長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-228.志慶真ヌル(改訂決定稿)

 庶民の格好に戻ったササ(運玉森ヌル)たちは、朝早く勢理客(じっちゃく)村を発って、充分に気を付けながら今帰仁(なきじん)に向かった。
 何事もなく、一時(いっとき)(二時間)足らずで今帰仁城下に着いた。城下の賑やかさにササたちは驚いた。交易に来ているヤマトゥ(日本)のサムレーたちが大勢行き交っていた。城下の人たちの表情は明るく、すでに奥間(うくま)の噂をしている人たちもいなかった。
 ササたちは『まるずや』に顔を出した。『まるずや』にもお客がいっぱいいて、欲しい物を買い求めていた。店主のマイチがササたちに気づいて、裏にある屋敷に案内した。
 屋敷にはウニタキ(三星大親)がいた。絵図を眺めていたウニタキはササたちを見ると、
「おっ、早いな」と笑った。
「城下が賑やかなので驚いたわ」とササはウニタキに言った。
「今の時期はいつもこんな風だよ」
 振り返って見ると、以前、今帰仁に来たのはヂャンサンフォン(張三豊)とシンシン(杏杏)が琉球に来た時で、随分と昔だった。あの時は夏だったので、ヤマトゥンチュ(日本人)たちはいなかった。その後、辺戸岬(ふぃるみさき)まで行った時も、安須森(あしむい)ヌルと一緒に安須森まで行った時も、危険を感じて今帰仁には来ていなかった。
「志慶真(しじま)ヌルは亡くなったのね?」とササが聞くとウニタキはうなづいた。
「昨夜(ゆうべ)、亡くなったよ」
「葬儀は今日なの?」
「今日か明日だろう。昨日から各地のヌルが集まって来ている」
「誰が来ているの?」
今帰仁ヌル、勢理客ヌル、屋部(やぶ)ヌル、仲尾(なこー)ヌル、本部(むとぅぶ)ヌル、今の所はその五人だ」
 一昨年(おととし)の『安須森参詣』の時、母から紹介されたので五人の顔は知っていた。今帰仁ヌルは山北王(さんほくおう)(攀安知)の姉で、勢理客ヌルは山北王の叔母、屋部ヌルは先代の名護(なぐ)ヌルで、仲尾ヌルは先代の羽地(はにじ)ヌル、本部ヌルはテーラー(瀬底大主)の妹だった。皆、母と仲がよさそうだったので、話せばわかってくれるだろうとササは思った。
「シジマと関係のないタマ(東松田の若ヌル)と屋賀(やが)ヌルは行かない方がいいだろう」とウニタキは言った。
「馬天(ばてぃん)ヌル様と一緒に旅をした時、わたしは志慶真ヌル様に会った事がありますし、ヌル様のお屋敷も知っています」とタマは言った。
 ウニタキは当時の事を思い出した。
「あの時、お前もいたんだったな。それなら、馬天ヌルの弟子という事にして行けばいい」
 屋賀ヌルをウニタキに預けて、ササたちはヌルの着物に着替えて志慶真村に向かった。愛洲(あいす)ジルーたちとゲンは島添大里(しましいうふざとぅ)のサムレーという事で一緒に来た。今帰仁グスクの高い石垣を左に見ながらグスクの裏へと続く道を進んだ。
 志慶真村に着くと、忙しそうに人々が行き交っていて、皆、小声で志慶真ヌルの事を話していた。タマの案内で志慶真ヌルの屋敷に向かうと、屋敷から出て来た今帰仁ヌルと出会った。ササたちを見た今帰仁ヌルは驚いた顔をした。
「あなたは確か、馬天ヌルの娘さんじゃないの?」
「運玉森(うんたまむい)ヌルのササです」
「どうして、あなたがここにいるの?」
「神様のお告げがあって、志慶真ヌルを継ぐべき人を連れてまいりました」
「何ですって?」と驚いた声を出して、今帰仁ヌルはササと一緒にいるヌルたちを見た。
 明国のヌルとヤマトゥのヌルは見覚えがあるが、二人のヌルは知らなかった。
「この村で生まれて、十一歳の時に村を出て行ったミナです」とササはシジマを紹介した。
「えっ、ミナ?」
 今帰仁ヌルはミナを見たが、わからないようだった。
「それより、どうして、志慶真ヌルが亡くなった事をあなたが知っているの? 亡くなったのは昨夜(ゆうべ)の事なのよ」
 今帰仁ヌルが大声を出したので、何事かと人々が集まって来た。
「あら、あなた、ササじゃないの?」と勢理客ヌルが言った。
「お久し振りです」とササは挨拶をした。
「志慶真ヌルを継ぐ人を連れて来たって言うのよ。ミナという、この女を御存じですか」と今帰仁ヌルは勢理客ヌルに聞いた。
 勢理客ヌルはミナを見たが知らないようだった。
「ミナなの?」という声が聞こえた。
 人々をかき分けて、ミナと同年配の女が現れた。
「もしかして、タキちゃん?」とミナが女に言った。
「そうよ。タキよ。あなた、無事に生きていたのね」
 タキはミナの手を取って、ミナを見つめた。
「タキちゃん」と言って、タキを見つめているミナの目から涙がこぼれ落ちた。
「この人は本当にこの村の生まれなの?」と勢理客ヌルがタキに聞いた。
「本当です。『ナハーピャーのお婆』の孫娘です」
「えっ、ナハーピャーのお婆の孫娘?」と勢理客ヌルは言ってミナの顔を見つめた。
 ナハーピャーのお婆は『志慶真のウトゥタル』の孫で、ヌルではなかったがシジ(霊力)の高いお婆だったので、勢理客ヌルも知っていた。ナハーピャーのお婆が亡くなった時、孫娘がいたのを勢理客ヌルは思い出した。その後、孫娘を見ていないが、どこかに預けたのだろうと気にも止めなかった。
「ナハーピャーのお婆の孫娘がどうして、南部にいるの?」
「ナハーピャーのお婆がミナの事を思って、旅のお坊さんに託したのです」
「姉を殺したのはあなたたちなのね?」と誰かが言った。
 怖い顔をした女がササたちを睨んでいた。
「マカーミ、何を言っているの?」と今帰仁ヌルが女に言った。
「だって、おかしいわ。姉は昨夜、亡くなったのに、亡くなるのがわかっていたかのように現れたわ。きっと、姉は呪い殺されたのよ」
「人を呪い殺すなんて、わたしたちにそんな力はありません」とササは言った。
「あなたがミナを連れて来たのもおかしいわ。どうして、ミナがあなたの所にいるのよ」
 マカーミは志慶真ヌルの妹で、諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)の妻だとウニタキから聞いていた。ミナの事を知っているようだった。
「ミナは旅のお坊さんに連れられてキラマ(慶良間)の島に行きました。佐敷按司(さしきあじ)を隠居した今の中山王(ちゅうざんおう)(思紹)は、キラマの島で密かに兵を育てていました。ミナもその島で修行をして、女子(いなぐ)サムレーになって島添大里グスクに来たのです。志慶真生まれなので『シジマ』と呼ばれたミナは、自分が神人(かみんちゅ)だとは知らずに女子サムレーとして島添大里グスクを守っていました。去年の暮れ、油屋のユラと島添大里の娘が『志慶真のウトゥタル様』の事を調べるためにヤンバル(琉球北部)に行きました。その時、護衛としてシジマも一緒に行ったのです。『屋嘉比(やはび)のお婆』と出会って、シジマは幼い頃の事を思い出しました。シジマは屋嘉比のお婆の計らいで志慶真村を出て行った事がわかったのです」
「屋嘉比のお婆がミナに関わっていたの?」と勢理客ヌルが驚いた顔をしてササに聞いた。
「屋嘉比のお婆は志慶真ヌルとミナを守るために、二人を引き離したのです」
「どういう事なの?」
「志慶真ヌル様のガーラダマ(勾玉)は初代の今帰仁ヌルだった『アキシノ様』が、『クボーヌムイヌル』を継いだ時に受け継いだ古いガーラダマです。ミナが神人として目覚めた時、そのガーラダマは本当の主人であるミナのもとへと行きたがって、志慶真ヌル様は亡くなってしまうかもしれないのです。だから、屋嘉比のお婆は二人を引き離したのです。そして、今回、早めにやって来たのは、若ヌルがそのガーラダマを身に着ける前に来ないと大変な事になるからです。先代の志慶真ヌル様は今の志慶真ヌル様が身に付けられるように、ガーラダマを眠りに就かせましたが、若ヌルが身に付けると拒否反応を起こします。軽い拒否反応でしたら首から外せば治りますが、重いと首から外すこともできずに亡くなってしまいます」
「大変だわ。若ヌルはどこにいるの?」と勢理客ヌルが屋敷の方を振り返った。
 その時、「誰か、来て!」と本部ヌルが叫びながら駈け込んで来た。
 人垣をかき分けてササたちは本部ヌルの所に行って、本部ヌルが指差す方を見た。若ヌルの屋敷なのか、離れがあって、その縁側で若ヌルが苦しんでいた。屋部ヌルと仲尾ヌルが若ヌルの首からガーラダマをはずそうとしているがはずせないようだった。
 ササたちは若ヌルのそばに行った。ガーラダマの紐が若ヌルの首に食い込んでいて、若ヌルの顔は真っ青になっていた。
「あなたの出番よ」とササはミナに言った。
 ミナはうなづいて、若ヌルに近づいた。
 ミナがガーラダマに触ると、若ヌルの首を絞めていた紐は急に緩んで、若ヌルは激しい息をして、目を見開いた。ミナは若ヌルの首からガーラダマをはずした。
「大丈夫?」と今帰仁ヌルが若ヌルに聞いた。
 若ヌルは首を押さえながら、うなづいた。
「一体、何をしていたの?」と勢理客ヌルが仲尾ヌルに聞いた。
「凄いガーラダマねって見ていたんだけど、若ヌルが悲しんでいたから、あなたがこのガーラダマを継ぐのよって見せに行ったんです。若ヌルが志慶真ヌルを継ぐ自信がないって言ったので、このガーラダマを身に着ければ、力が湧いてきて、あなたにも務められるって励ましたのです。若ヌルもその気になって身に付けた途端、苦しみだしたのです。はずそうとしても首に食い込んでいて、はずせませんでした。誰だか知りませんが、あのガーラダマを簡単にはずしたなんて、とても信じられません」
「あなたもナハーピャーのお婆を知っているでしょ。お婆の孫娘のミナが帰って来たのよ」
「えっ、ナハーピャーのお婆の孫娘?」
 仲尾ヌルはガーラダマを持って呆然と立っているミナを見た。
「あなたがそのガーラダマを身に付ける事ができたら、あなたたちの言う事を信じるわ」と勢理客ヌルが言った。
 ミナは持っているガーラダマを見つめた。古い翡翠(ひすい)のガーラダマで、二寸(約六センチ)余りもある見事な物だった。
「大丈夫よ」とササがミナに言った。
 ミナはササを見つめてうなづいた。ガーラダマを捧げてから、ゆっくりと紐を頭に通して首から下げた。一瞬、ガーラダマが光ったように感じた。紐が首を絞める事もなく、ミナはホッと胸を撫で下ろした。
 ミナの様子をじっと見ていた勢理客ヌルが、「何ともないのね?」と聞いた。
 ミナはうなづいた。
 今帰仁ヌル、屋部ヌル、仲尾ヌル、本部ヌル、そして、若ヌルが驚いた顔をしてミナを見ていた。
「屋嘉比のお婆が来た!」と誰かが叫んだ。
「ええっ!」と勢理客ヌルが驚いた顔をして振り返った。
 ササたちも驚いた。九十歳を過ぎたお婆がわざわざやって来るなんて信じられなかった。
 人々がお婆のために道をあけた。根謝銘(いんじゃみ)ヌル(先代国頭ヌル)と屋嘉比ヌル(屋嘉比のお婆の孫)に両側を支えられて、お婆が杖を突きながら近づいて来た。
 ガーラダマを身に付けているミナを見て、
「お前が来ていたのか」とお婆は言った。
「ミナを御存じだったのですね?」と勢理客ヌルがお婆に聞いた。
 お婆は若ヌルを見て、「間に合ってよかった」と安心したように言った。
 ササたちを見たお婆は、「そなたたちがミナを連れて来てくれたのか」と聞いた。
「馬天ヌルの娘のササです。お婆の事は母から色々と伺っています」
「なに、ササ?」と言って、お婆はササをじっと見つめた。
「馬天ヌルの娘じゃったのか。『ササ』という名は神様からよく聞いている。凄いヌルだというので、会ってみたいと思っていたんじゃ。そうか、馬天ヌルの娘じゃったのか」
 お婆はササを見つめたまま、何度もうなづいていた。
 お婆の一声で、ミナが志慶真ヌルを継ぐ事に決まった。若ヌルはヌルから解放されて喜んだ。
 屋嘉比のお婆がササを凄いヌルだと認めたので、ササたちも志慶真ヌルの葬儀とミナの志慶真ヌル就任の儀式に参加する事が許され、屋嘉比のお婆と一緒にお客様用の屋敷に滞在した。
 お婆は屋嘉比の古い神様から、ササが『瀬織津姫(せおりつひめ)様』を琉球に連れて来た事を知り、御先祖の『アキシノ様』が瀬織津姫様の子孫だった事を知った。琉球中の神様がセーファウタキ(斎場御嶽)に集まって、瀬織津姫様を歓迎したという。瀬織津姫様を連れて来た『ササ』とは一体、何者なのか。そんな凄いヌルが、今の琉球にいたなんて信じられなかった。ササというのは安須森ヌルの事に違いないと思っていたが、馬天ヌルの娘だと知って驚いた。
 お婆はササから瀬織津姫様の事を聞いて、「神様の事を調べるために南の島(ふぇーぬしま)に行ったり、ヤマトゥに行ったりと羨ましい事じゃ。わしが若かったら一緒に行ってみたかったのう」と言って楽しそうに笑った。
 翌日、クボーヌムイ(クボー御嶽)で志慶真ヌルの葬儀とミナの志慶真ヌル就任の儀式が行なわれた。アキシノ様もミナが志慶真ヌルになった事を喜んでくれた。屋嘉比のお婆に聞こえるアキシノ様の声が、ミナにも聞こえる事を知った勢理客ヌルは、ミナを認めないわけにはいかなかった。勢理客ヌルにも今帰仁ヌルにもアキシノ様の声は聞こえなかった。
 勢理客ヌルがミナを認めたので、志慶真大主(しじまうふぬし)も認めて、村人たちもミナの帰郷を歓迎した。
 無事に役目を終えたササたちが勢理客村に帰ろうとしたら、タマが首を振った。
「お婆を屋嘉比まで送って行った方がいいわ」とタマは言った。
 タマの目を見て、ササはタマの言いたい事を悟った。
「わかったわ。屋嘉比のお婆を送って行きましょう」
 志慶真村にもう一泊して、翌朝、『まるずや』にいる屋賀ヌルを連れて、屋嘉比のお婆たちと一緒に親泊(うやどぅまい)に向かった。お婆は勢理客ヌルが用意してくれたお輿(こし)に乗っていた。
 親泊から国頭按司(くんじゃんあじ)の船に乗って、屋嘉比川(田嘉里川)の河口にある港まで行った。小舟(さぶに)に乗って屋嘉比川を遡(さかのぼ)って、お婆の屋敷の近くまで行って上陸した。屋敷に着くとお婆は疲れたと言って横になった。
 ササたちは屋嘉比ヌルの案内で『屋嘉比森(やはびむい)』のウタキ(御嶽)に行って、お祈りを捧げた。お婆が言っていた古い神様は安須森姫の娘の『屋嘉比姫』だった。
「もうすぐ、お婆の寿命が尽きるので見守ってあげてね」と屋嘉比姫はササに言った。
「最後にやるべき事が、ミナを志慶真ヌルにする事だと言って、無理をして志慶真村まで行ったのよ。やるべき事をやって、ササにも会えたので、お婆は今、とても満足しているわ。『千代松(ちゅーまち)』が本部大主(むとぅぶうふぬし)を倒して今帰仁按司になった時、お婆は三歳だったわ。千代松が今帰仁按司だった頃、南部では戦が絶えなかったけど、ヤンバルは平和だった。飢饉(ききん)や台風の被害が出ても、千代松はすぐに対処したわ。西威(せいい)を倒して浦添按司(うらしいあじ)になった察度(さとぅ)は千代松を尊敬していて、千代松を見倣って、中南部を平和にしたのよ。百年近くもヤンバルを見守ってきたお婆は、千代松の頃のような平和な時代が来る事を願っているわ」
「お婆の願いがかなうように努力します」とササは屋嘉比姫に約束した。
 屋嘉比森からお婆の屋敷に戻ると、奥間ヌルが若ヌルのミワを連れて来ていた。
「お師匠たちが来ているなんて驚いたわ」とミワが言って、ササたちとの再会を喜んだ。
「お婆に呼ばれたような気がして、やって来たのよ」と奥間ヌルは言った。
 ミワの父親がサハチ(中山王世子、島添大里按司)だと聞いたタマは驚いた。サハチには正妻のマチルギの他に側室のナツと女海賊のメイユー(美玉)がいる事を知った時、按司なんだから側室がいても当然だと思ったタマも、奥間ヌルがサハチの娘を産んでいたのには驚いた。一緒に旅をした時、首里グスクでサハチと会っても、島添大里グスクでサハチに会った時も、奥間ヌルはそんな素振りは見せなかった。あの時は秘密だったのかしら。奥間ヌルがかなり高いシジを持っているのは知っているけど、わたしは負けないと密かに競争心を燃やしていた。
 夕方、目を覚ましたお婆は元気になっていた。ササたちのためにお酒の用意をさせて、自分も少し飲んで、昔話を懐かしそうに話してくれた。
 先代の奥間ヌル、今の奥間ヌルの祖母とは仲がよくて、二人であちこちのウタキを訪ねて旅をしたという。昔はウタキ巡りの旅をしているヌルもいたが、だんだんと減ってきてしまった。馬天ヌルがウタキ巡りの旅をしていると聞いて、まだ、そんなヌルがいたかと嬉しくなった。そして、馬天ヌルの娘のササはヤマトゥまで行って瀬織津姫様を琉球に連れて来た。
「そなたのようなヌルがいれば、琉球の今後も安心じゃ」とお婆は嬉しそうに言った。
 うまそうに酒を口に運んで、「今宵は最高の酒じゃのう」とお婆は楽しそうに笑った。
 翌朝、お婆が目を覚ます事はなかった。眠ったまま、あの世へと逝ってしまった。
 お婆の死は国頭按司によって各地に知らされて、各地からお婆を慕っていた人たちが集まってきた。ヌルたちもやって来た。志慶真ヌルになったミナも今帰仁ヌルと一緒にやって来た。玉グスクヌルが来たら、ササたちの正体がばれてしまうと心配したが、来る事はなかった。根謝銘ヌルに玉グスクヌルの事を聞いたら、玉グスクヌルはお婆がスムチナムイに入る事を断ったという。
「お婆に逆らった唯一のヌルよ。来るはずはないわ」と言った。
 勢理客ヌルも若ヌルたちを連れて来て、ササたちがいるので驚いた。
「あなたたち、まだ、いたの?」
「お婆に誘われて一緒に来たのです」
「そう。でも、あなたたちはお婆の葬儀には出なくてもいいわ。よそ者がいたらお婆も喜ばないわ」
「よそ者じゃないわ。お婆はササたちを歓迎してくれたのよ」と奥間ヌルが言った。
「あなたも奥間の事は諦めて、南部に行ったらどうなの」
 お婆が亡くなった途端に勢理客ヌルの態度は変わっていた。今まで恐れていたお婆がいなくなって、自分が一番偉いと勘違いしているようだった。
 ササたちは屋嘉比ヌルと根謝銘ヌルに挨拶をして、ミナを励まして、引き上げる事にした。奥間ヌルも若ヌルと一緒に辺土名(ふぃんとぅな)に帰った。
 国頭の城下を抜けて喜如嘉(きざは)に行くと、水軍大将の喜如嘉大主が現れた。お婆に頼まれたと言って、ササたちを船に乗せて仲尾泊(なこーどぅまい)まで送ってくれた。ササたちは神様になったであろうお婆に感謝した。
 羽地の『まるずや』に泊まって、翌朝、勢理客村に向かったが、先に湧川(わくがー)グスクのウタキに行って、『カユ様』と会った。
 カユ様にアビー様の事を聞くと、「会えなかったわ」と言った。
「ええっ!」とササたちは驚いた。
「どこを探してもいないのよ。おかしいと思って魔界を覗いてみたらアビーがいたわ。でも、わたしには会う事はできないの。アビーは神様ではなくて、マジムン(悪霊)になってしまったようだわ」
「えっ、アビー様がマジムンなのですか」
「きっと、滅ぼされた今帰仁按司たちの怨霊が取り憑いて、アビーはマジムンになってしまったんだと思うわ」
「すると、玉グスクヌルはマジムンになったアビー様に操られているのですか」
「そのようだわ。そして、戦(いくさ)が始まったら、屋賀ヌル、タマ、美浜(んばま)ヌル、慶留(ぎる)ヌルも操るに違いないわ。アビーを退治しなければ、中山王は負けるわよ」
「アビー様にそんな力があるのですか」
「例えば慶留ヌルを操って山南王(さんなんおう)(他魯毎)を殺したら南部は混乱状態に陥って、中山王は山北王を攻めて来られなくなるわ。タマを操って島添大里按司を殺させるかもしれないしね」
「えっ、タマはまだ操られてはいないのですよね」
「大丈夫よ。操られていたら、あなたと一緒にはいないわ」
 ササはホッとした。一瞬、タマがアビー様に操られて、マレビト神は島添大里按司だと言ったのかと心配した。
「勢理客ヌル様ですが、シネリキヨですか」とシンシンが聞いた。
「屋嘉比のお婆が亡くなった途端、態度が変わったのです。アビー様に操られているような気がしました」とササが言った。
「勢理客ヌルは先々代の今帰仁按司(帕尼芝)の娘だけど、シネリキヨかどうかはわからないわ。正妻の娘ならアマミキヨだけど、側室の娘だったら調べようがないわ」
「調べる事はできないのですか」
「難しいわね。でも、マジムンになったアビーなら勢理客ヌルを操る事はできるわ。勢理客ヌルは叔母の今帰仁ヌルとその前の羽地ヌルの声が聞こえるだけなのよ。アビーが本部大主の頃の今帰仁ヌルだと言って勢理客ヌルに声を掛ければ、古い神様の声が聞こえたと喜んで、アビーの言う事を聞くようになるわ。今まで、それができなかったのは『屋嘉比のお婆』がいたからなのよ。マジムンになったアビーも屋嘉比のお婆にはかなわなかったのよ」
「アビー様は勢理客ヌルを操って、何をするつもりなのですか」
「ヤンバルのヌルたちを自分の思い通りに動かして、動揺している按司たちを山北王のもとに結束させようとするわ」
「そんな事はさせられないわ」 
「アビーを退治するしかないのよ。あなたたちがね」
「えっ、あたしたちがやるのですか」とササたちは驚いた。
「あなたのお母さんは真玉添(まだんすい)(首里)のマジムンを退治したし、勝連(かちりん)のマジムンも退治したでしょ。あなたにもできるはずよ」
「マジムンを退治するにはスムチナムイに行かなければなりませんよね」
「スムチナムイよりも高い『乙羽山(うっぱやま)』の方がいいわ。あの山の頂上は見晴らしがいいから、昔、今帰仁を見張る砦(とりで)があったのよ。わたしがここに帰って来てからも登っていたし、わたしの娘たちも登っていたから道はあると思うわ」
 カユ様の案内で乙羽山の山頂を目指したが、道はすでになかった。
「わたしの孫娘までは弓矢を持って山の中を走り回っていたんだけど、その後、誰も山の中に入らなくなってしまったのかしら」とカユ様は言った。
 ササたちは持って来ていた山刀(やまなじ)を出して、カユ様が示した辺りの草を刈りながら山を登って行った。半時(はんとき)(一時間)ほどて山頂に着いた。山頂も木が生い茂っていて、眺めもそれほどよくはなかった。平地を探して儀式をやるために草を刈った。
 『マジムン退治』には四人のヌルが必要だった。ササはタマと屋賀ヌルを見て、タマを選んだ。タマも屋賀ヌルもアビー様の声を聞いている。儀式の最中にアビー様の声に従ってしまえば、マジムン退治は失敗してしまう。タマのマレビト神がサハチだという事を信じて、タマを使うしかなかった。
 北側にササ、南側にシンシン、東側にナナ、西側にタマが座って、顔を見合わせた。
「マジムンを退治する事を念じて、あたしが言う事を繰り返して下さい。マジムン退治が終わるまでやめる事はできません。苦しくても最後までやり遂げて下さい」とササが言って、三人は厳しい顔付きをしてうなづいた。
 ヂャンサンフォンの呼吸法をやって心を静め、首から下げているガーラダマを着物の外に出した。ササのは瀬織津姫のガーラダマ、シンシンのは瀬織津姫の曽孫(ひまご)の吉備津姫(きびつひめ)のガーラダマ、ナナのはクボーヌムイヌルの孫のクーイヌルのガーラダマ、タマのは屋良(やら)ヌルのガーラダマ、皆、古いガーラダマだった。
「始めるわよ」とササが言って両手を合わせると、母から教わったお祓(はら)いの祝詞(ぬるとぅ)を唱えた。
 三人も両手を合わせて、ササが言った通りに同じ言葉を唱えた。
 屋賀ヌルとゲンと愛洲ジルーたちはマジムン退治がうまく行くように願いながら、両手を合わせて見守った。
 樹木(きぎ)のざわめきや鳥の鳴き声が消えて、急に辺りが静まり返った。
 ササたちが唱える祝詞が、まるで神様の声のように響き渡った。
 真っ黒な雲が流れて来て、稲妻が光って、突然、大雨が降って来た。四人のヌルたちは大雨に動じる事なく、祝詞を唱え続けた。
 稲光と同時に大きな雷鳴が続けざまに響き渡った。木が倒れる物凄い音もした。
 屋賀ヌルとゲンと愛洲ジルーたちは恐ろしくなって逃げ出したい心境だったが、ササたちを置いて逃げるわけにはいかない。雨に打たれながらも、目をつぶってじっと我慢した。
 大粒の雹(ひょう)が音を立てて落ちてきた。雹が頭に当たって屋我ヌルが悲鳴を上げた。愛洲ジルーたちは持っていた荷物を頭上に上げて雹を防いだ。
 ササたちは雹に打たれながらも祝詞を唱え続けていた。
 辺り一面が白い雹に覆われた。
 稲妻が光って、黒い塊のような物が四人のヌルたちの真ん中に落ちてきて、地中に入って行ったように見えた。
 雹が雨に変わって、黒い雲が流れて行った。やがて雨もやんで、青空が広がり、日も差してきた。
「終わったわ」とササが言った。
 その言葉に安心したかのようにタマが倒れた。シンシンとナナも体がフラフラしていて、今にも倒れそうだった。シンシンは周りに落ちている大きな雹に気づいて、手に取って眺めると、
「どうなっちゃったの?」とササに聞いた。
 ナナも不思議そうな顔をして雹を手に取った。
「うまく行ったわね」とカユ様の声が聞こえた。
「この山に封じ込められたのはアビー様なのですか」とササはカユ様に聞いた。
「アビーじゃないわ。アビーに取り憑いていたマジムンたちよ」
「すると、アビー様は神様になったのですか」
「アビーは武芸好きな明るい娘だったのよ。父親が殺されたからって、いつまでも根に持っているような娘じゃないのよ。神様になったと思うわ。アビーに操られていた玉グスクヌルも目を覚ましたはずよ」
 ササたちはマジムンを封じ込めた地に石を積んで封印をして、乙羽山を下りた。
「凄かったな」とジルーがササに言った。
「うまく行ったのは、このガーラダマのお陰だと思うわ」とササは着物の下にある瀬織津姫様のガーラダマを押さえた。
琉球にあんな大きな雹が降るなんて思ってもいなかった」とジルーが笑うと、
「母たちがやった勝連のマジムン退治では雪が降って来たのよ」とササは言った。
「その時は馬天ヌル様と誰が一緒にやったんだ?」とゲンザ(寺田源三郎)が聞いた。
「マシュー姉(ねえ)(安須森ヌル)と久高島(くだかじま)のフカマヌルと奥方様(うなぢゃら)(マチルギ)よ」
「奥方様?」とジルーたちは怪訝な顔をした。
「奥方様は神人(かみんちゅ)なのよ」とササが言ったので、ジルーたちは顔を見合わせて驚いていた。
 登って来た道を下りて行ったら、そこを左に曲がれば『スムチナムイ』に行けるとカユ様が言った。ササたちはカユ様の案内で、草を刈りながらスムチナムイを目指した。乙羽山の中腹辺りにあるスムチナムイは意外と近かった。
 古いウタキでお祈りをすると前回と違う神様の声が聞こえた。
「アビー様ですか」とササが聞くと、
「そうだけど、あなたは誰なの?」と言った。
 ササは運玉森ヌルと名乗ったが、運玉森がどこなのか知らないようだった。タマが以前に話をした事があると言っても、アビー様はタマの事を覚えてはいないし、屋賀ヌルの事も知らなかった。
「カユ様がよろしく伝えてくれと言っていました」と言うと、
「カユ様って、お師匠のカユ様の事?」と聞いて、そうだと言うと、会いたいわと言って、カユ様に会いに行ってしまった。
 あとの事はカユ様に任せる事にして、ササたちは山から下りて、玉グスクヌルの屋敷に向かった。
 玉グスクヌルは娘と一緒に畑仕事をしていて、ササたちが挨拶をしても誰だかわからなかった。娘のミサキがこの前に来た人たちよと言っても、首を傾げていた。ササたちとタマの事は覚えていないが、屋賀ヌルだけは若い頃に一緒に修行をした事を覚えていた。
「用があって、ヤンバルに来たのでちょっと寄ってみただけです」と屋賀ヌルは言った。
 以前の冷たい顔付きもすっかり変わって、玉グスクヌルは娘と楽しそうに笑い合っていた。
 ササたちは玉グスクヌルと別れて勢理客村に向かった。
「今頃は勢理客ヌルも夢を見ていたような顔をしているわね」とササが言って、みんなで笑った。

 

 

 

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