長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-39.娘からの贈り物(第二稿)

 マチルギと話したい事がいっぱいあったのに、飲み過ぎてしまい、朝起きたら、マチルギは首里(すい)に行ってしまっていなかった。
 ナツを呼んで、「昨夜(ゆうべ)、マチルギから旅の話を聞いたか」と聞くと、「楽しいお話を色々とお聞きしました」と明るく笑った。
 ナツは毎朝、マチルギたちの無事を、グスク内にあるウタキに祈っていた。みんなが無事に帰って来たので、嬉しくてたまらないのだろう。何の屈託もない笑顔だった。
「船を操(あやつ)った話は聞いたか」
「はい、驚きました。大きな御船(うふに)を女子(いなぐ)だけで操って、博多や朝鮮(チョソン)までも行って来たとおっしゃいました。そして、綺麗な雪を初めて見たと喜んでおりました。何もかもが真っ白になって、信じられない景色だったと言っておりました」
「そうか。お前は何を話したんだ」
「留守中の出来事をお話ししましたが、詳しい事はまだ話しておりません」
「メイユーとの試合は話したのか」
 ナツは首を振った。
「台風のお話はしましたが、メイユーさんと仲よくなった事はまだ話していません。昨日はもっぱら旅のお話を聞いておりました」
 サハチはうなづくと仕度をして首里に向かった。
 マチルギは御内原(うーちばる)で、初孫のジタルーの誕生を喜んでいた。ジタルーの母のユミは早くおうちに帰りたいと思っていたが、マチルギが帰って来るまでは御内原にいてくれと王妃に頼まれ、半年間も御内原で暮らしていた。
 サハチが顔を出した時は、マチルギ、佐敷ヌル、チルー、馬天ヌル、ササ、シンシンを囲んで、女たちが帰国祝いの宴を開いていた。宴と言っても酒を飲んでいるわけではなく、お菓子を食べながらお茶を飲んで、旅の話を聞かせていた。サハチはマチルギに、「夕方、屋敷で待っている」と告げて御内原を出た。
 百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)の二階に行くと、城女(ぐすくんちゅ)たちが掃除をしていた。完成した彫刻がいくつも壁際に立てかけてあった。思紹(ししょう)は北の御殿(にしぬうどぅん)で政務に励んでいるようだ。ヤマトゥの商人たちとの取り引きと三日後に出帆する進貢船(しんくんしん)の事で、何かと忙しいのだろう。
 サハチは窓から西曲輪(いりくるわ)を眺めた。馬天浜の『対馬館』の普請(ふしん)のために中断していた楼閣造りも再開していた。今年中には完成するだろう。シンゴに頼んだヤマトゥの瓦(かわら)も無事に届いた。できれば瓦を作る職人が欲しかった。来年、ヤマトゥか朝鮮から連れて来ようと思った。
按司様(あじぬめー)」と誰かが呼んだので振り返ると伊是名親方(いぢぃなうやかた)がいた。
「どうしたんだ」とサハチが聞くと、手がけている彫刻を完成させてから明国に行くと言った。
 三日後、伊是名親方はサムレー副大将として進貢船に乗り込む事になっていた。
「旅立ちの準備はできたのか」
 伊是名親方は笑ってうなづいた。
「まるで夢のようですよ。明国に行くなんて考えてもいない事でした」
「リェンリーには言ってあるのか」
「はい。でも、今頃は旧港(ジゥガン)(パレンバン)に向かっている頃です。会えません」
「そうだったな。向こうで会えなくても、帰って来てからこっちで会える。他人(ひと)の事は言えんが、嫁さんを悲しませるなよ。女の勘は鋭いからな」
「はい」と伊是名親方は真面目な顔をしてうなづいた。
「彫刻、頑張れよ」と言って、サハチは伊是名親方と別れ、首里グスクを出ると浮島に向かった。
 安里(あさとぅ)で馬を預け、渡し舟に乗って浮島に渡り、メイファンの屋敷に顔を出したが、ファイチはいなかった。ラオファンがいて、多分、進貢船の所だろうと言うので行ってみた。
 港にはヤマトゥの船がいくつも泊まっていて、大勢の人足たちが忙しそうに働いていた。ファイチは進貢船の見晴らし台の上から首里の方を眺めていた。サハチは進貢船に向かう小舟(さぶに)に乗せてもらって進貢船に上がった。久し振りに進貢船に乗ったら、また旅に出たくなってきた。
「サハチさん、どうしました」とファイチの声が上から聞こえた。
 サハチは見晴らし台に上がった。
「楼閣がよく見えます」とファイチは言った。
「あれが完成すれば首里が一目でわかります」
 サハチも首里の方を見た。普請中の楼閣がよく見えた。
「朝鮮から帰って来る頃には完成しているだろう」
「マチルギさんたち、無事に帰国したそうですね」
「早いな。もう知っているのか」
「ウニタキさんの配下の者が知らせてくれました。昨夜(ゆうべ)は進貢船の打ち合わせがありましたので、島添大里(しましいうふざとぅ)へは行けませんでした」
「みんな、元気に帰って来たよ。今、首里の御内原で帰国祝いをやっている」
「そうでしたか。本当に無事でよかった」
 サハチはうなづき、「朝鮮旅だが、進貢船で行こうと思っているんだ」とファイチに言った。
「わたしもその方がいいと思います。ヤマトゥ船(ぶに)で行ったら倭寇(わこう)と間違えられます」
「そこで聞きたいんだが、朝鮮に行った事がある火長(かちょう)(船長)は久米村(くみむら)にいるのか」
「わたしも調べました。火長や舵(かじ)取りなどの技術者は明国から船を賜わった時に、その船に乗ってやって来ます。中山王が明国から賜わった船は四隻です。それぞれ漢字の名前が付けられていて、仁字号船、礼字号船、忠字号船、信字号船の四つです。仁字号船は一度、礼字号船は二度、忠字号船は二度、朝鮮に行っています。信字号船だけは朝鮮に行っていません。この船が信字号船です」
 ファイチは今乗っている船を示した。
「この船は俺たちが明国に行く時に乗っていた船だな」
「そうです。一年間、休養して、今年、また明国に行きます。仁字号船と礼字号船はすでに廃船になっていて、火長たちは明国に帰っています。去年、明国に行ったのが忠字号船で、二度、朝鮮に行きましたが、二度目は嵐に遭ってヤマトゥの国の武蔵(むさし)という京都のさらに東の方に流されてしまいました。鎌倉のサムレーと取り引きをして、何とか、冬には帰って来ました。忠字号船の火長はチェンヨンジャ(陳永嘉)という男で、怖い物知らずといった感じの面白い男です」
「よかった。朝鮮に行った事がある火長たちがいれば、進貢船で行けるな」
 ファイチはうなづいた。
「一年間、遊ばせておくのは勿体ない。有効に使いましょう。商品の方は大丈夫ですか。進貢船で行くとなるとかなり積めますよ」
「大丈夫だ。充分に確保してある。進貢船で朝鮮に行くという事で、久米村の方も話を進めてくれ。今回、ヤマトゥに行ったクグルーが朝鮮の都の漢城府(ハンソンブ)まで行って来たんだ。一緒に行く事になっているので役に立つだろう」
「わかりました。楽しい旅にしましょう」とファイチは嬉しそうに笑った。
 久米村の料理屋で一緒に昼食を食べて、ファイチと別れた。若狭町(わかさまち)に行こうかと思ったがやめた。サハチの顔を知っている者と出会ったら大変な目に遭う。ヤマトゥの商人たちはサハチに取り入ろうと付きまとって離れないのだ。今晩はマチルギと話をしなければならない。まだ早いが真っ直ぐに首里に帰った。
 首里の大通りにある『まるずや』の前で、シラーとシンシンに出会った。
「今日は非番か」とサハチがシラーに声を掛けると、「三日後に明国に行くので準備をしています」とシラーは言った。
「なに、お前、明国に行くのか」
 サハチは驚いて馬から下りた。
「今年から、四番組に入ったんです。明に行けるのは半分の五十人だから新参者の俺は選ばれないだろうと思っていたんですが、なぜか、選ばれてしまいました」
「そうか、伊是名親方と一緒に行くのか。マウシとジルムイも行くのか」
「いえ、マウシは五番組、ジルムイは八番組です」
「ほう。みんな、ばらばらになったのか」
「マウシが師範(苗代大親(なーしるうふや))に頼んだのです。一番組にいたら明国に行けないので、他の組に移してくれって。それで、今年から移動になりました」
 一番組の大将は総大将の苗代大親だった。総大将が半年間も留守にするわけにはいかないので、一番組は明国には行かなかった。二番組の大将は兼久親方(かにくうやかた)で、兼久親方はすでに五十歳を過ぎ、今後を背負う若い者たちに行ってもらおうと遠慮した。一番組と二番組は明国に行けないので、苗代大親は一年毎に組替えをする事に決めたのだった。
「そうだったのか‥‥‥しっかりと明国を見て来いよ」
 サハチはシラーにそう言ってから、シンシンを見て、「半年振りに会えたと思ったら、また半年会えなくなるな」と言った。
 シンシンは笑って、「大丈夫」と言ってシラーを見た。
 二人と別れて馬に揺られながら、サグルーも明国に行かせた方がいいなと思った。今年は無理だが、来年、使者の従者として行かせようと決めた。
 雨がポツポツ降って来た。空を見上げると黒い雲が流れていた。首里グスクに行くのはやめて、屋敷に入った。留守にする事が多い屋敷だが、城女が掃除をしてくれるので綺麗になっていた。誰もいないと思っていたら、女が出て来て頭を下げた。
「誰だ?」とサハチは聞いた。
 顔は見覚えがあるが誰だか思い出せなかった。
「御内原にいるユイと申します」
 サハチは思い出した。思紹の側室の一人だった。
「どうして、ここにいるんだ」
「留守番です」
「王様(うしゅがなしめー)の側室が留守番?」
「気晴らしに丁度いいのです。交替で留守番をしております」
「マチルギが留守の時は誰もいなかったじゃないか」
「奥方様(うなじゃら)の留守中は留守番は必要ないと言われました」
「そうか‥‥‥」
按司様(あじぬめー)がお帰りになったので、わたしは失礼いたします」
「帰るのか」
「留守番ですから、按司様か奥方様がお帰りになれば、御内原に戻ります」
「気晴らしなんだろう。ゆっくりしていってもいいぞ」
「本当でございますか」とユイは嬉しそうに笑った。
「お前はもしかして、奥間(うくま)から来たのか」
 ユイはうなづいた。
「奥間から浦添(うらしい)の若按司の側室になったユリは知っているか」
「はい、知っております。わたしが側室になるための修行を始めて二年近く経った頃、浦添に嫁いで行かれました。浦添グスクが焼け落ちた時に助けられたと聞いておりますが、その後の事は知りません」
「今、佐敷にいる。お前も笛がうまいのか」
 ユイは首を振った。
「ユリさんに教わりましたけど、とてもあのようには吹けません。わたしが得意なのは碁(ぐー)です。王様にも勝ちました」
「ほう、そいつは大したもんだ。それじゃあ、一局参ろうか」
「えっ、碁盤(ぐばん)があるのですか」
「確か、もらい物があったはずだ」
 サハチが見つけて持ってくると早速、勝負を始めた。
 サハチが碁を始めたのは二年前の正月だった。父の思紹と同じように志佐壱岐守(しさいきのかみ)から教わった。こいつは面白いと一時は熱中したが、まだ初心者と言ってもいいほどの腕だった。
 碁に熱中しているとマチルギが帰って来た。ユイはマチルギの姿を見ると碁を打つ手を止めて、慌てて頭を下げた。
「申しわけございません。つい熱中してしまいました」
「いいのよ」とマチルギは笑った。
 ユイはもう一度頭を下げると去って行った。
「側室に留守番なんかさせて大丈夫なのか」とサハチは聞いた。
「大丈夫って?」
「逃げたりしないのか」
 マチルギは笑った。
「逃げても別に構わないわ。でも、逃げないでしょ。みんな、楽しくやってるもの」
「そうか‥‥‥」
「昨夜(ゆうべ)は何で、あんなにも酔ったの」
「特に飲み過ぎたわけじゃないんだが、お前たちが無事に帰ってくれたんで、急に気が緩んだんだろう」
「心配だった?」
「ああ、心配したさ。お前にもしもの事があったら、この先、どうやって生きていったらいいのかわからなくなってしまう」
「あたしも色々な事を考えたわ。忙しい毎日が続いたから、何かをゆっくりと考える暇もなかった。対馬の海で、山や星を眺めて、あなたや子供たちの事を思ったの。そして、これから何をやるべきかをね」
 御内原の侍女たちが料理を運んできた。酒の用意もあった。侍女たちが引き下がるとマチルギはサハチに酒を注ぎ、旅の話を始めた。
 伊平屋島(いひゃじま)の話から徳之島(とぅくぬしま)の話に移ると、マチルギは急に怒って、「徳之島按司が山北王(さんほくおう)に殺されちゃったのよ。いい人だったのに可哀想だわ。あなた、山北王はやはり討つべきよ。あたしにもちょうだい」
 そう言って、マチルギは酒を飲み始めた。首里グスクを奪い取る前、時々、マチルギと一緒に酒を飲んでいたが、一緒に酒を飲むのは久し振りだった。
「山北王を討つのは七年後ね」とマチルギはサハチを見た。
 サハチはうなづいたが、「相手の出方によっては早まるかもしれない」と言った。
「メイユーたちが鉄炮(てっぽう)を持って来たら早まるのね」
「そうだ。今帰仁(なきじん)グスクを攻めるには鉄炮は絶対に必要だ」
「メイユーは元気だった?」
「去年、琉球を去ったあと明国に行って、休む間もなく旧港(ジゥガン)に行き、旧港から戻るとすぐに琉球に向かったらしい。琉球に着いた途端に倒れて、しばらく寝込んでいたよ」
「そう」とマチルギはサハチの顔を見つめたが、それ以上、メイユーの事には触れずに、旅の話を続けた。
 宝島での嵐、黒潮越え、坊津(ぼうのつ)の一文字屋の事、壱岐島(いきのしま)で志佐壱岐守に歓迎された事、そして、博多の都で驚いた様々な事をマチルギは楽しそうに話した。
 サハチはマチルギの手に触れた。
「何よ」とマチルギはサハチを見た。
「昔を思い出したんだ。こうして、お前と二人だけで話し合うなんて久し振りだ」
「そうね。いつも、子供たちが騒いでいたものね」
「今、ふと、名護(なぐ)の木地屋(きじや)の屋敷にお世話になった時の事を思い出したんだ」
「まだ一緒になる前だったわね。あの時、今の状況になるなんて考えもしなかったわ。まして、ヤマトゥ旅に出るなんて‥‥‥本当にありがとう。ヤマトゥに行って、本当によかったわ」
 マチルギはサハチに寄り添い、サハチの手を握り締めた。
「どこまで話したか忘れちゃったわ」
「ごめん、博多で修理亮(しゅりのすけ)に出会った所までだよ」
「そうそう。修理亮はね、ヒューガさんのお師匠さんを捜していたのよ。ヒューガさんがその人のお弟子だと知って、対馬まで付いて来たの。対馬に着いてすぐだったわ。イトさんとユキちゃんが現れたの。もうびっくりしたわよ。しかも、あたしたちと同じサムレーの格好で現れるんだもの。あたしが想像していたイトさんとは全然違っていたわ」
「どんな想像をしていたんだ?」
「ユキちゃんはサイムンタルーさんの跡継ぎに嫁いだんでしょ。立派なお屋敷で、綺麗なヤマトゥの着物を着ているお姫様よ。イトさんはお姫様のお母さんだから、やっぱり、綺麗な着物を着て、お屋敷で上品に暮らしていると思ったわ」
「イトはちょっと違うが、ユキはお前と同じように俺も考えていた」
「それが全然違っていたのよ。しかも、イトさんは大きな御船(うふに)の船頭(しんどぅー)だったのよ。もう驚いて声も出なかったわ。すっかり、イトさんを尊敬しちゃったわよ」
「そうか。お前の事だから船越まで乗り込んで行くに違いないと思っていたが、イトに先手を取られた感じだな」
「会いたいでしょ」とマチルギはサハチを見た。
 サハチはうなづいた。
「もうすぐ会えるさ」
「ヤマトゥに行くのね」
「ヤマトゥだけじゃない。朝鮮にも行く」
「あたしも朝鮮に行って来たわ。あたしたちだけで、御船を操ってね」
「やはり、女の水軍を作るつもりなのか」
 マチルギは首を振った。
「マグサさんから聞いたけど、琉球の海は珊瑚礁があるから船を操るのは難しいって言っていたわ。対馬にいた時、毎日のように御船に乗っていたから、もう充分に気が済んだの。時々、小舟(さぶに)に乗って近くの無人島に行くだけで我慢するわ」
「無人島に何しに行くんだ」
「泳ぎに行くのよ。あたしたち対馬の海で裸になって泳いだのよ。気持ちよかったわ。それで、無人島に行って裸で泳ぐのよ」
「その時は俺も連れて行けよ」
「だめ」とマチルギは笑った。
「女だけで行くのよ」
「叔母さんも裸になったのか」
「叔母さんてどっちの? チルーは裸になったわ。馬天ヌルは別行動だったの。ヂャン師匠やヒューガさんたちと一緒に、対馬一周の旅に出たのよ。旅の途中、山の中で一か月間、修行を積んだらしいわ。ちょっと変わった修行で、馬天ヌルとササはシジ(霊力)を強めたのよ。ヒューガさんと修理亮は体が軽くなって、生まれ変わったようだって言っていたわ」
「ササは修理亮と一緒だったのか」
「そうよ。博多で出会った時から、マレビト神かもしれないって言っていたわ。ササとシンシンとシズの三人で修理亮を狙っていたのよ。でも、修理亮は女よりも武術に熱中していたわ」
「未だに三人の勝負はついていないのか」
「そうね。でも、シンシンはシラーが明国に行くって聞いたら、慌てて会いに行ったから、修理亮から手を引くんじゃないの。朝鮮からの帰りに対馬の八幡様に寄って来たのよ。木坂っていう所にあって、ヤマトゥ各地にある八幡様の大本(おおもと)らしいわ。大昔に神功皇后(じんぐうこうごう)っていうヤマトゥの王妃が朝鮮を攻めた時に、海の女神様から授かった八つの幡(はた)を浜辺に差して、凱旋(がいせん)を祝ったらしいの。その浜辺の近くにシジの強い山があって、そこに八幡様を祀ったのよ」
「ヤマトゥの王妃が水軍の大将になって朝鮮を攻めたのか」
「そうよ。対馬には勇ましい女の伝説が古くからあるのよ。イトさんが船頭になるのも当然の事なんだわ。それとね、八幡様というのはスサノオという神様で、『三つ巴』はスサノオの神紋(しんもん)らしいわ。三つの巴は、スサノオと奥さんと息子さんを現しているんだって、ササが言っていたわ。奥さんと息子さんの名前は忘れちゃったけど、三人の神様がヤマトゥの国を一つにまとめたんですって」
「『三つ巴』は親子を現していたのか‥‥‥」
「そうみたい。スサノオっていう神様は凄い神様らしいわ。対馬にはスサノオを祀った神社があちこちにあったってササは言っていた。スサノオの声を聞きたかったけど、聞く事ができなかったって残念がっていたわ」
スサノオか‥‥‥」
 サハチにはヤマトゥの神様の事はよくわからないが、『三つ巴』の神様なら、ヤマトゥに行った時、お参りしなければならないなと思っていた。
 マチルギはそばに置いてあった包みをほどくと、「お土産」と言って綺麗な袋に入っている細長い物をサハチに渡した。
「笛か」と言って、サハチは袋の中から中身を出した。やはり、笛だった。竹でできた笛だったが、横笛ではなく、縦笛だった。
「一節切(ひとよぎり)って言うのよ」
「どうやって吹くんだ」
「こうやるの」とマチルギは竹の先を口に当てて吹いたが、スーという息の音がするだけだった。
「難しいのよ。ジクー禅師が鳴らせるわ」
 サハチも真似してやってみたが、やはり、音は出なかった。口の位置や息の吹き方を工夫して何度かやって、ようやく、かすれたような音が出た。
「横笛が吹けるんだから慣れれば吹けるわよ」
「そうだな。ありがとう」
「これはイトさんから」と言って、マチルギは渋い色の着物をサハチに渡した。
「イトさんの手作りよ」
「そうか、ありがとう。ヤマトゥに行く時、着ていこう」
「これはユキちゃんから」と言って、黒い袋に入った細長い物を渡した。
 袋の中には長さ一尺ほどの短刀が入っていた。鮫皮の柄(つか)に頑丈そうな黒い鞘(さや)に入った見事な短刀だった。鞘から抜くと綺麗な刃紋が輝き、名刀だという事はすぐにわかった。しかも、龍の彫刻が彫ってあった。
「凄いな」とサハチは思わず言った。
備前(びぜん)の名刀らしいわ」
「まさしく名刀だよ」とサハチはうなづき、鋭い刃を鞘に納めた。
「ユキがよくこんな物を持っていたな」
「お嫁に来た時に、お祖父(じい)さんからいただいたらしいわ。守り刀にするようにって」
「サンルーザ殿からか」
 マチルギはうなづいた。
「守り刀を手放したらうまくないだろう」
「ユキちゃんはあなたがイトさんにあげた刀を守り刀にしているわ」
「あの刀を大切に持っていてくれたんだな」
 サハチは両手を合わせて、対馬にいる二人にお礼を言った。
 その夜、サハチとマチルギは夫婦水入らずで、酒をちょびちょび飲みながら、夜遅くまで語り合っていた。

 

 

 

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