長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-29.丸太引きとハーリー(改訂決定稿)

 思紹(ししょう)(中山王)は久高島参詣(くだかじまさんけい)で、十五人もの戦死者が出た事で落ち込んでいた。亡くなった十五人はキラマ(慶良間)の島で鍛えた教え子たちだった。久高島に行った女たちは喜んでくれたが、余りにも犠牲が多すぎた。
 ウニタキ(三星大親)も落ち込んでいた。百人もの残党たちの動きを見逃してしまった事を悔いていた。ウニタキは武寧(ぶねい)(先代中山王)の残党は二、三十人に過ぎないと思っていた。少数で襲う場合、弓矢、あるいは石つぶてを使うだろう。敵が隠れていた森は弓矢が届かない距離にあった。あそこではないと決めつけて、その先の川の中を調べていたのだった。二度とこんな事が起きないように、ウニタキは自分を戒め、配下の者たちにも活を入れた。
 一月が経っても誰もが暗い表情だった。サハチ(島添大里按司)は何とかしなければと思い、盛大なお祭りをやろうと考えた。サハチが考えたお祭りは、浮島(那覇)にある丸太を首里(すい)グスクに運び込む事だった。
 サハチは父の思紹と相談しながら楼閣造りを始めていた。高い所が好きな父は、そいつはいい考えだと賛成して、サハチ以上に熱中した。サハチの留守中に北曲輪(にしくるわ)を造った事を思い出し、父は何かを造るのが好きなようだと気づいた。そう言えば、東行法師(とうぎょうほうし)の頃は観音様を彫っていた。楼閣造りに熱中していれば、外に出たいとは言わないだろう。楼閣が完成したら、次に寺院造りも父にやらせようと思った。
 『首里天閣(すいてぃんかく)』を建てた大工は見つからず、『会同館』や『天使館』を建てた大工に任せる事になった。『天使館』は三月に完成したので、丁度よかった。
 楼閣を建てるには屋台骨となる太い柱が必要だった。ヤンバル(琉球北部)から取り寄せるとなると冬まで待たなくてはならない。この辺りで手に入らないかと悩んでいたら、うまい具合に浮島にあった。百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)(正殿)を建てた時に余った丸太だという。長さ五丈(じょう)(約十五メートル)近くある太い丸太が五本もあった。五本の丸太を競争させて首里まで運ぼうと考えたのだった。
 首里(すい)、佐敷、島添大里(しましいうふざとぅ)、久米村(くみむら)、そして、今、浮島に来ているヤマトゥンチュ(日本人)にも参加してもらった。太さが三尺(約一メートル)以上もあるので担ぐ事はできない。首里グスクを造る時に、石垣の巨石を運んだ台車があったので、それを利用する事にした。各地区が百人づつ代表を出して、台車に乗せた丸太を綱で引いて浮島から運んだ。それぞれ守護神としてヌルが先導役になった。首里は馬天若ヌルのササ、島添大里はサスカサになったミチ、佐敷は佐敷ヌル、久米村はヌルがいないので、長史(ちょうし)の王茂(ワンマオ)の娘のワンルイリー(王瑞麗)が務め、ヤマトゥンチュは波之上権現(なみのえごんげん)の巫女(みこ)が務めた。守護神たちは白い着物に扇子を持って掛け声を掛け、守護神の補佐役の男が色分けした旗を振って先導した。
 勇ましいそのお祭りは大盛況だった。山南王(さんなんおう)が毎年やっている『ハーリー』に負けないほどの見物人があふれ、浮島から首里へと続く街道は声援が飛び交い、指笛が響き渡った。優勝したのは佐敷だった。途中までは首里が一位だったが、台車が壊れて佐敷に抜かれてしまった。
 浮島から運ばれた丸太は北曲輪に置かれた。北曲輪から西曲輪(いりくるわ)に上げるのは一苦労だが、人出があれば何とかなる。お祭りのあと、皆の顔は明るさを取り戻していた。
 お祭りの翌日、島添大里に帰ると佐敷ヌルがナツと話をしながら、サハチの帰りを待っていた。
「昨日はご苦労だったな」とサハチは佐敷ヌルにお礼を言った。
 お祭り好きな佐敷ヌルは先導役を見事に務め、首里の大通りに来てからは、丸太の上に飛び乗って掛け声を掛けていたのだった。揺れ動く丸太の上を飛び跳ねている佐敷ヌルの姿は、まるで天女が舞っているように見え、大喝采を浴びた。佐敷ヌルが丸太に上がるのを見ると、ササもサスカサも負けるものかと真似をした。ササの丸太は台車が壊れてこぼれ落ち、ササは大怪我をするところだったが、宙返りをして無事だった。佐敷ヌルのお陰でお祭りは盛り上がって、成功に終わったと言えた。
「凄かったわあ」とナツが言った。
 ナツも赤ん坊をおぶって、サハチの娘たちや佐敷ヌルの娘を連れて、侍女たちと一緒に首里まで見物に来ていた。
「お兄さんにお話があるの」と佐敷ヌルは真面目な顔をして言った。
「どうした、改まって」
「ヤマトゥ(日本)に行くって事は対馬(つしま)にも行くんでしょ」
「当然だ。シンゴ(早田新五郎)は対馬から来ているんだからな」
「シンゴの奥さんもいるのよね」
 サハチは佐敷ヌルの顔を見た。珍しく、気弱そうな顔付きだった。
「シンゴの奥さんに会うのが心配なのか」
「あたしの事を恨んでいるかもしれないわ」
 サハチは笑って、「一騒動、起きそうだな」と言った。
「笑い事じゃないわ」と佐敷ヌルは怒った。
「ナツさんから聞いたんだけど、ナツさんはお姉さんに土下座したらしいわ。あたしも土下座した方がいいのかしら」
「それは状況次第じゃないのか。シンゴはお前の事を奥さんに言っているのか」
 佐敷ヌルは首を振った。
「言っていないらしいわ」
「そうか。それじゃあ、そのまま知らせなくてもいいんじゃないのか」
「でも、気づくんじゃない。女の勘は鋭いから」
「そうだな。気づくかもしれんな」
「お兄さんはシンゴの奥さんを知っているの?」
 サハチは首を振った。
「俺が対馬に行った頃、仲のいい娘がいたけど、別の娘と一緒になったようだ」
「そうなの‥‥‥」
「成り行きに任せるしかないんじゃないのか」とサハチは言った。
 佐敷ヌルはうなづいて、笑った。
「お姉さん、イトっていう人に会うのを楽しみにしているわ」
「えっ、マチルギはイトに会うつもりなのか」
「イトさんと娘のユキにも会うって張り切っているわよ」
「参ったなあ」とサハチは困った顔をした。
 イトとユキは土寄浦(つちよりうら)から離れて、和田浦のさらに奥にある船越という所に住んでいる。去年、対馬に行ったジルムイやマウシたちは船越まで行って、ユキと会ったと言っていた。マチルギの事だから、わざわざ会いに行くに違いない。そこでも一騒動が起こりそうだった。
「お前、マチルギとイトを会わせないでくれ」とサハチは佐敷ヌルに頼んだ。
「あたしにお姉さんは止められないわ」と佐敷ヌルは首を振った。
 確かに、佐敷ヌルの言う通りだった。
「イトさんて誰なんですか」とナツが聞いた。
 サハチは答えなかった。二人に手を振ると自分の部屋に引き上げた。佐敷ヌルが説明しているに違いない。きっと、奥間(うくま)のサタルーの事も話すのだろう。ナツが自分を見る目が変わりそうだと思ったが、一々、言い訳するのも面倒だった。
 うっとうしい梅雨も上がった五月四日、毎年恒例の『ハーリー』が行なわれた。今年で、すでに十三回目になるという。山南王と同盟を結んでいるサハチのもとにも招待状が来た。招待状は毎年来ていたが、一昨年は戦後処理が忙しいと言って断り、去年は明国(みんこく)に行っていて留守だった。今年は断る理由はなかった。豊見(とぅゆみ)グスクに行くのは危険が伴うが、行かなければならない。サハチはウニタキと苗代大親(なーしるうふや)と奥間大親(うくまうふや)に警護を頼み、周到な準備をして、豊見グスクに向かった。
 ヂャンサンフォン(張三豊)とシンシン(杏杏)、ササとクルー夫婦を連れて、護衛の兵は十人にとどめた。クルーの妻のウミトゥク(思徳)はシタルー(山南王)の娘で、お嫁に来てから初めての里帰りだった。
 豊見グスクの周辺は凄い人出だった。十年ほど前、初めてハーリーを見に来た時の事をサハチは思い出した。毎年の恒例の旅で、あの時は佐敷ヌルも一緒だった。佐敷から出た事がなかった佐敷ヌルは、人の多さに驚いて呆然としていた。
 サハチが豊見グスクに来たのは今回で三度目になる。勿論、グスクの中に入った事はない。初めて来たのは二十年近くも前で、まだグスクは完成していなかった。サハチは気楽な気持ちでシタルー(当時は豊見グスク按司)に会うつもりだったが、マチルギとヒューガに止められて、訪ねるのをやめた。
 山南王の使者として明国に渡ったシタルーの父、汪英紫(おーえーじ)は考えを改めて、東方(あがりかた)を攻めるのをやめ、明国との交易に力を入れる事にした。そのために、浮島に近いこの地に新たなグスクを築いて豊見グスクと名付け、大(うふ)グスク按司だったシタルーを豊見グスク按司にした。豊見グスク按司となったシタルーは官生(かんしょう)として明国に留学して、帰国するとハーリーを始めた。毎年恒例となったハーリーのお陰で豊見グスクは栄え、城下も発展していった。山南王となったシタルーは島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに移って、長男のタルムイ(太郎思)が豊見グスク按司になった。タルムイの妻はサハチの妹、マチルー(真鶴)だった。
 マチルーがタルムイに嫁ぎ、シタルーの娘のウミトゥクがクルーに嫁いで、サハチとシタルーは同盟を結んだ。サハチが武寧を倒したあと、同盟は壊れるかと思ったが、シタルーが島添大里にやって来て、そのまま同盟を続ける事となった。同盟を結んでいるとはいえ油断はできない。お祭りの最中に騒ぎは起こさないと思うが、敵地に素手で乗り込むような心境だった。
 豊見グスクの南風原御門(ふぇーばるうじょう)は開け放されていた。警固の兵は御門の上の櫓(やぐら)の中と石垣の上に並んでいるが、グスクを開放しているようだ。グスクの中を見ると、大勢の子供たちが楽しそうに走り回っている。屋台も出ていて、酒や食べ物を配っていた。
 サハチたちは連れて来た護衛の兵たちに馬を預けて、グスクの中に入って行った。御門番も何も咎めなかった。ササを見ると大丈夫と言うようにうなづいた。
 高い石垣で囲まれたグスクの中は思っていたよりも広いようだ。御門の正面にも高い石垣があり、その先にも石垣があるようだった。
 二年前の戦(いくさ)の時、弟の佐敷大親(さしきうふや)は東方の按司たちと一緒に、このグスクを攻めていた。島添大里グスクを攻めた時のように高い櫓を作って、グスクの中を見たら、石垣は三重になっていたと言っていた。一番奥の一の曲輪(くるわ)に按司の屋敷があって、二の曲輪にも大きな屋敷があった。そして、今いる三の曲輪には城下の者たちが避難していたという。
 右の方を見ると厩(うまや)とサムレーの屋敷があり、高い物見櫓があって、その先は行き止まりになっていた。サハチたちはウミトゥクの案内で三の曲輪の左奥へと進んで行った。人混みの中をしばらく行くと、右側に二の曲輪へと続く御門があり、閉まっていた。御門から先はかなり広くなっていて、ハーリーを見るための階段状の物見台が作られてあり、そこは縄で囲まれていた。
「よく来たな」と声を掛けられて振り返るとシタルーがいた。王様の格好をしているのだろうと思っていたが、そんな事はなく、普段と変わらない格好だった。
「ウミトゥク、久し振りだな」とシタルーは娘との再会を喜んだ。
「ヂャンサンフォン殿もいらしてくれましたか。本場には負けますが、楽しんでいって下さい」
 シタルーはサハチたちを物見台の隣りにある仮小屋に連れて行った。招待された按司たちがいた。長卓(ながたく)を囲んで機嫌よさそうに酒を飲んでいる。
「おや、島添大里殿のお出ましか」と小禄按司(うるくあじ)が言った。
八重洲(えーじ)グスクの婚礼以来じゃのう。あのあと、どえらい事をやってくれたもんじゃ。まったく驚いたわ」
 嫌な雰囲気だった。小禄按司は武寧の従兄(いとこ)で、サハチを恨んでいるようだ。武寧の弟の米須按司(くみしあじ)と瀬長按司(しながあじ)、武寧の次男の兼(かに)グスク按司もいて、サハチの方を見ていた。特に睨んでいるというわけではないが、居心地はよくなかった。やはり、来るべきではなかったとサハチは後悔した。
「今日はお祭りです。過ぎた事は忘れて楽しくやりましょう」とシタルーが言った。
「そうじゃ。昔の事をとやかく言ってもしょうがない」と言ったのは具志頭按司(ぐしちゃんあじ)だった。
 具志頭按司はこの中では一番年長のようだ。口ではああ言っているが、島添大里按司だったヤフス(屋富祖)の義父だった。やはり、サハチを恨んでいるのかもしれない。
「そなた、八重瀬按司(えーじあじ)(タブチ)をすっかり手なずけたようじゃな。見事としか言いようがないのう」
 そう言ったのは米須按司だった。手なずけてなどいませんよと言おうとしたら、子供たちが大勢やってきた。子供たちを見ると皆、穏やかな顔付きになって子供たちを迎えた。皆、孫や子供を連れて来ているようだった。
 シタルーはいつの間にかいなくなっていた。サハチたちも長卓の周りにある腰掛けに腰を下ろして休んだ。ウミトゥクが気を利かせて酒とお菓子を持ってきた。サハチとクルーとヂャンサンフォンが一杯やっていると、妹のマチルーがやって来た。お嫁に行って以来の再会だった。
 マチルーはお腹が大きかった。お嫁に来て六年が経ち、奥方様(うなじゃら)としての貫禄も備わっていた。幸せそうな顔をしていたので、サハチは安心した。
「やっと来てくれたのね」とマチルーは言った。
 サハチは笑いながらうなづいた。
「来年はお父さんも連れて来てね」
「えっ、親父をか」
「もう三年も中山王(ちゅうさんおう)の龍舟(りゅうぶに)はないのよ。今、小禄按司が龍舟を出しているけど、やっぱり、中山王の龍舟がないと面白くないってみんな言っているわ」
「そうか。中山王の龍舟か‥‥‥」
「山南王もそれを望んでいるわ」
「シタルーもか」
 その事を親父に言えば、是非とも行こうと言うだろう。また、女たちを連れて行こうと言うに違いない。しかし、危険はないのだろうか。
「親父に相談してみるよ」とサハチは言った。
「お母さんにも会いたいわ。お母さんも一緒に来ればいいわ」
 王と王妃が一緒に来るとなると大事(おおごと)だった。
 マチルーはクルー夫婦と話をすると、またあとでと言って去って行った。マチルーと入れ替わるように李仲按司(りーぢょんあじ)が娘を連れて顔を出した。顔なじみのササとシンシンが李仲按司の娘と話し始めた。
 李仲按司がヂャンサンフォンの名を言って歓迎すると、「ヂャンサンフォン!」と誰かが大声で叫んだ。兼グスク按司だった。兼グスク按司は目の色を変えてやって来た。
「あのヂャンサンフォン殿なのですか」と兼グスク按司が誰にともなく聞いた。
武当山(ウーダンシャン)のヂャンサンフォン殿です」とサハチが答えた。
武当山‥‥‥懐かしい」
武当山に行ったのですか」とサハチが聞くと、
「ヂャンサンフォン殿を捜しに行ったのです。でも、会えなかった。まさか、琉球にいたなんて‥‥‥」と兼グスク按司は感動の面持ちでヂャンサンフォンを見ていた。
 フラフラしていて明国や朝鮮(チョソン)にも行った事があるとは聞いていたが、武芸に興味を持っていたとはまったく意外な事だった。
 兼グスク按司は島言葉とヤマトゥ言葉と明国の言葉まで混ぜて、ヂャンサンフォンを質問責めにしていた。
 突然、法螺貝(ほらがい)が鳴り響いた。
「始まるわ」とウミトゥクが言って、ササとシンシンを連れて物見台の方に向かった。按司たちも皆、子供たちに引っ張られて物見台に移動した。ヂャンサンフォンと真剣な顔して話し込んでいる兼グスク按司はハーリーどころではないようだが、話はまたあとにしようと言って、サハチたちも物見台に移った。
 物見台から国場(くくば)川に並んでいる四艘の龍舟がよく見えた。サハチは振り返って物見台の上の方を見た。ほとんどが子供たちだった。上段の中央にタルムイとマチルー夫婦の姿はあったが、シタルーはいなかった。武寧が生きていた頃は、上段に武寧とシタルーが並んで座っていたのだろうか。
 法螺貝がまた鳴り響いた。川を見下ろすと龍舟が一斉に走り始めた。鉦(かね)や太鼓の音が鳴り響いて、人々の声援も響き渡った。小禄按司は身を乗り出して、ひときわ大声で応援していた。いつも渋い顔をしている小禄按司のそんな姿は滑稽(こっけい)でもあったが、何となく、宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)(泰期)の息子らしいとも思えた。
 四艘の龍舟は抜きつ抜かれつしながら浮島の方へと向かって行った。龍舟の姿が見えなくなると、終わっちゃったと言いながら、子供たちは物見台から下りて、二の曲輪の石垣の近くにできている舞台の方に向かって行った。何か催し物が始まるのだろう。サハチたちは仮小屋に戻った。
 兼グスク按司の質問は続いて、ヂャンサンフォンは迷惑そうな顔もせずに答えていた。サハチとクルーは酒を飲みながら二人の話を聞いていた。ササとシンシンとウミトゥクは子供たちと一緒に舞台を見ていた。いつの間にか、シタルーも来ていて、按司たちと一緒に酒を飲んでいた。シタルーが李仲按司と一緒にサハチたちの所に来た。李仲按司も興味深そうにヂャンサンフォンの話に耳を傾けた。
 サハチはシタルーに誘われて仮小屋を出て、誰もいない物見台に行き、上段に座った。
 いい眺めだった。首里グスクがよく見えた。シタルーを見ると国場川を見下ろしていた。
「兄貴(タブチ)はまた明国に行ったらしいな」とシタルーは言って、サハチを見た。
 サハチはうなづいた。
「去年、中山が泉州の来遠駅(らいえんえき)に着いた時、すでに山南の者たちがいたのです。八重瀬按司が中山の船で来たので、山南の者たちと不穏な空気が流れたそうです。それで、サングルミー(与座大親)は八重瀬按司を来遠駅に残していったら騒ぎが起こると思って、応天府(おうてんふ)(南京)まで連れて行ったのです。明国の都を実際に見て、八重瀬按司も変わったのかもしれません」
「そうか。応天府まで行ったのか‥‥‥すると、今回も行く事になるな」
「山南の者たちが先に行っているので、八重瀬按司を応天府まで連れて行くように使者に頼みました」
「兄貴が考えを変えたか‥‥‥」
 そう言って、シタルーは苦笑した。
「親父に似てきたな」とつぶやいてサハチを見ると、「お前は武当山に行ったようだが、サングルミーとは別行動だったのか」と聞いた。
「去年の唐旅(とうたび)は、ファイチ(懐機)の里帰りだったのです。ファイチの両親は明国の内乱の時、殺されました。両親のお墓参りと親しかった友人に会うのが目的だったのです。友人にも会う事ができ、ファイチの師匠だったヂャンサンフォン殿にも会う事ができました。ファイチの両親のお墓は龍虎山(ロンフーシャン)にあって、道教の本山である龍虎山にも行って来ました」
「龍虎山か。行った事はないが、噂は聞いた事がある。応天府にも行ったのだろう」
「行きました。国子監(こくしかん)も見て来ましたよ。近くにある富楽院(フーレユェン)にも行きました」
 シタルーは笑って、「富楽院か。懐かしいな。サングルミーとよく一緒に行ったよ」
「やはり、そうでしたか」
「内乱の時も富楽院は無事だったんだな」
「内乱の時は皆、避難したそうですが、焼かれる事もなかったそうです」
「そうか。よかった」
「馴染みの妓女(ジーニュ)がいたのですね」
 シタルーはうなづいた。
「あの時、俺には五人の子供がいて、妻に任せっきりだったんだが、異国の地に来て、十歳も若いサングルミーと一緒になって遊んでいたんだ。妻には内緒にしてくれよ」
 シタルーはそう言ったが、サハチはシタルーの妻に会った事はなかった。シタルーの妻は武寧の妹だった。サハチを恨んでいるのに違いない。
「俺がハーリーを初めて見たのが、富楽院の隣りを流れている秦淮河(シンファイフェ)だったんだ。大勢の人が集まっていた。俺は国場川を思い出して、あそこでこれをやろうと決めたんだよ。来年のハーリーだが」と言ってシタルーはサハチの顔を見た。
「是非とも中山王に参加して欲しいんだ。ただ、ここに来るだけでなく、中山王として龍舟を出して欲しいんだ。色々と準備もあるので、誰か担当者を決めて、一月程前から準備に参加して欲しい。十三年前の一回目からずっと、中山王と山南王は参加していた。それが、三年前から中山王は参加していない。首里から見物に来る者も多くて、どうして中山王の龍舟がないんだと言っている‥‥‥二年前、お前に首里グスクを奪われて、俺はハーリーどころではなかった。ハーリーなんかもうやめてしまえと思ったんだ。しかし、庶民たちは毎年恒例のハーリーを楽しみにしているのでやめないでくれとあちこちから言われた。それでも、俺はやる気がなくて、タルムイに任せたんだ。タルムイの奴は豊見グスクの三の曲輪を庶民たちに開放した。マチルーから島添大里のお祭りの話を聞いて、そうしたと言った。今まで、豊見グスクはお祭りを主催していたが、庶民たちとは縁のない場所だった。王や按司たちの家族しか入れなかった。俺は様子を見に来て驚いた。グスクの中で子供たちが楽しそうに遊んでいた。すでに、ハーリーは庶民たちのものとなっていた事に気づかされたよ。そして、どんな事があっても、このお祭りは続けなければならないと思ったんだ。もう格式張った事はしない。中山王も孫たちを連れて、気楽にやって来てほしいんだ」
 サハチはシタルーを見つめた。何だか急に年齢(とし)を取ってしまったかのように思えた。
「わかりました」とサハチは言った。
「中山王に言えば、喜んで出て来るでしょう。じっとしているのが苦手な性分ですからね」
「頼む」とシタルーは頭を下げた。
 シタルーは立ち上がって海の方を眺めた。サハチも立ち上がって海を見た。キラマ(慶良間)の島々がよく見えた。
「丸太引きのお祭りも大盛況だったようだな。あれも毎年、やるつもりなのか」
「いえ」とサハチは首を振った。
 そんな事は考えてもみなかったが、毎年やるのも面白いかもしれないと思った。
 シタルーと別れて、仮小屋に戻ると兼グスク按司とヂャンサンフォンはまだ話し込んでいた。クルーの姿はなく、真壁按司(まかびあじ)が加わっていて李仲按司と話をしていた。
 しばらくして、子供たちがガヤガヤと戻って来た。舞台の催し物も終わったらしい。三人の子供を連れた美人が近づいて来て、兼グスク按司に声を掛けた。兼グスク按司の妻らしい。兼グスク按司の妻は山北王(さんほくおう)の妹だった。こんなにも美人だったなんて知らなかった。
 兼グスク按司は妻に先に帰るように言って、妻はうなづき、子供たちを連れて帰って行った。
 按司たちも腰を上げ、子供たちを連れて引き上げて行った。ササとシンシンとウミトゥクとクルーも戻って来たので、サハチたちも引き上げる事にした。
 兼グスク按司はグスクの外で待っていた兵たちを帰すと、たった一人でサハチたちに付いて来た。ヂャンサンフォンにもう少し聞きたい事があるという。まったく変わった男だった。
 帰り道に敵の襲撃があるかと思ったが、何事もなく、無事に島添大里に帰り着いた。ウニタキや奥間大親、苗代大親にも頼んで、周到な準備をしていたが、取り越し苦労に終わったようだった。

 

 

 

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