長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-130.喜屋武グスク(改訂決定稿)

 タブチ(先代八重瀬按司)の豊見(とぅゆみ)グスク攻めの二日後、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにンマムイ(兼グスク按司)が訪ねて来た。一緒に連れて来たのはチヌムイと八重瀬(えーじ)若ヌルのミカだった。チヌムイもミカもウミンチュ(漁師)の格好だった。
 山南王(さんなんおう)の進貢船(しんくんしん)が帰って来て、山南王妃がそれを奪い取った時と、豊見グスクが攻められた時、サハチ(中山王世子、島添大里按司)は首里(すい)に呼ばれた。豊見グスクが反撃をして、タブチの兵を追い返したと聞いて、しばらく様子を見ようという事で島添大里に帰っていた。
 サハチの顔を見て、「いてよかった」とンマムイは嬉しそうに笑った。
首里に行こうか、ここに来ようか迷ったんだけど、ここに来てよかった」
 ンマムイはサハチにチヌムイとミカを紹介した。話には聞いているが、二人に会うのは初めてだった。チヌムイは目付きがタブチに似ていて、タブチの若い頃はこんな感じだったのだろうとサハチは思った。ミカは与那原(ゆなばる)のマカミーと少しも似ていなかった。母親に似たようだ。サハチはンマムイたちを二階の会所(かいしょ)に案内した。
「母親の敵(かたき)を見事に討ったそうだな」とサハチはチヌムイに言った。
「はい、師兄(シージォン)」とチヌムイは答えた。
 サハチは笑って、「サスカサ(島添大里ヌル)とシビーと一緒に修行を積んだのだったな」と言った。
「お師匠から按司様(あじぬめー)のお話はよく聞いております。明国(みんこく)で按司様と出会えて、琉球に来られてよかったとお師匠はよく言っておりました」
「お師匠がそんな事を言っていたのか」
按司様は不思議なお人だとも言っておりました」
「俺が不思議な人?」
「百六十年も生きて来たけど、按司様のような男は滅多にいないと言っておりました」
 サハチは首を傾げた。
「師兄はまさしく、不思議なお人ですよ」とンマムイが言った。
「俺は師兄に会う前、敵(かたき)だと狙っていました。ところが、実際に会ってみたら、敵どころか、尊敬すべき師兄でした。妻も師兄は不思議な人だと言っていました。マウミも師兄の息子に嫁ぐのなら幸せになれると安心しています」
「何を言っているんだ。おだてても何も出て来ないぞ」
 ナツがお茶を持って来た。
「おいしいお茶が出て来ましたよ」とンマムイは笑った。
 サハチはチヌムイと若ヌルから、シタルー(山南王)を討った時の詳しい様子を聞いた。
 話を聞いて、サハチは改めて二人を見た。弓矢の連射といい、抜刀術(ばっとうじゅつ)といい、二人は恐るべき腕を持っていた。タルムイ(豊見グスク按司)に捕まって、殺させるわけにはいかなかった。
 チヌムイは懐(ふところ)から書状を出してサハチに渡した。『島添大里按司殿へ 李白法師』と書いてあった。
李白法師(りはくほうし)とは誰だ?」とサハチは聞いた。
「父上です。隠居して、李白法師(りーばいほうし)と名乗りました」
「隠居した? 山南王ではないのか」
「山南王は辞めたようです」
「何だと?」とサハチは驚いて、ンマムイを見た。
 ンマムイはとぼけた顔をして、壁に飾ってある水墨画を眺めていた。
「父上は今、喜屋武(きゃん)グスクにいます」とチヌムイは言った。
「なに? 一体、どういう事なんだ?」
「そこに詳しく書いてあります」
 サハチは書状を開いて読んだ。
 世間を騒がせてしまってすまなかった。山南王になったが、やはり、天は許さなかった。山南王の座を降り、チヌムイとミカを連れて琉球を離れる事に決めた。島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクには、摩文仁大主(まぶいうふぬし)(先代米須按司)、山グスク大主(先代真壁按司)、中座大主(なかざうふぬし)(先代玻名グスク按司)が残っているが、やがて撤収するだろう。妻や子供たちの事が心配だが、八重瀬グスクは敵兵に包囲されているのでどうする事もできない。今までお世話になって、これ以上望むのは僭越(せんえつ)だが、妻や子供たちの事をよろしく頼む。東方(あがりかた)の按司たちにも迷惑を掛けてしまった。長嶺(ながんみ)グスクから速やかに撤収してほしい。もし、摩文仁大主が戦を続けた場合、阿波根(あーぐん)グスクと保栄茂(ぶいむ)グスクを狙うだろう。阿波根グスクに長年住んでいたンマムイを味方に引き入れようとするかもしれない。ンマムイの妻は山北王(さんほくおう)の妹なので、山北王を味方に付けるために、強引に引き入れようとするかもしれない。充分に気を付けるようにと書いてあり、最後にお世話になったお礼が書いてあった。
「お前の父上はお前たちを連れて琉球を去るのか」とサハチはチヌムイに聞いた。
 チヌムイはうなづいた。
「どこに行くつもりなんだ?」
「キラマ(慶良間)には無人島があるらしいので、そこに行くと言っていました」
「キラマか‥‥‥」とサハチは言って、修行者たちのいるあの島にタブチたちを匿(かくま)おうかと思ったが、ふと久米島(くみじま)が浮かんだ。進貢船の正使を務めたタブチを、進貢船の中継地の久米島に送るのがいいような気がした。久米島の長老たちをうまくまとめて按司になるのもいいし、按司にならなくても、チヌムイと若ヌルの武芸は島の者たちのためになるだろう。
久米島に行くように、父上に伝えろ」とサハチはチヌムイに言った。
久米島?」
「そう言えばわかるよ」とサハチは笑った。
久米島か。あそこはいい島だぞ」とンマムイはチヌムイに言った。
「お前の事も書いてあったぞ」とサハチはンマムイに言った。
摩文仁大主がお前を味方に引き入れようとするそうだ」
「叔父上が俺を味方に?」
「そうか。摩文仁大主はお前の叔父か」
「親父(武寧)が殺されたあと、瀬長按司(しながあじ)と一緒に何度か会って、親父の敵討ちの相談をした事があります。摩文仁大主はあまり乗り気ではありませんでした。中山王(ちゅうざんおう)よりも山南王の座を狙っているような気がしました。摩文仁大主の奥さんは山南王の妹だったのです。祖父(汪英紫)に奪われたのが悔しくて、とりあえずは叔父の八重瀬按司(タブチ)を山南王にして、その後、山南王の座を叔父から奪い取ろうとしていたような気がします」
摩文仁大主がそんな事をたくらんでいたのか」
「今回、八重瀬の叔父が出て行ったので、山南王になるかもしれません。それと、久高島参詣(くだかじまさんけい)の中山王を襲撃した俺の弟のイシムイを密かに援助しているようです」
「なに、イシムイとつながっているのか。イシムイは今、どこにいるんだ?」
「俺は知りませんが、摩文仁大主と瀬長按司は知っていると思います。浦添(うらしい)グスクが焼け落ちた時、イシムイは我如古大主(がにくうふぬし)の娘に会いに行っていて助かったのです。あいつは我如古の山の中で、百人の兵を鍛えて、中山王を襲ったのです。襲撃に失敗して、どこかに逃げたようですが、どこに逃げたのか俺は知りません」
「あの時、ウニタキ(三星大親)が追って行ったんだがヤンバル(琉球北部)まで逃げたようだった。その後もウニタキは探しているが、まだ見つかっていない」
今帰仁(なきじん)には行っていないようです。多分、読谷山(ゆんたんじゃ)の多幸山(たこーやま)辺りに潜んでいるのではないかと思います」
「多幸山か‥‥‥我如古の娘は我如古にいるのか」
「いないようです。イシムイと一緒にいるようです。もしかしたら、摩文仁大主はイシムイを呼ぶかもしれません」
「イシムイとはどんな奴なんだ?」
「あいつは俺より三つ年下の弟で、俺みたいにフラフラしていないで、書物を読むのが好きな静かな男でした。明国や朝鮮(チョソン)に行った時、何冊か書物を買ってきてやったら、あいつは物凄く喜んでくれました。あいつの婚礼は盛大でした。琉球中の按司が集まったのです。師兄も浦添に行ったのではありませんか」
 サハチは思い出した。初めて、浦添グスクに入った時だった。グスクの広さに驚いて、迷子にならないように必死に皆のあとについていた。一番末席だったので、花婿の顔は覚えていないが、あれがイシムイの婚礼だったのかとサハチは初めて知った。
「あんな盛大な婚礼に出たのは初めてだったよ」とサハチは言った。
「我如古大主の娘と出会ったのも書物が縁です。我如古大主は浦添グスクの書庫を管理していたのです。書庫にもない珍しい書物も我如古大主は持っていて、我如古大主が非番の時、あいつも一緒に我如古まで行っていたようです。久高島参詣の襲撃の前に久し振りに会いましたが、あいつはすっかり変わっていました。まるで、山賊のお頭のようでした。たった二年で、あれほど変わるなんて驚きましたよ。浦添にいた時、弓矢の稽古だけは親父に命じられて、嫌々ながらもやっていましたが、武芸なんかまるで興味のなかったあいつが、長い太刀を背中に背負っていましたよ。あいつは親父が殺された恨みよりも、書庫にあった大切な書物が燃えた事に腹を立てて、復讐を誓ったと言っていました」
「すべてとは言えんが、浦添グスクの書庫にあった書物は今、報恩寺(ほうおんじ)の書庫にあるはずだよ」
「えっ!」とンマムイは驚いた。
「ウニタキが運んだんだ。書物だけでなく、財宝もな」
「そうだったのですか。ウニタキ師兄が‥‥‥今でも、あいつが書物を読んでいるのかわかりませんが、それを知ったら喜ぶでしょう」
「話がそれてしまったが、摩文仁大主から声が掛かっても、決して動くなよ。お前が動けば、家族を巻き込む事になる。来年はマグルーとマウミの婚礼を挙げなくてはならんからな」
「わかりました。決して動きません」
 ンマムイはチヌムイとミカを連れて帰って行った。三人を見送るとサハチは首里に向かった。


 その頃、タブチは喜屋武グスク(後の具志川グスク)から海を眺めていた。いつまで見ていても飽きない眺めだった。
 山南王の座から降りたタブチは、八重瀬ヌルと島尻大里ヌルを連れて島尻大里グスクから喜屋武グスクに移っていた。ナーグスク大主(先代伊敷按司)も、わしも抜けると言って一緒に出て、ナーグスクに戻っていた。次男の喜屋武按司に頼んで、ブラゲー大主と連絡を取り、チヌムイとミカを呼んで、書状を持たせてンマムイのもとへ送ったのだった。
 明国への使者を引退したあと、ここで、のんびり暮らそうと思っていたのに、それはかなわぬ夢となってしまった。何事もなければ、今頃、チヌムイと一緒に進貢船に乗っていただろう。果てしなく広い明国を見たチヌムイが、敵討ちなんかやめて、新しい生き方を見つけてくれる事を願っていたが、手遅れになってしまった。
 済んだ事を悔やんでも仕方がないとタブチは首を振って、「一から出直しじゃ」と独り言をつぶやいた。
 ナーグスク大主が訪ねて来たと喜屋武按司が伝えた。タブチは会所に通すように言って屋敷に上がった。
 会所に行くと、ナーグスク大主はいたが、なんと頭を丸めていた。
「似合っておるぞ」とタブチは笑った。
 ナーグスク大主は坊主頭を撫でて、
「髪を剃ったら、何となく、すっきりした」と笑った。
「ちょっと、この辺りが涼しいがのう」とタブチは後頭部をたたいて笑った。
「倅の伊敷按司(いしきあじ)を説得したんじゃが、駄目じゃった」とナーグスク大主は力なく言った。
「奴は摩文仁大主の娘婿じゃからのう。すっかり嫁の尻に敷かれて、嫁の言いなりじゃ。美人(ちゅらー)なんじゃが、親父に似て気の強い女子(いなぐ)じゃ。摩文仁大主と一緒に戦って、必ず勝って、摩文仁大主を山南王にすると強気なんじゃよ。わしとナーグスク按司が動かなくても伊敷按司が参戦すれば、摩文仁大主が負けた時、わしら一族は皆殺しにされるじゃろう。わしもそなたと一緒に逃げようかと考えておるんじゃよ」
「何じゃと? すべてを捨てて逃げるというのか」
「殺されるよりもましじゃろう。実はのう、これは倅たちにも内緒なんじゃが、娘の伊敷ヌルがタルムイの子供を二人も産んでいるんじゃよ」
「何じゃと?」
 タブチは驚いて、ポカンとした顔で、ナーグスク大主を見ていた。
「わしもまったく知らなかったんじゃ。去年の暮れ、先代の伊敷ヌルが亡くなったんじゃが、亡くなる前に教えてくれたんじゃ。わしも驚いた。どうして隠していたのかと聞いたら、わしが山南王(シタルー)を毛嫌いしているから隠していたと言った。そして、若ヌルを責めないでくれと言った。神様のお導きで結ばれたのだから、いつか、必ずいい事が訪れるはずじゃと言ったんじゃよ」
「そなたの娘がタルムイとのう」と言ってタブチは信じられないと言った顔で首を振った。
「二人は一体、どこで出会ったんじゃ?」
「李仲按司(りーぢょんあじ)のグスクが完成した時、完成祝いと按司の就任の儀式があって、その手伝いに娘の若ヌルも伊敷ヌルと一緒に行ったんじゃ。その時は山南王もいたし、各地の按司たちもいたので、何もなかったようじゃ。次の日、若ヌルはなぜか、ナーグスクの近くの浜辺に行ったそうじゃ。そしたら、タルムイが海を見ていたというんじゃよ」
「何じゃと? どうして、タルムイがそんな所にいたんじゃ?」
「タルムイは前日に飲みすぎて李仲グスクに泊まったんじゃ。海風に当たろうと浜辺に行ったら、若ヌルがやって来たというわけじゃ。二人はそこで結ばれて、わしが明国に行っている留守に娘を産んだんじゃよ。明国から帰って来て、赤ん坊を抱いている若ヌルを見て、わしは驚いた。じゃが、嬉しくもあった。最初の孫じゃったからのう。相手は誰じゃと聞いたら、マレビト神じゃと言った。先代に聞いても相手は知らないと言った。跡継ぎが生まれてよかったと思って、わしは何も言わなかった。とにかく、可愛い孫娘だったんじゃよ。それから二年後、若ヌルのお腹が大きくなってきた。若ヌルはまたマレビト神だと言った。前の神様と同じ神様かと聞くと、そうだという。わしは近くにマレビト神がいるような気がして探してみたが、わからなかった。若ヌルと親しくしているような男はいなかったんじゃ。まさか、相手がタルムイだったなんて思いもしない事じゃった。それで、今回の戦もあまり乗り気じゃなかったんじゃよ。何とか理由を付けて抜け出したいと思っていたんじゃが、なかなか、うまい理由が見つからなかった。そなたが抜けると言ってくれたので、わしはホッとして一緒に抜け出して来たんじゃよ」
「伊敷ヌルをタルムイのもとに送るつもりなのか」
「わしはそのつもりだったんじゃが、ナーグスクを守ると言いおった。ここはタルムイとの思い出の場所なので、息子をここの按司にすると言ったんじゃよ」
「そうか。タルムイが山南王になれば、それも可能じゃろう」
「そうなってくれればいいが心配じゃ。もしもの時は舟に乗って逃げろとは言ったがのう」
 タブチはナーグスク大主と一緒に逃げる事に決めて、引き上げる準備を始めた。


 首里の龍天閣(りゅうてぃんかく)では、真武神(ジェンウーシェン)を彫っていた思紹(ししょう)(中山王)が、タブチが山南王の座から降りた事を知ると驚いて手を止め、サハチを見つめた。
「タブチが八重瀬ヌルと島尻大里ヌルを連れて、喜屋武グスクに行ったとウニタキから聞いていたが、単なる気分転換じゃろうと思っていた。まさか、山南王を辞めたとはのう。タブチが抜けたとなると状況も変わって来るな」
「長嶺グスクを攻めている東方の按司たちも撤収するようにとタブチは言っています」
「そうか。タブチがいなくなれば、攻める理由もなくなるか。しかし、長嶺グスクの攻撃をやめたとしても、八重瀬グスクを攻めているタルムイの兵は引かんじゃろうな」
 サハチはうなづいて、タブチの書状を思紹に見せた。思紹は書状を読むと、「戦評定(いくさひょうじょう)じゃ」と言って、みんなを招集した。
 一時(いっとき)(二時間)後、マチルギ、馬天(ばてぃん)ヌル、苗代大親(なーしるうふや)、奥間大親(うくまうふや)、ヒューガ(日向大親)、ウニタキ、ファイチ(懐機)、サタルーが顔を揃えて、戦評定が始まった。
「山南王のタブチが抜けたのに、まだやるつもりなのか」とヒューガが聞いた。
摩文仁大主か山南王になるようです」とウニタキが答えた。
「なに、摩文仁大主が山南王に?」と皆が驚いて、ウニタキを見た。
摩文仁大主は山南王妃の兄です。先代の山南王の義兄なのです。妻は初代の山南王(承察度)の妹です。資格は充分にあるとして重臣たちも認めたようです。今、残っている重臣は三人しかいませんがね」
「勝てると思っているのか」と苗代大親が聞いた。
「島尻大里グスクを抑えている限り、勝ち目はありと考えているようです」
「タブチがいなくなったので、東方の按司たちは長嶺グスクから撤収しようと思っています」とサハチは言った。
「長嶺按司がまた出て来ますね」とファイチが言った。
「八重瀬グスクが包囲されてから、もうすぐ一か月になるわ。山南王妃の兵を八重瀬から引かせる事はできないかしら」とマチルギが言った。
「チヌムイが目当てだからな。チヌムイを渡さない限り撤収しないだろう」
「チヌムイは喜屋武グスクにいると言ったらどうかしら?」
「言っても信じないかもしれんが、喜屋武グスクを攻めようとするかもしれんな」とサハチが言うと、
「そいつは無理じゃろう」と苗代大親が言って、絵地図を見た。
「喜屋武グスクは最南端じゃ。そこを攻めるには、島尻大里グスクを迂回したとしても伊敷グスク、真壁(まかび)グスク、波平(はんじゃ)グスク、山グスクを落とさなければ近づけまい」
「海から攻められませんか」とサハチは聞いた。
「無理じゃな」とヒューガが言った。
「あの辺りは絶壁が続いている。上陸できる場所は限られていて、どこから上陸しても、上から狙い撃ちされるじゃろう」
「タブチも凄い所にグスクを築いたのう」と思紹は感心して、
「タブチは船を持っているのか」とウニタキに聞いた。
「ヤマトゥ(日本)船が欲しいと言っていましたが、まだ手に入れてはいないようです。小舟(さぶに)を何艘か持っているだけです」
「小舟で逃げるつもりなのか」
「いえ、ブラゲー大主の船があります」
「成程。それなら大丈夫じゃな」
「東方です」と絵地図をじっと見ていたファイチが言った。
「東方がどうかしたのか」と思紹がファイチに聞いた。
「八重瀬、具志頭(ぐしちゃん)、玻名(はな)グスク、米須(くみし)、山グスク、ナーグスクは皆、東方の者たちです。反乱を起こした東方の按司たちを東方の按司たちが退治するという形にして、それらのグスクを攻め取るのです」
「東方の問題を東方の者たちが解決するというのじゃな」とヒューガが言った。
「そうです」とファイチはうなづいて、「中山王はまだ介入はしません」と言った。
「東方の者たちだけで、それらのグスクが落とせるかのう」と思紹が言った。
「今、長嶺グスクにいる五百の兵で、一つづつ落として行けばいいのです。まずは八重瀬グスクです。タブチが山南王の座から降りた事を知らせれば、降伏してグスクを明け渡すでしょう」
「八重瀬グスクは敵兵に囲まれているぞ」と苗代大親が言った。
「山南王妃に、タブチとチヌムイが喜屋武グスクにいる事を伝えて、騒ぎを起こしている東方の按司たちは、長嶺グスクを包囲している東方の按司たちが退治するので、八重瀬グスクから撤収して、島尻大里グスク攻めに専念してほしいと言うのです」
「山南王妃がそれで手を打ってくれるかのう」と思紹は首を傾げた。
「長嶺グスクから東方の按司たちが撤収すれば、山南王妃も手を打ってくれると思いますが」
「長嶺から撤収した兵を新(あら)グスクに移動させたらどうでしょう」とサハチが言った。
「それじゃ」と思紹が手を打った。
「挟み撃ちにされると思って、八重瀬の包囲陣を解くかもしれんな」
「撤収しなかったら、八重瀬は後回しにして、具志頭グスクを攻めましょう」とファイチが言った。
「あそこは按司が戦死して、先々代の奥方様(うなじゃら)が守っている。奥方様はマチルギの弟子だ。マチルギが話せば、グスクを明け渡すだろう」とサハチは言った。
 マチルギはうなづいて、「任せて」と言った。
「わたしも具志頭ヌルを説得するわ」と馬天ヌルが言った。
「次は玻名グスクじゃな」と苗代大親が言った。
「玻名グスク按司の妻は山グスク大主の娘です。かなりの抵抗を受けるでしょう」とウニタキが言った。
「玻名グスクと具志頭グスクじゃが、どうして、あんな近くに二つのグスクがあるんじゃ?」と思紹がウニタキに聞いた。
「地元の古老の話だと、具志頭グスクの方が古いようです。昔、玉グスクと島尻大里が争っていた時期があって、島尻大里按司が玉グスク側の具志頭グスクに対抗するために玻名グスクを築いたようです」
「すると、昔は敵同士だったわけじゃな」
「そのようです。玉グスク側の浦添按司の西威(せいい)が察度(さとぅ)に滅ぼされて、玉グスク側の八重瀬按司汪英紫(おーえーじ)に滅ぼされてからは、玻名グスクも具志頭も汪英紫に従うようになったようです」
「成程のう。玻名グスクには配下の者はおるのか」
 ウニタキは首を振った。
「米須の『まるずや』の行商人が時々、顔を出す程度です」
「そうか。あのグスクは大きいからのう。そう簡単には落とせまい」
「玻名グスクの城下には古くから奥間の鍛冶屋(かんじゃー)が数多くいます」と奥間大親が言った。
「先々代の玻名グスク按司が農具を作るために鍛冶屋を集めたのです。先代の中座大主も鍛冶屋を保護したので、按司に信頼されている鍛冶屋が多くいます」
 思紹は嬉しそうにうなづいて、「それは使えるな。うまく行くように運んでくれ」と奥間大親とサタルーに言った。
「今なら玻名グスクも油断しているかもしれません」とウニタキが言った。
「東方の按司たちは長嶺グスクを攻めているので、玻名グスクには来ないと安心しているでしょう。グスク内に潜入できるかもしれません。そして、島尻大里から避難して来たと行って城下にも配下の者を入れましょう」
「頼むぞ。奥間の者たちとうまくやってくれ」と思紹はウニタキに言った。
 ウニタキは奥間大親とサタルーを見てうなづいた。
「次は中座グスクか」と苗代大親が言った。
「中座グスクはまだ完成していません。摩文仁グスクもです。屋敷があるだけで、石垣はありません」とウニタキは言った。
「その石垣はどこの石屋が造るんだ?」とサハチはウニタキに聞いた。
「島尻大里にいる親方のテサンだよ」
「シタルーがよく許可したな」
「グスクの縄張り図を提出させる事を条件に許可したのだろう。奴らは職人だから仕事がなければ稼げんからな。たとえ、中山王に寝返った奴らのグスクだろうと稼ぎになれば動くのだろう。だが、山南王が急に亡くなったので、石垣の普請は中断されたままになっている」
「中座グスクと摩文仁グスクは放っておいて、次は米須グスクじゃな」と苗代大親が言った。
「米須の若按司の妻はクマヌ(先代中グスク按司)の孫娘じゃ。若按司夫婦を何とか助け出して、米須按司を継がせよう」と思紹が言った。
「うまい具合に米須按司が兵を引き連れて出陣して行けば、留守を守っているのは若按司じゃ。説得すれば何とかなりそうじゃな」とヒューガが言った。
「米須按司は今、島尻大里グスクにいます」とウニタキが言った。
摩文仁大主は山南王になって、王妃として妻を、世子(せいし)として米須按司を呼びました。娘の米須ヌルも呼んで、島尻大里ヌルを継がせました。今、米須グスクにいるのは次男の摩文仁按司と若按司です」
「すると、摩文仁按司をおびき出せばいいんじゃな」と苗代大親が言った。
「米須グスクにも配下の者を潜入させてくれ」と思紹はウニタキに頼んだ。
 ウニタキはうなづいて、「面白くなってきましたね」と笑った。
「玻名グスク、米須、真壁、伊敷、喜屋武、ナーグスク、山グスク、すべてのグスクに配下の者を潜入させます」
「頼むぞ」と思紹は厳しい顔付きで言って、ニヤッと笑った。

 

 

 

摩利支天の風 若き日の北条幻庵