長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-149.シヌクシヌル(第二稿)

 佐敷グスクのお祭りの三日後、ササの弟子たちと安須森(あしむい)若ヌル、マユの一か月の修行が終わった。
 ヂャンサンフォンは運玉森(うんたまむい)ヌルと二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)を連れて山グスクに移って行った。ヂャンサンフォンのもとで修行を続けていたルクルジルー(六郎次郎)たちと愛洲次郎(あいすじるー)たちも山グスクに移動した。武術道場として栄えていた与那原(ゆなばる)グスクは急に静かになってしまった。
 運玉森ヌルは与那原を去るに当たって、
「今日からあなたが運玉森ヌルよ」とササに告げた。
 ササは驚いた。運玉森ヌルを継ぐ若ヌルは育てるが、自分が運玉森ヌルになるなんて考えてもいなかった。
「わたしは山グスクヌルを名乗るつもりよ。運玉森のウタキの事は頼むわね」
 断る事はできなかった。
「かしこまりました。ウタキを守ります」とササは運玉森ヌルを継ぐ決心を固めて、運玉森ヌルを送り出した。
 サグルーはジルムイ、マウシ、シラーの三人のサムレー大将と三人が率いているサムレーたちを連れて山グスクに移ったが、重臣たちや役人たち、女子(いなぐ)サムレーたちは残っていた。シラーとシンシンはようやく一緒にいられると思っていたのに、また離れる事になってしまった。
「あなたはもう一人前のヌルよ。山グスクに行ってもいいのよ」とササは言ったが、
「まだまだよ。南の島(ふぇーぬしま)の事も調べなければならないし、もう少し、ササと一緒にいるわ」とシンシンは言った。
 ササは笑って、シンシンにお礼を言った。
 翌日、ササたちは四人の弟子たちとマユを連れてセーファウタキ(斎場御嶽)に向かった。運玉森ヌルを継いだ事を豊玉姫(とよたまひめ)の神様に報告するためだった。
 久手堅(くでぃきん)ヌルを訪ねて、ヌルの正装に着替えてから久手堅ヌルと一緒にセーファウタキに入った。豊玉姫の神様が降臨(こうりん)する大岩の入り口にあるイリヌムイ(寄満(ゆいんち))に行くと先客がいた。
 三人のヌルがお祈りをしていた。ササの知らないヌルたちだったが、久手堅ヌルは知っていた。
「先代の島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルだわ」と久手堅ヌルは言った。
「一緒にいるのは慶留(ぎる)ヌルと玻名(はな)グスクヌルのようね。去年の安須森参詣の時に会ったわ」
 慶留ヌルは先々代の島尻大里ヌルだったとササは誰かから聞いた事があった。山南王(さんなんおう)のヌルたちがどうして、ここにいるのだろうと不思議に思った。しばらく待っているとお祈りが終わり、三人は立ち上がってササたちの所に来た。
「久手堅ヌル様ですね。ここに来る前に御挨拶するつもりでしたが、お屋敷がわからなかったものですから申しわけございませんでした」と喜屋武(きゃん)ヌルになった先代の島尻大里ヌルが頭を下げた。
「いいのですよ。ここに来るのにわたしの許可はいりません。ヌルでしたら御自由にお祈りできます」
 喜屋武ヌルがササを見たので、久手堅ヌルはササを馬天(ばてぃん)の若ヌルと紹介した。それを聞いて玻名グスクヌルが怖い顔をしてササを睨んだ。慶留ヌルも冷たい視線を投げ付けた。
「お噂は色々と聞いております。あなたのお母様には大変お世話になりました。山南王と中山王(ちゅうさんおう)が親子の関係になったので、久し振りにここに来たくなったのです」
「以前にも来た事があったのですか」とササは聞いた。
「若い頃です。叔母の島添大里(しましいうふざとぅ)ヌルに連れられて、ここに来ました。若ヌルだった慶留ヌルも一緒でした」
 喜屋武ヌルは軽く笑って、「父に東方(あがりかた)を偵察して来いと命じられたのです」と言った。
「その頃の父は玉グスク按司を倒そうとしておりました。明国に行ってから父は変わりましたが、その後も山南王と東方は対立していて、ここに来る事はできませんでした。去年、ヤンバルの安須森に行ってから、もう一度、ここに来たいと思っていたのです」
「ここは古くから玉グスクヌル、垣花(かきぬはな)ヌル、知念(ちにん)ヌル、浦添(うらしい)ヌル、運玉森ヌルたちが就任の儀式を行なった神聖な場所です。これから馬天若ヌルが運玉森ヌルに就任する儀式を行ないます」と久手堅ヌルが喜屋武ヌルたちに言った。
「わたしたちもその儀式に参加してもよろしいでしょうか」と喜屋武ヌルが聞いた。
「新しい運玉森ヌルを皆さんも祝福して下さい」と久手堅ヌルは許可した。
 ウタキの前に儀式用の祭壇があり、祭壇の手前にササが座り、その後ろに久手堅ヌル、シンシン、ナナが並び、その後ろにマユ、チチー、ウミ、ミミ、マサキと若ヌルたちが並び、その後ろに喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルが並んだ。
 ササがお祈りをすると豊玉姫の神様の声が聞こえて来た。
「ようやく、運玉森ヌルを継ぐ決心をしたのね」
「このガーラダマ(勾玉)を身に付けている限り、継がなければならないと覚悟を決めました」
「これで四人が揃ったわね」
「サスカサと安須森ヌルが、ここで儀式を行なって就任したと聞いていますが、母も真玉添(まだんすい)ヌルに就任したのですか」
「二年前にここに来た時に儀式をしたのよ。でも、真玉添はもうないので、馬天ヌルのままだけど、それでいいのよ。馬天ヌルの名前はヌルたちの間に知れ渡っているものね」
「そうだったのですか。知りませんでした」
「その時、馬天ヌルと一緒に来た麦屋(いんじゃ)ヌルもユンヌヌルに就任したのよ。麦屋ヌルはユンヌ姫のガーラダマを持っていたの。あのガーラダマは、アマン姫がスサノオからもらった十種(とくさ)の神器(じんぎ)の中の一つのガーラダマなのよ。アマン姫がもらった十種の神器にはガーラダマが五つあって、ユンヌ姫、百名姫(ひゃくなひめ)、キーダカ姫、垣花姫、貴界姫(ききゃひめ)に与えたのよ。ユンヌ姫のガーラダマは麦屋ヌルが持っていたわ。百名姫のガーラダマは久高島のフカマヌルが持っているわ。キーダカ姫のガーラダマは行方不明だったけど、小渡(うる)ヌルが見つけて、久高ヌルを継いだわ。貴界姫のガーラダマは鬼界島(ききゃじま)(喜界島)にあると思うけどわからないわ。垣花姫のガーラダマはどこに行ってしまったのか、行方不明のままなのよ。五人か揃えば、あなたたちの助けになるでしょう」
 麦屋ヌルがユンヌ姫のガーラダマを持っていたなんて知らなかった。麦屋ヌルはユンヌヌルだったので、持っていて当然のような気もするけど、ユンヌ島(与論島)では何度も戦があったと聞いている。なくならないで麦屋ヌルが持っている事が不思議に思えた。それに、フカマヌルが百名姫のガーラダマを持っている事も知らなかった。
「フカマヌルの祖父のシラタル親方(うやかた)様は百名姫様の子孫だと聞きましたが、シラタル親方様が百名姫様のガーラダマを持っていたのですか」とササは聞いた。
「そうよ。百名ヌルは途絶えてしまったんだけど、ガーラダマはシラタル親方に伝わったのよ。母親の形見として大事に持っていて、娘がフカマヌルになった時に、そのガーラダマを贈ったのよ。今は孫娘が持っているわ」
「そうだったのですか」とササは納得した。
「そろそろ儀式を始めるわね」と豊玉姫が言って、儀式が始まった。
 ササは豊玉姫の指示通りに神歌(かみうた)を歌った。
 ササと豊玉姫の会話が聞こえたのは久手堅ヌルとシンシンだけだったが、儀式が始まってからは若ヌルたちを除いたナナ、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルにも豊玉姫の指示する声が聞こえ、言われるままに、ササの神歌に和すように神歌を歌った。
 突然、ササが立ち上がって着物を脱ぎ始めた。すべてを脱いで、ガーラダマだけを身に付けたササは祭壇に上がるとひざまずいてお祈りを捧げた。一瞬、驚いた顔をしてササを見ていたシンシン、ナナ、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルも神歌を歌いながら立ち上がって着物を脱ぎ始め、ガーラダマだけの全裸になって祭壇に上がった。五人のヌルたちは神歌を歌いながらササの周りを回った。
 ササが立ち上がって、両手を広げて空を見上げた。空から光が差して来たかと思うと、運玉森ヌルの神様がゆっくりと降りて来て、ササと一体化した。
 ササの引き締まった体が光り輝いた。
 ササの周りを回っていた五人のヌルたちはササを囲むように座って、ササを見上げながらお祈りを捧げた。
 どこからか神秘的な笛の調べが流れて来て、ササが舞い始めた。五人のヌルたちも立ち上がって、ササの周りを舞い始めた。
 大きな綺麗な蝶々の群れがやって来て、舞っているヌルたちの周りを優雅に飛び回っていた。
 蝶々がいなくなるとササたちの舞も終わった。ササがウタキに向かってひざまづき、その後ろに五人のヌルたちがひざまづいて、お祈りをして儀式は終わった。
 ササたちは祭壇から降りて着物を着ると感謝のお祈りを捧げた。
 若ヌルたちは夢見心地で、目を閉じたままお祈りを捧げていたので何が起こったのかわからなかった。
「ここでの儀式は他言してはなりません」という豊玉姫の神様の声を全員が聞いていた。そして、ササだけに聞こえる声で、
「アマン姫に会って行ってね。面白い事が起こるわよ」と言った。
 目を開けた若ヌルたちは神様の声が聞こえたわと喜び合っていた。
 島尻大里ヌルと慶留ヌルと玻名グスクヌルは夢から覚めたかのような顔をして、祭壇を見つめ、自分の姿を見ていた。裸になって祭壇に上がったような気がするが、はっきりとした記憶がなかった。ただ、心の中がすっかり洗われたような、すがすがしい気分になっていた。
 シンシンとナナは儀式の内容をはっきりと覚えていて、豊玉姫の神様から、「これからもササを助けてやってね」と言われた。ナナは初めて豊玉姫の声を聞いて感激していた。
「アマン姫様に運玉森ヌルを継いだ事を報告に参ります」とササは久手堅ヌルに言った。
「それがいいわね」と久手堅ヌルは笑った。
 ササたちはアガリムイ(三庫理(さんぐーい))に向かった。喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルも一緒に付いて来た。三人は頭がぼうっとしていて何も考えられなかった。ただ、みんなのあとに従うしかなかった。
 二つの大岩がぶつかっている所を抜けると四方を岩壁で囲まれたアマン姫のウタキがあった。ササはウタキの前に座ってお祈りをした。
「わたしの娘の運玉森ヌルが喜んでいたわ。ササが運玉森ヌルを継いでくれたってね」とアマン姫の神様の声が聞こえた。
「名前に恥じないように頑張ります」とササは言った。
「あなたなら大丈夫よ。今日は大勢連れて来たのね」
「五人の若ヌルたちと喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルです」とササはみんなを紹介した。
「喜屋武ヌルと慶留ヌルは以前に来た事があるわね。玻名グスクヌルは初めてね」と言ってから、アマン姫は驚いたような声で、「あなた、そのガーラダマはどうしたの?」と言った。
 玻名グスクヌルは驚いた。突然、神様の声が聞こえたのだった。
「このガーラダマは母からいただきました」と玻名グスクヌルは答えた。
「あなたのお母さんは玻名グスクヌルなの?」
「違います。母は具志頭按司(ぐしちゃんあじ)の娘です。母は祖母からいただいたと言いました。祖母は垣花ヌルの娘で、具志頭按司に嫁いだそうです」
「あなたのお祖母(ばあ)さんが垣花ヌルの娘だったのね」とアマン姫は納得したように言った。
「玻名グスクヌルのガーラダマがどうかしたのですか」とササはアマン姫に聞いた。
「そのガーラダマはわたしが父からいただいたガーラダマなのよ」
「えっ!」とササは驚いて、「スサノオの神様からいただいた十種の神器の中の一つなのですね?」と聞いた。
「そうなのよ。孫の垣花姫にあげたガーラダマなの。代々垣花ヌルに伝わっていたんだけど、いつの間にか行方不明になっていたの。どうやら、玻名グスクヌルの曾(ひい)お祖母さんが、具志頭に嫁ぐ娘にお守りとしてあげたみたいね」
「そんな大事なガーラダマをヌルでもない娘にあげてもいいのですか」
「垣花ヌルは古いヌルだから貴重なガーラダマをいくつも持っているのよ。その中の一つがそれなの。見つかってよかったわ」
「そのガーラダマを玻名グスクヌルが持っているという事は垣花ヌルを継ぐという意味ですか」
「いいえ。垣花ヌルは代々按司の娘が継いでいるから、玻名グスクヌルが継ぐ事はできないわ」
「わたしはこれからどうしたらいいのでしょう?」と玻名グスクヌルがアマン姫に聞いた。
「玻名グスクは敵に奪われて、もう、玻名グスクヌルを名乗る事はできません」
「あなたは父親と兄たちの敵(かたき)を討とうと考えているのね?」
「兄弟を守るのがわたしの使命でしたが、守る事はできませんでした。せめて、敵を討たなければ、父や兄たちに顔向けができません」
「あなたのお父様もお兄様も、あなたが敵討ちをする事なんて望んではいないわ。あなたがそのガーラダマを身に付けているという事は、何かやるべき事があるという事を意味しているのよ。何をやるべきなのか、よく考えてみなさい」
 玻名グスクヌルは胸に下げたガーラダマをじっと見つめた。
「わたし、先代からいただいたガーラダマを海でなくしてしまいました。大変な事をしてしまったと悩んでいたら、母がこのガーラダマをくれたのです。このガーラダマがそんな貴重な物だとはまったく知りませんでした」
「そのガーラダマがあなたを選んだのかもしれないわね」
「わたしは何をやるべきなのでしょうか」
「それは自分で見つけるしかないわ。あるいは、そのガーラダマが教えてくれるかもしれないわね。あなたに新しい名前を付けてあげるわ」
「よろしくお願いいたします」と玻名グスクヌルは頭を下げた。
「あなたの曾お祖母さんの事を思い出したわ。曾お祖母さんはあなたのお祖母さんをヌルにするつもりでいたの。御先祖様の神様からお告げがあって、娘をシヌクシヌルにするつもりでいたのよ。でも、弟の垣花按司から頼まれて、娘を具志頭に嫁がせるしかなかったの。その時、わたしに相談したのよ。まだ時期が早いから大丈夫。きっと、あなたの孫か曽孫(ひまご)がシヌクシヌルを継ぐでしょうとわたしは答えたの。その曽孫があなたなのよ」
「シヌクシヌルというのは、どこのヌルなのですか」
「それはまだ教えられないわ。あなたが覚悟を決めたら教えてあげる。初代のシヌクシヌルは、垣花ヌルを継いだわたしの孫娘が産んだ娘なの。今は途絶えてしまっているわ。あなたが継いでくれたら曾お祖母さんは喜ぶでしょうね」
 祖母が継ぐはずだったのなら、自分が継がなければならないと玻名グスクヌルは思った。
「わたしに継がせて下さい」と玻名グスクヌルは言った。
「シヌクシヌルになると敵討ちはできなくなるわよ。それでもいいの?」とアマン姫は聞いた。
「どうして敵討ちができないのですか」
「シヌクシヌルは按司を守るヌルではなくて、神様にお仕えするヌルなのよ。私情は捨てなければならないわ」
 玻名グスクヌルは敵討ちを諦める事はできなかった。
「覚悟が決まったら、またいらっしゃい」
 玻名グスクヌルはうなだれた。
 ササたちはアマン姫と別れて、セーファウタキを出て、久手堅ヌルの屋敷に行った。
 屋敷に入った途端、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルの三人は疲れがどっと出てきて、すぐに休んでしまった。若ヌルたちも疲れたと言って休んだ。
「あの三人、豊玉姫様に呼ばれてセーファウタキに来たのかしら?」と久手堅ヌルがササたちに言った。
豊玉姫様はどうして山南王のヌルたちを呼んだのかしら?」とナナが首を傾げた。
「アマン姫のガーラダマを持っている玻名グスクヌルを呼んだんじゃないかしら」とササが言った。
「喜屋武ヌルと慶留ヌルは玻名グスクヌルをセーファウタキに連れて行く役目だったのよ。久手堅ヌル様はシヌクシヌルって知っています?」
 久手堅ヌルは首を振った。
「初めて聞くヌルだわ」
「垣花ヌルだった玻名グスクヌルの曾お祖母さんが娘をそのヌルにしようとしたんだから、垣花に関係あるヌルに違いないわ。明日、垣花のウタキに行って、曾お祖母さんに会ってみましょ」
「あたしにも曾お祖母さんの声が聞こえるかしら」とナナが言った。
豊玉姫様とアマン姫様の声が聞こえたんだからきっと聞こえるわよ」とササが言うと、ナナは大喜びした。
「あたしもようやく神人(かみんちゅ)になれたのね」
「そうよ。ナナも立派な神人よ」とササも喜んだあと、「シンシンもナナもまだヌルの名前がないわ。アマン姫様に付けてもらいましょ」
 翌朝、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルの三人と若ヌルたちは目を覚まさなかった。ササとシンシンとナナはセーファウタキのアガリムイに行って、アマン姫の神様と会った。
「シンシンは今帰仁(なきじん)ヌルを名乗ればいいわ」とアマン姫が言ったので、ササたちは驚いた。
「中山王は山北王(さんほくおう)を倒すんでしょ。シンシンが新しい今帰仁ヌルになるのよ。そのガーラダマは初代今帰仁ヌルのアキシヌの物なんでしょ」
「わたしが今帰仁ヌルを継いでもいいのですか」とシンシンは聞いた。
「大丈夫よ。クボーヌムイにいるアキシヌが助けてくれるわ」
「クボーヌムイなんですけど、あのウタキは今帰仁グスクよりも古いのでしょう。あそこにいたヌルたちはどうなったのですか」とササが聞いた。
「初代の安須森ヌルの娘がクボーヌムイヌルになって、クボーヌムイを守って来たの。それから一千年くらい経ってから、近くに今帰仁グスクができたのよ。アキシヌがクボーヌムイヌルを継いで、今帰仁ヌルと名前を改めたのよ。アキシヌはヤマトゥンチュだったけど、シジ(霊力)の高いヌルだったわ。クボーヌムイのヌルたちは皆、アキシヌに従ったのよ。シンシンは唐人(とーんちゅ)だけど、アキシヌを継ぐにふさわしいヌルだわ。もっと自信を持っていいのよ」
「ありがとうございます」とシンシンは感激して目を潤ませていた。
「ナナのガーラダマは読谷山(ゆんたんじゃ)で見つけたガーラダマの中の一つね」とアマン姫は言って、少し考えているようだった。
「その桃色のガーラダマの持ち主がわかったわ。クーイヌルの物だったわ」
「クーイヌル?」
 ササたちが聞いた事もないヌルだった。
「クーイヌルは今帰仁の近くにある沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)のヌルよ。あの島も久高島のように神様の島と呼ばれているの。アマミキヨ様の一族が北上して、あの島に住み着いて、伝説ができたようね。クボーヌムイヌルの娘が沖の郡島に行って初代のクーイヌルになったはずよ。真玉添(まだんすい)が滅ぼされた時、真玉添に来ていて、一緒に与論島(ゆんぬじま)に逃げたようね。今もクーイヌルがいるのかどうかわからないけど、山北王が滅んだら、クーイヌルを継げばいいわ。二人とも、山北王が滅びるまでは我慢してね」
 シンシンもナナも山北王に関係するヌルになるとは驚きだった。
 ササたちが久手堅ヌルの屋敷に帰ると皆、起きていた。若ヌルたちは元気になっていたが、喜屋武ヌルと慶留ヌルと玻名グスクヌルはまだ頭がぼうっとしていて、昨日の事をはっきりとは思い出せないようだった。
 ササたちは久手堅ヌルと別れて、三人のヌルたちを連れて垣花に向かった。城下のはずれにあるウタキに行ってお祈りをすると、玻名グスクヌルの曾祖母の声が聞こえた。
「お前がハニの孫娘なんじゃな?」
「マフーと申します」と玻名グスクヌルが答えた。
「わしがハニにあげたガーラダマを持っているんじゃな?」
「母からいただきましたが、わたしはシヌクシヌルを継ぐ事はできません。父と兄たちの敵を討たなければなりません」
「何を寝ぼけた事を言っているんじゃ。お前に敵が討てるわけがないじゃろう。父親の敵は山南王と山北王、兄たちの敵は中山王じゃ。お前は三人の王様を殺すつもりなのか」
 曾祖母にそう言われて、玻名グスクヌルは愕然となった。ただ敵を討たなければならないと思っていたが、現実から目をそむけていた。曾祖母の言う通り、敵は三人の王様だった。たった一人で、三人の王様を倒すなんてできるはずがなかった。
「お前は父親と兄たちを守るために何をやったんじゃ?」
「お祈りをしました。父や兄が戦に勝つために、必死にお祈りをしました」
「お祈りをするだけじゃ駄目なんじゃよ。周りの状況をよく見極めて、父や兄を正しい道に導くのがヌルのお務めなんじゃ。父や兄に従っているだけでは、本当のヌルとは言えん。父や兄が戦死したのは運命(さだめ)じゃったと諦めて、お前は新しい道を進むしかないんじゃよ。按司を守るのではなく、この琉球という国を守るために、神様にお仕えするんじゃ」
「わたしにシヌクシヌルになれと言うのですか」
「それがお前の運命なんじゃ」
「シヌクシヌルとは一体、どんなヌルなのです?」
「シヌクシヌルは安須森ヌルにお仕えしていたヌルなんじゃよ。安須森ヌルには重臣とも言うべき、三人のヌルがいたんじゃ。シヌクシヌル、アフリヌル、シチャラヌルの三人じゃ。初代のシヌクシヌルは垣花の出身だったんじゃよ。わしは安須森を復活させるために、娘にシヌクシヌルを継いでもらい、アフリヌルのもとへ送るつもりだったんじゃ。アフリヌルと一緒に安須森を復活させてほしかった。しかし、時期がまだ早かったようじゃ。二年前、偉大なる佐敷ヌル様によって安須森は復活して、佐敷ヌル様は安須森ヌルを継いだ。お前は安須森ヌル様を助けて、安須森を守らなければならないんじゃ」
 安須森ヌルを助けるなんてできなかった。安須森ヌルも敵(かたき)の一人だった。
「そんな事、わたしにはできません」と言って、玻名グスクヌルはガーラダマを曾祖母に返そうとした。しかし、不思議な事にガーラダマを首からはずす事はできなかった。
「お前の運命じゃ。急ぐ事はない。心を静めて、よく考える事じゃ」
 成り行きを見守っていたササたちは意外な展開に驚いていた。
「運玉森ヌル様、マフーをよろしくお願いいたします」
 そう言って、玻名グスクヌルの曾祖母は去って行った。
 玻名グスクヌルが安須森ヌルを補佐するシヌクシヌルになるのなら、安須森ヌルに預けた方がいいだろうとササは思った。
 ササたちは三人のヌルを連れて島添大里グスクに向かった。
 島添大里グスクに入るのは喜屋武ヌルも慶留ヌルも久し振りの事だった。喜屋武ヌルは島添大里ヌルとして、島添大里按司だった兄のヤフスを守っていた。慶留ヌルも島添大里ヌルとして、伯父の汪英紫(おーえーじ)を守っていた。二人とも若かった頃を懐かしそうに思い出していた。
 ササが玻名グスクヌルの事を話すと、
「やっぱり、縁があったようね。あたしが預かるわ」と安須森ヌルは言った。
「あなた、敵討ちをするなら強くなりなさい。あたしが鍛えてやるわ」と安須森ヌルは玻名グスクヌルに言って、木剣を持たせて稽古を始めた。
 木剣なんて持った事のなかった玻名グスクヌルは驚いたが、確かに強くなければ敵討ちはできないと納得して、安須森ヌルから剣術を習おうと決めた。
 ササたちは玻名グスクヌルを安須森ヌルに任せて、喜屋武ヌルと慶留ヌルを連れて運玉森に帰った。