長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-231.逃亡(改訂決定稿)

 運天泊(うんてぃんどぅまい)に帰った湧川大主(わくがーうふぬし)は武装船に積んである鉄炮(てっぽう)(大砲)の半分、六つをはずして、今帰仁(なきじん)グスクに運ぶようにサムレー大将のナグマサに命じると、そのまま馬にまたがって、玉グスク村に向かった。
 玉グスクヌルのユカは湧川大主が来る事を知っていて待っていたが、何となく、顔付きが変わったような気がした。
「ミサキがあなたに会いたがっているわよ」とユカは言った。
「どこに行ったんだ?」
「長老の所に行って、読み書きを習っているわ。あの子、あなたに似て賢いのよ」
「ミサキが賢いか」と湧川大主は嬉しそうに笑った。
「今、今帰仁が大騒ぎになっているのを知っているだろう」
「中山王(ちゅうざんおう)が攻めて来るらしいわね」
「どっちが勝つんだ?」と湧川大主はずばりと聞いた。
「今の山北王(さんほくおう)は帕尼芝(はにじ)から数えて三代目よ。初代のヤマトゥ(日本)の武将は四代で百年近く続いたけど、五代目の湧川按司(わくが-あじ)は一代で滅んだわ。六代目の本部大主(むとぅぶうふぬし)も、七代目の千代松(ちゅーまち)も一代で滅んだのよ。三代で四十五年も続けば立派だわ。そろそろ、交代の時期が来たんでしょう」
「山北王が負けるというのか」と湧川大主は信じられないといった顔でユカを見た。
 前回に来た時は山北王が勝つと言ったのに、どうして考えを変えたのだろう。
 ユカは水晶玉をじっと見つめてから、「山北王は負けるわね」とはっきりと言った。
「あの今帰仁グスクが攻め落とされるというのか」
「一の曲輪(くるわ)にある立派な御殿(うどぅん)は崩れ落ちて、山北王も戦死するわ」
「信じられん。あのグスクが落ちるはずはない」
「この世に完全な物なんてないのよ。永遠に続く物なんてないし、山北王も寿命が尽きたのよ」
 湧川大主はユカをじっと見つめながら、身内とも言えるヤンバル(琉球北部)の按司たちに裏切られたのだから、確かに寿命が尽きたのかもしれないと思った。
「俺の寿命も尽きるのか」
「山北王に従えば尽きるわ」
「従わなければ?」と聞いたらユカは笑った。
「あなたの口からそんな言葉が出て来るなんて思わなかったわ。何事も山北王のために働いていたあなたはどこに行ったの?」
「昔の俺は奄美大島(あまみうふしま)に捨ててきた」
「鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻めがあなたを変えたのね?」
 鬼界島攻めではなく、マジニ(前浦添ヌル)が変えたのだったが、湧川大主はその事は口にしなかった。
「もし、あなたが山北王に従わなかったら、あなたの寿命は十年は延びるでしょう」
 今、四十歳なので五十歳までは生きられるか‥‥‥五十まで生きられれば上等だろう。四十で壮絶な死を迎えるか、五十まで生きるか、どっちを選ぶかだった。
 湧川大主は長老の屋敷までミサキを迎えに行って、ミサキと一緒に過ごした。嬉しそうに笑っているミサキのためにも、まだ死ねないと思った。


 今帰仁城下が全焼したとの噂が広まって、城下にいた人たちの家族や知人が心配してやって来た。外曲輪(ふかくるわ)に避難していた人たちは、迎えに来た人たちに連れられて城下を去って行った。外曲輪には身寄りのない人たちと家臣の家族たち二百人余りが残った。
 城下が焼け野原になったのも、ヤンバルの按司たちが寝返って中山王が攻めて来るのも、すべて、志慶真(しじま)ヌル(ミナ)の仕業に違いないと勢理客(じっちゃく)ヌルと今帰仁ヌルは志慶真村に行って、志慶真ヌルを責めた。
「あなた、中山王が攻めて来る事を知っていたわね?」と勢理客ヌルは志慶真大主(しじまうふぬし)と同じ事を聞いた。
 志慶真ヌルが知らなかったと言っても信じてはもらえなかった。
「ヤンバルの長老たちが二月に南部に行ったわ。あなた、会ったんでしょ?」
「長老様たちは島添大里(しましいうふざとぅ)のミーグスクのマナビー様に会いにいらっしゃいました。前回、松堂(まちどー)様がいらっしゃったので、松堂様が連れていらしたと思っただけです」
「その時、ヤンバルの按司たちは裏切ったのよ。そして、中山王の今帰仁攻めが決まって、あなたを送り込んで来たのよ。あなた、中山王が攻めて来たら志慶真曲輪を中山王に明け渡すつもりなんでしょう」
「それは神様の思し召しに従います」
「神様が中山王の味方をしろと言ったら寝返るのね?」と今帰仁ヌルが言った。
 志慶真ヌルが答えずにいると、勢理客ヌルは連れて来たサムレーに命じて、志慶真ヌルを連れ去って行った。
 村人たちも志慶真ヌルが中山王の回し者だと思っているので、止める者もいなかった。幼馴染みのタキだけが、二人のヌルに志慶真ヌルの潔白を訴えたが聞いてはもらえなかった。城下の屋敷が焼けてしまい、志慶真村に避難していた諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)の妻、マカーミも見ていて、いい気味だわと言って薄ら笑いを浮かべていた。
 志慶真ヌルは外曲輪内にある今帰仁ヌルの屋敷の物置に閉じ込められた。
 薄暗い物置の中で、どうしたら村の人たちに信用してもらえるのだろうかと志慶真ヌルは考えていた。『屋嘉比(やはび)のお婆』が生きていたら、こんな事にはならなかったのに、亡くなってしまったのが残念だった。女子(いなぐ)サムレーだった志慶真ヌルにとって、ここから抜け出して志慶真村に帰るのは簡単だったが、帰ったとしてもまた捕まってしまうのは目に見えていた。今度、捕まったら縛られて、厳重な警備も付くに違いなかった。
 志慶真ヌルが物置の中でヂャンサンフォン(張三豊)の呼吸法をしていると、誰かがやって来た。ウニタキ(三星大親)だった。
「いつまで、ここにいるつもりなんだ?」とウニタキは聞いた。
「戻ってもまた捕まりますから」と志慶真ヌルは言った。
「村の人たちを味方に付けるんだ」
「それがわからないから悩んでいるのです」
「神様の力だと言って、お前の力を見せてやればいい」
「えっ?」と志慶真ヌルはウニタキを見た。
 ウニタキは両手を出して、手のひらで押す仕草をした。
 志慶真ヌルは笑ってうなづくと、ウニタキと一緒に物置から出た。もうすぐ夜が明ける頃だった。非常時ではないので、見張りも少なく、外曲輪の石垣は一丈(約三メートル)余りの高さなので、難なく飛び越えられた。
 何事もなかったかのように志慶真村に帰ると、志慶真ヌルはヌルの着物に着替えてクボーヌムイ(クボー御嶽)に朝のお祈りに出掛けた。
 お祈りを済ませて村に帰ると、今帰仁ヌルが四人のサムレーを連れて待っていた。
「逃げ出したのね?」と怖い顔をして今帰仁ヌルが聞いた。
「朝のお務めがありますから」と志慶真ヌルは平然として答えた。
「覚悟しなさい。今度は逃げられないようにするわ」
 今帰仁ヌルはサムレーたちに捕まえるように命じた。
「わたしは神様にお仕えしております。捕まえる事はできません」
 二人のサムレーが志慶真ヌルを捕まえようと近づいて来た。志慶真ヌルは両手を差し出して、手のひらで軽く押す真似をした。近づいて来たサムレーは風に吹き飛ばされたかのように倒れ込んだ。別の二人が掛かって行ったが、同じように吹き飛ばされて、志慶真ヌルに近づく事はできなかった。
「何をやっているの? 早く捕まえて!」と今帰仁ヌルはわめいたが、サムレーたちは恐れた顔をして志慶真ヌルを見て、両手を合わせて頭を下げると引き上げて行った。
 志慶真ヌルの姿はまるで後光が差しているかのように神々しく見えた。今帰仁ヌルもその姿に神様を見て、慌ててひざまずくと両手を合わせた。
 成り行きを見ていた村の人たちも、志慶真ヌルが神様になったと両手を合わせずにはいられなかった。タキは涙を流しながら両手を合わせていた。志慶真ヌルを疑っていたマカーミも両手を合わせていた。
 今帰仁ヌルが帰ると、村の人たちは志慶真ヌルを囲んで、本物のヌル様じゃと感激していた。具足師(ぐすくし)のシルーが、『ウトゥタル様』も今のように悪い奴らを追い払ったと記録に書いてあったと言うと、ウトゥタル様の再来じゃと村人たちは大喜びをした。


 湧川大主は悩んでいた。
 兄貴のために中山王と戦うか‥‥‥
 ユカは山北王は負けると言ったが、罠(わな)を仕掛けて待ち構えれば、中山王の兵を追い返せると思っていた。
 追い返したあとはどうなるのか?
 焼け野原となった城下を再建しなければならない。そして、兄貴は裏切った羽地(はにじ)、名護(なぐ)、国頭(くんじゃん)の按司たちを許さないだろう。三人の按司を攻めれば、中山王は助けるために援軍を出す。また戦(いくさ)が始まる。山南王(さんなんおう)の他魯毎(たるむい)は高みの見物をしていて、有利な方と手を結び、中山王が不利とみたら首里(すい)グスクを奪い取るだろう。距離的に遠い山北王が首里グスクを奪い取るのは難しい。中南部支配下においた他魯毎は山北王を倒して琉球を統一するという筋書きになる。
 どっちにしろ、味方のいない山北王は滅ぼされるだろう。グスクがどんなに強固でも、裏切り者が出れば、グスクは攻め落とされる。山北王の家臣たちは山北王を恐れているが、心から慕っている者はほとんどいない。奥間(うくま)の事で側室のウクとミサは兄貴を見限った。奥間を攻めたサムレー大将の仲宗根大主(なかずにうふぬし)と並里大主(なんじゃとぅうふぬし)は、家族を連れて故郷に帰ったまま戻っては来ないし、叔父の屋我大主(やがうふぬし)(前与論按司)も家族を連れて、娘婿の兼久之子(かにくぬしぃ)を頼って名護に逃げて行った。戦が始まって、不利な展開になれば、裏切り者が出るだろう。ユカが言った通り、兄貴は殺されるのかもしれなかった。
 武装船からはずした鉄炮今帰仁に運んだナグマサが怪我を負って戻って来た。
「何者かに襲われて、鉄炮を奪われました」とナグマサは怪我をした腕を押さえながらうなだれた。
「なに、鉄炮を奪われただと?」
 ナグマサはひざまずいて謝った。
「何という事だ‥‥‥」と湧川大主は天を仰いだ。
「護衛の兵は連れて行かなかったのか」
「皆、戦の準備に追われていたので、十人連れて行っただけです」
「襲ったのは何人だ?」
「五十人近くはいたと思います」
 迂闊だったと湧川大主は後悔した。厳重な警護のもとに運ばせるべきだった。奪ったのは中山王の配下の三星大親(みちぶしうふや)(ウニタキ)に違いない。
 この事が山北王に知られたら、たとえ弟だろうと許さないだろう。
 湧川大主は突然、大笑いをした。驚いたナグマサは顔を上げると湧川大主を見た。
「俺は逃げる事に決めた」と湧川大主は言った。
 ナグマサは耳を疑った。湧川大主から、逃げるなんて言葉が出るなんて信じられなかった。
「お前らは好きにするがいい。俺と一緒に行きたい奴は連れて行く」
 ナグマサは唖然として言葉も出なかったが、やっとの思いで、「どこに行くのですか」と聞いた。
「そうだな。とりあえずは与論島(ゆんぬじま)にでも行って様子を見るか。久し振りにヘーザ(与論按司)と会って、酒でも飲もう」
 湧川大主は急に身軽になったような気分で、家臣たちを集めると、
「山北王の兄貴とは縁を切る事に決めた。お前たちも今後の身の振り方を考えろ」と言って旅支度を始めた。
 マチ、メイ、ハビー、三人の側室たちも、山北王を見限って逃げると言った湧川大主には驚いた。それでも、運天泊も戦に巻き込まれそうだし、どこに逃げようかと考えていた側室たちは、与論島に逃げると聞いて喜んだ。
「お前は中山王の所に帰ってもいいぞ」とハビーに言うと、ハビーは首を振った。
「トゥミを父親と離すのは可哀想です。わたしも連れて行って下さい」
 湧川大主はハビーを見つめた。俺と一緒に来て、俺の居場所を中山王に知らせるつもりかと思ったが、山北王から離れた俺には中山王も興味はないだろうと思った。
「よし、一緒に行こう」
 ハビーは嬉しそうにうなづいた。
 長女の若ヌルは勢理客ヌルと一緒に今帰仁にいるので連れていけなかった。ヌルを殺す事はあるまいと思って諦めた。
 荷物を船に積み終わると湧川大主は馬にまたがって、玉グスク村に行った。ユカに一緒に逃げようと誘うとユカは首を振った。
「わたしはウタキ(御嶽)を守らなければなりません。御無事をお祈りしています。ミサキに別れを告げて下さい」
 湧川大主は庭で遊んでいたミサキに別れを告げた。
「また、来てね」と涙を溜めながらミサキは言った。
 後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、湧川大主は馬を走らせた。
 湧川大主の配下、百二十人の内、湧川大主と一緒に行くのは二十七人で、四十八人は故郷に帰り、四十五人は山北王の兵として運天泊に残った。四十五人は親兄弟とのしがらみを断ち切れず、山北王に従っていた。
 二十七人の配下とその家族、船乗りたちの家族、側室と子供たちを乗せた武装船は運天泊を離れた。
 夕日に輝く海を眺めながら、湧川大主は本部(むとぅぶ)で遊んでいた子供の頃を思い出していた。
 本部大主の子供に生まれた兄貴も俺も、本部でのびのびと暮らしていた。二人の夢は今帰仁のサムレー大将になる事で、武芸の稽古にも励んでいた。運命が変わったのは二十五年前の今帰仁合戦だった。山北王だった祖父(帕尼芝)が戦死して、跡を継ぐべき若按司も戦死して、父(珉)が山北王を継ぐ事になった。
 山北王になった父は焼け跡になった城下を見事に再建して、中山王(察度)と同盟を結んで亡くなった。兄貴が山北王になったのは二十歳の時だった。祖父や父に仕えていた重臣たちを遠ざけて、自分に従う者たちを重臣に取り立てた。俺は兄貴の補佐役として活躍した。山北王の弟の俺に逆らう者はいなかった。兄貴も俺も若くして頂点に立ったため、周りの状況がよく見えていなかったのかもしれない。ヤンバルの按司たちを見下して、逆らう事などあり得ないと決めて掛かっていた。ヤンバルの按司たちに見限られた兄貴は滅びるしかない。俺は逃げるのではなく、再出発をするだけだと湧川大主は自分に言い聞かせていた。
 武装船は沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)を右に見ながら北へと向かって行った。


 その頃、ユラとサラを連れた旅芸人たちは無事に島添大里グスクに到着した。途中で中山王の山北王攻めを聞いたサラは、真相を確かめるために、ユラと一緒に祖父がいるミーグスクに行った。
 被慮人(ひりょにん)探しをしている李芸(イイエ)たちは無事に首里に帰って来た。今帰仁で見つけた三十一人の被慮人を連れていた。


 翌朝、湧川大主の逃亡を知った今帰仁グスクは騒然となった。
「あの馬鹿が。鬼界島攻めに失敗して、腑抜(ふぬ)けになってしまったのか。逃げるのはかまわんが、鉄炮を渡さずに逃げたのは許せん」
 攀安知(はんあんち)(山北王)は怒りにまかせて、高価な茶碗を投げつけた。
 二の曲輪の屋敷で寝泊まりしていたテーラー(瀬底大主)は、「二人のサムレー大将は戻って来ないし、ジルータ(湧川大主)まで逃げるなんて、まったく信じられん事じゃ」と溜め息をついた。
 湧川大主の離反は兵たちの不安を煽った。いつも山北王の隣りにいた湧川大主が抜けたという事は、山北王の敗北を意味しているのではないかと思う者が多くいた。テーラーと諸喜田大主は兵たちを引き連れて罠をいくつも作り、今帰仁グスクは絶対に攻め落とせないと強く言って士気を高めた。それでも、密かに逃げ出す兵があとを絶たなかった。
 勢理客ヌルと今帰仁ヌルの進言によって、志慶真曲輪の守りが変えられた。諸喜田大主が率いる五十人の兵と謝名大主(じゃなうふぬし)の五十人の兵が志慶真曲輪を守り、志慶真村の百人の兵は外曲輪の守りに回された。志慶真曲輪は代々、志慶真村の者が守ってきたと志慶真大主は嘆願したが、攀安知は聞き入れなかった。


 この日、三月二十八日、中山王の思紹(ししょう)は正式に各按司たちに出陣命令を出していた。
 島添大里グスクを佐敷大親とマグルーに任せて、サハチ(中山王世子、島添大里按司)は安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)、サスカサ(島添大里ヌル)、シンシン(杏杏)、ナナを連れて首里グスクに来ていた。
 島添大里にヌルがいなくなるので、ササ(運玉森ヌル)が若ヌルたちを連れて与那原(ゆなばる)から移っていた。お腹に子供がいるササは、戦に行くと言い出さなかったので、サハチは安心した。シンシンとナナを行かせる事にして、ササは玻名(はな)グスクヌルと一緒に若ヌルたちを指導しながら安須森ヌルの屋敷に滞在していた。
 庭園造りに励んでいたキラマ(慶良間)から来た五百人の若者たちも首里グスクに入って、武器や鎧(よろい)が配られて、五つの隊に編成された。総大将のサハチが率いる兵もキラマの若者たちで、第二隊はサグルー(山グスク大親)、第三隊はジルムイ(島添大里之子)、第四隊はシラー(久良波之子)、第五隊はキラマの師範のタク(小渡之子)が大将として率いる事に決まった。マウシ(山田之子)は山グスクで岩登りの訓練を積んだ兵百人を率いていた。
 総副大将は苗代大親(なーしるうふや)で、首里の一番組を率いて出陣し、久高親方(くだかうやかた)が率いる首里三番組、外間親方(ふかまうやかた)が率いる首里五番組、苗代之子(なーしるぬしぃ)(マガーチ)が率いる首里十番組が出陣し、外間親方は小荷駄隊(こにだたい)を担当する事に決まった。
 島添大里三番組を率いる慶良間之子(きらまぬしぃ)(サンダー)と与那原大親(ゆなばるうふや)(マウー)も与那原の兵を率いて出陣する事になった。島添大里と与那原は東方(あがりかた)なので、南部を守る予定だったが、マウーが戦に参加させてくれと哀願して思紹が許したのだった。
 マウーは思紹が久高島(くだかじま)で若者たちを鍛え始めた時の最初の弟子で、キラマの島に行ってからは師範代を務めていた。すべては今回の戦のためだったと言うマウーを行かせないわけにはいかなかった。島添大里のサムレーたちは首里のサムレーたちが明国(みんこく)やヤマトゥに行っている時、首里グスクの警護を担当していた事もあったので、一組の出陣が許された。
 出陣する首里の兵は総勢一千二百人で、八百人はサハチが率いて陸路を行き、四百人は苗代大親が率いて海路で行く事となった。
 金武按司(きんあじ)、伊波按司(いーふぁあじ)、安慶名按司(あぎなーあじ)、勝連按司(かちりんあじ)、越来按司(ぐいくあじ)、中グスク按司、山南王、伊敷グスクにいる羽地と名護の兵、総勢七百五十人が東海岸を進軍する。山南王は水軍だけでなく、波平大主(はんじゃうふぬし)が率いるサムレーたちも参加してくれた。
 恩納按司(うんなあじ)、山田按司、北谷按司(ちゃたんあじ)、浦添按司(うらしいあじ)、サハチが率いる首里の兵、総勢一千百五十人が西海岸を進軍する。
 東海岸の兵と西海岸の兵は名護で合流して、名護の兵を連れて羽地の仲尾泊(なこーどぅまい)に行き、羽地と国頭の兵と合流する。
 水軍はヒューガ(日向大親)が率いる中山王の水軍のほか、山南王の水軍、瀬長按司(しながあじ)の水軍、小禄按司(うるくあじ)の水軍、愛洲(あいす)ジルーと早田(そうだ)ルクルジルーも参加してくれた。水軍の務めは兵糧(ひょうろう)と資材、兵の運搬だけでなく、敵対する山北王の水軍を倒して、親泊(うやどぅまい)(今泊)と運天泊を占領しなければならなかった。
 今帰仁攻めに参加する中山王の兵、三千余りが各地で戦の準備に追われていた。
 翌日の夕方、今帰仁にいたウニタキが首里に来て、龍天閣(りゅうてぃんかく)にいたサハチと思紹に今帰仁の様子を知らせた。
 今帰仁城下の全焼を聞いたサハチと思紹は驚いた。
「サタルーがやったのか」とサハチが聞いた。
「相談された時、あの城下を燃やすのは勿体ないと思ったんだが、戦が始まれば、邪魔な家々は破壊されるのだから、奥間の者たちも仕返しがしたいだろうと思って許したんだ」
「みんな、燃えたのか」と思紹が聞いた。
「サタルーも全部を燃やすつもりはなかったようだけど、強風が出て来て火の勢いを止める事はできず、みんな燃えてしまいました。『まるずや』も『よろずや』も『綿布屋(めんぷや)』もです。『まるずや』と『綿布屋』は撤収の準備をしていたので、大した被害はありませんが、『よろずや』は戦が始まったあとも、必要な資材を供給するために残す予定だったので、その資材は皆、灰になってしまいました」
「店の者たちは無事なんだな?」
「全員、無事です。みんな、羽地に逃げています。『よろずや』のイブキ、ムトゥ、ウミの三人は外曲輪に避難しています」
「なに、イブキたちはまた、グスク内にいるつもりなのか」とサハチは驚いた。
「イブキはもう七十歳に近い。無理をするなと言ったんだが、最後の仕事だと言って聞かなかったんだ。イブキの奥さんは羽地にいる」
「研ぎ師のミヌキチたちは無事なのか」と思紹が聞いた。
「無事です。『まるずや』の者たちと一緒に今帰仁を去りました。今頃は伊波に着いていると思います」
「そうか、よかった。先代のミヌキチもわしらの戦いを見守ってくれるじゃろう」
 奥間の避難民たちが奥間に戻った事を知らせるとよかったと皆で喜んだ。
「国頭の人たちが焼け跡の片付けに加わっているようです」
「そうか。戦が終わったら、みんなで片付けよう」と思紹が言った。
 湧川大主が武装船で逃げたと言ったら、サハチも思紹も唖然とした顔でウニタキを見ていた。
「湧川大主が逃げた‥‥‥」とサハチが信じられないといった顔で言った。
「一体、どうなっているんじゃ。本当に逃げたのか。罠ではないのか」と思紹が言った。
「側室や子供たちを連れて行ったので、本当だと思います。山北王が負けるのを見越して、道連れはごめんだと逃げて行ったのでしょう」
「どこに逃げるつもりなんだ?」とサハチが聞いた。
「ヤマトゥまで行ってくれればいいが、奄美辺りでうろうろされていたら、今後、厄介(やっかい)な事になりそうだ」
鉄炮は積んだままなのか」と思紹が聞いた。
「半分ははずして今帰仁グスクに運ばせましたが、半分は残っています。山北王は全部はずせと命じたようですが、湧川大主は半分だけはずして逃げたのです」
「半分と言うと六つの鉄炮がグスク内にあるという事じゃな?」
 ウニタキは笑いながら首を振った。
「六つの鉄炮は玉と火薬も含めて、いただきました」
「なに、鉄炮を奪い取ったのか」と思紹とサハチが同時に言った。
「山北王が湧川大主を今帰仁に呼んだ時、鉄炮の事だなとピンときて、待ち構えていたのです。湧川大主も油断したと見えて、護衛の兵も付けずに運ばせたので、奪い取るのはわけない事でした。今、仲宗根泊(なかずにどぅまい)の近くの山の中に隠してあります」
「でかしたぞ。敵に鉄炮がないというのは大いに有利になった。六つの鉄炮があれば、ヒューガの船からはずす必要もないな」
鉄炮を奪われた事を山北王に言えなくて、湧川大主は逃げたんじゃないのか」とサハチが言った。
「そうかもしれんな。戦の前の血祭りにされると思ったのかもしれん」
「ハビーも一緒に行ったのか」
「一緒に行った。三星党(みちぶしとう)の者は奄美の島々にもいるから、そのうち、知らせが届くだろう。まだ六つの鉄炮が積んであるから、海賊にでもなって、ヤマトゥに行く交易船を襲撃されたら大変な事になる」
「まずい事になったな」とサハチが言った。
「先の事はあとで考えればいい。今は今帰仁攻めに集中じゃ。敵の鉄炮を奪い取って、湧川大主がいなくなったのは上出来じゃ」と思紹は言って、
「湧川大主が抜けたら、真似して抜け出す兵がいるのではないのか」とウニタキに聞いた。
「奥間の炎上後、サムレー大将の並里大主と仲宗根大主は、城下の人たちに責められて地元に帰ったまま戻って来てはいません。副大将が指揮を執って任務に就いていたようですが、城下が焼け落ちた翌日、二人が率いていた兵たちは姿を消しています。ほかのサムレー大将六人は残っていますが、密かに逃げる兵の数は増えているようです。山北王の叔父で与論按司だった屋我大主も逃げています。今の所、グスクに残って戦う兵は七百人前後ではないかと思われます」
テーラーはそのまま今帰仁にいるんじゃな?」
「います」
「ヂャン師匠(張三豊)の名を出して寝返らせるか。うまい具合に湧川大主が抜けた。湧川大主はヂャン師匠の弟子たちと戦うのを避けて逃げて行ったと話せばいい」
「それで寝返りますかね?」とサハチが言った。
「好きだと言う山北王の側室も助けて、テーラーグスク(平良グスク)の主(あるじ)として按司に任命すると言えば寝返らんかのう。最悪の場合は家族を人質にするしかないな」
「本部にいる家族は見張っています」とウニタキが言った。
 三人は今帰仁グスクの絵図を広げて、最後の確認を行なった。

 

 

 

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