長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-131.エータルーの決断(改訂決定稿)

 サハチ(中山王世子、島添大里按司)はウニタキ(三星大親)と一緒に喜屋武(きゃん)グスク(後の具志川グスク)に行って、琉球を去るタブチ(先代八重瀬按司)たちを見送った。
 喜屋武グスクは海に飛び出た岬の上にあって、思っていたよりも小さなグスクだった。石垣に囲まれた二つの曲輪(くるわ)があり、二の曲輪には海岸へと抜ける穴が空いていた。一の曲輪は二の曲輪よりも低く、そこに屋敷が建っていた。
 タブチは欲を捨て去った禅僧のようなさっぱりとした顔付きで、サハチとウニタキを迎えた。
「迷惑を掛けてすまなかったのう」とタブチは頭を下げてから、サハチとウニタキを見て微かに笑った。
「ここに来て、海を眺めながら、今までの事を思い出していたんじゃ。色々な事を思い出したよ。そなたたちを恨んだ時もあった。だが、そなたたちに会えてよかったとしみじみと思った。そなたたちに会わなかったら、わしは弟のシタルー(先代山南王)と争いを続けて戦死していたかもしれんのう。何もかも捨て去って、久米島(くみじま)でやり直すつもりじゃ。わしは刀も捨てる事にした。前回の戦(いくさ)で二百人近くを戦死させてしまった。もう戦は懲り懲りじゃ。久米島に行って、静かに暮らそうと思っている。ただ一つ、長年連れ添ってきた妻を残して行くのが心配なんじゃ」
「奥さんは送り届けますよ」とサハチは約束した。
「すまんのう。そうしてもらえると助かる」
「側室たちはいいのですか」とウニタキが聞いた。
「隠居した坊主に側室はいるまい」とタブチは笑ったが、「できれば、ミカの母親のトゥムも送ってほしい。チヌムイの母親同然じゃからのう」と頼んだ。
「側室たちに聞いて、久米島に行きたいと言った者たちは皆、送りますよ」とウニタキは言った。
「すまんのう」とタブチは笑って、頭を下げた。
 タブチ、チヌムイ、ミカ、八重瀬(えーじ)ヌル、次男の喜屋武按司夫婦と五人の子供たち、五人のサムレーと五人の侍女が従って、ナーグスク大主(うふぬし)(先代伊敷按司)夫婦と次男のナーグスク按司夫婦と二人の子供たち、五人のサムレーと五人の侍女が従って、ブラゲー大主の船に乗って久米島に向かった。
 喜屋武グスクには島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルと五人の侍女と十人の城女(ぐすくんちゅ)、五十人のサムレーが残った。
 島尻大里ヌルに、どうして一緒に行かないのかと聞くと、今回の戦で亡くなった人たちの冥福を祈らなければならないと言った。馬天(ばてぃん)ヌルから聞いていたが、島尻大里ヌルは昔と随分変わっていた。ヌルとしての貫禄も備わっていて、神々しさも感じられた。
「ここまで敵は攻めて来ないだろうが、タブチとチヌムイを殺すために刺客(しかく)が潜入して来るかもしれない。充分に気を付けるように」とサハチは島尻大里ヌルに言って、ウニタキと一緒に引き上げた。
 翌日、サハチは手登根大親(てぃりくんうふや)の妻、ウミトゥクに書状を持たせて、豊見(とぅゆみ)グスクの山南王妃(さんなんおうひ)のもとへ送った。ウミトゥクが豊見グスクに着いた頃を見計らって、長嶺(ながんみ)グスクを包囲している東方(あがりかた)の按司たちの兵を撤収させ、新(あら)グスクに移動させた。
 山南王妃が話に乗って来れば、八重瀬グスクを包囲している兵は撤収するはずだった。
 書状には、タブチが山南王の座を降りて、喜屋武グスクに引き上げた事。喜屋武グスクにはチヌムイと若ヌルも一緒にいる事。タブチが山南王の座を降りたので、長嶺グスクを攻めている東方の按司たちは撤収する事。世間を騒がせた八重瀬按司、玻名(はな)グスク按司、米須按司(くみしあじ)、真壁按司(まかびあじ)、伊敷按司(いしきあじ)は皆、隠居したが、東方の按司たちだった。東方の按司たちが引き起こした騒ぎは、東方の按司たちで決着を付ける。八重瀬按司、玻名グスク按司、米須按司、真壁按司、伊敷按司は全員、退治するので、八重瀬グスクから手を引いてほしい。喜屋武グスクも攻めて、タブチとチヌムイを生け捕りにしたら、豊見グスクに送り届ける。二人の処分は王妃に任せる。なお、島尻大里グスクでは、先代の米須按司が山南王になったようだ。偽者の山南王を退治するために島尻大里グスク攻めに専念してほしいと書いた。
 サハチからの書状を読んだ山南王妃のトゥイは、タルムイ(豊見グスク按司)と李仲按司(りーぢょんあじ)と照屋大親(てぃらうふや)を呼んだ。三人が来るとサハチの書状を見せて、「どう思う?」と聞いた。
「タブチとチヌムイは喜屋武グスクにいるのか」とタルムイが驚いた。
「それが本当なのかどうか確かめなくてはなりません」と李仲按司が言った。
「そうね」と言って、トゥイは石屋のテハを呼んだ。
「もし、本当だったら、八重瀬グスクを攻めるのは無駄な事です」とタルムイが言った。
「引き上げさせて、島尻大里グスクを包囲した方がいい。照屋グスクと国吉(くにし)グスクが味方になったのだから、邪魔なのは大(うふ)グスクだけです。大グスクを三百の兵で封鎖して、残りの兵で島尻大里グスクを包囲するべきです」
「長期戦になりますぞ」と照屋大親が言った。
「島尻大里グスクにはたっぷりの兵糧(ひょうろう)が蓄えられております。グスクから出て行った者たちも多いので、半年は持ちそうじゃ」
「半年は長すぎますね」と李仲按司は言った。
「テハの配下の者がまだ残っているはずだわ」とトゥイは言った。
「しかし、テハはもうあそこに入れんのじゃろう。連絡が取れなければ使えんな」と照屋大親が言った。
 テハが現れた。トゥイはテハにタブチの行方を聞いた。
「八重瀬ヌルと島尻大里ヌルを連れて島尻大里グスクを出て行きましたが、どこに行ったのかはわかりません。馬に乗って、南の方に行きました。配下の者があとを追って行ったのですが戻って来ないのです。タブチの配下の者にやられたようです」
「タブチもあなたたちのような者を使っているの?」
「八重瀬の城下にある『唐物屋(とーむんや)』の行商人(ぎょうしょうにん)たちが密かに動いています」
「タブチは喜屋武グスクにいるらしいわ。チヌムイも一緒にね。あそこまで兵を率いて出陣する事はできないわ。あなた、密かに二人を始末してくれないかしら」
「忍び込めと言うのですか」
「無理かしら?」
「タブチも守りを固めているでしょうから、忍び込むのは難しいと思いますが、何とかやってみましょう」
「粟島(あわじま)(粟国島)から来た若い者を連れて行くといいわ。刺客になるための訓練を受けている者もいるらしいから、波平大主(はんじゃうふぬし)とよく相談して連れて行ってね。頼むわよ」
 テハはうなづいて、「タブチはどうして喜屋武グスクに行ったのですか」と聞いた。
「山南王になるのは諦めたようだわ」
「すると、戦は終わるのですね?」
 トゥイは首を振って、「わたしの兄の摩文仁大主(まぶいうふぬし)が山南王になったようだわ」と言った。
「何と‥‥‥」とテハは驚いた顔でトゥイたちを見た。
「テハ、島尻大里グスク内に配下の者はいるのか」と李仲按司が聞いた。
「五人はいるはずなのですが、連絡が取れないのでわかりません。もしかしたら、皆、殺されてしまったかもしれません」
「そうか」
 テハが頭を下げて出て行くと、
「刺客を使うのですか」とタルムイが苦々しい顔をしてトゥイを見た。
「いつまでも敵討ちに関わってはいられないわ。偽者の山南王を倒さなくちゃね。タブチとチヌムイの事はテハに任せて、八重瀬の兵は撤収させましょう」
 トゥイが李仲按司と照屋大親を見ると、二人はうなづいた。
 李仲按司は絵地図を広げて、
「大グスクを封鎖して、島尻大里グスクを包囲しても、真壁、伊敷、米須の兵が邪魔をするだろうな」と言った。
「真壁、伊敷、米須、玻名グスクの兵も島尻大里グスクに閉じ込められればいいんじゃがのう」と照屋大親が言った。
「それじゃ」と李仲按司が手を打った。
「何かいい方法があるのですか」とトゥイが聞いた。
「山南王の就任の儀式をやらせるんじゃ。就任の儀式となれば、配下の按司たちは皆、集まるじゃろう。兵を引き連れて来るかどうかはわからんが、按司だけでも閉じ込めてしまえば、指揮官がいなくなるからのう。大分、有利となろう」
「でも、どうやって、その儀式をさせるのです?」
「儀式と言えばヌルじゃ。今の島尻大里ヌルはタブチと一緒に出て行った。先代のヌルはおらんのか」
「先々代のヌルは大村渠(うふんだかり)ヌルになって島尻大里の城下にいたんだけど、豊見グスクヌルに頼んで味方に引き入れて、今、豊見グスクの城下にいるわ」とトゥイは言った。
「初代の山南王(承察度)の娘だから、二代目の山南王の就任の儀式をやっているはずだわ。摩文仁大主の奥さんの姪だから、摩文仁大主も疑わないでしょう。それに、亡くなった山南王(シタルー)の従妹(いとこ)の慶留(ぎる)ヌルもいるわ。先代の山南王(汪英紫)の就任の儀式をやっているわ。慶留ヌルは大村渠ヌルの助手として行かせればいいわ」
「その二人のヌルに任せよう。摩文仁大主がその話に乗ってきたら儲けもんじゃ」と照屋大親がニヤッと笑った。
「必ず、乗って来るはずだわ」とトゥイは自信たっぷりに言った。
 その時、長嶺グスクから使者が来て、なぜか、東方の按司たちが皆、引き上げて行ったと知らせた。
 トゥイはうなづいて、タルムイにサハチ宛ての書状を書かせた。差出人は『山南王、他魯毎(たるむい)』となっていた。李仲按司が考えたタルムイの明国名(みんこくめい)だった。


 長嶺グスクを包囲していた東方の按司たちが撤収する時、指揮を執っていたのはサハチだった。按司たちを納得させて撤収させるには、やはり、サハチが出て行かなければならなかった。タブチとチヌムイが久米島に逃げた事は東方の按司たちには話さず、二人は今、喜屋武グスクにいると伝えた。
 新グスクに東方の兵がやって来た時、新グスク按司は驚いた。敵の大軍が攻めて来たと勘違いして、慌てて守りを固めさせた。先頭に来る兵が持った『三つ巴紋』の旗を見て、さらに驚いて、中山王(ちゅうざんおう)が出陣して来たのかと思った。
 サハチは新グスクの近くまで来ると兵たちの進軍を止めて、玉グスク按司、知念(ちにん)若按司、垣花按司(かきぬはなあじ)、糸数按司(いちかじあじ)、大グスク按司と一緒に、大御門(うふうじょー)(正門)まで行った。サハチが声を掛けると大御門が開いて、新グスク按司のエーグルー(八重五郎)がサムレー大将と一緒に出て来た。サハチは長嶺グスクから撤収して来た事を話し、相談があると言って、一人でグスク内に入った。
 一の曲輪にある屋敷の会所(かいしょ)で、サハチはエーグルーにタブチとチヌムイと若ヌルが久米島に逃げた事を告げた。エーグルーは信じられないといった顔でサハチを見ていた。
 サハチはこれまでの経緯を説明して、騒ぎを起こしている東方の按司たちを退治すると言った。エーグルーは納得して、逃げて行った親父のためにも、これからも東方の按司として活躍すると約束した。
 サハチがエーグルーと話している最中、八重瀬グスクを包囲していた敵兵が撤収したと知らせが入った。
 サハチはエーグルーと一緒に八重瀬グスクに向かった。
 一か月に及ぶ籠城戦の残骸がグスクの周りに散らかっていた。高い櫓(やぐら)が三つも建っていて、防御の楯(たて)がずらりと並んでいる。サハチは十一年前の島添大里(しましいうふざとぅ)グスク攻めを思い出した。
 大御門が開いて、八重瀬按司のエータルー(八重太郎)が出て来た。
「一体、何が起こって、敵は去ったのですか」とエータルーはサハチに聞いた。
「親父が山南王の座から降りたんだよ」とエーグルーは兄に言った。
「何だと?」
「詳しい話はあとだ」とサハチは言った。
「皆、疲れているだろう。もう敵は攻めて来ない。城下の人たちを解放して、兵たちも休ませろ」
 エータルーはうなづいて、御門番(うじょうばん)に指示を与えた。城下の人たちがぞろぞろと出て来て、我が家へと帰って行った。皆、疲れ切った顔をしているが、ようやく終わったという安堵感に溢れていた。
 城下の人たちが出て行ったあとのグスク内もゴミが散らかっていて、一か月の籠城の長さを物語っていた。武装を解いた兵たちは思い思いの所で休み、ホッとした顔で仲間と笑い合っていた。
 サハチは一の曲輪内の屋敷の一室に案内された。タブチが使っていた部屋だという。明国から持って来たのか、明国や南蛮(なんばん)(東南アジア)の国々が描かれた地図が飾ってあり、水墨画や高価な壺(つぼ)なども飾ってあった。サハチがそれらを見ている時、エーグルーがエータルーにタブチの事を説明していた。
 高価な品々を眺めながら、何もかも捨てて、一からやり直しだと言ったタブチの言葉が改めて思い出された。
 エーグルーの説明が終わると、サハチは今後の作戦をエータルーに告げた。
 東方の兵は具志頭按司(ぐしちゃんあじ)、玻名グスク按司、米須按司、真壁按司、伊敷按司を退治する。まず、最初に八重瀬グスクを攻めなければならない。山南王妃の手前、八重瀬グスクを包囲して攻撃する振りをする。何日かの抵抗後、グスクを開城して降参してくれ。しばらくの間は、新グスクに移ってもらおうと思うが、様子を見て、ほとぼりがさめたら、八重瀬グスクはエータルーに返すとサハチは言った。
「戦の振りは何日間ですか」とエータルーは聞いた。
「三日くらいでいいだろう。東方の按司たちは皆、そなたと親戚じゃ。皆に説得されて開城したと言えば、世間も納得するだろう」
 エータルーはうなづいて、「城下の人たちをまたグスクに入れるのですか」と聞いた。
「せっかく出られたのにまた入れるのも可哀想だ。新グスクに避難してもらおう。同じ避難でも、敵兵に囲まれていなければ安心だろう」
「わかりました」
「東方の按司たちは今、新グスクにいるが、率いている兵たちも一か月近く、長嶺グスクを包囲していて疲れている。三日間、休ませるつもりだ。四日後の正午、ここに攻め寄せるので、よろしく頼む」
 サハチはエータルーと別れて、新グスクに戻ると、按司たちを本拠地に帰した。
 サグルーと一緒に兵たちを引き連れて島添大里グスクに帰ると、ウミトゥクがタルムイの書状を持ってサハチを待っていた。
 山南王、他魯毎(たるむい)と書いてあるのを見て、
「お前の兄貴も山南王になったな」とサハチはウミトゥクを見て笑った。
 書状には、サハチの条件を呑んで、島尻大里グスクに居座っている偽者の山南王を倒すと書いてあった。サハチはウミトゥクにお礼を言って、豊見グスクの様子を聞いた。
「わたしは姉の豊見グスクヌルと一緒にいましたが、弟の保栄茂按司(ぶいむあじ)と妹のマアサも顔を出しました。姉はまだ、父上の死が信じられないと言っていました。保栄茂按司は豊見グスクに閉じ込められてしまったと苦笑していました。マアサはチヌムイは絶対に許せない。そして、チヌムイを好きになった自分はもっと許せないと自分を責めていました」とウミトゥクは言った。
「やはり、マアサはチヌムイが好きだったのだな。ンマムイ(兼グスク按司)が二人はいい感じだったと言っていた。こんな事になるなんてな。チヌムイも悩んでいたに違いない」
「でも、きっと、マアサなら乗り越えられるでしょう。強い子ですから」
 そう言って微かに笑ったあと、「母(山南王妃)のお部屋には李仲按司様と照屋大親様が呼ばれたようでした」とウミトゥクは言った。
「李仲按司か‥‥‥シタルーの軍師だったそうだな。李仲按司摩文仁大主を倒してくれるといいが」
「李仲按司様は具合が悪そうでした。明国で病を患って、国子監(こくしかん)にいる息子に福州まで送ってもらったらしいって姉が言っていました。帰って来たら、父上が亡くなったと聞いて、さらに体調を崩したみたいです」
「そうか。大事に至らなければいいがな。度々、使いを頼んで悪かった。クルーがいたら怒られそうだな」
「そんな事はありません。わたしでお役に立てるのであれば、何度でも行きますよ。姉や弟たちにも会えますし」
 ウミトゥクが帰るとサハチは首里(すい)に向かった。


 四日後の正午、東方の按司たちの八重瀬グスク攻めが始まった。うまく行くだろうと思ってサグルーに任せて、サハチは行かなかった。
 グスクを開城する約束の三日後、サハチは佐敷ヌルとサスカサ(島添大里ヌル)を連れて八重瀬グスクに向かった。
 すでに開城は始まっていて、侍女や城女(ぐすくんちゅ)たちがぞろぞろと出て来ていた。サグルーに聞くと作戦通りにうまく行っているという。女たちが出ると家臣たちも出て来た。皆、鎧(よろい)は着ているが武器は持っていなかった。タブチに従って明国に行っていた重臣の富盛大親(とぅむいうふや)が出て来て、サハチに書状を渡した。
「何だ?」とサハチは富盛大親に聞いた。
按司様(あじぬめー)はけじめをつけるとおっしゃっております」
「けじめ? 何のけじめだ?」
「山南王を殺したけじめです」
「エータルーは何を言っているんだ?」
按司様の覚悟が書いてあります」
 書状は二通あった。一つは略式で、もう一つは正式なものだった。略式の方から読んでみた。
 山南王を殺して琉球から逃げました、では世間が許しません。親父とチヌムイは八重瀬に戻って来て、ここで見事に戦死したという事にしてください。二人が死んだ事にしない限り、タルムイは二人を探し続けるでしょう。久米島にも追っ手が行くに違いありません。今、グスクに残っている者たちは、親父のために死を覚悟した者たちです。華々しい最期を飾らせてくださいと書いてあった。
 正式の書状には、降伏して開城するつもりだったが、隠居した父親が山南王の座から降りて、チヌムイを連れて帰って来たので降伏はできない。島添大里按司でも、親父とチヌムイの命を助けるのは難しいだろう。最期まで戦って二人を守ると書いてあった。
「あいつは何を言っているんだ?」とサハチは富盛大親に聞いた。
 富盛大親は苦しそうな顔をして首を振った。
「何を言っても無駄でした。誰かがけじめをちゃんとつけなければならない。親父とチヌムイを助けるためだったら、喜んで自分は犠牲になると言っておりました」
「何という事だ」
 大御門(うふうじょー)が閉められて、グスク内で法螺貝が鳴り響いた。突然、グスク内から弓矢が飛んで来た。
 サハチは刀で弓矢をはじいて、「戦闘態勢に付け!」と叫んだ。
 グスク内から次々に弓矢が飛んで来て、何人かが倒れた。法螺貝が鳴り響いて、東方の按司たちも戦闘態勢に入った。
 サハチは按司たちを集めて、事情を説明した。
「八重瀬殿が戻って来たのか」と糸数按司が聞いた。
「先日の豊見グスク攻めで、多くの兵を戦死させた事に責任を感じたようだ」とサハチは言って、エータルーの正式の書状を皆に見せた。
「八重瀬殿は死ぬつもりなのか?」と玉グスク按司が言った。
「倅が山南王を殺した責任を取るつもりなんだろう」と知念若按司は言った。
死に花を咲かせてやるしかないな」と糸数按司が言った。
「東方の按司としては、八重瀬グスクを落とさないと先には進めない。戦うしかないんだ」とサハチは言った。
 東方の按司たちはサハチにうなづいて散って行った。
 しばらく弓矢の応酬が続いて、火矢も放たれた。楯を持った糸数の兵と垣花の兵が石垣に向かったが、弓矢と石つぶての反撃が凄まじく、石垣に取り付く事はできなかった。
 サハチはタルムイの兵たちが造った櫓に登ってみた。櫓の上からグスク内がよく見えた。グスク内に人影はなく、石垣の上から攻撃している兵しかいなかった。死を覚悟した家臣だけが残っているとエータルーは言っていた。敵は思っているほど多くないに違いない。
 櫓から下りるとサハチは按司たちを集めて、
「敵は五十人足らずだ。一人づつ倒して行け。楯を持った兵を石垣に向かわせ、それを狙っている兵を確実に倒せ」と命じた。
 島添大里按司、玉グスク按司、知念若按司、垣花按司、糸数按司、大グスク按司の兵が六カ所から同時に攻めて、それを攻撃する兵を弓矢で狙った。石垣の上にいる兵が次々に倒れていった。
「大御門が開いているぞ」と誰かが叫んだ。
 見ると大御門が開いていた。信じられないが、かんぬきを掛けるのを忘れたらしい。いや、わざと掛けなかったのかもしれなかった。
「突撃だ!」と誰かが叫んで、東方の兵たちがグスク内に攻め込んだ。グスク内に入ったものの、敵を探すのが大変だった。グスク内は味方の兵で溢れた。
 二の曲輪から一の曲輪に行く途中、数人の敵が現れて、味方の兵に斬られた。
 突然、一の曲輪の屋敷から火の手が上がった。油を撒いたのか、火は勢いよく燃えて、屋敷に近づく事はできなかった。
 サハチが佐敷ヌルとサスカサを連れて、グスク内に入ると、味方の兵たちは呆然として、燃える屋敷を見つめていた。
「タブチの最期にふさわしいわね」と佐敷ヌルが言った。
「そうだな」と燃えている屋敷を眺めながらサハチはうなづいて、「エータルーは見事にけじめをつけたな」と厳しい顔付きで言った。

 

 

 

無住心剣流 針ヶ谷夕雲