長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-05.ナーサの遊女屋(改訂決定稿)

 首里(すい)の城下町造りを始めてから半年余りが経って、ようやく中山王(ちゅうさんおう)の都らしくなっていた。首里グスクへと続く大通りの両側に建つ屋敷はほとんどが完成して、城下に移って来た人々は新しい暮らしを始めていた。
 大通りに面してグスクに近い所に重臣たちの屋敷が並び、次に中堅のサムレー、下級のサムレーと屋敷が並んでいる。重臣たちの屋敷は広い敷地を有して、石塀で囲まれて庭もあるが、その庭はまだ平地のままだった。中堅サムレーの屋敷は重臣たちの半分程の敷地で、下級サムレーの家は民家とさして変わらない小さな家だった。サムレーたちの屋敷が尽きると商人や職人たちの家々が並んでいる。浦添(うらしい)から移って来た商人の中には大きな屋敷を構える者も何人かいた。
 サムレーたちの一画と庶民たちの一画の間に大きな屋敷が向かい合って建っている。どちらも遊女屋(じゅりぬやー)だった。一つは浦添から移ってきた『喜羅摩(きらま)』、もう一つは新しくできた『宇久真(うくま)』だった。『喜羅摩』はヒューガ(日向大親)の配下のサチョー(左京)がやっている遊女屋で、『宇久真』は以前、浦添グスクの御内原(うーちばる)を仕切っていた侍女のナーサが始めた遊女屋だった。浦添グスクの詳細な見取り図と重臣たちを寝返らせた功績は大きく、中山王の全面的な援助のもとに、ナーサの願いはかなえられた。遊女(じゅり)たちは奥間(うくま)から美女が集められた。彼女たちは幼い頃から各地の按司の側室(そくしつ)になるために教育されるので、読み書きもできるし、様々な芸も身につけていた。高級な遊女として、サムレーたちの相手も難なくこなす事だろう。
 遊女屋『宇久真』の開店の日、中山王の思紹(ししょう)は重臣たちの懇親(こんしん)の宴(うたげ)を計画した。佐敷からの重臣たちと寝返った浦添重臣たちの間にある溝を埋めなければならないと思っていた。佐敷からの重臣たちにとって、中山王の政務はわからない事ばかりだった。浦添重臣たちが行なう事をただ見ているだけで、教えを請う者はいなかった。浦添重臣たちも慣れているわしらに任せておけと言って、佐敷の重臣たちには教えようとはしない。このままでは完全に二つに分かれたままだった。早く、一つにまとめなければならない。酒を飲みながら無駄話をして、溝が埋まってくれるのを願っていた。
 夕暮れ間近、招待された浦添重臣たちが集まって来た。
「中山王ともあろう者が遊女屋に重臣たちを集めるとは何たる事じゃ。嘆(なげ)かわしい」
「あのお方は王様(うしゅがなしめー)という自覚がまったくない。兵たち相手に木剣を振っている王様がどこにいるんじゃ」
「そうじゃ。威厳というものがない。情けない事じゃ。このままだと首里の都もそう長い事ないかもしれんのう」
 文句をぶつぶつ言っていた重臣たちも遊女屋の門をくぐると一瞬にして小言も消えた。見事なヤマトゥ(日本)風の庭園に、ヤマトゥの着物を着て着飾った遊女(じゅり)たちが一列に並んで、重臣たちを出迎えた。重臣たちは誰もが、「凄いのう」と目を見張った。遊女たちの美しさは勿論の事、庭園の素晴らしさ、建物の立派さに驚いていた。こんな豪華な遊女屋なんて、今まで見たこともなかった。そして、遊女屋の女将(おかみ)として出迎えたナーサを見て、腰を抜かさんばかりに驚いた。
 招待された重臣たちは皆、浦添グスクが炎上した時、ナーサに招待されて浦添にあった遊女屋『喜羅摩』にいた者たちだった。安謝大親(あじゃうふや)、嘉数大親(かかじうふや)、勢理客大親(じっちゃくうふや)、中北大親(なかにしうふや)、城間大親(ぐしくまうふや)、仲間大親、前田大親(めーだうふや)、棚原大親(たなばるうふや)、我如古大親(がにくうふや)の九人とその他に、海外に使者として行っていた与座大親(ゆざうふや)(サングルミー)、新垣大親(あらかきうふや)、新川大親(あらかーうふや)と、サムレー大将として船に乗っていた平戸親方(ひらどぅうやかた)、又吉親方(またゆしうやかた)、宜野湾親方(ぎぬわんうやかた)の六人が加わっていた。
 佐敷の重臣たちはすでに集まっていて、大広間の宴席に着いていた。参加したのは島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)(サハチ)、与那嶺大親(ゆなんみうふや)、兼久大親(かにくうふや)、屋比久大親(やびくうふや)、苗代大親(なーしるうふや)、八代大親(やしるーうふや)、奥間大親(うくまうふや)(ヤキチ)、三星大親(みちぶしうふや)(ウニタキ)、佐敷大親(マサンルー)、平田大親(ヤグルー)、伊是名大親(いぢぃなうふや)(マウー)、外間大親(ふかまうふや)(シラタル)、そして、中山王の家臣のまま按司となった中グスク按司(クマヌ)、越来按司(ぐいくあじ)(美里之子(んざとぅぬしぃ))、勝連按司(かちりんあじ)の後見役(サム)の十五人だった。
 正面に座っている思紹の右側に佐敷の重臣たちがお膳を前に一列に並んで、浦添重臣たちを出迎えた。遊女たちに案内されて浦添重臣たちも席に着いた。一人分、空席があった。
 思紹が安謝大親に、誰が欠席なのか聞いた。
「体調が悪いと言って、平戸親方が欠席なさいました」
「そうか‥‥‥」と思紹はうなづいて、集まった者たちの顔を眺めた。
 重臣たちを案内してきた遊女たちが引き下がると、
「皆の衆、本当にご苦労じゃった」と思紹は挨拶を始めた。
「ようやく、城下も形を整え始めた。毎日、忙しくて大変だったじゃろう。長い間、中山王の都と栄えた浦添から首里へと都が移り、中山王も新しくなった。しかし、これからが大変だという事を心掛けておいてくれ。先代の中山王(武寧)は山北王(さんほくおう)(攀安知)の義理の父親であり、山南王(さんなんおう)(汪応祖、シタルー)にとっては義理の兄だった。二人がこのまま、黙って見ているはずはない。必ず、大戦(うふいくさ)が起こるだろう。わしらは心を一つにして、敵に立ち向かわなければならない。そして、いつの日か、山北王も山南王も滅ぼして、琉球を統一する。琉球を一つにまとめ、二度と戦など起きない平和な国にするんじゃ。先はまだまだ長い。皆も琉球統一を目指して、これからも頑張ってほしい」
 浦添重臣たちも佐敷の重臣たちも、思紹の話に驚きを隠せなかった。思紹が琉球統一などという大それた考えを持っていたなんて、まったく知らない事だった。先代の中山王も落とせなかった山北王の今帰仁(なきじん)グスクを攻め落とし、さらに、山南王の島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクも攻め落とすなんて無茶な話だった。しかし、あんな小さな佐敷按司から中山王になった男なら、それも可能かもしれないと誰もが思い、この型破りな王に付いて行こうと浦添重臣たちも思い始めていた。
「今日は無礼講(ぶれいこう)じゃ。綺麗どころも揃っている。思う存分に楽しんでくれ。」
 思紹の挨拶が終わると横に控えていた女将のナーサが、
「皆様方のお陰で、念願のお店を開く事ができました」と言って頭を下げた。
「めでたい開店の日に皆様方に来ていただき、本当に幸せ者でございます。今後もご贔屓(ひいき)のほどよろしくお願いいたします」
 女将が手をたたくと、仲居たちが料理や酒を運んできた。地味な身なりの仲居たちも少し年増だが、皆、美しい女たちで、男たちは鼻の下を伸ばして見守っていた。料理が揃うと仲居たちは消え、代わりにあでやかな着物をまとった遊女(じゅり)がぞろぞろと入って来て、それぞれの男の前に座り込んだ。お客と同じ数の遊女たちは甲乙付けがたい美女揃いで、まるで、夢でも見ているような気分にさせた。
 遊女たちは相手の男に挨拶をすると、酒盃(さかずき)に酒を注いだ。
琉球の将来のために」と言って思紹が酒盃を持ち上げると、皆、それに倣って酒盃を持ち上げた。
「乾杯!」と思紹が言い、皆も「乾杯!」と言って酒を飲み干した。
「無礼講じゃ。好きにやってくれ」と思紹が言うと皆が上機嫌で返事をした。
 サハチが飲み干した酒盃に酒を注ぎながら、目の前にいる遊女が、「お久し振りです」と言った。
 サハチは遊女を見た。先程、マユミと名乗ったが、知らない娘だった。
「また忘れたんですね?」とマユミはサハチを睨んだ。
 その目つきを見て、サハチは思い出した。中グスクにいた奥間から来た側室だった。
「あの時の‥‥‥」と言いながら、サハチはマユミの姿をよく眺めた。
「綺麗な着物を着ているので、見違えてしまったようだ」
「何よ。すぐに忘れちゃうんだから」
 マユミはすねた顔をして見せた。
「そんな事はない。お前は美人(ちゅらー)だから、また、どこかの按司の側室になったと思っていたんだ。まさか、遊女になるなんて思ってもいなかった」
「あら、嬉しいわ。でも、出戻りは側室にはなれないのよ。ナーサさんに誘われて、遊女になる決心をしたの。奥間にいて誰かに嫁いでも面白くないし。それに、もしかしたら、もう一度、按司様(あじぬめー)に会えるかもしれないと思ったの。こんなにも早く会えるなんて、やっぱり縁があったのかしら」
 マユミは嬉しそうに笑った。
「何をうまい事を言っているんだ。すっかり、遊女が板についているようだな」
「お世辞なんかじゃないわよ。あたしの本心なの。奥間で初めて会った時から、ずっと好きだったのよ。でも、奥間ヌル様に取られちゃったし、あたしは諦めて、中グスクに行ったの。中グスクの側室になって、つまらない日々を送っていたら、突然、あなたが攻めて来たのよ。もう二度と会えないものと思っていたのに、目の前にあなたがいるなんて信じられなかったわ。運命の出会いだと思ったのよ。あの時、按司様の側室になりたいって言ったのは本心だったの。でも、奥間ヌル様にその事が知れたら、あたしは殺されてしまうわ。それで、また諦めたのよ。でも、今は遊女。遊女とお客様だったら、奥間ヌル様だって文句は言えないはずよ。ねえ、そう思わない?」
「奥間ヌルがどう思うかわからんが、まさか、殺す事はあるまい」
 マユミは首を振った。
「奥間ヌル様は恐ろしいお方よ。逆らったら呪い殺されるわ。あなたは龍(りゅう)だから殺される事はないけど、それなりの罰を受ける事になるわ」
「奥間の女に手を出したら、俺は罰を受けるのか」
「そうよ」とマユミは真剣な顔をして言った。
「でも、遊女とお客様なら大丈夫よね」
 サハチは首を傾げた。
「大丈夫って言ってよ」
「俺は呪われたくないよ」
「意気地なし」
 サハチは楽しそうに笑った。
「お前は面白い女だな。俺の奥方も恐ろしい女なんだよ。俺が浮気をしたら殺されるだろう。奥間ヌルとの事も内緒なんだ。さらに、お前に手を出した事がばれたら、俺はどうなると思う?」
「だから、遊女とお客様の関係なら大丈夫よ。今晩は泊まっていってね」
「今日は無礼講だからな」とサハチは笑った。
「そうこなくっちゃ」とマユミは大喜びして、「あたしも飲むわ」とサハチの酒盃を手に取った。
 サハチはマユミに酒を注いでやった。
 二人が楽しく話をしていると、「失礼いたします」と言って宜野湾親方が割り込んできた。
「平戸親方の事ですが」と宜野湾親方は深刻そうな顔付きで言った。
「安謝大親が体調が悪いと言っていたが、シャム(タイ)から悪い病でも持って来たのではあるまいな」
 宜野湾親方は首を振った。
「そうではございません。ご存じないとは思いますが、平戸親方は先代の中山王(武寧(ぶねい))の右腕と言われていた武将なのでございます。先代とは幼い頃より一緒に育ち、仲のよい二人でございました。先代がお亡くなりになって、このまま、すんなりと新しい中山王に仕えるとは思えません。何やらたくらんでいるのではないかと思われます」
「先代が最も頼りにしていた武将だったのだな」
 宜野湾親方は心配顔でうなづいた。
「今回もシャム行きという重要な任務を任されて船出して行ったのでございます。それが、無事に帰ってきたら先代はすでにいなかった‥‥‥」
「敵(かたき)でも討つというのか」
「あり得る事でございます」
 シャムからの交易船が帰って来たのは六月の半ば頃だった。サハチは前回と同じように、兵を引き連れて待ち受けた。小舟(さぶに)で交易船に乗り移り、使者の新川大親とサムレー大将の平戸親方に状況を説明した。二人とも信じられないといった顔付きだったが、特に騒ぐわけでもなく従ってくれた。
 宜野湾親方に対して、平戸親方の事をよく知らないという態度を示していたが、サハチは平戸親方の事は詳しく知っていた。ナーサからシャムに行っている平戸親方には気をつけなさいと言われていた。御内原に長い間いたナーサは武寧と平戸親方の関係をよく知っていて、必ず、騒ぎを起こすに違いないと言った。
 平戸親方の父親は倭寇(わこう)として活躍していた頃の察度(さとぅ)(武寧の父)の部下で、察度と一緒に琉球に来たヤマトゥンチュ(日本人)だった。平戸親方が生まれた同じ年に武寧が生まれた。武寧はようやく生まれた察度の長男で、女ばかりの中で育っては、将来、立派な武将になれないと思った察度は、平戸親方を武寧の遊び相手に選び、二人は幼い頃から兄弟のように育てられた。察度が亡くなって武寧が中山王になった頃には、サムレーたちの総大将になり、武寧が最も頼りにしていた武将だった。
 サハチはウニタキに頼んで、平戸親方の動きをずっと探っていたのだった。そして、平戸親方が進貢船(しんくんしん)を奪い取って、山北王のもとへ行くという情報をつかんだ。
 今、進貢船は二隻しかなかった。三隻あったのだが、先月の台風で、一隻は座礁して使い物にならなくなっていた。その船は七月に明国(みんこく)から帰って来た船で、使者は十四年前に、シタルー(山南王)と一緒に明国に留学したサングルミー(三五郎思)だった。サングルミーはシタルーと一緒に帰って来たが、父親が戦死した事を知ると再び、明国に戻って勉学に励んだ。数年後、帰って来ると山南王ではなく、中山王の使者となり、すでに四回も明国に渡っていた。
「何とか帰って来られたが、もう明国まで行くのは無理だろう。かなりのおんぼろ船だ」とサングルミーは言った。そのおんぼろ船が台風にやられてしまったのだった。二隻しかないのに、一隻奪われたら大変な事だった。何としても防がなければならない。
「取っ捕まえて、首を刎ねればいい」とウニタキは言ったが、残党狩りの時期はもう過ぎていた。シャムまで行ってきた功労者を謀反の疑いありとして捕まえるわけにはいかなかった。そんな事をしたら寝返った者たちが疑心暗鬼(ぎしんあんき)となって、いつまで経っても家臣が一つにまとまらない。犠牲者を出してしまうかもしれないが、騒ぎを起こさせてから、見せしめとして首を刎ねるしかなかった。
 平戸親方が実行に移す時が今晩だという情報もウニタキによって探り出し、平戸親方を罠(わな)に掛ける準備は整っていた。今夜の宴に水軍の大将のヒューガとグスクの警固をしている當山之子(とうやまぬしぃ)は参加していない。敵は必ず、ここの様子を探っているので、二人以外の者は全員参加させた。
 ヒューガは今日の昼、サスカサ(島添大里ヌル)と馬天(ばてぃん)ヌルを連れて、久高島(くだかじま)に向かった。神様のお告げがあって、どうしてもフボーヌムイ(フボー御嶽)に行かなければならないと馬天ヌルに言われ、ヒューガは遊女屋の宴を諦めて久高島に行った。というのは表向きの事で、今頃は水軍を率いて、海上を封鎖しているはずだった。
「敵を討つと言って、ここに攻め込んで来るのか」とサハチは宜野湾親方に聞いた。
「まさか?」と宜野湾親方は首を振った。
「ここを攻めれば、王様(うしゅがなしめー)を初めとして、按司様(あじぬめー)も討ち取れますが、それは無理というものでしょう」
 宜野湾親方が言う通り、この遊女屋の周りは厳重に警護されていた。ナーサが首里で遊女屋を開きたいと願っている事をサハチから聞いた思紹は、首里で一番高級な遊女屋にして、重要なお客をそこでもてなそうと考えた。惜しみなく援助をして、ナーサも驚く豪勢な遊女屋ができたのだった。勿論、重要なお客を招待するためには警護も厳重だった。遊女屋の周囲は百人の兵が待機できるように土地が確保してあり、今夜も厳重な警護体制が敷かれていた。
「何も起こらん。気にするな」と言って、宜野湾親方を帰したサハチはマユミを相手に酒を飲み始めた。
 酒もかなり入ったとみえて、重臣たちは遊女たちと楽しそうにやっていた。皆、目の前の遊女に夢中で懇親どころではなかった。遊女の数が多すぎる。こいつは失敗だなとサハチは思った。
 サハチがマユミから奥間ヌルが産んだ娘の事を聞いていると、ウニタキがやって来た。
「うまく行ったぞ」とウニタキが小声で言った。
「本当か」とサハチも小声で聞いた。
「行くぞ、ヒューガ殿が待っている」
 サハチはうなづいて、「すまんな。また今度だ」とマユミに言って立ち上がった。
 座敷を出る時、思紹と目が合ったので、微かにうなづいた。思紹も微かにうなづいて、サハチとウニタキを見送った。マユミとウニタキの相手だった遊女が見送りに来た。
「必ず、また来てよね」とマユミが念を押した。
「あれ、お前は‥‥‥」とウニタキがマユミを見ながら言った。
「あなたもいらして下さいね」とウニタキの相手が言った。
「わかった」と二人はうなづいて、大通りに飛び出すと数軒先にある『まるずや』に向かった。『まるずや』はウニタキの首里の拠点だった。『まるずや』で馬を借りると浮島(那覇)へと急いだ。
 馬に揺られながら、「浮島の状況だが、誰がお前に知らせたんだ」とサハチはウニタキに聞いた。
「あの遊女屋にも手下が入れてあるんだよ」とウニタキは何でもない事のように言った。
「お前の相手をしていた遊女か」
「遊女ではない。酒を運んできた仲居だ」
「ほう、そうだったのか。抜け目のない奴だ。そう言えば、御内原にも誰かを入れたのか」
「勿論、入れてある」
「山南王と山北王が側室を贈ってきたからな。侍女たちの動きを見張っていてくれよ」
「わかっている。今のところ、奥間と山南王と山北王が贈って来た三人だけだが、この先、かなり増えるだろう」
「お前の仕事も益々増えていくな」
「やりがいがあるというものさ」
「頼むぜ」
 わかっているというようにウニタキは手を振ると、「さっきの遊女だが、中グスクにいた側室だろう」とサハチを見て笑った。
「そうなんだ。出戻りは側室になれないらしくて遊女になったようだ」
「お前に惚れているようだな」
「何を言うか」
「マチルギに知られるなよ」
「うるせー。お前だって、いい感じだったじゃないか」
「若い娘というのもいいもんだな」
「チルーに知られるなよ」
「うるせー」
 安里(あさとぅ)の渡し舟に乗って浮島に着くと、ヒューガと當山之子が平戸親方を捕まえて待っていた。
「犠牲者は出ましたか」とサハチはヒューガに聞いた。
「怪我人が何人か出ただけじゃ。敵は三十もいなかった。いざとなったら尻込みしたんじゃろう。火長(かちょう)(船長)や水夫(かこ)たちも誘ったのだろうが結局は来なかったんじゃ」
「よかった」とサハチはヒューガと當山之子にうなづいて、
「武寧の時代は終わったんだよ」と平戸親方に言った。
「わしがシャムに行かなければこんな事にはならなかったのに残念じゃ。船出した時、何か嫌な予感がしたんだ。昔、わしの親父は先代、いや、先々代か。先々代の察度殿と一緒に浦添按司の西威(せいい)を倒した。親父は先代が中山王になったあと、うるさい事を言うからと無理やり隠居させられた。昔の仲間を大切にしない奴は、必ず滅ぶじゃろうと親父は死ぬまで言っていた。なぜか、旅の間中、親父のその言葉が耳から離れなかった‥‥‥しかし、島添大里按司が攻めて来るなんて、夢にも思わなかったよ」
 サハチは平戸親方の処刑を當山之子に命じて、ヒューガを連れて安里に戻った。
 ヒューガも安里に馬を預けてあったので、三人で馬に乗って首里に向かった。
「師匠、ユリ(百合)はどうしてます?」とサハチはヒューガに聞いた。
「佐敷の馬天ヌルの屋敷で娘を育てているよ」
カニムイ(武寧の長男)の娘を育てているんですか」
「可愛い娘じゃよ」
「娘に父親の事を何と言っているんですか」
「父親は立派に戦死したと言っているようじゃ」
「そうですか‥‥‥確かに立派に戦死しましたね」
「あいつは強いよ。奥間のために働いたと言っていた」
「ヒューガ殿の娘とは思えない程の美人ですねえ」とウニタキが言った。
「そんなに美人なのか」とサハチが聞いた。
「ヒューガ殿、こいつに会わせない方がいいですよ」とウニタキが笑いながら言った。
「なに、お前、ユリを狙っているのか」とヒューガは父親らしい顔をしてサハチを見た。
「師匠、ウニタキの言う事なんて信じないで下さいよ」
「いや、お前は昔から女好きじゃ。ユリに会わせるわけにはいかん」
「まいったな」
 ウニタキは馬に乗りながら腹を抱えて笑っていた。
 ヒューガを連れて、『宇久真』に戻ると、宴はまだ続いていた。遊女たちの姿はなく、佐敷と浦添重臣たちが入り交じって騒いでいた。
 遊女たちはどうしたのかと思紹に聞くと、「頃合いを見て下がらせて、遊女たちの芸を見せてもらったんじゃ」と言った。
「それが終わったあとも遊女たちは出さなかった。そして、佐敷の者たちに浦添の者たちのもとへ行かせて、酒を注がせたんじゃよ。それからはお互いに打ち解けてきて、この有様になったというわけじゃ」
「成功ですね」とサハチは笑った。
「平戸の件はどうなった?」
「そっちも成功です」
 思紹は、よかったというようにうなづいて、騒ぎの中に加わった。サハチたちも加わり、賑やかな宴は夜更けまで続いていった。

 

 

 

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