長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

67.望月ヌル(改訂決定稿)

 正月の下旬、シンゴ(早田新五郎)とクルシ(黒瀬)の船が二隻、馬天浜(ばてぃんはま)に着いた。サハチ(島添大里按司)の弟のマタルーと苗代大親(なーしるうふや)の長男のマガーチが、無事にヤマトゥ旅を終えて帰って来た。
 去年の四月、二人はキラマ(慶良間)の島に寄ってから、ヤマトゥ(日本)へと向かった。マタルーを一人で行かせるわけにはいかないので、腕の立つ者で、誰かいないかと捜していたら、マガーチが行くと言ってくれた。マガーチが子供の頃、隣りの屋敷にヒューガ(三好日向)が住んでいたので、ヤマトゥ言葉もしゃべれるし、勿論、腕も立つ。マタルーの連れには持って来いだった。
 二人は見るからに成長して帰って来た。
 二人ともヤマトゥに行って、本当によかったと目を輝かせて言った。博多は思っていたよりもずっと大きな都で、とても賑やかだった。博多の港には、あちこちから来た船がいくつも泊まっていて、明国(みんこく)(中国)から来た船もあったという。
 対馬(つしま)は凄い所だった。冬は寒くて、初めて雪を見て感動したと二人は笑った。そして、サハチの娘のユキがお嫁に行ったと教えてくれた。二人が対馬にいた九月に婚礼があって、花嫁のユキは眩しいほどに綺麗だった。花婿はサイムンタルー(早田左衛門太郎)の次男のルクルジルー(六郎次郎)だという。
「ユキがサイムンタルー殿の息子に嫁いだのか‥‥‥」
 サハチは驚いて、二人の顔を交互に見ていた。
 ユキはもう、お嫁に行く年頃になったのか‥‥‥まだ、一度も会っていなかった。今すぐにでも、あの船に乗って、会いに行きたい心境だった。
「次男と言っても、長男は亡くなっているので嫡男(ちゃくなん)ですよ」とマガーチが言った。
「長男が亡くなった?」
「朝鮮(チョソン)で病死してしまったそうです」
「そうだったのか‥‥‥それじゃあ、ユキはサイムンタルー殿の跡継ぎに嫁いだのか。そうか‥‥‥サイムンタルー殿の息子なら安心だな」
「ルクルジルー殿は浅海(あそう)湾の奥の方にある『船越』という所に住んでいて、花嫁は母親と一緒にそちらに移りました」とマタルーが言った。
「船越?」
「サイムンタルー殿の拠点が船越にもあるのです」
「そうなのか‥‥‥船越というのは和田浦の近くか」
「ええ、そうです。和田浦の少し北の方です。浅海湾は本当に凄い所です。まるで、迷路のようになっていて、よく迷子にならないものだと感心しました」
「まさしくな。凄い所だよ。今晩、ゆっくりと土産(みやげ)話を聞かせてくれ」
 サハチはシンゴに会うと鉄の事を話して、奥間(うくま)に持って行くように頼んだ。シンゴは何とかなるだろうと引き受けてくれた。
 その日の晩、家族たちをみんな呼んで、マタルーとマガーチの無事の帰国を祝った。ユキの嫁入り話を聞いても、マチルギは機嫌悪くなる事はなく、よかったわねと心から喜んでくれた。
 二月になって、ウニタキ(三星大親)から連絡が入った。城下の『まるずや』に行くとウニタキはまた三弦(サンシェン)を鳴らしていた。
「娘から取り上げたのか」とサハチは聞いた。
「いや。前のよりずっといい。ファイチ(懐機)がくれたんだ。三弦も刀と同じように名器といわれる物があるらしい。これはその名器だとファイチは言っていた」
「ファイチはどうやって、そんな高価な物を手に入れたんだ?」
「さあ。それは知らんが、うまくやっているんじゃないのか。そのうち、お前に誰かを会わせるはずだ」
「そうか。この前、奥間に行って来た」
「お前の倅が長老の跡継ぎになったそうだな。お前も大したもんだよ。奥間を味方に付ければ、『琉球の統一』も決して、夢ではないだろう」
「それは言えるな。奥間ヌルから聞いたんだが、村を守るために、奥間では古くから各地の按司に、美女を側室として贈っているらしい。北部の按司は勿論の事、中部の主要な按司の所には入っている。南部では山南王(さんなんおう)のもとに入っているそうだ」
「ほう、凄いもんだな。その側室をうまく使えば、グスクを落とす事も可能だな」
「そういう事だ。中グスク、越来(ぐいく)、勝連(かちりん)にも入っている」
 ウニタキはニヤッと笑って、「ところで、その奥間ヌルだが、お前、大丈夫だったか」と聞いた。
「奥間ヌルを知っているのか」
 ウニタキは三弦を大切そうに脇に置いた。
「奥間に行った時に会った事がある。もう十年以上も前の事で、まだ若ヌルだったが妖艶な娘だった。お前が奥間に行ったと聞いて、奥間ヌルの事を思い出してな、もしかしたら、お前が骨抜きにされるような気がしたんだ」
「お前じゃあるまいし、と言いたい所だが、実は骨抜きにされて来た」
「何だと!」とウニタキは驚いたあと、腹を抱えて大笑いした。
「お前の気持ちがよくわかったよ」とサハチは言った。
「何もかも捨てて、ずっと、一緒にいたいと思ったんだ」
「そうだろう。ヌルに惚れたら逃げる事はできない。それにしても、よく帰って来られたな」
「朝、起きたら、奥間ヌルはいなかった。そして、ヤキチが迎えに来たんだ。それで帰る事ができたが、もし、一人だったら帰っては来られなかっただろう」
「そうか、それはよかったな。倅はどうだった?」
「初めて会ったんだが、逞(たくま)しい若者に育っていた。ヒューガ殿が鍛えてくれたらしい。俺はまったく知らなかった」
「ヒューガ殿が奥間によく行っているというのは聞いていたが、お前の倅を鍛えるためだったのか」
「それだけじゃない。奥間にヒューガ殿の娘がいたんだ。かなりの美人(ちゅらー)らしい。今、中山王(ちゅうざんおう)の若按司の側室になって浦添(うらしい)にいる」
「なに、ヒューガ殿の娘が浦添グスクの中にいるのか」
「若按司の側室らしいが、若按司というのはどんな男なんだ?」
「名前は『カニムイ(金思)』、年齢(とし)は三十、妻は勝連按司の妹だ。一応、俺の妹でもある。武将としては父親の武寧(ぶねい)よりも劣るな。女たちに囲まれて育ったせいか、かなりの女好きらしい」
「女に囲まれて育ったというのは、姉妹が多いのか」
「そうじゃない。前にも言ったが、浦添グスクの中には、『御内原(うーちばる)』と呼ばれる妻や側室たちが住む一画があるんだ。若按司はその中で生まれて、その中で育っているんだ。何人もいる父親の側室たちを見て育っているので、自分も何人も側室を持つのが当然だと思っている。そういう環境で育った者が、立派な武将に育つわけがない」
「そんな情けない男の側室になるなんて可哀想な事だな。浦添を落とした時は助け出さなくてはならない。頼むぞ」
「ああ、わかっている。若按司の話が出たので言うが、この前、侍女になった女の一人が、若按司の手が付いて側室になった」
「お前の配下の者が側室になったのか。侍女に手を出すとは、どうしようもない奴だな。これで、寝首を掻く事もできるわけだな」
「できる事は確かだが、若按司の首を斬った所で、浦添グスクが落ちるわけでもないからな」
「それでも、潜入しやすくはなっただろう」
「まあな。自分の首を狙っている女を自ら誘い込むなんて、まったく情けない奴だよ。ファイチが前に言っていたように、中山王が十年以内に転ぶのは確実だな」
「十年も待てんよ」とサハチは言った。
 ウニタキはサハチの顔を見て、楽しそうに笑った。
「話は変わるが、『望月党(もちづきとう)』の女が逃げた」
「なに、とうとう逃げたのか」
「傷もすっかり治って、店を手伝っていたんだ。相変わらず、自分の事はしゃべらなかった。名前だけは『ヤエ(八重)』と名乗った。何があったのかは知らんが、昔の事は忘れて、生まれ変わったつもりで生きて行くのかと思っていたんだが、五日前、とうとう逃げ出した」
「隠れ家は突き止めたのか」
 ウニタキは首を振った。
「うまく逃げられた。どうも、ただ者ではない。もしかしたら、『望月ヌル』かもしれない」
「何だって!」
「女は勝連に行き、城下の外れにある小さなお寺(うてぃら)に入ったんだ。『摩利支天堂(まりしてぃんどー)』というお寺だ。そこに入ったまま、なかなか出て来なかった。おかしいと思って入ってみたら、女の姿は消えていたらしい。お寺の中は荒らされていて、仏様も転がっていたという。近所の者に、そのお寺の事を聞いたら、望月ヌルのお寺なんだが、一年前にヌルはいなくなってしまったと言ったようだ」
「一年前と言えば、その女が斬られた頃だな」
「そうなんだ」
「望月ヌルか‥‥‥馬天ヌルが望月ヌルに会っているんだ。会わせれば、わかったかもしれなかったな。それにしても、何だか知らんが、最近、やたらとヌルに縁があるな」
「あの女がいなくなって、イブキ(伊吹)が大分、応えている。親身になって世話をしていたからな。ずっと、いてほしかったに違いない。ただ、年齢(とし)が二十も離れているから、言葉に出しては言えなかったのだろう」
「結局、何もわからないという事か」
「どうして、望月ヌルが変装までして浦添に行き、斬られたのか、まったく、わからなかったんだ」
「わからなかったんだ?」と言って、サハチはウニタキの顔を見た。
 ウニタキはニヤニヤと笑い、空を指さして、「天が味方をしてくれたようだ」と言った。
「昨日、浦添の『よろずや』に得体の知れぬ爺さんが訪ねて来た。俺の名前までは知らなかったが、坊主頭に鉢巻をした男に会わせろとイブキに言ったらしい。その時、俺は運玉森(うんたまむい)にいたんだが、浦添まで行って、その爺さんに会ったんだ。七十は過ぎているだろうと思える爺さんだが、ただ者ではない事は、目を見ただけでわかった。何度も修羅場(しゅらば)をくぐって来たような目付きだった」
「『望月党』と関係あるのか」
 ウニタキは笑っただけで、それには答えずに話を続けた。
「爺さんの話は驚くべき話だったよ。信じられない事だが、嘘を言っているようではなかった。爺さんはヤマトゥンチュ(日本人)だった。七十年近く前に、望月サンルー(三郎)というサムレーと一緒に琉球にやって来た。十六の時だったという」
「その爺さん、八十を過ぎていたのか」
「八十五だそうだ。自分でも長生きしすぎたと言っていた。長生きしたお陰で、見なくてもいい物を見る羽目になってしまったとな。琉球に来た望月サンルーは勝連按司と出会って意気投合した。勝連按司のために働く事を誓って、裏の組織の『望月党』を作ったんだ。その時の勝連按司は、俺の曽祖父で立派な人だったらしい。その爺さんは、お頭の望月サンルーを助けて、望月党のために随分と活躍したようだ。望月サンルーは勝連按司の娘を妻にもらって、二代目が生まれた。初代のお頭が亡くなったあと、爺さんは二代目の後見役を務めた。二代目も勝連按司の娘を妻にもらい、三代目が生まれた。この三代目が、今のお頭だ。お頭は代々、望月サンルーを名乗っている。爺さんは六十になると引退して、二代目の奥方に仕える事になった。四年前に奥方が亡くなると、望月党を離れて隠居した。すでに八十歳になっていた。あとはお迎えが来るのを待つだけだと思っていたらしい。ところが、事件が起こった。望月党が分裂したんだ」
「何だって、望月党が分裂した?」
 ウニタキはうなづいた。
「分裂するきっかけは、江洲按司(いーしあじ)の暗殺らしい。三代目の妻はやはり勝連按司の娘なんだが、三代目にはグルー(五郎)という弟がいて、グルーの妻は江洲按司の娘なんだ。俺の親父が亡くなって、長兄が勝連按司を継いだ。長兄は次兄を江洲按司に任命しようとたくらんで、望月党に江洲按司の暗殺を命じた。その時は二代目がまだ生きていて、江洲按司の暗殺について検討した結果、暗殺する事に決まったらしい。江洲按司という男は、按司の器ではなかったようだ。勝連のためには不要だと判断されたらしい。グルーは反対したが、父親に説得されて、仕方なく命令に従い、義理の父親とその跡継ぎを殺した。そして、第二のきっかけとなったのは、望月党による俺の暗殺だったらしい。その時は、もう二代目は亡くなっていた。勝連按司から、俺の暗殺を命じられた時、弟のグルーは反対したが聞き入れられなかった。グルーは怒って、望月党を抜けた。爺さんは俺の暗殺をあとになって知って、嘆いたという。初代のお頭が生きていたら、決して、そんな事はしない。勝連のために、馬鹿な按司を殺して、浜川大親(はまかーうふや)を按司にしたに違いないと言っていた」
「その爺さんは、お前が浜川大親だと知っていたのか」
「俺の事は調べたようだが、そこまではわからなかったようだ。俺とお前の関係は知っていたぞ。爺さんは、望月党を抜けたグルーは殺されてしまったものと思っていた。望月党に入った者は、死ぬまで抜ける事はできない。世間に知られてはならない事を数多くやって来たから、抜けた者によって、その事が明るみに出てはまずい。抜けようとした者は皆、殺されるんだ。ところが、グルーは生きていて、密かに新しい望月党を結成して戻って来た。勝連の山中で『望月党』と『新望月党』の戦いが始まったらしい。そこに、妹の『望月ヌル』も巻き込まれてしまったんだ。望月ヌルは兄たちの喧嘩をやめさせるために、浦添グスクで侍女をしている叔母に相談しようと考えた。望月ヌルがグルーと会った事を知られ、お頭のサンルーは望月ヌルに見張りを付けた。望月ヌルは農民(はるさー)の女に扮して勝連から出る事に成功したが、浦添でサンルーの手の者に斬られてしまった。爺さんは望月ヌルが勝連から消えて、一月ほど経った頃に気づいて、望月ヌルを捜した。爺さんは二代目の奥方に仕えていたので、望月ヌルを子供の頃から知っていたんだ。奥方が亡くなる時、望月ヌルを陰ながら見守っていてくれと頼まれていたらしい。望月ヌルはサンルーか、グルーにさらわれてしまったものと爺さんは思った。どちらがさらったにしろ、妹を殺す事はあるまいと思っていた。ところが、ある日、爺さんはふと思い出したんだ。子供の頃の望月ヌルが、大切なおもちゃを隠していた場所の事をな。何もないだろうと思ったが、爺さんはそこに行ってみた。そしたら、ガーラダマ(勾玉(まがたま))と手紙が隠してあって、手紙には、浦添の叔母に会いに行くと書いてあったらしい。爺さんはガーラダマを持って浦添に行った。浦添グスクの叔母を訪ねたが、望月ヌルとは会っていなかった。そこで、爺さんは一月かけて浦添中を捜し回って、『よろずや』にいる事を突き止めたんだ。すぐにでも会いに行きたかったが、生きている事がわかるのは危険だった。爺さんは『よろずや』の近くの空き家を借りて、望月ヌルを見守った。そして、時々、店に現れる俺を見て、ただ者ではないと思ったらしい。俺ももっと気を付けなければならんと悟ったよ。爺さんは店から出て来た俺のあとを追ったが、いつも、途中で消えてしまい、追う事はできなかった。俺がいつも南の方に帰るので、南部の者に違いないと、爺さんは島尻大里(しまじりうふざとぅ)に行った。すると、島尻大里にも『よろずや』があった。爺さんは一月、そこを見張った。しかし、その頃、俺は島尻大里には行っていなかったんだ。五月の末、爺さんは島添大里(しましいうふざとぅ)にやって来た。そして、ここを見つけ、『まるずや』の看板をじっと見ていた。そしたら、俺が店に入って行った。しばらくして、お前が店に入って行った」
「去年のあの時、その爺さんが、この店の前にいたのか」
「そういう事だな」
 サハチは思い出してみたが、そんな爺さんの事は思い出せなかった。
「爺さんは店から出て来たお前のあとをつけて行って、お前が按司だと知ったんだ」
「あとをつけられていたのか」
「がっかりする事はない。あの爺さんが確かな腕を持っているという事だ。爺さんは俺が島添大里按司とつながりがある事を知って、すべてを話す決心をしたらしい」
「どうしてだ?」
「俺が、望月党のような裏の組織を作って、お前のために動いていると悟ったのだろう。望月ヌルを守るためには、望月党と対抗できる相手でなければならない。爺さんは、望月党を潰(つぶ)しても構わない。望月ヌルを守ってくれと言ったんだ。わしにはもう先がない。望月ヌルの事を頼めるのは、お前たちしかいないと言ったんだよ」
「望月党を潰しても構わないと言ったのか」
「ああ、確かに言った。今の望月党は腐っているそうだ。組織というものはだんだんと腐って行く。二代目は初代の苦労を知っているからいいが、三代目になるともう駄目だ。組織を維持するためだけに存在しているようなものだ。あんなものは潰した方がいいと言ったんだよ。昨夜(ゆうべ)の話はそこまでだった。八十五の爺さんだからな、疲れたのだろうと思って、続きは明日にしようと爺さんには休んでもらった。俺も昨夜は『よろずや』に泊まった。翌朝、爺さんはいつになっても起きて来なかった。さては逃げられたかと思って、部屋を覗いたら、爺さんは亡くなっていたんだ」
「亡くなっていた?」
「死期を悟って、俺に頼みに来たようだ。爺さんの荷物を調べたら、望月ヌルのガーラダマがあった。お嬢様に渡してくれと書いてあった」
「望月ヌルがどこにいるのか、肝心な事は何も聞けなかったのか」
「望月党が二つに分かれているとすれば、サンルーは勝連按司に付き、グルーは江洲按司に付くだろう。多分、望月ヌルは江洲にいるに違いない。爺さんの話を聞いて納得した事があるんだ。望月ヌルが斬られて、しばらくしてから、あちこちで不審な死体が見つかっている。浮島(那覇)の人足(にんそく)や首里(すい)の人足たちだ。望月ヌルのように一刀のもとに斬られているんだ。気の荒い人足どもだから、サムレーと喧嘩して斬られたのだろうと思っていたが、どうやら、斬られた者は望月党の者たちに違いない。グルーの手下にやられたのだろう。それと、『備前屋(びぜんや)』という名の刀屋があちこちの城下にあるんだが、皆、襲撃を受けて、店の者たちが殺されているんだ。多分、『備前屋』というのは望月党の拠点で、それもグルーの仕業に違いない」
「そうか。グルーは望月党にいたから、拠点を知っていて、それを潰しているわけだな」
「お互いに潰し合いをしてくれれば、望月党は弱くなる。弱くなった所を潰す。爺さんの最期の頼みだからな。聞かないわけにはいかんだろう」
 サハチはウニタキを見つめた。いつかは望月党と戦わなければならない事はわかっていたが、まだ、時期が早すぎるような気がした。しかし、ウニタキを止める事ができないのはわかっていた。
「充分に気を付けろよ。敵は分裂しているとは言え、第三の敵が現れれば、また、一つになって敵対して来るかもしれんぞ」
「わかっている。充分に争わせてから片付ける」
 サハチはうなづいて帰ろうとしたが、ウニタキから聞きたい事があったのを思い出した。サハチは引き返して来て、「首里の宮殿の事だが、間に合いそうなのか」と聞いた。
「何とか、間に合いそうだな。去年、大きな台風が来なかったので、予定通りに進んでいるようだ。去年に来た明国の使者から色々と指摘をされて、かなりの手直しがあったようだが、『冊封使(さっぷーし)』が来る四月には間に合いそうだ。宮殿はかなり大きい。見た目は二階建てだが、中は三階建てになっているらしい。宮殿の前に広い庭があって、儀式の時は、そこに各地の按司たちが集まるようだ。一応、敵の襲撃に備えて、石垣で周りを囲っている。それが、かなりの規模なんだ。宮殿の後ろにも前にも、かなりの空間があって、そこに屋敷をいくつも建てるようだ。多分、今の浦添グスク内にある建物すべてを首里のグスク内にも建てるつもりなのだろう」
「そうか‥‥‥首里に移ったあと、浦添グスクはどうするつもりなんだ?」
「さあな。あれだけのグスクを空けたままにはしておけまい。若按司でも入れておくのかな」
「中山王が首里に移れば、家臣たちも移り、城下の者たちも移って来る。浦添は寂れるな」
浦添で思い出したが、ヒューガ殿の配下のサチョーが始めた遊女屋(じゅりぬやー)、なかなか盛っているようだぞ」
「もう一年以上、経ったのだな。サムレーたちも遊びに行くのか」
「ほとんどがサムレーたちだ。酒も飲めるし女もいる。大広間があるから宴会に利用しているんだ。去年、明国の使者たちが来た時は、唐人(とーんちゅ)も遊びに来て、大忙しだったようだ」
「そうか。そこから何か重要な情報が手に入ればいいのだがな」
「焦らず、気長にやっていれば、何か必ず、いい情報が手に入るさ」
「そうだな」
 二月の下旬、島尻大里の『よろずや』の主人だったキラマが亡くなった。去年の末に具合が悪くなり、佐敷の家に帰って療養していたが、病が急変して亡くなってしまった。六十三歳だった。
 サミガー大主(うふぬし)を継いだ叔父のウミンターが、馬天浜で盛大な葬儀を執り行なった。噂を聞いて集まって来たウミンチュ(漁師)はかなりいた。大勢のウミンチュたちに見送られて、キラマはあの世へと旅立って行った。
 三月になると、祖母が亡くなってしまった。突然の事だった。前日まで、何事もなかったのに、朝、急に倒れて、そのまま、眠るように亡くなったという。
 葬儀は祖母が生前に言っていた希望通り、身内だけで行なわれた。それでも、噂を聞いたウミンチュたちが集まってくれた。サハチは知らなかったが、祖母にお世話になったというウミンチュが何人もいた。
 祖母の遺体は木棺(もっかん)に納められて、サミガー大主の隣りに安置された。