長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-90.伊是名島攻防戦(改訂決定稿)

 サハチ(中山王世子、島添大里按司)とウニタキ(三星大親)が与論島(ゆんぬじま)の海に潜ってカマンタ(エイ)捕りに熱中している頃、伊是名島(いぢぃなじま)では戦(いくさ)が始まっていた。
 伊是名親方(いぢぃなうやかた)が伊是名島に、田名親方(だなうやかた)が伊平屋島(いひゃじま)に五十人の兵を率いて行ったのは五月八日だった。そして、山北王(さんほくおう)の兵が攻めて来たのは十一日の正午前(ひるまえ)だった。
 山北王の兵は伊平屋島を攻める事なく、伊是名島を攻めて来た。伊平屋島に中山王(ちゅうさんおう)の兵がいる事を知っているので、まず、伊是名島を攻め取ってから伊平屋島を攻めようと思ったのに違いない。敵は四隻の船でやって来て、小舟(さぶに)に乗り移って、島の東側にある仲田(なかだ)の浜から上陸しようとした。
 一隻に五十人の兵が乗っているとして、二百人の兵力だった。五十人で二百人を相手にするのは難しいが、やらなければならないと伊是名親方は兵たちに檄(げき)を飛ばした。兵たちは勇ましく鬨(とき)の声を上げた。皆、キラマ(慶良間)の島で、思紹(ししょう)(中山王)に鍛えられた兵たちだった。たとえ、敵が四倍いようとも怖じ気づく者などいなかった。
 伊是名島伊平屋島も、珊瑚礁に囲まれているので大型の船は近づけない。礁池(いのー)よりも外に船を泊めて、小舟に乗り移らなければ島に上陸できなかった。
 伊是名親方は弓矢を持たせた兵たちをアダンの木陰に隠して、小舟が近づいて来るのを待ち、敵が射程圏内に入った時点で一斉に矢を放った。楯(たて)も構えずに油断していた敵兵は次々に倒れ、生き残った者たちは慌てて引き上げて行った。
 敵船から弓矢の反撃があったが距離が遠すぎて、届く事は届いても大した効果はなかった。敵も諦めたようで、弓矢の攻撃も終わった。
 敵船が動き出した。一隻が北上して、二隻が南下して、一隻だけがその場に残った。伊是名親方は兵を十人づつ五隊に分けて、それぞれの船を陸から追わせ、一隊は遊軍として本陣に置いた。北(にし)に向かった船は島の北側の沖に泊まり、南(ふぇー)に向かった船の一隻は島の南側の沖に泊まり、もう一隻はさらに南下して屋那覇島(やなふぁじま)に向かっていた。
 伊是名島の南東の海に面して小高い山があり、そこに古いグスクの跡が残っていた。伊平屋島にあるグスクと同じように百年前、今帰仁(なきじん)の兵と戦った時のグスクだった。山頂は見晴らしがいいので、伊是名親方はその山の麓(ふもと)に本陣を敷いて、敵を待ち構えた。
 法螺貝(ほらがい)の合図が鳴り響いて、北、東(あがり)、南の三方向から同時に敵は攻めて来た。今回は敵も慎重で、楯を構えて漕いで来るので弓矢の効果は薄く、上陸を阻止するのは難しかった。
 敵は次々に上陸して、海辺で戦が始まった。守る兵よりも上陸する兵の方が多く、味方は窮地に陥った。しかし、伊平屋島からの援軍がやって来た。田名親方に率いられた兵が島の北から上陸して、北の敵を倒して南下し、仲田に上陸した兵も倒した。南側では苦戦していたが援軍が間に合って、敵は海へと逃げ去って行った。
 同じ頃、屋那覇島の南を回って伊是名島の西側に出た敵船は、ヒューガ(日向大親)の率いる水軍の船と戦っていた。動きの素早い三隻の水軍の船から撃たれる火矢にやられて敵船は炎上して、ついには座礁した。乗っていた者たちは海に飛び込み、屋那覇島を目指して泳いで行った。
 その後、敵が攻めて来る事はなく、三隻の敵船は屋那覇島の西側に停泊した。
 一日の戦で、味方の戦死者が四人と負傷者が十一人も出た。敵の戦死者は少なくとも二十人はいるだろう。ヒューガによって敵船一隻がなくなったのは上出来だったが、明日には今帰仁から敵の援軍が来るかもしれなかった。伊是名島はいくつかの山があっても割と平坦な島なので、上陸するつもりならどこからでも上陸する事ができる。敵の上陸を食い止めるのは難しかった。
 その夜、敵の夜襲があった。月夜に小舟に乗って上陸した敵兵十人が、仲田大主(なかだうふぬし)の屋敷を襲撃したが仲田大主はいなかった。叔父の伊是名親方の進言によって避難していて助かった。敵兵は待ち構えていた伊是名親方の兵の攻撃を受け、四人が戦死して、六人は捕虜となった。
 次の日も敵の攻撃はあったが、二隻の船だけだったので、二カ所からの敵の上陸を食い止める事ができた。もう一隻の船は、ヒューガが率いる水軍の船からしつこい攻撃を受けて逃げ、戦線から離脱してしまった。
 正午過ぎに雨が降って来て、風も強くなり、敵船は屋那覇島に引き上げて行った。離脱した船も戻って来て、屋那覇島沖に泊まった。
 三日目、雨も上がっていい天気になり、敵も懲りずに攻めて来るだろうと思われたが、攻めて来る事はなく、今帰仁へと引き上げて行った。
 グスクのある山の上から敵船を見ていた伊是名親方と田名親方は、「うまく行ったようだな」と喜び、兵たちに勝ち鬨(どき)を上げさせた。


 伊是名島で戦が始まった日の夕方、山北王のもとに与論島が奪われたと知らせが入っていた。用を命じられてグスクの外に出ていた兵が、グスク内の異変を知って与論島から逃げ、今帰仁までやって来たのだった。
「何だと? 与論島が中山王に奪われただと?」
 山北王の攀安知(はんあんち)は信じられないといった顔付きで、与論島の兵を見た。
「まことの事でございます」と言って、与論島の兵は懐(ふところ)から『三つ巴紋』の旗を出して見せた。
与論島のあちこちに、この旗が立っております」
 攀安知は旗を受け取ると、その旗をじっと睨んで、「いつの事だ?」と聞いた。
「二日前のお祭り(うまちー)の時でございます。中山王の兵はウミンチュ(漁師)に扮してグスク内に潜入して、味方の兵を倒して、按司を捕まえてしまったようです」
「ウミンチュ? 敵は武装もせずにグスクを攻めたというのか」
「そのようでございます」
「馬鹿者めが。武器も持たず、鎧(よろい)も着ておらん奴らにグスクを奪われたのか」
「お祭りだったので、油断していたのかもしれません」
「くそったれが!」と悪態をついて、攀安知は手にしていた旗を与論島の兵に投げ付けた。
 二日前は今帰仁グスクでもお祭りが行なわれていた。外曲輪(ふかくるわ)を開放して、酒や餅を配り、城下の人たちは舞台で演じられる歌や踊りを楽しんでいた。攀安知は中曲輪にある客殿で、招待したヤマトゥ(日本)の商人たちと機嫌よく酒を飲んでいた。その日に、与論島が奪われたなんて信じられなかった。中山王を甘く見ていた事が悔やまれた。
 与論島の兵を下がらせると、攀安知は弟の湧川大主(わくがーうふぬし)を呼んで与論島の事を話した。
「中山王に与論島を奪われた?」と湧川大主は信じられないといった顔で攀安知の顔を見つめた。
 まったく予想外な事だった。山北王と山南王(さんなんおう)(汪応祖)が同盟したとはいえ、中山王(思紹)が動くなんて湧川大主は思ってもいなかった。
「まずは、その話が本当なのかどうか確かめなくてはなりません」と湧川大主は言った。
 攀安知は三つ巴の旗を見せた。
「奴はこの旗が与論島のあちこちに立っていたと言っていた。嘘ではあるまい」
「成程」とうなづいて湧川大主は旗を見ながら、「中山王の狙いは材木ですな」と言った。
与論島を奪って、次に永良部島(いらぶじま)(沖永良部島)、そして、徳之島(とぅくぬしま)を奪い取るつもりでしょう。山北王が山南王と同盟したので、ヤンバル(琉球北部)の材木は手に入らなくなると思ったのでしょう」
「山南王と同盟をしても、中山王に材木は送るつもりでいたんだ。まだまだ稼がせてもらうつもりだった」
「中山王はそうは受け取らなかったのでしょう。山北王から手に入らないのなら、奄美の島を奪い取ろうと考えたのに違いありません」
「せっかく手に入れた奄美の島々を奪われてたまるか。畜生め、すぐにでも兵を送って、与論島を取り戻せ」
「今、伊平屋島伊是名島を奪い取るために、二百の兵を送っています。与論島を奪い取るとなると、さらに二百の兵が必要です。敵が守りを固めた島を奪い取るのは容易な事ではありません。かなりの時間が掛かって、かなりの損害も出るでしょう。それよりも、中山王と同盟したらどうですか」
「なに、中山王と同盟だと?」
 とんでもない事を言い出した弟の顔を攀安知はじっと見つめた。幼い頃から時々、弟は奇抜な事を口にした。自分では思いつかない事を考えるので、口に出した事はないが、そんな弟を頼りにしていたのだった。
「わしらは今、中山王と戦っている場合ではありません。まだ、時期が早すぎます。中山王は今、伊平屋島伊是名島を守るのに必死です。奴らの生まれ島ですからね。その二つの島を中山王に渡して、与論島を返してもらうのです。そして、奄美の島には手を出すなと言うのです」
「なに、伊平屋島伊是名島を中山王に渡すのか」
「中山王を倒すまで預けておくだけですよ」
「成程‥‥‥中山王と同盟か‥‥‥しかし、そんな事をしたら山南王が怒るだろう」
「怒ってもいいじゃありませんか。山南王を怒らせても、今帰仁まで攻めて来る事はありますまい」
「それはそうだが、奴の倅に嫁いだマサキが可哀想だ」
「山北王が中山王と同盟したとしても、山北王と山南王の同盟は生きていると言えばいいでしょう。中山王に隙が生まれれば、山南王と呼応して中山王を滅ぼすと」
「そんなうまい具合に行くかのう」
「まずは中山王の反応を見ましょう。同盟に乗ってくれば、わしらにとってはいい結果となるでしょう。乗ってこなければ、山南王と呼応して中山王を攻める事になるかもしれません。今、南部にテーラー(瀬底之子)がいます。テーラーに中山王との交渉を頼みましょう」
テーラーに頼むのか」
テーラーならうまくやってくれるでしょう。ンマムイ(兼グスク按司)とも仲がいいようですし、ンマムイと一緒に中山王に会う事もできるでしょう」
「そう言えば、ンマムイは中山王に寝返ったそうだな」
「マサキの婚礼のあと、阿波根(あーぐん)グスクから家臣を引き連れて消えたようです。山南王から命を狙われていたのかもしれませんね」
「やはり、山南王はンマムイを殺そうとしたのか」
「ンマムイだけではありません。マハニも殺そうとしたのかもしれません」
「何だと?」
「マハニが殺されたら、兄貴はどうします?」
「殺した奴は絶対に許せん」
「それが狙いですよ。山南王はンマムイとマハニを殺したのを中山王の仕業にして、中山王を攻めさせようとたくらんだのです」
「何だと‥‥‥山南王という奴はそんな汚い手を使うのか」
「野望のためには手段は選ばずですよ。山南王は自らの手で首里(すい)グスクを築いた。首里グスクが完成したら中山王(武寧)から奪い取るつもりだったのでしょう。それを今の中山王に奪われてしまった。何としてでも首里グスクを奪い取って、中山王になりたいのでしょう」
「山南王の事などどうでもいい。中山王と同盟するぞ」と攀安知は言った。
 次の日、山北王の書状を持った使者が『油屋』の船に乗って糸満(いちまん)に向かった。
 その日の夕方、ンマムイが中山王の書状を持って今帰仁グスクに現れた。攀安知は驚いたが、ンマムイと会った。
「生きておったか」と攀安知は笑いながら、ンマムイを迎えた。
「マハニを悲しませるわけにはいきませんので」とンマムイは笑って、中山王の書状を渡した。
 攀安知は書状を受け取り、「今度は中山王の使者か。忙しい奴だな」と言って書状を読んだ。
 書状には、伊平屋島伊是名島から手を引け。その代わりに与論島は返すと書いてあった。こちらが望んでいる通りだったので、攀安知は喜んだが、顔には出さず、「与論島を返すとはどういう意味だ?」とンマムイに聞いた。
 ンマムイは懐から短刀を出すと、攀安知に渡した。
「これは‥‥‥」と言って攀安知は短刀を見つめた。
 その短刀は祖父の形見だった。叔父が与論按司になった時に、与論島を頼むと言って贈った物だった。
「与論按司の物です」とンマムイは言った。
「中山王は与論島を奪い取りました」
「与論按司は生きているのか」と攀安知は聞いた。
「生きております。家族も皆、無事です」
「そうか」と言って、ンマムイを見ると攀安知はニヤリと笑った。
「今頃、中山王に渡す書状を持った使者が、テーラーと会っているはずだ」
「えっ、その書状とは何ですか」
伊平屋島伊是名島は渡すから、与論島を返せ。そして、同盟を結ぼうと書いてある」
「山北王と中山王が同盟?」
「そうだ。わしらが争って、喜ぶのは山南王だけだからな。わしにも中山王にも今、やるべき事がある。お互いに同盟を結んで、やるべき事をやろうと思ったんだよ。どうだ、中山王はこの話に乗ってくると思うか」
 山北王が中山王と同盟するなんて考えてもいない事だった。去年、山南王と同盟したばかりの山北王が、敵である中山王と同盟を結ぶなんてあり得ない話だった。奇抜な事を考えるものだとンマムイは思った。
伊平屋島伊是名島を攻めている兵を引き上げさせれば、中山王はその話に乗ってくると思います」
「勿論、兵は引き上げさせる」と攀安知はうなづいた。
「明日、テーラーは中山王と会うだろう。そして、次の日、油屋の船に乗って帰って来るはずだ。中山王の返事を見てから、そなたに書状を渡す。テーラーが来るまで待っていてくれ」
「わかりました」
「油屋から聞いたが、そなたは新しいグスクを築いて移ったそうだな。マハニと子供たちは元気か」
「はい。子供たちは新しいグスクが気に入ったとみえて、グスク内を走り回っております。マハニもこれで安心して眠れると喜んでおります。もう今帰仁に帰れないと悲しんでおりましたが、山北王と中山王が同盟を結べば、マハニも今帰仁に帰れます。同盟が決まれば、マハニは大喜びする事でしょう」
「そうだな。マハニのためにも同盟が決まってほしいものだ。同盟するとなると婚礼を挙げなければならん。わしの次女のマナビーは十五になったが、中山王の孫に釣り合いの取れる倅はおるか」
「中山王の世子(せいし)、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)の息子で十六になった者がおります。確か、今日、ヤマトゥ旅に出たはずです」
「なに、ヤマトゥ旅に出たのか。すると帰って来るのは年末だな」
「はい。チューマチという名で、なかなか賢そうな若者です」
「そいつはチューマチというのか」と攀安知は不思議そうな顔をしてンマムイに聞いた。
「変わった名前ですが、曽祖父の名をもらったようです」
「曽祖父は今帰仁按司だったのか」
「えっ?」とンマムイは驚いた。
「チューマチ(千代松)というのは、わしの祖母の父親の名前なんだよ。今帰仁の英雄として伝説にもなっている」
「そうだったのですか。島添大里按司の妻は伊波按司(いーふぁあじ)の娘ですから、そうかもしれませんね」
「そうか」と言って攀安知は腕を組んで考えた。
 島添大里按司の妻の祖父がチューマチだとすれば、島添大里按司の妻と自分は又従姉弟(またいとこ)の関係になるのだろうか。
今帰仁の血が流れている相手なら大歓迎だ。同盟が決まったら、マナビーをチューマチの嫁にする事にする。そのように話を進めてくれ」
「わかりました」とンマムイはうなづいた。


 翌日、山北王の命令で、伊是名島攻めは中止され、兵は撤収して行った。
 山北王の書状を見て驚いたテーラーは、兼(かに)グスクにンマムイを訪ねたが、ンマムイはいなかった。大事な用があって首里に呼ばれたまま帰って来ないという。仕方なく、テーラーは一人で首里に向かった。中山王が会ってくれるかどうか不安だし、もしかしたら捕まってしまうかもしれないと心配した。
 首里グスクの大御門(うふうじょう)(正門)で、山北王の使いの者だと言ったら、御門番(うじょうばん)は驚いたあと、不審な目つきでテーラーを見た。瀬底之子(しーくぬしぃ)と名乗って、山北王の書状を見せた。しばらく待たされたあと、刀を預けてグスク内に入った。北曲輪(にしくるわ)にいた孔雀(くじゃく)に驚き、坂道を登って西曲輪(いりくるわ)に入って、奥の方に立つ龍天閣(りゅうてぃんかく)に連れて行かれた。三階まで登って素晴らしい眺めに感動して、振り返って部屋の中を見て驚いた。案内して来たサムレーから中山王だと紹介された男は、以前、遊女屋(じゅりぬやー)『宇久真(うくま)』で一緒に酒を飲んだサグルー師兄(シージォン)だった。
「よう来たのう」と中山王の思紹は笑いながらテーラーを迎えた。
「師兄が中山王だったのですか」とテーラーは腰を抜かしてしまうのではないかと思うほど驚いていた。あの時の話では中山王の武術師範のはずだった。まさか、中山王だったなんて、ンマムイは知っていて、俺をだましたのだろうか。
「まあ、座れ」と思紹は言って、テーラーはひざまずいて頭を下げた。
「山北王からの書状を持って来たそうじゃのう。今、ンマムイが今帰仁に行っているが、ンマムイに会う前に、山北王はその書状を書いたようじゃな」
「えっ、ンマムイは今帰仁に行ったのですか」
「山北王と交渉しに行ったんじゃが、山北王がそなたに書状を頼むという事は、与論島の事が余程、頭にきたと見えるのう。宣戦布告状でも持って来たのか」
 テーラーは山北王の書状を中山王に渡した。
 予想外の事が書いてある書状に思紹は驚いた。
「そなた、何が書いてあるのか知っているのか」と思紹は聞いた。
「おおよその事は」とテーラーは答えた。
「そうか。山北王から同盟を結ぼうと言ってくるとは思ってもいなかったぞ。なかなか、面白い男のようじゃな、山北王は。わしの一存では決められん。すまんが一時(いっとき)(二時間)ほど時間をくれ」
 テーラーは部屋の外で控えていたサムレーと一緒に龍天閣を出て、グスクからも出て、城下を見て回った。
 思紹は馬天(ばてぃん)ヌルとマチルギ、大役(うふやく)の三人と苗代大親(なーしるうふや)を龍天閣に呼んで、同盟の事を話し合った。
 山北王との同盟に反対したのはマチルギだった。敵(かたき)である山北王と同盟するなんて考えられない事だった。五年後に山北王を倒すという計画を知っている大役の三人も、与論島を返して伊平屋島伊是名島をもらうのは賛成だが、なにも同盟まで結ぶ必要はないと言った。
「わしも最初はそう思った」と思紹は言った。
「しかし、今の状況のまま、五年後に山北王を倒すのは難しい。今、同盟を結んで、敵の事をもっとよく知るべきじゃと思ったんじゃよ。同盟を結べば、中山王の者がヤンバルに行く事もできるようになる。ンマムイが調べた所によると、山北王と名護按司(なぐあじ)、羽地按司(はにじあじ)、国頭按司(くんじゃんあじ)、金武按司(きんあじ)、恩納按司(うんなあじ)は一枚岩ではないという。奴らを仲違いさせる事ができるかもしれん。できれば、山北王を孤立させてから倒したいんじゃ。武寧(ぶねい)(先代中山王)が今帰仁を攻めた時、名護(なん)グスク、羽地グスク、そして運天泊(うんてぃんどぅまい)に見張りの兵を置いて、敵が動けないようにした。今回は金武グスク、恩納グスクにも見張りを置かなくてはならない。さらに、南部の事もある。兵はいくらあっても足りないくらいじゃ。五年の間に、名護按司、羽地按司、国頭按司、金武按司、恩納按司を味方に付けるんじゃよ」
「そんな事ができるのか」と苗代大親が言った。
「やらなければならん」
「確かにのう。戦に勝つには敵の事をよく知らなければならないからのう」と大役の嘉数大親(かかじうふや)が言った。
「いくら、同盟したとはいえ、用もないのに、今帰仁の城下をうろうろかぎ回る事はできないでしょう」と大役の与那嶺大親(ゆなんみうふや)が言った。
「山北王は『材木屋』と『油屋』を首里の城下に置いている。わしらも何かを売る店を出したらいい。あちこちを行商して回っても文句は言わんじゃろう。油屋も同じ事をやっているんじゃからな」
「成程。商人を送り込むのですな」と与那嶺大親は思紹の言った事に納得した。
「詳しい事はあとで相談するとして、今は同盟すべきじゃとわしは思う。馬天ヌルはどう思う?」
「わたしがヤンバルのウタキ(御嶽)巡りをしたのは、早いもので、もう十年も前になるわ。亡くなってしまったヌルも多いでしょう。もう一度、ヤンバルを旅して、ヌルたちと親しくした方がいいような気がするわ」
 思紹はうなづき、「同盟すれば、ヌルたちも旅ができるようになるじゃろう」と言った。
「わかりました。同盟しましょう」とマチルギが言った。
「いいのか」と思紹は聞いた。
 マチルギはうなづいた。
「ンマムイの妻のマハニと会って、わたしも色々と考えたのです。マハニは敵である山北王の妹です。でも、わたしにはマハニは憎めないわ。マハニの祖父の今帰仁按司(帕尼芝)はわたしの祖父の敵だったけど、その孫の山北王もマハニも敵ではないのかもしれないって最近考えるようになったのです。同盟を結べば、戦はなくなる。みんなが平和に暮らせればそれでいいのかもしれないと思います」
「五年後の今帰仁攻めは決行するつもりじゃ。そのための同盟だと思ってくれ」
 結論が出て、思紹は山北王宛ての書状を書いて、テーラーはその書状を持って、今帰仁に帰った。

 

 

 

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