長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-215.それぞれの新年(第二稿)

 ファイテとジルークは島添大里(しましいうふざとぅ)に帰って来た。年が明けたら旅に出て、旅から帰って来たら首里(すい)に移り、とりあえずは報恩寺(ほうおんじ)の師匠として修行者たちを指導するという事に決まった。
 ジルークは女子(いなぐ)サムレーのミカと再会して、二人の婚約が決まった。島添大里でも帰国祝いの宴(うたげ)が開かれ、一緒にソウゲン寺(でぃら)で学んでいた仲間が集まって、ファイテとジルークを祝福した。年末の島添大里の城下は二人の話題で持ちきりだった。
 年が明けて、永楽(えいらく)十四年(一四一六年)になった。綺麗な日の出が見られて、今年はいい年になりそうだった。
 新年の儀式も無事に済んだ三日の夕方、龍天閣(りゅうてぃんかく)で身内だけのお祝いの宴が開かれた。集まったのは前回、ジクー寺で顔を合わせた十一人だった。ウニタキも年末には今帰仁(なきじん)から帰って来ていた。
「忙しかった正月の三日間もようやく終わった。みんな、御苦労だった」と思紹(ししょう)が挨拶をした。
「去年は冊封使(さっぷーし)が来て慌ただしい一年だった。安須森(あしむい)ヌルはササと一緒に南の島を探しに行って、見事にミャーク(宮古島)を探して、さらに、トンド(マニラ)まで行って来た。そして、南の島の人たちとトンドの王女様を連れて帰って来た。南の島の人たちもトンドの王女様も来年も来ると約束してくれた。琉球はますます発展していく事になろう。首里に移って、今年は十年目の節目となる。今年がよい年になる事を祈ろう」
 集まった者たちは思紹にうなづいて、「よいお年を」と言って祝杯を挙げた。
「さて、前回、集まった時から二か月余りが過ぎて、当時とは情勢が変わった。鬼界島(ききゃじま)(喜界島)を攻めていた湧川大主(わくがーうふぬし)が鬼界島攻めに失敗して帰って来た。鬼界島がこんなにも手強(てごわ)いとは驚きじゃが、わしらに取っては、いい方向に向かっているように思う。ウニタキから湧川大主が帰って来てからの状況を聞こう」
 ウニタキがうなづいて報告した。
「湧川大主が運天泊(うんてぃんどぅまい)に帰って来たのは十二月十日でした。山北王(さんほくおう)に怒られて、その後、敗戦処理に専念します。山北王の兵と直属の兵の家族たちの家を回って頭を下げ、羽地(はにじ)、名護(なぐ)、国頭(くんじゃん)の按司たちにも頭を下げています。奄美大島(あまみうふしま)に残された国頭の兵たちも根謝銘大主(いんじゃみうふぬし)と一緒に薩摩(さつま)の船に乗って帰って来ました。戦死した兵の家族は山北王を恨んでいますが、騒ぎが起こるという程ではありません。皆、仕方がないと諦めているようです」
「そうか。それで、湧川大主は今年も鬼界島に行くのか」
「行くようです。ただ、戦(いくさ)をしに行くのではなく、話し合いに行くと言っているようです」
「鬼界島が話し合いに応じると思っているのか」
「運天泊にいるハビーの話によると秘策があるようですが、それがどんな秘策なのかは教えてくれないと言っていました」
「秘策か‥‥‥湧川大主は武装船に乗って行くのだな?」
「多分、そうだと思います」
「湧川大主が出掛けたあと、今帰仁を攻めるか」と思紹が言ったので、
武装船に乗った湧川大主を生かしておくと、あとが面倒です。奄美大島にいて、ヤマトゥに行く交易船を狙うでしょう」とサハチは言った。
「そいつはうまくないな。湧川大主が出掛ける前に攻めた方がいいな。しかし、山北王を攻める大義名分(たいぎめいぶん)がない」
「今、今帰仁のヤマトゥンチュの町にある遊女屋(じゅりぬやー)から山北王の噂を流しています。今頃はヤマトゥンチュたちの間に広まっている事でしょう」とウニタキが言った。
「どんな噂じゃ?」と思紹が聞いた。
「鬼界島で戦をしていた時、山北王が沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)の豪華な御殿(うどぅん)でクーイの若ヌルと贅沢三昧(ぜいたくざんまい)の宴を開いていたという噂です」
「そんな噂が広まったとして状況が変わるかのう」と思紹は首を傾げた。
「戦死した兵たちの家族は怒ります。それを煽(あお)って、名護、羽地、国頭、三人の按司たちを山北王から切り離すのです」
 サハチが真喜屋之子(まぎゃーぬしぃ)の事を説明して、真喜屋之子に三人の按司たちのつなぎ役になってもらうと言った。
「山北王と湧川大主の弟を殺して逃げた男がいたとは驚いた。しかも、仲尾大主(なこーうふぬし)の倅だったとはのう。そいつは使えそうなのか」
「大丈夫です」とウニタキが言った。
「湧川大主は今でも真喜屋之子を探せと言っています。湧川大主がいる限り、奴は隠れて暮らさなければなりません。そして、奴は若い頃、名護按司、羽地按司の弟の饒平名大主(ゆぴなうふぬし)、国頭の水軍大将の喜如嘉大主(きざはうふぬし)の倅、喜如嘉之子(きざはぬしぃ)と一緒に明国に行っています。つなぎ役に最適です」
「しかし、山北王が側室といちゃいちゃしていたくらいで、山北王を裏切るような事までするかのう。逆に真喜屋之子が捕まって湧川大主に殺されるかもしれんぞ」
「その辺は奴も慎重にやるはずです。奴は今、旅芸人の護衛役のヤマトゥンチュのサムレーに扮して名護にいます」
 サハチとウニタキは皆の顔を見回したが、誰もがうまくいくとは考えてはいないようだった。
「もっとひどい悪口じゃないと、噂は広まらないんじゃないのか」とヒューガが言った。
「ヤマトゥンチュにとって、山北王が側室と贅沢をしたからって、どうでもいい事じゃからな。羨ましいとは思うだろうが、それだけじゃ。わざわざ、仲間に知らせるような事じゃない」
 そう言われてみればそうかもしれなかった。戦死した兵の家族たちは怒って、同じ立場の仲間に知らせるだろうが、そうでない者たちは羨ましいと思うだけで、それを人に伝えようとは思わないかもしれなかった。
「今年の鬼界島攻めは去年の倍の兵力で攻めるという噂なら広まるかもしれんぞ」と苗代大親(なーしるうふや)が言った。
「それを聞いたら按司たちも怒りそうじゃな」と思紹は笑ったが、「嘘の噂を流しても、すぐにばれてしまう」と首を振った。
 安須森ヌルはシジマの事を話した。シジマが志慶真(しじま)ヌルになれば、志慶真村は味方となって、難なく志慶真曲輪(しじまくるわ)が手に入ると言った。
「ササと一緒にヤマトゥに行っているアキシノ様が帰って来たら相談して、シジマが志慶真ヌルになれるようにします」
「ヌルの事はお前たちに任せる。うまくやってくれ。搦(から)め手(裏門)の志慶真曲輪が難なく手に入れば、それに超した事はない」
「志慶真村の事を調べて来ました」とウニタキが言った。
「志慶真の長老が亡くなってしまって、古い事を知っている人はいなくなってしまいましたが、長老の末っ子が長老が残した書物を整理したようです。その末っ子はずっと奥間(うくま)にいて、長老が亡くなったあとに戻って来ました。シルーという名の具足師(ぐすくし)(鎧師)です」
「なに、具足師じゃと? もしかして、クタルー殿の弟子なのか」と思紹が聞いた。
「クタルー殿を知っているのですか」
「知っている。わしが若い頃、ヤマトゥに行った時、クタルー殿はヤマトゥでの修行を終えて、一緒に帰って来たんじゃよ」
「そうだったのですか」
「まだ、健在なのか」
「いえ、七年前に亡くなったそうです」
「そうか、亡くなったのか‥‥‥それで、そのシルーという具足師に会ったのか」
「俺は会ってはいませんが、『まるずや』の者が会っています。鎧(よろい)を作るには組紐(くみひも)や革紐が必要です。長老が亡くなって、三年前に志慶真村に帰って来たシルーは、『まるずや』に組紐や革紐を頼んだのです。『まるずや』の者がシルーから色々な事を聞いていました。志慶真村ができたのは二代目今帰仁按司の息子が搦め手を守るために作ったのですが、その頃は御門(うじょう)があっただけで、志慶真曲輪はありません。志慶真曲輪は志慶真村ができてから五十年余り経った頃、英祖(えいそ)の次男の湧川按司(わくが-あじ)が今帰仁按司になって、志慶真村の者たちが全員、避難できるようにと造ったようです。その頃の今帰仁グスクは按司の屋敷がある一の曲輪と家族たちの住む二の曲輪があっただけですが、すでに石垣はあったようです。志慶真曲輪を造るのと同時に、城下の者たちが避難できるように三の曲輪も造っています。湧川按司が亡くなったあと、娘婿の本部大主(むとぅぶうふぬし)が幼い千代松(ちゅーまち)を追い出して、今帰仁按司になりますが、女好きな按司だったらしく、側室を何人も迎えて、側室たちの屋敷を志慶真曲輪に建てたそうです。成長した千代松は志慶真村を味方に付けて、志慶真曲輪から一の曲輪を攻めて、本部大主を倒して今帰仁按司になります。この千代松が外曲輪(ふかくるわ)ができる前の高い石垣で囲まれた難攻不落な今帰仁グスクを造りました」
「千代松の伝説はわしも聞いた事があるが、千代松が今帰仁グスクを造ったとは知らなかった。千代松の次が帕尼芝(はにじ)なんじゃな?」
「正確に言うと千代松が亡くなったあと、千代松の息子が跡を継いでいます。マチルギの祖父です。しかし、跡を継いですぐに帕尼芝に滅ぼされました。内通した者がいたようです」
「内通者か‥‥‥今帰仁グスク内に側室はいるが、側室たちに御門を開けさせるのは無理じゃな」
テーラーを内通させれば?」とサスカサが言った。
テーラーは南部のテーラーグスクにいるだろう」とサハチは言った。
「いや、それはわからんぞ。山北王がテーラーを呼ぶかもしれない」とウニタキが言った。
「山北王と湧川大主は今、喧嘩別れをしている。まあ、テーラーも怒られた口だが、何か用があれば、湧川大主ではなく、テーラーを呼ぶかもしれない」
「もし、テーラー今帰仁グスクに入ったとして、寝返るかのう」と苗代大親が言った。
テーラーと山北王は本部(むとぅぶ)で育った幼馴染みですから、寝返るのは難しいかもしれませんが、ンマムイから聞いた話だと、テーラーは山北王の側室のウクに惚れているようです。ウクを助けると言ったら寝返るかもしれません」
「ウクというのは奥間の側室だな」とサハチが言った。
「そうだ。今年、十七になったママキという娘がいる。嫁に行く時期だが、今の所、その話はない。ママキは今、お芝居に夢中になっているようです」
「奥間の側室なら助けなければなるまい」と思紹が言った。
テーラーの家族はどこにいるんじゃ?」とヒューガが聞いた。
「本部にいます。最初の妻は出産に失敗して亡くなってしまい、毎年、明国に行っていた頃は妻なんていらないと言って、独り者を通していたのですが、山北王が進貢(しんくん)をやめてから後妻をもらっています。後妻との間に二人の子供がいます」
「本部にいるなら心配ないじゃろう」
「その家族を人質にして寝返らせたらどうでしょう」とファイチが言った。
 皆が驚いた顔をしてファイチを見た。
「戦に勝つには敵の弱点を見つける事です。テーラーの弱点が家族なら、家族の命と引き換えに寝返るはずです」
「もし、仮にテーラーが寝返ったとして、テーラーに御門を開けさせるのか」と苗代大親が聞いた。
「それでもいいし、山北王をグスクの外に出してもらってもいい」と思紹が言った。
「しかし、寝返らせるにはグスクに潜入してテーラーと会わなければならん。それが一番、難しいじゃろう」
「山グスクの連中に頑張ってもらうしかないな」とサハチは言った。
「山グスクの連中に頑張ってもらうには、志慶真曲輪は是非とも奪い取らなければならんな」と思紹が言ってウニタキを見ると、「まだ話の続きがあるんじゃろう」と聞いた。
 ウニタキはうなづいて話し始めた。
「今の志慶真大主(しじまうふぬし)は長老の孫で、妻は国頭按司の妹です。母親は山北王の伯母ですが、すでに亡くなっています。志慶真大主の弟は湧川大主の配下になって、今は奄美按司(あまみあじ)になっています。志慶真ヌルは志慶真大主の姉で、妹は諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)の妻になっています。次男のジルーは湧川大主の娘を妻に迎えて、湧川大主の配下になっています。運天泊に住んでいて、鬼界島攻めにも行っています。サムレー大将は二人いて、志慶真大主の叔父の前原之子(めーばるぬしぃ)と従弟(いとこ)の上原之子(ういばるぬしぃ)です。前原之子は長老の三男で、上原之子は長老の次男の息子です。二人とも妻は按司とは関係のない娘です。志慶真大主の妻は山北王の許可が必要なようですが、次男、三男の妻はその必要もなく、好きになった娘を妻に迎えているようです」
「シジマが志慶真ヌルになれば、うまく行きそうね」と安須森ヌルが言った。
「志慶真大主の姉の志慶真ヌルがいるのに、アキシノ様の子孫だからって、シジマは志慶真ヌルになれるのかしら?」と馬天ヌルが言った。
「志慶真ヌルはウトゥタル様の声は聞こえないの?」
 馬天ヌルは首を振った。
「ウトゥタル様の声が聞こえれば、ウトゥタル様の言う事を聞くと思うんだけど、聞こえないんじゃ仕方ないわね」
「ウトゥタル様はシジマに志慶真村に近づいちゃだめって言ったようだけど、どういう事ですか」とサスカサが安須森ヌルに聞いた。
「シジマは志慶真村生まれでしょう。帰れば歓迎してくれるはずだわ。それなのに、どうして帰っちゃいけないのかしら?」と安須森ヌルは首を傾げた。
「ウトゥタル様に聞かなければわからないわね」と馬天ヌルが言ったので、
「親泊(うやどぅまい)まで行くつもりなのですか」とサハチが心配して聞いた。
「ササが帰って来たら、ササがシジマと一緒に行くでしょう。それに、もしかしたら、アキシノ様がその理由を知っているかもしれないわ」
 サハチにそう言ったあと、馬天ヌルは思紹を見て、
「さっきから気になっていたんだけど、奥間の具足師はどうやって組紐を手に入れていたの?」と聞いた。
「察度(さとぅ)殿が送っていたんじゃよ」と思紹が言った。
「安謝大親(あじゃうふや)からその事を聞かれて、わしも察度殿に倣って奥間に送るように頼んだんじゃ」
「成程、そういう事だったの」と馬天ヌルは納得した。
 ずっと黙ったままのマチルギを見て、
「具合でも悪いのか」とサハチは聞いた。
今帰仁攻めの事をマハニさんやマナビーに、何て言ったらいいのか考えていたのよ」
「何を言っても悲しむだろうが、納得する説明をしたいな」とサハチは言った。
「そうよ。ちゃんと納得できる説明をしたいわ」
「納得できる説明か‥‥‥」と思紹はマチルギを見てから、皆の顔を見回した。
「納得のできる説明をするには、山北王が首里に攻めて来るのを待つしかありません」とファイチが言った。
首里で戦をしたら城下は焼かれてしまう。せっかく造ったお寺(うてぃら)を焼くわけにはいかん」とサハチは言った。
「山北王の兵が首里まで来るのは不可能です。陸路で来れば、途中にあるいくつものグスクを落とさなければなりません。落とさなければ、後ろから攻めて来ます。海路で来れば、ヒューガ殿の水軍にやられます。もし、浮島まで来たとしても、待ち構えていた兵にやられるでしょう」
「という事は山北王は首里を攻めて来る事はないのじゃな?」と思紹がファイチに聞いた。
「今の状況ではです。山北王の若按司が山南王(さんなんおう)になれば、状況は一変します。山南王と東方(あがりかた)の戦が始まって、中山王は動けなくなります。山北王は陸路で、グスクを一つづつ攻め落として、首里に迫って来るでしょう」
「やはり、今年、やるしかないな。マナビーたちには恨まれるが仕方がない」と思紹は言った。
 思紹は奥間大親(うくまうふや)(キンタ)を見ると、
「今日も黙っているな。何か言う事はないのか」と聞いた。
 キンタは皆を見回してから、「年末年始に奥間に行って、奥間ヌル様から聞いた話ですけど」と言って話し始めた。
「皆さんも御存じの通り、奥間では昔から按司が代替わりすると側室を贈っています。奥間を守るためです。今帰仁按司に贈った側室の事を聞いてみました。先々代の帕尼芝(はにじ)ですが、奥間から二人の側室を迎えていました。父親が亡くなって羽地按司を継いだ時と、今帰仁按司になった時です。最初の側室は二人の子供を産んで、一人は国頭按司の妻になって、もう一人は前与論按司(ゆんぬあじ)の屋我大主(やがうふぬし)です。二人目の側室も二人の子供を産んでいて、一人は名護按司の妻になりました。今の名護按司の母親です。もう一人は奄美大島で戦死した本部大主です。国頭按司と名護按司が奥間と関係がある事がわかりました」
「成程な」と思紹はうなづいて、「羽地はどうじゃ?」と聞いた。
「奥間ヌル様も忙しい時だったので、羽地の事は聞けませんでした。改めて、奥間に行こうと思っています」
 思紹はウニタキを見て、「知らんか」と聞いた。
「母親の事まで調べるのは難しいです。羽地按司は帕尼芝が今帰仁按司になった時に、弟が継いでいます。その時、奥間から側室が贈られたはずなので、子供はいるとは思いますが、母親が側室なのかを調べるのは難しいです。羽地の『まるずや』の者に聞いてみます」
「頼むぞ。羽地按司も奥間とつながりがあれば、寝返り易くなるからな」
「ちょっと聞きたいんだが」とサハチがキンタに言った。
按司たちに側室を贈っていたのは奥間ヌルなのか」
「そうです。奥間ヌル様が娘を選んで、按司に贈るのです。ヒューガ殿の娘のユリさんを浦添(うらしい)の若按司に贈ったのも、王様(うしゅがなしめー)の娘のミサさんを山北王に贈ったのも今の奥間ヌル様です」
 奥間ヌルがそんな事までしていたなんてサハチは知らなかった。しかし、よく考えてみれば、そんな重要な仕事をするのはヌルしか考えられなかった。
「ミサはまだ、わしの事は知らんのじゃな?」と思紹がキンタに聞いた。
「まだ、知りません。いつ知らせたらいいのか、時期を見ているようです」
「今回はここまでという事で、祝い酒を始めるか。まもなく、ヤマトゥに行った交易船も帰って来るだろう。そしたら、ササの土産話を聞くために、また集まろう」

 


 その頃、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクでも、トゥイ様のいない正月を何とか無事に乗り切る事ができてよかったと、山南王の他魯毎(たるむい)と王妃のマチルー、島尻大里ヌルと座波(ざーわ)ヌルが祝杯を挙げていた。

 


 それから三日後、山北王の攀安知(はんあんち)は沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)に来ていた。クーイの若ヌルと一緒に御殿(うどぅん)の庭から海を眺めながら、忙しかった年末年始もようやく終わったとホッとしていた。
 湧川大主とテーラーは新年の挨拶に来たが、攀安知は受けなかった。二人がいないと攀安知の仕事が増えて忙しくなるので、許したいと思うのだが、山北王として、家臣たちの手前、そう簡単に許すわけにはいかなかった。軍師として、なくてはならない存在のリュウインを失った事と鬼界島攻めに失敗して多くの兵を戦死させた罪は重かった。幼馴染みと弟といえども、許すにはまだ時期が早すぎた。湧川大主とテーラーは祝宴に参加する事なく帰って行った。
 島の西側の小高い丘の上に立てられた御殿は、東側から見ると高い石垣に囲まれているが、海側の石垣はそれほど高くなくて海が見渡せた。豪華な御殿には若ヌルの侍女として十人の女たちが働き、二十人の兵によって守られていた。
「北風(にしかじ)に乗ってヤマトゥのお船が随分と通って行きましたよ」と若ヌルのマナビダルが言った。
今帰仁はヤマトゥンチュたちでいっぱいだよ。去年は商品が足らなくてまいったが、今年はたんまりとある。奴らも喜ぶだろう」
「今年も進貢船(しんくんしん)を出すのですか」
「新しい進貢船はもらったんだが、新しい海賊も来たしな。どうしようか迷っているんだ。一昨年(おととし)の事もあるから、海賊が来てから決めようと思っている」
永楽帝(えいらくてい)はまだ海賊退治をしているのですか」
「しているようだ。南の方にある島に逃げたから大丈夫だと言っていたが、わからんからな。海賊が来なかったら進貢船を出すしかあるまい」
 風もないいい天気で、漁をしているウミンチュの小舟(さぶに)が数艘、海に浮いていた。
「鬼界島はどうするのですか」とマナビダルが聞いた。
「ジルータ(湧川大主)が話を付けに行くと言っているが、ジルータは恨まれている。鬼界島に行ったら殺されるだろう。今まで鬼界島攻めに参加していないテーラーを行かせようと思っている。奴ならうまくやってくれるような気がするんだ」
「話を付けるって、どう話を付けるんですか」
「あの島の領主の御所殿(ぐすどぅん)を鬼界按司に任命して、島の事は任せる事にする。そして、交易のために今帰仁まで来てもらう」
 マナビダルは楽しそうに笑って、自分の首を斬る仕草をした。
 攀安知も笑ってうなづき、「備瀬大主(びしうふぬし)の敵(かたき)だからな」と言った。
「御所殿は危険を察して来ないんじゃないの?」
「その時はその時で、また考えるさ。鬼界島攻めより、今年は中山王を攻めるつもりなんだ」
「えっ?」とマナビダルは驚いた。
「中山王を攻めるのにジルータの武装船が必要なんだよ」
「海から攻めるのですか」
「ああ、鉄炮を撃ちまくってな」と言って攀安知は笑った。
「来年の今頃は首里グスクにいるだろう。お前も呼ぶからな」
首里の都も賑やからしいわね。佐敷ヌルから聞いたわ」
「お前が佐敷ヌルと仲良くなるなんて思ってもいなかったよ」
「ヤンバルのヌルたちはあたしを白い目で見るのよ。焼き餅を焼いているのかしら? 南部のヌルたちはそんな事はないわ。安須森ヌル様は本当に凄いヌルだったわ。馬天ヌル様も貫禄があって、凄いヌルね。馬天ヌル様と勢理客(じっちゃく)ヌル様はとても仲がよかったわ」
「馬天ヌルは何度もヤンバルに来ているからな」
「安須森ヌル様と奥間ヌル様も仲がよかったわよ」
「安須森ヌルと奥間ヌル?」
 馬天ヌルが奥間に行ったのは知っているが、安須森ヌルが奥間に行ったのは知らなかった。安須森参詣で仲良くなったのだろうか。
「この島のウミンチュから聞いたんだけど、国頭按司の材木を運んでいるのは奥間のウミンチュとヤマンチュ(杣人)だって言っていたわ」
 その事は攀安知も知っていた。『材木屋』が国頭按司の材木から手を引いてからは、自分で運ばなくてはならなくなって、奥間の者たちに頼んだようだった。
「ヤンバルにいるのに、奥間の人たちって山北王の支配下に入っていないの?」
「奥間は今帰仁よりも古いんだよ。初代の今帰仁按司が奥間には干渉しないって決めたようだ。その代わりに按司が代わる度に、奥間美人(うくまちゅらー)の側室を贈ってくるんだよ」
「初代の今帰仁按司って二百年以上も前の人でしょう。未だに、その約束を守っているなんておかしいわ。中山王に仕えていた奥間大親は、玻名(はな)グスクをもらって按司になったんでしょ。みんな、南部に行けばいいんだわ」
「奥間は鍛冶屋(かんじゃー)の本拠地なんだ。今帰仁にいる鍛冶屋も奥間とつながっている。みんなが南部に行ったら困る事になる」
「奥間の長老を奥間按司に任命して、鍛冶屋ごと山北王の支配下に組み入れればいいんじゃないの」
 攀安知は驚いた顔をしてマナビダルを見た。そんな手があるなんて考えてもみなかった。
「奥間按司か‥‥‥」
 いい考えだと思ったが、今は奥間の事より中山王攻めの作戦を練る事の方が先決だった。
「中山王を倒したら奥間按司の事は考えよう。それより、祝い酒を飲もう」
 マナビダルは嬉しそうに笑って、うなづいた。

 

 

 

来福 ミニ樽酒セット 2升樽 (3.6L)【配送日時指定可】