長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-123.タブチの決意(改訂決定稿)

 日が暮れてからブラゲー大主(うふぬし)を連れて、八重瀬(えーじ)グスクに来たミカ(美加)とチヌムイ(角思)を見て、タブチ(八重瀬按司)は首を傾げた。
 ブラゲー大主が訪ねて来るのは久し振りだった。ブラゲー大主は中山王(ちゅうさんおう)のために貝殻を扱っているので、浮島(那覇)で何度か会って、声を掛けたりはしていたが、わざわざ、八重瀬まで来るなんて、何か重要な用件でもあるのだろうかとタブチは思った。とにかく屋敷に上げて話を聞いた。
「チヌムイが、とうとうやりましたぞ」とブラゲー大主は嬉しさを抑えたような顔で言った。
「チヌムイが?」と言ってタブチはチヌムイを見た。
 チヌムイはうなだれていた。ミカを見るとミカも俯いていた。
「長年、稽古を積んできた『抜刀術(ばっとうじゅつ)』の極意でもつかんだのか」とタブチはチヌムイに聞いた。
 タブチはチヌムイが抜刀術という不思議な剣術の稽古に励んでいるのを知っていた。八重瀬岳(えーじだき)の山の中で立木をじっと睨んでは、気合いと共に木剣で立木を打っていた。ンマムイ(兼グスク按司)の配下の武芸者から学んで、さらに自分で工夫して、一撃必殺の技にすると言っていた。
「見事なものでございました」とブラゲー大主は言って、軽く笑った。
「さて、驚かないで聞いてくだされ」
 そう言ってブラゲー大主は、チヌムイとミカを見てからタブチを見て、
「山南王(さんなんおう)はあの世へと旅立ちました」と言った。
「なに?」とタブチはブラゲー大主を見てから笑った。
「馬鹿を申すな。シタルー(山南王)が病(やまい)に罹っていたなど聞いた事もない」
 そう言ってから、「まさか?」と言ってチヌムイを見た。
「その、まさかでございます。チヌムイが見事に母親の敵(かたき)を討ったのでございます」
「なに、チヌムイがシタルーを討ったのか」
「一刀のもとに山南王は倒れました」
「何という事を‥‥‥」
「父上‥‥‥」とチヌムイは初めて顔を上げてタブチを見た。
 目を見開いてチヌムイを見つめているタブチは、怒っているのか喜んでいるのかわからなかった。しかし、怒鳴られるような気がして、チヌムイは目を伏せた。
「詳しく話せ」とタブチは静かな声で言った。
 兼(かに)グスクの武術道場にシカーが現れた時から今までの出来事をチヌムイは順を追って話した。
「去年、お前を明国(みんこく)に連れて行くべきじゃった」と話を聞いたあとにタブチは言った。
「船出してから気づいたんじゃ。明国に行ったら、お前は敵討ちから解放されたかもしれなかった。お前の辛さや恨みは、わしも充分にわかっているつもりじゃ。母親が殺されてから一年近く、お前は口も利かず、ただ、ぼうっとしていた。わしは気が狂ってしまったのではないかと心配した。そんなお前を見て、わしはお前の母親の敵(かたき)は必ず討つと誓ったものじゃ。多分、ミカのお陰じゃろう。だんだんとお前は元に戻っていった。母の敵を討つと言って武芸の稽古を始めたお前を見て、わしは嬉しかった。今の中山王(思紹)が先代の中山王(武寧)を倒した時の戦(いくさ)で、わしは本気で弟のシタルーを殺して、山南王になろうとした。しかし、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)(サハチ)に邪魔をされて失敗に終わった。島添大里按司は絶対に許せんと思っていたが、親父もシタルーも行った明国が見たくなって、中山王の進貢船(しんくんしん)に乗って明国に行った。明国に行って、わしは初めて親父の気持ちがわかったんじゃ。親父は東方(あがりかた)をすべて攻め取るつもりだったのに、明国から帰って来たら、それをやめてしまって、交易に力を入れた。あの頃のわしには親父の考えが理解できなかった。わしもこの目で明国を見て、初めて親父の気持ちがわかったんじゃ。お前も明国に行ったら、きっと、考えが変わっていたじゃろう。しかし、手遅れになってしまった」
 城下にあるチヌムイたちの屋敷の物置に隠してあるシタルーの遺体を確認すると、「独りにしてくれ」とタブチは言って、弟の遺体と一緒に物置に残った。
 ブラゲー大主は帰り、チヌムイとミカは屋敷に上がった。帰りが遅いので、ミカの母親が心配顔で二人を迎えた。
 チヌムイたちがグスクから城下に移ったのは七年も前だった。浦添(うらしい)グスクが炎上して、中山王(武寧)の息子に嫁いだミカが帰って来た。ミカと一緒に、中山王の王妃だったタブチの姉も帰って来た。王妃のための部屋を開けるために、ミカの母親はミカとチヌムイを連れて城下に移った。
 タブチは姉のためにグスク内に屋敷を新築して、チヌムイたちの部屋は空いたが、グスクには戻らなかった。ミカはヌルの修行をしているし、チヌムイも城下でのびのびと暮らしている。二人のためにも城下にいた方がいいとミカの母親は考えて、そのまま、ずっと城下で暮らしていた。タブチも時々、気晴らしにやって来て、明るくなったチヌムイを見て喜んでいた。
 物置で弟の無残な遺体を眺めながら、これからどうしたらいいものか、タブチは悩んでいた。
 シタルーを倒して山南王になるという夢は決して忘れたわけではなかった。中山王の正使となって活躍していても、心の片隅で、これでいいのかともう一人の自分が言っていた。シタルーに何かが起こって、自分が山南王になる日がいつか来るに違いないと心の片隅で思っていた。しかし、最近はそれも半ば諦めかけていた。
 チヌムイが母の敵を討つために武芸の稽古に励んでいる事は知っていた。敵討ちなんかやめろと言っても、聞かない事はわかっている。うるさく言えば、返って反発するので放って置いた。何事にも怠りないシタルーが、チヌムイにやられるはずはないと思っていた。
 ブラゲー大主の話だと、チヌムイはシタルーには弓矢を使わず、正々堂々と剣術の勝負をして、ほんの一瞬の差で勝ったと言っていた。チヌムイは命懸けで戦ったのだろう。死を覚悟して戦ったに違いない。息子が死を覚悟して戦ったのなら、自分も死を覚悟してチヌムイを守らなければならなかった。
 タブチは決意を固めて物置から出ると、ミカの母親に声を掛けて、三人を連れてグスクに戻った。
 若按司のエータルー(八重太郎)、八重瀬ヌル、正妻のカヤを呼んで、タブチはチヌムイが見事に敵討ちを果たした事を告げた。
 皆が驚いた顔でチヌムイを見つめた。
「チヌムイがとうとうやったのね」とミカの母親は涙を流した。
「チヌムイが山南王を殺(や)ったのか‥‥‥」とエータルーは信じられないと言った顔で首を振った。
「チヌムイとミカなら、きっとやると思ったわ」と八重瀬ヌルは二人を見てうなづいた。
「でも、相手が大物すぎるわね。山南王の息子たちが敵討ちだと言って攻めて来ないかしら」
「戦(いくさ)になるかもしれん」とタブチは厳しい顔付きで言った。
「大変な事になってしまったわね」とカヤがチヌムイとミカを見てから、
「これからどうなさるおつもりなのですか」とタブチに聞いた。
「まずは、チヌムイを守らなくてはならない。何としてでも、敵討ちだった事を認めさせなくてはならない」
「それは難しいんじゃないでしょうか」とエータルーが言った。
「世間の者たちは、親父がチヌムイをそそのかして山南王を殺したと思いますよ。いっその事、島尻大里(しまじりうふざとぅ)を攻めて、グスクを奪い取ったらどうですか」
「あのグスクはそう簡単に落とせるグスクではない。落とすためには周到な準備が必要なんじゃよ。シタルーはもういない。跡を継ぐタルムイ(豊見グスク按司)はシタルーほどの器ではない。様子を見て、タルムイに反発する重臣を取り込めば、攻め取る事もできるじゃろう。今回はチヌムイの敵討ちをシタルーの息子たちに認めさせて、チヌムイを守る事が先決じゃ。わしは明日、シタルーの遺体を運んで、島尻大里に行くつもりじゃ」
「それは危険です」とエータルーが言った。
「親父は捕まってしまいます。殺されるかもしれません」
「わしにもしもの事があったら、お前が八重瀬を守れよ。そうじゃ、これを機にわしは隠居しよう。お前が今から八重瀬按司じゃ。いいな」
「急にそんな事を言われても‥‥‥」とエータルーは困った顔をして手を振った。
「何を言っておる。わしが八重瀬按司になったのは二十一の時じゃった。三十を過ぎても若按司でいる方が恥ずかしいぞ」
「わかりました」とエータルーは覚悟を決めてうなづいた。
「八重瀬按司の名を汚(けが)さないように努力いたします」
 タブチは満足そうにうなづいた。
「さて、隠居してから何と名乗ろうかのう。伊敷按司(いしきあじ)も真壁按司(まかびあじ)も米須按司(くみしあじ)も玻名(はな)グスク按司も皆、大主(うふぬし)を名乗った。大主では面白くないのう。中山王は隠居した時、東行法師(とうぎょうほうし)を名乗っていた。ヤマトゥ(日本)の有名な歌人西行法師にあやかったという。わしは明国の詩人で詩仙と呼ばれた李白(リーバイ)にあやかって、『李白法師(りーばいほうし)』を名乗る事にする」
「何だか、前もって決めていたようですね」とカヤが言った。
 タブチは笑って、「米須按司が隠居した時に決めたんじゃよ」と言った。
「来月の唐旅(とーたび)から帰って来たら、隠居しようと思っていたんじゃが、どうやら、正使を務めるのは難しくなりそうじゃ」
「俺のせいで、すみません」とチヌムイは謝った。
「自分の事しか考えていませんでした。みんなに迷惑が掛かってしまうなんて‥‥‥山南王のお腹からどくどくと血が流れて来て、それを見たら恐ろしくなりました。人を殺すという事がこんなにも恐ろしいとは思ってもいませんでした」
「初陣(ういじん)だったと思うんじゃ。わしも初めて人を斬った時は恐ろしくて体が震えた。サムレーなら誰もが経験する事なんじゃ。お前も今日から立派なサムレーじゃ。兄貴を助けて、活躍するんじゃぞ」
 チヌムイは父親を見ながらうなづいたが、涙で父親の顔がよく見えなかった。


 その頃、島尻大里グスクでは山南王がいなくなったと大騒ぎになっていた。
 日暮れ間近なのに山南王が来ないので、長嶺按司(ながんみあじ)(クルク)が保栄茂按司(ぶいむあじ)(グルムイ)に使者を送った。保栄茂按司は驚いて、自ら長嶺グスクにやって来た。気が変わって豊見(とぅゆみ)グスクに行ったのだろうかと長嶺按司と保栄茂按司は豊見グスクに向かった。豊見グスク按司(タルムイ)は驚いて、三人で阿波根(あーぐん)グスクに向かった。兼(かに)グスク按司(ジャナムイ)も驚いて、座波(ざーわ)ヌルを訪ねてから島尻大里グスクに行った。息子たちから話を聞いた重臣たちも驚いて、各地に兵を派遣して山南王の行方を捜した。
 一体、親父はどこに行ったんだと息子たちは顔を付き合わせて考えていた。
「まさか、刺客(しかく)にやられたのではないのか」と次男の兼グスク按司が言った。
「どこの刺客だ?」と娘婿の長嶺按司が聞いた。
「島添大里按司に決まっているだろう」と兼グスク按司は言ってから、しまったと言った顔で、兄の豊見グスク按司を見た。
「島添大里按司が刺客を送るわけがないだろう。親父を殺す理由がない」と豊見グスク按司が言った。
「それがあるんだ」と兼グスク按司は言って、去年、山南王が島添大里按司を殺すために刺客を送った事を兄に教えた。
「何だって! 親父はどうして、島添大里按司を殺そうとしたんだ?」と豊見グスク按司は強い口調で弟たちに聞いた。
「島添大里按司が邪魔なんだろう」と長嶺按司が言った。
「でも、あの失敗は痛かった。父上が率いていた刺客たちが全滅してしまったんだ」
 長嶺按司は先々代の山南王の弟だった。兄が高麗(こーれー)の美女を中山王(武寧)から奪って、高麗に逃げて行ってしまったため、島尻大里グスクを今の山南王の父親(汪英紫)に奪われた。当時、六歳だった長嶺按司と九歳だった大里大親(うふざとぅうふや)は、母親と一緒に助けられた。母親は汪英紫(おーえーじ)が山南王に贈った側室だった。大里大親は李仲按司(りーぢょんあじ)の娘を妻に迎えて、今、副使となって明国に行っている。長嶺按司は山南王の娘を妻に迎えて、長嶺グスクを任されて按司となった。娘婿として山南王から信頼されていて、去年の島添大里攻めにも山南王に従っていた。
「親父が島添大里按司に刺客を送ったとしても、島添大里按司は親父に刺客は送らないだろう。島添大里按司が親父を殺したとして、何の得があるんだ?」と豊見グスク按司が弟たちに聞いた。
「八重瀬按司を山南王にしようとたくらんでいるのかもしれない」と兼グスク按司が言った。
「伯父が山南王になったら、俺はどうなる? 俺は島添大里按司の義弟だぞ。娘婿が山南王になった方が中山王にとっては都合がいいんじゃないのか」
「それもそうだな」と長嶺按司はうなづいた。
「すると、兄上を山南王にするために父上を殺したのかな」
「馬鹿な事を言うな。そんな事をしたら島添大里按司は親父の敵(かたき)になる。俺が山南王になったとしても、中山王と戦わなくてはならなくなる。わざわざ、俺を敵に回すような事はするまい。久し振りのお忍びだったから、急に思い出して、誰かに会いたくなったのではないのか」
「そういえば、来年の正月に進貢船を送るつもりだが、お前、順天府(じゅんてんふ)(北京)まで行って来ないかと言われたぞ」と兼グスク按司が言った。
「なに、お前に行けと言ったのか」と豊見グスク按司が驚いて聞いた。
「ああ。急に言われたので驚いたけど、俺が前に行ったのはもう六年も前だ。もう一度、行ってみるのも悪くないなと思ったんだ。進貢船の事で何か思い出して、久米村(くみむら)に行ったんじゃないのかな」
「久米村といえば、新しく遊女屋(じゅりぬやー)ができたらしいぞ」と長嶺按司がニヤニヤしながら言った。
「池のほとりにあって、遊女(じゅり)たちは明国の着物を着ているそうだ。薄絹の着物で、何とも色っぽいとの噂だ。もしかしたら、親父もその噂を聞いて、そこに行ったのかもしれんぞ」
「馬鹿らしい。親父がわざわざ遊女屋なんかに行くか」と豊見グスク按司は言ったが、
「遊女屋はついでさ。久米村の役人と進貢船の事で何か相談したあとに誘われて行ったのかもしれない」と長嶺按司は言った。
「それはあり得るな」と兼グスク按司がうなづいた。
「親父も誘われて、久し振りに羽目をはずしたくなったのかもしれんな」
「その遊女は明国の女なのですか」と保栄茂按司が聞いた。
「おっ、生真面目なグルムイも遊女屋に興味があるのか」と兼グスク按司が笑った。
「あんな美人の嫁さんがいるのに、遊女に興味を持つなんて、山北王(さんほくおう)に怒られるぞ」と長嶺按司も笑った。
「俺はただ、明国の娘がどうやって琉球に来たのかが気になっただけです」
 真面目な顔で言い訳をする保栄茂按司を見ながら兼グスク按司と長嶺按司が笑った。豊見グスク按司も笑っていた。
「残念ながら、遊女は島の娘らしい。数年前までは、朝鮮(チョソン)や明国の娘たちが倭寇(わこう)にさらわれて琉球に来ていたが、最近はあまり来なくなったようだ。それでも、唐人(とーんちゅ)の相手をするので、唐言葉は達者らしい。唐の歌や唐の踊りも披露するので、珍しがって首里(すい)のサムレーたちも通っているとの評判だ」
 山南王は保栄茂グスクから長嶺グスクには向かわず、浮島に行ったに違いないと結論を出した息子たちは、久し振りに集まったのだから、酒でも飲もうと言って酒盛りを始めた。


 島添大里グスクでも、ヤンバル(琉球北部)から帰って来たウニタキ(三星大親)を相手にサハチ(中山王世子、島添大里按司)が酒を飲んでいた。二人はなぜか、山南王との思い出を語り合っていた。
「俺がシタルーに初めて会ったのは、奴がサングルミー(与座大親)と一緒に明国から帰って来た時だった」とウニタキは言った。
「そうだったのか。お前が佐敷に来た時、シタルーは留学中だったのか」
「あの頃、俺は配下の者たちを連れて、あちこちのグスクに潜入していたんだ。按司たちの顔を覚えるためにな。豊見グスクにも潜入した。シタルーの奥さんが五人の子供の面倒を見ていたよ。その奥さんだが、俺の前の妻だったウニョンに似ていて驚いたよ。ウニョンは二十歳で亡くなってしまったが、十年後はこんな感じだろうと思うと目が潤んできたんだ」
「そうか。シタルーの奥さんはお前の叔母だったんだな」
「その時、初めて見たけど叔母には違いない。長男のタルムイはまだ十歳くらいだった。姉のマナビーは島尻大里でヌルになるための修行をしていて、当時の山南王は、武寧の側室だった美女を盗んで高麗に逃げた情けない奴だった」
「親父が山南王になったという噂を明国で聞いたシタルーは、予定よりも早く帰国したんだ。サングルミーの親父は戦死して、弟が与座按司(ゆざあじ)になっていた。サングルミーは自分の居場所を失って、また、国子監(こくしかん)に戻ったんだ」
「あの頃、お前が笛を始めたんだっけな」
「そうだな。玉グスクからヤグルー(平田大親)に嫁いで来たウミチルの笛を聞いて、俺も吹いてみたくなったんだよ。お前が三弦(サンシェン)を始めたのもその頃だろう」
「いや、もっとあとだ。ファイチ(懐機)が佐敷に来た頃だ。お前の笛はへたくそだったが、なぜか感動するものがあったんだ。俺も何か楽器をやってみたいと思ってな、それで三弦を手に入れたんだよ」
 サハチはウニタキを見て笑った。お互いに身に付けた笛と三弦は、その後、大いに役に立っていた。
「雨が降ってきたわ」と言いながら、佐敷ヌルとサスカサ(島添大里ヌル)、サグルーが顔を出した。
「お酒が飲みたくなったの」とサスカサが笑った。
「なぜか、台本作りに集中できなくて、サスカサからお兄さんがウニタキさんとお酒を飲んでいるって聞いたので、一緒に飲もうと思ってやって来たのよ」と佐敷ヌルも笑った。
「まったく、お前たちのお酒好きにも困ったものだ」
「お前もお酒が飲みたくなったのか」とサハチはサグルーに聞いた。
 サグルーはうなづいた。
「あたしたちがお屋敷から出たら、サグルーが空を見上げていたのよ。曇っていて、星も出ていない空をね」と佐敷ヌルが言った。
「なんか胸騒ぎがするんです」とサグルーが言った。
「あたしたちも何かよくない事が起こるような気がするの」とサスカサが言って佐敷ヌルを見た。
「もしかして、ヤマトゥに行ったササたちに何かが起こったのかな」とサハチは心配した。
「ササ姉(ねえ)たちじゃないわ」とサスカサは言った。
「まさか、永楽帝(えいらくてい)がヤマトゥを攻めたのではあるまいな」
 佐敷ヌルが首を振って、「琉球の国内の事だと思うわ。何となく、戦(いくさ)の臭(にお)いがするの」と言った。
「戦? シタルーがまた、ここを攻めて来るのか」
「いや、そんな事はあるまい。シタルーの兵は動いていない」とウニタキは言った。
「それじゃあ、山北王が動くのか」
「湧川大主(わくがーうふぬし)は鬼界島(ききゃじま)(喜界島)から帰って来ていない。湧川大主が留守なのに、山北王が独断で動くはずはない」
「俺まで何だか、胸騒ぎがして来たぞ」とサハチはサグルーを見てから、ナツを呼んで酒の用意を頼んだ。
 雨が本降りになったようで、侍女たちが雨戸を閉めていた。
 ウニタキにお客だと侍女が知らせた。ウニタキは侍女と一緒に部屋から出て行った。びしょ濡れになったウニタキの配下のアカーが来ていて、ウニタキに島尻大里の異変を伝えた。
 部屋に戻ったウニタキは、サハチたちに山南王が行方不明になった事を伝えた。サムレーたちが探し回ったが見つからず、明日、また探すらしいという。
「あのシタルーが行き先を誰にも告げずに、どこかに行くなんて考えられんぞ」とサハチは言った。
「シタルーはお前の刺客にやられると思って、一年近く、お忍びで出歩くのをやめていたんだ。久し振りのお忍びなので、ちょっと気まぐれに動いただけだろう。明日、何事もなく戻って来るさ」とウニタキは言った。
「胸騒ぎは山南王だったのかもしれない」とサグルーが言った。
「シタルーに何かがあったというのか」とサハチはサグルーに聞いた。
「山南王がいなくなって得するのは誰です?」とサグルーが聞いた。
「兄の八重瀬按司かしら?」と佐敷ヌルが言った。
「シタルーがいなくなれば、跡を継ぐのはタルムイだろう。タブチが山南王になれるはずがない。弟を殺した事がわかればなおさらだ。タブチは今、進貢船の正使に満足している。そんな馬鹿な真似はするまい」とサハチが言うと、
「確かにな」とウニタキが言った。
「ここに来る前、ファイチ(懐機)の所に寄って来たんだが、タブチがいて、ファイチからヘグム(奚琴)を習っていたよ。来月、明国に行ったら二胡(アフー)を手に入れるんだと楽しそうな顔をして言った。正使を務めるのが楽しくてしょうがないようだったぞ」
「八重瀬按司ではないですね」とサグルーが言った。
「山北王が瀬底之子(しーくぬしぃ)(本部のテーラー)に命じて殺させたのではないですか」
「山北王が山南王を殺して、何の得があるんだ?」とサハチがサグルーに聞いた。
「中山王の仕業に見せかければ、山南王になった豊見グスク按司と中山王は戦を始めます。どっちが勝っても、かなりの損害が出るでしょう。いつかは中山王を倒そうと考えている山北王にとって、都合のいいようになります」
「確かにそうだが、刺客が山北王の手の者だった事がわかれば、逆効果だぞ。中山王と山南王が手を結んで山北王を倒す事になる」
「ここであれこれ言っていても始まらないわ」と佐敷ヌルがうまそうに酒を飲んだ。
「明日になれば、ひょっこりと現れるだろう」とウニタキは笑った。


 対馬(つしま)の船越にいたササは、山南王がチヌムイに斬られる場面を見ていた。
「大変な事が起こったわ」とササは驚いて、「早く、琉球に帰らなくちゃ」と言って、血相を変えて、総責任者の手登根大親(てぃりくんうふや)(クルー)がいる屋敷へと走って行った。

 

 

 

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