長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-65.龍天閣(改訂決定稿)

 十二月二十四日、サハチ(島添大里按司)たちは無事に琉球に帰国した。あとを付いて来た旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船も無事だった。
 サハチたちは休む間もなく、旧港の人たちの接待に追われた。首里(すい)の大役(うふやく)たちに知らせて歓迎の宴(うたげ)の準備をさせ、久米村(くみむら)の人たちにも手伝ってもらって酒や料理を用意した。旧港の人たちは『天使館』に入って、長旅の疲れを癒やした。
 歓迎の宴の準備が整ったのを確認すると、あとの事は大役とファイチ(懐機)、ヂャンサンフォン(張三豊)に任せて、サハチとウニタキ(三星大親)は首里に向かった。すでに、使者たちは先に首里に帰って、思紹(ししょう)(中山王)に旅の成果を報告していた。
 首里グスクの高楼は完成していて、西曲輪(いりくるわ)にそびえ立つ高楼は城下の大通りからよく見えた。三階建ての建物は、かつての『首里天閣(すいてぃんかく)』を思い出させた。
「都らしくなってきたな」とウニタキが高楼を見ながら嬉しそうに言った。
「あとはお寺(うてぃら)だ」とサハチは笑った。
 北曲輪(にしくるわ)には孔雀(コンチェ)がいて、綺麗な羽を広げて歓迎してくれた。出迎えに来たマチルギのお腹が大きくなっていた。サハチは孔雀よりもマチルギのお腹に驚いた。
「お帰りなさい」とマチルギは恥ずかしそうな顔をして言った。
「ただいま」とサハチは笑って、「上出来だ」と言った。
 マチルギのお腹の事も、高楼の事も、今回の旅も皆、上出来だった。
 近くで見る高楼は思っていたよりも立派だった。百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)(正殿)のように赤く塗られ、黒い屋根瓦と調和して美しかった。屋根の下には思紹たちが彫った彫刻がいくつも飾られてあった。中に入ると三階まで貫いている四つの太い柱があった。まだ何も置いてない。階段が東側と西側に二つあった。
「どうして階段が二つもあるんだ?」とサハチが聞くと、「上り用と下り用よ」とマチルギは言った。
「敵に攻められた時、階段が一つだと逃げ場がないでしょ。それに来年のお祭り(うまちー)で、ここを公開するつもりなの。階段が一つだと混雑するでしょ」
「成程。よくそんな事まで気づいたな」
「王様(うしゅがなしめー)が気づいたのよ」
 階段を登って二階に上がった。マチルギも付いて来たので心配したが、「まだ大丈夫よ」と笑った。
 二階の部屋にも何もなかった。回廊に出てみると、いい眺めだった。サハチとウニタキは回廊を一回りした。
 留守にしていたのは八か月に過ぎないが、城下の家々は増えていた。特にグスクの南側の発展は凄かった。以前は樹木が生い茂っていた森だった。山南王(さんなんおう)のシタルーが抜け穴の出口を作った辺りが切り開かれて、家々が建ち並んでいる。島添大里(しましいうふざとぅ)や佐敷から移り住んできた人たちの家だった。
「俺たちが留守にしていた間にも、都はどんどん成長しているな」とウニタキが言った。
「まるで、生き物のようだ」とサハチはうなづいた。
「これからお寺をいくつも建てるとなると人々はもっと集まって来るだろう」
「京都に負けない素晴らしい都にしなくてはな」
「京都か、でかく出たな。あそこは六百年の都だぞ」
「ここも六百年経っても都であるような、そんな都にしたい」
 ウニタキはサハチを見ながら笑っていた。
 三階で思紹と馬天(ばてぃん)ヌルが待っていた。三階の部屋には綺麗な茣蓙(ござ)が敷いてあって、お膳の上にお茶の用意がしてあった。
「無事に帰って来たか」と思紹はよかったと言うように何度もうなづいた。
 口髭だけ伸ばして、頭は綺麗に剃っていた。東行法師(とうぎょうほうし)になって出歩いていたに違いないとサハチは思った。
「うまく行きました」と言って、サハチは思紹の前に座って、旅の成果を話した。
「なに、将軍様足利義持)に会ったのか」と思紹が驚いた顔をして聞いた。
 マチルギも馬天ヌルも驚いた顔をしてサハチを見ていた。
「運がよかったのです。それと、マチルギのお陰でもあります」
「あたしのお陰?」
 サハチはうなづいて、高橋殿の事を話した。
「その高橋殿って、ウニタキのような事をしているの?」とマチルギが聞いた。
「そのようだ。裏の組織を持っているようだ」
「ヤマトゥ(日本)の将軍様もそういう組織を持っていたんだ。でも、女の人がお頭を務めているなんて凄いわね」
「確かに凄い人だよ。お前と気が合いそうだと思ったよ」
 マチルギは笑って、「会ってみたいわ」と言った。
 サハチが琉球の様子を聞くと、山北王(さんほくおう)(攀安知)も山南王(シタルー)も特に動いてはいない。ただ、タブチ(八重瀬按司)が動いて、具志頭按司(ぐしちゃんあじ)を入れ替えたという。
「タブチの留守中にシタルーの娘が、具志頭の若按司に嫁いだの。タブチは明国(みんこく)から帰って来て、その事を知ったけど、別に動く事はなかったわ。でも、隠居した先代の具志頭按司が亡くなった一月後、タブチは具志頭グスクを急襲して、按司と若按司を殺して、ヤフス(先代の島添大里按司)の息子を具志頭按司にしたのよ」
「なに、ヤフスの息子が具志頭按司になったのか」
「そうなのよ。新しい按司の奥さんは米須按司(くみしあじ)の娘なの。具志頭の攻撃の時、米須按司は動かなかったけど、裏でつながっているような気がするわ。米須按司は山南の進貢船(しんくんしん)に乗って明国に行ったのよ。向こうで、タブチと米須按司は仲よく都見物をしていたらしいわ」
「そうか‥‥‥」
「それと、具志頭の若按司に嫁いだシタルーの娘なんだけど、シタルーのもとに帰ってから、女子(いなぐ)サムレーになるって言って、今、兼(かに)グスク按司(ンマムイ)の阿波根(あーぐん)グスクに通って剣術を習っているわ」
「ほう。そいつは面白いな」
「今、東方(あがりかた)では女子サムレーが流行っているのよ。玉グスクでは娘のウミタルが女子サムレーを作って、知念(ちにん)ではマカマドゥ(若按司の妻、サハチの妹)が作ろうとしているわ」
「兼グスク按司は大丈夫じゃったのか」と思紹が聞いた。
「イハチとクサンルーと仲よくやっていましたよ」
「敵だか味方だか、わからん奴じゃのう。奴は武寧(ぶねい)(先代中山王)の息子というより、山北王の妹婿じゃ。その事でシタルーに使われるんじゃないのか」
「その事は本人もよく承知しています。琉球に帰ったら今帰仁(なきじん)に行く事になるかもしれないと言っていました」
「そうか。いよいよ、シタルーが動き出すか‥‥‥ところで、この楼閣の名前なんじゃが、『龍天閣(りゅうてぃんかく)』というのはどうじゃ?」
「『龍天閣』ですか‥‥‥龍が天に羽ばたく高楼ですね。いいんじゃないですか」
 思紹は満足そうにうなづいて、「決まりじゃな」と言って、壁に伏せておいてあった扁額(へんがく)を見せた。龍天閣と書かれた見事な字が彫ってあった。
「親父の字ですか」とサハチが聞くと、
「わしにこんな字が書けるか」と思紹は言った。
「南泉禅師(なんせんぜんじ)の字をわしが彫ったんじゃよ」
「素晴らしいですね」
 その夜、『会同館(かいどうかん)』で帰国祝いの宴が開かれて、長旅の疲れを癒やした。皆、久し振りに口にする琉球料理に喜んでいた。
 サハチはマチルギからメイユー(美玉)たちの事とファイチの家族が無事に帰って来た事を聞いた。
「メイユーはあなたの側室になったわよ」とマチルギは世間話のように言った。
「えっ?」とサハチはマチルギを見た。
 マチルギは九年母(くにぶ)(みかん)を食べていた。いよいよ来たなとサハチは思った。メイユーの事を持ち出して、今度は何をしたいと言い出すのだろうか。マチルギの言葉を待ったが、マチルギはその後、何も言わず、ササたちの話を笑いながら聞いていた。
 次の日、ファイチとヂャンサンフォンが旧港の使者たちを連れて首里に来た。使者たちは思紹に挨拶をして、首里を見物してからファイチと一緒に浮島(那覇)に帰ったが、シーハイイェン(施海燕)とツァイシーヤオ(蔡希瑶)はササたちとどこかに行き、シュミンジュン(徐鳴軍)はヂャンサンフォンと一緒に島添大里に行った。
 サハチが思った通り、ササとシーハイイェンは仲よくなっていた。博多を出て最初に寄った壱岐島(いきのしま)で、ササとシーハイイェンは出会った。ササ、シンシン(杏杏)、シズ、ナナ、三人の女子サムレーの七人とシーハイイェンの方もツァイシーヤオの他に五人の娘たちを連れていた。
 お互いに睨(にら)み合って喧嘩が始まるかに思えたが、「あたしたちみんな、ヂャン師匠の弟子なのよ」とササが言うと、「同門だわね」とシーハイイェンが言った。ササとシーハイイェンが軽く手合わせをして、相手の実力を確かめると、お互いに笑い合って仲よくなっていた。それからは島に立ち寄る度に、行動を共にしていた。宝島ではササと一緒にシーハイイェンも神様扱いされて、シーハイイェンは目を丸くして驚いていた。
 ヤマトゥから来た一徹平郎(いってつへいろう)、源五郎、新助、栄泉坊(えいせんぼう)の四人は、浦添按司(うらしいあじ)となって浦添に移ったために空いていた當山親方(とうやまうやかた)の屋敷に入った。今年もあとわずかだが、旅の疲れを取って、来年からは寺院造りに精を出してくれとサハチは頼んだ。チョル夫婦は中堅サムレーの屋敷に入り、来年から通事(つうじ)(通訳)を育てる事になった。
 用を済ませたサハチは島添大里に帰った。ナツと佐敷ヌルが帰国祝いの宴を開いてくれた。ササたちも佐敷ヌルの屋敷に来ていて、ササ、シンシン、ナナ、そして、シーハイイェンとツァイシーヤオも一緒に加わり、ヂャンサンフォンとシュミンジュン、ウニタキ夫婦とクグルー夫婦も呼んだ。ファイチはまだ帰っていなかったが、ファイチの妻と子供も呼んだ。ヂャンサンフォンと一緒にンマムイも来た。
「お前、まだ帰っていなかったのか」とサハチは驚いた。
「帰るつもりだったのですが、師匠に挨拶して行こうと島添大里に来たんです。そしたら、師兄(シージォン)のシュミンジュン殿の海賊の話が面白くて帰りそびれてしまいました」
「そうか。奥さんを心配させるな。お前が朝鮮(チョソン)から帰って来た事は、奥さんも噂を聞いて知っているだろう。明日は必ず帰れよ」
「夜が明けたら真っ直ぐに帰ります」とンマムイは調子のいい事を言って笑った。
 宴席に着くと隣りにいるナツに、「子供たちは何事もなかったか」とサハチは聞いた。
「大丈夫ですよ」とナツは笑った。
「みんな、笛が上手になりました。あとで聞いてやって下さい」
「そうだな。俺の一節切(ひとよぎり)も聞いてくれ。ヤマトゥに行って大分上達したぞ」
 サハチは博多と京都で見た田楽(でんがく)のお芝居を佐敷ヌルに話して、佐敷ヌルに見せてやりたかったと言った。
「見たかったわあ」と佐敷ヌルは言って、平田のお祭りと馬天浜のお祭りでお芝居をやった事を話した。
「ほう、お祭りでお芝居をやったのか」
「平田では『浦島之子(うらしまぬしい)』、馬天浜では『サミガー大主(うふぬし)』をやったの。今度の首里のお祭りでは、『察度(さとぅ)』をやろうと思っているのよ」
「なに、察度(先々代中山王)のお芝居をするのか」
「察度のお母さんは天女だったんでしょ。ソウゲン(宗玄)和尚から『羽衣(はごろも)』っていうお話を聞いたのよ」
「『羽衣』なら博多で見たぞ。あれを察度の話にするのか。面白そうだな」
「女子サムレーたちも張り切ってお稽古をしているわ」
「そうか。琉球でもお芝居が見られるのか。お前、凄いな。お芝居の話まで作っているのか」
「あたしがお話を作って、ユリが音楽を作って、ウミチルが踊りを考えるのよ」
「ほう、凄いな」
 佐敷ヌルはお芝居の話のあと、神様に言われた『英祖(えいそ)の宝刀』の事をサハチに話した。
「三つの刀のうちの太刀(たち)は今帰仁に行ったんだな?」とサハチは佐敷ヌルに聞いた。
 佐敷ヌルがうなづくと、「以前、今帰仁に行った時に聞いた事がある」とサハチは言った。
「山北王は確かに宝刀を持っている。今帰仁に腕のいい研ぎ師がいて、その刀を二度、研いでいるんだ。一度目はマチルギのお爺さんから頼まれて研ぎ、二度目は山田按司に殺された帕尼芝(はにじ)から頼まれて研いでいる。かなりの名刀らしいが、拵(こしら)えが変わっていたと言っていた。きっと、今の山北王が持っているに違いない」
「短刀は越来(ぐいく)ヌルが持っていて、小太刀(こだち)はミャーク(宮古島)という南の島(ふぇーぬしま)にあるみたい」
 佐敷ヌルは馬天浜のお祭りが終わったあと、察度の娘の浦添ヌルが何かを知っていないかと思って、浮島の波之上権現(なみのえごんげん)の近くにある浦添ヌルのお墓に行ってみた。お祈りをしていると浦添ヌルの声が聞こえた。
 弟の武寧が滅ぼされたのは仕方がない。あの男はもともと王になるべき器ではない。滅ぼされて当然だ。それよりも、母親の実家である勝連(かちりん)の呪いを解いてくれと言った。呪いは解いたと佐敷ヌルが言うと、まだ完全に解けてはいない。放って置くと勝連の一族は全滅してしまうと言った。
 佐敷ヌルは勝連の呪いを解く事を約束して、英祖の宝刀の事を聞いた。島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)が山南王になった時、お礼として父に贈られたのが英祖の小太刀だった。その小太刀はミャークという南の島からやって来た与那覇勢頭(ゆなぱしず)という者に父が贈ったという。佐敷ヌルが御先祖様の宝刀をどうして南の島から来た人に贈ったのですかと聞くと、父は物にはこだわらない人で、たまたま近くにあったからあげたのでしょうと言った。
「その与那覇勢頭の事は昔、ウニタキから聞いた事がある。南の島からやって来たが、言葉が通じないので、琉球の言葉を学んでいたと言っていた。ウニタキが武寧の娘と一緒になった頃の話だ」
「ミャークというのがどこにあるのか知らないけど、いつか、行かなければならないわ」と佐敷ヌルは言った。
「そうだな。遠いと言っても旧港ほど遠くはあるまい。ところで、勝連の呪いは大丈夫なのか」
「大丈夫よ。気になったので、馬天ヌルの叔母さんと一緒に行ってきたわ。勝連ヌルも一緒に調べたけど、不審な点はなかったわ。察度の妹の浦添ヌルは望月党が滅ぼされる前に亡くなっているの。きっと、望月党の事を心配していたんだと思うわ」
「そうか。マジムン(悪霊)退治をしたあと、何も起こっていないからな。大丈夫だろう」
 佐敷ヌルの話が終わったあと、サハチはサグルーに言った。
「明国に行く時、久米島(くみじま)を発ったあと、明国に着くまで途中に島などなく、周りは海しか見えない。はっきり言って退屈な日々が続く。だが、退屈だと思ってはいかんぞ。太陽の位置を見て、船が進んでいる方角を確かめ、夜になったら星を見上げて、星の位置を覚えろ。そして、水夫(かこ)たちの動きもよく見ておけ。必ず、将来、役に立つだろう」
「わかりました」とサグルーはうなづいて、「クルー叔父さんから明国の言葉も教わりました。行くのが楽しみです」と目を輝かせた。
 サグルーは来年正月、クグルーと一緒に従者として明国に行く事になっていた。八番組のサムレーとしてジルムイも行くが、ジルムイはサムレーの一員なので、サグルーと行動を共にする事はできなかった。
「朝鮮から帰って来て、一月もしないうちに、また明国に行かなければならない。忙しいが頑張ってくれ」
 サハチがクグルーに言うと、「大丈夫ですよ」とクグルーは明るく笑った。
「お前は大丈夫だろうが、妻のナビーは大変だろう。琉球にいるうちに充分に可愛がってやれよ」
按司様(あじぬめー)、何を言ってるんですか」とクグルーは照れながらナビーを見ていた。
 ササは佐敷ヌルに京都の様子を話していた。ナナとシーハイイェン、ツァイシーヤオ、シュミンジュンは琉球の言葉がわからないので、時々、ヤマトゥ言葉が飛び交った。ヤマトゥ言葉がわからないナツとマカトゥダルとナビーはヤマトゥ言葉を習わなければならないわねと言っていた。
 サハチはウニタキと一緒に座をはずして、縁側に出た。
「留守中の事はわかったか」とサハチは星を見上げながらウニタキに聞いた。
奄美大島(あまみうふしま)を攻めた湧川大主(わくがーうふぬし)は何とか北半分を支配下に治めたらしい」
「そうか、北半分か」
 サハチたちは宝島を出たあと、奄美大島、徳之島(とぅくぬしま)、永良部島(いらぶじま)には寄らずに、伊平屋島(いひゃじま)に向かった。順調な船旅だったのでうまくいったが、途中で嵐に遭えば、それらの島に寄らなければならない。戦(いくさ)になるとは思わないが、各島の按司たちが無理難題を言ってくる事は確実だった。もし、山北王が宝島を攻める事があれば、戦をしてでも防がなければならないと思った。
「山北王は半分しか平定できなかったのが気に入らなかったようだ。兄弟喧嘩を始めたらしい。湧川大主は運天泊(うんてぃんどぅまい)に帰ったまま今帰仁に戻る気配はないという」
奄美大島は徳之島や永良部島より大きい。一年で平定するのは無理だろう」
「確かにな。あの島には小さな按司のような者たちが何人もいる。それらをまとめる大きな按司はいない。大きな按司がいれば、そいつを倒せば平定できるが、小さな按司たちを一人づつ倒して行かなければならない。手間の掛かる仕事だよ」
「山北王と湧川大主に溝ができたのなら、つけ入る隙があるんじゃないのか」
 ウニタキは首を振った。
「単なる兄弟喧嘩だろう。正月までには二人とも機嫌が治るに違いない」
「そうか‥‥‥すると、来年も湧川大主は奄美大島に行くんだな」
「それはわからん。交易を担当していた湧川大主がいなくて、山北王は随分と苦労したようだ。来年は他の者に任せるんじゃないのか」
「そうか。『材木屋』に頼んでおいた材木はヤンバル(琉球北部)から来ているのか」
「ああ、次々に来ているようだ。浮島に山のように積んである」
「お寺を十軒も建てるとなると山北王も忙しくなるな。当分は奴に稼がせてやろう」
「話は変わるが、ようやく新しい進貢船が来たようだな」
「おう。ようやく来た。これで三隻になった。一隻はヤマトゥと朝鮮に行き、二隻は明国に行ける」
「忙しくなりそうだな」とウニタキは笑って、「山南王だが」と言った。
「シタルーが動いたのか」
「大した動きはない。ただ長嶺(ながんみ)グスクが完成して、シタルーの娘婿が長嶺按司になった」
「朝鮮に逃げた山南王の弟だな」
「そうだ。その長嶺グスクに二百人の兵がいるらしい」
「なに、二百もか」
「多分、粟島(あわじま)(粟国島)で鍛えた兵たちだろう」
「シタルーは長嶺グスクを首里攻めの拠点にするつもりか」
「多分、そうだろうな。一番近くにあるのは上間(うぃーま)グスクだ。上間グスクを強化した方がいいかもしれんぞ」
「上間グスクか‥‥‥」
 上間グスクは察度が亡くなったあと、察度の護衛隊長だったチルータが上間にグスクを築いて上間按司を名乗った。七年後、上間按司は糸数(いちかじ)グスクを攻め落として糸数按司になった。上間グスクは弟の糸数之子(いちかじぬしぃ)が守り、兵は中山王の武寧から五十名借りていた。
 サハチが首里グスクを奪い取ったあと上間グスクに行くと、もぬけの殻になっていた。糸数之子は兄のもとへ逃げ、武寧の兵たちも家族を心配して浦添に逃げた。その多くは捕まって、首里で人足として働き、城下造りが終わったあと、改めて中山王の兵として取り立てられている。
 今、上間グスクは按司を置く事なく、首里グスクの出城として、首里のサムレーが交替で守っている。長嶺グスクに二百もの兵がいるとなると奪われる可能性もある。あそこが奪われたら首里は危険だった。
「誰かを按司に任命して、グスクも強化した方がいいな」とサハチが言うとウニタキはうなづいた。
 誰を任命したらいいかを考えていたら、ファイチが顔を出した。
「参りました」とファイチは言った。
 旧港の人たちの突然の来訪で、久米村は大忙しだという。
「もし、冊封使(さっぷーし)が来て、半年も滞在していたら大変な事になっていましたよ。冊封使が来るのはまだ先の事ですが、今回の事で色々と問題点が見つかりました。冊封使が来るまでに改善しなくてはなりません」
「そうだな。大役たちも突然の忙しさに参っていた。王府の方も改善するべき所がいくつもありそうだ。ずっと休まずだろう。今晩はゆっくりして行ってくれ」
 ファイチは笑ってうなづいた。

 

 

 

奄美大島物語 増補版   奄美、もっと知りたい―ガイドブックが書かない奄美の懐