長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-180.仕合わせ(改訂決定稿)

 ササ(運玉森ヌル)たちはドゥナン島(与那国島)に一か月近く滞在した。
 六日間掛けて各村々に滞在したあと、サンアイ村に戻ったササたちは、ナウンニ村にいるムカラーを呼んで、愛洲(あいす)ジルーの船をクブラの港に移動するように頼んだ。ゲンザ(寺田源三郎)とマグジ(河合孫次郎)がムカラーと一緒に行った。ジルーも行こうとしたが、ゲンザとマグジに残れと言われて残り、ミーカナとアヤーが一緒に行った。船をクブラ港に移動したあと、ムカラーは戻って来たが、ゲンザたちは南遊斎(なんゆうさい)に引き留められてクブラ村に滞在した。
 クマラパは子供たちがいるドゥナンバラ村に行き、ガンジュー(願成坊)とミッチェが一緒に行った。ガンジューはクマラパの武当拳(ウーダンけん)を見て、自分も身に付けたいと思い、クマラパの弟子になっていた。ガンジューが行くのなら、わたしも行くと言ってミッチェもついて行った。
 シンシン(杏杏)はダティグ村のツカサに武当拳の指導を頼まれてダティグ村に行った。ナナとサユイとタマミガが一緒に行った。
 安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)はダンヌ村のツカサから馬天浜(ばてぃんはま)に行った時の事をもっと詳しく聞きたいと言ってダンヌ村に行った。玻名(はな)グスクヌルが若ヌルたちを連れて安須森ヌルに従った。
 残されたのはササとジルーだけになった。
「みんな、勝手な事をして、一体、どうなっているんだ?」とジルーがササに言った。
「あたしたちも行きましょ」とササはジルーの手を引いた。
「どこに行くんだ?」
「眺めのいい所よ」
 ササとジルーは『ティンダハナタ』に向かった。子供たちが遊んでいるかと思ったが誰もいなかった。
 ササは景色を眺めながら、
「あたし、六歳の時に、馬天浜でイシャナギ島(石垣島)のマッサビ様や名蔵(のーら)のブナシル様、ダンヌ村のツカサ様と会っていたのよ。上比屋(ういぴやー)の女按司(みどぅんあず)様、クンダギのツカサ様もいたわ」とジルーに言った。
 ジルーはうなづいただけで何も言わなかった。
「六歳の時の事を思い出した時、あたしがこの島に来る事は、あの時から決まっていたような気がしたわ。あなたが琉球に来た時、あたしのマレビト神が来るってわかっていたの。それで迎えに行って、あなたと会って、マレビト神に違いないと思ったわ。でも、一緒に旅をして、あなたの事が少しわかってくると、やっぱり違ったのかなと思ったの。南の島(ふぇーぬしま)を探しに行きたいとあなたに言った時、あなたは喜んで船を出すと言ってくれた。そして、ミャーク(宮古島)に行って、多良間島(たらま)、イシャナギ島、クン島(西表島)と行って、ドゥナン島に来たわ。あなたと出会わなければ、あたしはドゥナン島には来られなかったのよ。今、この島にあなたと一緒にいるという事は、あなたはやっぱり、あたしのマレビト神だったんだわ。あたしの母も父と出会った時には気づかなかったの。久高島(くだかじま)のウタキ(御嶽)に籠もって、心が開放されて、父がマレビト神だってわかったの。わたしは頭の中で色々と考えすぎたのかもしれないわ」
 ジルーはササを見て優しく笑った。その笑顔を見た途端、頭の中は真っ白になって、ササは何も考えられなくなった。
 それからの事はよくわからない。気がついたら綺麗な砂浜にジルーと二人だけでいた。目の前に青い海が広がって、右側に岩場が飛び出していて、左側には川があるようだった。振り返ると密林が続いていて、人家は見当たらなかった。
「ここはどこなの?」とササはジルーに聞いた。
 ジルーは首を振った。
「どうして、ここにいるのか、俺にもわからないんだ。ティンダハナタでササの話を聞いたのは覚えている。その後の事は夢の中にいるようで、ぼんやりとしているんだ。ただ、わかっているのは、俺たちはあそこの洞窟(どうくつ)で、何日か過ごしたらしい」
「えっ?」とササはジルーが指差した岩場を見た。
 洞窟らしい穴が見えた。洞窟に行ってみると、火を燃やした跡があって、どこから持って来たのか、鉄の鍋(なべ)の中に食べ残した煮物があった。空になった瓢箪(ひょうたん)が三つも転がっていて、藁(わら)を敷き詰めた寝床もあった。
「あたしたち、ここでお酒を飲んだのね」とササは笑った。
「海に入って魚や貝も捕ったらしい」と言って、ジルーが隅にある魚の骨や貝殻を指差した。
「お酒はまだあるかしら?」とササは聞いた。
「あと一つある」とジルーが酒の入った瓢箪を手に取った。
「今晩、それを飲んでから帰りましょ」とササは言って、ジルーに抱き付いた。
 次の日、ササたちは浜辺から見えた山に登った。ウラブダギ(宇良部岳)が見えたので、島の南側にある浜辺にいる事がわかった。道などなかったが密林の中を通って、何とかサンアイ村に帰ってきた。
 安須森ヌルと玻名グスクヌル、ナーシルと若ヌルたちがササとジルーを迎えた。
「お帰り」と安須森ヌルが笑った。
「お師匠!」と若ヌルたちがササを囲んだ。
 ササとジルーは四日間、行方知れずになっていた。ササは覚えていないが、ティンダハナタから帰って来たササはナーシルに酒の用意を頼んで、しばらく、どこかに行くけど心配しないでと言ったらしい。ナーシルは酒の用意をして、鉄の鍋と食糧も持たせた。
 安須森ヌルは自分の経験から、二人がとこかに行くだろうと気づいていた。二人が行きやすいように、二人だけにしたのだった。
「よかったわね」と安須森ヌルはササとジルーを見て笑った。
 その夜、みんなが帰って来て、ササとジルーを祝福した。
 ササとジルーがいなくなったのと同じ日に、ミッチェとガンジューもいなくなっていた。二人はトゥンガン(立神岩)の近くにある浜辺で結ばれたという。ミッチェとガンジューもみんなから祝福された。
「わしは熊野でササさんたちと会った時、琉球に行かなければならないと思いました。わしはその頃、何度も同じ夢を見ていたのです。それは見た事もない山に、わしが登っている夢です。その山には見た事もない変な木がいっぱいありました。ササさんたちから琉球の話を聞いて、その山は琉球の山に違いないと思ったのです。もう、居ても立ってもいられなくて、琉球行きの船に飛び乗りました。でも、着いた所はターカウ(台湾の高雄)でした。琉球に行かなければならないと焦りましたが、琉球からの船はターカウには来ません。日本に戻って出直そうかとも考えましたが、日本に帰ったら熊野に連れ戻されるような気がしてやめました。冬になって、ミャークからの船が来ました。その船にミッチェが乗っていたのです。ミッチェを見て、わしは驚きました。わしが見ていた夢の山の山頂にいた女子(おなご)がミッチェだったのです。夢の中のミッチェは後ろ姿しか見せなくて、わしが山頂に着くと振り返るのですが、いつも、そこで夢から覚めてしまいます。でも、夢の中の女子はミッチェに違いないと思いました。わしはミッチェと一緒にイシャナギ島に行きました。玉取崎(たまとぅりざき)で船から降りて、玉取崎のツカサから馬を借りて、名蔵まで行きました。そして、ウムトゥダギ(於茂登岳)を見た時、夢に出て来た山だとわかりました。やはり、夢に出て来たのはミッチェだと確信しました」
琉球に行かなくてよかったわね」と安須森ヌルが言った。
 ガンジューはうなづいて、ミッチェを見た。
「わたしはターカウでガンジューと出会った時、マレビト神だとわかりました」とミッチェは言った。
「でも、試合をしたら、わたしよりも全然弱くて、こんな人がマレビト神であるはずがないと否定したのです」
「わしも身を守るための武術は身に付けていますが、ミッチェが強すぎるのです」とガンジューは言った。
「否定から肯定に変わった理由は何だったの?」と安須森ヌルが聞いた。
「ガンジューの優しさです。ガンジューは船酔いした人たちの面倒を見ていました。ウムトゥダギで採った薬草でお薬を作って、それを飲ませていました。怪我の治療も見事でした。そんなガンジューを見て、わたしは少しづつ惹かれていったのかもしれません。でも、頭の中では否定し続けていたのです。この島に来て、ガンジューたちが島の娘たちと楽しくやっているのを見て、わたしは怒りました。あの時は自分でも驚きました。考える前に行動に出ていたのです。あんな事は初めてです。でも、あの時、頭ではなくて、心が肯定したのだと思います。その後は、心に素直に生きようと思いました」
「ササにしろ、ミッチェにしろ、余計な事を考え過ぎるのよ」と安須森ヌルは二人を見て笑った。
「マシュー姉(ねえ)の時はどうだったの?」とササが聞いた。
「マシュー姉だって、シンゴ(早田新五郎)さんと出会ってから、随分経ってから結ばれたんでしょ。シンゴさんじゃないって否定していたんじゃないの?」
 安須森ヌルは楽しそうに笑った。
「あたしはシンゴさんに初めて会った時、何も感じなかったわ。あの時のあたしはマレビト神の事なんて考えてもいなかったのよ。お師匠だった叔母さん(馬天ヌル)は毎年、ウタキ巡りの旅に出ていたし、あたしが留守を守らなければならないって必死だったのよ。二度目にシンゴさんが来た時は戦(いくさ)の最中だったわ。兄は大(うふ)グスクを攻め落として、島添大里(しましいうふざとぅ)グスク攻めに加わっていたわ。あたしは毎日、戦の勝利を祈っていたの。兄が島添大里グスクを攻め落として戦が終わって、あたしも島添大里グスクに移る事になったわ。その時、シンゴさんがお引っ越しの手伝いに来てくれたの。みんな、自分たちの事で精一杯で、誰も手伝ってくれなかったから、とても助かったわ。荷造りが終わって、一休みした時、シンゴさんが、あたしの事を好きだって言ったのよ。あたし、今まで、男の人からそんな事を言われた事がないから、胸がドキドキして変になっちゃったのよ。それからはもう夢の中よ。二人でどこかに行ったようだけど覚えていないわ。何日かして帰って来たら、お屋敷の中はそのままになっていて、誰もあたしがいなくなった事に気づいていなかったわ。島添大里グスクでお清めをしていたんだろうと思っていたみたい」
「マシュー姉らしいわ」と言ってササは笑った。
 話を聞いていた玻名グスクヌル、タマミガ、サユイ、ナーシルは、
「わたしたちにも素敵なマレビト神様が現れないかしら」と羨ましそうに言った。
 翌日からササとジルーはサンアイ村で暮らして、ミッチェとガンジューはドゥナンバラ村で暮らした。ゲンザとマグジはミーカナとアヤーを連れてクブラ村に行き、ターカウ行きが決まったら、すぐにみんなに知らせると言った。シンシンとナナはダティグ村に戻って、玻名グスクヌル、タマミガ、サユイの三人はマレビト神を探すために村々を巡った。安須森ヌルは若ヌルたちを連れてダンヌ村に行った。


 十一月二十三日の早朝、ササたちはみんなに見送られて、一月近く滞在したドゥナン島に別れを告げて、ターカウへと向かった。ナーシルは母親の許しを得て、一緒に来た。母親のユミはナーシルを琉球まで連れて行って、父親に会わせてやってくれとササたちに頼んだ。ササたちは喜んで引き受けた。
 キクチ殿の船が先頭を行き、ササたちの船が続いて、平久保の太郎(ぺーくぶぬたるー)の船が殿(しんがり)を務めた。
 船は丑寅(うしとら)(北東)の風を受けて、気持ちよく西へと進んで行った。
「ムカラーから聞いたんだけど、日が暮れる前に黒潮を越えないと危険らしい」とジルーがササに言った。
「大丈夫なの?」とササは心配そうに聞いた。
 ヤマトゥ(日本)旅の行き帰りに、トカラの口之島(くちぬしま)と永良部島(いらぶじま)(口永良部島)の間で黒潮を越えるが、その時の船の揺れと船が軋む音は何度も経験していても、慣れる事はなく恐ろしかった。
「大丈夫だよ」とジルーはササの肩をたたいて笑った。
「大丈夫ね」とササも笑ってうなづいた。
 ジルーが船尾に行ったあと、ササは空を見上げた。
「ユンヌ姫様、いるの?」と声を掛けると、
「いるわよ」とユンヌ姫の声が聞こえた。
「お邪魔だと思って声を掛けなかったのよ。おめでとう」
「ありがとう。ユンヌ姫様のマレビト神ってどんな人だったの?」
「素敵な人だったわ。伯母様の船に乗ってユンヌ島(与論島)に来たのよ」
「伯母様って、玉依姫(たまよりひめ)様?」
「そうよ。その頃の伯母様は『ヒミコ』って呼ばれていたわ。ヤマトゥ(大和)の女王様だったのよ。ユキヒコは大叔父様(豊玉彦)の孫だったの。お祖母(ばあ)様(豊玉姫)を連れてヤマトゥに行って以来、ずっと、大叔父様の子孫が船頭(しんどぅー)(船長)として琉球に来ていたのよ。ユキヒコは父親の跡を継ぐために、その年、初めて琉球に来たの。そして、あたしと結ばれたのよ。あたしは二人の娘を産んだわ。でも、ユキヒコはヤマトゥの戦で戦死してしまったのよ。次女のキキャ姫は父親のユキヒコに会っていないのよ」
「そうだったの。ユンヌ姫様も辛い思いをしてきたのね」
「もう遙か昔の事よ。ササと初めてヤマトゥに行った時、久し振りにユキヒコと会ったのよ。ユキヒコったら大きなお墓に眠っていたわ。英雄として戦死したみたい。あたしが来たので驚いていたけど歓迎してくれたわ」
「よかったわね」とササは言ったあと、「最近、キキャ姫様には会ったの?」と聞いた。
「会ったわ。山北王(さんほくおう)(攀安知)が鬼界島(ききゃじま)(喜界島)を攻めたって聞いたので、様子を見に行ったのよ。元気に戦を楽しんでいたわ」
「鬼界島は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。山北王に奪われる事はないわ」
「アキシノ様とアカナ姫様も一緒にいるの?」
「メイヤ姫も一緒よ」
「ありがとう。あたしたちを守ってね」
「任せてちょうだい」とアカナ姫とメイヤ姫が声を揃えて言った。
「何かあったらお知らせします」とアキシノが言った。
 ササはクマラパからターカウの事を聞いた。
「わしが初めてターカウに行ったのは五十年近くも前の事じゃ。その時は明国(みんこく)の海賊がいた」
「メイユー(美玉)さんの伯父さんでしょ。クマラパ様はメイユーさんに会ったの?」
「いや、会ってはいない。噂では美人の女海賊だって評判じゃった」
 ササは笑って、「メイユーさんは今、安須森ヌルのお兄さんの側室になっているのよ」と言った。
「なに、中山王の世子(せいし)の側室なのか」
 ササはうなづいた。
「娘を産んで、杭州(こうしゅう)で育てているの。でも、杭州の拠点が危険になったので、ムラカ(マラッカ)に移るらしいわ」
「ムラカか。トンド(マニラ)に行った時、ムラカの事は聞いた事がある。鄭和(ジェンフォ)の大船団がムラカを拠点にしてから栄えるようになったと言っておった。側室なのに、海賊をしているのかね?」
「メイユーさんは海賊が似合っているから、それでいいのよ」とササは笑った。
 クマラパは首を傾げたが、話を続けた。
「わしが二度目にターカウに行ったのは、初めて行ってから七、八年後じゃった。アコーダティ勢頭(しず)と一緒に行ったんじゃが、その時にはキクチ殿がいたんじゃよ。その頃のターカウはまだ城もなく、あちこちで穴を掘ったり、土塁を築いたりしていた。翌年もアコーダティ勢頭と行ったんじゃが、堀と土塁に囲まれた城ができていたんじゃ。その翌年は、わしはトンドに行ったのでターカウには行っていない。次の年にターカウに行ったら、高い土塁に囲まれた唐人(とーんちゅ)の村があったんじゃ。明国の海賊が住み始めたのかと思ったら、トンドから来た唐人たちの村じゃった」
「キクチ殿はミャークよりも先にトンドと交易していたのですか」
「そうじゃよ。わしがアコーダティ勢頭とターカウに行った時、わしらは明国を目指していたんじゃ。しかし、明国は海禁政策を取ったので、近づくと捕まってしまうってキクチ殿に言われたんじゃよ。それで、明国に行くのはやめて、トンドに行く事にしたんじゃ」
「トンドの人たちが拠点を置いたという事は、トンドの人たちは毎年、ターカウに来るのですか」
「毎年、来ているようじゃ。ターカウに行けばヤマトゥの商品が手に入るからのう。特にヤマトゥの刀は南蛮(なんばん)(東南アジア)の者たち誰もが欲しがっているんじゃよ。わしはその後、しばらく、ターカウには行かなかった。佐田大人(さーたうふんど)の戦(いくさ)があったり、ミャークが琉球と交易を始めたので、ターカウに行く必要もなくなったんじゃ。琉球との交易をやめたあと、わしは与那覇勢頭(ゆなぱしず)と一緒にターカウに行った。十八年振りじゃった。ターカウも随分と変わっていた。港には大きな船がいくつも泊まっていた。キクチ殿の城は拡張されて、土塁も高くなっていて、まるで明国の城塞都市のようじゃった。城下の村は土塁に囲まれた中にあって、大通りに面して家々が建ち並び、賑やかに栄えていた。唐人たちの村も大きくなっていて、ヤマトゥンチュ(日本人)の城と唐人たちの城を結ぶ大通りにも家々が建ち並んでいた。その中程に『熊野権現』という神社があって、山伏が何人もいた。神社の前の広場は市場になっていて、大勢の人たちが行き交っていたんじゃよ。以前、キクチ殿が作ってくれたミャークの宿舎もヤマトゥンチュの城の中にあった。十年近くも来なかったのに、壊されずにあったんじゃよ」
「十年じゃなくて十八年でしょ」
「わしは十八年振りじゃったが、野崎按司(ぬざきあず)は琉球との交易が始まるまで、一年おきに行っていたんじゃよ。佐田大人が暴れている時は中止になったがのう。それから四年後、わしはマズマラーを連れてターカウに行ったんじゃ。その時はミャークの宿舎も新築されて、立派な屋敷になっていた」
 ササはニヤニヤしながらクマラパを見て、
「マズマラーさんとの出会いを聞かせて」と言った。
 いつの間にか、タマミガとサユイが来ていて、
「あたしも聞きたいわ」とタマミガが言った。
「お母さんから聞いておるじゃろう」とクマラパが言うとタマミガは首を振った。
「お父さんが狩俣(かずまた)を守ってくれたので、一緒になったとしか聞いていないわ。どこで、お母さんと出会ったの?」
 クマラパは苦笑して、話し始めた。
「あれは三度目のトンド旅から帰って来たあとじゃった。アコーダティ勢頭も何とか唐人(とーんちゅ)の言葉がわかるようになって、もうわしが一緒に行かなくても大丈夫じゃろうと、わしは野崎を出て各地を旅して回ったんじゃ。わしが船を造って、ターカウやトンドに行っていた事は皆、知っていて、どこに行っても歓迎してくれたんじゃよ。ミャークを一回りして北の岬に来た時、池間島(いきゃま)を見て、渡ってみたくなったんじゃ」
「その時、狩俣に寄ったの?」とタマミガが言った。
「いや、その時は寄っていない。わしはウミンチュ(漁師)に頼んで池間島に渡った。池間按司(いきゃまーず)に歓迎されて、海辺を散歩していた時じゃ。突然、神様の声が聞こえたんじゃよ」
「『ナナムイウタキ』に入ったのですか」とササが聞いた。
「『ナナムイウタキ』と『ウパルズ様』の事は池間のウプンマから聞いたが、ウタキには入ってはおらん。海辺に立って夕暮れの海を眺めていたんじゃ。ウパルズ様の声じゃと思った。その声は、『よく来てくれたわね。歓迎するわ』と言って、『近いうちに、あなたのやるべき事かあるわ』と言ったんじゃよ。わしのやるべき事とは何かと聞いたが、答えは返って来なかったんじゃ。ウプンマにその事を話したら、ウプンマは驚いていた。そして、ウパルズ様の事を詳しく教えてくれたんじゃ。ウパルズ様は琉球から来た神様で、狩俣にも琉球から来た神様がいると聞いて、わしは狩俣に行ってみたんじゃ」
「お母さんと出会ったのね?」
「そうじゃ。出会った途端、わしは一目惚れしたんじゃよ。最初、狩俣に住んでいるウミンチュのおかみさんじゃろうと思った。年の頃からして、子供も二、三人はいるじゃろうと思ったんじゃ。わしが狩俣のウプンマに会いたいと言ったら、わたしがウプンマですと言ったんじゃよ。わしは驚いた。わしはマズマラーの屋敷に行って、琉球から来た神様の事を聞いた。本当は神様の事よりマズマラーの事が聞きたかったんじゃが聞けなかった。話が終わって、わしは帰ろうとした。帰りたくなかったが留まる理由も見つからなかったんじゃ。そしたら、マズマラーが武芸を教えてくれと言ってきたんじゃ。わしは喜んで引き受けて、狩俣で暮らす事になったんじゃよ」
「お母さんはお父さんのお弟子だったの?」
「そうだったんじゃよ。年齢(とし)も大分離れていたからのう。一緒になろうとは言い出せなかったんじゃ」
 ササがクマラパを見て笑った。それを見て、タマミガとサユイも笑っていた。
「女子(いなぐ)に惚れると男子(いきが)は弱くなるものなんじゃ」とクマラパは言った。
「その時から何年後に、あたしは生まれたの?」
「まだまだ先じゃよ。わしが狩俣に落ち着いて二年後、佐田大人がやって来たんじゃ。わしは村を守るために村を石垣で囲んだ。そして、兵を育てるために伊良部島(いらうじま)に行った。ウプラタス按司がやられたと聞いて、わしは慌てて狩俣に帰って来た。佐田大人の兵が狩俣を襲ったが見事に追い返す事ができた。その夜、わしはようやくマズマラーと結ばれたんじゃ。マズマラーは跡継ぎの娘を欲しがっていたが、なかなか、子宝に恵まれなかった。大勢の人が亡くなった戦の事をマズマラーは気にしていたから体調を崩していたのかもしれん。わしは気分転換のために、マズマラーを連れてトンドに行ったんじゃ。マズマラーは何を見ても驚いていて楽しそうじゃった。トンドから帰って来て、お前が生まれたんじゃよ」
「トンドのお話はお母さんからよく聞いたわ」とタマミガが言った。
「本当はね、お母さん、お父さんと出会った時、この人と結ばれるってわかったって言っていたわ。それで、お弟子になるって言って、お父さんを引き留めたのよ」
「なに、それは本当かね?」
 タマミガはうなづいた。
「いつか、あたしにもそんな人が現れるって言ったわ。それは会った途端にわかるって。そんな人と出会ったら、決して手放してはだめよ。何としてでも引き留めなさいって言ったのよ」
「そうじゃったのか。それを言ってくれれば、お前はもっと早くに生まれていたかもしれんな」
「そしたら、みんなと一緒に旅はできなかったわ。丁度いい時に生まれたのよ」
「そうじゃな」とクマラパはうなづいて、海の方を見た。
 それから一時(いっとき)(二時間)後、船が急に揺れ始めた。
黒潮の中に入ったようだ」とジルーが来て、ササたちに教えた。

 

 

秀よし 金瓢(ひょうたん酒) 1.8L