している。しかし、戦死した家族の者たちがあそこに住んでいるとすれば、安心はできなかった。
「心配ない」とウニタキが言った。
浦添から逃げて来た医者に扮して、配下の者を入れてある。不審な動きがあればすぐにわかる」
「医者だと?」
「名もない草花が好きな奴でな、クマヌから薬草の事を習っている。自分で様々な工夫をして、色んな薬を作っているよ。時々、腹を壊す薬もあるが、面白い奴だ」
「ほう、そんな奴がいたのか」
父親と兄は戦死して、首里の兵に追われて逃げて来た事になっている。もう二年も住んでいるので、村の者たちにも信頼され、医者として重宝されているようだ」
 サハチはウニタキにお礼を言って、首里に戻った。
 苗代大親と会い、浦添グスクを再建する事を言うとそれはいい考えだと賛成したが、按司になる事は断った。
「兄貴を見ていてつくづく思ったよ。わしにはとてもあんな真似はできないとな。中山王と按司は違うかもしれんが、わしには向いておらん。若い者を鍛えていた方が性に合っている」
「しかし、叔父上が浦添按司になれば、マガーチに継ぐ事ができますよ」
 苗代大親は笑って首を振った。
「マガーチは若い頃、親父と一緒に三年間も旅をしていた。未だにあの時は楽しかったと言っている。旅が好きなようじゃ。サムレー大将として、早く明国に行きたいと言っている。按司にはなるまい」
「サンダーはどうです」
「サンダーもヤマトゥ旅から帰って来て、行って来てよかったと言っている。あれも旅が好きなようじゃ。二人とも母親がウミンチュの娘だからな。陸よりも海の方が好きなんじゃろう」
 苗代大親の妻はキラマの娘だった。カマンタ(エイ)捕りの名人だったキラマの血が二人を海に誘うのかもしれない。サハチは無理に勧めるのを諦め、「誰を浦添按司にしたらいいでしょうか」と聞いた。
「そうじゃのう」と少し考えてから、「當山親方(とうやまうやかた)がいいんじゃないのか」と苗代大親は言った。
 當山親方は越来按司の弟だった。サハチの母の弟なので、サハチから見れば叔父だった。
「當山親方はわりと細かい所にも目が届く。兵たちにも信頼されているので、二番組の者たち全員を浦添に移せばいい」
「成程。百人いれば何とかなりそうですね。わかりました。父と相談して、そのように決めましょう」
「ところで、来月、兄貴は久高島に行くそうじゃのう」
 サハチは苦笑して、うなづいた。
「去年、女たちをキラマの島に行かせたのが失敗でした。あれから半年が過ぎて、女たちがどこかに行きたいと騒ぎ始めたのです。どうせ、女たちを扇動したのは親父です。自分が行きたいので、女たちを利用して騒ぎを起こしたのです」
「それで、三月三日のハマウリ(浜下り)の日に久高島に行く事になったのか」
「そういう事です。去年と同じように八月頃に行けばいいと言ったんですが、キラマと違って久高島に行くには陸路を通って与那原(ゆなばる)まで行かなければならん。護衛の兵たちは甲冑(かっちゅう)に身を固めて行かねばならん。八月ではまだ暑い。三月が丁度いいんだと言っていました」
「毎年の行事にするつもりなのか」
「そのようですね」
「兄貴も大変じゃな」と苗代大親は笑ったあと、「危険はないのか」と聞いた。
「中山王の命を狙う者にとっては絶好の機会ですからね、危険は伴うでしょう。しかし、それに対する警固も万全にするつもりです」
「わしらの出番じゃな。暴れたくてうずうずしている奴らが多いからのう」
「よろしくお願いします」と言って、サハチは苗代大親と別れ、武術道場をあとにして首里グスクに向かった。
 空を見上げると黒い雲が流れていた。一雨来そうな空模様だった。サハチは急いで馬を走らせた。

 

 

 

 

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