長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-216.奥間ヌルの決断(改訂決定稿)

 正月気分も治まってきた正月の十日、ファイテ(懐機の長男)とミヨン(ウニタキの長女)、ジルーク(浦添按司の三男)と女子(いなぐ)サムレーのミカ、ウニタル(ウニタキの長男)とマチルー(サハチの次女)が旅に出て行った。南部を一回りしてから北に向かう予定だった。一行は目立たないように庶民の格好をしていた。
 同じ日に、『油屋』のユラが今帰仁(なきじん)のお祭り(うまちー)の準備のために旅立って行った。島添大里(しましいうふざとぅ)のミーグスクに滞在していたクチャとスミの二人も武当拳(ウーダンけん)を身に付けて、ユラと一緒に故郷に向かった。油屋の者が一緒なので、恩納(うんな)の城下の『油屋』に一泊して、翌日に名護(なぐ)に着いた。松堂(まちどー)の屋敷に泊まって、クチャとスミと別れて、ユラは今帰仁に向かった。
 正午(ひる)頃に今帰仁の城下に着いたユラは、兄が店主を務めている『油屋』で昼食を取ると、グスクの外曲輪(ふかくるわ)内にある『お芝居小屋』に向かった。大御門(うふうじょう)(正門)を入って左側にあるお芝居小屋ができたのは、去年のお祭りが終わって、ユラが首里(すい)に帰ったあとだった。小屋と呼ばれる通り簡単な造りの家だったが中は広く、十数人の娘たちが踊りの稽古に励んでいた。ユラの顔を見ると、みんながお帰りと言ってユラを迎えた。
「お芝居の台本は書けたの?」とサラが待ってましたといった顔をしてユラに聞いた。
「できたわ。『志慶真(しじま)のウトゥタル様』のお話なのよ」とユラが言うと、皆が歓声を上げた。
 志慶真のウトゥタルは、今帰仁の娘なら誰もが憧れている伝説の美女だった。
「うわぁ、面白そうね」とウクが言って、
「楽しみだわぁ」とクンが言って、
「みんなに聞かせてあげてよ」とミサが言った。
 山北王(さんほくおう)の側室のウクとミサは踊りや笛の師匠だが、クンも一緒に手伝っていた。
 ユラはみんなに台本を読んで聞かせた。島添大里グスクに滞在した時、女子サムレーたちと一緒に暮らしていたせいか、ウトゥタルは剣術の名人になっていて、悪い奴らを次々に斬り倒していた。
 とても面白いわと言って、みんなが喜んだ。
 ユラはサラにせがまれて、安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)から教わったお芝居の話や、親泊(うやどぅまい)(今泊)のウトゥタルのお墓で、女子サムレーのシジマが神人(かみんちゅ)になった話を聞かせた。
「志慶真村の娘がどうして、島添大里にいるの?」と不思議そうな顔をしてクンが聞いた。
「幼い頃に親を亡くして、旅のお坊さんに連れられてキラマ(慶良間)という島に行ったみたい。その島で剣術の修行をして島添大里の女子サムレーになったって言っていたわ」
「突然、神様の声が聞こえるようになるなんて、そんな信じられない事が起こるのね」とウクが首を傾げた。
 ウクを見ながら、ユラは急に思い出したかのように、
「南部で奥間(うくま)ヌル様の娘さんの父親が、島添大里按司様だっていう噂が流れたんですよ」と言った。
「ええっ?」とウクは驚いた。
 島添大里按司といえば中山王(ちゅうざんおう)(思紹)の世子(せいし)(跡継ぎ)だった。奥間の若ヌルが中山王の世子の娘だなんて、そんな事はありえないとウクは思った。
「安須森ヌル様に聞いたら、知らないってとぼけていたけど、ウク様、その噂は本当なの?」
「奥間ヌル様が娘さんを産んだのは、わたしがこっちに来てからの事だから知らないわ」とウクは言って、ミサを見た。
「わたしが十二歳の時だったわ。奥間ヌル様が跡継ぎの娘を産んだって、村中が大騒ぎしたのよ。でも、父親の事は知らないわ。マレビト神様だって、みんなが言っていて、みんな、そう信じているわ」
「その噂が流れたあと、首里にいた島添大里按司様の奥方様(うなぢゃら)が島添大里グスクに乗り込んで行って、按司様に刀を斬り付けて、按司様はグスク内を逃げ回っていたという噂が流れたんですよ」
「恐ろしい奥方様ね」と山北王の娘のママキが言った。
「島添大里按司様の奥方様は女子サムレーの総大将で、とても強いのよ。わたしも奥方様に憧れて、女子サムレーになりたかったわ。でも、親に反対されて‥‥‥」とユラは首を振った。
「ねえ、ミサ、島添大里按司は娘が生まれる前に奥間に来たの?」とクンが聞いた。
「えっ?」とミサはクンを見ながら当時を思い出していた。
「確か、その年のお正月に、若様の御婚礼があって、鍛冶屋(かんじゃー)のヤキチさんと一緒に島添大里按司は来ていたわ」
「どうして、島添大里按司が若様の御婚礼に呼ばれるの?」とウクが聞いた。
「さあ?」とミサは首を傾げたが、「奥間ヌル様が神様のお告げを聞いたのかしら?」と言った。
「去年の十一月に島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌル様が跡継ぎの娘さんを産んだのよ。相手はやっぱりマレビト神様だったわ。安須森ヌル様にも娘さんがいて、父親はマレビト神様だって言っていたわ。安須森ヌル様の娘さんも奥間ヌル様の娘さんも、ササ姉(ねえ)って呼ばれている運玉森(うんたまむい)ヌル様と一緒にヤマトゥ(日本)に行っているのよ」
「どうして、奥間ヌル様の娘さんが南部のヌルたちと一緒にヤマトゥに行っているの?」とクンがユラに聞いた。
「よくわからないわ。でも、奥間ヌル様の娘さんが島添大里按司様の娘さんだったら、安須森ヌル様の娘さんとは従姉妹(いとこ)同士になるんだし、一緒に行ってもおかしくないんじゃないの」
 山北王(攀安知)が帰って来たとの知らせが入って、側室のクン、ウク、ミサは山北王を迎えるために出て行った。
 攀安知(はんあんち)は機嫌がよかった。ウクとミサに、今年のお祭りのお芝居を楽しみにしているぞと笑いながら言って、クンを連れて中御門(なかうじょう)(かつての大御門)に向かった。
 一の曲輪(くるわ)の御殿(うどぅん)に着くと、
「今年は面白くなりそうだ」と攀安知は楽しそうに笑って、クンに手伝ってもらって着替えを済ませ、居間に行ってくつろいだ。
「クーイの若ヌルはお元気でしたか」とクンはお茶を出しながら聞いた。
 クーイの若ヌル(マナビダル)はクンが産んだ娘のマサキよりも年下だった。そんな娘と張り合う気もなく、年末年始と機嫌が悪かった攀安知が、若ヌルと会って機嫌がよくなれば、それでいいと思っていた。
「マナビダルと一緒にいると俺も若返る気分になる。それに、海の近くは気持ちがいい。海を見ていると心が静まる。まあ、あそこにいるとうるさい奴らの顔を見なくても済むからな、それが一番、心安まるよ」
 若い頃、攀安知と一緒に馬を走らせて奥間の砂浜まで行って、綺麗な夕日を眺めた時の事をクンは思い出した。攀安知が中山王(察度)の孫娘を嫁に迎えたあとで、「中山王の孫娘との婚礼は形だけだ。俺は指一本、中山王の孫娘に触れてはいない。俺の妻はお前だけだ」と攀安知はクンに言った。嬉しくて目が潤み、夕日がにじんで見えた。
 それから半年余りして、先代の山北王(珉)が亡くなって、攀安知が山北王になった。クンは側室として迎えられて今帰仁グスクに行った。その時、クンは妊娠していて、御内原(うーちばる)に入って三か月後に、長女のマサキを産んだ。クンは嬉しかったが、正妻であるマアサは可哀想だった。
「わたしは人質なのよ」とマアサは寂しそうに言った。
 その年の十月、中山王が亡くなって、攀安知は葬儀に参加するために南部に行った。中山王を継いだ義父(武寧)と語り合って、わだかまりも解けたと言って、マアサを正妻として認めた。そして、マアサは次女のマナビーを産んだ。
「クーイの若ヌルが娘を産んだら、あなたもマレビト神様になるのですね」とクンは攀安知に言った。
「マレビト神様?」と怪訝(けげん)な顔をして攀安知はクンを見た。
「お芝居小屋で今、話していたんですよ。ヌルはみんな、マレビト神様の子供を産むって言っていたわ」
「そういえば、姉もそんな事を言っていたな。わたしにはマレビト神様は現れなかったってな。姉もヌルにならなかったら、嫁のもらい手も多かっただろうに‥‥‥テーラー(瀬底大主)の叔母だった本部(むとぅぶ)の若ヌルが亡くなってしまって、姉が若ヌルになる事に決まったんだ。もし、若ヌルが亡くならなかったら、姉はどこかに嫁いでいて、妹のマハニが今帰仁ヌルになっていたかもしれないな」
「マハニさんがヌルですか」
 クンがマハニと初めて会ったのは、夫の兼(かに)グスク按司(ンマムイ)と一緒に今帰仁に来た時だった。マハニと兼グスク按司はとても仲がよく、ヌルにならなくてよかったと思った。
「マハニさんならヌルになったとしても、素敵なマレビト神様が現れて、きっと、可愛い娘さんを産んでいますよ。油屋のユラから聞いたんですけど、奥間ヌル様のマレビト神様は島添大里按司だったようですよ」
「なに?」と攀安知は聞き返した。
「奥間ヌル様の娘の父親が島添大里按司だっていう噂が南部に流れて、島添大里按司の奥方様が怒って刀を振り回したらしいわ」
 クンは攀安知の顔付きが変わって行くのを見て、まずい事を言ってしまったかしらと思った。
 何を怒っているのかわからないが、この場から去った方がいいと悟ったクンは、攀安知に頭を下げると部屋から出て行った。
 何かが壊れる音がして、控えていた侍女がおびえたような顔で首をすくめた。クンは溜め息をつくと御殿から出て、二の曲輪の御内原(うーちばる)に向かった。
 攀安知は十五歳の時、山伏のアタグ(愛宕)の案内で、テーラーと一緒に各地を旅して、奥間に行った事があった。まだ、本部にいた頃だった。その時に会った奥間の若ヌルの美しさは今でも覚えている。攀安知より二つ年上で、攀安知が口説いてもまったく相手にされなかった。一夜妻(いちやづま)になった娘に、若ヌルは相手をしないのかと聞くと、若ヌルの相手はマレビト神様だけですと言った。マレビト神様はいつ現れるのかわからないが、若ヌルはマレビト神様と結ばれて、跡を継ぐ娘を産むという。若かった攀安知はそういうものかと納得した。
 翌年、今帰仁合戦があって、祖父(帕尼芝)が戦死して、父(珉)が山北王になった。クンとの出会いもあって、その後、奥間には行っていない。奥間の若ヌルは攀安知にとって初恋の相手であり、儚(はかな)い夢と終わった、手の届かない神聖な女性だった。その若ヌルのマレビト神様が島添大里按司だったなんて、絶対に許せない事だった。
 血が逆流しているかのように、今まで抑えていた怒りが一気に爆発した。完全に理性を失った攀安知は諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)を呼ぶと、
「奥間を攻め滅ぼせ」と命じた。
 諸喜田大主は耳を疑った。
「奥間ですか」と聞き返した。
「皆殺しにして、村は焼き尽くせ。お前を奥間按司に任命する。あそこにグスクを築いて、南部にいる奥間の奴らが戻って来られないようにしろ」
 諸喜田大主が何を言っても攀安知は耳を貸さなかった。これ以上怒らせると自分の首が危険だと思った諸喜田大主は、かしこまりましたと頭を下げて引き下がった。
 諸喜田大主はサムレー大将の並里大主(なんじゃとぅうふぬし)と仲宗根大主(なかずにうふぬし)に奥間攻めを話し、兵たちにはどこを攻めるか教えるなと言った。
「どうして、奥間を攻めるのですか」と並里大主が聞いた。
「奥間が中山王とくっついているのが気に入らないようだ」と諸喜田大主は答えた。
「それにしたって、今帰仁にも奥間とつながっている者は多いですよ。わしの祖母も奥間生まれだった」と仲宗根大主は言った。
「わかっている。奥間から代々、側室が贈られていて、その子供たちが多い事は確かだ。しかし、何を言っても聞いてはくれんのだ。沖の郡島(うーちぬくーいじま)から機嫌よく帰って来たので、安心していたんだが、クン様が余計な事を言ってしまったようだ。本当かどうかは知らんが、奥間ヌルの娘の父親が島添大里按司だという。その事に怒って、奥間を攻めろと言ったんだ。わしらには逆らう事はできん。湧川大主(わくがーうふぬし)殿や瀬底大主(しーくうふぬし)殿なら謹慎で済んでも、わしらは首が飛ぶだろう」
「まいったのう」と言いながらも、並里大主と仲宗根大主は戦の準備を始めた。
 諸喜田大主は内密に事を運んだつもりだったが、仲宗根大主が奥間攻めの事を妻に愚痴(ぐち)ったため、内緒の話なんだけどと言って、噂が少しづつ広まって、奥間の鍛冶屋の耳にも入った。奥間の鍛冶屋はすぐに奥間に飛んで行き、長老のヤザイムに知らせた。
 ヤザイムは驚いて、奥間ヌルに知らせ、サタルーと三人で今後の対策を練った。
「いやな予感が当たったわね」と奥間ヌルが言った。
「以前、中山王察度(さとぅ)(先々代中山王)の今帰仁攻めの前にも、こんな事があった」とヤザイムが言った。
「覚えているわ。先代のヌル様は戦わないで逃げなさいって言ったんでしょ」
「敵の兵力は?」とサタルーが聞いた。
「諸喜田大主、並里大主、仲宗根大主の三人が動いているので、百五十人じゃろうとの事じゃ」
「百五十人か‥‥‥罠(わな)を仕掛ければ勝てない事はないな」とサタルーはニヤッと笑った。
「わしも若かったから当時はそう考えて、先代の長老や先代のヌル様を恨んだものじゃった。しかし、あとになって考えたら、長老の考えが正しかった事がよくわかったんじゃ。その時は兵を倒して追い返したとしても、二度目がある事を考えていなかった。総攻撃を掛けられたら奥間なんて消えていたじゃろう」
「戦わないで逃げたら、奥間は奪われてしまう。戦って、敵を追い返して、敵が総攻撃を仕掛けてきたら、その時は逃げればいい」
「戦死者が出るぞ」
「戦に戦死は付き物です。みんな、覚悟はできています」
 興奮しているサタルーを落ち着かせて、
「前回はどうして中止になったのですか」と奥間ヌルはヤザイムに聞いた。
「あとで知ったんじゃが、当時の今帰仁按司の弟に仲宗根大主というサムレー大将がいたんじゃ。今回、ここに攻めて来る仲宗根大主の親父じゃろう。そいつが猛反対したようじゃ。そいつの母親が奥間生まれだったんじゃよ。仲宗根大主は有能なサムレー大将で、按司としても反対を押し切る事はできなかったようじゃ。その仲宗根大主も今帰仁合戦で按司と一緒に戦死している」
「今回は止める人は現れないのですか」
「湧川大主がいたら止めたかもしれんが、湧川大主は運天泊(うんてぃんどぅまい)で謹慎中じゃ。山北王を諫(いさ)める者は誰もおらんのじゃよ」
「とにかく、女子供、年寄りは避難させなくちゃね」と奥間ヌルは言って、神様のお告げを聞いてくるとアカマルのウタキ(御嶽)に向かった。
 『アカマルのウタキ』には三つのウタキがあった。中央の一番高い所に御先祖様の『アカマル様』を祀っている『中のウタキ』があって、『西(いり)のウタキ』はアカマル様の妹の『ヤクム様』を祀っていて、『東(あがり)のウタキ』は三代目のアカマル様と結ばれた『シチャラヌル様』を祀っていた。
 シチャラヌルは凄いヌルだったと伝わっているだけで、詳しい事はわからなかった。シチャラヌルは自分の事を話してはくれなかった。先代の奥間ヌルは安須森と関係のあるヌルに違いないと思って、安須森に何度も登っていたが安須森で神様の声を聞く事はできなかった。
 四年前、安須森ヌル(当時は佐敷ヌル)と一緒に安須森に登って、安須森ヌルによって、安須森の封印が解かれたあと、シチャラヌルは、安須森がヤマトゥのサムレーによって滅ぼされた時の安須森ヌルの妹だと打ち明けてくれた。今まで黙っていたのは、それを証明する事ができなかったからだと言って、久し振りに姉に会えた事を奥間ヌルにお礼を言った。
 その年、奥間ヌルは馬天(ばてぃん)ヌルと一緒に旅をして、セーファウタキ(斎場御嶽)で『豊玉姫(とよたまひめ)様』と会い、自分が『天孫氏(てぃんすんし)』である事を知って驚いた。
 天孫氏であるには母親が天孫氏で、そのまた母親も天孫氏で、ずっと天孫氏の母親を持たなければならなかった。奥間の御先祖のアカマル様はヤマトゥの鍛冶屋だった。初代の奥間ヌルのヤクム様はアカマル様の妹だと聞いている。先代の奥間ヌルまでは、代々ヌルの娘が跡を継いでいたので、ヤマトゥンチュ(日本人)だと思うが、シチャラヌルも奥間ヌルを継いでいるので、途中から天孫氏に変わったのだろうか。その辺の所はよくわからない。奥間ヌルの母親は小禄按司(うるくあじ)(泰期)の娘で、その母親は奥間の娘なので、やはり、ヤマトゥンチュなのかなと思っていた。
 南部の旅から帰って来て、シチャラヌルに聞いたら丁寧に教えてくれた。
「初代奥間大主(うくまうふぬし)のアカマル様とその妹の初代奥間ヌルのヤクム様はヤマトゥンチュよ。二代目も二人ともヤマトゥンチュで、二人は従兄妹(いとこ)同士で結ばれて、息子が生まれたわ。でも二代目奥間ヌルは二度目の出産に失敗して亡くなってしまうの。初代奥間ヌル様は生きていたけど跡継ぎがいなくなってしまったの。そんな時、わたしが奥間に逃げて行ったのよ。初代奥間ヌル様はわたしのシジ(霊力)が高い事を知って、わたしを三代目の奥間ヌルにして、三代目奥間大主と一緒にさせたの。わたしの方が六つも年上だったけど、奥間大主は一緒になってくれたわ。長女が生まれて四代目奥間ヌルになって、長男が四代目奥間大主になって、次女と三女は村の若者と結ばれたわ。わたしのお腹から生まれた子は皆、天孫氏よ。わたしの娘から生まれた子供たちもね。そうやって、奥間村にも天孫氏が増えていったのよ。四代目奥間ヌルから九代目奥間ヌルまでは代々、娘が継いでいたので、皆、天孫氏なのよ。九代目奥間ヌルは男の子を産んだけど、女の子には恵まれなかったの。八代目の奥間ヌルは双子だったのよ。妹は村の若者と結ばれて、子供を何人も産んだわ。その妹の孫娘が小禄按司と結ばれて生まれたのが、あなたのお母さんのクダチなのよ。クダチと九代目の息子が結ばれて生まれたあなたが、十代目の奥間ヌルになったというわけよ。奥間大主の方は天孫氏が続いたわけじゃないのよ。妻に迎える娘が天孫氏なのかどうか、いちいち調べられないわ。天孫氏ではない娘を妻に迎えれば、生まれる子供は天孫氏ではないわ。天孫氏ではない奥間大主でも、天孫氏の娘を妻に迎えれば、跡継ぎは天孫氏になるわ。わたしのお腹から生まれた四代目は天孫氏だけど、迎えた妻は天孫氏ではなかったの。五代目、六代目、九代目、十代目の奥間大主は天孫氏ではないわ。今の十一代目とサタルーは天孫氏よ。サタルーの子供たちもね」
 ヤマトゥンチュがいやというわけではないが、サハチ(中山王世子、島添大里按司)や安須森ヌルたちと同族だった事が奥間ヌルには嬉しかった。
 浜辺で禊(みそ)ぎをして、『中のウタキ』に登ってお祈りをした。『アカマル様』は口数が少なく、いつも、「みんなを頼むぞ」と言うだけだった。今回もそうだった。奥間ヌルは、「みんなを必ず守ります」と言ってお祈りを終えて、西のウタキに向かった。
 『西のウタキ』でお祈りをすると、『ヤクム様』の声が聞こえた。
「騒がしくなりそうじゃのう」とヤクム様は言った。
「山北王の兵が奥間に攻めて来ます。どうしたらよろしいでしょうか」と奥間ヌルは聞いた。
「民を守る事じゃよ。奥間は職人の村じゃ。腕に職を持っている者はどこに行っても生きていける。無意味な争いをして命を落とす事はない。敵が攻めて来る前に、みんな逃げるんじゃ」
「奥間を奪われてもいいのですか」
「新しい奥間を造ればいいんじゃ。ヤンバルには木はいくらでもある。どこに行っても暮らせるんじゃよ」
 今の奥間村を捨てて、新しい奥間村を造るのは大変な事だった。奥間ヌルがその事を考えていたら、
「あまり、『天孫氏』にこだわるな」とヤクム様は言った。
天孫氏は母親の血筋を重要視するようじゃが、母親から受け継ぐのは肉体だけじゃ。『魂(まぶい)』は別物なんじゃよ。わしがシチャラヌルを三代目のヌルに迎えたので、この村にも天孫氏が増えていったが、大昔じゃあるまいし、今の世に同族同士が集まっても仕方がない。奥間村の者たちは、先祖がヤマトゥンチュだろうと、天孫氏だろうと、どちらでもない者たちも、みんな、家族なんじゃよ。全員を守らなくてはならんのじゃ」
「わかりました。ありがとうございました」
 奥間ヌルはヤクム様と別れて、東のウタキに向かった。奥間村をよそに移したら、このウタキはどうなってしまうのだろうと思った。
 『東のウタキ』でお祈りをすると『シチャラヌル様』の声が聞こえた。
「速く、みんなを避難させなさい」とシチャラヌル様は言った。
「戦わずに逃げるのですね?」
「そうよ。戦っちゃだめよ。逃げていれば、その内に中山王が攻めて来るわ」
「えっ、中山王が今帰仁を攻めるのですか」
 奥間ヌルは驚いて聞き返した。今、中山王と山北王は同盟を結んでいて、琉球は平和だった。こんな時に中山王が山北王を攻めるなんて考えられない。第一、攻める理由がなかった。
「山北王が奥間を攻める事が、中山王を戦に駆り立てる事になるのよ」
「中山王が奥間を守るために出陣すると言うのですか」
「出陣せざるを得なくなるのよ」
 サタルーと若ヌルがサハチの子供だとしても、中山王が戦をする理由にはならないような気がした。
「あなたは奥間の事を見くびっているわ。今までやって来た事を思い出してごらんなさい。すべては今回のためだったのかもしれないわよ」
按司たちに側室を贈っていた事ですか」
「そうよ。姉を殺して、安須森を全滅させた初代の今帰仁按司平維盛)に美女を側室として贈ったのが始まりなのよ。あの時は敵討(かたきう)ちのために送り込んだんだけど、考えを改めて、奥間を守るために按司たちに側室を贈ろうと思ったのよ。翌年には浦添按司(うらしいあじ)の舜天(しゅんてぃん)に贈ったわ。その翌年に玉グスク按司が亡くなって、新しい按司に側室を贈ったの。それが前例となって、按司が代替わりしたら贈るように決めたのよ。その後、垣花按司(かきぬはなあじ)、知念按司(ちにんあじ)、島添大里按司と勢力を持っていた按司たちに贈ったのよ。もう二百年以上も前の事よ。その後もずっと続いていて、何人の側室を贈り出したかわからない程の数になるのよ。仮に二年に一人送り出したとしても百人になるわ。その百人が子供を産んでいるのよ。各地に奥間人(うくまんちゅ)がいるっていう事よ。それだけではないわ。鍛冶屋や木地屋(きじやー)も各地にいるわ。その土地に落ち着いて、何代目かになっているけど、奥間の事を忘れてはいないわ。そういう人たちが、奥間が山北王に攻められた事を知ったらどう思うかしら」
按司に奥間を助けてって言うでしょう」
「そして、按司たちは中山王に言うわ。中山王は多くの按司たちから言われたら無視する事はできないわ。奥間を助けるために今帰仁を攻めるはずよ」
「わかりました。抵抗する事なく逃げる事にいたします」
 奥間ヌルはお礼を言って、シチャラヌル様と別れた。
 山北王の兵に攻められてから、どれだけ待てば中山王が攻めて来るのかはわからないが、奥間の存亡をサハチに懸けるしかなかった。
 浜辺に出た時、ふとサハチと過ごしたあの日を奥間ヌルは思い出した。裸で抱き合いながら、
「あなたの夢は何なの?」と奥間ヌルが聞いたら、サハチは笑いながら、
琉球を統一して、戦のない平和な島にする事さ」と言った。
 当時のサハチは島添大里按司になったばかりで、中山王の武寧(ぶねい)がいて、山南王(さんなんおう)の汪応祖(おーおーそ)(シタルー)がいた。琉球を統一するなんて夢のような話だと思い、そんな事はすっかり忘れていた。しかし、サハチは本気だったのかもしれない。現に山南王はサハチの義弟の他魯毎(たるむい)がなっている。山北王を倒せば、琉球を統一する事ができる。サハチはその時を待っているのかもしれない。
 奥間ヌルは海の彼方を見つめながら、サハチの夢に奥間の存亡を懸けようと決心を固めた。
 すでに、女子供、年寄りたちが山の中の炭焼き小屋に避難を始めていた。
「ヌル様、大丈夫なのでしょうか」と不安そうな顔をして、孫を連れたお婆が聞いた。
「大丈夫よ。中山王が必ず助けに来てくれるわ。ほんの少しの間、我慢してね」
 長老の屋敷に行くと、
「全員、退却よ」とヤザイムとサタルーに言った。
「何だって?」とサタルーが不満そうな顔をした。
「一切、戦ってはだめよ。みんな、逃げるのよ」
 奥間ヌルに睨まれると、サタルーも何も言えなかった。

 

 

 

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