長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-59.開京の将軍(改訂決定稿)

 ファイチ(懐機)は開京(ケギョン)(開城市)でヘグム(奚琴)を手に入れる事ができた。ナナだけでなく、浦瀬小次郎も一緒に来てくれた。開京には宿屋もちゃんとあって、食事も酒も提供してくれた。サハチ(琉球中山王世子)たちは宿屋に滞在しながら、五日間を開京で過ごした。
 都を囲んでいる城壁は二重になっていて、外側は高麗(こうらい)時代の古い城壁で、内側は朝鮮(チョソン)時代に築かれた新しい城壁だった。古い城壁と新しい城壁の間には家々がびっしりと建ち並び、大きな寺院もあり、寺院には高楼もあって、大通りの両側には二階建ての瓦(かわら)屋根の屋敷も並んでいた。漢城府(ハンソンブ)(ソウル)よりもずっと都らしさが感じられた。新しい城壁の南側に立派な門があったが、閉ざされていて中には入れなかった。門の上にある楼閣には守備兵がいて、城壁の中に宮殿があるという。
 ほとんどの人たちが漢城府に移って廃墟と化しているのだろうとサハチは思っていたが、かなりの人たちが暮らしていた。初代の王様が都を漢城府に移す時、財産や土地を所有している両班(ヤンバン)たちは猛反対した。何とか説得して都を移したが、旧都を破壊する事はできなかったらしい。役職に就いていない両班たちの多くは開京に住んだままで、上王(サンワン)となった先代の王様(李芳果)も仁徳宮(インドックン)という宮殿で気楽に暮らしているという。
 母親の生まれ故郷に来たウニタキ(三星大親)は感激していた。母親が見ていたであろう景色を瞼(まぶた)に焼き付けようとしているのか、黙って辺りを見回していた。噂では、高麗の王様が暮らしていた宮殿は無残にも焼け落ちているという。他にも宮殿はいくつかあるようで、上王がいる仁徳宮もその一つらしい。
 開京に楽器を作っている工房があった。元々は寺院に所属していたが、独立して芸人たちのために作っているという。楽器を売ってくれと言うと親方らしい男は渋い顔をして断ったが、ウニタキが三弦(サンシェン)を披露すると、興味深そうに三弦を見ていた。朝鮮には三弦はないらしい。三弦と交換するならいいと親方は言った。
 ウニタキが断るだろうと思ったが、ウニタキはそれでいいとうなづいた。ウニタキの三弦とヘグムを交換して、さらにヂャンサンフォン(張三豊)がテグムという大きな横笛を買い、サハチは明国(みんこく)の使者たちが行列の時に吹いていたスオナ(チャルメラ)によく似たテピョンソという笛を手に入れた。
 支払いは銭ではなく、布だった。朝鮮では布が銭の代わりに使われているという。小次郎が立て替えてくれた。
「三弦を手放して大丈夫なのか」とサハチが聞くと、
「あれは安物だ」とウニタキは笑った。
「旅の途中で壊れるかもしれないので安物を持って来たんだ。しかし、旅はまだ長い。三弦がないと心細いな」
 サハチは笑って、「それじゃあ、こいつの稽古をしろよ」とテピョンソを渡した。
「それは俺が吹くために手に入れたんじゃないんだ。来年、ヤマトゥ(日本)に行く使者たちの行列に使うつもりだ。琉球に帰って、それと同じ物を作らせて、稽古をさせるんだ。まだ吹き方もわからんが、お前が身に付けて、みんなに教えてくれ」
「暇つぶしになりそうだな」とウニタキはテピョンソを受け取って吹いてみた。
 音は鳴らなかった。
「あれ、難しいな」と言って、もう一度吹いてみると、情けないおならのような音がして、皆が笑った。
「頑張れよ」とサハチはウニタキの肩をたたいた。
 ンマムイ(兼グスク按司)が妓楼(ぎろう)(遊女屋)を知っているというので行ってみたが、すでになく、草茫々で空き家になっていた。
「どうせこんな事だろうと思ったよ」とウニタキが笑った。
「可愛い妓女(キニョ)がいたのになあ。どこに行ってしまったんだろう」
 ンマムイが嘆いていると、「俺の知っている妓楼に行こう」と小次郎が言った。
「一流の妓楼です。ただし、今晩ではありません。一流の妓楼は行けばすぐに上がれるというわけではないのです。明日か明後日の晩になると思いますが、楽しみにしていて下さい」
「あたしも連れてって」とナナが言った。
「一流の妓楼という所を見ておきたいわ」
 小次郎は苦笑しながらうなづいた。
 それから二日後の夕方、サハチたちは妓楼に繰り出した。川のほとりに建つ妓楼はけばけばしくなく落ち着いた雰囲気で、立派な庭園もあって、見るからに高級そうな妓楼だった。
「取り引きをしている妓楼なんです」と小次郎がサハチに言った。
「丈太郎(じょうたろう)さんから皆さんを連れて行ってくれと頼まれていたのです」
「何だ。そうだったのか」
「開京一、いえ朝鮮一の妓楼でしょう。両班(ヤンバン)でもしかるべき者の紹介がなければ、ここには入れません。勿論、妓女も一流です。富山浦(プサンポ)(釜山)の遊女屋のように、簡単に床入りはできません。妓女をものにするには、それなりの散財をしなければならないのです」
「明国の『富楽院(フーレユェン)』と同じだな」とウニタキが言って、「朝鮮の一流の妓女を拝めるとは嬉しいねえ」とンマムイを肘でつついた。
 サハチたちが庭園に咲く綺麗な花を眺めながら屋敷に近づくと、美しい妓女たちがぞろぞろと現れた。着ているのはチマチョゴリだが、色が鮮やかで、形も洗練されているように見えた。複雑に結い上げた髪には美しい髪飾りが光り、手には日本の扇子を持っていた。七、八人現れたが、美人ばかりで目移りがした。
 艶(あで)やかな妓女たちに案内された部屋には先客がいた。両班の格好をした貫禄のある男だった。豪華な料理が並べられた長卓の向こう側で腕を組んで座っている。
 部屋を間違えたのではないかとサハチが小次郎を見ると、「お屋形様です」と小声で言った。
「えっ!」とサハチは驚いて、もう一度、男を見た。
 男は笑って、「久し振りじゃのう」と片手を挙げた。
「サイムンタルー殿」と言って、サハチは男のそばまで行った。
 あまりにも突然の出現に、サハチはサイムンタルー(早田左衛門太郎)の顔を見つめるだけで言葉が出て来なかった。何年振りの再会なのだろうか。十年以上は経っている。その十年間でサイムンタルーの顔付きはすっかり変わっていた。お屋形様としての貫禄が充分に備わって、父親のサンルーザ(三郎左衛門)にそっくりになっていた。
「お前が朝鮮に来たと知らせを受けた時、わしは初めて琉球に行った時の事を思い出したんじゃ。一緒に琉球を旅して、各地のグスクを見て回った。その時、お前は中山王(ちゅうざんおう)を倒すと言った。わしはそれを聞いて、馬鹿なガキじゃと思っておった。しかし、お前は自分が言った通り、見事に中山王を倒した。まったく、大したもんじゃよ。お前と一緒に酒が飲みたくなってな。こうして、やって来たわけじゃ」
 サハチも当時を思い出していた。クマヌ(中グスク按司)の案内で、サハチ、サイムンタルー、ヒューガ(日向大親)の四人で琉球各地を巡る旅をした。あちこちのグスクを見て、初めて浮島(那覇)に行って驚いたのもあの時だし、初めて奥間(うくま)に行って長老たちに歓迎されたのもあの時だ。宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)(泰期)に出会ったのもあの時だし、マチルギと出会ったのもあの時だった。見る物すべてが新鮮で、楽しい旅だった。旅から帰って、サハチは父に中山王を倒して琉球を統一すると言った。そのあと、でかい事を言い過ぎて、急に恥ずかしくなったのだった。
「今はどちらにいるのですか」とサハチはサイムンタルーに聞いた。
「北の方じゃ。黄海道(ファンヘド)という所の海を守っている。明国の山東(シャントン)半島と向き合っている所でな、明国に向かう倭寇(わこう)が必ず通って行く所なんじゃよ。そこで倭寇の取り締まりをしているんじゃ。まあ、夜は長い。酒を飲みながらゆっくりと話そう」
 みんなが席に着いて、妓女たちも男たちの間に入った。ナナも男装して加わっていた。サハチは琉球から来た者たちをサイムンタルーに紹介した。
「みんなの事はシンゴ(早田新五郎)からの手紙で知っている。ヂャンサンフォン殿は明国で有名な武芸者、ファイチはサハチの軍師、ウニタキは裏の組織でサハチを守っているそうじゃのう。ンマムイは先代の中山王(武寧)の倅だと聞いている。敵の倅まで連れて来るとは、相変わらず、お前は面白い男じゃのう」
 まず、再会を祝して乾杯したが、言葉が通じないので、美女たちがいても場は盛り上がらなかった。ナナと小次郎がしきりに通訳をしていた。妓女たちの事は二人に任せて、サハチはサイムンタルーに朝鮮に来てからの事を色々と聞いていた。
 十三年前の十二月、サイムンタルーは朝鮮の軍船に囲まれた。鉄炮(てっぽう)(大砲)を積んでいる軍船だった。戦っても負けると判断したサイムンタルーは投降の意を示して、長男の藤次郎を人質に差し出した。一旦、対馬(つしま)に戻ったサイムンタルーは翌年の四月、八十人の家臣を引き連れて朝鮮に投降した。
 サハチがどうして投降したのですかと聞くと、
「時代の流れというものかのう」とサイムンタルーは言った。
「余りにも多くの者たちが亡くなった。わしらもそうじゃが朝鮮もそうじゃ。初代王の李成桂(イソンゲ)は高麗を倒した時、従わなかった多くの有能な武将を殺した。殺しすぎて、倭寇を退治する武将が足らなくなったらしい。そこで、投降して来た倭寇に官職を与えて俸禄(ほうろく)を出して、倭寇退治をさせようと考えたようじゃ。わしらに投降を勧めた敵の武将がいい奴だった事もある。奴とは未だに仲よく付き合っておるんじゃよ」
倭寇倭寇を退治させるなんて、実際にそんな事ができるのですか」
「退治と言っても殺すわけではない。投降を勧めたり、交易を勧めたりしているんじゃよ。朝鮮としては倭寇が減ればそれでいいんじゃ。どうしても言う事を聞かない奴らは殺す事もあるがのう」
「効果はあったのですか」
「ある程度はな。倭寇がなくなる事はあるまい。ただ、昔のように大船団でやって来る事はもうない。十隻や多くても二十隻程度じゃな。それに今、倭寇にさらわれた者たちを朝鮮に送り返して、その見返りとして『大蔵経(だいぞうきょう)』を求める事が流行っている。倭寇にさらわれた者がいなくなると困るんじゃよ。人買いを専門にやっている倭寇もいるようじゃ」
「敵対している対馬倭寇を倒しているとイトから聞きましたが、それは本当なのですか」
 サイムンタルーは笑った。
「わしもお前に負けられんからのう。対馬を統一しようと思っているんじゃよ」
対馬の守護の宗讃岐守(そうさぬきのかみ)と富山浦(プサンポ)で会いましたよ。奴を倒すのですか」
「いつかは倒さなくてはなるまいな」
「今、サイムンタルー殿が乗っている船には鉄炮を積んでいるのですか」
「ああ、積んでいるぞ。鉄炮というのは凄い物じゃよ。ただ、敵の船に命中させるのはかなり難しい。訓練を積めば身に付くんじゃが、火薬が貴重なので、充分な訓練ができんのじゃよ」
「サイムンタルー殿は火薬の作り方を知っているのですか」
「火薬の製造法は極秘事項になっているんじゃ。『軍器寺(クンギシ)』という役所で造っているんじゃが、火薬の製造法を知っている者はほんの数人だけじゃろう」
「火薬は明国で発明されて、その製造法は明国でも秘密にしているのに、朝鮮はどうして、火薬の作り方を知っているのですか」
「高麗の末期に『崔茂宣(チェムソン)』という男がいて、そいつが明国から来た商人から教わったと言うが、商人が火薬の作り方を知っているはずはない、試行錯誤を重ねたあげく、火薬の作り方を見つけ出したんじゃろう。今から三十年余り前の事じゃという。奴は火薬だけでなく、鉄炮も作って、それを船の上に乗せた。奴の鉄炮で土寄浦(つちよりうら)一帯は焼け野原になってしまったんじゃ。崔茂宣は亡くなってしまったが、倅が跡を継いで、様々な武器を開発しているようじゃ。去年、いや、一昨年(おととし)か、火薬を使った新しい武器を披露したんじゃが、その時、北山殿(足利義満)が朝鮮に送った使者もそれを見ていて、腰を抜かすほどに驚いたそうじゃ。日本にはまだ火薬はないからのう」
「そうだったのですか。琉球も火薬と鉄炮が欲しいですよ。それがあれば、琉球を統一するのも簡単です」
「それは言えるな」とサイムンタルーは笑って、肉料理をつまんだ。
 サハチも肉料理を食べてみた。胡椒(こしょう)が効いていてうまかった。小次郎はこの妓楼と取り引きをしていると言っていたが、胡椒やタカラガイを売っているようだった。妓女たちのノリゲ(着物に付ける装飾品)にタカラガイが光っているのをサハチは気づいていた。漢城府で流行っているタカラガイは開京でも流行っているようだ。
「崔茂宣の倅で思い出したんですけど、人質になった長男の藤次郎殿はどうして亡くなったのです?」
 サハチは以前から気になっていた事を聞いてみた。
「流行病(はやりやまい)にやられたんじゃよ。というのは表向きの事でな、実は殺されたんじゃ」
「えっ!」とサハチは驚いた。
 藤次郎は六郎次郎よりも八つ年上だった。サイムンタルーの跡継ぎとして、十六歳から船に乗って活躍して、人質になったのは十八歳の時だと聞いている。
「殺したのは倭寇に親父を殺された両班の倅だった。親の敵(かたき)を討つために、藤次郎をずっと付け狙っていたらしい。藤次郎はわしの家臣の源次郎と孫左衛門と一緒に人質になったんじゃ。わしがまだ対馬にいた時に漢城府に行き、李成桂と会って、官職を授かり、屋敷も賜わった。わしが投降して漢城府に行った時、これからの事をじっくりと語り合った。それから二か月後、藤次郎はあっけなく亡くなってしまったんじゃ」
 サイムンタルーは首を振って、酒を飲んだ。
 サハチは長男のサグルーの事を考えていた。もし、サグルーが殺されたら、殺した奴は絶対に許せない。八つ裂きにしても物足りなかった。家族たちも皆殺しにするかもしれなかった。
「殺した奴は捕まえたのですか」とサハチは聞いた。
「源次郎が斬り捨てた。一緒にいたんじゃが、ちょっと目を離した隙に、藤次郎はやられたらしい。奴もそれなりの武芸は身に付けていたんじゃが、異国に来て浮かれていたのかもしれんな。事件は闇に葬られて、病死という事になったんじゃ。藤次郎が亡くなって、末の弟の左衛門五郎が新たな人質として対馬からやって来た。漢城府で暮らしていたんじゃが、三年前、全羅道(チョルラド)に倭寇退治に出掛け、嵐に遭って溺死してしまった。源次郎も一緒に船に乗っていて、亡くなってしまったんじゃよ。余りにも犠牲者が多すぎる」
 末の弟の左衛門五郎とはシンゴの下の弟だろうが、サハチには会った記憶はなかった。サイムンタルーの兄弟は、兄の次郎左衛門と弟の左衛門次郎が戦死し、末っ子の左衛門五郎も海で亡くなった。六人兄弟で三人が亡くなって、残っているのはサイムンタルーとシンゴ、五島にいる左衛門三郎だけになっていた。サイムンタルーが言うように、余りにも犠牲者が多すぎた。
 サハチはサイムンタルーの盃に酒を注いだ。今、気づいたが、それは朝鮮の酒だった。明国の酒に似た強い酒だった。開京にはお寺があった。そのお寺で造っている酒だろうかとサハチは思った。
 サイムンタルーは酒を飲んで、サハチを見て笑うと、「六郎次郎がお前の娘と一緒になると聞いた時は驚いたぞ」と言った。
「わしがユキを最後に見たのは、ユキが十歳の時じゃった。可愛い娘じゃったのう。イトに負けずに美人になるじゃろうと思った。六郎次郎より一つ年下で、嫁さんに丁度いいと思っていたんじゃよ。しかし、六郎次郎は船越にいる。出会う事もあるまいと思っていたんじゃが、運命というものかのう。二人が出会って結ばれるとは本当に喜ばしい事じゃと思ったぞ」
「俺も驚きましたよ」とサハチは言った。
「ミナミにも会ったのか」とサイムンタルーは聞いた。
 サハチはうなづいて、「可愛い孫娘です」と言った。
「おう、そうか。会いたいのう」
対馬にはもう帰れないのですか」
「いや、何としても帰るつもりじゃ」
「帰れるんですか」
 サイムンタルーはうなづき、「策がある」と言って笑った。
「今度はお前の活躍を聞かせてくれ。わしが最後に琉球に行った時、サグルー(思紹)殿はキラマ(慶良間)の島で兵を育てておった。そのあと、どうなったんじゃい」
 サハチは父が中山王になるまでのいきさつを簡単に説明した。
「なに、新しく造っていた首里(すい)グスクを奪い取って、浦添(うらしい)グスクを焼き討ちにしたのか」
「焼き討ちにするだけなので、大軍は必要ありません。ウニタキの配下の者たちで焼き討ちにしたのです」
「奇抜な作戦じゃのう」
「ファイチが考えた作戦です」
「ほう、そうか」とサイムンタルーはサハチを見ながら嬉しそうな顔をしてうなづいた。
「高麗の都だった開京で、お前とこうして酒を飲んでいるなんて、あの頃、想像もできなかった事じゃな」
「本当ですよ。サイムンタルー殿が朝鮮に投降したと聞いた時は、牢屋にでも閉じ込められて、首を刎ねられてしまうのではないかと心配しました」
 サイムンタルーは大笑いをして、真顔に戻ると、「まだまだ先があるな」と言った。
「お前はいつの日か、琉球を統一するじゃろう。わしも負けてはおれんぞ」
「サイムンタルー殿は、こちらでは林温(イムオン)将軍でしたね」
「そう呼ばれておる。日本には将軍様は一人しかおらんが、朝鮮には何人もおる。それでも、将軍と呼ばれるのは気分がいいもんじゃよ」
「この妓楼も将軍として、何度も利用しているのですか」
「まあな。どこの国の男も皆同じじゃ。美女がいれば、話もうまくまとまるという事じゃな」
「王様もここに来るのですか」
漢城府にはこんな妓楼はないからのう。気晴らしに来ているようじゃな」
 いつの間にか、ウニタキが三弦を弾いていた。ウニタキが持っていた三弦よりも一回り大きいようだった。この妓楼にあったのだろうか。サハチもサイムンタルーも話をやめてウニタキの歌に耳を傾けた。
 歌が終わると妓女たちが拍手を送った。やはり、言葉はわからなくても音楽はわかり合えるのだとサハチは思った。
「うまいもんじゃのう。何となく琉球が感じられる。キラマの景色が目に浮かんだよ。琉球にもまた行きたくなって来た。そう言えば、シンゴの奴がお前の妹といい仲になったらしいのう。あんな美人をものにするとはシンゴを見直したよ。奴もよくやってくれるので助かっている」
「シンゴは毎年、琉球に来てくれます。本当に助かっていますよ」
 ウニタキがお前の一節切(ひとよぎり)を披露しろと言った。サハチはうなづいて、一節切を吹き始めた。
 サイムンタルーとの思い出をサハチは一節切の調べに乗せていた。琉球を一緒に旅をして、マチルギと出会った時もサイムンタルーはそばにいた。奥間(うくま)村で一緒に剣術の稽古に励み、対馬に来たサハチが琉球に帰る時には、サイムンタルーの船に乗って帰った。それから五年後、サイムンタルーは琉球に来て、イトがユキを産んだ事を教えてくれた。三年後に来た時はキラマにいる若者たちのために食糧を運んでくれた。そして、今、十三年振りに再会した。
 サハチの曲が終わると皆、シーンとしていた。涙を浮かべている妓女もいた。サイムンタルーも泣いていた。
 サイムンタルーは涙を拭うと、「何という奴じゃ」とサハチに言った。
 皆が拍手をして、様々な事をしゃべり出した。
「みんな、感動しています」とナナが涙を拭きながら言った。
「笛の調べを聞いて泣いたのは初めてじゃよ」とサイムンタルーは言った。
「なぜか、故郷が思い出されてのう。急に対馬に帰りたくなったわい」
 今度は妓女たちが琴を披露した。明国の音楽とも違う、朝鮮らしい曲だった。ヘグムを披露する妓女もいた。ファイチは真剣な顔をして聴いていた。テグムを披露する妓女もいた。今度はヂャンサンフォンが真剣な顔をして聴いていた。
 サハチたちは手振り身振りで妓女たちと会話をして、合奏をしたり、歌を歌ったりして夜が明けるまで、楽しい時を過ごした。
 サイムンタルーは一睡もせずに、馬に跨がると北へと帰って行った。どこにいたのか、三人の従者を従えていた。
「楽しい夜じゃった。お前に会えてよかったぞ」とサイムンタルーは笑って、うなづいた。
「今度はどこで出会うのか楽しみじゃのう」
「きっとまた意外な所かもしれませんね」とサハチも笑った。
 サハチはサイムンタルーの後ろ姿を見送った。

 

 

 

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