長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-237.奇跡の復活(改訂決定稿)

 『アキシノ様』を助けるために、ササ(運玉森ヌル)がいる島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに向かったタマ(東松田若ヌル)、シンシン(杏杏)、ナナは、サグルー(山グスク大親)たちが志慶真曲輪(しじまくるわ)を攻め落とした四月八日の夜、名護(なぐ)の木地屋(きじやー)の親方、ユシチのお世話になっていた。
 翌朝早くに出発して、日が暮れる前には島添大里グスクに着いた。東曲輪(あがりくるわ)では娘たちの剣術の稽古が始まっていて、鎧姿(よろいすがた)の三人のヌルが馬に乗って駈け込んで来たので、皆が驚いた。ササも若ヌルたちと一緒に娘たちの指導をしていた。
 馬から下りた三人の顔を見て、ただ事ではないと悟ったササは、三人を連れて安須森(あしむい)ヌルの屋敷に入って話を聞いた。
 山北王(さんほくおう)(攀安知)が今帰仁(なきじん)グスクのウタキ(御嶽)にある霊石を斬ってしまうと聞いて、ササは驚いた。刀で石が斬れるのかと信じられなかったが、タマは霊石が真っ二つに割れるのを確かに見たという。
「それはいつ起こるの?」とササはタマに聞いた。
「はっきりとはわからないけど、あと二、三日のうちだと思います」
「あたしたちが出て来る時、外曲輪(ふかくるわ)と志慶真曲輪は攻め取ったのよ。でも、そこからが大変だわ」とナナが言った。
「その霊石は『アキシノ様』の御神体なのね?」
「アキシノ様から聞いたんだけど、厳島(いつくしま)の弥山(みせん)の石らしいわ」
「えっ、あそこから運んだの?」とササは驚いた。
「アキシノ様のお孫さんが運んだみたい」
 ササたちが厳島の弥山に行ったのは四年前だった。弥山でシンシンがアキシノ様の声を聞いたのが、アキシノ様との出会いの始まりだった。南の島(ふぇーぬしま)を探しに行った時には一緒に付いて来てくれて、色々と助けてもらった。『瀬織津姫(せおりつひめ)様』を探しにヤマトゥ(日本)に行った時も一緒に行ってくれた。今後の琉球のためにも、何としてでも、アキシノ様を助けなければならなかった。
「霊石を守るには、山北王が霊石を斬るのを止めなければならないわ」とササは言った。
「今の状況で、山北王に近づくなんて無理よ」とシンシンが言った。
「山北王が霊石を斬るという事は、山北王は負けを認めたという事なのね?」
「そうだと思います」とタマが言った。
「でも、どうして、グスクの守り神である霊石を斬るのかしら?」
「戦に負けたのは神様のせいだと思ったんじゃないの?」とナナが言った。
「役立たずの神様だって、腹を立てたのね。山北王ってそんなに信心深かったの? 以前、母から聞いたけど、山北王は神様なんて信じていなくて、ヌルたちもあまり重要視していないようだって言っていたわ」
「クーイの若ヌルと仲良くなって、変わったのかしら?」とナナが言って首を傾げた。
「クーイの若ヌルはグスクにいるの?」
「お祭りを見に来たあと島に帰らずに、グスクの中にいるわ。戦が始まるまで、シジマ(志慶真ヌル)から剣術を習っていたのよ」
「クーイの若ヌルが剣術を?」
「『志慶真のウトゥタル』のお芝居を観て、強くなりたいって思ったらしいわ。会った事はないけど、シジマが言うには、素直で可愛い娘らしいわ。若ヌルのお祖母(ばあ)さんがマジムン(悪霊)になって取り憑いていたので、マジムン退治をしてやったのよ」
「若ヌルのお祖母さんて、今帰仁の若ヌルだった人でしょ。クーイの若ヌルに敵討(かたきう)ちをさせるために取り憑いたの?」
「多分、そうだと思うわ」
「でも、若ヌルは山北王を殺してはいないわ。殺すつもりなら、いつでも殺せたはずよ」
「そうよね。何をさせようとしていたのかしら?」
「山北王一人だけを殺しても、殺された人たちの恨みは晴れないと思ったんじゃないかしら」とシンシンが言った。
「あたしの父は山賊に殺されて、母はさらわれてしまったわ。あたしは敵を討たなければならないって思って武芸を始めたの。その時のあたしは山賊のお頭一人を倒そうとは思わなかったわ。山賊全員を殺してやるって思っていたのよ。きっと、クーイの若ヌルのお祖母さんも、裏切った者たち全員を殺そうと思ったんじゃないかしら」
「すると、中山王(ちゅうざんおう)に攻めて来てもらおうって考えたのかしら?」とナナが言った。
「そうかもしれないわね」とササが言った。
「お祖母さんが若ヌルに奥間(うくま)を焼けって山北王に言わせたのかもしれないわね。でも、お祖母さんのマジムンはいなくなった。今頃、クーイの若ヌルは記憶を失っているかもしれないわね」
「山北王の事も覚えていないのかしら?」と言ってシンシンが笑った。
「戦が終わったら、クーイの若ヌルをここに連れてきて。会ってみたいわ」
「また弟子にするの?」とシンシンが聞いた。
 ササは笑った。
「会ってみてからよ。ところで、シンシン、さらわれたお母さんが瀬織津姫様の子孫だったのね?」
「えっ?」とシンシンは驚いた。
 瀬織津姫様の曽孫(ひまご)で行方不明になった『吉備津姫(きびつひめ)様』が自分の御先祖様に違いないとは聞いたが、母の事を考えた事はなかった。当時、十歳だったので、母の出自はわからない。でも、没落した名家の娘だと聞いた覚えがあった。母は気品があって美しい人だった。
「メイユー(美玉)さんが来たら、帰る時にそのお船に乗って、シンシンの御先祖様の事を調べに行きましょう」とササは楽しそうに言った。
「ササ、生まれた子供はどうするの?」とナナがササの大きなお腹を見ながら言った。
「勿論、一緒に連れて行くわ」
「大丈夫かしら?」
「父親は水軍大将の息子よ。お船がおうちのようなものよ」
 ササはタマを見ると、「按司様(あじぬめー)(サハチ)は喜名(きなー)に滞在したようだけど、うまく行ったの?」と聞いた。
 タマは恥ずかしそうな顔をして、「それが、よく覚えていないのです」と俯いた。
 ササは笑って、「うまく行ったのね」とタマの肩をたたいて、「あなたも一緒に明国に行きましょう」と言った。
「えっ、あたしも一緒に行けるんですか」
「あなたのお陰でマジムンになったアビー様を退治できたんだから、その御褒美よ」
 タマは嬉しそうな顔をして、シンシンとナナを見た。
 シンシンとナナも笑って、「よかったわね」とうなづいた。
「ところで、アキシノ様はどうやって助けるの?」とナナが話を戻した。
「ここであれこれ言っていても始まらないわ」
「ササ、今帰仁に行くつもりなの?」とシンシンが心配した。
「まだ大丈夫よ」とササは笑ったが、
按司様が絶対にササ姉(ねえ)を連れて来ちゃ駄目だって言いました」とタマが強い口調で言った。
 娘たちの稽古が終わって、玻名(はな)グスクヌルと若ヌルたち、女子(いなぐ)サムレーたちが戻って来た。女子サムレーたちと一緒にマチルギ(中山王世子妃)がいた。
「奥方様(うなぢゃら)、どうしたのですか」とササが驚いて聞いた。
「マナビー(チューマチの妻、攀安知の次女)の事が心配になって、ちょっと見に来たのよ」
「マナビーは大丈夫でした?」
「泣きながら弓矢のお稽古をしているわ」
「そう‥‥‥」
「あんたたち、どうして戻って来たの?」とマチルギはシンシンとナナに聞いた。
 ササがアキシノ様の霊石の事を説明して、タマをマチルギに紹介した。
「以前、会った事があったわね」とマチルギがタマを見たので、
「はい。首里(すい)グスクでお会いしました」とタマは言って頭を下げた。
 マチルギは何もかも知っているわという顔でタマを見つめていたが、何も言わなかった。
「それで、どうするつもりなの?」とマチルギはササに聞いた。
「ササが今帰仁に行くって言うんです」とシンシンがマチルギに言った。
「駄目よ。そんなお腹で馬に乗るのは危険だわ。あなた一人の体じゃないのよ。あなたのお腹の中にいる子はきっと、わたしたちの次の世代の琉球を背負っていくヌルになると思うわ。流産させるわけにはいかないのよ」
 ササはマチルギを見つめてうなづいた。
「奥方様に任せるわ」と言って、ササは首から『瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)』をはずした。
「このガーラダマがアキシノ様を救ってくれると思うわ」
「わたしに瀬織津姫様のガーラダマを持って行けって言うの?」
「それしか方法はないわ」
「でも、わたしにそれが身に付けられるの?」
 シンシン、ナナ、タマは、志慶真の若ヌルの首にガーラダマの紐が食い込んで苦しんでいた姿を思い出した。瀬織津姫様のガーラダマはそれ以上の威力があるに違いない。首に掛けた途端に、マチルギが死んでしまうのではないかと恐れた。
「大丈夫よ。奥方様はアキシノ様の子孫だもの」
 ササはそう言ったが、ササにもどうなるのかわからなかった。
 マチルギはササから大きなガーラダマを受け取ると胸の前に捧げて、『瀬織津姫様、ガーラダマをお貸し下さい』と心の中でお願いした。
『アキシノ様、お守り下さい』と祈りながら、マチルギは恐る恐るガーラダマの紐を頭に通して、首から下げた。
 ササたちは異変が起こったら、すぐに対処しようと構えていたが、何も起こらなかった。
「奥方様、大丈夫?」とササが聞いた。
 マチルギはガーラダマを見つめながらうなづいた。
「ガーラダマを身に付けたのは、首里グスクで『マジムン退治』をした時以来だわ。あの時はあなたのお母さんに言われたままにやっていて、ヌルでもないわたしがこんな事をしていいのかしらって思っていたのよ。今、このガーラダマを身に着けたら、以前、久高島(くだかじま)のフボーヌムイ(フボー御嶽)で見た夢を思い出したわ。夢の中で、わたしはガーラダマを身に付けて戦っていたような気がするわ」
「奥方様の御先祖様はアキシノ様の娘で、武芸が得意だった『勢理客(じっちゃく)ヌル様』なのよ。きっと、夢の中で、勢理客ヌルを継いで『悪者(わるむん)退治』をしていたんだわ」とササが言った。
「ガーラダマは身に着けられたけど、わたしはヌルの修行をしていないから、儀式の事もしきたりとかも何も知らないわ」
「大丈夫です。儀式の細かい決まりとか、しきたりとかは神様の声が聞こえないヌルたちが、それらしく見せるために決められた事なのです。奥方様は神様の声が聞こえるのだから、神様の言う通りにすれば、それでいいのです」
 そう言われて自信を持ったマチルギだったが、兄の勝連按司(かちりんあじ)が戦死したと聞いて、信じられないと言って悲しんだ。サムの娘の勝連若ヌルは、そんなの嘘よと言って大声で泣いた。ササは勝連按司と越来按司(ぐいくあじ)を弔うためにお酒を用意して、みんなでお酒を飲みながら二人を偲んだ。
 翌朝、マチルギはササのために用意してあった白い鎧を身に着けて、シンシン、ナナ、タマと一緒に今帰仁に向かった。父親を失った勝連若ヌルも勝連グスクに帰るために従った。

 


 その日の朝、『抜け穴』を利用して三の曲輪を攻め落としたサハチ(中山王世子、尚巴志)は、二の曲輪と中曲輪からの敵の弓矢に気を付けながら、戦死した兵たちの遺体と負傷兵たちを回収した。敵兵の遺体は抜け穴のガマ(洞窟)の中に埋葬して、負傷兵は敵も味方も奥間大親(うくまうふや)のもとへと送った。味方の戦死者が三十八人、敵の戦死者は百五十人もいた。
 サハチは兵を二つに分けて、三の曲輪と外曲輪を守らせた。中御門(なかうじょう)がまだ敵の手の中にあるので、三の曲輪から外曲輪への移動は石垣に立てかけた梯子(はしご)を頼るしかなく、負傷者の移動も大変だった。
 負傷者の移動をしている最中、リュウイン(劉瑛)の六人の弟子たちが外曲輪に攻めて来て、暴れ回ったあげくに全員が壮絶な討ち死にをした。味方の被害も大きく、羽地(はにじ)のサムレー大将の饒平名大主(ゆぴなうふぬし)と名護のサムレー大将の安和大主(あーうふぬし)が戦死した。
 三の曲輪内を片付け終わった午後、総攻撃を開始した。本陣はそのままで、サハチは外曲輪の物見櫓(ものみやぐら)から指揮を執った。三の曲輪の右側に物見櫓があって、そこは指揮を執るのに最適だったが、中曲輪からの攻撃が激しく、近づく事はできなかった。
 三の曲輪の石垣と、三の曲輪と中曲輪を仕切っている石垣はつながっているので、石垣の上から攻め寄せて、石垣の上にいる敵兵を倒して中曲輪に潜入した。中御門の上にある櫓は火矢を撃って焼き払い、中御門を中から開けて、外曲輪の兵たちが攻め込んだ。中曲輪の敵兵は坂道を登って二の曲輪へと逃げて行った。
 中曲輪を手に入れた事で、外曲輪と三の曲輪の移動が楽になった。中曲輪にある客殿は鉄炮(てっぽう)(大砲)で破壊されて惨めな姿になっていた。客殿にいた侍女と城女(ぐすくんちゅ)を保護して、負傷兵たちは奥間大親のもとに送った。二の曲輪のすぐ下にある客殿には重臣たちの家族が避難しているというが、二の曲輪からの攻撃が激しく、近づく事はできなかった。
 翌日の十一日、抜け穴のために運んだ鉄炮の玉が余っていたので、鉄炮攻撃から二の曲輪攻めが始まった。サハチは本陣を三の曲輪の物見櫓の下に移して、物見櫓の上から指揮を執った。ここからだとグスク全体が見渡せたが、やはり、高い石垣に邪魔されて、二の曲輪の中までは見えなかった。
 敵も必死になって反撃してくるので、二の曲輪の石垣に取り付く事もできず、一時(いっとき)(二時間)ほどで攻撃を中断した。

 


 御内原(うーちばる)で指揮を執っていた攀安知(はんあんち)(山北王)は、戦が中断されると、マナビダル(クーイの若ヌル)が心配になって一の曲輪の御殿(うどぅん)に行った。鉄炮に撃たれて見る影もなくボロボロになった御殿の二階に上がると、天井から太い柱が落ちていて、マナビダルはその下敷きになっていた。
 攀安知はマナビダルの名を叫びながら、マナビダルに近づいた。頭から顔まで血だらけになったマナビダルに息はなかった。
 攀安知は大声でわけのわからない事を叫んで、子供のように大声で泣いた。
「どうして、お前が死ななくてはならないんだ‥‥‥」
 太い柱を何とかしてどけて、マナビダルを抱きしめながら攀安知は泣き続けた。
「お前の敵(かたき)は必ず討つ」と言って立ち上がると、攀安知はフラフラした足取りで御内原に戻った。
 ウタキの前で勢理客ヌルがお祈りを捧げていた。マナビダルが勢理客ヌルに怒られていたのを思い出した攀安知は、勢理客ヌルがマナビダルの死を願っていたに違いないと思った。攀安知は刀を抜くと叔母の勢理客ヌルを斬り捨てた。首から背中へと斬られた勢理客ヌルは、悲鳴を上げる事もなく血を噴き出しながら倒れた。
 それを見ていたテーラー(瀬底大主)が、「ハーン、気でも違ったか」と走って来た。
「うるさい!」と言って、攀安知テーラーに斬り掛かった。
 攀安知の目付きは異様だった。正気とは思えなかった。止めようと思っても止められない。仕方なく、テーラーも刀を抜いて相手をした。
 斬り合いを始めた攀安知テーラーを、兵たちは敵に対する見張りも忘れて、あっけにとられた顔で見ていた。
 攀安知は本気になって斬り掛かってくる。テーラー攀安知を斬るわけにはいかないと防戦するしかなかった。左腕を斬られたテーラーがつまづいて倒れた。
 攀安知は倒れたテーラーを放っておいて、ウタキに近づいて行った。ウタキの前に倒れている勢理客ヌルを蹴飛ばしてどかすと、霊石の前に仁王立ちした。
「マナビダルを見殺しにしたお前は守護神ではない!」
 そう叫ぶと攀安知は刀を振り上げて、気合いと共に霊石を目掛けて打ち下ろした。
 地が割れるような大きな音が響き渡って、霊石が真っ二つに割れた。
 攀安知は刀を振り上げて奇声を上げた。
 霊石を斬った攀安知を見ていた兵たちは呆然としていた。
 テーラーも斬られた腕を押さえながら、呆然と立ち尽くしていた。目の前で起こった事を信じる事はできなかった。夢でも見ているに違いないと思いたかった。
 空が急に暗くなって大雨が降って来た。
 稲光と共に大きな雷鳴が鳴り響いた。
 攀安知が振り上げていた刀に雷が落ちた。刀が光って、攀安知の体が弾き飛ばされたように飛んだ。テーラーの足下に攀安知が落ちてきた。攀安知の目は飛び出し、口から泡を吹いていた。
 騒ぎを聞いて駈け込んで来た兼次大主(かにしうふぬし)は、刀を持って立ち尽くしているテーラーとその足下に倒れている攀安知を見て、テーラー攀安知を斬り殺したと勘違いした。
「この裏切り者め!」と兼次大主は刀を抜いてテーラーに斬り掛かった。
 大雨の降る中、テーラーと兼次大主の斬り合いが始まった。
「俺は裏切ってなどいない」とテーラーが言っても、兼次大主は聞かなかった。
「黙れ! 王様(うしゅがなしめー)を殺して、敵を誘導したに違いない」
「違う。王様は雷に打たれたんだ」
 誰かが、「敵だ!」と叫んだ。
 テーラーがその声に振り向いた所を兼次大主の刀がテーラーの首を斬り裂いた。
 テーラーは首から血を噴き出しながら倒れた。
 マウシ(山田之子)が率いる山グスクの兵が次々に石垣から侵入して来た。
 雨が勢いよく降る中、乱戦となって、兼次大主はマウシに斬られた。山グスクの兵によって、中曲輪側の御門(うじょう)も志慶真曲輪側の御門も開けられ、中山王の兵が二の曲輪になだれ込んだ。

 


 マチルギたちが今帰仁に着いたのは、攀安知が亡くなったマナビダルを抱いて泣いている頃だった。『アキシノ様』の無事を確かめるためにサハチに会う事もなく、マチルギたちはクボーヌムイ(クボー御嶽)に向かった。
 クボーヌムイのウタキに志慶真ヌル(ミナ)がいて、マチルギが来たので驚いた。
「ササの代わりに来たのよ」と言ってマチルギは笑った。
「アキシノ様の事ですね」と志慶真ヌルは言って、「まだ、何事も起きてはいません」と言った。
 志慶真ヌルはシンシン、ナナ、タマを見て、
「クーイの若ヌルが亡くなってしまったようだわ」と言った。
「えっ!」と三人は驚いた。
「どうして亡くなったのですか」とタマが聞いた。
「わからないわ。グスクの中は予想以上に悲惨な状況になっているのかもしれないわね。ついさっき、クーイの若ヌルの声が聞こえたの。『お師匠、ありがとう』って言ったわ。マジムンを払ってあげたのに、残念な事になってしまったわ」
「ササが会いたいって言っていたのに‥‥‥」とナナが言った。
 マチルギはお祈りをして、アキシノ様に挨拶をした。
「マチルギは来ないと思っていたけど、やっぱり来たのね」とアキシノは笑ってから、
「『瀬織津姫様のガーラダマ』を身に着けているの?」と驚いた。
「アキシノ様を守るために、ササから借りてきました」
「そのガーラダマは凄い力を持っているわ。それがあれば何が起こっても安心だわね。それにしても、鎧を着てガーラダマを下げた姿は娘の勢理客ヌルにそっくりよ」
「勢理客ヌル様のウタキは勢理客村にあるのですか」
「あるわ。今の勢理客ヌルはわたしの娘の声は聞こえないけど、あなたなら聞こえるはずよ。帰りに会っていけばいいわ」
 マチルギが返事をしようとしたら、アキシノの悲鳴が聞こえて、その後、アキシノの声が聞こえなくなった。
「霊石が斬られたんだわ」とタマが叫んだ。
 急に大雨が降って来て、大きな雷の音が鳴り響いた。
 クボーヌムイから出たマチルギたちは大雨の降る中、志慶真村に走った。
 志慶真ヌルの屋敷に行って、「アキシノ様を助けるのよ」とマチルギはヌルたちに叫んだ。
 マチルギがいる事にヌルたちは驚いた。
「まさか、お姉さんが来るなんて思わなかったわ」と安須森ヌル(先代佐敷ヌル)が言った。
「お母さんがどうして来たの?」とサスカサ(島添大里ヌル)が聞いた。
「やっぱり来たのね」と姉の伊波(いーふぁ)ヌル(マチルギの姉)が言った。
「説明はあとよ。アキシノ様が大変なの」
「もしかして、今の雷の音?」と安須森ヌルが聞いて、
「そうだと思うわ」とマチルギはうなづいた。
 武芸の心得のあるヌルたちがマチルギに従って志慶真曲輪に向かい、他のヌルたちはアキシノ様の無事を祈るためにクボーヌムイに向かった。シンシン、ナナ、タマ、志慶真ヌルと安須森ヌル、サスカサ、フカマヌル、久高ヌル(前小渡ヌル)、奥間ヌル、浦添(うらしい)ヌル(カナ)、越来(ぐいく)ヌル(ハマ)が刀を持ってマチルギに従った。
 雨が勢いよく降る中、マチルギがヌルたちを従えて志慶真曲輪に来たので、志慶真御門(しじまうじょう)の櫓にいたサグルーとジルムイが母の姿を見て驚いた。
「攻め上るわよ」とマチルギは御門を見上げて二人の息子に言った。
 御門を抜けて志慶真曲輪に入ると、マチルギたちは二の曲輪へと続く坂道に進んだ。
「母さん、危険だ!」と櫓から下りて来たジルムイが叫んだ。
 マチルギは早く来なさいというように手で合図をして、ヌルたちを従えて二の曲輪に向かった。
「戦闘開始だ!」とサグルーが叫んで、兵たちを引き連れて母のあとを追った。
 法螺貝が鳴り響いた。
 マチルギたちは飛んで来る敵の弓矢を刀で弾き飛ばしながら進んで行き、二の曲輪の御門まで来た。
 石垣の上をジルムイが兵を率いて進み、敵兵を弓矢で倒していた。
 体当たりして御門を壊そうとしたら、中から御門が開いて、味方の兵が顔を出した。
 マチルギたちは二の曲輪内に入った。二の曲輪内では乱戦が始まっていた。マウシが率いている山グスクの兵たちだった。サグルーとジルムイの兵も二の曲輪内になだれ込んだ。
 マチルギたちは敵兵を倒しながら、御内原のウタキを目指した。御内原の屋敷の先にウタキはあった。
 霊石は真っ二つに割れていた。ウタキの前に倒れている勢理客ヌルの遺体をシンシンとナナがどけた。
 マチルギが割れた霊石の前でお祈りを始めた。誰だかわからないが神様の声が聞こえた。
 マチルギは神様の言われた通りに祝詞(ぬるとぅ)を唱えて、マチルギの後ろにいる志慶真ヌル、シンシン、ナナ、タマの四人がマチルギが言った祝詞を復唱した。安須森ヌル、サスカサ、フカマヌル、久高ヌル、奥間ヌル、浦添ヌル、越来ヌルは刀を構えて、マチルギたちを守っていた。
 稲光が光った。
 雷が霊石に落ちて、霊石が光に包まれたように見えた。
 大きな地震が起きて地が揺れた。
 物凄い音がしたかと思うと、割れていた霊石がピタリと合わさってくっついた。
 黒い雲が流れて行った。
 雨がやんで、日が差してきた。
 霊石に背中を向けていたヌルたちが、振り返って霊石を見て驚いた。
「アキシノ様は無事なのね?」と安須森ヌルが言った。
「マチルギ、ありがとう」というアキシノの声が聞こえた。
「御無事だったのですね。よかった」とマチルギは言って、目を開けて霊石を見た。
 真っ二つに割れていた霊石がくっついていた。奇跡が起こったようだった。
 目を閉じてお祈りをしていたのでわからないが、ガーラダマが光っていたような気がしていた。
 マチルギは『瀬織津姫様のガーラダマ』を両掌(りょうてのひら)に載せて、瀬織津姫様にお礼を言った。

 

 

 

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