長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-152.クイシヌ(第二稿)

 安須森(あしむい)ヌル、ササ、シンシン、ナナはクイシヌ様と一緒にニシタキ(北岳、後の宇江城岳)に登った。新垣(あらかき)ヌル、堂ヌル、ミカと八重瀬(えーじ)ヌルも一緒に行った。
 サハチ、ウニタキ、ファイチの三人は馬を借りて、チヌムイの案内で島内を巡った。
 堂の村(しま)はかなり高台にあって、東側は崖がずっと続いていた。海を見ると渡名喜島(とぅなきじま)、粟島(あわしま)(粟国島)、キラマ(慶良間)の島々が見えた。奥武島(おーじま)とオーハ島の先にある御願干瀬(うがんびし)(はての浜)の白い砂浜は綺麗だった。青い海に真っ白な砂浜が浮かんでいて、幻想的な光景だった。
「あの砂浜の上で昼寝がしたいな」とウニタキが言った。
「気持ちいいだろうな」とサハチは笑った。
「ウミンチュに頼めば、あそこまで連れて行ってくれますよ」とチヌムイが言った。
「よし、行こうぜ」とウニタキがチヌムイの肩をたたいた。
 真謝泊(まーじゃどぅまい)のウミンチュに頼んで、御願干瀬の砂浜に渡った。海に潜ったりして遊んだあと、砂浜の上に寝そべった。
「ササたちも連れて来ればよかったな」とウニタキが空を見上げながら言った。
「そうだな。男だけで来ても面白くないな。明日、また、女たちを誘って来よう」
「新垣ヌルも誘えよ」とウニタキが上体を起こしてファイチを見た。
「勿論、誘いますよ」とファイチは楽しそうに笑った。
「不思議な気持ちです。一目惚れというやつです。会った瞬間に好きになってしまいました」
「わかるよ」とウニタキは言って、サハチを見た。
「ヌルに惚れたら、夢の世界にいるようなんだ。ここにいる間は充分にその夢を楽しんだ方がいい」
 島の南部は山ばかりで道もないので行くのはやめて、白瀬川(しらしがーら)を渡って兼(かに)グスクの大港(うふんなとぅ)に戻った。サハチが役人たちと会って、タブチたちの事を口止めしようとしたら、
「役人たちは入れ替えた方がいいですよ」とファイチが言った。
「黙っていろと言っても、酔っ払ったりしたらしゃべってしまうでしょう。タブチさんが生きていると誰かが知れば、その噂はあっという間に広まります」
「そうだな。入れ替えた方がいい」とウニタキも言った。
「しかし、あいつらを首里(すい)グスクに入れるわけにはいかんぞ。首里でもタブチは死んだ事になっているからな」
「キラマの島にでも連れて行くか」とウニタキが言った。
「キラマの島に送ってもやる事がないだろう」
伊平屋島(いひゃじま)はどうです?」とファイチが言った。
 伊平屋島伊是名島(いぢぃなじま)は伊平屋親方(いひゃうやかた)となったムジルが守っているが、役人を置いてはいなかった。山北王(さんほくおう)も役人を置いていたのだから、役人を置いた方がいいかもしれなかった。
「あの六人を伊平屋島に送って、新しい役人をここに送ろう」とサハチは言って、役所には寄らずに西の方へと向かった。ハンニー崎から島を囲むように長い珊瑚礁が伸びていた。水深はわからないが、ヤマトゥ船ならば、この中に入れば台風をやり過ごせるだろうと思った。
「腹が減ったなあ」とウニタキが言うと、チヌムイが知り合いの所に行こうと言って、馬を走らせた。
 ニシタキの山並みを右に見ながら馬を走らせ、堂の村に行く途中の海の近くに小さな集落があって、チヌムイはその集落に入って行った。一番奥にある屋敷の前でチヌムイは馬から下りると、屋敷の中に声を掛けた。可愛い娘が出て来て、笑顔でチヌムイを迎え、サハチたちを見た。
琉球にいた頃にお世話になった人たちなんだ」とチヌムイが娘に言った。
「具志川(ぐしちゃー)の若ヌルです」とチヌムイが娘を紹介した。
「お前もか」とウニタキが言って笑った。
 具志川ヌルの屋敷で昼食を御馳走になって、海辺に出て一休みした。母親の具志川ヌルはクイシヌ様と一緒にニシタキに登っているという。
「お前、どこで若ヌルと出会ったんだ?」とウニタキがニヤニヤしながらチヌムイに聞いた。
「堂の村で暮らし始めてから十日くらい経った頃、ここの近くにあるミーフガーという岩場で出会いました。マアサの事を思いながら海を見ていたら若ヌルがやって来たのです。どこから来たのって聞かれたので、琉球の事など話して、その時は別れました。お互いに名乗りもしなかったのですが、次の日、また会いたくなってミーフガーに行きました。海を眺めながら若ヌルの事を思っていたら、本当に現れたのです。そして、若ヌルと一緒にここに来ました」
「マアサの事は諦めたんだな」とサハチは聞いた。
「マアサの父親を殺してしまった時に諦めました。でも、未練が残っていて‥‥‥若ヌルと出会って、その未練も薄れました。俺はこの島で生きて行く事に決めました」
「そうか。若い者たちを鍛えているそうだな。この島のために生きてくれ」
「はい」とうなづいたあと、「ウシャ兄(にい)もヌルといい仲になっているんです」とチヌムイは言った。
「なに、兄貴もか」とウニタキは驚いた。
「奥さんも子供もいるのに、ヌルといい仲になっているんです。ウシャ兄はこんな島から早く出たいと言っていたんですが、そのヌルと出会った途端、ここはいい島だ。俺はこの島で生きる事に決めたと言って、カマンタ捕りを始めたのです」
「兄貴はどこのヌルに惚れたんだ?」とウニタキが聞いた。
「大岳(うふたき)ヌルです。どこで出会ったのか知りませんが、ウシャ兄は琉球に帰ると言って、親父を困らせていたので、大岳ヌルに感謝しなければなりません」
「ウシャは戦死した事になっていないので、戻る事はできるが、今はまだ時期が早すぎる。四、五年は大岳ヌルに引き留めてもらった方がいいな」
 海の近くに四方を険しい崖に囲まれた森があって、それが具志川森(ぐしちゃーむい)という古いウタキだという。ササが喜びそうなウタキだとサハチは思った。
 久米島を一周してタブチの屋敷に帰ったが、ヌルたちはまだ帰っていなかった。タブチが用意してくれた酒を飲みながら待っていると、新垣ヌルだけが帰って来て、みんなはウタキに籠もる事になったと伝えた。
「安須森ヌル様も運玉森(うんたまむい)ヌル様(ササ)も凄いヌルですね。お山の神様に二人が引き留められて、みんなも付き合っています。その事を知らせるために、わたしだけが下りて来ました」
 新垣ヌルはファイチを連れて新垣に帰って行った。
「何で、ファイチだけがいい思いをするんだ?」とウニタキは言って、やけ酒を飲んだ。
「ファイチ殿は久米村を仕切っている。この島のヌルがファイチ殿と親しくなるのは、この島のためにもなるじゃろう」とタブチは笑った。
 翌日の正午(ひる)頃、ササたちは帰って来た。
「クミ姫様の神様に豊玉姫(とよたまひめ)様とスサノオの神様のお話をしたら、もっと聞かせてって言われて、一晩中、話していたのよ。もう疲れちゃったわ」とササは疲れ切った顔をして言った。
「クミ姫様は豊玉姫様の孫の子供か」とサハチが聞くと、
「孫の孫よ」とササは言った。
豊玉姫様の娘がアマン姫様、アマン姫様の娘が真玉添(まだんすい)姫様、真玉添姫様の娘がビンダキ姫様、ビンダキ姫様の娘がクミ姫様なの。クミ姫様も時々、琉球に帰って豊玉姫様には会っているんだけど、豊玉姫様も昔の事を一々話してくれないから、豊玉姫様がヤマトゥで何をしていたのかは知らなかったのよ。お話をしたら感激してね、今度、ヤマトゥに行く時、一緒に連れて行ってって頼まれちゃったわ。スサノオの神様に会いたいんですって」
「そうか。神様から頼まれたのならヤマトゥに行かなくてはならんな。来年は行って来いよ」
 サハチは嬉しそうな顔をして言ったが、
「来年は無理よ」とササはそっけなく言った。
「九月に南の島に向かって船出して、帰って来るのは六月か七月になると思うわ」
「本気でミャーク(宮古島)とイシャナギ島(石垣島)に行くのか」
「勿論よ。マシュー姉(ねえ)(安須森ヌル)も英祖(えいそ)様の宝刀を探しに行くって行っているわ」
「愛洲次郎(あいすじるー)の船で行くのか」
「そうよ」
「神様が守ってくれると思うけど心配だよ」
「大丈夫よ。ミャークとイシャナギ島の人たちを琉球に連れて帰るわ」
 サハチが振り返ってウニタキを見たら、ウニタキの姿がなかった。
「ウニタキはどこに行った?」とササに聞くと、
「あそこにいるわ」と手で示した。
 見ると縁側に座って、ヌルと仲よく話をしていた。
「誰だ?」とサハチはササに聞いた。
「堂(どう)ヌルよ。なかなか色っぽい美人(ちゅらー)よ」
「ウニタキ、お前もか‥‥‥」
 堂ヌルは後ろ姿だけで顔は見えなかった。ウニタキのでれっとした顔は、すでに魂を奪われていた。二人から視線をササたちに戻すと、
「安須森ヌルはどうしたんだ?」とサハチは聞いた。
「クイシヌ様とお話をしているわ。同じくらいの年齢(とし)だから気が合うみたいよ」
按司様(あじぬめー)、あたしも神様の声が聞こえたのよ」とナナが嬉しそうに言った。
「ナナも立派な神人(かみんちゅ)になったな」とサハチは笑った。
 ウニタキは堂ヌルと一緒に出て行った。サハチだけが取り残されて、やけ酒を飲み始めた。
 ササたちも疲れたとみえて、隣りの部屋で横になっていた。サハチもうとうとしていたら、子供たちの声で目が覚めた。ササたちも起きてきて、これから具志川森に行くと言う。サハチも一緒に行く事にした。
 案内してくれたのは大岳ヌルだった。ウシャといい仲の大岳ヌルは、目鼻立ちのくっきりとした美人だった。ウシャがこの島に残る決心をしたのもわかる気がした。
 具志川森に行く前にミーフガーに寄った。海辺に穴のあいた大きな岩があった。よく見ると二つの岩がぶつかっていた。サハチは知らないが、ササたちはセーファウタキの岩みたいと言っていた。
「女子岩(いなぐいわ)です」と大岳ヌルが言った。
「古いウタキなんですけど、今では子宝を祈願するウタキになっていて、いわれとかは伝わっていません。ササ様なら何かわかるのではありませんか」
 ササは穴の近くまで行ってお祈りを捧げた。シンシン、ナナ、大岳ヌルも従った。サハチもみんなの後ろでお祈りをした。
 サハチには神様の声は聞こえなかった。ササにも聞こえなかったらしく、お祈りを終えたあとに大岳ヌルを見て首を振った。
「クミ姫がこの島に来る前から信仰されていた岩よ。形がホー(女陰)に似ているから、創造と豊穣を祈って来たの。特に神様はいないわ」とユンヌ姫の声が聞こえた。
「ありがとう」とササはユンヌ姫にお礼を言った。
「ユンヌ姫様も来ていたのか」とサハチはササに聞いた。
「昨日の夜、ニシタキの頂上で笛を吹いたの。そしたら、ユンヌ姫様がやって来て、クミ姫様も再会を喜んでいたのよ。ユンヌ姫様はクミ姫様の大叔母で、クミ姫様がお姉さんと一緒にこの島に来た時、ユンヌ姫様も付き添って来たらしいわ」
「ユンヌ姫様がいらしたのですか」と大岳ヌルがササに聞いた。
「はい。ここは古くから信仰されていたウタキだけど、特に神様はいらっしゃらないと言いました」
「そうでしたか」と言ったあと、大岳ヌルはサハチを見て、
按司様もユンヌ姫様の声が聞こえるのですか」と不思議そうに聞いた。
按司様は神人なんです」とササが笑いながら言った。
 大岳ヌルは驚いた顔してサハチを見つめた。
「女子岩があるという事は男子岩(いきがいわ)もあるのですか」とサハチが大岳ヌルに聞いた。
「あります。丁度、島の反対側の兼グスクの大港の近くにあります。小さな島で、チーミムイ(知仁御嶽)というウタキになっています」
「帰る時にお祈りをしよう」とサハチはササたちに言った。
 シンシンとナナは顔を見合わせて笑っていた。
 具志川ヌルの屋敷に寄ったら、ササたちは大歓迎された。
「昨夜(ゆうべ)のお話はとても為になりました。神様の事を調べるために何度もヤマトゥに行ったと聞いて、とても驚きました。昔のヌルはお船に乗って遠い国まで行ったようですが、今もそんな凄いヌルがいたなんて本当に驚きました。具志川森の神様たちも、きっとお喜びになると思います」
 ササたちは具志川ヌルの案内で、具志川森のウタキに向かった。サハチは大岳ヌルに誘われたが、ウタキには行かなかった。たとえ神人であっても具志川ヌルが守って来たウタキに男が入るべきではないと思っていた。
 サハチが縁側に座って空を眺めていると、
「具志川森は具志川ヌルの御先祖様のお墓なのよ」とユンヌ姫の声がした。
「具志川ヌルの御先祖様もクミ姫様とつながりがあるのか」とサハチはユンヌ姫に聞いた。
「クミ姫の孫娘よ。でも、具志川森はもっと古い神様も祀られているのよ」
「もっと古い神様というのはアマミキヨ様の一族なのか」
アマミキヨ様も琉球に行く前にこの島に来たけど、アマミキヨ様はウミンチュだから、ここまでは来ないわ。御願干瀬の近くに一族が住み着いたのよ。ここに住み着いたのはお米(んくみ)を持って来た人たちよ」
「北目之大主(にしみぬうふぬし)が言っていたけど、やはり、お米は久米島から琉球に伝わって、奄美の島々を通ってヤマトゥまで行ったんだな」
「そうよ。この島にお米が伝わったのはアマミキヨ様が来るよりもずっと前の事みたい。でもね、お米を持って来た人より前に、シビグァー(タカラガイ)を求めて唐人(とーんちゅ)が来ていたのよ。その頃はこの辺りも海で、唐(大陸)から来た人たちの中継地になっていたみたい。ここで一休みしてから御願干瀬に行っていたのよ」
アマミキヨ様より古いとなると二千年以上も前の話か。そんな昔の事は想像もできないよ。ところで、ササたちがミャークに行くって張り切っているけど、本当に行けると思うか」
「行けるわ」とユンヌ姫は自信たっぷりに言った。
「どうやって?」
「イシャナギ島にいるウムトゥ姫を呼んで、案内してもらうのよ」
「どうやって呼ぶんだ?」
「ビンダキ(弁ヶ岳)にいるお母さんに呼んでもらうのよ」
「成程、お母さんが呼べばウムトゥ姫はイシャナギ島から来るのか」
「来るわ。でも、この事はササには言わないでよ」
「どうして?」
「自分で考えなけりゃ駄目なのよ。この前、古いウタキをササに教えたら、お祖母(ばあ)様に怒られちゃったわ」
「ユンヌ姫様が豊玉姫様に怒られたのか」
 サハチが笑うと、ユンヌ姫は怒って、どこかに行ってしまった。
 蹄(ひづめ)の音が聞こえたかと思ったら女子(いなぐ)サムレーの格好をした若ヌルが帰って来た。背中に木剣を背負った勇ましい姿だった。サハチがいるのに驚いて、軽く頭を下げた。馬を馬小屋に入れるとサハチの隣りに腰掛けて、
「チヌムイ様から聞きました。按司様もお強いんですってね」と言って笑った。
 可愛い笑顔だった。チヌムイもいい相手を見つけたなとサハチも嬉しくなった。
「チヌムイは弟弟子だよ」
「馬に揺られながら考えていたんですけど、武当拳(ウーダンけん)でわからない所があるんです。ご指導お願いします」
 サハチは喜んで、若ヌルに武当拳の指導をした。
 ササたちがウタキから戻って来た。具志川ヌルが夕食を御馳走すると言ったが、明日の朝が早いのでとササは断って、具志川ヌル母子(おやこ)と別れた。大岳ヌルも自分の屋敷に帰って行った。
 タブチの屋敷にファイチもウニタキも帰って来なかった。サハチはタブチを相手に酒を飲んだ。昨夜も食べたが、採れたてのヤコウガイはうまかった。
 翌朝、ササに起こされた。南部にあるアーラタキ(阿良岳)に登るという。案内をするのは堂ヌルで、ウニタキも一緒だった。
 ウニタキはサハチの顔を見るとニヤニヤしながら、「久米島は最高だ」と言った。
「俺にとっては面白くない」とサハチは言った。
 安須森ヌル、ササ、シンシン、ナナ、堂ヌル、ウニタキ、サハチが馬に乗って、島の南部にある儀間(じま)という村に行ってアーラヌルと会った。アーラヌルは美人かもしれないとサハチは期待をしたが、五十歳を過ぎた威勢のいいヌルだった。
 アーラヌルの案内で、小舟(さぶに)に乗ってアーラタキの裾野にあるアーラ浜に行き、そこから上陸した。この浜の近くにアーラ崎という村があったが、三百年前に津波にやられてしまったという。当時はアーラヌルの屋敷もその村にあったらしい。古い村の跡地にあるウタキでお祈りしてからアーラタキに登った。
「ここを襲った津波って、久高島を襲った津波と同じかしら?」とシンシンがササに聞いた。
「三百年前だから、きっと同じ津波だわね」とササは言って、
津波で村の人たちも亡くなってしまったのですか」とアーラヌルに聞いた。
「神様のお告げがあって、皆、お山に登って助かったのですよ」
「そうでしたか。よかったわ」とササはシンシンを見て笑った。
 ウニタキは堂ヌルと仲よく、アーラヌルと一緒に先頭を行き、サハチは最後尾に従った。安須森ヌルが振り返って、
「ファイチさんもウニタキさんも美人のヌルには弱いのね」と笑った。
「まったく情けないよ」とサハチは首を振った。
「お兄さんには現れなくてよかったわね。お姉さんに嘘をつかなくて済みそうだわ」
「大丈夫だよ。俺はあの二人とは違う」
 山頂近くにウタキがあって、サハチとウニタキは見晴らしのいい所で、ヌルたちのお祈りが終わるのを待った。
「フカマヌルに言ってやろうかな」とサハチは海を眺めながらウニタキに言った。
「やめろよ。大人げない」とウニタキは手を振った。
「男三人で楽しい旅をしようって来たのに、どうなってんだ。お前もファイチもヌルに魂(まぶい)を抜かれちまって」
「仕方ないだろう。出会ってしまったんだからな。お前だってわかるはずだ。ヌルに惚れられたらどうする事もできないんだ」
「まったく面白くないよ」
 お祈りが終わってサハチたちの所に来たササは、
「ここにはウムトゥ姫様は来ないわ」と言った。
「クミ姫様の娘のアーラ姫様がいて、ウムトゥ姫様はここからイシャナギ島に行ったあと、ここには一度も来ていないと言ったの。イシャナギ島まで行かなければ、ウムトゥ姫様には会えないわ」
 ユンヌ姫から聞いた事が喉元まで出掛かっていたが、サハチはじっと堪(こら)えて、「ウムトゥ姫様を呼べばいいんじゃないのか」と言った。
「どうやって呼ぶの? 名前を叫んだって、イシャナギ島まで聞こえないわ」
「クミ姫様に呼んでもらえば?」とシンシンが言った。
「妹が呼んだら、お姉さんが来るかしら?」とナナが言った。
「お姉さんは妹に追い出されたような感じだから、呼んでも来ないかもしれないわね」とササが言った。
「お母さんが呼んだら来るんじゃないの?」と安須森ヌルが言った。
 ササは安須森ヌルを見て、「それよ」と手をたたいた。
「ビンダキのお母さんに呼んでもらえばいいのよ。そして、一緒に行けばイシャナギ島まで行けるわ」
 ササとシンシンとナナは手を取り合って大喜びした。それを見ながら安須森ヌルも笑っていた。
「うまく言ったわね」とユンヌ姫の声が聞こえた。
「この山にはウムトゥ姫様よりも古い神様がいたわ」と安須森ヌルがサハチに言った。
アマミキヨ様の一族の人たちがこの山を拠点にしていたみたい。アーラ浜でシビグァーを採っていたのかしら」
「二千年も前の事だからな。どこの浜でも採れたんだろう」
「古い神様から南の方に島がある事を聞いたウムトゥ姫様は、イシャナギ島を目指して船出したのよ」
「そうか。ウムトゥ姫様も神様の案内で南の島まで行ったんだな」
「きっと、そうだと思うわ」
 アーラタキから帰って、チヌムイの武術道場でサハチが若い者たちを鍛えていたら、ウニタキが堂ヌルと一緒にやって来た。
「お前に会いたいという人がいる」とウニタキがサハチに言った。
「誰だ? お祖父(じい)の所にいたというウミンチュか」
 ウニタキは笑って、「そうじゃない。クイシヌ様だよ」と言った。
「クイシヌ様?」
「堂ヌルと一緒にさっき会ったんだ。思っていた通りの美人だったよ。四十過ぎだと聞いていたけど、とてもそんな年齢(とし)には見えない。もっとも、安須森ヌルも四十過ぎには見えないけどな。見た感じは堂ヌルより少し年上といった所だ。俺にはよくわからんが、ヌルとしての貫禄というか、存在感というか、言葉ではうまく言い表せないが、やはり、ほかの人とは違う何かが感じられた。お前に会わせてくれって安須森ヌルに頼んだようだけど、連れて来てくれないとぼやいていたよ」
 サハチはウニタキたちと一緒にクイシヌの屋敷に向かった。
 一目会った瞬間、サハチはクイシヌに魂を奪われた。その後、どうなったのかはわからない。気がついたら星空の下、ニシタキの山頂で一節切(ひとよぎり)を吹いていた。
 吹き終わって一節切から口を離すと、
「素晴らしいわ」とクイシヌが言って、酒の入った瓢箪(ちぶる)を差し出した。
 サハチは瓢箪を受け取って、一口飲んだ。うまいヤマトゥ酒だった。
「あなたの妹さん、こうなる事がわかっていて、会わせてくれなかったのよ」とクイシヌは笑った。
「もっと早く会いたかったよ」とサハチは瓢箪をクイシヌに返した。
 クイシヌは笑って、酒を一口飲むと風呂敷包みを広げた。中には籠(かご)が入っていて、蓋(ふた)を開けるとおいしそうな料理が詰まっていた。
「いつか、こんな時が来るって、わたし、いつも夢に見ていたのよ」とクイシヌは言った。
 クイシヌはサハチを見つめると、「やっと、夢がかなったわ」と嬉しそうに笑った。
「わしも仲間に入れてくれ」と声がした。
 空耳かと思ったサハチは、
「今の声、聞こえました?」とクイシヌに聞いた。
「聞こえたけど、誰なの?」
スサノオの神様のような声でした」とサハチが言うと、
「えっ!」と驚いて、クイシヌは空を見上げた。
 サハチも首を傾げながら空を見上げると、突然、まぶしい光に包まれた。とっさに目をつむり、目を開けると、目の前にスサノオとユンヌ姫の姿があった。
琉球の近くにこんな美しい島があったとは知らなかった」とスサノオが言った。
「びっくりするわ、もう。突然、現れるんですもの」とユンヌ姫がスサノオに言った。
 スサノオはサハチが思い描いていた通りの威厳のある神様だったが、ユンヌ姫は思っていたよりも可愛かった。
「サハチの一節切が聞こえたんじゃよ。ユンヌ姫も一緒にいたんで、やって来たんじゃ」
 スサノオの神様を見たクイシヌは感激して、姿勢を正して両手を合わせていた。
「無礼講じゃ。いちいち挨拶などいらん」とスサノオはクイシヌに言った。
 クイシヌは笑って、スサノオ瓢箪を差し出した。スサノオは受け取ると一口飲んで、「うまいのう」と言って、ユンヌ姫に瓢箪を渡した。
 ユンヌ姫も一口飲んで、「おいしい」と笑った。
 また、光ったと思ったら、今度はクミ姫が現れた。
「大叔母様、わたしにも飲ませてください」とクミ姫が手を伸ばした。
 ユンヌ姫は笑って、クミ姫に瓢箪を渡した。クミ姫はユンヌ姫を大叔母と呼んだが、二人は姉妹のように見えた。
「御先祖様のスサノオ様に会えるなんて、まるで夢のようです」とクミ姫が嬉しそうに言った。
「わたしなんて感激しすぎて、何が何だかわからない状態です」とクイシヌが言って、料理をみんなの前に差し出した。
「サハチよ。一節切を聴かせてくれんか」とスサノオが言った。
 サハチはうなづいて一節切を吹き始めた。
 夜の更けた山の中に幻想的な笛の調べが流れ、神様たちの周りを蛍が光りながら飛び回っていた。

 

 

 

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