長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-188.サハチの名は尚巴志(改訂決定稿)

 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのお祭り(うまちー)の前日の夕方、マグルー(サハチの五男)夫婦、ウニタル(ウニタキの長男)夫婦、シングルー(佐敷大親の長男)夫婦、サングルー(平田大親の長男)、福寿坊(ふくじゅぼう)、カシマは無事に旅から帰って来た。婚礼の翌日、十六日に旅立って、十二日間の旅だった。
 玻名(はな)グスクの残党の襲撃事件はウニタキの配下のアカーから聞いていて、サハチ(中山王世子、島添大里按司)は知っていたが、その後は誰からも知らせはなかった。皆の顔を見て、何事もなくてよかったとサハチは胸を撫で下ろした。
「ヤンバル(琉球北部)で敵の襲撃はなかったんだな?」とサハチは聞いた。
「はい。警戒していたんですけど、敵の襲撃はありませんでした。奥間(うくま)まで行って、サタルー兄さんに会ってきました」とマグルーが言った。
「サタルーさんと一緒に今帰仁(なきじん)に行ったんです」とウニタルは言った。
今帰仁には大勢のヤマトゥンチュ(日本人)がいて賑やかでした。俺たちの事をいちいち気にするような人はいませんでした」とシングルーが言った。
「山北王(さんほくおう)(攀安知)に会って来たのか」とサハチが聞くと、
「伯父さんは歓迎してくれました」とマウミ(ンマムイの長女)が言った。
「なに、みんなして山北王に会ったのか」とサハチは驚いた顔で皆を見た。
「そのつもりだったのですが、ウニタキさんに危険だと言われて、俺とマウミだけが『まるずや』の主人と一緒にグスクの中に入りました」とマグルーが答えた。
「そうか。お前たちが山北王と会ったか‥‥‥」
 サハチは山北王に会った事はなかった。察度(さとぅ)(先々代中山王)の葬儀の時、浮島(那覇)に来た山北王を一目見ようとウニタキ(三星大親)と一緒に出掛けたが、警備が厳重で浮島に近づく事もできなかった。浦添(うらしい)グスクで行なわれたイシムイ(武寧の三男)とウミタル(玉グスク按司の三女)の婚礼の時、三人の王様が揃ったが、遠くの壇上にいたので顔までよく見えなかった。マチルギの祖父の敵(かたき)だった山北王は初代の山北王(帕尼芝)で、今の山北王の祖父だった。琉球を統一するためとはいえ、会った事もない男を倒さなければならないのかと気持ちが少しぐらついた。
「山北王はどんな男だった?」とサハチはマグルーに聞いた。
「色が白くて、ヤマトゥンチュのようでした。御先祖様が平家の美男子だったというのもうなづけました」
「ほう、山北王は美男子だったか」とサハチは笑った。
「チューマチの兄貴とマナビー姉さんをどうして連れて来なかったんだと聞かれて、娘が生まれたので来られなかったと言ったら、山北王は目を細めて喜んでいましたよ」
 マグルーは懐(ふところ)から書状を出すとサハチに渡した。
「何だ?」と言いながらサハチは書状を受け取った。
 書状には山北王の印(いん)が押してあり、中山王(ちゅうざんおう)(思紹)に宛てた物だった。
「山北王の頼みが書いてあります。山北王はヤマトゥ(日本)の商人たちと取り引きをする商品が足らなくて困っているようです。『まるずや』と『よろずや』に頼んだようですが、それでも足りなくて、中山王に頼みたいと言っていました」とマグルーは言った。
「頼むのはいいが、今の時期、今帰仁には運べんぞ」
「陸路で運ぶそうです。中山王の了解を得たら商品と人足(にんそく)を送ると言っていました。そして、書状の返事は首里(すい)の『油屋』に渡してくれと言っていました」
「そうか、わかった」とサハチはマグルー夫婦を見て笑い、「御苦労だった」と言った。
 サハチは皆の顔を見回した。
「皆、一回り大きくなったようだな。無駄な旅ではなかったようだ。明日はお祭りだ。シングルー夫婦とサングルーは泊まっていけ。福寿坊殿とカシマ殿、若夫婦たちに付き合ってくれてありがとう。お祭りを楽しんでからお帰り下さい」
 サハチは侍女に頼んで、福寿坊たちを城下のお客用の屋敷に案内させた。若夫婦たちがいなくなると、ウニタキが現れた。
「子供たちの護衛、ありがとう」とサハチはお礼を言った。
「玻名グスクの残党が出て来たのは予想外だったが、あとは何も起こらなかった」とウニタキは言った。
「マグルーが山北王に会ったらしいな」
「あの時は俺も迷ったよ。マウミは会いたいと言うし、マウミ一人を行かせるわけにもいかない。マグルーも行かせる事にして、もしもの事があったら、グスクに忍び込んで助け出そうと思ったんだ」
「忍び込めるのか」
「非常時ではないからな。守りもそれほど厳重ではない。『まるずや』の連中がグスクの周辺を色々と調べていて、潜入できそうな場所はわかっているんだ。助け出すのは難しいだろうがやらなければならないと覚悟を決めたんだよ。幸いに、マグルーは山北王から書状を頼まれて、グスク内に泊まる事もなく帰って来た。二人の顔を見て、ホッとしたよ」
「そうか、心配を掛けたな」
「明国(みんこく)の海賊が来なくなったお陰で助かったんだ。そうでなければ、マグルー夫婦はグスク内に軟禁されたかもしれない」
「マグルー夫婦が人質になったと言うのか」
「その可能性は充分にあった。山北王の娘は島添大里にいるが、中山王の子供は今帰仁にいないからな。婚約した娘が今帰仁に来るまで、マグルーたちは今帰仁で暮らす事になったかもしれん」
「婚約した娘か。マタルー(八重瀬按司)の次女のカナはまだ八歳だ。今帰仁に送るのは早すぎる」
「山北王としても明国から海船が下賜(かし)されるまでは強気には出られないだろう。次に出す進貢船(しんくんしん)にも使者を乗せてくれと頼むかもしれんぞ」
「次の進貢船か。まだ、いつ送るか決めていないが五月頃になるだろう。次の進貢船には按司たちの従者を乗せなければならんからな、できれば断りたいものだ」
「断るのも面白いかもしれんぞ。山北王は怒ると何をしでかすかわからん。自分の首を絞めるような事をするかもしれんな。話は変わるが、二、三日したら俺は旅芸人たちと一緒に旅に出る。来月の二十四日、今帰仁のお祭りがあって、旅芸人たちのお芝居をやってくれって頼まれているんだ」
「なに、今帰仁でもお祭りを始めたのか」
「いや、お祭りは古くからやっているようだ。三月二十四日は『壇ノ浦の合戦』があった日で、御先祖様の冥福(めいふく)を祈ってきた日だそうだ。最近になって、外曲輪(ふかくるわ)を開放して庶民たちにもお祭りを楽しんでもらっているらしい。そのお祭りが終わったら、湧川大主(わくがーうふぬし)は鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かうようだ。奴を見送ったら帰って来る。それまで、ウニタルの事なんだが、マグルーと一緒に政務の事を教えてやってくれ」
「旅から帰って来たら、ウニタルを仕込むのか」
「奴の顔つきが変わった。跡を継ぐ覚悟を決めたようだ」
 サハチはうなづいて、「ウニタルならできるさ」と言った。
 お祭りは例年通り、大勢の人たちが集まって来た。マウミはまだ帰って来ないのかと心配顔でやって来たンマムイ(兼グスク按司)夫婦は、マウミがいるのを見て、無事を喜んでいた。ファイチ(懐機)夫婦とミヨンもファイリン(懐玲)の心配をしてやって来て、ファイリンから旅の話を聞いていた。マチルギもマグルーとマチルーの心配をしてやって来た。マチルギが島添大里グスクのお祭りに顔を出すのは久し振りで、城下の人たちから喜ばれていた。
 佐敷大親(さしきうふや)夫婦も平田大親夫婦も子供たちを心配してやって来た。山南王(さんなんおう)夫婦は来なかったが、トゥイ様(先代山南王妃)と島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルがやって来た。前もって約束していたのか、マガーチ(苗代之子)もやって来て、島尻大里ヌルを連れてどこかに行った。手登根大親(てぃりくんうふや)の妻、ウミトゥクが子供たちを連れて来て、母親のトゥイがいるのに驚いた。
 婚礼の準備で忙しかったので、お芝居の稽古をする暇もなく、お芝居は去年と同じ『ウナヂャラ』だった。マチルギの反応が怖くもあったが、マチルギは楽しそうに自分が主役のお芝居を子供たちと一緒に楽しんでいた。旅芸人たちもやって来て、『かぐや姫』を演じた。
「島尻大里グスクでもお祭りをする事に決めたのですよ」とトゥイがサハチに言った。
「そのために、ここのお祭りを見に来たのに、マナビー(島尻大里ヌル)ったらどこに行ったのかしら。まったく困ったものね」
「いつ、やるのですか」とサハチは聞いた。
「五月ですよ。五月の十二日。義父(汪英紫)が山南王になった日なの。シタルー(先代山南王)は豊見(とぅゆみ)グスクで『ハーリー』を始めたけど、島尻大里ではお祭りをしなかったわ。父親に厳しく躾(しつけ)られたから庶民たちと一緒に騒ぐ事はできなかったの。今、『ハーリー』の時、豊見グスクの三の曲輪(くるわ)を開放しているけど、あれを始めたのは他魯毎(たるむい)(山南王)なの。マチルー(山南王妃)からここのお祭りの事を聞いて、庶民たちに開放したのよ。他魯毎もマチルーも去年の戦(いくさ)で城下の人たちに迷惑を掛けた事を気にしていて、お詫びのしるしとしてお祭りをする事に決めたのですよ」
「それはいい。城下の人たちも喜ぶでしょう。五月十二日でしたね。佐敷グスクのお祭りが四月二十一日にあります。それが終わったら、ユリたちを助っ人として送りますよ」
「そうしてもらえると助かるわ。それとお芝居の台本を借りられるかしら。マアサが女子(いなぐ)サムレーたちにお芝居をさせるって張り切っているわ」
「大丈夫でしょう。あとでユリと相談して下さい」
 島尻大里ヌルは昼過ぎに戻って来て、トゥイと一緒にユリたちにお祭りの事を話した。ハルとシビーは喜んで手伝うと言って、ユリも引き受けた。
 サハチは山北王の書状をマチルギに渡して、マチルギは夕方、帰って行った。
 三月になって、ウニタキは旅芸人たちと一緒に旅立った。三日には恒例の『久高島参詣(くだかじまさんけい)』が行なわれた。中山王のお輿(こし)にはいつもヂャンサンフォン(張三豊)が乗っていたが、今年は無精庵(ぶしょうあん)が乗っていた。サスカサ(島添大里ヌル)が大里(うふざとぅ)ヌルに会いたいと言って、与那原(ゆなばる)で合流して一緒に行った。
 中山王が久高島に行っている留守に、山北王の船が浮島にやって来た。マチルギに呼ばれて、サハチは浮島に行って、山北王との取り引きを手伝った。翌日、荷物を背負った人足たちが、ぞろぞろと今帰仁へと向かって行った。高い所から見たら、大きな蛇が北に向かっているように見えた。
 六日にはマウシの長男、トゥクが首里の苗代大親(なーしるうふや)の屋敷で生まれた。知らせを受けて山グスクから飛んで来たマウシは、三人目にやっと生まれた男の子に感激していた。
 十日には山南王の弟、シルムイ(阿波根按司)が糸数按司(いちかじあじ)の娘、マクミを妻に迎えた。二人は従兄妹(いとこ)で、婚礼は先代の山南王(シタルー)が決めたのだったが、シタルーの死とその後の戦のために遅れていた。糸数按司は中山王に属しているので、東方(あがりかた)の代表として八重瀬按司(えーじあじ)(マタルー)が婚礼に出席した。
 十九日はクマヌ(先代中グスク按司)の命日で、二十日には丸太引きのお祭りが行なわれた。安須森(あしむい)ヌルもササたちもいなかったが、ユリとハルとシビーの三人がうまくやって無事に終わった。
 ササの代わりは女子サムレーのクニが務めた。クニはササの従姉で、ササの代わりは、わたししかいないと稽古に励んで選ばれた。
 シンシン(杏杏)の代わりはファイリンだった。ファイリンは佐敷に嫁いでいるので久米村(くみむら)とは関係ないのだが、シンシンに代わる者が見つからず、ファイチが頼まれたのだった。ファイチはその事を告げるために佐敷に行って、ファイリンが旅に出た事を知って驚いた。ウニタキが陰ながら守っていると聞いて安心したが、それでも心配した。
 無事に旅から帰って来たファイリンに告げて、シングルーもやってみろと言ったので、ファイリンは引き受けた。義姉の佐敷ヌルが経験者なので、義姉から丸太に乗るコツを教わって何とかお祭りに間に合った。ファイチの娘が丸太に乗ったので、久米村の若者たちも張り切って頑張り、見事に優勝した。ファイリンは一躍、有名になっていた。
 四月になって旅芸人たちは帰って来て、浦添(うらしい)グスクのお祭りでお芝居を上演をしたが、なぜか、ウニタキは帰って来なかった。ウニタキが帰って来たのは、浦添グスクのお祭りから八日後だった。
 五月に送る進貢船の準備のため首里にいたサハチは、ウニタキに呼ばれて『まるずや』に行った。小雨が降っているし、夕方だったので『まるずや』には、お客はあまりいなかった。売り子に言われて、店の裏にある屋敷に行くと、ウニタキがトゥミと一緒に縁側にいた。その屋敷は『まるずや』の主人のトゥミが息子のルクと母親代わりのカマと一緒に住んでいる屋敷だった。
「トゥミがお前に話があるというので呼んだんだ。悪かったな」とウニタキがサハチに言った。
「そんな事は別にいい。随分と遅かったな。何かあったのか」とサハチが聞くと、ウニタキはニヤニヤと笑って、「色々とあったぞ」と言った。
 サハチはウニタキの隣りに腰を下ろして、トゥミを見ると、「話とは何だ?」と聞いた。
「お頭に話したら、按司様(あじぬめー)に話した方がいいと言われて‥‥‥実はルクの事なんです」とトゥミは言った。
「ルクか‥‥‥大きくなっただろうな」
「はい、十五になりました」
「なに、もう十五になったのか」とサハチは驚いて、ウニタキを見た。
「速いもので、あれから十三年が経っているんだ」とウニタキは言った。
 先代の島添大里按司だったヤフスが殺されたのが十三年前だった。当時、ヤフスの側室になっていたトゥミはヤフスの息子のルクを産んだ。その翌年、島添大里グスクはサハチによって攻め滅ぼされた。ヤフスを殺したのはトゥミで、その事は絶対にルクに知られてはならない事実だった。二歳だったルクは十五歳になっていた。
「ルクには父親はサムレーで、あの時の戦で戦死したと言ってあります。戦で活躍した強いサムレーだったと‥‥‥」
「父親は佐敷のサムレーだった事になっているんだな」とサハチが言うと、トゥミはうなづいた。
「母(カマ)から読み書きを教わって、剣術の基本も身に付けています。できれば、武術道場に通わせたいのです」
 サムレーの息子は十五歳になれば、武術道場に通う事ができるが、商人の息子や農民の息子、ウミンチュ(漁師)の息子が武術道場に通う事はできなかった。才能のある子供は誰でも武術の修行ができるようにした方がいいなとサハチは思った。苗代大親と相談して、才能のある子供たちを集めようと考えた。
「わかった。ルクが武術道場に通えるように、何とか考えてみよう」とサハチはトゥミに言った。
 トゥミはお礼を言って、店の方に戻った。
「ルクを『三星党(みちぶしとう)』に入れなくていいのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「ルクはまだ母親の正体を知らない。知った時に考えればいいさ」
「そうか。そうだな」とサハチは言って、「湧川大主は鬼界島に行ったのか」と聞いた。
「行った。四月の十日だった。どうやら、浮島に来ていた鬼界島の船が帰るのを待っていたようだ。鬼界島の船のあとを追って行ったので、途中で襲うつもりなのかもしれんな。鉄炮(てっぽう)(大砲)を積んだ武装船とヤマトゥ船二隻が一緒に行った。連れて行った兵は二百人といった所だろう」
「途中の島で襲うつもりなのか」
「鬼界島の奴らも、与論島(ゆんぬじま)、永良部島(いらぶじま)、徳之島(とぅくぬしま)が山北王の支配下にある事は知っているだろう。島には寄るまい。沖に停泊している所を襲うのだろう。船を沈めてしまえば、敵の兵力は減るし、交易もできなくなる」
「船に積んである商品も海に沈めてしまうのか」
「欲を出したら味方も損害を受ける。鬼界島に行く前に、兵力を減らすような事を湧川大主はやるまい」
琉球からの船が帰って来なければ、ヤマトゥに行く船も出せないというわけだな」
「そういう事だ。湧川大主は鬼界島の船を皆、鉄炮で破壊して、奴らを島に閉じ込めて、全滅させるつもりだろう」
「そうか。今回は湧川大主が勝ちそうだな。来年の今帰仁攻めは延期になりそうだ」
「そうも行くまい」とウニタキは首を振った。
「鬼界島を手に入れた山北王の次の狙いはどこだ?」
「なに、次の狙い? トカラの宝島か」
「そういう事だ」
「宝島は絶対に守らなければならん」
「そのためには、やはり、来年、倒すしかない」
「士気が上がっている今帰仁を倒すのは難しいぞ」
「難しいがやらなくてはならんのだ」
 サハチは厳しい顔つきでうなづいた。
「湧川大主が船出したので帰ろうとしたら、今帰仁グスクで騒ぎが起こったんだ。湧川大主を送り出した山北王は、クーイの若ヌルに会いに沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)に出掛けた。王妃と側室たちがクーイの若ヌルを恨んで、今帰仁ヌルに頼んで、若ヌルを呪い殺そうとしたらしい。城下にいた勢理客(じっちゃく)ヌルがグスクに呼ばれて、何とか騒ぎが治まったようだ」
「どうやって呪い殺そうとしたんだ?」
「城下の噂では、藁(わら)で人形を作って、太い釘で木に打ち付けて、火を付けたらしい。その火が飛び火して小火(ぼや)になって騒ぎになったようだ。藁人形にはクーイの若ヌルの髪の毛が三本入っていたと、まるで見てきたような事を言う奴もいたらしい」
「髪の毛が三本? クーイの若ヌルは今帰仁に来たのか」
「お祭りに来たんだよ。城下にクーイの若ヌルのための屋敷を用意して、山北王はお忍びで、そこに入り浸りだったようだ」
「王妃が怒るのも無理ないな」
「クーイの若ヌルのお陰で、王妃と側室のクンは仲良くなったらしい。クンは王妃が嫁いで来る前から恋仲だった女で、長女と長男を産んでいる。王妃はマナビーの母親だが男の子は産んでいない。側室たちは王妃派とクン派に分かれて、何かと対立していたらしい。クーイの若ヌルのお陰で、みんなが仲良くなったようだ。そして、次の日、名護按司(なぐあじ)が亡くなったんだ」
「えっ、名護按司が?」
 サハチは驚いた。亡くなるような年齢ではないはずだった。
「まだ五十五歳だった。その日は梅雨入り前のいい天気で、波も穏やかだった。名護按司は船を出して、釣りを楽しんでいたそうだ。突然、船の中で倒れて、浜に着いた時には、すでに亡くなっていたらしい」
「跡を継いだ若按司はいくつなんだ?」
「三十前後だろう。若按司の妻は羽地按司(はにじあじ)の妹だ」
「羽地按司も去年亡くなって、若按司が継いだんだったな」
「そうだ。羽地按司の妻は恩納按司(うんなあじ)と金武按司(きんあじ)の姉だ」
「すると、羽地、名護、恩納、金武は兄弟というわけだな」
「まあ、そうとも言える。四人の按司をまとめて寝返らせよう」
 サハチはうなづいて、「いい風向きになってきたようだ」と笑った。
「そこまではよかったんだが、予想外の奴がやって来たんだ」とウニタキは顔を曇らせた。
「何だ? 誰がやって来たんだ?」
「新しい海賊が運天泊(うんてぃんどぅまい)にやって来たんだよ。運天泊は大慌てだ。湧川大主はいないし、急遽、山北王を呼びに行ったんだ。若ヌルとお楽しみ中に迷惑だっただろうが、山北王はやって来て、海賊たちを歓迎した。湧川大主の側室で、ハビーという女がいるんだが、そのハビーがしっかり者で、海賊たちの接待を慣れた態度でやっていたそうだ」
「そのハビーというのは、お前の配下だろう」
「そうだ。ハビーから聞いたら、その海賊は『リンジェンフォン(林剣峰)』の配下だったらしい。配下と言っても直属ではなくて、リンジェンフォンに従っていた小さな海賊だったようだ。リンジェンフォンが亡くなって、倅のリンジョンシェン(林正賢)も明国の官軍にやられたあと、福州の海賊たちをまとめて、のし上がって来たようだ。リンジョンシェンと一緒に運天泊に来た事があって、冊封使(さっぷーし)が来る前に引き上げようと早々とやって来たようだ。二隻の船に商品をたっぷりと積んで来たので、山北王は大喜びしていたよ」
「新しい海賊が現れたか。山北王から何も言って来ないのでおかしいと思っていたんだ。山北王の進貢は一回だけで終わりそうだな」
リュウイン(劉瑛)がうまく海船を賜わる事ができれば一回で終わるだろうが、失敗したら、また送るかもしれんな。進貢はしなくても海船は欲しいだろう」
 サハチは笑って、「その海賊は何という奴なんだ?」と聞いた。
「『ヂャオナン(趙楠)』という名前らしい」
「ヂャオナンか。福州の海賊なら、メイユー(美玉)たちが知っているかもしれんな」
「そうだな。明国の商品をたっぷりと手に入れた山北王は、中山王に頭を下げる必要はなくなった。これからは強気に出て来るかもしれんぞ」
 サハチはうなづいた。
「無理難題を言って来るかもしれんな。ところで、山北王の側室で思い出したんだが、側室の中に親父の娘がいるはずだな」
「『ミサ』という側室だ。ただ、本人は中山王の娘だという事は知らない。父親は旅の坊さんだと聞いているようだ」
「知らないのか」
「危険だと思って、知らせていないのだろう」
「そうか。一応、俺の妹になるわけだ。どんな娘か知っているか」
「俺は見た事はないが、『まるずや』の者たちの話だと、高貴な顔立ちをした美人(ちゅらー)だと言っていた。男の子を産んだんだが、その子は二年前に四歳で亡くなってしまったようだ。今は子供がいないので、お祭りでは娘たちを指導して、お芝居を演じたんだよ」
「なに、今帰仁の娘たちがお芝居をしたのか」
「奥間の側室は芸を身に付けているからな。もう一人、ウクという奥間の側室がいるんだが、二人で踊りや笛の指導をしたようだ」
「お芝居の台本はどうしたんだ?」
「『油屋』の主人、ウクヌドー(奥堂)に『ユラ』という娘がいるんだが、お芝居が好きで、首里グスクや佐敷グスクのお祭りでお芝居を観ているんだよ」
今帰仁から首里まで来ていたのか」
「そうじゃない。ウクヌドーは首里の店ができた時、今帰仁の本店は長男に任せて、家族を連れて首里に移ったんだ。ユラは首里で育ったんだよ。首里グスクの娘たちの剣術の稽古にも通っていたようだ」
「『油屋』の娘が、マチルギの弟子だったとは驚いた」
「女子サムレーに憧れていたようだが、親が許さなかったようだ。お嫁に行く予定だったんだが、相手は去年の戦で戦死した。行商(ぎょうしょう)の最中、戦に巻き込まれて亡くなった事になっているが、危険な事をしていたんだろう。ユラは親が決めた相手と一緒にならなくてよかったと喜んで、その後はお嫁にも行かず、家業を手伝っていたようだ。山北王がユラのお祭り好きを知って今帰仁に呼ばれて、お芝居の台本を書いたんだよ。お芝居は『瓜太郎(ういたるー)』だったが、少し違っていた。それでも面白いお芝居で、子供たちは大喜びしていたよ」
「旅芸人たちは何を演じたんだ?」
「『かぐや姫』だ。『小松の中将様(くまちぬちゅうじょうさま)』は子供たちにはちょっと難しいからな」
「お前は三弦(サンシェン)を弾いたのか」
 ウニタキは苦笑した。
「ユラのお陰で弾くはめになっちまった。ユラは島添大里グスクのお祭りにも来ていて、俺の歌を何度も聞いていたんだよ。最後はみんなで踊って、お祭りは大成功に終わったよ」
「そうか、よかったな」とサハチは笑って、「今度は俺の番だ」と言った。
 何だ?と言う顔をしてウニタキはサハチを見た。サハチは懐(ふところ)から紙を出してウニタキに見せた。その紙には『尚巴志』と書いてあった。
「何だ、これは? ショウハシと読むのか」
「サハチだよ。俺の明国での名前だ。今度の進貢船は中山王ではなくて、世子(せいし)の俺が出す事になったんだ。それで、ファイチが俺の明国での名前を考えてくれたんだよ」
「ほう、これで、サハチか」
「お前が言ったように、『ショウハシ』と読んでもいいそうだ。『尚』という姓が明国にはあるらしい。琉球では今まで、誰も姓を持ってはいなかった。これからは『尚』を姓として、代々、尚何とかと名乗ればいいとファイチは言っていた」
「姓か。ヤマトゥンチュは姓を持っているな。『源氏』や『平氏』というのは姓だろう。ヒューガ殿は『三好』だし、ヤタルー師匠は『阿蘇』だ。中山王の姓は『尚』か。ファイチもうまい事を考えるな」
 サハチはもう一枚の紙をウニタキに見せた。紙には『尚覇志』と書いてあった。
「ファイチは最初、それに決めたそうだ。『覇』という字には、琉球を統一するという意味があるらしい。『志』はこころざすで、琉球統一を志すという意味だ」
「おう、そっちの方がいいんじゃないのか」とウニタキは言った。
「『覇』という字は、武力をもって統一するという意味があって、武力をもって統一した者は武力によって滅ぼされるという意味も隠されていると言うんだ。それで納得しなかったらしい。明国には『覇道』と『王道』という言葉があって、『王道』というのは、天に任命された者が政治を行なう事で、『覇道』は力のある者が、その力によって政治を行なうという。『覇道』よりも『王道』を目指すべきだとファイチは言うんだ。それで、『尚王志』にしようかと思ったけど、どうも気に入らない。そんな時、島添大里グスクのお祭りに来たファイチは、グスクになびいている『三つ巴』の旗を見て、これだと思って、『覇』の代わりに『巴』を入れたんだよ。『三つ巴』はスサノオの神様の神紋(しんもん)だ。スサノオの神様の道を志すという意味なんだよ」
「よくわからんが、ファイチも色々と難しい事を考えるものだな。スサノオの神様の道を志して、琉球を統一するのか。凄い名前だな」
「ああ、ショウハシ‥‥‥俺の新しい名前だ」
 サハチとウニタキは『尚巴志』と書かれた紙をじっと見つめていた。

 

 

 

真壁型(翁長開鐘写)仲嶺盛文製作