長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

18.富山浦(改訂決定稿)

 サハチ(佐敷若按司)はヒューガ(三好日向)と一緒に高麗(こうらい)の国(朝鮮半島)に来ていた。
 それは突然の出来事だった。サイムンタルー(左衛門太郎)の船に乗せられて、言葉の通じない異国に来たのだった。
 イトと出会ってから、サハチは毎日のようにイトと会っていた。
 無人島での若者たちの集まりは月に三回、八の付く日に行なわれた。サハチがイトと出会ったのは六月の五日で、例外的な集まりだった。
 六月八日の集まりには、男女とも十八人づつが参加して、賑やかな集まりとなった。お互いに指名し合った場合は二人で楽しく過ごし、一人に対して複数の指名者がいた場合は、指名した者と指名された者が一緒に話をして、その中から一人を選ぶという。
 琉球から来たサハチは珍しがられて、イトも含めて五人の指名者がいた。そして、イトを指名したのもサハチだけでなく、他に三人の男がいた。
 九人が輪になって話し合いが始まった。自己紹介をしたあと、サハチは娘たちに質問攻めにあい、琉球の事を話していた。イトも男たちから色々と聞かれていた。
 話を聞いていると、イトがこの集まりに参加するのは初めてだという。今まで何人もの男がイトを指名したが、イトが現れた事はなかった。イトはまとめ役として、娘たちの世話を焼いているのに、自分が参加する事はなく、色々な噂が流れていたらしい。親が決めた相手がいるに違いないとか、悪い病に罹っているのかもしれないとか、おっぱいはあるけど本当は男かもしれないとか、振られた男たちはいい加減な事を言っていたようだ。
「今回、出て来たのは琉球の男が珍しいからなのか」と男の一人か聞くと、イトはサハチを見て、「それだけじゃないわね」と言った。
「それだけじゃないって、他に何があるんだ?」
「あたし、会った事はなかったけど、サハチさんの事はずっと前から知っていたの」
「何だって?」と男たちが驚くと、「あたしもよ」と言った娘がいた。
 ミヤという名の小柄な娘だった。
「イトちゃんの父さんも、うちの父さんも一緒に琉球に行っているの。サハチさんの事はあたしも聞いていたわ」
「話を聞いていたから会いたくなったってわけか」と男たちは笑った。
「あたしね」とイトが言った。
「小さい頃から父さんの話を聞いて、ずっとサハチさんの事を想像していたの。そして、いつか必ず会えると思っていたのよ」
「お前、会った事もないこいつの事を思って、今まで出て来なかったのか」
 イトはうなずいた。
「あたしが思っていた通りの人だったわ」
「そうだったの?」と娘たちも驚いていた。
「イトちゃんには負けたわ」とミヤが言った。
 話し合いは終わって、イトはサハチを選び、サハチはイトを選んだ。サハチはイトに手を引かれてその場を離れた。二人で話をしながら、この前の岩場に行くとシンゴたちが海に潜っていた。サハチとイトも着物を脱ぎ捨てると海に飛び込んだ。
 日暮れ間近になって帰ろうとした時、サハチは先程の三人に囲まれて、その中の一人、ゲンジ(源次)と呼ばれている男に決闘を挑まれた。この島に来る時、武器の持ち込みは禁止なので、お互いに刀は持っていない。素手でやるのかと思っていると、男たちは小舟の中に隠していた木剣を持って来て、一本をサハチに渡した。
「やめなさいよ」とイトや他の娘たちが止めた。
 三人は引き下がらなかった。
 この三人はヒューガの所で修行はしていない。ヒューガの他にも武芸者がいて、そこで修行しているのかもしれなかった。
 サハチはゲンジと決闘をした。
 構えただけで相手の強さはわかった。サハチは打ち込んで来るゲンジの木剣を右足を引いてよけ、ゲンジの木剣の柄(つか)近くを打った。ゲンジは両手をしびらせて木剣を落とした。
 十日後の次の無人島の集まりは何事も起こらなかったが、二十日後の集まりに、またその三人は現れて、サハチに決闘を挑んで来た。その時もサハチは勝って、これでもう諦めるだろうと思っていたが、そうはならなかった
 七月の三日、武術の稽古が終わってヒューガの家に帰り、水を浴びて汗を流し、さて、イトに会いに行こうとした時、何者かに弓矢で狙われた。うまくよけたので無事だったが、家の壁に刺さった矢には文(ふみ)が結び付けてあった。
 開いてみるとひらがなで、五日の正午に無人島に一人で来いと書いてあった。その事はヒューガにもイトにも言わずに、サハチは一人で悩んでいた。あの三人は自分を殺すつもりなのかもしれないと思った。
 イトから聞いた話だと、あの三人は皆、サンルーザ(早田三郎左衛門)の家臣の倅で、三人の父親は今、サンルーザと一緒に明国に出掛けている。父親がこの島にいる時はおとなしくしているが、いなくなると悪さばかりしているらしい。腕自慢の暴れ者だけど、あなたには勝てなかったから、あなたがいるうちはおとなしくしているだろうと笑っていた。しかし、おとなしくはしていないようだった。
 木剣で相手をしているうちはいいが、真剣を持ち出してきたら怪我人が出る。怪我をして海に出られなくなり、一生恨まれる事になったら厄介(やっかい)だった。できれば決闘は避けたかった。
 決闘の当日になり、サハチは無人島には行かないようにしようと決めていた。いつものように、ヒューガと一緒に村はずれの広場に行こうとしたら、サイムンタルーがやって来て、すぐに出掛けるから支度をしろと言われた。
 何が何だかわからず、荷物をまとめて船に乗り込むと、これから高麗の国に行くと言われた。乗った船は中型の帆船だった。サイムンタルーの他にも三十人近くが乗り込んでいたが、特に武装はしていない。倭寇(わこう)として高麗を襲撃しに行くのではないようだった。
「どうして、突然、高麗に行くのですか」とサハチは船が港から離れるとサイムンタルーに聞いた。
「突然というわけではない」とサイムンタルーは答えた。
琉球から持って来た物を高麗で取り引きをするんだよ。お前を連れて行く予定はなかったんだが、お前の身に危険が迫って来たので連れ出したというわけだ」
「決闘の事を知っていたのですか」
「お前とイトが仲良くなっちまったからな。イトを狙っていた男は多いんだよ。今まで、誰にも見向きもしなかったイトが、突然、やって来たお前に取られちまった。男たちにしたら頭に来るだろう。特にあの悪ガキ三人はな。それとなく、奴らを見張らせていたんだ。お前にもしもの事があったら、俺は親父に殺されちまうよ」
「すみません」とサハチは謝った。
「しかし、イトには怒られそうだな」とサイムンタルーは笑った。
 もう、イトには会えないのだろうか‥‥‥
 だんだんと遠くなっていく土寄浦(つちよりうら)を眺めながらサハチはイトの事を思っていた。
 夕方には高麗の富山浦(プサンポ)(釜山)に着いていた。壱岐島(いきのしま)に行くより高麗の方が近いという。漁師たちは高麗の近くまで来て魚を捕って、高麗の浦々で、その魚を米や野菜と交換してから帰るのだという。高麗の南岸には、対馬の水軍が拠点としている場所が何か所かあって、富山浦もその一つだった。
 富山浦にはサイムンタルーの叔父と兄が住んでいた。二人とも妻は高麗人で、その妻は、二人とも見とれてしまうほど綺麗な人だった。兄の次郎左衛門はサンルーザと一緒に明国に行っていて留守だった。叔父の五郎左衛門は『津島屋』という店を持った商人で、立派な屋敷に住んでいた。
 サハチたちは『津島屋』にお世話になる事になった。『津島屋』には船乗りたちが休む離れもあったが、サハチとヒューガには屋敷内の客間が用意された。
 その晩、サハチとヒューガは主人の五郎左衛門、サイムンタルーと一緒に酒を飲んで、高麗の話を聞いた。
 サハチの祖父、サミガー大主(うふぬし)の作業場には高麗の人たちも働いていたが、サハチは高麗に興味を持った事はなく、高麗の事は何も知らなかった。まさか、自分が高麗に来るなんて思ってもいなかった。五郎左衛門の話だと高麗という国はもう五百年近くも続いている古い国だという。
「高麗の国は腐りきっている」と五郎左衛門は苦々しそうに言った。
「役人どもは自分の事しか考えていない。貧しい民から搾(しぼ)り取る事しか考えていないんじゃ。わしはここに来て十五年以上になるが、年々、わしらに味方する民が増えている。わしらが役人の蔵を襲撃すると、それを喜んで見ている。すでに、わしらの仲間に入っている者たちも多いんじゃよ」
「好んで捕虜になろうとする者までいるんだ」とサイムンタルーが付け加えた。
「五郎左衛門殿は、ここで商売をなさっているのか」とヒューガが聞いた。
 五郎左衛門はうなづいた。
琉球で交易した物を高麗の商人と取り引きをするために店を構えたんじゃよ。穀物や布類は蔵を襲撃すれば手に入るが、高価な物はこちらの商人を通さないと手に入らないんじゃ。高麗の国は今、元(げん)の国と結んでいて、明(みん)の国との交易はしていない。それでもやはり明の陶器は欲しいらしい。かなり高価で売れるんだ」
「元の国は明の国に滅ぼされたのではないのか」
「滅ぼされてはいない。北に追いやられただけで、まだ勢力を持っている」
「それは知らなかった。すると、明はまだ元と戦っているんじゃな?」
「明の国はまだ安定してはいないんじゃ。北にいる元に手を焼いていて、海岸を攻める倭寇までは手が回らんのじゃよ。それで、明が元を完全に滅ぼして国をまとめる前に、いただける物をいただきに出掛けているというわけじゃ」
「ここにいるだけで、そういう情報が手に入るのか」
「まさか?」と五郎左衛門は首を振った。
「この国の都は北の方にある開京(ケギョン)(開城市)という所じゃ。そこに仲間がいて、様々な情報を持って来てくれるんじゃよ」
「成程。しかし、高麗はどうして、明と結ばないで元と結んでいるんじゃろう」
 ヒューガは色々と質問しているが、サハチはただ聞いているだけだった。質問するほどの知識はなかった。
「高麗の国は長い間、元の属国だったんじゃよ。初めの頃は抵抗していたんじゃが、元の兵力には勝てずに降伏したんじゃ。王様の妃(きさき)は元の国から送り込まれて来て、王子たちは人質として元の国に送られて向こうで育つんじゃ。向こうで育った王子が王様となって、当然、重臣たちの多くも元の人たちじゃ。明の国ができる前、元では各地に反乱軍が現れて混乱状態に陥った。その時、高麗も元とつながりのある重臣たちを追放した。元と手を切ることに成功して、新しく建国された明と手を結んだんじゃよ。しかし、百年もの間、元に支配されていたので、元とつながりを持っている者たちをすべてを排除する事はできず、王様はそいつらに殺されてしまったんじゃ。未だに、そいつらが幅を利かせていて、明国との交易はできんのじゃ。ただ、二年前の事だが、高麗は明国に大量の馬を献上している。もしかしたら、宮廷内の親元派の力が弱まって来ているのかもしれん」
「高麗も馬を献上したのですか。琉球も明国に馬を献上しています」とサハチは言った。
「ほう、そうじゃったのか。明国は馬が足らないのかのう。その馬なんだが、済州島(チェジュとう)の馬なんじゃよ。済州島は昔、『耽羅(たんら)』という独立した国だったんじゃが、高麗に服属して済州という名に変えられてしまった。それでも、未だに王様はいるらしい。高麗が元に攻められて降伏した時、降伏をいさぎよしとしなかった連中が、元と戦って最後に追い詰められたのが済州島じゃった。元はそいつらを倒すと済州島を奪い取って、馬を育てる牧場にしたんじゃ。何年かして、高麗に返されたが、牧場はそのまま続けられた。済州島には古くからいる耽羅の人々と、高麗から来た役人たちと、元から来て馬の飼育をする人たちが住むようになって、度々、対立していた。そこに倭寇も加わるんじゃよ。倭寇は海の民である耽羅の味方じゃ。耽羅の人たちと一緒に高麗を襲ったんじゃ。十年ほど前、済州島で大規模な反乱が起こった。詳しい事はわからんが、高麗の役人どもが殺されたんじゃろう。そこで高麗は三百隻の船と二万人余りの兵で済州島を攻めた。元と高麗の連合軍に攻められた対馬と同じように、酷い目に遭ったんじゃろう。それから五年後、済州島の者たちは復讐のために高麗を襲撃した。五百隻の船じゃったというから相当な兵力じゃろう。その船には大量の馬も乗っていて、奴らは得意の騎馬戦で高麗を荒らし回った。五百隻の船は高麗が開発した火砲によって、すべて焼かれてしまったが、奴らは高麗兵を倒して内陸の奥まで攻め込んだんじゃ。奴らの首領は白馬にまたがった若者だったらしい。一月余り、向かう所敵なしといった有様で暴れ回っていたが、ついに、高麗の武将、『李成桂(イソンゲ)』にやられてしまう。李成桂はその戦で大いに名を上げたんじゃ。首領の若者は、元の皇帝の息子だったという噂もある。宮廷を押さえている親元派にとって、元の王子を殺したのは都合が悪いので、倭寇の仕業という事になってしまったようじゃ。首領を失った済州島の者たちは、李成桂の兵に皆殺しにされて、何という川だか知らんが、何日経っても血で真っ赤に染まったままじゃったという。済州島には反乱を企てる者もいなくなり、高麗は済州島から馬をかき集めて明国に送ったというわけじゃ」
「その時、済州島の者たちの中に、倭寇はいなかったのか」とヒューガが聞いた。
対馬の者はいなかったと思うが、五島の松浦党(まつらとう)の者が加わっていたらしい。対馬と違って、五島から高麗に行くには遠すぎる。済州島に拠点を置いているんじゃよ。奴らに賛同して行動を共にしたんじゃろう」
 サハチはヒューガに見せてもらった絵地図を思い出していた。済州島は高麗の下に描いてあった島で、父がアワビ捕りをした島だった。もしかしたら、父の知り合いも高麗を攻めて、殺されてしまったのかもしれないと思った。
 客間に戻るとサハチはヒューガに謝った。
「俺のために、サワさんと急に別れる事になってしまって‥‥‥」
「まったくだ」とヒューガは怒った顔を見せたが笑って、「あれで良かったのかもしれん」と言った。
「いつかは別れなければならんのじゃ。悔いは残るが、突然だった方がよかったのかもしれん。それより、お前の方はどうなんじゃ。マチルギ(伊波按司の次女)はもう忘れたのか」
 痛い所を突かれて、サハチは俯いた。
「マチルギの事を思うと、イトとの関係はうまくないと思うんですけど、イトの事も好きなんです」
「まったく、お前は気が多い奴じゃのう」
「だって、イトは会った事もない俺の事をずっと思っていてくれたんですよ。そんなイトを放ってはおけません」
「もてる男はつらいのう。まあ、早いうちに別れてよかったんじゃ」
「でも、あの三人、俺がいなくなったら、イトの事を無理やりに‥‥‥」
「そんな事はあるまい。そんな事をしたら村八分にされるじゃろう」
「大丈夫ですよね」
 サハチはイトの無事を祈りながら眠りについた。
 ヒューガは五郎左衛門から若い者たちに武術を教えてくれと頼まれ、サハチは手伝う事になった。
 この村は琉球の浮島(那覇)にある若狭町(わかさまち)と同じように、ヤマトゥンチュ(日本人)の村だった。村の奥の方に八幡神社があって、そこに向かう道の両側に家々が建ち並んでいた。海辺の方に地元のウミンチュ(漁師)たちが住んでいる家が何軒かあった。
 武術の稽古は神社の隣りにある空き地で行なわれ、二十人近くの若者が集まって来た。やがて、彼らも倭寇として明の国へ出陣するため、皆、真剣に稽古に励んでいた。
 五郎左衛門の長男のジョータ(丈太郎)も稽古に来ていて、サハチはジョータから、この辺りの事を聞いた。ジョータはこの村で生まれ、この村で育ち、母親が高麗人なので、高麗の言葉もしゃべる事ができた。ジョータはサハチより一つ年上だった。稽古の時以外は父親の手伝いをしているので、一緒に遊ぶ事はなく、他の者たちも稽古が終わると、家の手伝いがあると言って、さっさと帰ってしまう。シンゴたちのような暇人はここにはいなかった。遊び仲間がいた対馬が懐かしかった。
 ここに来てから五日後、取り引きが無事に終わったと言って、サイムンタルーは対馬に帰って行った。何となく、取り残されてしまったような気がして心細かった。まだ七月の初めで、琉球に帰るまで五か月もある。この村で、どうやって五か月を過ごしたらいいのか、先が思いやられた。
 それから三日後だった。サイムンタルーがまたやって来て、新しい隠れ家が見つかったと言った。
「あの時はとっさの事で、ここに連れて来てしまったんだが、言葉も通じない異国では大変だろうと思い直して、対馬の別の場所に連れて行く事にする」とサイムンタルーはサハチに言った。
 言葉が通じないだけでなく、『津島屋』の客間に滞在するのは、何かと気を遣わなければならないので気疲れした。対馬に戻れるなら、土寄浦でなくても、ここよりはいいだろうと思った。
 サハチとヒューガは次の日、サイムンタルーの船に乗って対馬に戻り、浅海(あそう)湾の奥の方にある『和田浦』という所に連れて行かれた。
 浅海湾の中は、まるで迷路のように入り組んでいた。あちこちから山々が湾内にせり出し、島もいくつもあって、言葉では言い表せないほどに複雑だった。奥の方まで来てしまうと、外海に出るのも一苦労するだろうと思った。和田浦は深い入り江の入り口にあり、土寄浦と同じように、狭い土地にびっしりと家が建ち並んでいた。
 和田浦には五郎左衛門の弟、兵衛左衛門(ひょうえざえもん)とサイムンタルーの弟、左衛門次郎が住んでいるのだが、二人ともサンルーザと一緒に明国に出陣していて留守だった。
 奥まった所にある兵衛左衛門の屋敷を訪ねて、奥さんに挨拶をしたあと、サイムンタルーは海辺の方に戻って、同じような家が建ち並んでいる一画の一軒の家に案内した。父親が戦死して、残された奥さんと子供は実家に帰ってしまい、空き家になったのだという。見たところ、土寄浦の空き屋よりも広そうだった。
 琉球に帰るまで、ここでヒューガから読み書きを習って、兵書を読んで戦の勉強をしようとサハチは決心した。ところが、家の中に入った途端、その決心はどこかに飛んで行ってしまった。
 家の中にサワと子供たち、そして、イトがいて、家の中の掃除をしていたのだった。
「お帰りなさい」とイトはサハチを見ながら笑った。
 思いがけない再会に、サハチはイトを見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。
「また、お世話になります」とサワはヒューガに頭を下げた。
「何を言う。お世話になるのはこっちの方じゃ」とヒューガは嬉しそうな顔をして言った。
「会いたかった」とサハチはイトを見つめたまま、思わず言っていた。
「サワはともかく、イトは無理だろうと思っていたんだが、親父さんが許してくれたよ」とサイムンタルーは言って、サハチの肩をたたいた。
「ありがとう」とヒューガはお礼を言った。
 サハチもサイムンタルーにお礼を言った。
 和田浦で、ヒューガとサワと子供たち、サハチとイトの新しい暮らしが始まった。
 ヒューガとサハチは、ここでも若い者たちに武術指導をした。
 サハチは自分の剣術修行も怠らず、ヒューガから読み書きも習った。サハチが読み書きを習う時は、サワとイトも加わった。二人ともひらがなは書けるが、漢字は書けないし読めないので、サハチと大して変わらなかった。二人が一緒なので、サハチも負けずと頑張った。