長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-210.大義名分(第二稿)

 シタルー(先代山南王)の命日に豊見(とぅゆみ)グスクのシタルーのお寺(うてぃら)で、護国寺(ぐくくじ)の僧たちと山南王(さんなんおう)のヌルたちによって法要が行なわれた。トゥイ様(前山南王妃)とマアサはいないが、子供たちや孫たちは皆集まって、シタルーの冥福(めいふく)を祈った。身内だけの法要にして、按司たちや冊封使(さっぷーし)たちは呼んでいなかった。
 大きなお腹をした島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルがヌルたちを率いてやってきたので、豊見グスクの城下の人たちは目を丸くして驚いていた。
「ようやく、わたしにもマレビト神が現れたのよ」と島尻大里ヌルが嬉しそうに言ったので、城下の人たちは、それはおめでたいと心から祝福してくれた。
 大きなお腹で人前に出るのは恥ずかしかったけど、馬天(ばてぃん)ヌルを見倣わなければならないと勇気を出してやって来た。長年お世話になってきた豊見グスク城下の人たちに祝福されて、やっぱり来てよかったと島尻大里ヌルは感激していた。
 その二日後の夕方、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの東曲輪(あがりくるわ)で娘たちによる武当拳(ウーダンけん)の勝ち抜き試合が行なわれた。
 リーポー姫、リーポー姫の護衛のリーシュンとヂュディ、サスカサ(島添大里ヌル)、マナビー(チューマチの妻)、マチルー(ウニタルの妻)、マウミ(マグルーの妻)、ハルとシビー、ミヨンとファイリン、非番の女子(いなぐ)サムレーのアミー、シジマ、チャウサ、イユ、クトゥが参加した。いつも剣術の稽古をしている娘たちのほかにも、噂を聞いて集まって来た人たちの見守る中、試合は行なわれた。サハチもナツと子供たちを連れて見ていた。
 くじ引きで対戦相手が決まり、勝ち抜き表に名前が書かれて張り出された。組み合わせにもよるが、最後まで残るのはリーポー姫と女子サムレーのアミーだろうとサハチは思った。リーポー姫は一番若いが、幼い頃からチウヨンフォン(丘永鋒)の指導を受けている。アミーは島添大里の女子サムレーの中で一番強かった。
「ハルも出ているけど大丈夫かしら?」とナツが心配した。
「ハルも一応、キラマ(慶良間)の島にいるアミーに鍛えられているからな。それに、シビーと一緒に武当拳の稽古にも励んでいるよ」
「あの娘(こ)、今でもあなたの側室なのですか」
「さあ?」とサハチは首を傾げた。
「でも、あの娘が来てくれてよかったですね。お祭りの事はユリとハルとシビーの三人に任せれば安心です」
「安須森(あしむい)ヌルもいるだろう」
「安須森ヌル様は特別ですよ」
 第一試合が始まった。リーポー姫はチャウサに勝ち、アミーはヂュディに勝ち、ミヨンはマウミに勝った。サスカサはイユに勝ち、ハルはリーシュンに負け、シビーはシジマに負けた。マチルーはクトゥに負け、ファイリンとマナビーはいい試合をして、ファイリンが勝った。サスカサが女子サムレーのイユに勝ったのは意外だった。ナツはミヨンがマウミに勝ったのが意外だと言った。
「ミヨンは幼い頃からウニタキが仕込んだのだろう。母親のチルーも強かったしな」
 残った八人が第二試合を行なって、リーポー姫はシジマに勝ち、アミーはリーシュンに勝ち、サスカサはファイリンに勝ち、ミヨンはクトゥに勝った。ミヨンが女子サムレーのクトゥに勝ったのにはサハチも驚いた。夫のファイテ(懐徳)が明国に留学したあと、義妹のファイリン(懐玲)と一緒に娘たちの稽古に参加していたが、これほど強いとは思ってもいなかった。
 準決勝はリーポー姫対アミー、サスカサ対ミヨンだった。どちらの試合も凄かった。皆、固唾(かたず)を飲んで見守った。ほんのわずかの差で、リーポー姫がアミーに勝ち、サスカサがミヨンに勝った。
「サスカサ、強いわね」とナツが感心した。
 サハチも驚いていた。サスカサが新(あら)グスクでヂャンサンフォン(張三豊)の一か月の修行に参加したのは五年前だった。あれから武当拳の修行を怠りなく続けてきたのだろう。ササを目標に頑張ってきたに違いない。
 決勝はリーポー姫とサスカサで、身の軽い二人は飛び跳ねながら戦っていて、まるで、曲芸を見ているようだった。勝負はなかなかつかず、これ以上やると危険なので、見証役(けんじょやく)(審判)のチウヨンフォンが止めに入って、引き分けとなった。
 リーポー姫とサスカサは手を握り合って、お互いを認め合った。見ていた者たちが二人に喝采を送った。リーポー姫が手を振って、琉球の言葉で、みんなにお礼を言った。試合を見ていたクチャとスミは感激して、武当拳を身に付けるまでは名護(なぐ)に帰らないと誓い合っていた。
 娘たちの稽古が終わったあと、安須森ヌルの屋敷で、リーポー姫の送別の宴(うたげ)が開かれた。わずか三か月足らずの滞在なのに、リーポー姫の琉球言葉は驚くほど上達していた。時々、ファイリンに通訳してもらいながら、みんなに囲まれて楽しそうに笑っていた。
 サハチはウニタキとンマムイと一緒に、ツイイー(崔毅)の通訳でチウヨンフォン、チャイシャン(柴山)と酒を飲んでいた。チウヨンフォンもチャイシャンも琉球に来てよかった。是非、もう一度、来たいと言った。
「リーポー姫様は南蛮(なんばん)(東南アジア)の王女様たちと仲良くなった。今度は南蛮に行くと言い出すだろう。旧港(ジゥガン)(パレンバン)もジャワもトンド(マニラ)も進貢船(しんくんしん)を明国に送っている。永楽帝(えいらくてい)が命じれば、それらの船に乗る事ができるだろう。ムラカ(マラッカ)からも進貢船は来ている。ヂャン師匠に会うためにムラカに行くかもしれない」とチウヨンフォンは言った。
「俺たちも行きたいですね」とンマムイが言って、サハチとウニタキを見た。
「そうだな。親父が健在なうちに行ってみたいな」とサハチは言った。
「もう少し待った方がいいかもしれません」とチャイシャンが言った。
「今、スンシェン(孫弦)という宦官(かんがん)が永楽帝に命じられて海賊退治をしています。それが終わってからの方が安全でしょう。海南島(ハイナンダオ)の付近にはスンシェンにやられた残党どもが集まって悪さをしているようです」
海南島ってどこですか」とサハチは聞いた。
「広州(グゥァンジョウ)の南にある島です。南蛮に行くにはその島の近くを通らなくてはなりません」
「シーハイイェンたちは大丈夫だろうか」とサハチは心配した。
「旧港とジャワの船、二隻が一緒に行けば大丈夫でしょう。二隻を襲うほどの力はありません。ただ、一隻だけだと襲われるかもしれません。それに、浮島で見ましたが、琉球の進貢船には鉄炮(てっぽう)(大砲)がない。鉄炮がないと襲われる可能性は高くなります」
「成程、やはり、鉄炮がないと危険か‥‥‥」
鉄炮と火薬は国家機密ですから、永楽帝琉球鉄炮を持つ事を許さないでしょう。海賊退治が終わってから行った方がいいですよ」
 翌日、リーポー姫たちは浮島から冊封使の船に乗って帰って行った。リーポー姫を見送ったウリーは明国の言葉を学んで、必ず明国に行くと言った。来年の正月に出す進貢船に乗って明国に行って来いとサハチはウリーに言った。
「来年の正月ですか」とウリーは驚いた。
「お前は来年、十六だろう。十六になったらヤマトゥ旅に出るのが慣わしだが、唐旅(とーたび)が先になってもかまわんよ。明国に行って、いっぱい驚いてこい」
 ウリーは父親を見ながら強くうなづいた。嬉しくて涙が知らずにこぼれ落ちた。
 リュウインの妻のチルーと子供たちも冊封使の船に乗っていた。ウニタキによって、チルーは弟の真喜屋之子(まぎゃーぬしぃ)と会っていた。チルーは突然現れた弟に驚いたが、弟がヤマトゥで無事に生きていると信じていたという。二人は語り合って、真喜屋之子は父親にはまだ内緒にしてくれと言った。俺が琉球にいる事がわかると親父が危険な目に遭うと言うと姉も納得して、いつの日か親子の対面ができる日が来る事を祈っていると言った。
 冊封使の船と一緒に、サングルミーを正使とした進貢船も船出して行った。従者として重臣たちの息子たちが唐旅に出た。その中から使者を志す者が出てくれればいいとサハチは願った。
 冊封使の船を見送りながら、
「やっと、終わりました」とファイチがほっとしたように言った。
「サングルミーさんの話だと、今回の冊封使たちはおとなしかったそうです。一行の中にはわがままを押し通して困らせる者が何人かいるのですが、今回はそんな奴もいなかったと言っていました。リーポー姫様のお陰かもしれません。リーポー姫様がサハチさんを頼っていたので、皆、サハチさんを恐れて、おとなしくしていたようです」
「俺を恐れていただと?」
 ファイチは笑った。
永楽帝が明国で恐れられている証(あかし)ですよ。リーポー姫様の口は誰にも封じられませんからね。リーポー姫様が冊封使たちの悪口を永楽帝に言えば、冊封使たちの首が飛ぶ事もあり得るのです。なるべく、騒ぎを起こさないように自重していたのでしょう」
「わがまま娘に助けられたという事だな」
 ファイチはうなづいた。
「リーポー姫様は琉球の進貢船に乗って、また遊びに来ると言っていましたよ」
「リーポー姫様ならそれも可能だな」とサハチは笑った。
「しかし、刺客(しかく)まで一緒に連れて来られたらかなわんな」
 冊封使たちが帰って、慌ただしい日々も終わった。冊封使たちとは関係なく、普請(ふしん)を続けていたジクー寺が首里(すい)の城下の入り口に完成した。
 落慶供養(らっけいくよう)はジクー禅師がヤマトゥから帰って来てからという事になったが、身内だけによる完成祝いの宴が、本堂で密やかに行なわれていた。集まったのは、東行法師(とうぎょうほうし)に扮した思紹(ししょう)、サムレーの総大将の苗代大親(なーしるうふや)、水軍の大将のヒューガ、軍師のファイチ(懐機)、馬天ヌル、安須森ヌル、サスカサ、サハチ、マチルギ、ウニタキ、奥間大親(うくまうふや)(キンタ)の十一人だった。
 いつもなら首里グスクの龍天閣(りゅうてぃんかく)でやるのだが、これだけの顔触れが集まると何事かと噂になってしまう。戦の最中ならともかく、何事もないのに集まるとあらぬ噂が流れるので、できたばかりのジクー寺で完成祝いの宴として集まる事にしたのだった。
 新助が彫った御本尊のお釈迦(しゃか)様は、何となく思紹に似た顔付きだった。お釈迦様の見守る中、イーカチが描いた琉球の絵図を囲んで、十一人は顔を見合わせた。
「速いものね。あれからもう十年が経つのね」と馬天ヌルが言った。
 思紹が皆の顔を見回して、
「みんな、あれから十年の年を取ったという事じゃな」と言って笑った。
「あの時、十年後に今帰仁(なきじん)を攻めると決めたが、来年、それが実行できると思うか」
 思紹の言葉に即答できる者はいなかった。
「あの時とは状況が大分変わりました」とマチルギが言った。
「チューマチの妻のマナビーは山北王(さんほくおう)の娘だし、マグルーの妻のマウミは山北王の妹のマハニさんの娘なんですよ。今帰仁を攻めたらマナビーもマハニさんもマウミも悲しみます」
「祖父の敵討(かたきう)ちはもういいのか」とサハチはマチルギに聞いた。
「祖父の敵は先々代の山北王(帕尼芝)よ。叔父さん(先代山田按司)が敵を討ってくれたわ。それでいいのよ」
今帰仁攻めはマチルギの敵討ちでもあるが、琉球の統一という若き日のサハチの宿願でもある。戦のない世の中にするには、琉球の統一は必要な事なんじゃよ」
「山南王は思紹殿の娘婿がなったので問題はないのう」とヒューガが言った。
 思紹がうなづいた。
「山北王を攻めるのにシタルーは邪魔だった。今帰仁を攻めている時、シタルーは必ず、首里を攻めたじゃろう。タブチの倅が敵討ちとしてシタルーを倒したのは、わしらに取っては幸運じゃった。だが、山北王も何もしていなかったわけではない。常識では考えられん手を使って、若按司を山南王の世子(せいし)(跡継ぎ)にしている。そして、南部に兵も送っている。まごまごしていると、山北王に南部を乗っ取られる事になるかもしれん。山北王はまだ、わしらと戦(いくさ)をする気はないじゃろう。時期としては来年に攻めるのが丁度いいとわしは思っているんじゃ」
「今の状況で今帰仁を攻めるのは難しいですよ」とサハチは言った。
「三王同盟を結んでいるので、誰もが当分は戦がないと安心しています。急に戦をすると言ったら、民衆たちの反感を買いますよ」
「戦をするには大義名分(たいぎめいぶん)が必要です」とファイチが言った。
大義名分?」と思紹がファイチを見た。
 意味がわからず、皆がファイチを見ていた。
儒教(じゅきょう)の教えの中にある言葉です。戦をするには、正当な理由が必要だという意味です。誰もが納得する理由がない限り、戦をしても兵たちの心が一つにまとまらずに士気が低下して、敗れる事になります」
「正当な理由か‥‥‥うむ。もっともな事じゃな」
「今までの戦にどんな大義名分があったのか、考えてみるのがいいのではありませんか」と苗代大親が言った。
「そうじゃな。過去の戦を参考にしてみよう。シタルーの死から始まった南部の戦の大義名分は何だったんじゃ?」
他魯毎(たるむい)(山南王)の大義名分は、親の敵(かたき)を討って、山南王の座を取り戻す事じゃろう」と苗代大親が言った。
「それなら、タブチの大義名分は何じゃ?」とヒューガが聞いた。
「そうか。敵にも大義名分があるのか」とサハチはヒューガを見てから、
「タブチの大義名分は、汪英紫(おーえーじ)(先々代山南王)の長男の自分が山南王になるのが当然だという事じゃないですか」と言った。
「しかし、タブチは途中で抜けて、摩文仁(まぶい)(前米須按司)が山南王になった。摩文仁他魯毎と戦った時の大義名分は何じゃ?」とヒューガがサハチに聞いた。
摩文仁はトゥイ様の兄で、シタルーの義兄だった。山南王の義兄が跡を継ぐと主張したのでしょう」
「しかし、摩文仁は破れた。中山王も山北王も他魯毎を支持したのは、他魯毎大義名分が正当だと判断したからじゃろう」
「敵討ちというのは立派な大義名分じゃな。わしが山北王に殺されれば、お前は敵討ちという大義名分で山北王を攻められる」と思紹がサハチに言って笑った。
「何を言っているんですか」
「山北王が刺客を送ってわしを殺そうとたくらんではおらんか」と思紹はウニタキに聞いた。
「それはありません。シタルーと違って山北王は刺客を育ててはいません。もし刺客がいるとしたら、湧川大主(わくがーうふぬし)が抱えているかもしれません」
「湧川大主は裏の組織を持っているのか」
「裏の組織というほどではありませんが、配下の者が『油屋』にいて各地の情報を集めています」
「油屋が情報集めをしていたのではなくて、湧川大主だったのか」
「『油屋』が先々代の山北王に頼まれて始めたのですが、首里の城下ができて、『油屋』の主人のウクヌドー(奥堂)が首里に移った時、情報集めをしていた者たちを湧川大主が配下に組み入れたのです。配下の者たちは『油屋』の仕事に従事しながら、情報は湧川大主のもとに届けているのです」
「『油屋』は奥間(うくま)ヌルの娘が俺の娘だと知っているな」とサハチは言った。
首里のサムレーたちも噂していたぞ」と苗代大親が笑った。
「今、湧川大主がいないので、山北王はまだ知らないのかもしれませんが、その事を知ったら奥間を攻めるかもしれません。察度(さとぅ)が今帰仁を攻めたのは、山北王が奥間を攻めようとしていたからだそうです」
 安須森ヌルが驚いた顔をして、
「どうして、山北王は奥間を攻めようとしたの?」とサハチに聞いた。
「当時、奥間は察度と強いつながりがあったんだ。山北王はそれが気に入らなかったのだろう。奥間の人たちを追い出して、奥間の山を奪おうと考えたのに違いない」
「山北王が亡くなって、奥間攻めは中止になったのね」
「戦のあと、城下の再建で忙しかったからな。きっと、再建には奥間の力も借りたのだろう。だが、先代の奥間大親が玻名(はな)グスク按司になり、中山王と奥間のつながりは山北王に知られた。さらに、奥間ヌルの娘が俺の娘だと知れば、山北王は奥間を攻めるかもしれない。もし、山北王が奥間を攻めようとしたら、それは大義名分になりませんか」
「察度の今帰仁攻めには、硫黄鳥島(いおうとりしま)を取り戻すという大義名分があった。その頃の中山王は山北王の使者を中山王の船に乗せてやっていた。それなのに山北王は裏切って硫黄鳥島を奪い取った。裏切り者を倒せ。硫黄鳥島を取り戻せ。立派な大義名分じゃ。奥間の事は二の次じゃろう。もし、山北王が奥間を攻めたとしても、中山王が今帰仁を攻める大義名分にはならんな。玻名グスク按司が仲間の敵討ちだと今帰仁を攻めるのなら大義名分になるが、それを助けるために中山王が動くというのは無理がある」
「奥間を攻められても、奥間を助けられないと言う事ですか」
「中山王としては動けんという事じゃ。実際にそんな事が起こったら助けなければならんが、ほかの大義名分を探さなければならん」
「うーむ」とサハチは唸った。
「話を戻して、中山王が南部の戦に参加した大義名分は何じゃろう?」とヒューガが聞いた。
「あの時の戦は東方(あがりかた)の問題として、反乱を起こしたタブチ(前八重瀬按司)、摩文仁大主(前米須按司)、中座大主(前玻名グスク按司)、山グスク大主(前真壁按司)、ナーグスク大主(前伊敷按司)の五人を退治するというのが名目でした。中山王が介入したのは親父がトゥイ様と直接に会って決めた事でしょう」
「そうじゃ。トゥイ様から正式に援軍依頼があったんじゃよ」
「援軍依頼があった場合、それは大義名分になるのか」とサハチはファイチに聞いた。
「それは場合によりますよ。先ほどの話で、玻名グスク按司から援軍依頼があって、今帰仁を攻めたとして、それは大義名分にはならないでしょう。南部の戦の時、中山王がトゥイ様の依頼で援軍を出したのは、山北王が攻めて来るという知らせが来て、これ以上、南部を混乱させないために介入する事に決めたのです。その事に皆が納得したのなら大義名分になると思います」
「皆が納得すればいいのだな?」
重臣たちだけでなく、兵たちは勿論、戦に参加しない民衆もです」
「民衆もか」
「家族が納得しないで、そんな戦に行くなと言ったら、兵たちはやる気をなくします。家族たちがしっかり働いてこいと送り出すような戦をしなければなりません」
「それは難しいな」とウニタキが言った。
今帰仁攻めは大きな戦です。琉球中を巻き込む事になります。多数の戦死者も出るでしょう。戦死した者の家族が悲しむのは当然の事ですが、よくやったと言いながら悲しむのと、何であんな戦で死ななければならないんだと悲しむのでは大きな差があります。あんな戦と思われては、たとえ戦に勝ったとしても、民衆は付いて来ないでしょう。琉球を統一するには、戦が終わったあと、みんなが喜ぶような戦にしなければなりません」
「そうじゃな」と思紹がうなづいた。
「ファイチの言う通りじゃ。戦をするのが目的ではない。山北王を倒して、琉球を一つにまとめて、戦のない平和な世の中にするのが目的じゃ。戦はその手段に過ぎん。山北王は退治されて当然だと思わせなければならん」
「山北王がよほど悪い事をしない限り、それは難しいのではありませんか」とウニタキが言った。
「今のままでは、だめなのですか」とマチルギが思紹に聞いた。
「今の状況がずっと続くのならいいが、そうは行くまい。島尻大里グスクにいる山北王の若按司のミンは来年、十五になる。速ければ来年、遅くとも再来年には婚礼を挙げるじゃろう。婚礼に参加すると言って山北王は兵を送り、島尻大里グスクを制圧して、他魯毎を無理やり隠居させ、ミンを山南王にするかもしれん。ミンが山南王になれば、山北王は堂々と南部に兵を送り、わしらは挟み撃ちにされるんじゃよ。まだ、山北王はその準備はしていない。準備を始めてからでは遅いんじゃ。山北王が準備を始める前に倒さなくてはならないんじゃよ」
「そのための準備とは言えませんが、伊敷(いしき)グスクにいるミンの護衛兵の大将の古我知大主(ふがちうふぬし)が長嶺按司(ながんみあじ)に近づいています」とウニタキが言った。
 絵図を見ながら、「伊敷グスクから長嶺グスクまで出向いたのか」と思紹が聞いた。
「古我知大主はしばらくテーラーグスクに滞在して、保栄茂(ぶいむ)グスクに出入りしていたのです。そこで長嶺按司と出会って意気投合したようです。奴は長嶺グスクにも行っています」
「そうか。首里を攻めるのに長嶺グスクが邪魔なので、味方に引き入れようとたくらんでいるのだな」
「そのようです」
「伊敷グスクにいる山北王の兵は居座ってしまったのか」
「若按司のミンの重臣として南部に来た伊差川大主(いじゃしきゃうふぬし)は、山北王の使者として明国に行っているのです。伊敷グスクを管理しているのは李仲按司(りーぢょんあじ)で、李仲按司今帰仁にいた頃、一緒に明国に行ったようです。二人は再会を喜んで、伊敷グスクを山北王の兵に使わせたのです。夏になったら帰る予定だったのですが、何の知らせのないまま、山北王の船は今帰仁に帰ってしまったようです。その船は兵を乗せて鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に行っています」
「残された兵たちは何をしているんだ?」とサハチは聞いた。
「毎日、武芸の稽古に励んでいるよ。農繁期には農作業の手伝いもしているようだ。テーラーグスクの兵たちは家族を呼んだからいいが、伊敷グスクの兵たちは早く帰りたいと愚痴をこぼしている」
「山北王の兵は南部に何人いるんじゃ?」と思紹がウニタキに聞いた。
「伊敷に百、テーラーグスクに百、保栄茂グスクに五十、それに島添大里のミーグスクに五十です」
「三百か。他魯毎の兵は今、何人じゃ?」
「島尻大里の兵は四百ですが、来年、進貢船を出すと百人は明国に行きます」
「すると三百か」
他魯毎の兵は三百ですが、八人の重臣たちがそれぞれのグスクに五十の兵を持っています。半数が駆けつけたとして二百は増えます。それに、従っている按司たちの兵が加われば七百は増えるでしょう」
「会わせて千二百か。東方の戦力は?」
「それぞれのグスクを守る兵を除いて、動員できる兵力は千三百です」
「東方の兵たちを残して置けば、南部の事は何とかなりそうじゃな。それで、今帰仁の兵力は?」
今帰仁の兵力は四百です。そのうち百五十が鬼界島に出陣しています。水軍も二百いますが、ほとんどの船は兵を乗せて鬼界島に行っています」
「鬼界島には四百の兵を送ったと聞いているが、残りの二百五十は按司たちから徴収したのか」
「湧川大主の兵が百人と、国頭(くんじゃん)、羽地(はにじ)、名護が五十人づつです。湧川大主は運天泊(うんてぃんどぅまい)を守るために百五十の兵を持っています。志慶真大主(しじまうふぬし)は今帰仁グスクの搦(から)め手(裏門)を守るために百の兵を持っています」
「志慶真大主が搦め手を守っているのか」
「二代目の今帰仁按司の息子が搦め手を守るために、志慶真村を造って、志慶真大主を名乗ったのが始まりのようです。按司が変わっても、ずっと搦め手の志慶真御門(しじまうじょう)を守ってきたようです。戦の度に村は焼かれたようですが、すぐに再建して今に至っています。村の者たちは皆、志慶真御門を守る事に誇りを持っています。ほかにも五人の重臣がそれぞれの本拠地に五十人の兵を持っていて、それらが半数加わったとして、総数は七百から八百といった所でしょう。ただ、冬だと与論島(ゆんぬじま)、永良部島(いらぶじま)、徳之島(とぅくぬしま)、奄美大島(あまみうふしま)からも援軍が来ます」
「そうか。北風(にしかじ)が吹いているうちはまずいな。すると今帰仁攻めは四月以降という事じゃな」
「四月だとまだヤマトゥンチュがいますよ」とサハチが言った。
「察度の今帰仁攻めも四月じゃったな。あの時、ヤマトゥンチュたちはどこにいたんじゃ?」
伊江島(いーじま)に避難していたようです」
伊江島か‥‥‥四月半ばには梅雨に入る。梅雨が明ければ暑くなる。四月の初め頃が無難かのう」
「四月となると、あと半年ですね」
「先の事はわからんが、四月を目安として準備だけはしておこう」
 思紹がそう言うと、皆がうなづいたが、
「名護、羽地、国頭、恩納(うんな)、金武(きん)の兵力が抜けている」と苗代大親が言った。
「名護、羽地、国頭は二百の兵力を持っています。恩納と金武は百です。それぞれが半数を今帰仁に送ったとして、総数は四百といった所です」とウニタキが答えて、思紹を見ると、
「もし、国頭按司が山北王を倒してくれと言ってきたら、大義名分になりませんか」と聞いた。
 思紹は驚いた顔をしてウニタキを見た。
「湧川大主が今回も鬼界島攻めに失敗したら、その可能性はあります。国頭按司は鬼界島攻めで多くの戦死者を出していますから、山北王を憎んでいます」
 思紹はファイチを見た。
「難しいと思いますよ」とファイチは言った。
「国頭按司のために、どうしてヤンバルまで戦をしに行かなければならないんだと思う者が多いはずです」
「だめか」とウニタキは言ってキンタを見ると、
「お前、ずっと黙っているけど、何かいい考えはないのか」と聞いた。
「えっ?」とキンタは驚いた。
「いえ、こういう席はまだ慣れていないので‥‥‥」
「堅くなる事はない。気楽に話せばいいんじゃ」と思紹が言った。
「それじゃあ、あたしも気楽に言うけど、テーラーをどうする気なの?」とサスカサが言った。
テーラー?」と思紹がサスカサを見た。
テーラーはヂャン師匠の弟子でしょ。同門同士で戦ってはいけないんでしょ」
「奴にはテーラーグスクにいてもらえばいいんじゃないのですか」とウニタキが言った。
「そうじゃな。それがいい」と思紹はうなづいた。
「湧川大主は? 湧川大主もヂャン師匠から指導を受けたんでしょ」
「指導を受けたといっても十日間だけだよ」
「十日間なら弟子じゃないの?」
「湧川大主と戦わなかったら戦にならんぞ」とサハチは言った。
「同門の者たちが周りの状況によって、敵味方に分かれて戦う事は明国でも起こっています。戦は集団の戦いです。直接、一対一で戦わなければいいのです」とファイチが言った。
 ファイチの言う事に皆が納得した。
「さて、今回はここまでにしておくか」と言って、思紹は絵図を片付けた。
「久し振りに、この顔触れで酒を飲もう。酒を飲んだら何かいい考えが浮かぶかもしれん」
 女たちが持って来た重箱を広げて、酒の用意をした。冊封使たちの無事の帰国と半年後の戦勝を願って、皆で祝杯を挙げて酒盛りは始まった。
「わしは今帰仁攻めが終わったら、中山王を隠居しようと思っている」と思紹が言った。
 皆が驚いた顔をして思紹を見た。
「長かった十年間、わしはじっと我慢してきた。今度はお前の番じゃ。わしは旅に出るぞ」と思紹はサハチを見た。
「何を言っているんですか。中山王は死ぬまで辞められないんですよ」
「なに、本当なのか」と思紹はファイチを見た。
「本当です。首里按司は隠居して、サハチさんに譲る事はできますが、中山王は辞められません」
「そうなのか。しかし、琉球が統一されれば、わしが旅に出てもかまわんじゃろう」
「親父、それはまずい。中山王が長い間、留守にするなんて、それは無理ですよ」
「わしは戦死した事にすればいい。お前が中山王になれ」
「中山王が亡くなったら、また冊封使を呼ばなければなりませんよ」とファイチが言った。
 サハチは首を振って、「冊封使は当分の間、来なくてもいい」と言った。
「なに、あれ? 二人とも王様になりたくないみたい」とサスカサがマチルギに言った。
「二人とも欲がないのよ。だから、王様が務まるのよ」とマチルギは笑った。

 

 

 

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