長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-187.若夫婦たちの旅(改訂決定稿)

 マグルー(サハチの五男)とマウミ(ンマムイの長女)、ウニタル(ウニタキの長男)とマチルー(サハチの次女)の婚礼も無事に終わって、サハチ(中山王世子、島添大里按司)とウニタキ(三星大親)とンマムイ(兼グスク按司)は親戚となり、今まで以上に固い絆(きずな)で結ばれた。
 マグルー夫婦は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの東曲輪(あがりくるわ)にある、以前にサグルー(山グスク大親)夫婦が住んでいた屋敷に入った。マウミは侍女を二人連れて来ていて、侍女たちはイハチ(具志頭按司)が住んでいた屋敷に入った。侍女といっても、マウミと一緒に武芸の稽古に励んでいた仲良しの娘たちだった。
 ウニタル夫婦は城下の屋敷に入った。ウニタキの屋敷の近くで、サハチはマチルーのために古い屋敷を綺麗に改築していた。
 翌日、マグルー夫婦とウニタル夫婦はサハチに挨拶に来て、ウニタル夫婦はさっそく、『まるずや』巡りの旅に出ると言った。
 それを聞いていたマグルーは、「俺たちも一緒に旅に出ます」とサハチに言った。
「なに、お前たちも一緒に行くというのか」とサハチは驚いて、マグルーとマウミを見た。
「ヤマトゥ(日本)や明国は行って来ましたが、俺はまだ琉球の旅をしていません。親父は若い頃、お母さんと一緒に今帰仁(なきじん)まで旅をしたと聞いています。俺もマウミと一緒に旅がしたいのです」
「マウミも旅がしたいのか」とサハチが聞くと、マウミはうなづいた。
「十二歳の時に母の故郷の今帰仁に行きました。マグルーさんにも今帰仁の賑わいを見せてあげたいと思います」
 サハチはマウミが山北王(さんほくおう)(攀安知)の姪(めい)だった事を思い出した。山北王を滅ぼしたらマウミとその母のマハニ(攀安知の妹)が悲しむ事になる。チューマチ(ミーグスク大親)の妻のマナビー(攀安知の次女)も悲しむだろう。十年前と状況が変わっている事に改めて気づいて、山北王を滅ぼしていいのだろうかと気持ちが少しぐらついた。
「お前たちの気持ちはわかった」とサハチはうなづいた。
 ウニタルが『三星党(みちぶしとう)』を継いだ時に、ウニタルとサグルーのつなぎ役が必要だった。マグルーにそのつなぎ役になってもらおうとサハチは思った。
「ウニタキと相談してみる。少し待っていてくれ」
 若夫婦たちを安須森(あしむい)ヌルの屋敷で待たせて、サハチは侍女のマーミにウニタキを呼んでもらった。
 ウニタキはすぐに来た。マグルー夫婦の事を告げると、「やはり、そうか」と笑った。
「そんなような気がしていたんだ。ウニタルとマチルーだけだったら配下の者に任せるつもりだったが、マグルーとマウミも行くとなると、俺も行って四人を守るよ」
「そうか。お前が行ってくれるか。そうしてもらえると俺も安心だ」
「庶民の格好をして行けば、怪しまれる事もあるまい。湧川大主(わくがーうふぬし)は今、鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻めの準備で忙しいようだからな」
「今年は行くのか」
「去年、行けなかったから今年こそは敵(かたき)を討ってやると張り切っている。四月には行くだろう」
「鬼界島の連中がヤマトゥに行く前を襲うつもりなんだな」
「そうだ。ヤマトゥに船を出されたら、一昨年(おととし)の二の舞になるからな」
「今年はうまく行きそうか」
「わからんな。鬼界島でも待ち構えているはずだ。鬼界島を攻め取る事に成功したら、今帰仁の士気は上がる。来年の今帰仁攻めは延期した方がいいかもしれん」
「失敗したらどうなる?」
按司たちの反感を買うだろう。特に国頭按司(くんじゃんあじ)は大損害を受ける。一昨年、鬼界按司(ききゃあじ)に任命された一名代大主(てぃんなすうふぬし)が戦死して、率いて行った兵たちも戦死した。新たに任命された鬼界按司は一名代大主の兄の根謝銘大主(いんじゃみうふぬし)だ。二人とも国頭按司の弟で、二人の弟を失えば、国頭按司は山北王を恨むだろう。鬼界島攻めの兵糧(ひょうろう)も各按司から集めている。失敗に終われば、それらは返っては来ない」
「失敗に終われば、来年の今帰仁攻めは予定通りだな」
「鬼界島の島人(しまんちゅ)たちに頑張ってもらうしかない」
「そうだな」と言いながら、サハチは鬼界島の神様『キキャ姫』がユンヌ姫の娘だという事を思い出した。ユンヌ姫がいたら、キキャ姫に湧川大主が攻める事を教えられるのにと残念に思った。
 庶民の格好に着替えたマグルー夫婦とウニタル夫婦は山伏姿の福寿坊(ふくじゅぼう)に連れられて、正午(ひる)過ぎに旅立った。福寿坊はササたち、ヂャンサンフォン(張三豊)、愛洲(あいす)ジルーたちと一緒に琉球一周の旅をしているので安心だった。
 ウニタルは三弦(サンシェン)を背負っていて、マグルーは横笛を腰に差し、四人とも五尺ほどの棒を杖(つえ)代わりに突いていた。陰ながらウニタキが配下を引き連れて守っていた。
 島添大里の城下にある『まるずや』に行って、女主人のサチルーに挨拶をして、『まるずや』巡りの旅は始まった。
 島添大里の『まるずや』は最初にできた店だった。先代の島添大里按司(ヤフス)のために働いていた『よろずや』が浦添(うらしい)に逃げて行き、空き家となっていた店の看板を『まるずや』に直してできた古着を売る店だった。『よろ』を『まる』に書き直しただけで、ウニタキもいい加減な奴だと思い、変な名前だと思っていたが、今では誰もが知っている名前になっていた。
 『よろずや』もウニタキが開いた店なのだが、ウニタルは知らない。『よろずや』は島尻大里(しまじりうふざとぅ)にあるのが本店で、先々代の山南王(さんなんおう)(汪英紫)が始めた店だと父から聞いていた。
「あら、まあ。新婚の御夫婦が揃って旅に出るのですか」とサチルーは驚いた。
「親父の跡を継ぐには、各地の事を知らなくてはなりません。各地にある『まるずや』さんのお世話になって、旅をして参ります」とウニタルは言った。
「あなたたちは御両親を見倣って旅に出るのね?」とサチルーはマグルー夫婦に言った。
 二人はうなづいて、「今帰仁に行って、マウミの伯父さんに挨拶をしてきます」とマグルーは言った。
「マウミちゃんの伯父さんて、もしかしたら、山北王の事?」
「そうです。前回、里帰りした時、マウミは山北王に気に入られて、お嫁に行ったら、必ず、相手を連れて来いって言われたみたいです」
「あら、まあ。同盟しているとはいえ、充分に気を付けて行って来るのよ」
 サチルーに見送られて、一行は馬天浜(ばてぃんはま)に下り、佐敷グスクに行って、叔父のマサンルー(佐敷大親)に挨拶をした。東曲輪に行って若大親(わかうふや)のシングルーにも挨拶をした。
 シングルーとウニタルは一緒にヤマトゥ旅をした仲だった。奥間(うくま)のサタルーと一緒に熊野にも行っていた。
 旅支度で現れた四人を見て、羨ましそうに、「俺たちも一緒に行きたいな」とシングルーは妻のファイリン(懐機の娘)に言った。
 ファイリンはうなづいて、「楽しいでしょうね」と言った。
「よし、行くぞ」とファイリンに言って、「親父の許しを得てくるから待っていろ」とシングルーは東曲輪から出て行った。
 息子から旅に出たいと聞いて、マサンルーは驚いた。親父も若い頃に旅をしたと聞いている。俺も世間を見なければならないと言われて、だめだとは言えなかった。倅だけならいいが、ファイリンも一緒に連れて行くのが問題だった。ファイリンに、もしもの事があったら大変な事になる。自分だけでは決められなかった。兄貴と相談してくるから東曲輪で待っていろと言って、マサンルーは馬に乗って島添大里に向かった。途中でウニタキと出会った。
「俺が陰ながら守っているから心配するな」とウニタキは言った。
 マサンルーはウニタキを見つめて、「お願いします」と頼んだ。
「一緒に旅をすれば絆が深まる。奴らは俺たちの次の世代を担っていく。サハチも許すだろう。サハチには俺の配下の者が知らせる。俺の事は子供たちには内緒にしてくれ」
 マサンルーは馬を返して佐敷グスクに戻ると、シングルー夫婦に旅に出る事を許した。すでに旅支度をしていたシングルーとファイリンは喜んで一行に加わった。
 中山王(ちゅうざんおう)(思紹)の発祥の地なのに、佐敷には『まるずや』はなかった。『まるずや』は父が地図を作るために各地を歩いて、その拠点として開いたので、地元にないのは当然だが、佐敷の人たちのためにも作るべきだとウニタルは思った。
 福寿坊と三組の若夫婦たちは楽しそうに笑いながら手登根(てぃりくん)グスクに向かった。叔父のクルー(手登根大親)に挨拶をして、平田に向かおうとした時、馬に乗ったサムレーがやって来た。
「カシマじゃない。どうしたの?」とマウミが驚いた顔をしてサムレーに聞いた。
「マウミ様が旅に出たと聞いて、お屋形様が驚いて、わしに一緒に行けと命じたのです」
「お父様ったら、心配ないのに」とマウミは言ったが、
「わしも心配じゃ。一緒に行くぞ」と言って、カシマは馬から下りた。
 マウミはカシマを皆に紹介した。
「ヤマトゥのサムレーで、わたしの剣術のお師匠でもあります」
「今更、帰れないでしょう。一緒に行きましょう」と福寿坊が言った。
「若い者たちとはどうも話が合わない。話し相手が欲しいと思っていたのです」
「そうか。そなたはどこの山伏じゃ?」
備前(びぜん)の国、児島(こじま)の行者(ぎょうじゃ)です」
「なに、児島か。行った事があるぞ。わしは常陸(ひたち)の国、鹿島神宮(かしまじんぐう)の神官の倅じゃ」
鹿島神宮には行った事がありますよ」と福寿坊が笑うと、カシマも笑って、お互いにヤマトゥ言葉で話し始めた。
 カシマは馬をクルーに預けて、一緒に旅立った。
 平田グスクに着いて、叔父のヤグルー(平田大親)に挨拶をして、若大親のサングルーと会った。サングルーはマグルーと同い年で、一緒にヤマトゥ旅にも行っていた。サングルーはまだ独り者で、仲良くやって来た三組の夫婦を羨ましそうに見て、「俺も頑張らなければならんな」と笑った。
「例の娘はどうなったんだ?」とマグルーが聞いた。
 サングルーはニヤニヤしながら、「うまくいっているよ。俺は五月に明国に行くんだけど、帰って来たら婚礼さ」と言った。
「どこの娘なんだ?」とシングルーが聞いた。
「垣花按司(かきぬはなあじ)の娘なんだ」
「垣花按司の娘? 一体、どこで出会ったんだ?」
「ここだよ。お祭りに来たんだよ。知念(ちにん)のマカマドゥ叔母さんが、娘のマカミーと一緒に連れてきたんだ」
「こいつは一目惚れしたんだよ」とマグルーがシングルーとウニタルに言った。
 サングルーも一緒に行くと言って付いて来た。九人に増えた一行は知念グスクに行って、叔父の知念按司に歓迎されて、その日は知念グスクに泊まった。
 二日目は垣花グスクに行って、サングルーの婚約者のマフイと会った。マフイは突然、サングルーがやって来たので驚いた。若夫婦たちを紹介されて、わたしも早く、みんなの仲間に入りたいと思った。これから玉グスクに行くというので、マフイも一緒に行った。マフイは玉グスクのウミタルから剣術を習っていた。
 ウミタルは武寧(ぶねい)(先代中山王)の息子のイシムイに嫁いだが、浦添グスクが炎上した時、ウニタキに助け出されて、二人の娘を連れて玉グスクに戻って来た。玉グスクにも女子(いなぐ)サムレーを作ろうと考えて剣術の修行を始め、ヂャンサンフォンの弟子にもなっていた。今では三十人の女子サムレーを率いる総隊長として、玉グスクを守り、近在の娘たちにも剣術の指導をしていた。
 玉グスクの城下で『まるずや』の女主人、ハマドゥに挨拶をして、グスクに行って、叔父の玉グスク按司に挨拶をした。ぞろぞろと若者たちがやって来たので、玉グスク按司も妻のマナミーも驚いたが歓迎してくれた。ウミタルも喜んで、女子サムレーたちを鍛えてくれと言った。ファイリン、マチルー、マウミは女子サムレーたちを鍛えた。三人の強さに皆が驚いた。
 玉グスクをあとにした一行は具志頭(ぐしちゃん)グスクに行って、マグルーとマチルーの兄、イハチ(具志頭按司)に歓迎された。ファイリンとマチルーとマウミは師匠のチミー(イハチの妻)に弓矢の上達ぶりを披露した。
 具志頭グスクから玻名(はな)グスクに行って、玻名グスク按司のヤキチに歓迎された。ヤキチはシングルーの祖父だった。
 玻名グスクで昼食を御馳走になって、鼻歌を歌いながら米須(くみし)に向かっていた時、何者かの襲撃を受けた。敵は十人だった。五人づつが前後に現れて、一行は囲まれた。
 お頭らしい髭だらけの男が刀を抜いて、「命が惜しかったら荷物を置いて、さっさと行け!」と怒鳴った。
 カシマはニヤニヤと笑って、「お前ら馬鹿か」と言った。
「わしらに勝てると思っているのか」
「命知らずの奴だ」とお頭は笑って、配下の者たちに、「やれ!」と命じた。
 刀を持っているのは福寿坊とカシマだけだったので、敵も油断したようだ。十人の敵はあっという間に倒された。死んだ者はいない。皆、急所を打たれて気絶していた。
「こんな所に山賊がいるとは驚いた」と福寿坊が言った。
「去年の戦(いくさ)の残党かもしれんな」とカシマが言った。
「それにしても弱すぎる」と言ってウニタルが笑った。
「こいつら、どうするんです?」とマグルーが福寿坊に聞いた。
「そうだな。玻名グスク按司に知らせて片付けてもらうか」
「俺が知らせて来ますよ」とシングルーが言った。
「わたしも行くわ」とファイリンが言って、玻名グスクに戻ろうとした時、前方から大勢の人が近づいて来た。
「こいつらの仲間が来たようだ」とカシマが言った。
 敵は二、三十人はいるようだった。若夫婦たちは棒を構えて待ち構えた。道の両側の森の中から別の一団が出てきて、近づいて来る敵と戦いが始まった。
「近づくな!」と誰かが叫んだ。
「親父だ!」とウニタルが言って、敵を斬りまくっているウニタキを見つめた。
「ウニタキさんを助けなくちゃ」とマグルーが言った。
「待て!」と福寿坊が言って、後ろを振り返った。
 後ろでも斬り合いが始まっていた。
「飛び道具があるかもしれん。気をつけろ!」とカシマが言って、道の両側の森を見た。
 一行は輪になって周囲を警戒した。
 ウニタルは父の素早い動きを見守っていた。父が強いのは知っていたが、実際に戦っているのを見るのは初めてだった。まったく無駄のない動きで、次から次へと敵を倒していた。父の味方の者たちは十数人いるようだった。
 どれだけの時が経ったのかわからなかった。あっという間の出来事のような気もするし、長い時間が経ったような気もした。すべての敵を倒して、父が近づいて来た時、ウニタルは構えていた棒から手を離そうとしたが、強く握りしめていたため、なかなか棒から離れなかった
「みんな、無事だな」とウニタキは皆を見た。
 ウニタキの着物には返り血が飛んでいた。
「あいつらは何者です?」とウニタルが父に聞いた。
「玻名グスクの残党だ。摩文仁(まぶい)の残党も混ざっている。奴らの事は知っていたんだが、どこかに隠れていて見つける事ができなかったんだ。最初に出て来たのも奴らの一味だ。そいつらがやられたので他の奴らが現れたようだ」
「もしかしたら、親父は俺たちを守っていたのですか」
 ウニタキはうなづいた。
「最後まで、隠れて守るつもりだったんだが、思惑がはずれちまったな」
「もしかしたら、ウニタキさんの仕事は、親父を守る事なのではありませんか」とマグルーが聞いた。
 ウニタキは笑った。
「みんなも聞いてくれ。中山王には『三星党(みちぶしとう)』という裏の組織がある。中山王のために敵の情報を集めたり、敵が放った刺客(しかく)を殺したりもする。『三星党』ができたのは、島添大里按司が佐敷按司だった頃だ。佐敷按司を守るために若い者たちを鍛えて結成したんだ。今では、三星党の者たちは各地にいる。勿論、敵地にもいる。『まるずや』で働いている者たちは勿論の事、敵のグスクに側室や侍女として入っている。地図を作っている三星大親(みちぶしうふや)というのは表の顔で、三星党の頭領が俺なんだよ。この事を知っているのは数人だけだ。お前たちも胸の中にしまっておいてくれ」
 そう言うとウニタキは森の中に消えて行った。ウニタキが話をしている時、ウニタキの配下の者たちが気絶していた十人を森の中に連れ去っていた。
「凄かったな」とマグルーがウニタルに言った。
「お前は『三星党』の事を知っていたのか」とウニタルはマグルーに聞いた。
 マグルーは首を振った。
 ウニタルがシングルーを見るとシングルーも首を振った。サングルーも首を振った。
「あたし、ウニタキさんに助けられた事を思い出したわ」とマウミが言った。
「初めての里帰りで今帰仁に行って、帰る時だったわ。山の中で何者かに襲われて、ウニタキさんに助けられたの。あの時はあまり深く考えないで、父の知り合いの人が助けてくれたと思っただけだったけど、今、思えば、ウニタキさんはずっと、あたしたちを守っていてくれたのね。母から聞いたんだけど、父には亡くなった姉がいて、その姉の夫がウニタキさんだったらしいわ」
「何だって?」とマグルーが驚いた。
「ウニタキさんが兼(かに)グスク按司殿の義兄だったのか」
「詳しい事はわからないけど、そうらしいわ」
 ウニタキの妻はマグルーの祖母の妹のチルー大叔母さんだった。大叔母と出会う前に、兼グスク按司の姉と一緒になっていたのだろうか。マグルーにもマチルーにもよくわからなかった。
 ウニタルの頭も混乱していた。兼グスク按司の姉と父が一緒になっていたなんて信じられない事だった。
「凄い剣術使いじゃのう」とカシマが唸った。
「消えているわ」とファイリンが言った。
 前方を見ても後方を見ても、倒れていた敵の姿は一人も見えなかった。五十人もの死体が転がっているはずなのに、何もなかったかのようにひっそりとしていた。
 ウニタルが前方に走って行った。皆もあとを追った。血の跡があちこちに残っているが、森の中を見ても死体は見当たらなかった。
「ウニタキさんの配下の者たちが片付けたのね」とマチルーが言った。
「ウニタキさんじゃなくて、親父だよ」とウニタルがマチルーに言うと、
「お父さんね」とマチルーは笑って、「凄いお父さんだわ」と言った。
 襲撃事件のあと、皆の顔つきは変わっていた。物見遊山(ものみゆさん)の気楽な旅だったが、『三星党』の存在を知った事で、自分たちもやらなければならない事があるはずだと考え始めた。今回の旅を決して、無駄な旅にしてはならないと誰もが思っていた。
 米須の城下に行って『まるずや』の女主人のチャサに挨拶をした。女主人を見る目も変わっていた。今までは古着屋の女主人に過ぎないと気にも止めなかったが、よく観察すると、動きに隙がなく、武芸を身につけている事がわかった。売り子たちもそうだった。愛想よくお客の接待をしているが、皆、かなりの使い手だった。
 『まるずや』の者たちが皆、親父の配下として働いていると思うと、ウニタルは改めて、親父は凄い人だったんだと思い、親父を見る目がすっかり変わっていた。
 米須から八重瀬(えーじ)に行った。八重瀬にも『まるずや』があった。ここの主人は男だった。主人の話によると四年前に島尻大里に店を出したが、去年の戦の時、八重瀬に避難して、そのまま、八重瀬にいるという。どうして、島尻大里に戻らないのかと聞いたら、島尻大里には古くから『よろずや』があって、『よろずや』にはかなわないので八重瀬に移ったと言った。
「商売敵(がたき)だな」とシングルーが笑った。
 その日は叔父のマタルー(八重瀬按司)のお世話になって、八重瀬グスクに泊まった。
 ウニタルが『三星党』の事をマタルーに聞いたら、急に険しい顔になって、「誰に聞いた?」と聞いた。
「父から聞きました」と言って、襲撃事件の事を話すと、
「そうか」とマタルーはうなづいた。
「『三星党』は裏の組織だ。敵に絶対に知られてはならんのだ。敵に知られたら『まるずや』の者たちは皆殺しにされるだろう。『まるずや』を巡るのもいいが、ただの古着屋だと思って、気楽な顔をして行く事だな。何も知らんという顔で旅をしないと怪しまれるぞ。『三星党』の事は二度と口に出すな」
 ウニタルたちは神妙な顔をしてうなづいた。
 三日目は八重瀬から山南王(他魯毎)の本拠地、島尻大里の城下に行った。商売敵の『よろずや』は繁盛していた。たとえ、商売で負けたとしても、山南王の本拠地には『まるずや』は置くべきだとウニタルは思った。
 山南王は叔父だったが、島尻大里グスクには寄らなかった。叔母のマチルーが豊見(とぅゆみ)グスクに嫁いだのは、マグルーとマチルーが幼い頃で、その後もあまり里帰りはしていないので、馴染みが薄かった。訪ねて行けば歓迎してくれるだろうが、庶民の格好で山南王に会うのははばかられた。
 糸満(いちまん)の港を見て、以前、マウミが住んでいた阿波根(あーぐん)グスクを見て、保栄茂(ぶいむ)グスク、テーラーグスク(平良グスク)を見て、豊見グスクの城下にある『まるずや』に行った。マタルーに言われたように、何も知らないといった顔で古着を見ただけで、いちいち主人を呼んで挨拶はしなかった。
 豊見グスクから兼グスクに行ってンマムイに挨拶をしたら、今晩は泊まって行けと言われて、マウミは早々と里帰りを楽しんだ。
 その夜、お酒を御馳走になりながら、ウニタルたちはンマムイからウニタキの事を聞いた。
「ウニタキ師兄(シージォン)は勝連按司(かちりんあじ)の息子だったんだ」とンマムイが言うと、皆が「えっ!」と驚いた。
「今の勝連按司じゃないぞ。二十年も前の勝連按司だ。お前たちも知っているだろう。その頃は俺のお爺、察度(さとぅ)が中山王だったんだ。俺のお姉(ねえ)のウニョンは勝連按司の息子だったウニタキ師兄に嫁いだんだよ。そのあと、今帰仁合戦があって、ウニタキ師兄は大活躍をした。師兄には二人の兄がいて、その兄たちが師兄の活躍をうらやんで、殺そうとしたんだ」
「兄たちが弟を殺す?」と信じられない顔でマグルーが聞いた。
「勝連には『望月党(もちづきとう)』という裏の組織があって、そいつらが高麗(こーれー)の山賊に扮して、師兄を襲ったんだ。姉のウニョンと娘は殺されたけど、師兄は何とか生き延びた。そして、佐敷に逃げて行って、サハチ師兄を頼ったんだ。その後はお前たちも知っているように、サハチ師兄のために各地の情報を集めているというわけだ」
「父上はどうして、勝連の裏の組織の事まで知っているのですか」とマグルーが聞いた。
「父上か‥‥‥」と言って、ンマムイがマグルーを見て笑った。
「俺もそんな事は全然知らなかったんだよ。ウニタキ師兄はウニョンと娘の敵(かたき)を討つために『望月党』と戦っていたんだ。見事に敵を討って、『望月党』は壊滅したそうだ」
 父が勝連按司の息子で、殺された妻と娘の敵を討っていたなんて、ウニタルのまったく知らない事だった。
「父が敵を討ったのはいつの事ですか」とウニタルはンマムイに聞いた。
「さあ、そこまでは知らんな。親父に聞いてみろ」
 妻と娘を殺されて佐敷に逃げて来た父は佐敷に落ち着いて、母と一緒になった。ウニタルが生まれたのは佐敷グスクの裏山にある屋敷だった。六歳の時、島添大里の城下に移ったので、当時の事はあまり覚えていない。姉と一緒に山の中を走り回っていたのを覚えているくらいだった。あの頃の父は猟師の格好をしていて、自分は猟師の倅だと思っていた。あの頃、敵を討ったのだろうか。
 島添大里に移ってからは父は地図を作るために旅に出ていて、滅多に家には帰って来なかった。各地を回って情報を集めていたに違いない。『三星党』の事なんて知らなかったし、頭領である父の跡を継ぐのは、並大抵の事ではないとウニタルは悟って、俺に務まるのだろうかと自問していた。
「自分でも不思議に思っているけど、親父の敵として命を狙っていたサハチ師兄と、こうして親戚になったなんて、世の中というのはまったく面白いもんだ。先の事なんて神のみぞ知るだな」
 そう言って、ンマムイは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

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