長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-111.寝返った海賊(第二稿)

 中山王(ちゅうさんおう)の使者たちが京都に着いて、ササたちが京都の街を行列していた頃、琉球では二月に行った進貢船(しんくんしん)が無事に帰国した。
 正使の具志頭大親(ぐしかみうふや)、従者のクグルーと馬天のシタルー、サムレー大将の苗代之子(なーしるぬしぃ)(マガーチ)、十番組のサムレーのジルムイ、マウシ、シラー、ウハ、みんな、元気に帰って来た。
 初めて明国に行ったマガーチは何を見ても驚き、二度目のジルムイとマウシ、三度目のシラーとウハに連れられて、応天府(おうてんふ)(南京)の都見物を楽しんで来たと嬉しそうに言った。
 鄭和(ジェンフォ)の大船団はまだ船出をせず、応天府には各国から来た使者たちが滞在していて賑やかだったという。
「応天府の噂では、武当山(ウーダンシャン)の再建も始まって、武当山には何万人もの人たちが集まり、道教寺院の再建に従事しているようです。北の順天府(じゅんてんふ)(北京)でも、大規模な宮殿造りをしていて、永楽帝(えいらくてい)は都を順天府に移すのではないかと人々は噂していました」とクグルーは言った。
 クグルーとシタルーの話を聞いて、サハチはもう一度、明国に行ってみたいと思っていた。
 馬天(ばてぃん)ヌルと一緒に南部のウタキ巡りをしていた奥間(うくま)ヌル、麦屋(いんじゃ)ヌル、浦添(うらしい)ヌル、東松田(あがりまちだ)の若ヌル、そして、カミーも旅から帰って来ると与那原(ゆなばる)に行って、ヂャンサンフォン(張三豊)のもとで修行を始めた。シジ(霊力)を高めて、神様の声をちゃんと聞き取るためだった。
 馬天ヌルの話だと、浦添ヌルのカナが神様から頼み事をされて、来年、ヤマトゥに行きたいと言っているらしい。カナがヤマトゥに行けば、ササも一緒に行くだろう。サハチは、カナに願い事をした神様に感謝をした。
 進貢船が帰って来た十日後には、三姉妹の船がやって来た。今年も三隻の船でやって来たので、また、船を奪ってきたのかと思ったら、三隻めの船に乗っていたのは、驚いた事に、リンジェンフォン(林剣峰)の配下だったソンウェイ(松尾)だった。
 メイファンの屋敷に行って詳しい話を聞くと、リンジェンフォンが今年の二月に亡くなったという。時々、頭が痛いと顔をしかめてはいたが、まさか、亡くなるなんて誰も思ってもいなかった。突然、倒れて、そのまま意識が戻る事もなく、亡くなった。丁度、六十歳だったという。
 突然の事だったので、皆、呆然となり、これからどうしたらいいのかわからない状況だった。とりあえずは、次男のリンジョンチェン(林正賢)が跡を継ぐ事に決まった。長男のリンジョンルン(林正輪)はメイファンと琉球に駆け落ちして、久米村(くみむら)を仕切っていたアランポーと組んで、密貿易で大いに稼いだ。しかし、永楽帝が皇帝になったあと、永楽帝琉球に送った使者に捕まって、応天府で処刑されていた。三男もいたが、幼い頃に病死してしまい、跡を継ぐのは次男しかいなかった。
 泉州の海賊で、リンジョンチェンの妻の父親のジュウリンシュ(周霖旭)が、偉そうな顔をして出しゃばり、今後の対策を練っていた。リンジェンフォンに従ってきた老将たちは隠居させられ、世代交代が行なわれ、リンジェンフォンに忠実だったソンウェイも遠ざけられた。今まで、船長として琉球に何度も行き、配下の者たちもいたのに切り離されて、倉庫番に格下げされた。いやなら、日本に帰れとまで言われ、ソンウェイは妻と相談して、日本に帰る決心をした。
 ソンウェイの妻はリンジェンフォンの弟のリンジェンウー(林剣武)の娘、リンシァ(林霞)だった。リンジェンウーは八年前に戦死して、リンシァは従兄(いとこ)のリンジョンチェンと仲が悪く、あんな奴の下で働くなんて、絶対にいやよ。日本に行って倭寇(わこう)になりましょうと言った。
 ソンウェイが日本に帰る準備をしていると、かつての配下の者たちが集まって来た。皆、ソンウェイと一緒に日本に行くと言い出した。ソンウェイは涙が出るほど嬉しかった。配下の者たちを連れて帰るとなれば船が必要だった。ソンウェイの配下の者たちはジュウリンシュをうまくだまして、荷物を満載にした船を奪い取り、ソンウェイの家族を乗せて福州を去った。舟山群島の島影に隠れていた時、三姉妹のために裏の組織を作ったマニとイサがソンウェイを訪ねて来た。
「張(ヂャン)三姉妹を知っているか」とマニはソンウェイに聞いた。
「知っている」とソンウェイは答えた。
 チェンイージュン(陳依俊)を裏切らせて、役人を仲間に引き込み、三姉妹の父親、ヂャンルーチェン(張汝謙)を倒した時、ソンウェイも一役買っていた。チェンイージュンの死後、三人の娘が集まって、杭州を拠点に海賊稼業をやっている事も知っていた。ヂャンシーチォン(張士誠)の遺児であるヂャンルーチェンは、各地の海賊たちから尊敬されていた男で、ヂャンルーチェンを売ったのは、リンジェンフォンではないのかと噂されていた。その事を否定するためにも、三姉妹に手を出す事ができず、今まで放っておいたのだった。
「この辺りは張三姉妹の縄張りだ」とイサが言った。
「わしらを倒すつもりなのか」とソンウェイは聞いた。
「倒すつもりなら、わざわざ、こうやって出ては来ない。すでに、この船は俺たちの船に囲まれている。どうだ、俺たちの仲間に入らないか」とマニは言った。
「わしは三姉妹の親父を倒した時の作戦に参加していたのだぞ。三姉妹から見れば、敵(かたき)の一味だ。そんなわしを仲間に入れるというのか」
「リンジェンフォンに命の救われたので、逆らう事はできなかったのだろう」
「確かに逆らう事はできなかった。海で戦うならまだしも、役人に売るなんて最低だと思ったが仕方がなかった。ヂャンルーチェンが亡くなったあと、娘たちが跡を継いだと聞いた時は、陰ながら応援していたんだ。リンジェンフォンは広州(グゥァンジョウ)の海賊たちをまとめて、いよいよ、三姉妹を始末しようと思っていた矢先、急死してしまった。きっと、罰(ばち)が当たったのだろう」
「あたしは賛成よ」とソンウェイの妻のリンシァが言った。
「何となく、張三姉妹とは気が会うような気がするわ」
 配下の者たちに聞くと、「日本に帰る前に、リンジョンチェンの奴に一泡吹かせてやりましょう」と言った。
 ソンウェイは三姉妹と会い、配下になる事に決まった。
「ソンウェイから聞いたんだけど、あたしの別れた夫が、リンジェンフォンの娘を妻に迎えて、リンジェンフォンの配下になったんですって」とメイユーがサハチに言った。
「あの人、お頭(かしら)になる器じゃないけど、誰かのために働くのは得意みたい。リンジェンフォンの娘婿という地位を与えられて、リンジェンフォンのために、広州の海賊たちを皆、リンジェンフォンに従わせたみたい。虎の威を借る狐そのものね。リンジェンフォンが亡くなった途端、海賊たちに反撃されて、広州を追い出されたらしいわ」
「すると、広州の海賊たちはリンジョンチェンから離反したんだな」とサハチが聞くと、メイユーはうなづいた。
「リンジョンチェンもお頭になる器ではありません」とソンウェイはヤマトゥ言葉で言った。
「リンジェンフォンが苦労して拡大した勢力範囲も、今では壊滅状態です。しかも、リンジェンフォンがいなくなったので、皆、勝手に動き出して、永楽帝の反感も買っています。やがて、福州の本拠地も官軍の襲撃を受けるでしょう」
杭州(ハンジョウ)から順天府まで大運河が開通したんだけど、リンジェンフォンの配下になった海賊が、永楽帝の荷物を積んで順天府に向かう船を襲ったのよ。結局、捕まったんだけど、リンジョンチェンに命じられてやったと言ったらしいわ。永楽帝に睨まれたら、リンジョンチェンの命もそう長くはないわね」とメイファンが言った。
「ただ、去年、リンジェンフォンは攻めて来た官軍の船を奪い取りました。鉄炮(てっぽう)(大砲)を積んだその船を今帰仁(なきじん)に持って行くと言っていました。倅の奴が親父の言う通りに持って行ったかどうかはわかりませんが」とソンウェイが言った。
「鉄炮を積んだ船が今帰仁に‥‥‥」とサハチは驚いて、ウニタキとファイチを見た。
「まだ、リンジョンチェンは来ていないぞ」とウニタキは言った。
「いつもなら六月の半ばには来ているそうだ。何かあったのだろうかと湧川大主(わくがーうふぬし)が心配している」
「親父がいなくなって、琉球との取り引きもやめるつもりなのかな」とソンウェイが言った。
「そうしてもらえると助かる。山北王(さんほくおう)が鉄炮を手に入れたら大変な事になる」
 そう言って、サハチは首を振った。
「この島に鉄炮を撃たれたら、交易の機能が止まってしまいます」とファイチが言った。
「浮島は何としてでも守らなければならん」とウニタキも言った。
「中山王も鉄炮を持っていると聞いたので、火薬を持って来ました」とソンウェイが言った。
「なに、本当か。そいつは助かる。鉄炮の稽古ができるな。ありがとう」とサハチがお礼を言うと、
「リンジョンチェンが運天泊(うんてぃんどぅまい)に来れば、すぐに知らせが入るはずだ。鉄炮が来ない事を祈ろう」とウニタキは言った。
「来年、鉄炮を積んだ船を持ってきます」とソンウェイは言った。
「そんな事ができるのか」とサハチは聞いた。
「リンジェンフォンが使った手を使います。官軍の船をおびき出して、地の利を利用して、攻め取ります」
「そうか。頼むぞ」
 ソンウェイは不適な笑みを浮かべて、うなづいた。
 今年も旧港(ジゥガン)(パレンバン)まで行って来たメイユーは、ムラカ(マラッカ)に行って来たと言った。
「取り引きはしなかったけど、地元の船に乗って、ちょっと様子を見に行って来たの。思っていたよりも遠かったわ。行きは問題なかったんだけど、帰りは風待ちで、十日以上も掛かってしまったの。でも、行ってよかったわ。凄く栄えていたのよ。遠い国からやって来た人たちが大勢、住み着いていたわ。港を見下ろす丘の上に王様の宮殿があって、タージー(アラビア人)の大きなお寺(回教寺院)もあったわ。勿論、明国の商人たちもいて、かなり稼いでいるようだったわ。ソンウェイはムラカに行った事があるので、今年の冬はムラカに行ってもらうつもりなの」
「メイユーが旧港で、ソンウェイがムラカか。ジャワの船も来る事になったし、南蛮の品々が豊富になる。本当に助かるよ」
「旧港を去る時、シーハイイェンたちが乗った船と一緒に来たのよ。杭州で別れて、シーハイイェンたちはヤマトゥに行ったわ」
「そうか。年末にササたちと一緒に来るな」
「南蛮の者たちが琉球に来ていたんですね」とソンウェイは感心したあと、「松浦党(まつらとう)の者たちも来ますか」と聞いた。
「勿論、松浦党も来ています。でも、五島(ごとう)の者は浮島には来ません。五島の者たちは今帰仁に行っているようです」
 ソンウェイは怪訝(けげん)な顔をして、「どうして、わしが五島の者だと知っているのです?」とサハチに聞いた。
 サハチは笑って、「福州で道に迷った時、お世話になりました」と言った。
 サハチの顔を見つめていたソンウェイは思い出したらしく、「あの時の琉球人か」と言った。
「ちょっと待て。道に迷ったとか言っていたが、もしかして、チェンイージュンの店を探っていたのですか」
「そういう事です。三姉妹の敵討ちを助けようとしていたのです。しかし、チェンイージュンは殺されました。それで、三姉妹は福州を出て、杭州に拠点を移したのです」
 うーんと唸ってから、ソンウェイは笑った。
 その夜、いつものように歓迎の宴が開かれ、ソンウェイから明国の海賊の事を色々と聞いた。海賊の事に詳しいソンウェイが、三姉妹の配下に加わったのは、今後の事を思うと頼もしかった。
「ソンウェイの奥さんのリンシァなんだけど、一目見て、わたしたちと同類だと思ったわ」とメイユーが言った。
 ソンウェイが笑って、「リンシァは女海賊でした」と言った。
「二十歳を過ぎてもお嫁にも行かず、剣を振り回して海賊働きをしていました。そんなリンシァが、わしが死にかけていた時、寝ずの看病をしていたと、あとになって聞いて、わしはリンシァに惹かれていったのです。リンシァのお陰で、明国の言葉も覚え、一年後には一緒になりました。子供がまだ小さいので、今回は諦めましたが、リンシァも琉球に来たいと言っていました」
按司様(あじぬめー)の奥方様(うなじゃら)はあたしたちの姉御なのよ。きっと、大歓迎してくれるわ」
 ソンウェイはリュウジャジン(劉嘉景)たちと一緒に『天使館』に入ったが、ンマムイが会いに来て、兼(かに)グスクに連れて行った。運天泊でソンウェイと会った事は聞いていたが、わざわざ会いに行くなんて、余程、気が合ったのだろう。ソンウェイはまだ何を考えているのかわからないが、ンマムイと親しくなれば、裏切る事もないだろうとサハチは思った。
 メイユーたちは去年と同じように首里(すい)のサハチの屋敷に入った。今年は佐敷ヌルがいないので、メイユーも島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに行きたいとは言わなかったが、ナツのお腹が大きくなっていると聞くと心配して、側室としてお手伝いしなければならないと言った。ハルはお祭りの準備に熱中していて、今、与那原にいるので、サハチも大丈夫だろうとメイユーたちを連れて、島添大里グスクに帰った。
 メイファンがチョンチを連れて島添大里グスクに来ていた。一人で遊んでいるチョンチを見て、マチルギが連れて来たという。チョンチはナツが産んだナナルーより一つ年下で、みんなと一緒に楽しそうに遊んでいた。
 メイユーはナツのお腹を見て、「あたしにナツの代わりは務まらないけど、できるだけの事はするわ」と言った。
「ありがとう。でも、まだ、大丈夫なのよ」とナツは笑った。
 チョンチはここが気に入って、帰りたがらず、メイファンもリェンリー、ユンロン、スーヨンと一緒に佐敷ヌルの屋敷に泊まり、メイユーは久し振りに自分の部屋に落ち着いた。
 佐敷ヌルの屋敷は、主人の佐敷ヌルもユリもシビーもいないが、メイファンたちが泊まり込んで賑やかになっていた。
 メイユーたちが琉球に来てから五日後、ウニタキが島添大里グスクにやって来た。
「リンジョンチェンが来た」とウニタキは言った。
「鉄炮を積んだ船も一緒なのか」とサハチが聞くと、ウニタキはうなづいた。
「進貢船より一回り小さい船で、十二の鉄炮を積んでいるという。湧川大主はさっそく、その船に乗って沖に出て、鉄炮を撃ってきたようだ」
「十二の鉄炮か‥‥‥凄いな。火薬もたっぷりと持ってきたのか」
「詳しくはわからんが、湧川大主の喜びようから、たっぷり持ってきたのだろう」
「そうか。その火薬を奪い取るか、最悪の場合は爆破させるしかないな」
「ああ、わかっている。だが、船に積んである火薬を盗むのは難しい。海水に濡れたら使えなくなってしまう。船ごと頂ければいいんだが、それも難しいだろう」
「その船の動きは、確実に抑えておけよ」
「ああ、見張りを付けたよ」
「その鉄炮で浮島を攻められたら大変な事になる。ヒューガ殿にも知らせなくちゃならんな」
「知らせたよ。もう知っている頃だろう」
「そうか。ありがとう」
「ンマムイの奴、ソンウェイを連れて運玉森(うんたまむい)に行ったぞ」とウニタキが言った。
「ソンウェイも拳術をやるのか」
「さあ、知らんが、ヂャンサンフォン殿の名前は知っているのだろう。有名な仙人を拝みに行ったに違いない」
「ヂャンサンフォン殿と言えば、そろそろ、奥間ヌルと麦屋ヌルたちの一か月の修行が終わるんじゃないのか」
「ヂャンサンフォン殿も忙しいな。ようやく終わったと思ったら、今度はソンウェイか」
「奴だが、どう思う?」とサハチはウニタキに聞いた。
「信用できると思うか」
「大丈夫だろう。奴に話を付けたのはマニとイサだ。充分に奴の事を調べ上げた末に、味方に引き入れたのだろう。亡くなったリンジェンフォンは大した海賊だったようだが、あとを継いだリンジョンチェンは大した男ではない。補佐役のソンウェイがいたから、山北王ともうまくやって来られたのだろう。ソンウェイを追い払ったのは自滅したようなものだ」
「ソンウェイが偽って、三姉妹の配下になったとは考えられないか」
「三姉妹を倒すために、偽って近づいたというのか」
「奴は頭がよさそうだから、そのくらいな事はやりそうだ」
「リンジェンフォンが生きていたなら、わざと追い払われた振りをして、三姉妹に近づく事も考えられるが、亡くなってしまった今、ソンウェイが倅のために、そこまでやるとは考えられない。それに、急死だったのは確かなようだ。遺言さえなかったという。もし、ソンウェイがリンジェンフォンから、倅の事を頼むとでも言われていたなら、馬鹿な倅に尽くしただろうが、そんな事を頼まれる事もなく、突然、亡くなってしまったのだろう。まあ、それとなく、奴の動きは調べている」
「そうか、頼むぞ。三姉妹がやられる所は見たくないからな」
 ウニタキは帰って行ったが、すぐに戻って来た。奥間ヌル、麦屋ヌル、東松田の若ヌル、カミーも一緒にいた。
「ねえ、あたし、若返ったでしょう」と奥間ヌルがサハチに言った。
 サハチが首を傾げると、
「体が本当に軽くなったのよ。それに、暗闇でも物が見えるようになったのよ」と奥間ヌルは嬉しそうに言った。
「わたしも体が軽くなって、十歳も若返った気分だわ」と麦屋ヌルも言った。
「あたしたちも十歳若返ったわね」と東松田の若ヌルがカミーを見ながら笑った。
「あたしは一歳、タマ(東松田の若ヌル)は五歳ね」とカミーは言って、皆を笑わせた。
 一緒に修行をしていた浦添ヌルは長い間、留守にしたので心配だと言って、浦添に帰ったようだった。
 ナツとメイユーがお茶を持って入って来た。
「皆さん、無事に修行が終わったのですね」とナツが言って、メイユーに奥間ヌルたちを紹介した。
「あらまあ、異国の女子(いなぐ)まで側室にしたのですか」と奥間ヌルがサハチを睨んだ。
「明国に行った時にお世話になったんだよ」とサハチは説明した。
「明国で出会って、今は旧港という所にいるのですか」と奥間ヌルがメイユーに聞いた。
「明国は一般の者が交易をするのを許さないので、旧港に移ったのです。旧港には明国から逃げて来た商人たちが大勢、住んでいるのですよ。奥間ヌル様は按司様と随分と親しいようですけど、どういう関係なのですか」
「サタルーの父親按司様だから、親戚みたいなものですよ」
「親戚ですか‥‥‥」とメイユーは言ったが、疑っているようだった。
「奥間の者たちは中山王のためによく働いてくれるんだ。各地にいる鍛冶屋(かんじゃー)や木地屋(きじや)が色々と情報を届けてくれる。とても、助かっているんだよ。奥間の者たちの親玉が奥間ヌルなんだ。奥間ヌルの言う事には誰も逆らえない。恐ろしい女子(いなぐ)なんだよ」とサハチが言うと、
「何ですって、どこが恐ろしいのよ」と奥間ヌルが怒った顔をして、サハチを睨んだ。
「恐ろしくなんかないですよ。とても素直で可愛い人です」と麦屋ヌルが言った。
「その通りよ」と奥間ヌルが真面目な顔して言ったので、東松田の若ヌルとカミーがクスクス笑っていた。
 一緒に厳しい修行を積んで、年の差はあるが、四人は仲良しになったようだった。
 その夜、修行を終えたお祝いの宴を開き、佐敷ヌルの屋敷にいるメイファンたちやサスカサ、サグルー夫婦、イハチ夫婦、チューマチ夫婦も呼んで、遅くまで楽しい一時を過ごした。
 次の日は朝から雨降りで、奥間に帰ろうとしていた奥間ヌルは帰ろうかためらっていた。カミーが突然、雨が降る中に飛び出して、空をじっと見つめた。カミーが手招きするので、奥間ヌルも雨降る中に出て、空を見上げた。
 二人は顔を見合わせて、「台風が来るわ」と言った。
「とても大きな台風よ」とカミーは言った。
 二人の姿を見たサスカサも出で来て空を見上げた。
「間違いないわ。大きな台風が来るわ」
 ヌルたちから台風の事を聞いたサハチは、サムレーたちを佐敷、平田、手登根(てぃりくん)、与那原、首里、兼グスク、上間(うぃーま)、浮島、中グスク、越来(ぐいく)、勝連(かちりん)に飛ばして、台風対策を取らせた。
 石垣は修繕したので問題はない。屋敷の周りも調べ、補強すべき所は補強させた。慈恩禅師(じおんぜんじ)にも知らせなければならないと思い、サハチは城下に向かった。
 ジウン(慈恩)寺(でぃら)は静かだった。越来ヌルが出て来たので台風の事を知らせると、イハチから聞いて、子供たちを皆、帰したという。自分が出る幕ではなかったかと、サハチは気を付けるようにと言って、越来ヌルと別れてグスクに向かった。途中で土砂降りになってきて、屋敷の軒下で雨宿りをしていたら、奥間ヌルが駈け込んで来た。
 サハチは驚いて、「こんな所で何をしていたんだ?」と聞いた。
「『まるずや』に行って古着を買ってきたの」と奥間ヌルは手に持っている風呂敷包みを見せた。
「古着?」
「雨戸の隙間から雨が入ってくるでしょ」
「古着で塞ぐのか」
「そうよ。按司様の着物や女子サムレーたちの着物を使うわけにはいかないでしょ」
「確かにそうだが‥‥‥ひどい降りになって来たな」
「一緒に濡れて帰りましょう」と奥間ヌルが楽しそうに言った。
「そうするか」とサハチは奥間ヌルの手を引いて土砂降りの中に飛び出した。
 何軒か先にある屋敷の軒下に飛び込むと、戸を開けて、中に入った。
「ここは誰のお屋敷なの?」
「ここはお客様用の屋敷だよ。ついこの間まで、ヤマトゥから来たお客さんが泊まっていたんだ」
「イトさんたちね?」
 サハチはうなづいて、「小降りになるまで、ここで雨宿りをしよう」と言った。
 奥間ヌルはうなづくと、びしょ濡れの着物を脱ぎ始めた。奥間の浜辺で着物を脱ぎ捨てた奥間ヌルを思い出し、サハチも濡れている着物を脱いだ。お互いに裸になって見つめ合い、まるで、夢でも見ているような気持ちになって抱き合った。
 雨は半時(はんとき)(一時間)ほどでやんだが、風が強くなってきた。サハチと奥間ヌルは何もなかったような顔付きで、島添大里グスクに帰ると、皆と一緒に台風対策に励み、戸締まりをしっかりとして、屋敷の中に籠もった。メイファンたちも奥間ヌルたちも佐敷ヌルの屋敷から一の曲輪の屋敷に移った。
 申(さる)の刻(午後四時)だというのに、外は暗くなり、雨も風も強くなってきた。雨戸を閉め切って暗い部屋の中に蝋燭(ラージュ)(ろうそく)がいくつも灯り、風の音と雨の音を聞きながら、退屈な時を過ごした。
 子供たちが笛を吹き始めた。サスカサが酒の用意を始めた。
「また、酒盛りか」とサハチが聞くと、「熊野参詣の時、雨降りで動けなかった時があったの。一日中、お酒を飲んでいたのよ」とサスカサは笑った。
「困ったもんだ」と言いながらも、サハチはサスカサが注いでくれた酒を飲み、「台風退散の酒盛りを始めるぞ」と言った。
 子供たちの笛を聞きながら酒を飲み、子供たちが眠ってしまうと、メイユーたちが笛を吹いた。船の上で稽古に励んでいるとみえて、皆、去年よりもずっとうまくなっていた。南蛮風の調べが心地よく流れ、サハチはまだ見ぬムラカの国を想像して、いつの日か、ウニタキ、ファイチと一緒に行ってみたいと思った。ふと、ンマムイの顔が浮かび、あいつも連れて行ってやるかと思った。
「佐敷ヌルから聞いたわ。按司様も笛の名人なんですってね。聞かせて」と奥間ヌルが言った。
 サハチはうなづいて、一節切(ひとよぎり)を吹いた。
 さわやかな風が吹き抜けて行くような優しい調べが流れた。奥間ヌルはサハチの一節切を聴きながら、サハチと初めて会った時の事を思い出していた。
 十六歳だったサハチがクマヌに連れられて奥間に来た時、奥間ヌルはサハチがマレビト神に違いないと悟った。でも、十四歳だった奥間ヌルはサハチの相手をする事ができなかった。サハチがフジと仲よくしているのを見ながら、奥間ヌルは密かに泣いていた。その時、一言も話をする事もなくサハチを見送り、次にサハチがやって来るのをずっと待っていた。
 サハチの父親が来て、サハチの祖父も来て、叔母の馬天ヌルも来たのに、サハチは来なかった。そして、三十一歳になった春、ようやく、サハチはやって来た。あの時の夢のような日々は決して忘れないだろう。サハチの娘も授かり、もう二度とサハチに会えなくても大丈夫だと自分に言い聞かせてきた。
 ところが二年前、何の前触れもなく、サハチが奥間にやって来た。会うとやはり嬉しかった。そして、今年の四月、佐敷ヌルがやって来た。佐敷ヌルからサハチの事を色々と聞くとまた会いたくなった。五月に屋嘉比(やはび)のお婆に呼ばれて行くと、そこに馬天ヌルがいて、一緒に旅をして首里まで来た。もう待つのはやめようと奥間ヌルは思っていた。会いたくなったら、いつでも会いに来ようと思っていた。
 なぜか、知らぬ間に涙が流れていて、奥間ヌルは恥ずかしそうに涙を拭った。
 サハチが一節切から口を離すとシーンと静まり返った。不思議と雨の音も風の音も聞こえなかった。
 奥間ヌルは顔を上げて耳を澄ました。なぜか、皆が泣いていた。
按司様の笛はいつ聞いても感動するわ」とナツが言って涙を拭いて笑った。
「素晴らしいわ。台風も逃げて行っちゃったみたいね」とメイユーが言った。
「ほんと、凄いわ」と言いながら麦屋ヌルも涙を拭いた。
 突然、雨の音と風の音が鳴り響いた。台風はまだ去ってはいなかった。雨戸の隙間から雨が入って来て、奥間ヌルが買って来た古着が役に立った。
 夜中過ぎまで暴風雨が続き、ようやく静かになってきたので、サハチたちも安心して横になったが、蒸し暑くて眠る事はできなかった。
 夜が明けると風はやんで、小雨が静かに降っていた。グスクの中に折れた木の枝は散らかっていたが、特に被害もなかった。サハチはサムレーたちに命じて、周りの状況を調べさせた。
 前もって対策をしていたので、佐敷も馬天浜も大きな被害はなかった。ただ、農作物の被害は大きいようだ。こんな時のために、シンゴに頼んで、大量の米を持って来てもらってあるし、羽地(はにじ)の米もあるので、何とかなるだろう。
 サムレーたちが戻って来て、与那原が被害を受けた事がわかり、サハチはサムレーと女子サムレーを連れて、与那原に向かった。メイユーたちや奥間ヌルたちも付いて来た。雨もやんで日が差して来た。
 思っていたよりも悲惨な状況だった。海辺の家はほとんど、つぶれていた。海には家と船の残骸が浮かんでいる。サハチはサムレーたちに命じて、つぶれた家の中に生存者がいないか調べさせた。女子サムレーたちは怪我人や病人の治療に当たった。マタルー(与那原大親)の妻のマカミーがサムレーたちを指揮して、つぶれた家の片付けをしていた。ヂャンサンフォンと一緒に右馬助(うまのすけ)とソンウェイもいて、泥だらけになって働いていた。
「勇ましい姿だな」とサハチはマカミーに言って、
「ここの者たちは避難していたのか」と聞いた。
「はい。大丈夫です。島添大里から知らせが入ったので、海辺の者たちは皆、グスクに避難させました」
「そうか。よかった。それにしてもひどいな。馬天浜は大した被害はなかったのに、ここは直撃されたようだな」
「再建は大変ですけど、与那原を守る者としてやらなければなりません」
「そうだな。マタルーは留守だが、頑張ってくれ。こういう時にちゃんとしないと、みんなが付いて来なくなるからな」
 首里からも苗代大親(なーしるうふや)がサムレーを引き連れ、マチルギが女子サムレーを引き連れてやって来た。
首里は大丈夫か」とサハチはマチルギに聞いた。
「大丈夫よ。普請中の北曲輪(にしくるわ)の石垣も崩れなかったわ」
「そうか。よかった」
 奥間ヌルが奥間が心配なので帰ると言い出し、東松田の若ヌルも読谷山(ゆんたんじゃ)が心配なので帰ると言った。
 ヒューガに頼んで、船で送らせると言って、マチルギが奥間ヌル、東松田の若ヌル、麦屋ヌル、カミーを連れて首里に戻った。
 一日中、壊れた家の残骸を片付け、島添大里グスクに帰ると、ウニタキが子供たちと遊びながら待っていた。
「ヤンバルから帰って来たのか」とサハチが聞くと、
「台風の時は浮島にいたんだよ」とウニタキは言った。
「なんだ、メイリンと一緒だったのか」
「ヤンバルに行くつもりだったんだけど、雲行きが怪しくなってきたんでな。浮島に渡って、みんなは島添大里にいるから安心しろってメイリンに教えたんだよ」
「浮島は大丈夫だったか」
「大丈夫だ。つぶれた家もないし、船も皆、避難していて無事だ」
「そうか、よかった」
「与那原がひどい有様でな、今までずっと片付けをしていたんだよ」
「聞いたよ。糸満(いちまん)もひどいぞ。それと、中グスクと勝連もやられた。ウミンチュたちの家はみんなつぶれている」
「中グスクと勝連か‥‥‥助っ人を送らなければならんな。糸満もやられたか。シタルーも忙しくなりそうだな」
「三王同盟以来、シタルーも大分、落ち込んでいるようだ。復興対策に熱中すれば気も紛れるだろう。俺はヤンバルの状況を調べてくるよ」
「頼むぞ。今から行くのか」
「いや。お前の子供を見ていたら、子供に会いたくなってきた」
「おうちに帰るのか」
「チルーの所じゃないよ。チルーはヂャンウェイ(ファイチの妻)とうまくやっている。たまに帰っても、最近は邪魔者扱いされるんだ。リリーの娘のウミトゥに会いに行くんだよ」
「ウミトゥはタチと同い年だったな。今、三つか」
「可愛い娘だよ。きっと美人(ちゅらー)になるだろう」
「美人になったら、お嫁に出せなくなるだろう」
「お嫁になんか行かなくてもいい」
 サハチは笑って、「チルーには知らせないのか」と聞いた。
「恐ろしくて、知らせられるか」
 ウニタキはそう言って、帰って行った。

 

 

 

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