長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-148.山北王が惚れたヌル(第二稿)

 中山王(ちゅうさんおう)が女たちを連れて久高島(くだかじま)参詣をしていた頃、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクでは山北王(さんほくおう)の代理として本部(むとぅぶ)のテーラーが、山南王(さんなんおう)の他魯毎(たるむい)に戦勝を祝福して、援軍を送った事に対する報酬として、二つの条件を提示していた。
 一つは島添大里(しましいうふざとぅ)のミーグスクにいる仲尾大主(なこーうふぬし)を山南王の重臣として迎える事。二つめは山北王の長男のミンを他魯毎の婿として迎え、世子(せいし)とする事だった。
 四年前、先代の山南王の汪応祖(おーおーそ)(シタルー)が山北王の攀安知(はんあんぢ)と同盟した時、ミンと他魯毎の妹のママチーの婚約が決まり、ママチーは母親と一緒に今帰仁(なきじん)に行っていた。ミンもママチーもまだ十三歳だった。
 一つめの条件は受けられるが、二つめは難しい問題だった。他魯毎には十一歳の長男、シタルーがいて、シタルーはサハチの娘のマカトゥダルと婚約していた。シタルーが世子になる予定なのに、妹婿のミンを世子にするわけにはいかなかった。
 他魯毎は重臣たちと相談した。重臣たちは悩んだ末に、山北王の条件を呑むしかないと結論を出した。今、南部には山北王の兵が三百人いて、条件を蹴った場合、その兵が騒ぎを起こすかもしれない。どこのグスクも兵糧(ひょうろう)を使い果たしているので、これ以上、戦を続けるわけにはいかなかった。
 他魯毎は山北王の条件を呑む事をテーラーに告げて、その経緯を説明した書状をサハチに送った。
 首里(すい)グスクで留守番をしていたサハチは他魯毎の書状を読んで、ミンとママチーが婚礼を挙げる三年後には世の中も変わっているだろう。シタルーが世子に返り咲くから心配するな、と返事を送った。

 


 その頃、山北王の攀安知は沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島(こうりじま))にいた。先月の三日、中山王の久高島参詣を真似して、山北王は妻や側室、侍女や城女(ぐすくんちゅ)たちを連れて沖の郡島に来ていた。沖の郡島も久高島と同じように聖なる島と呼ばれていて、古いウタキがいくつもあった。女たちは浜辺で遊んで、楽しい時を過ごして息抜きをした。
 攀安知が沖の郡島に来るのは久し振りだった。山北王になる前の若い頃、側室になる前のクンと一緒に来て以来だった。今回もクンは来ているが、当時十六歳だったクンは三十の半ばを過ぎ、娘のマサキは南部の保栄茂按司(ぶいむあじ)に嫁いでいた。クンは当時を思い出して、若返ったようにはしゃいでいた。
 姉の今帰仁ヌルと叔母の勢理客(じっちゃく)ヌルも一緒に来ていて、クーイヌルが歓迎してくれた。クーイヌルはクンと一緒に来た二十年前にも歓迎してくれた。その時にはいなかったが、若ヌルがいた。
 攀安知は若ヌルのマナビダルを一目見て惹かれてしまった。妻や側室たちが一緒にいたので、マナビダルと親しくはなれなかったが、今帰仁に帰ってからもマナビダルの事が忘れられなかった。もうすぐ四十歳になる攀安知にとって、十九歳のマナビダルは娘のようなものだが、会いたいという気持ちを抑える事はできなかった。
 沖の郡島の山の上に見張り台を作って、行き来する船を見張ると、いい加減な事を言って、数人の家臣を連れてやって来た。家臣たちを山に行かせて、攀安知はマナビダルと会っていた。
 マナビダルの方も一目見た時からマレビト神に違いないと感じたが、山北王だと知って驚き、雲の上の人だと諦めていた。ところが、山北王は会いに来てくれた。やはり、運命の人だったんだと感激していた。
 攀安知とマナビダルは浜辺を散歩しながら、お互いの事を語り合った。
 マナビダルは父親というものを知らなかった。父親は海で遭難して沖の郡島に流れ着いて、母に助けられたヤマトゥンチュ(日本人)だった。そのヤマトゥンチュはマナビダルが三歳の時にヤマトゥに帰ってしまい、二度と現れる事はなかった。母はこの島で生まれたが、祖母は今帰仁の方からやって来たという。マナビダルが生まれた時は、すでに祖母は亡くなっていて、どうして祖母がこの島に来たのかはわからない。母は知っていると思うが教えてくれなかった。
 マナビダル攀安知の話を聞いて、賑やかに栄えている今帰仁の都を見てみたいと言った。小舟(さぶに)に乗れば、すぐに対岸の運天(うんてぃん)に行けるのに、マナビダルは今まで一度も島から出た事はないという。
「一緒に今帰仁に行こう」と攀安知が誘ったら、マナビダルは首を振って、
「お母さんが許さないわ」と悲しそうな顔をした。
 攀安知が母親のクーイヌルに頼んだら、クーイヌルは顔を曇らせた。
「決して、今帰仁に行ってはならないと母が亡くなる時に言ったのです。何があって母が今帰仁からこの島に来たのかわかりませんが、母が亡くなったあと、父から聞いた話によると、母は今帰仁の武将に連れられて、この島に来たようです。母はこの島の長老に預けられ、長老の息子だった父と結ばれて、わたしが生まれました。母がこの島に来た時、今帰仁で戦(いくさ)が起こって、按司が入れ替わったようです。母もその戦に巻き込まれて、この島に来たようですが、詳しい事は何も話しませんでした。母が亡くなって、もう二十年以上が経ちます。わたしは母の言い付けを守りますが、娘は今帰仁に行ってもいいような気がします。この島の発展の事を思うと、今帰仁の都は見ておいた方がいいでしょう。どうか、娘をよろしくお願いいたします」
 攀安知は喜んで、マナビダルを連れて今帰仁に帰った。マナビダルは何を見ても驚いた。親泊(うやどぅまい)に泊まっている何隻ものヤマトゥ船に驚き、今帰仁の城下に着くと、行き来している大勢の人々に驚いた。ヤマトゥンチュのサムレーを見ると、父親の面影を探しているようだった。高い石垣で囲まれた今帰仁グスクを見ると、まるで、夢の世界にいるようだと目を丸くしていた。
 攀安知もマナビダルも知らなかったが、マナビダルの祖母は今帰仁ヌルだった。叔父の羽地按司(はにじあじ)に攻められて、父の今帰仁按司と兄の若按司は殺され、二人の弟は逃げたようだが無事なのかどうかはわからなかった。捕まった今帰仁ヌルは羽地按司の命令で沖の郡島に流され、島の長老の世話になって、長老の息子と結ばれた。男の子が生まれたら父と兄の敵討ちを託そうと思った。女の子が生まれたらヌルとして育てて、敵討ちの事は忘れようと決心した。
 生まれたのは女の子だった。神様は敵討ちを望んではいないと悟った今帰仁ヌルは、過去の事は封印して娘に話す事なく亡くなった。そして、今帰仁ヌルが沖の郡島に流されてから五十年余りが経って、何も知らない孫娘のマナビダルは、敵(かたき)の孫である攀安知と仲よく今帰仁に行ったのだった。
 今帰仁ヌルの二人の弟は伊波按司(いーふぁあじ)と山田按司(やまだあじ)で、マナビダルの母親はマチルギの従姉(いとこ)だった。
 今帰仁に五日間滞在して、都見物を楽しんだマナビダルは沖の郡島に帰って行った。攀安知は引き留めたが、
「あたしは島のヌルを継がなければなりません。王様(うしゅがなしめー)と別れるのは辛いけど、あたしは島から出て暮らすわけにはいきません」とマナビダルは目に涙を溜めながら言った。
 攀安知はうなづいて、「俺がお前に会いに行くよ」と言ってマナビダルを島に送らせた。

 


 久高島参詣から皆が帰って来て、サハチに久高ヌルの事を話した。小渡(うる)ヌルが久高ヌルを継いだなんて思ってもいない事だった。
「不思議な事が起こるもんだな」とサハチが驚くと、
「ほんと、驚いたわ。あたし、小渡ヌルを安須森(あしむい)に連れて行こうと思っていたのよ。久高島の神様に取られてしまったわ」と安須森ヌルが悔しそうに言った。
「でも、小渡ヌルが久高ヌルになったお陰で、大里(うふざとぅ)ヌルは太陽(てぃーだ)が拝めたのよ」とササが言った。
「なに、大里ヌルが太陽を見たのか」
「とても感激していたわ。一生、太陽が拝めないなんて可哀想な話よ」
 ササたちとヂャンサンフォンと運玉森(うんたまむい)ヌルが与那原(ゆなばる)に帰るというので、サハチも一緒に行く事にした。戦のため、お客様のルクルジルー(六郎次郎)と愛洲次郎(あいすじるー)をほったらかしたままだった。ヂャンサンフォンの留守中は二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)がルクルジルーたちの指導をしているという。みんなが帰る前にキラマ(慶良間)の島に連れて行こうとサハチは思っていた。
 与那原グスクにいたサグルー、ジルムイ、マウシ、シラーたちは山グスクに引っ越しして、首里のサムレー大将だった伊是名親方(いぢぃなうやかた)(マウー)が配下のサムレーたちを引き連れて移って来ていた。
「俺がグスク持ちになるなんて、まるで夢でも見ているようです」とマウーは嬉しそうにサハチに言った。
「マウーは親父の最初の弟子だからな。お前がグスク持ちになれば、ほかの者たちの励みになる。サムレー大将として明国には行けなくなってしまったが、それでよかったのか」
「三回も行って来ましたから、もう充分です。俺が唐旅(とうたび)に出る度に妻のユウが心配していたようで、これで唐旅に行く事はないだろうと安心しています」
「そうか。与那原大親(ゆなばるうふや)として、与那原の者たちの面倒を見てくれ。それと、伊是名島(いぢぃなじま)の者たちを呼んでもかまわんぞ。才能のある奴はどんどん使ってくれ」
「わかりました。久し振りに伊是名島に帰って、グスク持ちになった事を自慢して来ます。次男坊や三男坊でサムレーになりたい奴を連れて来て、ここで鍛えます」
「そうしてくれ」
 マウーと別れて、サハチはヂャンヌムイと呼ばれているヂャンサンフォンの武術道場に向かった。山頂の東側にある眺めのいい所で、ルクルジルーたちと愛洲次郎たちが修行に励んでいた。驚いた事に、愛洲次郎は家臣のサムレーたちをみんな呼んで修行させていた。武当拳(ウーダンけん)は船の上での戦で、非常に役に立つので皆にも習わせたと愛洲次郎は言った。
 サムレーたちを指導している右馬助を見たサハチはかなり強いと思った。琉球に来て三年余りが経ち、ずっと修行三昧(ざんまい)だった。何を求めて修行を続けているのかわからないが、右馬助が家臣になってくれたらいいと願った。
 サハチもみんなと一緒に稽古をして汗を流し、夜はみんなと一緒に酒盛りを楽しんだ。
 翌日、首里に戻ったサハチは進貢船(しんくんしん)とヤマトゥに送る交易船の準備を始めた。思紹(ししょう)と相談して、ヤマトゥの交易船は五月の半ば、進貢船は六月に出す事に決め、交易船の総責任者は去年と同じ手登根大親(てぃりくんうふや)(クルー)で、進貢船の正使はサングルミーに決まった。
 四月十日、浦添(うらしい)グスクでお祭りが行なわれ、ササたちがルクルジルーたちと愛洲次郎たちを連れて行った。浦添のお祭りは安須森ヌルやユリたちは関与しないので、浦添ヌルのカナが女子(いなぐ)サムレーたちと一緒に頑張っていた。武術師範の飯篠修理亮(いいざさしゅりのすけ)も何かとカナを助けていた。お芝居は女子サムレーの『察度(さとぅ)』と旅芸人たちの『かぐや姫』だった。
 四月の半ばに梅雨に入ったが、二十一日の佐敷のお祭りは曇ってはいても雨は降らなかった。ササたちはルクルジルーたちと愛洲次郎たちを連れて佐敷に行った。サハチもナツと子供たちを連れて見に行った。お芝居はシビーとハルの新作『馬天(ばてぃん)ヌル』と旅芸人の『小松の中将様(くまちぬちゅうじょうさま)』だった。
 若い馬天ヌルがツキシルの石にお祈りをしている場面から『馬天ヌル』は始まった。ツキシルの石が光って、隣りに建っている粗末な小屋の中から赤ん坊の泣き声が聞こえて来る。馬天ヌルは生まれたばかりの赤ん坊を祝福する。
 光る石は黒っぽい石が黄色い石に変化する事で表現していた。夜なら張りぼての石の中に蝋燭(ろうそく)を入れればいいが、昼間だとよくわからないので、そうやったらしい。黄色い石に黒っぽい布を掛けておいて、一瞬のうちに黒い布をはずしたようだった。
 場面が変わって、十七年後の馬天ヌルがハチルー夫婦とヤマトゥのサムレー、ミユシと一緒に久高島に行く。フボーヌムイに籠もっているサスカサヌルと会って、一緒にウタキに籠もる。ウタキに神様が現れて、馬天ヌルに琉球の歴史を教える。白い薄絹をまとった美しい女の神様で、空中に浮かんでいるように見えた。サハチは神様の姿を見た事はないが、馬天ヌルやササには見えるのだろうかと不思議に思った。
 馬天浜に帰って来た馬天ヌルのお腹が大きくなって、やがて、ササが生まれる。
 それから何年か経って、佐敷グスクに移されたツキシルの石の前で、馬天ヌルがお祈りをしていると石が光って、馬天ヌルはウタキ巡りの旅に出る。旅の途中で馬天ヌルは数々の奇跡を起こす。病気の年寄りを治したり、魚を呼び寄せてウミンチュたちを喜ばせたり、古いウタキを見つけて地元のヌルを驚かせたりした。山賊に襲われて、馬天ヌルが華麗に山賊を倒す場面では観客たちが大喜びをした。
 島添大里按司になったハチルーと一緒に首里グスクを攻め落とし、首里グスクのマジムン(悪霊)退治をして、めでたしめでたしでお芝居は終わった。マジムン退治では奇妙なマジムンが次々に出て来て子供たちを喜ばせた。
 旅芸人の『小松の中将様』は以前見た時よりも、わかりやすく楽しいお芝居になっていた。前回、フクが演じていた中将様は、二代目のフクが演じていた。猛特訓に耐えたとみえて、先代に劣らない素晴らしい演技を見せていた。
 お芝居を見終わって、十歳のマカトゥダルが、馬天ヌルになりたいと言い出した。
「あなたはお嫁さんになるのよ」とナツが言ったが、「やだ、ヌルになる」と言って聞かなかった。
「あたしはアキシノみたいな女子サムレーになりたい」と十二歳のマシューが言った。
 アキシノもヌルなのだが、お芝居を観た限りではヌルではなくて、勇ましい女武者だった。
「あなたもお嫁さんになるのよ」とナツは言ったが、二人とも、「やだ、やだ」と首を振って、意味もわからず、三歳のマカマドゥも、「やだ、やだ」と言っていた。
 お芝居を観た佐敷の娘たちがヌルや女子サムレーになりたいと言い出すに違いないとサハチは思った。
 お芝居のあと、ウニタキとミヨンが舞台に上がって歌と三弦(サンシェン)を披露した。戦が続いていたので、二人の歌を聴くのは久し振りだった。久高島の恋の歌を聴きながら、久高島に行った小渡ヌルの事を思い出した。
 ちょっと変わったヌルだったが、安須森ヌルやササとは気が合っていた。ンマムイの妻のマハニとは従姉妹同士で、会うのは初めてだったが、年齢も同じ位だったので、すぐに仲よくなったと聞いている。きっと、フカマヌルとも仲よくやっているだろう。可愛い娘がいたが、父親は誰なのだろうとふと気になった。
 辰阿弥(しんあみ)と福寿坊(ふくじゅぼう)の念仏踊りをみんなで踊って、お祭りは終わった。ウニタキに話があると言われて、サハチはナツと子供たちを先に帰した。
 東曲輪(あがりくるわ)の屋敷の縁側に腰を下ろして、女子サムレーたちが後片付けをしているのを眺めた。
「ここはお前たちの新居だったな」とウニタキが言った。
「マチルギが嫁いで来るので、この東曲輪を作ったんだ。お前と初めて会った頃だったな」
「ああ、あれから何年が経つのだろう。月日が経つのは速いものだ」
「今は佐敷の若按司夫婦が住んでいる」
「ファイチが心配して、時々、顔を出しているようだ」とウニタキが笑った。
「ファイチがか」とサハチも笑った。
「ここでヘグム(奚琴)を弾いたそうだ。村(しま)の者たちが集まって来て、皆、うっとりとした顔で聴いていたようだ」
「そうか。昔はこのグスクは賑やかだった。笛の音が毎晩、流れていた」
「ファイチのヘグムに刺激されて、シングルーが三弦を始めたようだ。ファイリンから教わってな」
「シングルーが三弦か。いいかもしれん。奴はいい声をしている」
 ウニタキは軽く笑ったあと、「鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻めは延期になったようだ」と言った。
「なに? 何かあったのか」とサハチはウニタキを見た。
「湧川大主(わくがーうふぬし)の奥さんが倒れたようだ。もともと病弱な人だったらしい。三月に山北王の奥さんや側室たちと一緒に沖の郡島に行ったらしい。その時は元気だったようだが、帰って来てから具合が悪くなって倒れてしまったようだ」
「そうか。しかし、湧川大主はもう鬼界島に行くつもりだったのか」
「梅雨明けまで待っていると、鬼界島の奴らはヤマトゥに行く船を出してしまう。ヤマトゥに行く船が出る前に行って、総攻撃を掛けるつもりだったようだ。鬼界島の奴らはヤマトゥから援軍を呼んで、島を取り戻したと湧川大主は思っているようだ」
「成程な。鬼界島の奴らは琉球にも来ているのか」
「調べさせたら浮島に来ていた。ただ、鬼界島から来たとは名乗っていないで、薩摩(さつま)から来た倭寇(わこう)を装っている。背の高い大男がいると聞いたので、すぐにわかった。松田(まちだ)というサムレー大将で『青鬼(うーうに)』と呼ばれているようだ。奴らは十日程前に帰って行った」
「なに、もう帰ったのか」
「ヤマトゥまで帰るわけではないからな。風待ちをしながら島伝いに鬼界島まで行くのだろう。そして、荷物を積み直して、六月頃に薩摩に行くに違いない」
「それなら五月に行っても間に合うだろう」
 ウニタキはうなづいて、「湧川大主の奥さん次第だな」と言った。
「新しい鬼界按司は誰なんだ?」
「殺された鬼界按司の兄貴のようだ。国頭按司(くんじゃんあじ)の弟だよ。殺された鬼界按司は国頭の兵を率いて行った。殺された者たちの敵(かたき)を討つと言って、志願したようだ。鬼界島攻めでは多くの兵が戦死している。国頭だけでなく、名護(なぐ)や羽地(はにじ)の兵たちもいる。国頭は弟の敵を討つと張り切っているが、名護も羽地も鬼界島攻めには反対しているんだ。次の鬼界島攻めに失敗したら、二人の弟を失った国頭按司は勿論の事、名護按司も羽地按司も山北王を見放すだろう」
「うまい具合になりそうだな」とサハチはニヤッと笑った。
「もう少し決定的なものが欲しい」とウニタキは言った。
「まだ時はある。南部は思い通りになった。今の状況のままで行けば、安心して今帰仁攻めができるだろう。じっくりと考えて、ヤンバルの按司たちを山北王から切り離すんだ」
「もうすぐ、名護にピトゥ(イルカ)が来るだろう。今年は去年よりも多く買い取ろう」
「ピトゥの肉で思い出したが、三姉妹と旧港(ジゥガン)、ジャワの者たちに豚(うゎー)を連れて来るように頼んだんだ。七月に大量の豚が来るはずだ。豚を飼育する場所を確保しておかなくてはならない」
「どこで飼うつもりなんだ?」
「豚の肉を使うのは天使館だ。浮島のチージ(辻)辺りでいいんじゃないのか」
「そうだな。最近は人買い市場も誰もいなくなったからな。豚を飼うにはいい場所だ」
「役人も決めなければならん」
「豚と馬は違うかもしれんが、宇座按司(うーじゃあじ)に相談してみたらいいんじゃないのか。大量の豚を飼育するのは素人(しろうと)では無理だろう。死なせてしまったらどうしようもないぞ」
「そうか。豚も生き物だからな。宇座の牧場から経験者を連れて来た方がよさそうだな」
 そう言ってからサハチは馬天浜のシタルーを思い出した。シタルーは宇座の牧場にしばらく滞在していた。豚の飼育を任せられそうな人を知っているかもしれなかった。
「話は変わるが、先代の島尻大里ヌルのマレビト神がヤタルー師匠だったとは驚いたな」とウニタキが笑った。
「俺も驚いた。今は喜屋武(きゃん)ヌルを名乗って、ヤタルー師匠と仲よく喜屋武グスクを守っている」
「その喜屋武ヌルがヤタルー師匠を連れて、戦場となった島尻大里グスクの周辺で、戦死した兵たちの供養をしているんだ。かなりの戦死者が出たからな。そこに玻名(はな)グスクヌルが加わって一緒に戦死者を供養している」
「なに、玻名グスクヌルがか‥‥‥玻名グスクヌルは安須森ヌルが八重瀬(えーじ)に連れて行ったはずだが」
「タブチの奥さんは玻名グスクヌルの叔母だが、按司になったマタルーはお前の弟だからな。玻名グスクを滅ぼしたお前の弟の世話になりたくないと出て行ったようだ」
「そうか。玻名グスクヌルと喜屋武ヌルは以前から知り合いだったのか」
「その辺の事はよく知らんが、島尻大里の儀式を手伝ったりしていたんだろう。父親も兄弟も戦死して、お前を恨んでいるだろう。気をつけた方がいいぞ」
「俺を呪い殺すとでも言うのか」
「一人で山の中にでも籠もったら、その可能性もあったが、喜屋武ヌルと一緒にいれば、やがては恨みも治まるだろう」
「そうだな。喜屋武ヌルも随分と変わったからな。喜屋武ヌルに任せよう」
「喜屋武グスクは喜屋武ヌルに任せておくのか」
「もともとタブチの隠居グスクだ。場所的にも重要なグスクではない。山グスクの出城として喜屋武ヌルに管理してもらうつもりだ。先の事はわからんが、喜屋武按司が帰って来るかもしれんしな」
「喜屋武按司はタブチの次男だったな。タブチとチヌムイは八重瀬グスクで戦死した事になっているが、喜屋武按司はどうなったんだ?」
「タブチたちが戦死したあと、ナーグスク大主(うふぬし)たちと一緒にどこかの島に逃げた事になっている」
「そうか。タブチとチヌムイは他魯毎がいる限り戻っては来れんが、喜屋武按司は戻って来られるか」
久米島(くみじま)で楽しく暮らしていれば戻って来る事はないと思うが、先の事はわからんからな」
久米島か‥‥‥一度、様子を見に行った方がいいな」
「そうだな。進貢船とヤマトゥの交易船を送り出したら、ヒューガ殿に頼んで行って来よう」
「ファイチも連れて、三人で行こうぜ」とウニタキは楽しそうに笑った。
「久し振りに三人で旅をするか」とサハチも楽しそうだった。
「その前に、俺は旅芸人たちを連れて旅に出るよ。二代目のフクがようやく一人前になったからな。半年間も首里で稽古を続けていたから、みんな、旅に出たくてうずうずしている。俺もそうなんだ」
「お前が羨ましいよ。俺も旅に出たい」
「中山王の世子は気楽な旅なんてできない宿命なんだよ。まあ、年を取って隠居してから考えるんだな。その時はつき合ってやるよ」
「ふん」とサハチは鼻を鳴らして、「楽しみにしているよ」と皮肉っぽく言った。