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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-66.雲に隠れた初日の出(第二稿)

尚巴志伝 第二部

 新しい年が明けた。
 去年は本当に素晴らしい年だった。何もかもがうまくいった。今年もいい年であるように初日の出に祈ったが、雲に隠れて拝む事はできなかった。何となく嫌な予感がした。
 馬天ヌルが、「大丈夫よ」と言った。
 サハチたちはうなづいて、しばらく待った。
 雲の合間から太陽(てぃーだ)が顔を出した。
 サハチたちは合掌した。
 例年通り新年の儀式をやり、サハチは首里(すい)と島添大里(しましいうふざとぅ)を行ったり来たりしていた。二日には久米村(くみむら)の唐人(とーんちゅ)と一緒に旧港(ジゥガン)(パレンバン)の使者たちが挨拶に来た。三日には領内の按司たちが挨拶に来た。八重瀬按司(えーじあじ)のタブチは具志頭按司(ぐしちゃんあじ)を連れて来た。具志頭按司も思紹(ししょう)からヤマトゥの刀を賜わって、東方(あがりかた)の仲間入りをした。
 具志頭按司は二十代の半ばで、ヤフスの息子だというがヤフスには似ていなかった。祖父に似ているような気がした。父親が戦死してから弓矢の稽古に励み、かなりの腕前だとタブチが言った。その弓矢で父親の敵(かたき)を討つつもりかと思紹が聞いたら、具志頭按司はサハチを見てから首を振った。
「父はわたしが五歳の時に出て行きました。その後、一度も会っていません。毎日、泣いている母を見て、わたしは育ったのです。母が可哀想で父を恨みました。父が戦死したと聞いた時は、悲しみよりも罰(ばち)が当たったんだと思いました。母はわたしを按司にする事だけが生きがいでした。祖父は隠居して叔父に按司の座を譲りました。わたしの出番などないと思っていましたが、母を悲しませないために弓矢の稽古だけは励みました。八重瀬の伯父のお陰で按司になる事ができ、母の夢はかないました。わたしは按司として具志頭を守らなければなりません。敵討ちなんて考えてもいません」
 思紹はうなづき、「祖父に負けない立派な按司になれよ」と言った。
 具志頭按司は深く頭を下げた。
 北の御殿(にしぬうどぅん)での新年の宴が終わったあと、サハチは思紹に呼ばれて龍天閣(りゅうてぃんかく)に登った。
 挨拶に訪れた久米村の唐人、旧港の使者たち、按司たちも皆、龍天閣に登って三階からの景色を楽しんだ。
「いつも浮島から見上げている。一度、登って見たかった」と久米村の唐人たちは喜んだ。
 旧港の使者たちも美しい景色を眺めながら、「琉球に来てよかった。次にヤマトゥに行った時も、帰りには必ず琉球に寄ろう」と言った。
 中グスク按司のクマヌは、「首里天閣(すいてぃんかく)のようじゃのう。あれには登れなかったが、首里の高楼に登れるとはありがたい事じゃ」と喜んでいた。
 他の按司たちは皆、凄いのうと目を丸くし、何度も明国に行っているタブチは、「首里も都らしくなってきたのう」と笑った。
 サハチは改めて、思紹が彫った龍の彫刻を見た。凄い龍を彫っている新助が思紹の龍を見つめて唸っていたという。サハチからみたら、思紹の龍は子供のいたずらのように見えるが、新助が言うには龍が生きているという。自分は今まで、人の真似ばかりしていた。師匠から自分の龍を彫れと何度も言われていたが、俺は自分の龍を彫っている。自分よりもうまい奴などいないと自惚れていた。思紹の龍を見て、初めて師匠が言っていた意味がわかった。人真似ではなく、自分の龍を彫らなければならない。そう言って、年末年始も休まずに、龍を彫り続けているという。
 とぼけた顔をした龍を見ながら、サハチは首を傾げると中に入って階段を登った。
 思紹は三階の部屋で絵地図を見ていた。琉球、ヤマトゥ、朝鮮(チョソン)、明国、シャム(タイ)、旧港が描いてある地図だった。
「親父が描いたんですか」とサハチが聞いたら、
「リェンリー(怜麗)に頼んで、リュウジャジン(劉嘉景)が持っている地図を写してもらったんじゃ。ヤマトゥと朝鮮はクルシに聞いて書き加えた」と思紹は言った。
「博多も京都も鎌倉も書いてありますね。京都と鎌倉はこんなにも離れているんですか。あれ、若狭も書いてある。旧港の船が着いた所です。成程、若狭に着けば、京都は近いんですね。朝鮮の富山浦(プサンポ)も漢城府(ハンソンブ)も書いてある。明国の泉州、福州、杭州、応天府(おうてんふ)、順天府(じゅんてんふ)‥‥‥順天府とは何です」
「元(げん)の都があった北平(ベイピン)が順天府になったそうじゃ」
「そうなんですか‥‥‥武当山(ウーダンシャン)も書いてある。旧港は遠いですね。旧港よりもシャムの方が近いんですか」
 サハチが地図から顔を上げて思紹を見ると、「去年、船を一隻賜わった。今年は三回、明国に使者を送ろうと思っている」と思紹は言った。
「三回ですか。ヤマトゥと朝鮮にも使者を送らなければなりませんよ」
「大丈夫じゃ。正月に明国に行った船は七月か八月に戻って来る。その船を十月頃に送ればいい」
「商品は大丈夫なんですか」
「どこの蔵も溢れるほど、ヤマトゥの商品がある。三姉妹が毎年、やって来てくれるお陰じゃ。蔵を空けないと新しい商品が入れられないんじゃよ」
「成程、明国に三回も行くとなると忙しくなりますが、やらなければなりませんね」
 思紹はうなづき、「そこでじゃ」と言って、ニヤッと笑った。
「久高島参詣に行ったあとに、二隻目を出そうと思うんじゃが、それに乗って、ちょっと明国を見て来ようと思っておるんじゃが、どうじゃ」
 サハチは思紹を見つめた。思紹の顔を見ながら、何を言っても止められないと覚悟を決めた。馬天ヌルを止められないのと同じように、思紹も止める事はできないと悟っていた。突然、隠居すると言い出した時からそうだった。一度言い出したら、もう誰にも止められなかった。
 サハチは笑って、「仕方ないですねえ。ヂャン師匠と一緒に行って下さいよ」と言った。
「おう、そうか」と思紹は子供のように喜んでいた。
 サハチは島添大里に帰るとファイチ(懐機)の屋敷に顔を出した。二日に久米村の唐人と一緒に首里に行き、その後、島添大里に戻っていた。久し振りに家族とのんびりしている所を悪いと思ったが、今年、三度、進貢する事を告げた。
 ファイチは少し考えたあと、大丈夫でしょうと言った。
「二度目は王様(うしゅがなしめー)がお忍びで行くそうだ」とサハチが言うと、「えっ」と驚いたが、「あの王様ならやりかねませんね」と笑った。
 ヂャンサンフォン(張三豊)の屋敷に顔を出すと、酒盛りが始まっていた。シュミンジュン(徐鳴軍)と一徹平郎(いってつへいろう)と源五郎が来ていて、ンマムイもいた。
「師兄(シージォン)、待っていたんですよ。新年おめでとうございます」
 サハチは笑って挨拶を返した。酒盛りに加わって、ヂャンサンフォンに思紹の事を話した。
「そうじゃのう。そろそろ帰ってみるのもいいかもしれんのう」
「師匠、必ず、戻って来て下さいよ」とンマムイが心配そうな顔をして聞いた。
「王様の護衛として行くんじゃ。戻って来るよ」
「王様がどうして明国まで行くんじゃ」と源五郎が不思議そうな顔をして聞いた。
「じっとしているのが苦手なんですよ」とサハチは答えた。
「王様になる前は旅をしたり、無人島で若い者たちを鍛えていましたからねえ」
「わしも見たぞ」と一徹平郎が言った。
首里のグスクを訪ねたら、庭で兵たちが武芸の稽古をしておった。坊主頭の男が教えておったが、見事な動きじゃった。琉球にも武芸の達人がいると思ったら、何と、その男が王様じゃった。面白い所に来たもんじゃとわしは嬉しくなったわい。あの王様なら明国に行くのも納得できる」
 すぐに引き上げて、グスクに帰ろうと思っていたのに、一徹平郎と源五郎の話が面白くて、結局、夜更けまで飲んでいて、グスクに帰ったらナツに怒られた。
 次の日、ウニタキが訪ねて来た。上がってくればいいのに外で待っていて、物見櫓(ものみやぐら)に行こうと言う。
 余程、重大な話でもあるのかと物見櫓に登ると、ウニタキは海を眺めながら、「もうすぐ生まれそうだ」と言った。
 マチルギの事を言っているのかと思ったが、どうも違うようだ。チルーのお腹は大きくなかったし、何の事を言っているのかさっぱりわからなかった。
「何が生まれるんだ」とサハチは聞いた。
「俺の子だ」
「フカマヌルが二人目を産むのか」
「フカマヌルならまだいい。そうじゃないんだ。配下の女なんだよ」
「何だって!」
 サハチはポカンとした顔でウニタキを見つめた。
「ばれたらチルーに殺される」
 サハチはウニタキを見て大笑いした。
「笑い事じゃない」
「お前なあ、朝鮮に行く前、佐敷のお祭り(うまちー)の時にチルーに土下座したばかりだろう。何をやっているんだ」
「まさか、子供ができるなんて思ってもいなかった。たった一度だけなんだ」
「ナツだって、たった一度で子供ができた。誰なんだ。俺の知っている女か」
 ウニタキは首を振った。
首里グスクを奪ったあと、キラマから来た娘なんだ。リリーという名で、来た当時は真っ黒な顔をしていて、可愛いと思える娘ではなかった。足が速くて疲れ知らずだと言うので、連絡係として俺のそばに置いたんだ。俺がどこに行っても隠れて近くにいろと命じた」
「俺と会っている時も、その娘は近くにいたのか」
 ウニタキはうなづいた。
「俺が合図すると必ず現れて、配下のもとへ飛んで行って命令を伝えた。そして、驚く程の速さで戻って来るんだ。重宝な奴だった。去年、ビンダキ(弁ヶ岳)の拠点を作る時、ずっと一緒だったんだ。今までもずっと一緒だったが、隠れていて、用がある時しか現れない。あの時はずっと一緒に仕事をしていた。いつの間にか、顔も黒くなくなっていて、時々見せる仕草が可愛いと思えるようになっていた。一緒にいるうちに好きになってしまったようだ。拠点が完成した時、二人でお祝いの酒を飲んだんだ。その時、抱いてしまったんだよ」
「リリーもお前の事が好きだったんだな」
 ウニタキはうなづいた。
「今はどこにいるんだ」とサハチは聞いた。
首里だ。カマに預けてある」
「トゥミと一緒に暮らしているカマか」
「そうだ」
「チルーには黙っているのか」
「黙っていようと思った。しかし、いつかはばれるだろう。どうしようか迷っているんだ」
「難しいな。俺も奥間(うくま)ヌルが産んだ娘の事はマチルギに黙っている。いつかはばれると思うが、その時まで知らなかった事にしておくつもりだ」
「俺の場合は知らなかったでは済まされない」
「そうだな。チルーが知ったら、怒るよりも悲しむだろう」
「そうなんだ。悲しませたくはない」
「今はカマに任せて、子供が生まれてから改めて考えたらいいんじゃないのか」
「ヤンバルに行った時、リリーの家に行ったんだ。山に囲まれた小さな浜に粗末な小屋がいくつも建っていた。両親はすでに亡くなっていた。兄が跡を継いでいたが、リリーが帰って来た事を喜んでいる様子はなかった。兄弟が多くて、リリーは邪魔者扱いされていたようだ。リリーにはもう帰る家はない。俺が面倒を見なければならないんだ」
「ヤンバルから来た娘だったのか」
「十一歳の時、サミガー大主(うふぬし)に連れられてキラマの島に行ったらしい。島での暮らしは楽しかったと言っていた」
「キラマから来た女子(いなぐ)サムレーたちも、島は楽しかったとよく言っている」
「もう少し様子を見る」と言ってウニタキは帰って行った。
 正月の七日、進貢船(しんくんしん)の出帆の儀式が浮島で行なわれた。去年賜わった進貢船の初仕事だった。馬天ヌル、佐敷ヌル、サスカサの三人のヌルによって儀式が執り行なわれ、『シマウチトゥミ』という神名(かみなー)が授けられた。
 儀式のあと、サハチは首里に行き、思紹とマチルギに会い、ヤマトゥに行った時の行列の事を相談した。京都で見た明国の行列の話をして、琉球らしい行列を見せなければならないと言い、朝鮮で手に入れたテピョンソ(チャルメラ)を吹いて聞かせた。
「行列を見るために京都の人たちが大勢、沿道に現れます。琉球使者として恥ずかしくない行列にしなければなりません」
「それより、来年は誰が行くんじゃ。まさか、お前がまた行くのではあるまいな」
 サハチは笑って、「親父がいないのに、俺が行けるわけないでしょう」と言った。
「うむ、留守を頼むぞ」
「それで、誰を行かせるの」とマチルギが聞いた。
「お前が行くか」とサハチはマチルギに言ったが、お腹が大きいのを見て、「無理だな」と笑った。
「マサンルーかヤグルーに行ってもらおう」
「ヤグルーは去年、明国に行ったわ」
「それじゃあ、マサンルーに頼もう。俺の考えなんだが、ヌルと女子サムレーを行列に加わってもらおうと思っているんだ。明国の行列には女たちはいない。琉球には女武者がいる事を京都の人たちに見せたいんだよ」
「面白いかもしれんが、一度、女子サムレーを見せたら、毎年、女子サムレーを連れて行く事になるぞ」
「何人くらい連れて行くの」とマチルギが聞いた。
「十人じゃ少ないし、二十人は必要だろうな」
「二十人か‥‥‥二十人なら何とかなりそうね。ヌルは誰が行くの」
「ササでいいんじゃないのか。将軍様とも会っているしな」
「ササが将軍様と会ったのか」と思紹もマチルギも驚いていた。
「ササから聞いていないのですか」
スサノオの神様の話ばかりで、そんな事は聞いていないわ」
 サハチは楽しそうに笑った。
「ササにとって将軍様はどうでもいい存在らしい。頼もしい奴だ。ササは将軍様の奥方様に呼ばれて話し相手になっていたんだよ。その時、将軍様とも会って一緒に食事もしたらしい」
「まったく、あの娘(こ)ったら、そんな事ひとことも言わないわよ」
「ササとシンシンとシズの三人が呼ばれている。その三人にヌルになってもらえばいいんじゃないのか」
「偽者のヌルなの」
「シンシンは偽者とは言えまい。ササとずっと一緒にいるからすでに神人(かみんちゅ)になっているかもしれない。シズは見習いヌルでいいんじゃないのか」
 そのあと、音楽の事や衣装の事などを話し合い、音楽はテピョンソと横笛と太鼓を演奏する十人の楽隊を作り、衣装は琉球らしい華やかな着物を用意する事に決まった。
 正月十四日、進貢船が船出して行った。正使は中グスク大親(うふや)だった。去年、サングルミーの副使として明国に行き、サングルミーの推薦によって正使に昇格した。副使は具志頭大親(ぐしかみうふや)で、去年亡くなった具志頭按司(ぐしちゃんあじ)の弟だった。年が親子ほども離れた弟で、父親が六十歳の時の子だという。
 父親が亡くなると、側室だった母親と一緒に具志頭グスクから追い出され、小禄(うるく)の海辺の母の実家で育った。ウミンチュとして育ちながらも母に言われて弓矢の稽古だけは毎日、続けていた。十六歳の時、浦添(うらしい)で行なわれた兵の募集に応じ、見事に合格して浦添の兵となった。
 今帰仁合戦(なきじんがっせん)の時、大勢の兵を失った察度(さとぅ)は、一般から兵を集めるために、明国の武科挙(ぶかきょ)を真似して登用試験を行なった。いい人材が集まったので、三年毎にする事に決め、具志頭大親は二回目に行なわれた試験に合格したのだった。
 初めの頃はグスクを守っていたが、やがて、進貢船の護衛兵となって明国に行くようになる。何度も行っているうちに、明国の言葉を覚え、兵から従者となった。武寧(ぶねい)が殺された時もサングルミーの従者として明国に行っていて、その後も毎年、明国に行っていた。今回、具志頭之子(ぐしかみぬしい)から具志頭大親に名を改め、副使になったのだった。具志頭按司をはばかってか、グシチャンではなく、グシカミと名乗っていた。
 サムレー大将は宜野湾親方(ぎぬわんうやかた)、副将は田名親方(だなうやかた)で、田名親方が率いる八番組にはジルムイがいた。島添大里按司の従者として行くのはサグルーとクグルーで、八重瀬按司のタブチは四度目の明国行きだった。垣花按司(かきぬはなあじ)の従者のクーチは二度目だった。
 クーチは垣花按司の次男で、妻はウミンター(サミガー大主)の三女だった。大(うふ)グスク按司の母親はクーチの伯母で、大グスク按司が復帰したあと、弟と妹を連れて、度々遊びに来ていた。海が好きで、馬天浜によく行き、そこで、ウミンターの娘のカマドゥと出会い、お互いに好き合って結ばれたのだった。カマドゥは思紹の姪なので、それなりの婚礼を挙げるつもりだったが、クーチは次男だから大げさな婚礼はいらないと言い、カマドゥも質素でいいと言った。丁度、首里の城下造りの最中の忙しい時期だったので、身内だけの婚礼となった。クーチは去年、初めて明国に行って驚き、サングルミーのような使者になりたいと決心したらしい。
 進貢船と一緒に旧港の船も出帆した。ササたちはシーハイイェン(施海燕)とツァイシーヤオ(蔡希瑶)に涙の別れをしていた。短い時間だったが仲よくなりすぎて、別れは辛かった。
「来年もまた来るわ」とシーハイイェンは言った。
「必ずよ。必ず、来てね」とササは言って、「あたしたちもいつか必ず、旧港に行くわ」と約束した。
 ササはシーハイイェンのために横笛を吹いた。哀愁の漂う笛の調べは、見送りに来た者たちの涙を誘ったという。
 龍天閣から進貢船と旧港の船を見送ったサハチは、苗代大親(なーしるうふや)に会うため武術道場に向かった。
 苗代大親はサムレーたちの名簿を見ながら、組替えをやっていた。一番組と二番組の者たちは進貢船に乗れないので、毎年、組替えをしなければならなかった。組替えといっても、すべての組を変えるわけではない。又吉親方(またゆしうやかた)が率いる六番組と宜野湾親方が率いる七番組は、進貢船内での作業を教えなければならないので不動だった。そして、今、明国に行った八番組も今年はそのままにしておく。その他の組の入れ替えだった。
「大変ですねえ」とサハチは言ってから、「毎年、変えなくてもいいんじゃないですか」と言った。
 苗代大親は顔を上げてサハチを見た。
「一番組と二番組の連中がうるさいんじゃよ」
「今年は三回、明国に行く予定です。ヤマトゥにも行くので四回です。今、八番組が行きましたから、次には九番組、三番組、四番組が船に乗る事になります。来年もまた四回行きたいと思っています。九番組の次に一番組の連中を三番組の大将に率いさせて船に乗せたらどうでしょう。次には二番組の連中を四番組の大将に率いさせるのです」
「組替えではなく、頭だけを変えるのか」
「サムレーたちも一年毎に入れ替わっていたら団結できないと思います。同じ釜の飯を食べた仲ですからね。組替えするとしても五年置きくらいでいいと思いますが」
「成程な。その方がわしも楽じゃ。あとで兄貴と相談してみよう。ところで、何かあったのか」
「上間(うぃーま)グスクの事です。山南王が長嶺(ながんみ)グスクに二百人の兵を配備したのは御存じでしょう。上間グスクの守りを強化したいと思って相談に来たのです」
「わしも気になっていたんじゃ。今は交替で五十人の兵が守っている。百人に増やした方がいいかもしれんな」
「上間に按司を置いて守らせようと思うのですが」とサハチが言うと、「按司はいらんじゃろう」と苗代大親は首を振った。
「上間グスクは首里グスクの出城に過ぎん。あそこの主(あるじ)を按司にしたら、佐敷、平田、与那原(ゆなばる)も按司にしなければなるまい。按司は島添大里と浦添だけでいいんじゃないのか」
 確かに叔父の言う通りだった。佐敷に按司を置いていないのに、上間に按司は置けなかった。
「誰かを上間大親に任命して、百人の兵を預ければいい」
 サハチはうなづき、「誰か適任者はいませんか」と苗代大親に聞いた。
「そうじゃのう」と苗代大親は少し考えたあと、「嘉数之子(かかじぬしぃ)がいいかもしれんな」と言った。
 サハチは嘉数之子を知らなかった。
「嘉数大親の倅でな、もともとはサムレーで、大将になれる器だったんじゃが、親父に呼ばれて、今は北の御殿(にしぬうどぅん)で親父を手伝っている。わしの顔を見る度に、サムレーに戻りたいと愚痴っているよ」
「どうして、戻らないのです?」
「奴は次男でな。長男は浦添グスクで戦死している。やがては父親を継ぐべき男だったそうじゃ。ウニタキに聞いたら、刃向かってくる者以外は斬らなかったというから、そいつは武寧の倅を助けようとして斬られたのかもしれんな。嘉数之子は北の御殿での政務は自分には向いていないとわかっているんじゃが、親父には逆らえんようじゃ。奴なら充分に上間グスクを守る事ができるじゃろう。サムレーたちも嘉数之子が戻ってくれれば喜ぶはずじゃ」
「嘉数大親を説得できますか」
「難しいが、中山のためじゃと言えば納得してくれるじゃろう」
「わかりました。嘉数之子を任命しましょう」
 三日後、嘉数之子は上間大親となり、家族を連れて上間グスクに向かった。キラマから百人の兵が到着次第、今いる五十人は首里に返して、常設の兵となり、上間で暮らす事になる。父親の嘉数大親も諦めたようだった。自分の跡を継がせるよりも、グスクの主(あるじ)に治まった方が、あいつにはふさわしいのかもしれないと考えを改めていた。
 サハチはウニタキと一緒に上間グスクを見に行った。小高い丘の上にある小さいグスクだった。石垣に囲まれた曲輪(くるわ)は一つだけで、百人の兵が守るとなると狭い。拡張しなければならなかった。
 見張り櫓があったので登って見た。いい眺めだった。川を二つ挟んだ向こうに長嶺グスクがよく見えた。北の方には首里グスク、東を見れば与那原グスクのある運玉森(うんたまむい)と島添大里グスクも見えた。
「あの辺りにもグスクを築いた方がいいかもしれんな」とウニタキが指さした。
 長嶺グスクと川を挟んで向き合っているあたりにある小高い山だった。
「グスクを築く事もなかろう。簡単な砦を造って見張りを置けば大丈夫だろう」
「そうだな」とウニタキはうなづき、「イーカチはチニンチルーと一緒になるそうだ」と言った。
「やはり、三星党(みちぶしとー)を抜けるのか」
「いや、三星党のまま、絵師になるんだ」
「そうか。屋敷を用意しなけりゃならんな」
「重臣の屋敷か」
「王様のお抱え絵師だからな。重臣の屋敷だろう」
「空いている屋敷はあるのか」
「ファイチの屋敷が空いている」
「そうか。ファイチは島添大里に移ったんだったな」
「お前の家族に会いたいって移ったんだ。島添大里にいた時、チルーがよく面倒を見てくれたんだろう」
「チルーとヂャンウェイは仲がいいよ。子供たちも仲がいい」
「ファイチの屋敷で、婚礼のお祝いをするか。女子サムレーたちも集まって来るだろう」
「そうだな。三星党の奴らは顔を出せんが、首里グスクにいる侍女たち、『まるずや』の連中、それにシズは顔を出せるだろう」
「婚礼が終わったら、栄泉坊と一緒にどんどん絵を描いてもらおう」
「高橋殿の屋敷にあった襖絵(ふすまえ)なんかも描いてもらえ。御殿(うどぅん)にかざったら見栄えがいい」
「綺麗な屏風絵(びょうぶえ)も描いてもらおう」
「屏風で思い出したが、ササの護衛はチュージに頼んだ。以前、馬天ヌルの護衛でヤンバルに行っているから心配はいらん」
「ササの護衛とは何の事だ」とサハチは聞いた。
「ヤンバルに行っただろう」
「何だと、ササがヤンバルに行ったのか」
「知らなかったのか。お前の許可は得たと言っていたぞ」
「そんな事は初耳だ」
「お前にも頼まれているから、スサノオの足跡を探しに行くと言って、シンシンとナナを連れて出掛けて行ったぞ」
「何と無茶な‥‥‥」と言って、対馬にいた時、ササが琉球に帰ったらスサノオの足跡を探すと言ったのを思いだした。そして、サハチは頑張れと言ったのだった。
「いつ行ったんだ?」
「浮島でシーハイイェンたちを見送って、そのまま出掛けたようだ」
「まったく、ササにも困ったものだ。母親に似て言い出したら止められん」
「神様の足跡探しだから危険な所には行くまい。ササはヂャン師匠と一緒に一度、ヤンバルに行っている。恩納岳(うんなだき)の木地屋も顔見知りだし心配はない。首里のお祭りまでには帰って来るだろう」
 サハチはうなづき、「すまんな。ササのわがままにチュージを使って」と謝った。
「なに、最近、敵の動きもあまりないからな。若い者たちをヤンバルまで行かせるのも、丁度いい修行になる」
「ところで、どうして屏風でササを思い出したんだ」
「宝島で金屏風の前に座らされていただろう」
 サハチは思い出して笑った。
 突然、黒い雲が流れてきた。
 サハチとウニタキは物見櫓から降りた。しばらくして雨が勢いよく降ってきた。
 屋敷の軒下から雨を眺めながら、サハチはササたちの無事を祈り、首里のお祭りが終わったら百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)の改築を始めようと思っていた。ウニタキはもうすぐ子供が生まれそうなリリーの事を心配していた。
按司様(あじぬめー)、どうぞお上がり下さい」と上間大親が屋敷の中から声を掛けた。

 

 

 

アジアのなかの琉球王国 (歴史文化ライブラリー)   琉球進貢船 Tシャツ大人用 (L, ゴールド)